2009年02月17日

仮面の作曲家

すごく久々の更新です。
ちょっと、この間、プライベートでも、仕事でもドタバタがありすぎて、まったくパソコンに向かうような状況ではありませんでした。
というか、今でもあまり冷静な状況ではないのですが…。

ただ書きたいことがあったので、一応久々に更新しようと思います。

日曜日に、オーケストラ・ダスビダーニャの定期演奏会に行ってきました。
ときどきここで書いている友人のチェロ弾きKさんの所属オーケストラです。

このオーケストラは、ショスタコービッチしかやらないという、日本でも珍しいアマチュアオーケストラです。演奏レベルはやたら高くて、とてもアマチュアとは思えないくらい上手で、結構半年ぐらい前から楽しみにしていた演奏会でした。

プログラムは「森の歌」と交響曲10番。
ここから先はマニアックなことを書きますが、ショスタコービッチは、旧ソ連のスターリン時代を生きた作曲家で、一時期は体制側の芸術家と考えられていました。『ショスタコーヴィッチの証言』という本が出版されて以来そのイメージは覆りましたが、未だにいろいろと政治的な評価が分かれる作曲家ではあります。

それにしてもこの森の歌と10番というのはショスタコービッチを抉り出すプログラムだなぁという感想でした。
森の歌というのはスターリンの植林計画(多数の無実の政治犯を強制労働に借り出すための計画)に賛意を表するような内容のオラトリオで、原典版では「偉大なるスターリンに栄光あれ!!」みたいな歌詞がたくさん出てきます(今回のダスビダーニャの演奏会は原典版の歌詞で演奏されました)。これは交響曲9番で当局から辛らつなる批判を浴びたショスタコービッチが、ソ連国内で名誉回復を得るために無理して作った曲で、初演の後にショスタコービッチは大泣きしながら酒をあおったという話が残されています。

その一方で交響曲10番は、スターリン死後の雪解け時代に発表された作品で、言わばショスタコービッチ本来の音楽に近づいた一歩というようなことがいえる曲と言われています。

この2曲を並べることで、仮面を被り続けたショスタコービッチと、仮面を脱ぎ去ろうとしているショスタコービッチが見えてくるという、なんともいえないくらい作曲家の姿を投影しているプログラムだったわけです。

なんてウンチクをちょっと知っているだけで、明るく楽しげな「森の歌」がとっても陰鬱に聞こえ、逆に決して明るいとはいえないような交響曲10番がなんとも伸び伸びとした風に聞こえるのは、おそらくウンチクのせいだけではなくて、ダスビダーニャのショスタコービッチに対する敬愛が背景にはあるのかなぁと感じられた演奏会でした。

クラシックに限ったことではないと思うのですが、音楽は、その背景とか政治とか時代と切り離して、単に芸術作品であるということは絶対にできないもので、そのバックボーンを含め、時代の投射があって成立するものだと思います。
モーツアルトの時代の宮廷・貴族の世界と彼の音楽、ヨハン・シュトラウスの時代のウィーンの宮廷文化と彼のワルツ、バーンスタインの時代のアメリカという音楽後進国(と考えられていた)の中における彼のミュージカル…など、すべての作品にはすべての時代背景があって、たまたまショスタコービッチについてはそれが強烈に意識されるだけと感じなくもありません。

まぁ、いろいろと個人的にも感情が揺れ動くようなタイミングだっただけに、ショスタコービッチの音楽の陰鬱感のようなものが、私の感情にかなりダイレクトに働きかけるような、そんな気持ちを持てた、非常にすてきな演奏会でした。

houritsu_ya
posted at 23:13

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