「Spring has come」という表現は、もうすぐ春がやって来るではなく、春がやって来た状態が現在まで継続しているというニュアンスであることに僕は少なからず戸惑い、やって来るのを待っている春とやって来てしまった春との間であれこれ生じる確定性やら不確定性やら確定的不確定性やらの出方についてゆくのがやっとの時分。ゴドーを待っている間にウラディミールとエストラゴンがいろいろあれこれすることについて、僕たちはなにか途方もなく大きなものを、途方もなく小さなものの中から見い出した気分になったりして、それが正しいのか誤りなのかすら最早分からず分かろうとせず、いつの間にかの春の到来に、言ってみれば僕は今そんな気分。もやもや。それが春だと言われればそうだねと応えるしかないのかしらん。どうにもならん。もやもや。だから、そんなときに飲むワインはシンプルである方がいいに決まってる。ゴドーを待っているあいつらだってそれには頷いてくれるはずさ。