今、ハイレゾの記事やブログで「ニセレゾ」という言葉を見かけます。

ハイレゾ音源をスペクトラム・アナライザーで調べると20kHz以上の波形がないものを「ニセレゾ」と称して「これはハイレゾではない!ただアップサンプリングしたニセレゾだ!」と悪意のあることをブログなどに書いているのを見かけます。

CDからアップサンプリングという形でただ96kHz/24bitにしてハイレゾと発売しているものであれば、 それは確かに責められるべきことだと思います。

しかし、20kHz以上に波形があるから良い音だとは言えないのではないかと私は思います。
ある曲で、ハイレゾとして配信している楽曲を聴いたら、CDより聴感上が明らかに悪かったものがありました。

これは定かではありませんが、CDはマスタリング・エンジニアが音作りをして製品になっていましたが、ハイレゾはただマスターテープからそのまま96kHz/24bitににただけの商品だったという話しです。

ON the ROAD』の制作過程で、私どもはハーフインチのマスターテープから96kHz/24bitにしたものを聴いてみましたが、そのままでは残念ながら製品としてだすにはクォリティが低いと感じました。これは今回借用する為にアナログコピーされたものではなく、レコードやCDの商品に実際使用しているマスターテープそのものだったのです。

実際そういうことを経験することは業界ではない方には信じがたいことかもしれませんが、マスタリングするということが重要だと感じた瞬間です。

確かにアナログのレコードの時にも、レコードというメディアにする際、音作りをするため立ち会いカッティングをして、マスターテープとは違う音になっていたのです。

同様に『ON the ROAD』でCDマスターから行方洋一氏がハイレゾにマスタリングした楽曲は、まったく異次元の音になっています。

実際には一度アナログ経由してサンプリングし直し、96kHz/32bitの環境でマスタリングを行うことでここまで変わるのかということを実感しました。

『ON the ROAD』の企画をした時、実際音源を調べてみるとアナログのテープがすでに存在しない楽曲が多いことに愕然としました。残っていたとしても磁性体が剥げていているものは、アナログのテープレコーダーにかけられるような状況にないことは明白でした。

アナログのレコードを探して、そこからサンプリングすることも考えましたが、現実的ではないことに落胆し企画を見送るしかないと思っていました。

ところがCDのマスターから行方氏にハイレゾ用にマスタリングしてもらった音源を聴くと、それは奥行き感や立体感の感じられ、ボーカルなどの定位感もクリアな音源に変わっていたのです。

また、CDマスターから行方氏がマスタリングした音源をスペクトラム・アナライザーで調べてみると20kHz以上の波形が現れている曲もありました。

1980年中頃からアナログ・レコードからCD化が進むにつれ、レコーディング業界にもデジタル化の波が押し寄せてきました。

その頃のマルチトラックのレコーダーも同様にデジタル化され、44.1kHzもしくは48kHz/16bitというものでしたから、この頃録音されたものは残念ながらレコーディング時から20kHz以上の信号が記録されていない音源です。

ハイレゾという環境でレコーディング環境が整ってきたのは、2000年以降だと思います。(プロフェッショナル向けPro Tools HDがリリースされ、96kHz/24bit、192kHz/24bitで録音できるようになったのは2002年)

「ニセレゾ」の話しをされている方は、この頃の音楽はハイレゾの価値が無いとおっしゃっているのと同じです。今からハイレゾで録り直すことなど物理的に出来る訳がありません。この時録音されたものはCDマスターと同じレベルの音源しか残っていないのです。

CDが発売されて20周年の記念に出版された「コンパクトディスクその20周年の歩み」という本に寄稿依頼があり、私は思い切って「CD-DAで音楽産業が失ったもの」という題で書かせて頂きました。

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私はCDになって音楽産業が失ったものの一つに「44.1kHz/16bitというプアーなマスターしか残っていない」ということを書きました。CDが発売された1982年当時では最高のデジタル技術でしたが、20kHz以上の音が記録されていないマスターしかないのです。

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しかし、それはアーティストのせいではありません。彼らはそれ以前と同様にスタジオに入り演奏し、アルバムを発売していただけなのです。この時代の音楽がハイレゾという新しい音楽環境に適さないとして切り捨てられて良いのでしょうか?

今回、私はハイレゾ用にマスタリングし直すことでCDとは違うハイレゾ環境ならではの音に変えることが出来ると『ON the ROAD』の作業を通じて感じました。これでCDマスターしか残っていないアーティストの楽曲もハイレゾとして甦ることができると。

波形ではなく、耳でぜひ聴き比べて欲しいと思います。音楽は人の感性が作り出す芸術で、それは物理特性だけで良い悪いは分からない世界だと思います。いくら物理特性が良いものでも音として聴くといまいちなオーディオ製品はこれまで沢山あったと思います。

また、良い音が特性だけでは測れないところが面白い音の世界だと感じています。
良い音が人や時代によって違うこともある世界です。

行方氏は、坂本九の初期の頃からレコーディングから携わり、アナログを知り尽くし、さらにデジタル機器も使いこなせるエンジニアだからこそ、今回の『ON the ROAD』でもCDマスターからのマスタリングでハイレゾに相応しい作品に仕上げて頂けた思っています。

いろんなマスタリングが楽しめるのもハイレゾの世界だからではないかと思います。

多くのエンジニアがハイレゾ作品にチャレンジして、素晴らしい作品を世に残していって欲しいと思っています。 そうやって音楽を楽しみましょう!波形だけ見て「ニセレゾ!」とか言うのではなく、いろんな作品を聴いて自分の耳が何と感じるか楽しみませんか。音を楽しむのが音楽ですから!

一度、行方シェフが音に触れてみませんか。