セカイ系は「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、『世界の危機』『この世の終わり』(これらについては後述する)など、抽象的な大問題に直結する作品群のこと」と定義される場合があり、代表作として新海誠のアニメ「ほしのこえ」、高橋しんのマンガ「最終兵器彼女」、秋山瑞人の小説『イリヤの空、UFOの夏』の3作があげられる。
(Wikipedia 「セカイ系」より)
みなさんはご存じだろうか?
「セカイ系」
という言葉を。
知らない人はぜひ読んでみてください。
社会学では議論が活発に行われているみたいです。
ビジネスでも、その市場性から無視できない内容です。
ーセカイ系とは何か
本書の目的は、タイトルにあるように、セカイ系とは何かを考察することですが、まとめてしまうと下記のようになります。
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しかし、本書の結論をやや先取りして述べるならば、セカイ系とは、90年代後半に大ヒットしたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」と、その影響とは何だったのか、というオタクたちの問いかけから生まれたものと言える。
社会現象とまで言われたこのヒット作は、オタク文化のビジネスモデルから、作品の内容、あるいはオタクたちの趣味嗜好、作品受容の態度にいたる、ほぼ、あらゆるすべてに、決定的な変化をもたらした。セカイ系という名で呼ばれていたのは、実は、この変化そのものなのである、というのが筆者の考えだ。
(本文より)
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この結論づけに至った経緯を記しているのがこの本です。
私自身、
セカイ系というカテゴライズに意味はないが、セカイ系という概念自体には意味があるようだと感じています。読んでいて、またセカイ系と呼ばれる各作品に触れて思うのです。
カテゴライズ自体に意固地になって、嫌悪感を示したいのはわからなくもない。
ただそのカテゴライズに先になにがあるのか。と。so what?
アニメを中心としたメディアの系譜やそのメディアを消費していくオタクなどの消費者群を知る上で。また、消費者群を知りたいと思うメディア供給者の視点からは、一研究対象としては必要な概念であるとは思います。
概念が生じるところには、必ず事象が存在する(存在する未来がある)。セカイ系という言葉概念が生じたところに、エヴァンゲリオンブームという事象があったし、作品に影響された後続の作品群や消費者行動がある。また、セカイカメラに代表されるように、この概念は、未来を加速させる。
オタクは、セカイ系によって、自己言及の運動を始めたと書かれているが、それこそがセカイ系を成立させる。そして、オタクに限らず、自己言及の運動をすることで、社会は変わる、未来は変わる。
まさに、その自己言及運動の発現と呼べるものが、セカイカメラであるし、Twitterなのではないか。
自意識から成長へ。そして、未来へ。
ーオタクとは何か
これについても、あらゆる誤解が存在し、差別意識があるようなので、一言加えておきます。
断じてい言うが、萌えだけがオタクではない。
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映像の時代に過剰適応した視力と、ジャンルをクロスする高性能なレファレンス能力で、作り手の暗号を一つ残らず読み取ろうとする、貪欲な鑑賞者なのだ。
(本文より、岡田斗司夫「オタク学入門」から引用)
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例えば、会計士も立派なオタクではないか。むしろオタクであろうことを拒否するなら、そいつは会計士ではない。みな気がついていないだけで実はオタクなのだ。
最近は、残念ながら、名実ともに、オタク=萌え系好き、気持ち悪い、などといった様相を呈していますが、そうではありません。美少女萌え抜きでも、十分にオタクは成立する。
むしろ、オタクがセカイを動かしていないか?(正確にはメディア)
キャッチ―なところからいえば、眞鍋かをりは情報通=ヲタだし、平成教育委員会で優秀な成績をおさめてるやつらはオタクです。
ソフトバンク社長の孫正義も龍馬オタク・ゴルフオタクだし、元LD社の堀江貴文ホリエモンはPCオタク・宇宙オタクだ。ディスカバーの干場さんも出版オタク。
オタクこそがセカイを変えるのだ。
ちなみに私はガンオタ・建築オタです。
(ガンダムSEED DVDboxがでたので、買ってしまいました。)
ー物語消費、データベース消費。経済的に見て。
ガンプラなどに代表されるのが物語消費。ビックリマンシールとか。
ただ、思ったのが、セカイ系論壇こそが物語消費であり、かつデータベース消費ではないか?
セカイ系文献を読んでいると、どうしても文中にでてくる作品をみてしまう。そして、消費してしまう。コンテンツの再利用であり、悪くいえばこれは釣りである。実際、私もガンダムSEEDみつつ考えたりしています。最近、30Thでガンプラ再燃に踊らされていますし。
概念が生まれると、この概念がなくなるまでは、市場が踊ることとなる。直接的にも間接的にも。
オタク市場は、けっこうでかいです。メディアクリエイトは1,866億円と試算しています(2007年データですが)野村総研は、4100億円とたしかどこかで発表していました。
(第一生命のIPO公募が7000億と考えると、大したことないようにみえてしまいますが、、、)
なので、こういう本なり、概念自体が炎上してくれれば、不況の厳しい中喜ばしいことではあるのです。
それについて本書では、
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現在起こっているのは、自意識の物語からコミュニケーションの物語、という変化ではなく、物語からコミュニケーションへ、というもっと直接的な変化ではないか、と著者は感じている。
(本文より)
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と記したうえで、コンピュータゲームを例にあげて、WiiやDS、オンラインゲームの成長について述べている。
物語、つまりアニメや漫画といった抽象的な作品ではなく、直接に自分自身が触れられるという意味で自意識からコミュニケーションをユーザーが求めているということだ。
これは無視できない問題です。例としてゲームだけがあげられていることは非常に残念です。
もっとネットの共有サービス・SNSとかをあげてほしかった、、、
というように、いろいろとセカイ系は現実の中に拡張してきているのです。
というわけで、オタクを無視しないように!!!
オタクを軽蔑しないように!!!
寛容な目で見守っていてあげてください。
ー本文に登場する作品群で私がみたもの
新世紀エヴァンゲリオン
劇場版新世紀エヴァンゲリオン
ヱヴァンゲリオン新劇場版
ほしのこえ
雲のむこう、約束の場所
涼宮ハルヒの憂鬱
最終兵器彼女
トップをねらえ!
十角館の殺人
機動戦士ガンダム
機動戦士Zガンダム
機動戦士ガンダムSEED
鋼の錬金術士
コードギアス 反逆のルルーシュ
DEATH NOTE
ひぐらしのなく頃に
本書の目的は、タイトルにあるように、セカイ系とは何かを考察することですが、まとめてしまうと下記のようになります。
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しかし、本書の結論をやや先取りして述べるならば、セカイ系とは、90年代後半に大ヒットしたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」と、その影響とは何だったのか、というオタクたちの問いかけから生まれたものと言える。
社会現象とまで言われたこのヒット作は、オタク文化のビジネスモデルから、作品の内容、あるいはオタクたちの趣味嗜好、作品受容の態度にいたる、ほぼ、あらゆるすべてに、決定的な変化をもたらした。セカイ系という名で呼ばれていたのは、実は、この変化そのものなのである、というのが筆者の考えだ。
(本文より)
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この結論づけに至った経緯を記しているのがこの本です。
私自身、
セカイ系というカテゴライズに意味はないが、セカイ系という概念自体には意味があるようだと感じています。読んでいて、またセカイ系と呼ばれる各作品に触れて思うのです。
カテゴライズ自体に意固地になって、嫌悪感を示したいのはわからなくもない。
ただそのカテゴライズに先になにがあるのか。と。so what?
アニメを中心としたメディアの系譜やそのメディアを消費していくオタクなどの消費者群を知る上で。また、消費者群を知りたいと思うメディア供給者の視点からは、一研究対象としては必要な概念であるとは思います。
概念が生じるところには、必ず事象が存在する(存在する未来がある)。セカイ系という言葉概念が生じたところに、エヴァンゲリオンブームという事象があったし、作品に影響された後続の作品群や消費者行動がある。また、セカイカメラに代表されるように、この概念は、未来を加速させる。
オタクは、セカイ系によって、自己言及の運動を始めたと書かれているが、それこそがセカイ系を成立させる。そして、オタクに限らず、自己言及の運動をすることで、社会は変わる、未来は変わる。
まさに、その自己言及運動の発現と呼べるものが、セカイカメラであるし、Twitterなのではないか。
自意識から成長へ。そして、未来へ。
ーオタクとは何か
これについても、あらゆる誤解が存在し、差別意識があるようなので、一言加えておきます。
断じてい言うが、萌えだけがオタクではない。
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映像の時代に過剰適応した視力と、ジャンルをクロスする高性能なレファレンス能力で、作り手の暗号を一つ残らず読み取ろうとする、貪欲な鑑賞者なのだ。
(本文より、岡田斗司夫「オタク学入門」から引用)
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例えば、会計士も立派なオタクではないか。むしろオタクであろうことを拒否するなら、そいつは会計士ではない。みな気がついていないだけで実はオタクなのだ。
最近は、残念ながら、名実ともに、オタク=萌え系好き、気持ち悪い、などといった様相を呈していますが、そうではありません。美少女萌え抜きでも、十分にオタクは成立する。
むしろ、オタクがセカイを動かしていないか?(正確にはメディア)
キャッチ―なところからいえば、眞鍋かをりは情報通=ヲタだし、平成教育委員会で優秀な成績をおさめてるやつらはオタクです。
ソフトバンク社長の孫正義も龍馬オタク・ゴルフオタクだし、元LD社の堀江貴文ホリエモンはPCオタク・宇宙オタクだ。ディスカバーの干場さんも出版オタク。
オタクこそがセカイを変えるのだ。
ちなみに私はガンオタ・建築オタです。
(ガンダムSEED DVDboxがでたので、買ってしまいました。)
ー物語消費、データベース消費。経済的に見て。
ガンプラなどに代表されるのが物語消費。ビックリマンシールとか。
ただ、思ったのが、セカイ系論壇こそが物語消費であり、かつデータベース消費ではないか?
セカイ系文献を読んでいると、どうしても文中にでてくる作品をみてしまう。そして、消費してしまう。コンテンツの再利用であり、悪くいえばこれは釣りである。実際、私もガンダムSEEDみつつ考えたりしています。最近、30Thでガンプラ再燃に踊らされていますし。
概念が生まれると、この概念がなくなるまでは、市場が踊ることとなる。直接的にも間接的にも。
オタク市場は、けっこうでかいです。メディアクリエイトは1,866億円と試算しています(2007年データですが)野村総研は、4100億円とたしかどこかで発表していました。
(第一生命のIPO公募が7000億と考えると、大したことないようにみえてしまいますが、、、)
なので、こういう本なり、概念自体が炎上してくれれば、不況の厳しい中喜ばしいことではあるのです。
それについて本書では、
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現在起こっているのは、自意識の物語からコミュニケーションの物語、という変化ではなく、物語からコミュニケーションへ、というもっと直接的な変化ではないか、と著者は感じている。
(本文より)
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と記したうえで、コンピュータゲームを例にあげて、WiiやDS、オンラインゲームの成長について述べている。
物語、つまりアニメや漫画といった抽象的な作品ではなく、直接に自分自身が触れられるという意味で自意識からコミュニケーションをユーザーが求めているということだ。
これは無視できない問題です。例としてゲームだけがあげられていることは非常に残念です。
もっとネットの共有サービス・SNSとかをあげてほしかった、、、
というように、いろいろとセカイ系は現実の中に拡張してきているのです。
というわけで、オタクを無視しないように!!!
オタクを軽蔑しないように!!!
寛容な目で見守っていてあげてください。
ー本文に登場する作品群で私がみたもの
新世紀エヴァンゲリオン
劇場版新世紀エヴァンゲリオン
ヱヴァンゲリオン新劇場版
ほしのこえ
雲のむこう、約束の場所
涼宮ハルヒの憂鬱
最終兵器彼女
トップをねらえ!
十角館の殺人
機動戦士ガンダム
機動戦士Zガンダム
機動戦士ガンダムSEED
鋼の錬金術士
コードギアス 反逆のルルーシュ
DEATH NOTE
ひぐらしのなく頃に