2005年05月22日

読書感想「ロシア紅茶の謎」

92f9c594.jpg 所用で読んだ推理小説。本格パズラーなんていつ以来だろ……。

ロシア紅茶の謎
著・有栖川有栖
講談社文庫(1997)
<あらすじ>
六つの短編からなる本格推理短編集。
動物園の暗号:動物園の飼育係が殺された。その手には動物の名前の奇妙な暗号があった。
屋根裏の散歩者:アパートの大家が殺される。彼は偶然連続殺人犯を知り殺されたらしいが?
赤い稲妻:嵐の夜、ベランダにいた二人の人物。一人は墜落死し、もう一人は密室から消えた。
ルーンの導き:ルーンという石片を握り締めて死んでいた在日外国人。このルーンの意味は?
ロシア紅茶の謎:毒殺された作詞家。だが、毒はいつ紅茶の中に入れられたのか?
八角形の罠:殺された俳優。しかし凶器は、容疑者が誰も行けなかった場所から発見された。


<主な登場人物>
火村英生:名探偵役。大学の助教授で犯罪社会学者。クールで口が悪い。
有栖川有栖:語り手(ワトソン役)。推理作家。基本的に役立たず。
船曳警部:刑事役その1。丸い体型に禿げ上がった頭。火村に捜査協力を要請。
柳井警部:刑事役その2。船曳警部同様、火村の協力を積極的に借りようとする。
樺田警部:刑事役その3。役回りは上二人とほとんど同じ。
野上部長刑事:刑事役その4。火村と有栖川の闖入を快く思っていない。でも有能。

こんなもんでしょうか。それぞれの事件の関係者は読めば問題ないということで。


<感想>

 いやあー、こんなに推理小説推理小説した小説を読んだのは久々ですわ。

 ジャンル分けするなら、この本は完膚なきまでに「推理小説」です。事件があり、トリックがあり、謎解きがある最も基本的な形の推理小説ですね。六編ともその構造は共通しており、いずれの話においても、(1)まず事件が起きる、(2)警察が捜査する(謎が浮かび上がってくる)、(3)火村が謎を解く、の三段構成となっています。最後の話だけは事件発生前から火村とアリスは現場にいましたが、他は基本的に警察に助力を要請されて事件に関わっています。ちなみに推理小説読者向けに説明するなら、「動物園」「屋根裏」「ルーン」はダイイングメッセージもの、「稲妻」は密室もの、「ロシア紅茶」「八角形」は広義の凶器消失ものです。

 さて、それでこの本の特徴ですが、何よりひたすらパズラーに特化した読み物であると言えるでしょう。ストーリー性や人間描写、物語としてのテーマ性なんかは二の次で、トリックとその解答だけがシンプルに提示されます。悪い言い方をするならいわゆる「推理パズル」ですね。強いて言うなら主人公コンビである火村と有栖川のキャラクターでも多少は読ませるかもしれません。とにかく短くてシンプルなので、読みやすさならかなりのものがあると思います。

 しかし、正直この本にはあまり高い点数をつける気にはなれません。ぶっちゃけ「パズルとしてあまり面白くない」のです。それなりに考えられた話であることは認めるのですが、しかしこの本は読後感を驚きにまで昇華できていない、つまり「ふーん。そういうことね」で終わってしまうんですよね。「うおお! そういうことだったのか!」のレベルには全然至っていない。

 何がいけないという原因もいろいろありますが、とりあえずひとつ挙げるなら「決定的に伏線が不足している」点があると思います。伏線が全くないわけではないのですが、必要十分とするには全然足りません。あらかじめ暗号を解くのに必要な知識を説明しておくとか、トリックを連想させるに十分な仄めかしを忍ばせておくといった基本ができていない。解答編では物凄く突飛に解答が提示されるんですよね。中には「誰でも知っているわけではない」専門的知識を必要とするトリックもあり、これはパズラーとしては致命的な欠陥だと思います。読者は自分の予想できる範疇に解答があるからこそ吃驚するものです。全然予想もできない、させてもらえない方向からいきなり答えがやってきても、せいぜい「ああ、そうなの?」としか言いようがないんですよね……。

 あと、ついでに言うならキャラも薄くてそっちの楽しみ方もできません。キャラ描写は必要最低限、特徴的な事柄や目立つ癖も何もないので、よっぽど妄想力想像力を逞しくしないと「キャラ小説」的な読み方はできないんじゃないでしょうか。

 ま、そんな感じで冒頭四つの話に関してはどうにもこうにも評価できません。最後二つの「ロシア紅茶」と「八角形」に関してはまだパズラーとして「アリ」だと思いますが、それにしたって肝心のトリックが地味+小粒で強烈なサプライズが得られるわけでもない。読みやすさゆえ何も考えずただサクッと暇潰しをしたい人には向いているかもしれませんが、そうでない人にはちょっとお勧めできない本です。

 点数は35点で。パズラーとして不完全で、セールスポイントもないとくればこの点数も仕方がないと思います。

 では下の方にネタバレ感想を。各事件について、個別に思ったことなど少々書いています。












 


「動物園の暗号」
 この暗号は鉄っちゃん以外には絶対解けないと思うんですがどうか。いきなり駅名を羅列されて「これが正解だ」とか言われてもどうしようもないってば。フェアであるなら事前に鉄道路線図を示しておかなくてはならなかったはずです。もちろん、んなこたぁ短編では不可能ですから、必然的にこのトリックは短編向きではなかった、ということになるんでしょうね……。長編の途中の繋ぎで使う捨てトリック、くらいしか使い道がないかな?

「屋根裏の散歩者」
 これも「寝相」がキーワードになるという伏線を張って欲しかったなあ。節穴がそれぞれの部屋の布団の真上にある、とかさ。それとこの解決法はいろいろとヤバいんじゃないかと思うけどどうなんだろ。ま、アリスが活躍したので満足しておくか。ちなみに自分はこの暗号で言うなら「了」になります。眼窩の上の部分を程良い重みで圧迫するクッションが欲しい今日この頃。

「赤い稲妻」
 庭に落ちた雷の話はなぜ伏線にせずいきなり出したんだろう。読者の知らない情報をキメにされてもなあ。

「ルーンの導き」
 ……ひとこと、ふざけんなと言いたい。ルーン全然関係ねーじゃねーか!

「ロシア紅茶の謎」
 パズラーとしては成立しているけど、結局「だからどうした」で終わるんですよね……。なぜ火村が氷に思い至ったのか、それが読者にも通じない限り「優れたパズラー」にはなれません。

「八角形の罠」
 これに関しては、いろいろ制約が付いてる中で良く頑張った、と思いますよ。でももし「エレベーターを動かしたら強烈なブザーが鳴る、ゆえにエレベーターは使われなかったはずだ」と考えた人がいたら、この解決を一体どう思っただろうな……。

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