IMG_0110
















  これは中国・青海省で夏に撮った写真。小さく点々と見えるのは放牧中のヤク牛です。詳しいことはhttp://fshaw2uyghur.web.fc2.com/ をご覧ください。

 前項まで色彩のことを話してきました。このチベットの虹はやはり七色にみえるでしょうか、それともモンゴル文化のように三色でしょうか。三色と言われれば、赤、黄、青のように見えてくるから不思議です。

 この虹の美しい風景ははたして「実在する客観的世界」でしょうか。だれにも同じように見えているのでしょうか。「言語が違えば、世界も違って見える」という問題は、現象学が考えていました。この虹の姿は、意識するしないは別として、意識の外に客観的世界として存在する、それは誰しも疑わない、現象学以前はそうでした。しかし、七色に見えたり、三色に見えたりするのであれば、誰にでも同じ客観的世界がそこにあるとは言えません。現象学は客観的な世界があるという「思い込み」を保留して、なぜ人はそのような「思いこみ」を抱くのか、その仕組みを説明してくれました。

 まず、虹の場合は視覚がほとんどですが、触覚、嗅覚、味覚など明確に知覚されることもあり、それによって夢などと違って、幻影ではないと確信を持てます。これが個的直感といわれます。二番目はこの自然現象が「虹」「rainbow」などと意味を持つ言語で表わされ、虹の本質が表現できます。これが本質直感です。三番目は同じ身体をもち、「虹」という言葉と意味が通じあう、間主観性であります。

 この虹が同じように見えるのは、言語が介入してしますから、同じ言語圏の人だけです。チベット語には、藍色はない。橙色もなく、その代り、金色があります。虹は天と地をつなぐものであり、ブッダもこれによって地に降りてきました。君主の魂とも言われています。
 日本人の間でも、感覚が大きな要素となる個的直感は人によって微妙に違います。やはり最後まで、この虹が同じように見えているかどうかはわかりません。