●日本の司法は法務・検察の下僕
 裁判ウオッチングは、推理小説などより、よほどおもしろい。
 リアルタイムのリアリズムなので、フィクションとは、緊迫感がちがう。
 事件それ自体もさることながら、長年、裁判ウオッチャーをやってきた小生の関心を惹くのは、検察と弁護側、裁判官のやりとりで、ときには、事件そのものよりもわくわくさせられる。
 といっても、有罪か無罪かをきめるのは、裁判所ではなく検察で、起訴有罪率99・9パーセントというのでは、裁判所に入る前に判決がでているようなものである。
 検察にもまちがいはあるだろうと尋ねてみた(「日本の司法を正す会」/村上正邦元参院議員会長主宰)ところ「検察にはまちがいはない」(司法ジャーナリスト)のだそうだ。
 なぜなら、検察が横車を押して、白を黒にしてしまうからで、検察(法務)の事実上の出先機関になっている司法には、検察にタテつく意気地などないという。
 司法権は裁判所にあって、検察の役割は、逮捕と起訴、公判の維持に限られるというのは、中学生の教科書の話で、法務(検察)が司法の上位にある日本では三権分立がほとんど機能していない。
 どうしてそんなことになってしまったのか。
 三権分立以前に東大法卒という権力の牙城ができあがっているからである。
 たとえ、日本に三権分立があったとしても、赤レンガ組に象徴される日本的権力主義の下で、かろうじて形をたもっているにすぎない。
 日本では、あらゆる分野に権力や権限、権益がはいりこみ、それが、国民のルールや良識、合意や習慣をねじまげてきた。
 下が規則や許認可、法令などの小さな権力をふりまわせば、上は東大法卒の赤レンガ組が、警察・司法・マスコミを従えて、法務権力というスーパーパワーを発動させる。
 日本は「法治」国家ではなく「法権」国家だったわけで、国民が従っているのは、法ではなく、権力なのである。
 権力をふりまわすのも、よろこんで従うのも、権力主義である。
 権力主義のその両面がむきだしになったのが「ロッキード事件」だった。
 検察とマスコミの「角栄叩き」とそれにのった日本人の本性は、一言でいえば〝権力好き〟で、ロッキード事件は、アメリカの謀略というよりも、アメリカの手先となった検察、検察にへつらったマスコミ、その二大権力に拝跪した日本人の〝権力にたいする弱さ〟にあった。
 小生が裁判ウオッチャーとなったのは、ずいぶん昔に「だれが角栄を殺したのか」や「角栄なら日本をどう変えるか(原題=角栄をアメリカに売った日本の検察)」を書いたあとのことである。
 だが、当時、だれも「角栄無罪論」を本気でとりあおうとはせず、出版社のほうも、二冊目の本の原題を意味不明なタイトルへ変更する始末だった。

 日本の権力機構の中枢にある検察は、政治や地方自治などの権力を仲介する権力の中央取引所で、法曹界にもにらみをきかせる。
 村上正邦の再審請求(ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団/受託収賄罪)では弁護団から辞退を申し出る弁護士もいたほどで、検察から、過去の事件にからんだ別件(詐欺容疑)起訴をちらつかされてのことだった。
 権力的であることと、権力に従属的なことは、表裏の関係にあって、権力をふり回す傲慢も、よろこんで権力に服従する卑屈も、ともに権力病である。
 検察や警察、裁判官など権力の側にいる人々は、多かれ少なかれ、権力病の罹患者で、かれらに、常識や良識、人情や心の機微などの人間らしい心はみあたらない。
 あるのは、権力の行使と権力への服従、権威(名声や評判、世間体)にたいする屈服だけで、権力なきものは、弱者や貧者ばかりか、個性や創造性、自己判断までが、権力というフレームからはじきだされる。
 日本に権力悪がはびこるのは、権力をふり回し、権力に媚びる権力病が多いからである。
 かれらは、権力というフレームのなかでしか、考え、行動するができない。
 テレビも、学歴(東大)や権力(検察・警察・裁判官)の讃歌と正義漢面の弱いものイジメ、物真似ばかりで、その貧しい精神風土のなかで、権力は善であるという妄念だけが大きくなってゆく。
 日本で、司法が、法務や検察から独立できないのは、三権分立よりも学閥や司法試験、先輩後輩が優先されるからで、三権が裏で手をむすんでいる。
 日本人は、政治を権力と思っているが、民の代表で、落選すればただのひととなる政治家や政治が(公)権力であるはずがない。
 公権力は、多くのひとが善と思っている法務官僚とりわけ逮捕権や起訴権をもつ検察のもので、明治憲法下における司法省と同様、いまなお、司法行政の全般を所管におさめている。
 日本で三権分立ができあがらない最大の原因がこれで、事務次官以下、法務省の要職のほとんどを行政官たる検察出身者が占めている。
 戦後、司法省は廃止されたが、司法省の官僚の大半が最高裁判所事務総局へ移籍しただけで、法務省による裁判所と裁判官の支配・統制体制は「司法省の戦後の再編成版」といわれたものである。
 最高裁判所事務総局と法務省はいまも〝判検交流〟にひきつがれ、法務省が設立した「日本司法支援センター(2006年)」は、事実上、弁護士会までを行政の支配下に置いている。
 ロッキード事件を指揮した元検事総長・吉永祐介は「巨悪は眠らせない」という名フレーズで「正義の味方・検察」をアピールした。
 しかし、巨悪は、日本の国益に身を投じた角栄ではなく、角栄をアメリカの国益に反すると判断したアメリカで、検察はCIAの手先でしかなかった。
 このとき、検察の下働きとなったのが司法で、司法は、アメリカまで飛んで検察に有利なデータの収集につとめ、メディアはこれを「正義の味方」ともちあげたものである。
 日本の司法のレベルは、昔も今も、このレベルで、無罪か有罪かの事実審を検察にゆだね、量刑をきめる法律審だけをうけもって、正義面をしているのである。
 司法は、権力構造において、検察の従順なる下僕でしかない。
 この国の背骨は、民の文化ではなく、税金で食っている検察・警察・司法の三権力で、そのなかで、突出しているのが、GHQの下請け機関から出発した検察である。
 戦前まで〝官庁の中の官庁〟として君臨していた内務省が、GHQの命令で解体されると、当時、日本国の主権をもっていたGHQの手足となってはたらいたのが検察とマスコミだった。
 アメリカの国益に反するという理由から、日本の検察(特捜部)とマスコミが田中角栄を抹殺したことからも、そのことがわかろうというものである。

 ●フェロシルト不法投棄と豊徳鉱山
 裁判ウオッチャーとして、長年に亘って、多くの事件や裁判をみてきた小生が「フェロシルトの不法投棄と豊徳鉱山」の裁判に関心をもったのは、被告の弁護に立ったのが二人の大物ヤメ検弁護士だったからである。
 裁判自体は、株式譲渡の契約書が本物かニセ物かという単純なものである。だが、その裏には、一筋縄でゆかないいりくんだ物語がひかえている。
 時系列にそって整理してみよう。
 1、豊徳鉱山の前社長の井上知足が脱税で逮捕される。
 2、知足に代わって、実姉眞知代、元経理助手柴田隆郎が経営の実権を握る。
 3、豊徳鉱山に100万?のフェロシルトが投棄される
 4、井上知足が、持ち株を眞知代らに譲渡されていることを知らされる
 5、株式譲渡契約書を無効(文書偽造)として、知足が名古屋地裁に訴えをおこす
 二人のヤメ検弁護士というのは以下の二人である

 ■村山弘義/名古屋高検検事長(平成10年)東京高検検事長(平成11年)
 ■岸秀光/名古屋地方検察庁特別捜査部長(平成25年)

 村山はもともと井上知足の弁護士だったが、知足が豊徳鉱山の代表取締役を辞任したあと、柴田隆郎に請われて、豊徳鉱山の顧問弁護士に就任している。
 岸は村山の後輩で、村山の勧誘をうけて、豊徳鉱山の弁護士となった。
 村山と岸は、豊徳鉱山の経営に深く関与しているが、それは後述しよう。
 先に論じるべきは、株式譲渡契約書をめぐる裁判で、この裁判のなりゆきによって、フェロシルト不法投棄や産業廃棄物処理法違反や豊徳鉱山の資産横領および株式譲渡契約書の偽造という別次元の事件性が浮上してくる。
 株式譲渡契約書が偽造ならば、株式譲渡の不成立だけで話はおさまらない。
 文書偽造の罪や詐欺罪が適用され、被告(井上眞知代/井上瑞穂)ばかりか背後にいる柴田隆郎、弁護人の村山弘義や岸秀光にまで容疑がおよぶ。
 井上知足の株が正式に被告(井上眞知代ら)の手に移っているなら、眞知代や瑞穂、二人から全面的な信頼をうけている柴田隆郎、村山・岸両弁護士らが豊徳鉱山の資産をどう扱おうが知足が文句をつける筋合いはない。
 しかし、株式譲渡契約書が偽造であれば、話がちがってくる。
 豊徳鉱山の筆頭株主である井上知足が決算書の提出をもとめ、それを根拠に特別背任罪や横領、詐欺罪で、関係者を全員告発できるのである。
 株式譲渡裁判は、いわば、天国と地獄を分かつ裁判で、村山・岸両弁護士にとって、どうしても負けられない裁判であった。
 株式譲渡契約書に署名・捺印された日付は、井上知足が、脱税で収監されていた平成13年2月26日である。
 知足が拘置所で、その日、株式譲渡契約書に署名・捺印した事実はない。
 それが証明できれば、被告(眞知代・瑞穂)が敗訴になるばかりではない。
 柴田や村山・岸両弁護士らまでが窮地に追いこまれる。
 筆頭株主に復帰した知足が、柴田や村山・岸らに、資産処理にかかる責任を追及するからである。
 かかる事態を避けるには、知足が株式譲渡契約書に署名押印したという話にしなければならない。
 そこで、被告らは、平成13年2月26日、眞知代が拘置所に赴き、印鑑と株式譲渡契約書を川上明彦弁護士にゆだね、川上弁護士が、知足にその二点を差し入れして、知足が著名、押印した同契約書を、川上明弁護士宅下げしたというストーリーをつくった。
 眞知代は、そのとき、川上弁護士から、知足が著名、押印した株式譲渡契約書をうけとったというのである。
 川上明彦弁護士は「記憶にない」とこのストーリーを否定する。
 川上弁護士は、知足の脱税事件の弁護をおこなっており、当時、実刑か執行猶予かの瀬戸際で、知足も川上弁護士そのことで頭がいっぱいだった。
 そんなとき、株式譲渡契約などの話がもちこまれれば、記憶に残っていないわけはない。
 ところが、司法は「記憶にない」とする川上弁護士の証言を逆手にとる。
 時間が経っているので覚えていないのは当然とした上で、差し入れや宅下げがあって、川上弁護士が知足からうけとった株式譲渡契約書を、待機していた眞知代に手交したという話にしてしまったのである。
 拘置所の面会記録にも、株式譲渡契約書の差し入れや宅下げの記録は残っていない。
 平成30年4月27日。
 井上知足の弁護人は、株式譲渡契約書の作成に関与して、眞知代に同契約書を手交したとする川上弁護士の証人喚問をもとめた。
 川上弁護士が出廷して「株式譲渡の話は記憶にない」と証言すれば、司法のストーリーが破れる。
 それどころか、株式譲渡契約書がニセ物だったことになれば、豊徳鉱山側の犯罪(詐欺罪など)が明らかになる。
 証人喚問を動議すると、裁判長以下、判事が討議のために退席した。
 そして、席に戻るや、川上弁護士にたいする証人喚問の請求を却下した。
「当時の記憶がはっきりしないという発言があった以上、証人喚問する意味がない」というのである。
 名古屋地裁は、このとき、豊徳鉱山寄りの姿勢をとったのである。
 豊徳鉱山のバックに、名古屋高検検事長だった村山弘義と名古屋地方検察庁特別捜査部長だった岸秀光がついていたからではないか。

 本件裁判では、関連して、もう一つ異様な事態が生じている。
 眞知代の下で「株式譲渡契約書」を作成した村瀬正臣は、かつて、眞知代と共謀して、無断で、井上知足所有の宅地に担保を設定して、3億五千万円もの融資をひきだしている。
 井上知足は、生前分与をおこなっていた平成27年、この事実を知って、眞知代に抗議した。
 眞知代は、このカネを占い師の安藤茂に貢ぐなど、経営者としての自覚どころか、金銭感覚やモラルにも疎く、このときも、知足に「(カネを)返せばいいのでしょ」と居直っている。
 本件株式譲渡契約も、前回の担保詐欺事件と同様、自称司法書士の村瀬正臣が書類を作成している。
 文書を偽造して、知足に無断で、知足の宅地に担保設定した前歴がある眞知代と村瀬にとって、ニセの株式譲渡契約書をつくることなど造作もなかったであろう。
 株式譲渡契約書が偽造であれば、署名の偽造や印鑑の無断使用という手口も前回と同じで、眞知代と村瀬による再犯だったことになる。
 眞知代による担保融資詐欺および眞知代と村瀬の共謀による不法な担保更新手続と文書偽造が法廷で裁かれることになれば、本件株式譲渡契約書をめぐる裁判に決定的な影響がおよぶ。
 村瀬と組んで、知足の資産略取をはかった過去があるなら、眞知代は、とうてい、善意の第三者たりえない。
 知足は代理人(四橋善美・四橋和久弁護士)を立てて、岸秀光の古巣である名古屋地検に村瀬を告訴した。
 ところが、名古屋地検は、告訴状の受理を拒否した。
 理由は「担保設定の事実を知っていたはず」というもので、事件性がみとめられないというのである。
 しかし、本当の理由は、訴状をうけとると、本件株式譲渡契約書を作成した村瀬に文書偽造の前歴があって、しかも、司法書士を詐称していた事実が判明して、本件裁判に決定的な影響がおよぶからであろう。
 本件裁判の弁護人に経っているのは、平成27年まで、名古屋地方検察庁で特別捜査部長をつとめていた岸秀光である。
 訴状を受理すれば、名古屋地方検察庁は、岸から大目玉を食うはめになっていたろう。
 判決は6月29日だが、4月27日の証人喚問要請却下は、判決の控訴却下を織り込んだものだったと思われる。
 順を追って、本件の事実経過とその背景、裁判の行方をみていこう。

 ●検察と司法がつくった豊徳鉱山乗っ取りの構図
 村山から示された平成13年2月26日付の「株式譲渡契約書」には知足の署名と捺印がある。
 だが、のべてきたように、知足は「株式譲渡契約書」に署名押印していない。
 それどころか、それまで、同契約書の存在すら知らなかったのである。
 同書面には、眞知代及び井上満瑠にそれぞれ800株(160万円)、瑞穂に1000株(200万円)で譲渡したとある。
 株式譲渡契約書の日付は平成13年2月26日となっている。
 知足が名古屋拘置所を出所したのは平成13年2月29日である。
 同契約書の日付は、その3日前の平成13年2月26日である。
 拘留というのは、平成12年10月20日、井上知足が法人税法違反の容疑で逮捕されたからである。
 そして、保釈されたのが、年が明けた平成13年2月29日だった。
 出所が目の前だった2月26日に、拘置所内で、重要書類の署名押印をするというのは、常識から考えてもありえない。
 そもそも、拘留中だった知足が印鑑をもっているはずはない。
 もともと、井上家では、印鑑や通帳などは、母親から長女へ母系が管理する習慣で、株式代金520万円が振り込まれたとされる通帳も、眞知代がもっていて、知足は見たこともない。
「株式譲渡契約書」は偽造だとして、井上知足がおこした裁判の判決文にこうある。
『2月26日、川上明彦弁護人は、名古屋拘置所において原告(井上知足)と接見し、原告が署名押印した本件各譲渡契約書を受け取った。同日、被告(眞知代)は、弁護人に先立ち、原告と接見し、その後、同拘置所の待合室で待機していたところ、接見を終えた弁護人が同待合室にやってきて、被告眞知代に対し、本件各譲渡契約書を交付した』
 譲渡契約書に、拘留中、知足がもっていなかった印鑑が使われている。
 平成13年2月26日、眞知代が拘置所を訪れたのは、川上弁護士に印鑑を渡し、知足がこれを使って署名捺印したというストーリーをつくるためだったのである。
 署名も、似てはいるが、じぶんの筆跡でないことは、本人ならわかる。
 氏名のわずか4文字なら、特徴をとらえて、筆跡を真似ることはむずかしいことではない。
 ところが、名古屋地裁は、判決文でこう論述する。
「原告が自書したと認められる文書の署名の筆跡と酷似していることが認められる。特に、全体的に右肩上がりの筆の運びであることや、『井』の字の縦画の長さや横画との位置関係、『上』に字について、縦画と三画目の横画が一筆で書かれている点、『知』の字について、一画目と二画目が一筆で書かれている点、三画目の横画のわずか上から四画目が始まっている点、六画目から八画目が一筆で書かれている点、『足』の字について、四画目の縦画と五画目の横画が一筆で書かれている点、七画目のはらいの長さ等について、類似性が認められる」として、筆跡鑑定を却下する。
 類似性が認められるのは、知足の筆跡を模倣したからである。
 だからこそ、専門の鑑定士に鑑定を依頼したわけだが、名古屋地裁は、素人判断で、模倣できる特徴をあげて、専門家の鑑定書を却下した。
 保釈後、井上知足は、川上明彦弁護人から、有罪判決を受けた者が取締役に留任すると産業廃棄物処理業の許可が取り消される可能性があるという説明をうけ、口頭で、豊徳鉱山の代表取締役辞任を承諾している。
 しかし、株式の譲渡は承諾していない。
 そもそも、拘留中も保釈後も、弁護士とのあいだで株式譲渡の話はまったくでてこなかった。
 川上弁護人は、平成27年1月30日、原告(知足)からの照会にたいして株式譲渡に関与していないと回答しており、拘置所の面会記録にも、株式譲渡契約書の差し入れや宅下げの記録は残っていない。
 平成13年2月26日、眞知代が唐突に拘置所を訪れたのは、印鑑を知足に渡したというアリバイを立てるためだった。
 だが、このとき、川上弁護士は、株式譲渡に関与していないと回答しているので、検察と司法がつくった『接見を終えた川上弁護人が待合室にやってきて眞知代に株式譲渡契約書を交付した』というストーリーは成立しない。

 ●ニセ司法書士と新社長が工作した株式譲渡のウソ 
 村瀬正臣は裁判でこうのべている。
 わたしの方に、辞任届けの案をつくって欲しいと要請があったので、書式例を参考に会社宛、東海空港あて、関連会社あて辞任届の案をわたしのワープロで作成しました。
 この案は、書名欄を空欄にして、知足氏本人の署名をもらうことにしておりましたので、案ができあがってから、眞知代社長と瑞穂会長に案を届けました。
 その後、知足氏の署名捺印のある辞任届け(豊徳鉱山と東海空港宛)ができあがりましたので、知足氏の代表取締役の辞任にともなう眞知代の代表取締役を選任する取締役会議事録の案を作成し、眞知代社長宅に届けました。
 会社(豊徳鉱山)と東海空港等の新しい代表取締役は眞知代社長が就任することになっていました。
 この取締役会議事録もわたしの方でワープロにて作成しています。このときの会社宛の辞任届を資料1、東海空港宛の辞任届を資料2、会社の取締役会議事録を資料3、東海空港の取締役会議事録を資料4として、この陳述書に添付します。
 以上のように、一旦、知足氏が会社と東海空港の代表取締役を辞任したのですが、これにひきつづき、知足氏が持っている株式もすべて譲渡しなければならないという話になったという流れだったという記憶です。取締りを辞めるだけではなく、株も譲渡しなければ、産業廃棄物処理の許可が取り消されるという話がでたと記憶しているのです。  
 そこで、知足氏が持っている株式全部を譲渡するということで、話がすすみました。会社(豊徳鉱山)が株式譲渡制限会社でしたから、譲渡には取締役会の承認手続きが必要となります。そこでわたしがワープロで、署名欄が空欄の株式譲渡承認請求書の案を作成して、眞知代社長宅に届けました。
 株式譲渡承認請求書に知足氏が署名をしたものが資料5です。この株式譲渡承認請求書の案を作成する段階で、瑞穂会長に1000株、眞知代社長に800株、満瑠さんに800株を譲渡することを聞かされていましたので、ワープロで案を作成した段階から、このように不動文字で記入していたものです。
 この譲渡承認請求をうけて譲渡を承認する取締役会が開催されました。資料6が、その議事録ですが、この議事録も私がワープロで作成して眞知代社長宅へ届けたものです。
 株式譲渡契約書も、私がワープロで案を作りました。
 瑞穂会長に1000株を200万円で、眞知代社長には800株を160万円で、満瑠さんにも800株を160万円という内容で、知足氏の署名押印があるものです。

 ●虚偽とフィクションでつくられた株式譲渡裁判
 村瀬の供述は、虚偽とフィクションの羅列で、偽証をこえて、法廷侮辱罪にあたる。
 眞知代から「辞任届けの案をつくって欲しい」と要請された村瀬が、眞知代に届けた辞任届の案は、当然、署名欄が空欄であった。
 その後、知足氏の署名捺印のある辞任届け(豊徳鉱山と東海空港宛)ができあがったとのべる。
 村山弘義弁護士の「証拠説明書」によると、知足が豊徳鉱山及び東海空港の代表取締役を辞任して、両者の代表取締役に眞知代を選任する旨の決断をしたとされた日時は、平成13年1月23日(署名筆跡)である。
 なぜ、村瀬は、知足の署名がある辞任届けが、平成13年1月23日、村山弁護士から眞知代へもたらされたと明記しなかったのか。
 署名も押印も、本人が拘留中もしくは印鑑を所持していないので、実行不能で、署名や押印が存在するなら、疑うまでもなく、冒用と偽造である。
 平成10年6月30日の担保事件でも、眞知代が、井上知足の名義や印鑑を冒用しており、村瀬が扱った名義変更の手続き(平成15年5月23日)では署名が偽造されている。
 眞知代と村瀬には、名義冒用と署名の偽造という前歴があって、この二人がつくったシナリオに、村山・岸弁護士がのって、署名も押印もしていない株式譲渡契約書によって、知足は、持ち株をすべて奪われたのである。
 村瀬の供述は、主語や客語が不明で、証拠(証言)能力を有さない。
「株も譲渡しなければ産業廃棄物処理の許可が取り消されるという話がでた」
 とあるが、だれがだれに、どこでそんな話つたえ、だれがその話を耳にしたのか不明で、とても、証言などといえる内容ではない。
「知足氏が持っている株式の全部を譲渡するということで話がすすみました」
 というが、だれとだれとのあいだで、そんな話がすすんだというのか。
「瑞穂会長に1000株、眞知代社長に800株、満瑠さんに800株を譲渡することを聞かされていましたので」
 というにいたっては、子ども話で、村瀬は、いったい、だれからそんな話を聞かされたのか。
 ところが、前田志織裁判長(名古屋地方裁判所)は、村瀬のフィクションをすべていけいれる一方、川上明彦弁護士や井上貴善の法廷証言を「認めることはできない」「信用できない」とはねつけたばかりか、専門家の筆跡鑑定にまで口を出して、じぶんの主観だけで鑑定結果を否定する始末であった。
 これでは、中学生の模擬裁判以下で、三権の一翼をになう司法の法廷ということはできない。

 ●検察権力におもねる司法・法曹界がゆがめた裁判 
 村瀬は司法書士の資格をもっていない。
 にもかかわらず、株式譲渡承認請求書や株式譲渡契約書、取締役会開催通知や議事録を作成して、名古屋法務局では、司法書士を装って、職員を欺罔している。
 株式譲渡裁判は、村瀬証言と村瀬が作成したこれらの書類を土台にしている。
 当時、豊徳鉱山の専務取締役だった井上貴善によれば、取締役会開催通知を受けておらず、有効な取締役会決議が存在しなかったことは明らかである。
 ところが、平成13年2月1日に豊徳鉱山の取締役会が開かれ、株式譲渡が承認された旨の記載がある。
 役員会の議事録作成者は村瀬で、陳述書には「議事録もわたしがワープロで作成して眞知代社長宅へ届けた」とある。
 平成13年2月1日に開催された豊徳鉱山株式会社取締役会議事録の「株式譲渡は承認済みです」という記載は、村瀬の作文で、文書偽造罪に該当する。
 平成13年2月26日に「株式譲渡契約書」の受け渡しをおこなった事実がなかったことは、川上弁護士の「豊徳鉱山の株式にかんして、当職はまったく関与しておらず」という一言ですっかりかたがついたはずである。
 2月26日、川上明彦弁護人が名古屋拘置所で、眞知代から預かった印鑑を井上知足に渡し、知足がその印鑑をもちいて、株式譲渡契約書に署名押印したというのは、眞知代の弁護人である元名古屋高検検事長、村山弘義弁護士へのおもねりでなければ、前田志織裁判長の妄想である。
 この裁判は、信じがたい偏向と非常識の果て、すべての争点で、常識的かつ自然な解釈が排除され、被告側に有利な牽強付会が展開された。
 ※川上弁護士が10年以上前の出来事について記憶があいまいになっていたとしても不自然ではなく(略)川上弁護士が、本件株式譲渡に関する書類のやりとりに関与していないと認めることはできない
 ※平成13年2月26日、株式譲渡契約書を受領したという被告(眞知代)の主張に不自然な点は認められない
 ※他人が原告(知足)の筆跡を真似して偽造した可能性も否定できないものの(略)その可能性は低いと認めるのが相当である(筆跡鑑定を否定)
 ※記録がないからといって「本件譲渡承認請求書」「本件譲渡契約書」の差し入れ、宅下げがなかったということにはならない(概略)
 ※眞知代(略)が10年以上前の出来事について記憶が薄れたり、憶測を交えて具体的な記載をしたりしても不自然とまではいえず、眞知代が虚偽の供述をしているとまでは認められない
 ※支配株主であり続けた場合、産業廃棄物処理業の許可が取り消されるなどの説明を受けたことがない(略)という原告(知足)の記載は信用できない
 ※原告と眞知代の間で、株の保有について話し合いがなされず、その対処がなされなかったとは考え難く、原告の上記陳述書の記載は不自然である
 ※原告の管理の及んでいない口座に代金(株式売却費)を振り込んだとしても不自然ではない
 ※本件株式譲渡を承認する取締役会の召集をうけていないとする井上貴善の供述は容易に採用することはできない
などと判決が、原告に不利に、被告に有利に、極端に傾斜しているのである。
 これが、検察の出先機関といわれる日本の司法の実体で、有罪判定をきめる検察に、司法は異議を挟まず、ただ、量刑を検討するだけなのである。
 こうして、知足は、押印も署名もしていない株式譲渡契約書をもって、持ち株のすべてを失ったのである。

 ●名古屋地検がニセ司法書士の詐欺事件を不受理
 株式譲渡裁判は、株式譲渡契約書を作成した村瀬正臣がニセ司法書士だったことがわかって、にわかに足取りがあやしくなった。
 株式譲渡承認請求や株式譲渡契約の書類を作成した村瀬正臣が司法書士法の違反(無資格/役員会議事録捏造)者だった場合、株式譲渡裁判が成立しなくなってしまうのである。
 眞知代は、平成10年6月30日、無断で、知足の自宅を担保に名古屋銀行から3億5千万円の融資をうけ、平成15年5月23日、村瀬に債務者変更の手続きをとらせている。
 これは、詐欺罪で、現在、知足が名古屋地検に訴えをおこした。
 その名古屋地検から、訴えをひっこめるように圧力がかかった。
 訴えをひっこめなければ、訴状を突っ返すというのである。
 事実、訴状は、不受理となった。
 不受理の理由は、自宅が担保にはいっていた事実を知らなかったわけはないというのである。
 知っていたとしたら、眞知代と村瀬が印鑑や署名を冒用して、不正な手続きで担保設定しても罪にはならないというつもりであろうか。
 そして、眞知代や村瀬がおこなった知足の印章盗用や名義冒用、署名偽造はお咎めなしという。
 万が一、井上知足が自宅が担保にはいっていた事実を知っていたところで、印章盗用や名義冒用、署名偽造の罪が消えるわけではない。
 そんな理屈がとおるなら、日本は、法治国家ではなく、法務関係者が勝手に権力をふるう法権国家ということになる。
 名古屋地検が訴状を突っ返したのは、受理すると、株式譲渡裁判が空中分解してしまうからである。
 名古屋地検が、眞知代や村瀬をまもろうとするのは、村山弘義(元名古屋高検検事長)や岸秀光(元名古屋地方検察庁特別捜査部長)を忖度してのことであろうが、眞知代や村瀬が、担保融資詐欺罪の被疑者となっても、その姿勢をつらぬけるものであろうか。
 名古屋地検の横暴にたいして、知足は、対抗手段を打った。
 弁護士会に協力を仰いで、担保詐欺事件の根抵当権者である株式会社名古屋銀行(瀬戸支店)の証言をとり、眞知代と 村瀬の犯罪を証明しようというのである。

 ●「弁護士法23条の2」で検察・司法に逆襲
 井上知足と弁護士四橋善美は、平成28年2月23日、名古屋銀行瀬戸支店に赴き、同店担当者に、平成10年6月23日付設定に関する書類、平成15年5月23付変更に関する書類の交付をもとめた。
 平成10年6月30日、本件土地(東海空港)に3億5千万円の根抵当権が設定されたが、当時、東海空港の代表取締役だった井上知足は、名古屋銀行の瀬戸支店(根抵当権者)に融資を申し込んだ事実はない。
 だが、交付申請は、拒絶された。
 そこで、四橋善美は、弁護士法23条の2による紹介にもとづいて、名古屋銀行瀬戸支店から、平成10年6月23日付根抵当権設定契約証書(写し)と平成15年5月23日付根抵当権変更契約証書(写し)を取得した。
 知足が、同証書をもとに、名古屋銀行瀬戸支店に根抵当権設定登記の抹消を要請しようとしていたところ、同支店から根抵当権を抹消したい旨の申し出があって、根抵当権は、平成29年8月25年付で抹消された。
 四橋善美は、抹消の経緯を知るため、平成29年9月、質問状を瀬戸支店に送付したが、同支店は、担保解除済みであることを理由に回答を拒否した。
 以上の経緯があって、四橋善美は、愛知県弁護士会の池田桂子会長へ「照会申出書」を提出した。
 照会先は、株式会社名古屋銀行で、照会をもとめたのはつぎの8項である。
 ①平成10年6月23日付根抵当権設定契約および平成15年5月23日付根抵当権変更契約の作成に関与した債務者関係者は井上眞知代でしたか。
 ②平成10年6月23日付根抵当権設定契約証書に記載されている井上知足の署名は、いつ、どこでなされましたか。
 ③上記署名に際し、貴支店は、本人確認をどのような方法でおこないましたか。
 ④上記設定契約証書作成に際し、貴支店は、債務者東海空港株式会社にいくら融資しましたか。
 ⑤上記融資金は、いつ、誰にたいし、どのような方法で支払いましたか。
 ⑥平成15年5月23日付根抵当権変更契約書に記載されている井上知足の署名は、いつ、どこでなされましたか。
 ⑦上記署名に際し、貴支店は、本人確認をどのような方法でおこないましたか。
 ⑧根抵当権抹消は、平成29年8月25日となっていますが、解除を裏付ける実質的理由は、弁済ですか。弁済なら、弁済金は、いくらでしたか。

 ●法が悪の道具でしかない日本の卑しき光景
「照会申出書」によって、根抵当権設定契約の作成に関与した債務者関係者が井上眞知代と村瀬正臣で、井上知足の署名と押印に、名古屋銀行が本人確認を怠っていたとわかれば、融資をうけた井上眞知代、根抵当権設定契約の変更に関与した村瀬正臣の有罪が明らかになる。
 すると、株式譲渡裁判は「担保詐欺事件」の実行犯村瀬が書いた書類のうえで、同じ実行犯の眞知代が、善意の第三者である井上知足の権利をふみにじるという筋書きになる。
 これが、はたして、公正と正義の法廷といえるだろうか。
 豊徳鉱山の資産略奪は、唯一の妨害者だった井上知足が持ち株を失うことによって、柴田や村山、岸らの思惑どおりにすすむだろう。
 資産略奪が、検察権力にささえられて、堂々とおこなわれるのである。
 フェロシルト廃棄物は、石原産業も行政も、毒性も放射線量も基準値以下とおしきって、沈静化をはかるだろう。
 国民の安全と利益をまもる法が、悪の道具となって、弱者や善意の第三者を痛めつける。
 それが、権力悪が大手をふるう今日の日本の卑しい風景なのである。