縣(あがた)祭りガラスのハート・豆腐のメンタル 2019

2019年06月06日

鶴たちの終の棲家

5月の10連休中に、母のまた従兄弟からSOSが入って、私のひいお婆ちゃんの実家の片付けに行ったのですが、古い食器を助け出すだけでなく、もう一つ「鶴を助けたい!」というお願いがありました。
行ったらひいお婆ちゃんの実家の座敷に、鶴が二羽待っていた。

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現当主は京都の普通の住宅にいて、もう田舎には帰らないから家を処分しようとしてるわけで、100年以上も前の鶴の剥製など引き取り手もなく、家と一緒に潰すのだとか。
母のまた従兄弟が、「100年以上ここにいるのに家と一緒に潰したくない!何とか救いたい!!」
その気持ちはわかるのだけど、高さ150センチほどの古い剥製なんて、私もいらんしなぁ・・・

足元の漆塗りの台に銘板が残ってた。

DSC_5213

写メを拡大してみると、SHIMADZU FACTRYと、かすかに読める。
「し・ま・ぢゅ? しまぢゅって何?」

家の解体が始まるまであと3日。
行き先を考えるから、家と一緒に潰さないように持ち出してね、と、とりあえずは食器だけ持って帰ってきました。

夫に銘板の写メを見せたら、「100年以上前なら漢字は右から左に書くんだよ。ここには島津製作所と書いてある」と読んでくれました。
島津製作所と聞いて思い浮かぶのはノーベル賞のあの一つだけ。
でも剥製とは結びつかないのだけどと思ってたら、末っ子が「明治28年に島津製作所には標本部があって剥製を作ってたんだって」と調べてくれました。

鶴のことに詳しそうな博物館が九州にあったので写メを送ってみてもらったら、黒くなっているけれどタンチョウヅルの剥製に間違いないと教えてくれました。
「こんな古いタンチョウの剥製が個人宅にあったなんて」と言われたけど、国の特別天然記念物なので、何をするにもいろいろ手続きが必要です、とのこと。

陳列・広告・譲り渡しは生死を問わず禁止(西部劇のおたずね者みたいやわ)で、唯一の例外は環境大臣が許可した時に限り研究所か博物館のみで所有を許されるとか。
「剥製にした時にはそんな法律はなかったと思うから、100年以上前のこの鶴は例外でしょ」と言ったのだけど、今の時代にあるものは今の法律が適用されると言われて絶句。

100年以上前のタンチョウとわかって、あちこちの博物館・研究所(古い鶴のDNAは貴重なのだとか)から寄贈のラブコールを受けたのだけど、鶴たちは一番熱心にお話し下さった『島津製作所 創業記念資料館』に行くことになりました。
創業当時は剥製を多数作ってきたけれど、全部納入してるので今の資料館には鴨とフクロウの剥製しかなく、島津製作所の銘板のある100年以上前の立派な鶴の剥製が見つかって本当に嬉しいと喜んで下さいました。
私も作ってもらったところで大事にしてもらって、長くみんなに見てもらえれば嬉しいです。

鶴たちは、7月25日に母のまた従兄弟の実家を出発します。
古い剥製なので、これから修復をして展示は来年からになりそうですが、展示されたらお孫ちゃん達を連れて「あなた達のひいひいひいお婆ちゃんの家にいた鶴さん達だよ」と見に行きたいと思っています。

家と一緒に無くなるはずだったタンチョウ夫婦に、終の棲家が見つかって本当に良かった。
救出して次につないでやれなかったたくさんの品たちのことを考えると、今も心が痛むけど、鶴たちはどうぞ島津製作所で末長く大切にしてもらえますように。


house0581 at 10:30│Comments(0)

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