2011年04月26日

歴史の終りを超えて(浅田彰対談集)

浅田:冷戦下の歴史の宙吊りの中で日本はかつてのアジアへの侵略についての歴史的責任を直視せずにいられた。少なくとも、ドイツと比べて、歴史的加害者意識を持たずにいられた。ところが、冷戦の終結とともに、日本人の都合よく忘れていた歴史の亡霊が甦ってきて日本に責任を問い始めたのです。アジア諸国およびオランダの従軍慰安婦についての問題はその最も醜い例のひとつでしょう。

浅田:随分前からMITはメイド・イン・台湾の略だと言われてきましたからね。
フクヤマ:そう、アメリカは過去ずっと移民を受け入れ続けてきたし、経済的にも文化的にもそれによってきわめて大きな利益を得てきたのです。

浅田:サイバーパンクSFのブレーンとして有名なブルース・スターリングが「ネットの中の島々」という近未来小説を書いていて、話そのものはあまり面白くないのですが、なかなか説得力のある世界像を描き出しています。

ジジェク:そもそも近代のナショナリズムは常に民族の古来の伝統と称するものを後からでっちあげてきたのではなかったでしょうか。

ジジェク:つまるところ、本当に悪いのは多文化主義の名のもとに民族を混ぜ合わせ、それによって民族共同体の自然な自己防衛機能を発動させてしまう、コスモポリタンな普遍主義者ということになるのです。こうして、アパルトヘイトが究極の反レイシズムとして、人種間の緊張と紛争を防止する努力として正当化されるのです。ここに、「メタ言語は存在しない」というラカンのテーゼの応用例を見て取ることができます。メタ・レイシズムのレイシズムに対する距離は空無であり、メタ・レイシズムとは単純かつ純粋なレイシズムなのです。

リビエッツ:私は「ベルリン-バクダッド-リオ」の中で、ヨーロッパという帝国の境界がどうなるかを論じています。大まかにいって、ヨーロッパの東の境界は、旧東ドイツとポーランドの間を通ることになるでしょう。チェコはヨーロッパに含まれるけど、スロヴァキアは含まれない。スロヴェニアは含まれるけど、旧ユーゴスラヴィアの他の地域やギリシアは含まれない。イタリアは今のところ、全体としてヨーロッパに属しているものの、南部は北部にたかっているだけという北部同盟などの主張に見られるように、分裂を引き起こしかねないほどの格差があり、その場合は南部は外にはじきだされることになる。

浅田:原子力による化石燃料の代替というのは数十年単位の問題なのに、放射性廃棄物のほうは数千年単位の問題でしょう。
原発推進派は、それだけの期間内には処理技術が開発されるだろうという期待のもとに廃棄物を保存しようとする。しかし、よしんばその可能性が高いとしても、判断中止のままそういう遠い未来の可能性に頼って解決を保留するというのは、技術の思考ではなく、いうなれば宗教の思考だと思う。技術というのは、一定の時間枠を前提して具体的に問題を解決することであり、失敗したらただちにその場で修正することであるはずだから。むろん、カタストロフィの予感をいたずらに煽り立て、あるいはエコロジカルな調和をノスタルジックにうたいあげる反対派の中には宗教的な面は少なからずある。しかし、推進派がそれよりも科学的・技術的であるとは、とても言えないと思うのです。

リオタール:ヘーゲルのいう悪無限と真の無限との混同

浅田:根源にさかのぼってはいけない。
柄谷:根源にさかのぼる思考は、身近な過去に生じた転倒を忘却させる。

柄谷:デモクラシーというのは文字通り「大衆の支配」ですから、大衆が支持すればいいんで、各々の国内で勝手にやれるわけでしょう。この民主主義的ナショナリズムを統制する原理が、自由主義だと思う。マルクスの共産主義も本当は自由主義とつながっている。

柄谷:憲法第九条は、日本人がもっている唯一の理念です。しかも、もっともポストモダンである。これを言っておけば、議論において絶対に負けないと思う。むろん、実際的にやることは別だとしても、その前にまず理念を言わなければならない。自衛隊の問題でも、日本は奇妙に正直になってしまう。自衛隊があるから実は憲法第九条はないに等しいのだとか、そんなことを言ってはいけない。あくまで憲法第九条を保持するが、それは自衛隊を持つことと矛盾しない、と言えばよい。(中略)ところが、日本では、憲法はアメリカに無理やり押し付けられたものだから、われわれもしようがなく守っているだけだとか、弁解までしてしまう。これでは、アジアでやっていけるわけがないでしょう。

柄谷:ヘーゲルではないけれど、やはり「理性の狡知」というのがありますよ。アメリカは日本の憲法に第九条のようなことを書き込んでしまった。
浅田:あれは実は大失敗だった。
柄谷:日本に世界史的理念を与えてしまったわけです。ヨーロッパのライプニッツ・カント以来の理念が憲法に書き込まれたのは日本だけです。だからこれこそヨーロッパ精神の具現であるということになる。




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