2009年10月06日

同盟の相剋

3ab0f254.jpg千倉書房のホームページを見ましたら、近刊書に水本義彦さんのご単著が紹介されていました。詳しくは、こちらにあります。

もととなるご論文のいくつかはすでに学術誌などに掲載されて、抜刷をいただき読ませていただいており、また本書のゲラも読ませていただいたのですが、日本における英米関係研究の最高水準の研究であり、世界的に水準の非常に有意義なご研究です。それ以上に魅力的なのは、水本さんの文章はとても読みやすくまた、問題設定がとてもクリアであることです。一次史料を十分に読み込み徹底した緻密な議論を組み立てる作業と、大きな枠組みで国際政治を語る視野を持つことを両立させることは簡単ではありません。前者のみですと丸山真男のいう「たこつぼ型」の研究になり、またそれ自体が自己目的化した小さな議論になりかねません。後者のみですと、独りよがりで自己陶酔的な議論になってしまいます。その意味で、水本さんは私と同世代の外交史家の中でも、卓越した能力をお持ちであろうと思います。その水本さんに新しい叢書の「001」のナンバーの初回本をお願いするとは、千倉書房の神谷さんもよくお考えになったのであろうと思います。出版業界が萎縮する傾向がある中、若手の処女作の単著にそのような位置づけをするチャレンジ精神が今とても求められているのかもしれませんね。戦後の起業家は、みなそのような挑戦、そしてそれを支える堅実な慎重さがあったのだろうと思います。

水本さんとはずいぶん長いおつきあいで、私が慶應の大学院生だったときに、当時上智の院生だった永野隆行さん(現獨協大学)と水本さんに、水本さんの師匠の納家政嗣先生(現青山学院大学教授)の主催する「イギリス外交史研究会」に誘っていただき、ご報告をさせて頂いたとき以来です。他大学でそのようなご報告をさせて頂くのは、博士課程の院生だった私にとってもとても貴重な経験で、それがきっかけて上智の博士課程を終えられる頃の君塚直隆さんや、アメリカから戻られた伊藤剛さんともお会いすることになりました。それが今の私の研究者としてのつながりを支えています。

まだその頃は、イギリス外交史研究をする大学院生もほとんどおりませんでした。永野さんや水本さんがその例外で、小さな「サークル」的な世界でした。懐かしく思います。研究会後は、四谷界隈でお酒を飲みに出かけました。その後水本さんは、イギリスに留学されキール大学でアレックス・ダンチェフ先生という、私の尊敬するイギリス外交史研究の大家の下で博士論文を書かれ、現在は二松学舎大学で教えておられます。

水本さんの博士論文の内容が素晴らしく(一部日本語で論文となっています)、偶然にロンドンの公文書館でお会いした際に、その後夕食をご一緒し、是非とも刊行されてはとお薦めしました。ところが謙虚な水本さんは、かなり強く誇示されて活字にするほどのものではないとおっしゃっておられましたが、他方で新しく調べているベトナム戦争に関する研究は先に公刊することを少し考えてらっしゃるようでした。日本では、とにかく英米関係の研究書がこれまで皆無に近いほど少なかったせいで(ほぼ例外が、ジョン・ベイリスの『同盟の力学』で、それゆえに、水本さんのご著書のタイトルが『同盟の相剋』というのは、とても示唆的かもしれません)、その意味でも日本での英米関係理解が表層的、ステレオタイプに基づいているのを違和感を感じていました。だからこそ、ベトナム戦争という戦後英米関係がもっとも緊張した事例をあつかって、英米関係を論じることはとても意義があることだと思います。刊行まで一苦労もあったかもしれませんが、水本さん高い水準の英米関係研究が公刊されることは、とてもうれしいことです。

同時に、いよいよ本格的にベトナム戦争をめぐる国際政治史的な位置づけが本格的になされるようになったのだと思います。アメリカにとってはあくまでも、ベトナム戦争は「国民の物語」でありますが、けっしてそれにとどまるものではなく、アジアの戦後史や世界史全体にも巨大な影響を及ぼした事件です。そこから一定の距離を置き、同時にいっていの関与をするイギリスの視座からベトナム戦争を眺めることは、とても有意義なことですね。

研究者の世界は、学位取得も大変でしょうし、その後の就職を確保するのも容易ではありませんが、努力なさっておられる方がその結果優れた研究を公刊されることは、何にもまして価値があることだと思います。

「読書の秋」となりますが、多くの方がこの新刊書をお手にとり、長い夜を読書灯とともに楽しんで頂ければと思います。

hosoyayuichi at 17:01│