March 18, 2004

納得性のなさが理由だと思うが、「踊るアホウ」になるのもそれはそれで悪くない。

血統の森 うらがわ
■ところで、負け続けることが話題になっているのがそれほど嫌かというと、実はそうではない。(負け馬@馬耳東風)
確かに未勝利の騎手や調教師を応援するというのも悪い気はしないねえ。

ところで最近ではステイゴールド、ちょいと前ならナイスネイチャといった善戦マンと
ハルウララとは何が違うのか・・・これは奥深い考察になりそうだ。私はしませんが。


わたしが大して考えもせず、ぼそっっと書いた一言、
負け馬@馬耳東風:そりゃ、命の次に必要なものがあればそれは確かに人は集まるが、アリさん状態だからなぁ。
ところで、負け続けることが話題になっているのがそれほど嫌かというと、実はそうではない。

をちゃんと血統の森さんで広げてくださっている。私としては言いだしっぺの責任じゃないが、多少はコメントしないととここ数日考えていて、あんまりまとまっていないがとりあえず。

一般人には負け続けることがわかりやすいということだが、それに加えてうまく周りのストーリーがうまくフォローに働いた例だから、ここまで話題になったんじゃないかというのが結論かと。ストーリーが納得できれば人は行動する、という安っぽいビジネス書にありそうな理由ではあるが。

いろいろと考えているが、例えばスペインランドやミスタートウジンなんかが100戦出走で話題になったりしたときは、勝ち負けどころか走ることだけだから、ある意味もっとひどいのかもしれないけれど、普通の競馬ファンも盛り上がってた気がする。
もっとも、ほとんどにおいてはマイナーなストーリーであり、マイナーはマイナーだから意味がある。メジャーなストーリーを常に求めると、そのカウンターパートというかアンチヒーローを求める心が生まれるわけで、そのマイナーさは人それぞれに違うところへ行くと。比較的納得性の高いマイナーなストーリーはナイスネイチャだが、人によってはミスイロンデルかもしれないし、ツインターボかもしれないし、矢原かもしれない。
もちろん、マイナーがメジャーに転換するには、武豊でステイゴールドが勝ったように、納得できるストーリーが必要だが、今回のそのストーリーはいくら何でもということで、普通の競馬好きが納得できなかったからではないか。しかも、無理に納得させるのが仕事の人たちが無理矢理にメジャーにのせるように動き回ったわけだし。
もっとも、違うストーリーと見切って楽しむ方法もあって、それはそれでありかと。私のそこそこ競馬好きの会社の同僚は、今日ハルウララの応援歌を買いに行ったが、こんな面白い構図にのらない手はないということだった。確かに調教師が作詞、広報が作曲、スターターが歌うと確かにこの時点で十分に面白い。無理にストーリーを納得するとかではなく、全然別の視点で楽しめるのにそれを楽しんでないのも事実だしややもったいないなぁ、と思ったりもする。いやここに書いてるだけでそれなりに楽しんでるか。

なにか過去に言った事や血統の森さんですでに結論づけられていることをぐるぐる回ってるだけの気もするが、まあ良しとしようかと。

で、最初からそのつもりで書いているが、私個人は高知競馬がこの騒ぎに乗じるのは大賛成である。うちの家是が「立ってるものは親でも使え」だからかもしれないが、これでモラトリアムを明らかに得ているのだから、この間に続けるにしてもやめるにしても次の対策をちゃんととるべきで、騒ぎ担当は担当者に任せて周りは着々と準備をすれば良いのである。別にもう1頭のハルウララを探してきても良いが、例えば増えた親子連れをうまく巻き込むとか、土日になるべく競馬場で競馬を見てもらうようにたくさんのレースを放送するとか、方法はいろいろあるんじゃないかと。こんな事を考えるのも、

須田鷹雄の日常・非日常 2004/03/11 (木) 昨日付の続き
 縁あって仕事をしていることもあり、最近岩手競馬について書く機会も多いが、それというのも、これまでに廃止された場を見て、廃止が決まった後に泣き喚いても空しいだけということが身に沁みて分かったからである。

と、こちらをもっともな言葉と感じているからである。待ちがあるならその間に取れる体制をとるのは当然。天恵だろうがなんだろうが、とりあえず時間が出来た事は有効なわけで、それをなんとかしてうまく利用して欲しい。もちろん黒船賞でずっこける可能性も気分的にはまだ否定できないのだが。


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