先日の後輩との会話

「キュウベエのエントロピー増大がウンヌンカンヌンって間違ってね?」
「あー、宇宙のエネルギーが目減りしてくって話ですか?
 まあエネルギーの総量は一定じゃないとおかしいっすからねえ」
「そうそう。減ってるのはエネルギーそのものじゃなくてあくまで『使用可能な』エネルギーでしょ」
「魔法少女が魔女になったときに、莫大なエネルギーを放出するって言ってますけど
 エネルギーの流入量と流出量つりあってないってのは第二法則の話じゃないすね」
「だからさ、あそこで 『魔女になる時、魔法少女は周囲の質の低いエネルギーを
 利用可能な質の高いエネルギーへと変換し放出する(注1)』とか言われたら納得できるんだよ」
「でもそれ結局、第二法則には違反してますよね」
「いやいや、それで良いんだよ。キュウベエは『第二法則に抗う』って言ってるんだから。
 でもキュウベエの説明じゃ第一法則を破ろうとしてるってことになっちゃってるよ」
「あーなるほど。確かにそういう事になりますねえ。
 あれじゃないっすか? 自由エネルギーって事だったんじゃないですか?(注2)」
「あ、それ良いな。キュウベエ自身はちゃんと分かってるけど、まどかに説明する際には
 分かりやすくするために少しくらい間違ってても端折った説明してるって事か」
「ギブスかヘルムホルツかは知らないっすけどね」
「いやでもそれ良いわ。大切だよ。少々間違ってても分かりやすい言葉を使うって
 今の原発事故の説明とかでも結局そこのギャップが全然埋まってない気がする」

(注1)エネルギーから何らかの仕事を取り出すとき、必ずエネルギーは形態を変え
    最後には利用不可能な熱エネルギーへと帰着する。
    ここで言う質の高さとはどれだけ利用しやすいかを指し
    定量的にはそのエネルギー媒体のエントロピーが低いほど質は高い。
    電気や光が質の高いエネルギーだと言える。
(注2)自由エネルギーは仕事として抽出可能なエネルギーを意味している。
    特に定圧条件化ではギブスの自由エネルギー
    定積条件化ではヘルムホルツの自由エネルギーがそれにあたる

というわけで、後輩と先輩の怒涛のプッシュにより
まどかマギカ一気に見ましたよ。非常に面白かったです。
こういう突っ込みを入れるのはもはや様式のようなものですが
一応理系の端くれとしての義務かなあ、と。
あ、「まどかマギカ」「自由エネルギー」でググッたら、出てきたtogetterが
素晴らしいなと思ったので貼っておきます。
『魔法少女まどか☆マギカ』の熱力学

僕が高校のころに非常に熱狂していたSF作家にフィリップ・K・ディックという人がいます。
彼は作品の中で、エントロピーの増大に懸命に抗う人々を描き続けてきました。
ここで言うエントロピーの増大とは単純に熱力学的な物理量の変化を指しているのではなく
社会構造であったり、個人の世界観であったり、人と人との繋がりであったり
そういう人の営みを支えていたものが、時間とともに崩れ、壊れてゆき
やがてグチャグチャで乱雑な意味の無いものへ無価値なものへと変化してしまう
そんな世界のどうしようもない流れを意味するものでした。
PKディックの作品の中で、その世界の流れとも呼ぶべきエントロピーの増大は
別に致命的な誤解や不運がなくても、特別な悪魔や侵略者がいなくても
ただ放って置くだけで、どうしようもなく進行するものとして描かれます。
いえ、確かに悪魔や侵略者はいるのですが、彼らすらもその流れに呑まれてしまうのです。
人はただ生きていくだけで、どうしようもなく不幸になってしまう。
しかしその中で、それに精一杯抗っていこうとする人々の人生を
PKディックは描いていたんだという事を、なんとなく思い出しました。


何か気がついたらむしろディックがメインの内容になってますね。
ちなみにまどかマギカは1〜3話までが特に好きです。
「衝撃の3話」とかじゃなしに映像と音楽が一番気持ちよかったのが序盤3話分でした。
以降の謎と衝撃事実の暴露でグイグイ引っ張っていく展開も本当に面白いんですが
まあそこは好みの問題で。
あとほむらさんがループしてるってのは8話の段階で予測。後輩に褒められた。