April 10, 2004

埋め草のための1着5000万のGIIを組んだり、海外から騎手が来たりとはとても思えない。

宮川一朗太 ドリーム競馬 4月4日(阪神:大阪杯 中山:ダービー卿CT)
JGIを制した騎手がスターになるわけでもなく、障害を勝ちまくった馬が種牡馬になる事もない。昼食を取る人が分散するように、5Rに障害が組まれているとも聞いた事があるし…。
今の科学なら軽くて非常に頑丈なフルフェイスのヘルメットやプロテクターを作るのは簡単でしょう?せめて障害の騎手はそれを身につけて、レースに臨む。即廃止が難しいなら、それくらいは実現して欲しい。イギリスのような名誉も与えられず、単に「平地で勝てなかった馬(馬主)の救済システム」でしかない日本の障害は、最終的にはやめる、が僕の持論ですが。あくまでも。

宮川一朗太氏は、かなり長い間ドリーム競馬の司会をやっておられる、現場にいる人の一人だと思う。また、社台の一口馬主としても、ネオユニヴァースなどかなり成功していると思っている。その彼は、障害廃止論者。このタイミングで言うことがどうかと思わなくもないが、確かに5年ぐらい前までの障害はこういう見方は決して少なくなかったと思う。

ただ、障害のグレード体系が整ってから、かなり障害馬に求められる質が変わってきたと思っている。今までのように救済の面もないわけではないが、それよりは積極的にレベルの高い日本スタイルの障害を模索しているのは間違いなく、それは確実に成功に向かっていると思っている。まず、誤解だと思うのは、中山GJや中山大障害は明らかにメインである事である。(10Rがメインであってまずいことはどこにもないんだけど。陰やレースが遅延した場合に備えて10Rにしているだけのこと。)客もまさにそのレースを見るために来ている。何もレース前に手拍子が起きるだけがGIではない。ゴールで全ての馬に拍手が起きるGIがここにはある。
それに、中山GJのホスピタリティや海外・南半球から来る馬の質は、明らかにJCシリーズのそれと変わらない。2002年勝ち馬のセントスティーブンは障害の年度代表馬をとっているなど、レベルも低くない。そのための競争体系も必要なレベルには整っている。今でこそ、熊沢騎手のように中山大障害を目標にする騎手が出てもおかしくなくなっている。
あわせて、障害の各国上位ジョッキーが来ている現状もちゃんと示しておくべきだろう。ロケット騎手がギルテッドエイジを一流ジャンパーに育てたように、海外から、高い賞金に魅力を感じた騎手が続々と参戦しており、それはペリエやデムーロが来るのと変わらなくなっている。
つまり、障害レース自体は、すでに世界的に見てもある意味独自で一番の世界を作ったのはほとんど間違いないだろうし、名誉は一部のファンに限定されても、それ以上の収入を得られる(そしてそれに見合った質を提供する)ようになっているのは、間違いないと思っているのだがどうだろう。その意味では、現時点で廃止うんぬんは、あまりにナンセンスに思えて仕方がない。

むしろ実は馬の救済策というよりは、騎手の救済策になっているという面は大きな問題なのかもしれない。ただ、障害だろうと、未勝利戦の明らかに勝てない馬だろうと、いずれにせよその馬に騎乗することで、調教師とつながりを持ち、次の騎乗につなげていかなければならないのは事実だろう。確かに馬に恵まれているジョッキーもいるが、恵まれないジョッキーもいる。そのような騎手の数少ないコミュニケーション手段になっていることはもっと認識されてもよいのではないか。下手糞な見習いこそ、そのような場が必要なわけであるし。

ところで、今回の死亡事故が起きたときに、もっとも最初に思いついた名前は騎手ではなくてF1のドライバーのローランド・ラッツェンバーガーである。彼はマイナーチーム・シムテックのドライバーとして、あの悪夢の94年サンマリノグランプリの予選で命を落としている。ただ、この事実は、その翌日にレースでアイルトン・セナが絶命したことの陰に隠れてしまいあまり大きくは報道されなかった。ラッツェンバーガーも日本のF3000で走っていて、日本のレースを見るファンならばよく知っているドライバーの一人なのだが、そういうドライバーでもあまり名前が挙がらないことにやや憤慨したものである。今回の事故も、結局あまり報道もされずに忘れられてしまうかとも思ったが、想像よりは遙かに報道されていたように思う。
レースのドライバーというのは騎手以上に結構レースで命を落とすもので、同じ全日本F3000で活躍していたやはり鈴鹿で死亡した小河等を思い出た。また、その文章をいろいろとさがしている間に、モータージャーナリストをしていた時期のすがやみつる氏の文章に久しぶりにぶつかった。Nifty FMOTOR4あたりを見ていた人には彼がCompuServeにも出入りするある意味レースオタク兼ジャーナリストであったことを知っている人もいるだろう。その彼が、親友ともいえるジェフ・クロスノフがCARTで死んだときに出した名文がある。ぜひ本文全部を読んで欲しいのだが、とりあえず、以下を抜粋してみたい。

「あくせす日記」 Good-bye, Jeff
 レースを走る限り、オフィシャル、チーム、あるいはプレスとして参加する限り、そこには必ず危険がつきまとうことになる。そのリスクを承知で参加するのがモータースポーツでもあるのだ。マシンやコースの安全性を問いかけるのは簡単なことだ。でも、どんなに安全性を追及したところで、必ず“予期せぬ”危険はつきまとうものだ。そして、安全を追及すればするほどレースはつまらないものになるのも事実なのだ。
 “That's Racing! Just Racing!”
 これがすべてだ。
 ぼくもジェフは「とても幸福なヤツだった」と思っている。

競馬も常に危険を持っている。それはある意味どんな仕事でもそうなのかもしれない。ただ、常にこういう考え方も事実であることは忘れちゃいけないのではないかと思うのである。

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この記事へのコメント
FIAはまた「速過ぎて危険」とF1のレギュレーション変更を考えてるみたいですね。ターボ禁止になってコーナリング速度が上がり、もっと危険になったこともあったような気がするのはおいといて、このままだとF1はインディよりもプロトタイプカーよりも劣る車によって争われるレースになるような。世界GPも2スト500ccが消えたおかげでずいぶんつまらなくなったし・・・そんなに命が大事なら、そもそも成立しないようなものはたくさんある気がします。ルールを決めるのは主催者ではなく、騎手やレーサーであるべきではないか思うのですが。
Posted by ぶか at April 10, 2004 12:11
IRLもエンジンのサイズ3000ccへ落としちゃうんですけどね。こっちは安全よりもお金の問題らしいですが。
もっとも、F1はそもそもかけている額が抜群に多いから、ほかのレースに比べても高級かつ安全すぎて、おとなしいレースが多すぎる気がします。例えば、ラルフと琢磨のバトル、あんなのレーシングアクシデントで普通のことだったと思いますけど、今はあれでペナルティらしいですし。確かに安全でいいのかもしれませんが、見ているほうからすればいらねぇよなぁそんなレースと思うのも事実。
少なくとも、出るか出ないかのリスクは騎手やドライバーに考えてとって欲しいよなぁと。で、それでも○○のため(○○は人それぞれ違うだろうけれど)出るんだという意気込みを。競馬だとレース数が多いからいちいちそこまで考えてられないのかもしれないけれど。
Posted by 負け馬 at April 10, 2004 16:24
モータースポーツはよく分からないのでコメントは控えますが、
競艇などではスクリューのエンジンから、水流噴射型?のエンジン
に変える動きがありますね。
競馬は、どうしても馬優先主義的な考え方になりますが、
例えば蹄鉄にクッションのようなものをつけたりするだけで、
怪我も減るんじゃないかなと、思ったりします。
Posted by ニシムラヨシトモ at April 11, 2004 10:26
個人的な感覚で根拠が薄いのですが、蹄鉄はそれほど問題ないんじゃないか+レースの本質が変わってしまうという意味ではあまりすすめられない気がします。単純に蹴られたり、高速の状態でバランスが取れないままに落ちたり、倒れた/寄りかかってきた馬につぶされたり、というのが問題になりそうと考えています。その場合、蹄鉄でなんとかなるのはあくまで特定の方向に蹴られたり、という程度ではないかと思います。
車のほうは、最近はレースの本質が変わることが多く、それが問題に思えるところであったりします。で、日本の障害の独自性ってのは、ある程度の速度をキープしてやや軽めの障害を乗り越えるところではないかと思っています。だから、速度を意図的にセーブする改革は、ややずれるのかなぁ、と思っています。競艇でペラをなくす話ははじめて聞きましたが、これも本質が代わりそうで、相当大きな反響がありそうな気がします。
Posted by 負け馬 at April 11, 2004 11:55