2005年09月27日

連載ルワンダ史第1回〈フツとツチとは何か? 前編〉

『ホテル・ルワンダ』で悲劇をもたらした重要なキーワードである、「フツ」と「ツチ」。これは、そもそもどのようにして生まれた言葉なのだろうか?
 ここでは、歴史を通してフツとツチの起源を見ていこう。



 ルワンダは別名「千の丘の国」と呼ばれ、国土全体が1000m以上の高地にある。山々が自然の要害となり、近年までは外部勢力の介入をあまり受けていなかった。
 19世紀末以降、白人の探検家や宣教師がルワンダに足を踏み入れ、ルワンダの人々が3つのグループに分かれていることを見てとった。フツ、ツチ、トゥワの3つである。
 トゥワはピグミーで数はごく少なく(人口の1%程度)、主に森林地帯で狩猟採集民として暮らしていた。
 大多数を占めるフツ(人口の8割前後)は肉体的に近隣に住むバンツー諸族と非常に似通っており、農業に従事していた。
 だがツチは、周囲の民族とは大きく異なっていた。背が非常に高く、痩せ型で、顔の造作は細長く鼻は高い。牛を飼って生活していたツチは、明らかに別の民族に属しているようにみえた。長身のツチは背の低いフツをしたがえ、高度に集権化された王国を築いていた。
 このようなルワンダの人々のグループ分けは、ヨーロッパ人に利用されることになる。

 当時のヨーロッパで有力だった人種理論に、「ハム族神話」と呼ばれるものがあった。ハムとは、聖書の『創世記』に描かれるノアの息子の名である。あるとき、ハムがノアに不敬をはたらいたため、ノアは、ハムの息子のカナンに呪いをかけた。そのカナンの末裔=ハム族こそが黒人の起源であるというのが、この挿話に対する中世以来の解釈だった。
 黒人の哀れむべき状態は、カナンにかけられた呪いが原因とされ、ノアの呪いの言葉「僕(しもべ)らの僕となりて其兄弟に事(つか)へん」は、奴隷制の正当化に用いられたのだ。

 こうしたわけで、19世紀初期まではハム族といえば黒人全体を指したが、問題点もあった。
 最大の問題はナポレオンの遠征によって明らかになった古代エジプト人の外見だった。偉大な文明を興し、古代ギリシア人(つまり西洋文明全体)に影響を与えた者たちが黒人であることが、白人の悩みの種になったのだ。さらに、アフリカの探検が開始され、黒人には不可能とされるほど高度な文化を築いている黒人世界が発見されたのも、さらなる困難をもたらした。
 そこで、言語学におけるハム語族などの区分の変遷を経て、徐々にハム族は肌の黒いコーカソイド(白人)、つまり黒人の「優越種族」を指す言葉に変化していく。この優越種族に含まれるのはベルベル人、エチオピア人、マサイ族、ソマリ族、ウガンダのガンダ族など、サハラ以北を中心とした雑多な人々である。そして、王制、高等言語、一神教を含む高度な宗教制度、牧畜、製鉄や灌漑などの文明的な発明は、すべてハム族の手によって「暗黒大陸」アフリカにもたらされたとされた。

 ヨーロッパ人が目にしたルワンダの状況は、彼らの人種理論に完璧に適合しているようだったのだ。
(中編へ続く)

(この連載では、歴史的事情を考慮して、フツ“族”、ツチ“族”という呼称は以降避ける。また併記するさいの表記順はアルファベット順でフツ・ツチ・トゥワとする。)

gomadintime at 00:00│Comments(0)TrackBack(1) ルワンダの歴史 

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1. グローバル化と奈落の夢  [ diary of t.a.f ]   2005年09月30日 02:59
マイ母校のHP行ったら、イベント開催情報ハッケン! 《グローバル化と奈落の夢》 って、なんか面白そでない?と思ったら。 西谷(修)先生だ〜ヽ(´▽`)/ 授業取ったことなかったけど、好き〜。 (取りたかったんだけど、1限だけだったんだも・・・。←そうい...

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