2021年03月03日

連珠と「期待値」

先日の帝王戦での私の作戦に一定の反響があったようなので、関連した思考を記しておく。 

なお、算数や数学が苦手で、「確率」「期待値」といった言葉に拒否反応がある方は、サラッと読み流していただきたい。 


私が連珠の対局中に「期待値」を意識し始めたのは、中終盤の戦略を明確にするためである。 

ある局面で、候補手が2つあり、他へ打つと明らかに負けと判断しているとする。 

候補手A(攻撃的)→勝ち40%、引き分け0%、負け60%→期待値 勝点0.40 

候補手B(守備的)→勝ち0%、引き分け70%、負け30%→期待値 勝点0.35 

=原則として、Aの候補手が優れていることになる。 

また、どの手を打っても期待値が0.5を下回るため、原則として「引き分けを提案されたら受けるべき」ということにもなる。 

ただ、あくまで原則であって、「引き分けが勝ちに等しい」状況であれば、0.40 vs 0.70でBが優れているし、この値を極力高めて自ら引き分けを提案する戦略も出てくる。

逆に、「引き分けが負けに等しい」状況であれば、0.40 vs 0.00でAの一択である。 


私の場合、元々負けるリスクを恐れがちなタイプだったため、期待値を意識し始めたことにより、攻撃的な選択が少し増えたと認識している。 

一方で、状況次第では、麻雀でいうベタオリ、つまり引き分けをまっしぐらに目指す決断も早くなった。 

私なりに、適正なバランスで打っているつもりである。 

大切なのは、「今この局面は勝率何%」と1つだけの指標を持つのではなく、候補手ごとに分解して考えることである。 


当然といえば当然の思考だが、連珠の中終盤でこんなことを考えているのは世界中で私くらいかもしれない。 

何故か。 

時間がもったいないからである。 

現代の多くの対局は、○分+30秒のフィッシャールールで行われている。 

終盤のなけなしの30秒は、純粋なヨミに充てたい、と考えるほうが普通だろう。 

もし、ご自身に合う思考だと感じた方、残り時間に余裕があるときは使ってみようと思えた方、何でもいいから試してみたい方は、参考にしていただきたい。 


さて、前置きが長くなったが、帝王戦である。 

最近は、期待値を序盤の作戦選択にも当てはめることが出てきた。 

序盤の作戦選択、つまり対局時計が動であれば、「時間がもったいない」という感覚は薄い。 

むしろ、中終盤よりも序盤に適した思考なのかもしれない。


第1局の遊星白4は、スワップを含めた様々な選択がある中で、相対的に最も期待値が大きいと踏んで打った。 

具体的な数値はここでは控えるが、重要なのは数値の大きさではなく、他の選択より相対的に最も大きいことである。 

黒勝ちの五珠が8題あることは認識しており、「正確に打たれたら、ただの置物になって負けるリスク」を承知の上で打ったのだが、そのリスクも期待値より下位の概念として扱ったわけだ。

つまり、序盤を互角でやりすごしても期待値が高くない相手として牧野五段を認識したわけで、「力勝負で勝ってこそ意味がある」というような概念もまた期待値より下位に押しやって臨んだ対局だった。 


私は通常「正確に打たれたら、ただの置物になって負けるリスク」の回避を最優先にしているし、ほとんどの対局で「力勝負で勝ってこそ意味がある」という選択をしてきた。

私のイメージ、あるいは九段のイメージとはかけ離れていると映るであろう選択だけに、事後に周囲がどのような反応を示すのかは興味があったが、事前に周囲の反応を意識して選択を変えることはありえない。 

むしろ、皆が堂々と自分なりの選択をできるように、雑音を消していくのが私の仕事である。 


期待値の話からは逸れるが、第2局でこれまた私のイメージにはなさそうな嵐月を打ったのは、牧野五段の直近の様々な選択が名月共通形の白4を打ってくると色濃く示唆しており、その後の進行も予想しやすかったためである(第1局で遊星を打ってくることも、26の珠型がある中で、40%くらいの高確率と見ていた)。 

私が相手や持ち時間を重視して序盤の作戦を選択すること、また、相手や残り時間を重視して中終盤の選択をすることには、案外シンプルな理由がある。 

長期目標を軸とした行動が極めて苦手で、常に短期目標がないとダメだからだ。 


残念ながら私は、「強くなりたい」「連珠を理解したい」といった壮大で高尚な目標を軸に行動できる人間ではない。 

「ちょっと嵐月でも並べてみるか」的なノリで始めた研究は、5分と持たずに睡魔が襲ってくる(本当に5分と持たないので困っている)。

目の前に目標がないと、行動に移せない。


この第2局では、黒21までは予想通りに進むであろう強い確信があったからこそ、私にしては突っ込んで調べることができていた。
久々に、この局面の本質(平たく言えば、コツ)を掴んでやろう、という気になった。
実際にはコツを掴み切れたとは言い難く、掴んでいる局面に比べればストレスはあったが、全くそうでない局面に比べればかなり不要なヨミを削減できたのも事実だ。

そもそも強い確信を持てた理由かを知りたい方が多いかもしれないが、日頃から短期目標とその実現を強く意識しているから、としか答えようがない。
その傾向が顕著なぶんだけいわゆる「人読み」は鋭いのかもしれないが、一方で上述のような致命的な弱点も私は持っている。

長期目標だけでなく短期目標を持つこと、そのほうが長期目標にも近づきやすいことは、連珠に限った話ではない。
期待値を意識することよりも、受け入れられやすいかもしれない。

  
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2020年09月13日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

第16回世界選手権QT 2019年 エストニア・タリン
出場20名、通過者は以下6名
1位 Aivo Oll(エストニア)6勝1敗
2位 Petter Gardstrom(スウェーデン)5勝1敗1分
3位 Denis Fedotov(ロシア)5勝1敗1分
4位 中山 智晴(日本)3勝4分
5位 Dmitry Epifanov(ロシア)4勝2敗1分
6位 小山 純(日本)4勝2敗1分
※AT直接出場枠を1枠持つ台湾が欠場したため、QTで通常より1名多い6名が通過した

 この時のQTは少々複雑で、まずAT直接出場枠を1枠持つ台湾が欠場したため、通常より1名多い6名が通過できる。ただし開催国のエストニアがAT直接出場枠を持たないため、QTではエストニアから1名以上6位以内に入った場合は上位6名通過、入らなかった場合は上位5名+エストニアの最上位者が通過することになった。世界チャンピオン2名を輩出しているエストニアがこの状況に陥るのも意外だが、そのMeriteeとTaimlaが引退状態になってからは苦戦が続いており、前回にいたってはAT出場者が出なかった。ただ2009年のチェコや2011年のスウェーデンに比べれば正規の通過者が出る可能性は高く、微妙な通過ラインを睨みながらの対局である。結果、Ollが堂々1位で通過したことで6位まで通過できることになり、その6位に小山が入り、前回に続いて無敗で締めた中山と揃って通過できた。日本はAT直接出場の神谷・岡部・井上と共に5名がATという、20世紀の日本の優勝が当たり前だった時代にもない成果を出すことができた。
 ATでは優勝経験者のCao DongとSushkovが序盤で星を落とし、日本の神谷・小山・岡部が入れ替わりで単独トップに立つ展開となったが、結局前回に続いて最終局のCao Dong - 神谷戦が優勝を決める直接対決となった。必死に攻めを繋ぐCao Dongをついに神谷が受け切って反撃に転じるかという所で、痛恨の四追い見落としがあり、Cao Dongが2回目の優勝を手にした。神谷はそれでも3位に入って初のメダル獲得、4位中山、5位岡部と続き、次回AT直接出場枠は最大の3枠を悠々と持ち帰ることができた。

[第2局] 5→7, 12, 14, 55, 57, g10, h10 白88にて黒投了
黒: Li Xiaoqing(中国)96分
白: 小山 純(日本)99分
棋譜URL

57 Li Xiaoqingは、前年に中国で行われた国際大会のSOPAI杯で当時名人の中山を破るなど2位に入り、注目を集めた女性である。もちろんQT通過の有力候補である。

 小山の連珠はよく「剛腕」と称されるが、私から見るとこれはあまり正確な表現ではない。常に15×15の盤面全体が見えており、「最後にどこで五連(あるいは相手の禁手)を作るか」のイマジネーションに長けた視野の広さが、彼の最大の特徴である。だから、普通の人が諦めて引き分けてしまう長手数でも、よく勝っている。これは、四追いの完全案(黒225で五連が並ぶ作品)をはじめとする大作の制作で培われた能力かもしれない。

 そういう意味で、本局は彼の代表局の一つといえる。まずは序中盤の防ぎ。白20・36・40といった手は、もちろん消去法的なヨミもしているのだろうが、今見えている相手の剣先や二連にとらわれず、最終的な相手の五連をイメージできているからこそ辿り着いている。そして最後の攻め。g11が四々禁になるのだが、遅くとも白76あたりの段階ではここが四々禁になることをイメージできているからこそ、このような手順を編み出せるのである。

[第6局] 5→7, 14, 22, 23, e9, j8 白72にて黒投了
黒: Li Xiaoqing(中国)89分
白: 中山 智晴(日本)86分
棋譜URL

58 Li Xiaoqingには申し訳ないが、中山も小山も彼女との対局が最も印象に残ったようなので、ここに紹介しておく。中山は2日目までかなり不安定な内容ながら3.5勝を拾い、最終日で1.5勝できれば当確。Li Xiaoqingは2.5勝で、最終日の連勝が絶対条件。

 白8まではLi Xiaoqing - 小山戦と同順。黒9で変化した。後で聞いた話では、中山としても予定の進行だったようなのだが、Li Xiaoqingもインターネット対局で中山がこれを打っていたという情報を仕入れており、先に長考したのは中山だったようだ。

 たしか白22だったのだが、こういう難しい局面で怯んでしまうか、腕の見せ所と思えるかで棋士の器が決まる。中山はこういう時、言葉や挙動からは不安が漏れていくものの、心は最大限に燃やすことができる男である。

 本局のハイライトは白40の防ぎだろうか。厳密な最強防だったかどうかはともかくとして、対局中にも白はこういう手を見つけた達成感、黒はこういう手を打ち破れない絶望感があり、その後の手にも影響する。中山は大きな難所を乗り越え、最終局は短手数の引き分けでQT通過を決めることができた。

 Li Xiaoqingはこの日の朝になんと骨折をしていたことが後でわかり、翌々日からのWTは松葉杖姿であった。そのWTでも8勝1敗ながら2位に終わり、まったくお気の毒という他はない。しかし、このような経験をした人は、手がつけられないくらいに強くなって帰ってくるかもしれない。

[最終局] 5→8,18 白48にて黒投了
黒: Wai Chan Keong(マカオ)71分
白: Oll Aivo(エストニア)54分

59 Wai Chan Keongはマカオ期待の若手だが、前回のQTでは前半Sushkovに快勝するなど好調だったが後半失速して敗退、BTでも入賞を逃した。今回は厳しい相手が多い中でここまで4勝を挙げており、最終局を勝てば通過、引き分けでも可能性が高い、負けると厳しいという状況。

 Ollはすでに5勝を挙げて通過確定。体力面に不安があるため、相手が望めば短手数の引き分けも考えられるところだが、むしろ黒のWai Chan Keongが引き分けを望んで盤面を埋める打ち方をしており、白のOllは虎視眈々と勝ちを狙っている。そして白38から攻めに転じるや、あっという間に振り切ってしまった。これはWai Chan Keongとしてはあまりにも悔いが残る中途半端な一局で、時間も余してしているし、結果的に引き分けてさえいればブレークポイント0.5間隔で5位Epifanov、6位Wai Chan Keong、7位小山という並びになって通過できていた。BTでは史上初の全勝優勝を果たしたが、鬱憤は一つも晴れなかったことだろう。しかし、何度か書いているようにBT優勝は出世コースである。引き続き警戒すべき選手であることは間違いない。

[最終局] 5→10, 11, 13, 14, 18, 28, g6 白62にて黒投了
黒: Topkin Georg-Romet(エストニア)93分
白: 小山 純(日本)58分
棋譜URL

60 この両者はここまで3.5勝で、勝っても通過できない可能性がかなりあるが、勝たないと話にならない状況。

  本局は小山が黒1〜3の長星を提示し、Topkinが小山に白4と題数も提示させる作戦を採っている。長星ではなかなか白4を打たせてもらえる機会の少ない小山が、この大事な対局で得意策を出せることになった。この白4は、本譜と19に打つのとでは盤端関係が大きく異なる(余談だが、本譜の白4はTaraguchiルールと称される五珠交替打ちでは打つことができない。今後の開局規定の変遷によっては、まさに幻の一局となる)。

 白12と止めて黒には2ヶ所の三々があり、「三々は四三の卵」の格言に従えば黒に追い詰めが無いほうが不思議なくらいの局面だ。また、黒13と止めておいた局面で見ても、二連の数は黒が5で白が0である。これで白が戦えるというのは、研究の賜物だ。白28と急所の三がヒケては舌なめずりの局面だが、黒も31・39と必死の抵抗を見せる。Wai Chan Keongの敗戦など、他局の結果が出たことで、本局の勝者は無条件で通過できることになった。最後は、小山の代名詞ともいえる四追い勝ちで左右を連結させた。

 実は小山は、2015年のQT初出場以来、3大会連続で4勝2敗1分という成績である。順位は2015年が7位、2017年も7位で、この2019年は6位と一つだけ上がり、冒頭の通過枠の背景によって初めてAT出場権を手に入れたのだった。
  
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2020年09月10日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

第15回世界選手権QT 2017年 台北
出場28名、通過者は以下5名
1位 中山 智晴(日本)5勝2分 
2位 Mei Fan(中国)5勝1敗1分
3位 Lin Huang-Yu(台湾)3勝4分
4位 Chou Huang Yu-Chien(台湾)5勝2敗
5位 Vladimir Sushkov(ロシア)5勝2敗
日本からの出場者:中山、小山 純、岡部 寛、舘 雅也

 四珠交替打ち初の世界選手権は、28名出場も最多タイなら、メンバーの豪華さも最高レベルのQTで開幕した。直前にTaimlaの出場がキャンセルされたが、それでもAT出場経験者10名、うちQT通過経験者7名、他にもいつATに出場してもおかしくない新鋭が揃っている。これは、日中台が上位を占める世界選手権が続く中で、2001年京都大会以来のアジア開催だったことが大きかったかもしれない。通過枠も日中台占める可能性がかなりあったところ、最終局でAT8回のSushkovとAT7回の私の勝ったほうが通過という直接対決があり、これを制したSushkovが第2ブレークポイント0.25差という僅差で「最後のチケット」を掴んだ。
 ATは台湾4名、日本3名、中国3名、ロシア2名という勢力図の中、QTをギリギリで通ったSushkovが快進撃。これをAT初出場のZhu Jianfengが追い、連珠の世界選手権史上初めて勝ったほうが優勝の最終局直接対決が行われた。結果はSushkovの勝利で、最後のチケットは2回目の世界チャンピオンの座への特急券であった。2009年に6回目の出場でようやく掴んだ初優勝の時よりも、この時のほうが喜びを振りまいていたことが印象的だった。日本はメダル獲得こそならなかったものの中村4位、神谷6位、中山7位と3名が入賞し、次回AT直接出場枠3枠を獲得した。

[第2局] 5→11, 12, 14, 15, 45, 47, g10 白54にて黒投了
黒: Vladimir Sushkov(ロシア)
白: 小山 純(日本)
棋譜URL

54 Sushkovは前々回までで8大会連続AT出場という新記録を達成していたが、前回の自国開催を欠場、2大会ぶりの出場である。QTは3大会ぶりだ。

 小山は2大会連続のQT出場。国内で実績を積み上げ、この豪華メンバーの中でQTを通過してもおかしくない力を備えている。

 局面はSushkovの思惑通りに進んでいたが、小山の自戦記によれば、黒21・23・25に持ち時間80分の大半を投入したようだ。左上が止まれば白の独壇場で、攻守が入れ替わってからはあっという間だった。

 小山は2日目に2敗1分とブレーキがかかり、最終日に望みを繋げなかった。Sushkovは続く第3局でも敗れ、世界の進歩に置いていかれる立場になった…かに見えたのだが。

[第5局] 5→7, 8, 9, 12, h10, k7, i8 白14にて黒投了
黒: Lu Wei-Yuan(台湾)51分
白: 中山 智晴(日本)17分
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53 このQTは中山の独壇場だった。初日連勝の後、第3局でAT常連のOllを96手でねじ伏せたかと思えば、第4局ではマカオ期待のWai Chan Keongを18手で粉砕。そして本局はさらに短い14手での完勝、ことごとく思惑通りに事を進め、2日目にしてQT通過の当確ランプを灯した。この第5局の途中にAT直接出場の中村・神谷が会場に到着したのだが、その直後にこの対局が終局し、対局中の私は中村と顔を見合わせて呆れてしまった。

 前回の悪しき記憶もあり、5勝してなお敗退する可能性を恐れて不安そうな言葉を連発していた中山だが、最終日朝の第6局を無事引き分けで切り抜けて通過を確定させた。初のAT出場だ。

[第6局] 5→11, 12, 14, 15, 16, g10, i6 黒29にて白投了
黒: Chou Huang Yu-Chien(台湾)      
白: Lan Zhiren(中国)
棋譜URL

55 白24までは、第2局の小山-Sushkov戦と同順。その2日後に行われたのが本局。Lan Zhirenとしては、あのSushkovが黒で負けた手順の白番を持っているわけで、安心して採用したはずである。しかしChou Huang Yu-Chienはすでに解決策を持っており、黒25の改案からあっという間に投了へ追い込んだ。

 国際大会ではよくある情報戦の明暗だが、前回AT3位のLan Zhirenはこれで敗退、Chou Huang Yu-Chienは最終局も勝ってAT初出場を決めた。実はChou Huang Yu-ChienはQT補欠の立場であり、出場人数が奇数だったおかげで、開催国が補欠の追加によって偶数にできる規定を活かしての出場だった。実はこのパターンで補欠がATまで勝ち上がった例が、2003年のGaulitz、2013年のHobemagiと3例もある。

[最終局] 5→7,14,18,35,h10 白にて黒投了
黒: 岡部 寛(日本)95分
白:  Vladimir Sushkov(ロシア)95分
棋譜URL

56 私は30代になって初めての国際大会だったのだが、今までにない感情を味わった。

 まず、当日の早朝に羽田空港を出る強行日程から無事QT第1局の席に着き、連珠が打てる幸せをしみじみと感じた。20歳以上離れた先輩たちがよくそんなことを書いていたが、10代・20代の私にはよくわからない感情だった。国際大会の当日着は、学生時代にも経験していたのだが。

 また、初日を中山・小山が2連勝、舘・私が1勝1分という好成績で終え、後輩たちが頼もしく思えた。同じ大会で争っている敵に対して不意にこのような感情が沸いたのは、非常に不思議だった。

 早々に圏外へ去っていてもおかしくない不安定な内容ながら、なんとか粘って2勝4分。ブレークポイントは悪くなく、勝てば通過できそうな状況だ。最後に鴨にされているSushkovに当たるとはまた厳しいが、相手にとって不足はない。

 白12が初見の手で、黒13で持ち時間80分のうち約60分を投じた。この後数手の攻防では私がヨミ勝っており、余裕の追い詰めのつもりで黒21から打ち出したのだが、それでは勝てないことに気づくのが遅かった。むしろSushkovのほうが時間切れ寸前で、私は数分残していたのに、冷静さを欠いたことは悔やまれる。たとえば黒25でe10など、工夫の余地があった。黒33以降は両者1手30秒状態で、流れは悪いながらも瞬発力では負けまいと気合を入れ直したのだが、完全な力負けを喫した。

 2003年から守り続けてきたATの座を失った喪失感は、筆舌に尽くしがたいものだった。存在意義を失うとは言わないまでも、その形が変わっていく音が聞こえるようだった。しかし、欠場や早期敗退ではなく最後の一局まで可能性を残し、Sushkovという偉大な相手と戦いきることができた上での敗退は、この上ない幸福とも感じた。その想いは今も変わらない。  
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2020年09月09日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

第14回世界選手権QT 2015年 ロシア・スーズダリ
出場24名、通過者は以下5名
1位 Lin Huang-Yu(台湾)5勝1敗1分 
2位 Tang Kai Lam(マカオ)4勝3分
3位 Oleg Fedorkin(ロシア)3勝4分
4位 Martin Hobemagi(エストニア)4勝1敗2分
5位 神谷 俊介(日本)5勝2敗
日本からの出場者:神谷、小山 純、中山 智晴、真野 芳久、舘 雅也、石谷 信一

 これまでQTは抽選によって初戦の組み合わせが決められていたが、この大会以降は世界ランキング順で決められている。世界ランキング順に並べられてみると、自分が出場者の中で何位にいるのか、5位のボーダーラインに対してどうなのか、気になってしまうものである。特に1位に序列された中山は、意識しないように意識する、という必要があったかもしれない。もちろん世界ランキングも実力を表す絶対的な指標ではないし、上から5名が綺麗に通過するようなことはない。この時に至っては、世界ランキングを持たないマカオのTangがQTをリードした。
 ATでは唯一の優勝経験者であるTaimlaが9位と大失速し、初出場のQi Guan(中国)が優勝を果たした。日本は同じくAT初出場の神谷が後半追い上げて4位、私も初めて最終局にメダルをかけるところまで食い下がっての5位で、18年ぶりに次回AT直接出場枠2枠を獲得した。6位までを日中台が占め、アジアの優位がさらに加速した。

[第2局] 5→6, 10 白56にて黒投了
黒: Balabhai Viktor(ロシア)63分
白: 舘 雅也(日本)67分
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48 舘は国際大会初出場。当時はまだ名人戦2次予選出場経験もなく、珠王戦もこの年が初出場だったので、腕試しで経験値を蓄えにいく感覚だろう。

 Balabhaiは五目にも力を入れている選手で、熱心な将棋ファンでもある。

 黒11・13は白としては非常にありがたい打ち方。一気に怖い筋がなくなった。こういう時の白は、本譜のように慌てて攻めず徹底的に黒の面倒を見るのも一つの方針である。強いて言えば黒E11あたりから攻められる筋が怖いが、白26で首尾よく主導権を奪った。ここからも慌てず騒がず、黒に反撃の筋を与えず白の筋ばかり増やす攻め方で、実戦的であり間違いがない。国際大会2局目にして、非常に落ち着いた打ち方で白星を得た。

[第2局] 5→10, 11, 23 白68にて黒投了
黒: Wang Qingqing (中国)97分
白: Tang Kai Lam(マカオ)80分
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49 マカオの世界選手権出場は初めてで、不気味な存在である。世界ランキングを持っておらず、スイスシステムの組み合わせでも一番下にいるため、勝ち進めばまさに台風の目だ。

 Wang Qingqingは前回Savrasovaに続く女性2人目のAT出場を果たしている。QTは初出場。

 銀月の古風な進行。黒11を逆止めすると、30と53の二重禁を食らうことが有名だ。白18は一発ハメ手のような雰囲気の手だが、黒はスカッと勝つのは難しい代わりに案外色々と打てる。白は24と叩く手が強防になっていれば成功。対して黒35・37!と下辺に戻ってくる攻め筋は素晴らしい工夫だったが、白も38!と盤端の絶対止めで凌いだ。結局黒は45と単独で防ぐことになり、白は48の四ノビまで活躍して一気に押し切った。

 Tangは4連勝からの3引き分けというQTのお手本のような星取で、マカオ初のAT出場を決めた。そのまま世界チャンピオンを争うのではないかという雰囲気さえあったが、ATでは序盤で負けが込んでしまい、後半追い上げたものの8位に留まった。

[第3局] 5→6, 15, i7 白44にて黒投了
黒: 中山 智晴(日本)90分
白: Fedorkin Oleg(ロシア)83分
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50 中山は直前の関東選手権で中村名人を破って初優勝を果たしている。実はQTには初出場なのだが、通過の有力候補として大いに期待を集めた。ただ第2局で関東選手権準優勝の小山に敗れ、これ以上の黒星はなんとしても避けたい。

 雲月の盤端関係で黒9をG9に打つのはまずく、本譜の黒9・11はそれに代わる打ち方。雨月からなので盤端関係が異なるが、関東選手権で小山が中村名人を破った形でもある。ただ本局は白に落ち着いて対応され、白22からいいように攻められてしまった。なんとか食いついていたものの、黒39が失着で、42と粘っていれば案外白も難しかった。

 中山はこの後第5局で致命的な黒星を喫し、最終日を残して脱落してしまった。SNSに謝罪文にも近い投稿をしていたが、QT初出場の24歳に過度な期待がかかっていた。QT最終日以降は吹っ切れた様子で、BTは実力通り無敗で制している。その後の活躍を思えば、よもやの早期敗退の経験も決して無駄にはなっていない。

[最終局] 5→19, 29 白42にて黒投了
黒: Mossinyan David(アルメニア)90分
白: 真野 芳久(日本)74分
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51 真野もQT初出場。60歳を大きく過ぎてなお旺盛なチャレンジ精神である。国際大会でありがちな余所行きの連珠を打って自滅する様子もなく、普段通りに近い対局ができているように見えた。

 Mossinyanは個人的に非常に懐かしい選手。2002年のユース世界選手権では私が大ポカをやって優勝戦線から大きく後退し、2004年の同大会では彼が大ポカをやって優勝を大きく引き寄せた。11年ぶりの再会を楽しみにしていたが、彼はQTのみで帰国、私はAT直前の到着だったために入れ違ってしまった。

 未知の部分が多い黒5である。白6は10に打たれることが多い。難しい戦いの中でバランスを保ち、白30・32と四ノビを駆使しての収束は鮮やか。

[最終局] 5→23, g9 黒35にて白投了
黒: 神谷俊介(日本)77分
白: Huang Yen-Hua(台湾)57分
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52 神谷は初戦から真野・石谷・小山に3連勝、そこから他国に連敗、最終日にMesilaに勝ってようやく実質的な初白星?を挙げ、ここまで4勝2敗。24名中5名通過なら、5勝を挙げれば通過の可能性がかなり高い。しかしまだ確定はしておらず、ブレークポイント争いになると、最初に当たった真野・石谷が負け越しているため不安である。

 明星のクラシカルな進行。白の暴発に助けられて右上で思わぬ圧勝形となったものの、黒29を35では意外と難しく、本譜黒29は神谷らしい華麗な決め手だった。

 これで神谷は通過ラインの5勝を挙げたものの、最後に残ったTang-Epifanov戦でEpifanovに勝たれると6位に落ちるところだった。局面は引き分け必至ながらEpifanovがなかなか諦めず、実戦慣れしていないTangが時計を押し忘れる場面もあったようだ。神谷にしては珍しく時間を残して勝った後だけに、2時間近く待っただろうか。Epifanovが144手で観念し、ついに初のAT出場を決めた。
  
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2020年09月08日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

第13回世界選手権QT 2013年 エストニア・タリン
出場16名、通過者は以下5名
1位 岡部 寛 3勝4分(日本)
2位 Vladimir Sushkov 3勝4分(ロシア)
3位 Aivo Oll 4勝2敗1分(エストニア)
4位 Pavel Salnikov 3勝1敗3分(ロシア)
5位 Martin Hobemagi 4勝2敗1分(スウェーデン)
日本からの出場者:岡部、久富 隆洋、卵坊、石谷 信一

 AT直接出場枠を持つエストニアでの開催だったので、久々に通常の5名通過、しかも比較的少ない16名の出場である。前々回4/27、前回4/22という門をくぐってきた身からすると、ずいぶんと広き門に感じられた。出場国も日本・ロシア・スウェーデン・エストニアの古豪のみで、こういう回は引き分けが多くなる。ちょうど残月金星共通形の黒5が引き分けになりやすいという共通認識が広がっており、QT〜ATを通じた大きなテーマとなった。Sushkovと私は無敗だったが、お世辞にも危なげない内容だったとは言い難く、対戦相手が勝ちに行くか引き分けにいくか方針が定まっていないことに助けられている。その中で5位に滑り込んだHobemagは15歳、2003年のTaimlaに次ぐ年少記録でのAT出場となった。
 ATでは自国開催のTaimlaが独走、10年ぶり2度目の優勝を果たした。前回名人として出場し7位に終わった大角が、失冠した今回は肩の力が抜けたようで2位に入り、日本は6年ぶりのメダル獲得となった。

[第1局] 5→6, 8, 11, 14, 15, j9 白22にて黒投了
黒: Johann Lents(エストニア) 39分
白: 卵坊(日本)19分
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44 卵坊は6年ぶり2回目のQT出場。60歳を過ぎて再雇用の身分になられた頃で、関西の高段者はこの世代が多く、アマチュアの世界である連珠はこの年齢からが本当の楽しみともいえる。しかし、2017年に不慮の事故で亡くなられ、これが最後の世界選手権出場になってしまったのは残念でならない。卵坊と私はユース世界選手権での監督と選手の間柄であり、対局への心構えは卵坊から教わった部分も多い。

 渓月からであれば、この黒5を打てる。同じ形でも、峡月からだとこの黒5は必敗になってしまう。その決定的な差は、黒が13と止めた時、白12・20の連が渓月だと盤端で夏止めになることにある。ただ本局の手順では白勝ちで、黒13を14に打ち、白が20と三々のミセ手を打ったときに黒13と止めるのが正解だ。

[第2局] 5→1題 白28にて黒投了
黒: Vladimir Filinov(ロシア)80分
白: Alexey Potapov (ロシア)67分
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45 FilinovはRIFに1986年の棋譜が登録されているので、珠歴は相当に長い。PotapovはRIFへの棋譜登録は2004年が最初だが、e-mail世界選手権での活躍歴が長い。

 黒9は私も打ったことがあるが、白10との交換で攻めを催促される意味合いも強く、打ちこなすのは難しい。本局はなんといっても白18が味わい深い。この手を拠点としてあっという間に寄り切ってしまった。投了図以下、黒29をf7に外止めするのがせめてもの抵抗だが、それでも白勝ちになる。

 本局は見事な勝利を収めたPotapovだが、残念ながらQT敗退となった。しかしBTでは優勝、前回と合わせて2連覇となった。BTの歴代優勝者は錚々たる顔ぶれが揃っており、次回以降はATで活躍しているケースも少なくないため、連覇はこのPotapovしかいない。

[第5局] 5→6, 10, f7 黒47にて満局引き分け
黒: Oleg Fedorkin(ロシア)81分
白: Vladimir Sushkov(ロシア)90分
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46 問題の黒5である。本局の場合、Fedorkinが引き分けを狙う立場、Sushkovが狙われる立場で、これはSushkovの実績が大きく上回っていることがそうさせている。ただし星取としてはFedorkin2.5勝、Sushkov3.5勝で、むしろ引き分けで満足なのはSushkovのほうである。

 白14を15に打てば長手数の定型に突き進むのだが、ここはSushkovが嫌った。白16と突き出して、見た目の迫力は抜群だ。しかしこれもかなり前例があり、Fedorkinほどの実力者が動じるものではない。実際本局は常に黒勝勢で進行しており、元々引き分けで満足のFedorkinの消極性にSushkovが助けられる結果となった。

 Fedorkinの最終成績はなんと1勝6分。QTを負けなしで敗退するという前代未聞の結果となってしまった。彼について顔をしかめて「very passive player」と称する者もいた。性格と棋風が真反対という人も少なくないが、Fedorkinは温厚な性格どおりの棋風といえる。

[第5局] 5→9, 10, 22, 40, 66 白72にて満局引き分け
黒: 久富 隆洋(日本)52分
白: Pavel Salnikov(ロシア)94分
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47 久富はQT初出場。久富といえば連珠世界誌の編集委員として長年貢献しており、特に最近は25日頃に行われた棋戦の結果まで記載して翌1日の発行していることも少なくなく、これは久富の剛腕・敏腕のおかげに他ならない。また、詰連珠の大家としても有名で、「龍鷹」の名で四追いコンクールや限珠案コンクールに数々の名作を残し、「夢幻の構想」など作品集もまとめている。実戦でもA級出場5回、シード獲得2回の強豪である。チーム世界選手権には3回出場しており、奈良や飯尾と共に日本の連続出場維持に貢献し、2012年には優勝メンバーとなった。

 このQTにも「ATに出るつもりで」との意気込みで臨んだが、初日に連敗を喫しておりもう負けは許されない。実戦での久富は特定の戦型を突っ込んで研究するタイプで、黒23を作戦としていた。Salnikovも流石に見事な対応で、白38からは上辺で継続して攻める筋があった。この後もお互いに意地を張り合った結果、白56から四追い勝ちが生じていたのだが、先に気づいた黒が57と防いで引き分け濃厚の局面になった。
  
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2020年09月07日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

出場22名、通過者は以下5名
1位 岡部 寛 4勝3分(日本)
3位 Dai Xiaohan 5勝1敗1分(中国)
4位 Hou I-Cheng 5勝2敗(台湾)
5位 Lin Huang-Yu 5勝2敗(台湾)
12位(開催国1位)Tord Andersson 3勝3敗1分(スウェーデン)
※2位のAnts Soosyrv(エストニア)はAT出場を辞退
日本からの出場者:岡部、黄瀬 勝巳、河村 典彦、小野 孝之、神谷 俊介

 前回に続き、開催国のスウェーデンがAT直接出場枠を持たないため、QTではスウェーデンから1名以上5位以内に入った場合は通常の5名通過、入らなかった場合は上位4名+スウェーデンの最上位者が通過することになった。結果、正規の通過枠を日中台のアジア勢が占めたことも、その中で私以外は全員が初の通過だったことも、前回と同じだった。
 この時はATでも優勝経験者のSushkovやTaimlaが星を伸ばせず、開催地がスウェーデンであるにもかかわらず、アジア勢が圧倒的優勢だった。優勝争いはCao DongとLin Huang-Yuの一騎打ちとなり、Soosyrvの辞退によって悲願のAT初出場を果たしたLin Huang-Yuが最終局を勝てばブレークポイント差で優勝だったのだが、Sushkovの意地の前に敗れた。Cao Dongが初優勝。前年のチーム世界選手権で中国が優勝したこともあり、いよいよ中国が連珠界をリードすることになった。

[第1局] 5→1題 黒39にて白投了
黒: Kise Katsumi(日本)73分
白: Hou I-Cheng(台湾)66分

38 両者とも世界選手権初出場。黄瀬は初段格として出場した珠王戦で長谷川一人名人(当時)を破るなど4連勝で単独トップに立つ大活躍を見せ、岡部・玉田に連敗して5位に終わったものの、QT出場権を得た。

 黒9からは無数の打ち方が試みられているが、黄瀬は一直線に攻めていった。これで勝てるのなら、皆こう打っている。つまり白にどこかで弱防があったのだが、当然に見える白20がまずく、黒21は直ちに黒25と打ってよかった。白22・24と欲張ってくれたので、改めて黒25から打ち出して勝ちになった。

 黄瀬は最終局で自身が引き分け以上、あるいはこのHou I-Chengが引き分け以下ならばQT通過という所まで健闘したが、惜しくも6位の次点に終わった。一方のHou I-Chengは最終局で執念の勝利をつかみ、AT初出場を決めた。ATでは最下位に終わったものの、出場者としてその名を刻むことは大きな名誉である。

[第4局] 5→1題 黒47にて白投了
黒: Soosorv Ants(エストニア) 82分
白: Hobemagi Martin(エストニア)60分

39 Hobemagiは当時13歳で、ここまで3連勝。通過すればもちろんAT最年少出場記録になる。初戦の神谷戦を時間切れで勝ったのだが、その瞬間大喜びで握手を差し出すHobemagiのモノマネは、中山の鉄板ネタである。

 Soosyrvの世界選手権出場は2001年以来10年ぶりで、その間はエストニア以外で開催されるときもずっと運営として貢献し、もちろん日頃は多くの若手を育てている。その中の1人がHobemagiで、彼が7歳の頃に「Taimlaよりも有望かもしれない」と紹介されたのを覚えている。

 その愛弟子をSoosyrvが真っ赤な顔で倒しに行く光景が思い浮かぶような棋譜である。2日目まで5連勝と、選手で出れば強いんだぞと見せつけていたのだが、疲れてしまったようで最終局前にAT出場辞退を表明した。

[第7局] 5→10, i9, i10 白10にて黒投了
黒: 神谷 俊介(日本)68分
白: 河村 典彦(日本)28分
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40 この大会では神谷がQT、中山がBTで世界選手権初出場を果たしている。この頃はまだ2人とも可愛かった。彼らが可愛かったことがわかる棋譜を積極的に載せていくのは、連珠界を担う役員として当然の責務である。

 河村は当時出向でドイツに在住しており、QT初出場となった。世界選手権出場自体が14年ぶりである。

 神谷は3勝のためすでに圏外。3.5勝の河村は、Soosyrvが辞退したことにより5位繰上通過の可能性が残っていたのだが、その場合6位が黄瀬になることがほぼ確実で、そうなれば河村も辞退で譲るつもりだったようだ。この状況で、神谷は飯尾が持参した日の丸鉢巻を絞めて臨んだのだが、わずか10手で散ってしまった。いやはや、この頃はまだ可愛かった。黒7はk8に打つことが知られているが、その先も簡単ではない。
  
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2020年09月06日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

第11回世界選手権QT 2009年 チェコ・パルドゥヴィッツェ
出場27名、通過者は以下5名
1位 Chen Ko-han 5勝2分(台湾)
2位 Cao Dong 4勝3分(中国)
3位 小野 孝之 5勝2敗(日本)
4位 岡部 寛  4勝1敗2分(日本)
8位(開催国1位) Ondrej Nykl 3勝1敗3分(チェコ)
日本からの出場者:小野、岡部、田村 一誠、石谷 信一

 開催国のチェコがAT直接出場枠を持っておらず、この場合は1枠が保証されることになっている。同様のケースで1999年の中国大会ではATに直接1名代表を出していたが、この時はQTでチェコから1名以上5位以内に入った場合は通常の5名通過、入らなかった場合は上位4名+チェコの最上位者が通過することになった(以降このチェコ式が定着したが、見直しも検討されている)。それを知ったのが対局直前の組み合わせ抽選時だったので、大いに焦った。実績的にはチェコから5位以内に入る者が出るとは考えにくく、他国にとっては実質的に27名中4名という6倍以上の狭き門である。その中で、私以外は全員AT出場経験のない者が通過することになった。特に、名人戦A級の出場経験もなかった小野の通過は快挙である。ミスターQTことKarlssonの7大会連続通過を小野が阻止することになるとは、正直に言って最終局の組み合わせを見た時点でも予想できなかった。
 ATではなんといっても中村の18年ぶりの出場が目玉だったが、第2局でNyklにまさかの不覚を喫し、8戦全勝のSushkovに完勝する意地を見せたものの、最後に失速して4位に終わった。最後はSushkovが逃げ切り、6回目の出場にして初優勝を果たした。

[第1局] 5→7, 30 黒43にて白投了
黒: 田村 一誠 (日本) 40分
白: Renee Pajuste  (エストニア) 96分
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34 田村はQT初出場。 珠王戦優勝の中村がその時点では世界選手権出場が不透明だったため、2位だった田村は事と次第はによってはいきなりATに出られる立場だった。もちろんQTからでもAT出場を狙っている。

 Pajusteもこの時QT初出場で、QTでは目立てなかったが、BTで3位に食い込んでいる。この後3大会連続でQTに出場し、2013年には最終局を勝てばATという所まで進んだが、叶わなかった。

 開局規定が題数打ちに変更されたのがこの年。丘月3題は無難な部類の提示ではあるものの、もちろん変化は多い。当時黒7と打つ人はあまり多くなく、必死に局面を打開しようとする白を、黒は悠々受け流す展開に持ち込むことができた。しかし田村は後半失速し、BTも含め不本意な結果に終わった。

[第2局] 5→? 黒23にで白投了
黒: Cao Dong (中国) 40分
白: Yin Licheng (中国) 40分
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35 この両者も世界選手権自体に初出場。Yin Lichengが師匠、Cao Dongが弟子の関係だと聞いたことがある。両者が対局中も少し親しげにしていた様子を薄っすら覚えている。

 黒5は奇策の部類に入る手だが、Cao Dongが使うのは珍しい。よく知る間柄ならではだろうか。このような遠く離れた手は、相手が攻め損なってくれた時にあっという間に反撃を決めやすい。白は14に期待したものの、黒17と防がれて攻めを繋ぐのが難しい。白20とあっさり手を戻すようでは風前の灯火で、わずか3手後に投了する羽目になった。

 Cao Dongは安定した戦いぶりでQTを無敗で勝ち抜き、ATでも後半追い上げて3位に入った。

[第4局] 5→8,11,12,14,15 白42にて黒時間切れ
黒: Savrasova Yulia (ロシア) 100分
白: 小野 孝之 (日本) 97分
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36 小野もQTは初出場。両者1勝2敗で早くも後がない。Savrasovaの1勝は、第1局で私に水月6題を提示して黒勝ちしたものである。もちろん小野もそれは知っており、私は白4を10に打って負けたが、6題打ちではこの白4が最有力だろう。黒はこの黒5かi11のどちらを含めることになり、やや苦戦を覚悟せねばならない。

 白20は小野らしい掴みどころのない防ぎで、黒23と入ってくれたので白24と包囲網を敷くことができた。黒23は左辺に広く構えるのが有力だった。

 このQTは、題数打ちの初回なので序盤の長考が多いであろうことを考慮したためか、フィッシャールールの持ち時間が前回の80分+30秒から90分+15秒に変更された(次回以降80分+30秒に戻っている)。私も第1局でいきなり1手15秒モードに追い込まれたが、秒読みの音も鳴ってくれないので、一瞬でも盤面に集中してしまうと時間切れになりそうな恐怖感があった。本局も、局面が絶望的だったとはいえ、Savrasovaの時間が切れてしまった。

[第6局] 5→6, 10, f7 黒55にて白投了
黒: Chen Ko-Han (台湾) 75分
白: 大角 友希 (日本) 88分
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37 最終日を前に、4勝が4名、3.5勝が3名という展開。5名が通過できる通常のQTであれば、4勝の4名は残りを2引き分けでも通過できそうなものだが、今回は実質4名通過なのでそれでは危ない。4勝同士の対戦2組も真っ向勝負となった。

 黒5は今でもたまに打たれる手だが、研究量が豊富な大角をもってしても当時は初見に近かった。初見の手を打たれた場合、互角くらいの局面に持ち込めればよしと早めに割り切るタイプと、何としても打ち破ろうとするタイプに分かれる。もちろん時と場合にもよるが、大角は後者の路線を取りがちで、たとえば名人奪取を決めた一局などはその姿勢の賜物といえる。しかし本局では中盤から黒の言いなりのような展開になり、決め手を与えず粘ってはいるものの、気持ちの切り替えがつかなかったのかもしれない。白34は35と防いでおくのがよかったようだ。

 最終局の時点で、日本は4.5勝の私と4勝の小野・大角が通過の可能性を残していた。ただ、最上位の私も引き分けで通過が確定する状況ではなく、3名全員敗退の可能性も大いにあった。この最終局、私は31手という微妙な手数での引き分けで終えている。主には、大角が引き分けになりそうなことを見越しての判断だった。もちろん「自分が引き分けでも通過できそうな状況になった」のが一番目の理由で、「相手もこのタイミングなら同意するだろう」が二番目だが、三番目の理由として「もし大角が勝って私が敗退することになっても、日本が全滅にはならないのでOK」とも考えていた。この狭き門のQTで第1局を負けたダメージがあまりにも大きく、そんな諦めにも近い思考がよぎるほどに追い込まれていた。

 大角の落ち込みようは酷かった。日本国内に今回のQTは5位だと敗退であることが伝わっていなかったため、大角に祝福メールが届いてしまったらしく、間接的には私が彼を蹴落としているとはいえあまりにも気の毒だった。ただ、実はブレークポイントの妙で私は負けても通過だったし、逆に大角は勝っても敗退だった。私はこれに帰国後だいぶ経ってから気づいたのだが、どうも大角はBTが始まる前に気づいたらしく、それを境に切り替えがついたようだった。諦めきれずに成績表を睨んだであろう心境は、察するに余りある。
  
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2020年09月05日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

第10回世界選手権QT 2007年 ロシア・チュメニ
出場24名、通過者は以下5名
1位 飯尾 義弘 6勝1分(日本)
2位 Yulia Savrasova 4勝1敗2分(ロシア)
3位 岡部 寛 4勝1敗2分(日本)
4位 Stefan Karlsson 4勝1敗2分(スウェーデン)
5位 Wu Di 4勝1敗2分(中国)
日本からの出場者:飯尾、岡部、大角 友希、卵 坊、阪本 嵩山、石谷 信一

 2006年から全日本選手権(珠王戦)が始まった。前年2005年の世界選手権国内予選が3局×2日制で行われ、これならタイトル戦を謳う格式も保てる上に通常の土日に開催できて1泊2日での遠征も可能である、ということで同形式の大会を毎年行なってはどうかと丸田光治六段が提案してくださった。偶数年は純粋にタイトル戦として開催し(チーム世界選手権の国内予選を兼ねたのは2010年以降)、奇数年は世界選手権の国内予選を兼ねる。ただ最初の2回は名人戦上位の長谷川、河村、岡部が出場できず(私は2年連続大学のゼミ合宿と重なってしまった)、当時名人戦を休んでいた中村も出場しない中、山口が唯一のA級シード以上として実力通りとはいえ見事に全勝で連覇した。

 この大会は世界チャンピオンのMeriteeが欠場、ATで優勝候補に挙がる山口、Sushkov、Chingin、Taimlaといった超大物はAT直接出場で、20歳前後の若手が多い予想困難なQTだった。その中で飯尾と私が無敗で星を重ね、2003年と同じ3人で日本からATに出場することができた。特に飯尾の6勝1分は1993年のMeriteeと並ぶQT最高タイ、50代でのQT通過はいまだにこの1例のみのはずである。私としてはATはこれで3回連続出場だがQTは初通過で、にもかかわらず終了後に誰からも祝福されなかったことが密かに嬉しかった。別に嫌われているとかではなく(そうだと信じている)、このメンバーなら通って当然と目される立場になったことを勝手に感じていた。

 ATでは前述の直接出場者が中心になるものと予想され、前半で山口が5連勝と飛ばしたが、QTを5位ギリギリで通過したWu Diが1勝2敗からあれよあれよの8連勝。中国でも絶対的な実績を持っているわけではなかった28歳が、同国初の連珠世界チャンピオンとなった。実はQT最終局で、ほぼ通過が決まっている私が勝たねばならないWu Diと当たったのだが、ここで中途半端な打ち回しで完敗したことが今をもって悔やまれる。徹底的に引き分けを狙ってでも落としておかねばならなかった。

[第1局] 5→10 白28にて黒投了
黒: Li Shih-Wen(台湾) 73分
白: 卵 坊(日本) 17分
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28 この大会は日本から山口、大角(当時は 賀茂 雪 と名乗っていた)、卵坊、阪本と4人の珠号使用者が出場していた。珠号と書くとカッコイイようにも見えてしまうが、理解に苦しむ。全員分の航空券を手配する立場としては迷惑でしかなく、申込書に本名=パスポート名を書かねばならないところ珠号を書いてしまって慌てて訂正した経験もある。もっとも卵坊の場合、ご子息の宮川創五段が活躍するようになったために紛らわしくないよう通信戦用の珠号を実戦でも使用することにしたもので、これはわからなくもないが。

 白14からの攻め筋を無視する黒13に、その意図を無視して白14から攻める手順は当時卵坊が愛用していた。盤上では労せずして白星を得たようだが、そのために盤外で労していることは言うまでもない。

 卵坊は時として棋士らしからぬストレートな感情表現を見せることがあり、この作戦で磯部泰山九段を破った時に思わずガッツポーズをしていた姿が脳裏に焼き付いている。

[第2局] 5→18 白18にて黒投了
黒: Igor Eged(スロバキア) 49分
白: 阪本 嵩山(日本) 59分
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29 スロバキアからの世界選手権出場はEgedが初のはずである。この大会ではまだまだの実力だったが、次の2007年はQT4.5勝で7位と通過まであとわずかの所に食い込む健闘を見せた。

 2003年の三森と同様、金星のこの形は国際大会で非常に有効な作戦だ。このQTでは、アルメニアのPoghosyanが金星(瑞星を金星に戻す白4も含む)を愛用し、2日目に3局連続20手以下の白勝ちを収めている。

 白10・12・14の一連の流れは必修手筋。このような三々禁を活かした手筋は、後手である白にとって当然与えられるべき特権であり、このような手筋が美しいからこそ日本の連珠がそのままRENJUと称されて世界選手権が開かれている。日本人の連珠関係者なら、禁手の存在には常に前向きであってほしいものである。

 ただし、当然この手筋を知っているはずの阪本が59分も使っているのには理由があり、黒3と9の石の位置関係によって白必勝とはいかないケースも少なくないためだ。本局では、黒3を活かして黒13でk9と打ってみたかった。

[第6局] 5→J9 黒37にて白投了
黒: Yulia Savrasova(ロシア) 84分
白: 大角 友希(日本) 59分
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31 Savrasovaは1999年のWTを12歳にして制し、その後連珠史に残る数々の実績を残している。国際大会の女性の部(世界選手権WTとユース世界選手権)では、出場した大会の全てで優勝している。2005年にはロシア選手権を制して女性初のAT出場を果たし、今回は初のQT通過も決めた。チーム世界選手権でも2006年の優勝メンバーである。

 大角はこの1ヶ月後に名人戦A級で初めてシードを獲得している。このQTではすでに2.5敗で敗退濃厚となっていた。

 白10・12は奈良がATや名人戦A級で用いたことがある。当時の大角は、奈良と共通点が多いように私は感じていた。主には、流行形を嫌って独自の作戦にこだわりがちなことと、納得いくまでとことん考えることである。反面、大事な所での作戦失敗、ヨミ抜けでの勝負手失敗、時間切迫での自滅が少なくないことも共通していた。大いに警戒すべき実力は認めつつも、正直に言って、最後にこちらが勝っている光景を想像しやすい相手であった、しかし、ある時を境に大角は現実主義的な思考を取り入れるようになり、私は急に分が悪くなってしまった。

[最終局] 5→16 黒33にて白投了
黒: Stefan Karlsson(スウェーデン)
白: Qiu Yunfei(中国)
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32 ミスターQTこと5大会連続QT通過中のKarlssonだが、この時は1勝1敗2分と前半戦で崖っぷちに追い込まれ、第5・6局を連勝でなんとか望みをつないでいる状況だった。

 Qiu Yunfeiは自信満々な早打ちが特徴で、Wu Diよりも前評判が高かった。このQTでも初出場ながら3勝1分と順調なスタートを切ったが、第5局でその早打ちが祟って飯尾に敗れ、第6局は3.5勝同士でWu Diと当たってしまい14手で引き分け。

 白10は相手の好点に先着する意図はわかるが、黒11と封じ込められてしまうマイナスのほうが大きそうだ。白14〜20は部分的には順当な手だが、対して黒が15〜21とごく平凡な手で優位を拡大しており、実戦的に絶対避けたい展開。相手に難所を押し付けなければならない。勝ったほうが通過の最終局で、ベテランのKarlssonが若手のQiu Yunfeiを気迫と経験で圧倒した。

[最終局] 5→10 白58にて黒投了
黒: Tord Andersson (スウェーデン)89分
白: 飯尾 義弘(日本) 80分
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33 最後はトップ通過を決めた飯尾の会心譜。白20は最もおとなしい手で、23に固まる手やH4に構える手もある。前局の白の中盤と同様、本局の黒も悪い手を打っているわけではないのだが、白としては平凡に急所へ打って抑え込める展開であり難所がない。黒43を強要し、安心して下辺で攻めることができた。5位に入ればよいQTで、2位に1.5勝差をつけての1位というのも凄い。

 本局でAnderssonが勝つと、5勝者のうち1名が6位の貧乏くじを引くことになっていた。私にもその可能性があったため、本局の結果は私にとっても喜ばしいものだった。ただ、最も喜んでいたのはATで待つSushkovである。前回まで2大会連続でAnderssonに敗れており、そのせいで半星差の2位に甘んじていたのだ。成績表の前で「彼を落としてくれてありがとう」と満面の笑みで飯尾に握手を求めていた。

 結果論として、Anderssonが勝っていた場合、6位の貧乏くじを引いてQTで敗退していたのはWu Diだった。Wu DiはAT最終局でSushkovを破って優勝を決めているし、その道中で飯尾と私も破っている。連珠界には麻雀の着順操作のような戦術は存在しないが、それにしても皮肉な結末だった。
  
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2020年09月04日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜

1位 Stefan Karlsson 5勝2分(スウェーデン)
2位 Tord Andersson 4勝1敗2分(スウェーデン)
3位 Yuriy Tarannikov 4勝1敗2分(ロシア)
4位 Andry Purk 4勝2敗1分(エストニア)
5位 Vladimir Sushkov 3勝2敗2分(ロシア)
日本からの出場者:飯尾 義弘、石谷 信一、山口 釉水、大角 友希

 日本はQT出場者が全滅、1人でATに出た私も8位で繰り上げによって辛くも次回AT国枠を守るという悪夢のような回で、日本として今後これより出来の悪い回がないことを当事者として願うばかりである。
 というわけで今回は日本の対局にはフォーカスせず、「QT最終局」を追ってみよう。

 QTは初日2局、2日目3局、最終日2局というスケジュールが慣例だが、この時は初日3局、2日目3局、最終日1局だった。最終局の組み合わせは
Karlsson(5) - Sushkov(4)
Andersson(4) - Oll(4)
Tarannikov(4) - Cheng Wei-Yuan(3.5) 
Purk(3.5) - Chen Ko-Han(3.5)
となっていた。()内は勝点。

■Karlsson目線
 通過が確定している。体力を温存する考え方もあるが、全くリスクを負うことなく強豪のSushkovをQTで落とすチャンスが訪れているとも考えられる。

■4勝者目線
 勝てば通過確定、負ければかなり危ない、という所までは当たり前として、
・Sushkov 引き分け以上
・Andersson - Oll 引き分け
・Purk  - Chen Ko-Han 決着
という条件が揃うと、4.5勝者のうち1名が敗退する。つまり引き分けでは通過が確定しない。他局を横目で確認しながら打つことになるが、それで集中が途切れたり時間が切迫したりで自分の対局で敗れては元も子もない。

■3.5勝者目線
 引き分けでも4勝者が最大2名通過できる図が残ってはいるが、勝たないと厳しいと考えるのが自然である。

 4勝と3.5勝の7名は、どんな夜を過ごし、どんな朝を迎えたのだろうか。この7名の立場になってみると、直接ATへ出場するのが如何に大きなアドバンテージであるか、ATで7位以内に入って次回の直接出場枠を確保するのが如何に大切かがわかる。


 AT直接出場の私は、この大会ではQT出場者と同行程で現地入りしており、会場⇔宿舎のトロリーバスでの移動も基本的にはQT出場者と同行していた。ただこのQT最終日は、経緯は忘れてしまったが、1時間以上遅れて単独で会場へ向かった。

 到着すると、最終局で当たっていた山口と大角がすでに控室で感想戦を行なっていたように記憶している。この両者は通過圏外にいた(はずだった)ので、早く終わったのもわかる。しかし対局室に入ると衝撃が走った…。

[最終局] 5→7 白24にて黒投了
黒: Vladimir Sushkov (ロシア)
白: Stefan Karlsson (スウェーデン)
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24 1番テーブルの盤上に、黒白の石ではなく、Karlssonのネームプレートがあった。これはすでに対局が終わり、Karlssonが勝ったことを示している。つまり、ATで優勝を争うはずだったSushkovが、QT敗退が決まりかねない致命的な黒星を喫したことを示している。

 白16は、今では黒白互角に近い進行の道中の一手として認知されているが、打たれ始めたこの頃は黒の頓死が多く見られた。黒が正確に対応しても充分に戦えるため、白としてはコストパフォーマンスが非常に良い。これを知っていたKarlssonとしては最高の、知らなかったSushkovとしては最悪の場面で放たれた一手だった。Sushkovはまんまと頓死を喫した。白16が18の時も、黒17をここに打ってしまうと、本譜とほぼ同じ要領で白勝ちになる。必修手筋の一つである。

[最終局] 5→6 黒33にて白投了
黒: Tord Andersson(スウェーデン)
白: Aivo Oll(エストニア)
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25 エストニアは1980年代後半生まれの人材が特に豊富で、世界チャンピオンとしてATに出たTaimlaは1988年生まれ、QT出場の4名はLentsが1986年生まれ、Purkが1987年生まれ、OllとIluが1988年生まれである。この時点で16〜19歳、ロシアのChinginや私と共に、ユース世界選手権の草創期を牽引した世代だ。Ollはここに名前を挙げた中ではデビューが遅いのだが、前回のBTで全くの無名ながら最終局前に単独トップに立つ大活躍を見せて衝撃を与えた(最終局で負けていない局面で勘違いして投了してしまい、4位)。

 この2番テーブルも、私が着いた頃にはすでに終わっていた。もし本局が黒9くらいの段階で隣のSushkovが黒17を打っていたとしたら、すかさず引き分けにして両者通過でニンマリ、となっていたかもしれない。しかし本局もまた序盤早々のっぴきならない進行となり、ほどなく白の攻めが途切れて黒が大優勢を築いた。f8に四々三を作って白34という最後の抵抗も、黒35と単に止めて受け流すのが冷静で、前回AT最下位に終わったAnderssonがリベンジの機会を獲得した。

[最終局] 5→10 白56にて黒投了
黒: Cheng Wei-Yuan(台湾)
白: Yuriy Tarannikov(ロシア)
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26 ここからの4名は全員AT未経験。ただ、この2人は背景がかなり異なっており、前回QTで6位の次点に泣いたTarannikovと、世界選手権初出場のCheng Wei-Yuanである。

 この大会のATでは、瑞星の「55手定石」が物議を醸した。本局と白30まで同じで、以下黒36、白31、黒32、白e8の後、黒が四ノビを連発し、55手かけて収まった局面が引き分けにしかならない、というものである。実際、この時のATでは、55手まで行かなくても途中までこの進行になった対局はすべて引き分けで終わっていた。引き分けにしたくない側に振り切る力がないとも見ることはできるが、AT出場者ともなれば弱者の戦法として引き分けを狙うにしても相当な力量があるため、引き分けを狙えてしまう2題打ちの開局規定自体の不備を指摘する声が大きくなった。

 (勝たないと通過できそうにない本局の背景を抜きにしても)早打ちで勢いよく攻めていくタイプのCheng Wei-Yuanは猛進していったが、勢い余って黒53の四追い見落としが出てしまった。Tarannikovは念願のAT初出場を決めた。

[最終局] 5→g9 白92にて黒投了
黒: Chen Ko-Han(台湾)
白: Andry Purk(エストニア)
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27 勝ったほうがAT初出場、という緊張感がこれほど如実に伝わる対局も珍しい。盤に並べれば、これが連珠のスリルだ、と必ず体感できる一局。

 黒25から突然お互い目一杯の意地を張り合い、白32からは37・35と打てば勝ちだった。本譜の白32・34も勝っていそうだが、黒35が絶妙のノリ手。しかし白も44が絶妙の夏止めで、下辺では決着がつかなかった。

 この一局が最後に残った時点で、MeriteeがPCで結果をシミュレートすると、なんと4勝に止まったSushkovの通過が確定していた。傍から見ればATに当然いるべき実力者の通過は喜ばしいものだったが、ATで待つ私としては迷惑この上ない話だった。最後の1枠にこの一局の勝者が滑り込むのだが、引き分けの場合はOllに転がり込むこともわかった。

 結果、黒77〜81と勝負に出たのがオウンゴールとなり、Purkは白84・86で時間を稼いでから四追い勝ちを決め、AT初出場を果たした。PurkはQTに出ていたエストニアの4人の中で目立つ存在ではなかったが、ATでは勝ち越して5位に入る大健闘で、2007年・2009年も5位と安定した活躍を見せた。
 実は、最終局でブレークポイントの高い山口が勝って4勝に伸ばしていれば、Sushkovに替わって山口が通過していた。 18人出場していて、5位が4勝で16位が3勝という、QT史上屈指といえる実力伯仲の戦いだった。
  
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2020年09月03日

最後のチケットをめぐって 〜世界選手権最終予選(QT)熱戦譜〜


第8回世界選手権QT 2003年 スウェーデン・ヴァズテナ
出場26名、通過者は以下5名
1位 飯尾 義弘(日本) 4勝3分
2位 山口 釉水(日本) 5勝1敗1分
3位 Vladimir Sushkov(ロシア) 5勝1敗1分
4位 Stefan Karlsson(スウェーデン) 5勝2敗
5位 Joachim Gaulitz(スウェーデン) 5勝2敗
日本からの出場者:飯尾、山口、長尾 紀昭、石谷 信一、阪本 嵩山、三森 政男、久保 出美

 QTには「前回BTの上位3名」も個人枠として出場できる規定があり、当時の日本はこれを国枠に還元するのが慣例だった(後にこの還元は禁止された)。前回BTで日本の長谷川・草島・飯尾が3位までを占めたため、この大会の日本はATに1名、QTに5名+世界ランキングによる個人枠保持者が出場できるという広き門だった。1日制で行われた国内予選は奈良と私の2人が5戦全勝という結果になり、後日プレーオフを行なって私が優勝、初のAT出場権を得た。
 ATにTaimla(エストニア・15歳)、私(17歳)、Chingin(ロシア・19歳)と10代の3名を含む5名の初出場者が待っており、日本の名人である山口をはじめ実績のある選手がQTに揃った。26名中5名の通過では7局で5勝しても怪しく、安心できるのは5.5勝以上。そうなると道中では同国同士や上位候補同士でも「テクニカルドロー」で体力温存というわけにもいかず、91局で引き分けはわずか5局だった(8名中5名の通過だった第4回大会は28局で引き分け10局)。
 世界チャンピオンに輝いたのは15歳のTaimlaで、世界に衝撃を与えた。

[第1局] 5→9 白36にて黒投了
黒: Tarannikov Yuriy(ロシア)
白: 長尾 紀昭(日本)
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17 長尾は国内予選で2連敗後に3連勝して6位に食い込み、QT出場権を掴んだ。この大会での長尾といえばSushkovを破った大金星があまりにも有名だが、勢いをつけたのがこの緒戦である。

 Tarannikovは各国で試みられている開局規定の「タラグチルール(通称)」の発案者で、この大会でその原型となる「タラニコフルール」を提案していた。当時の2題打ちの次に採用するには無理があったものの、シンプルで優秀な規定には違いなく、年数が経ったことで脚光を浴びている。前年に出張で日本に長期滞在しており、東京オープンにも2回出場していたので長尾とも交流があった。

 長尾は明星を連載して星を稼いだ。優勝のためには相手に読まれないよう複数の作戦が必要だが、ある程度の星を稼ぐためには戦型を絞るのも目が慣れるメリットが大きく有効だ。白14まではあの河村-中村の名人交代局と同じ。黒21を見て猛然と攻め始めた。長尾はとことん消極的になることも少なくないが、スイッチが入ると本局のようにとことん積極的な打ち回しを見せることもある。黒25は凝りすぎの感があり、黒29の反対止めで土俵を割った。

 Tarannikovは次局で三森にも敗れ、第3局から5連勝と巻き返したものの、ブレークポイントで及ばず6位の次点に泣いた。BTでは優勝を飾っているが、AT出場は最高の名誉であり、鬱憤を晴らしたことにはならない。QT敗退後にBTで優勝した者は、閉会式でも案外浮かない顔であることが多い。この時のTarannikovも然りだった(元々感情の起伏が出にくい人物だが)。

[第4局] 5→10 白42にて黒投了
黒: Karasyov Maxim(ロシア)
白: 三森 政男(日本)
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18 三森は当時66歳。公式戦でも大半の対局で「お手並み拝見」的な作戦を用いていた。第2局ではTarannikovに対しても瑞星を金星に戻して悠然と白星を挙げている。「こんな定石も知らずに開局規定を語るなんて100年早いヨ」よ言わんばかりである。日本として一部の開局規定に強く否定した大きな理由の一つが、このような古典定石を学ぶ価値が落ちる恐れがあることである。これは単なる既得権の主張とは意味が違う。もっとも、現代ないし未来の開局規定であっても、このような古典定石を学ぶ意味は大いにある。その意味の示し方が問われているともいえる。

 白26の策にまんまと嵌った。もちろん黒にうまい打ち方があるのだが、強いソフトなどない時代に作られた定石であることは言うまでもない。

[第4局] 5→6 白56にて黒投了
黒: Chen Ko-Han(台湾)
白: 石谷 信一(日本)
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 この名月一間トビの古典定石もまた「こんな定石も知らずに開局規定を語るなんて100年早いヨ」の典型である。8年前に河村が世界チャンピオンを獲った時の主力作戦でもある。たとえば黒15は、この三ヒキをする前に17と叩くのが定石とされている。その理由を示すだけでも本が1冊書けそうである(現代の技術をもってすれば、黒15を先にヒイても勝てる理由を示す本が書けるかもしれないが)。

 本局では白18と防いで通常の定石に戻ったが、続く黒19であっさり外れた。この名月定石は、先ほどの金星定石に比べると黒の変化を白が捕らえるのも大変で、右下の攻防で瞬間的に黒勝ちが生じていたが、時間切迫にも助けられ石谷は命拾いした。

 石谷は前回のAT出場者として今回も議席確保といきたかったが、ここから不覚の3連敗を喫して脱落してしまった。

[第6局] 5→6 黒55にて白投了
黒: 久保 出美(日本)
白: Dzainukov Eldar(アゼルバイジャン)
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20 久保は連珠社の事務局長を長年務めた裏方の功労者として有名だが、実戦でも2011年に67歳にしてA級入りを果たしている。集中力が非常に高いのが特徴で、たとえばこの大会で用いられたアナログの対局時計は針が進む音が大きく、私などは少し集中が切れるとすぐ気になってしまったのだが、久保は全く気にならなかったそうだ。この時の国内予選では、最終局で飯尾を破って3勝1敗1分とし、堂々の単独4位でQT代表入りを果たした。

 DzainukovはアゼルバイジャンではEibatovに次ぐ実力者で、久保と同世代くらいだと思われる。穏やかなおじさんという印象で、私は2001年のBTの緒戦で対局したのだが、終局後の去り際に「この後も頑張れよ」という感じで勝った私の背中をポンポンと叩いてくれたのを覚えている。

 本局は両者懸命のヨミ合いで、結果はともかく充実感が大きかったと思われる。このような対局ばかりでは疲れてしまうが、生きている実感が得られる時間と言っても過言ではない。

[第6局] 5→10 白50にて黒投了
黒: Makarov Pavel(ロシア)
白: 山口 釉水(日本)
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21 名人としてQTで敗退するわけにはいかない山口だが、第2局でChen Ko-Hanに松月を打って敗れ、その後の仮先は恒星と心中。名人獲得の原動力となった恒星ではあるが、もちろん相手も対策を練っている。ピンチの連続、いやむしろピンチしかないQTであった。

 白8をk8と防ぐと、次に黒13と打つのが好手。本局の進行での黒13は、白14と代わってどうだったか。上辺の折衝では白が黒を的確に抑え込んでおり、白28で29と組まずにべったり防いでおくのは山口らしい。一転して黒31は無視し、白32と飛び出して意気軒昂。ここで白34が実は危ない手で、左辺で黒に妙順があったようだが、名人が通れば道理が引っ込むというもの。Makarovの屈服に助けられ、貴重な白星を手にした。

 続くKarlssonとの最終局では、黒必勝の研究がある局面に飛び込んだもののヨミでそれを覆し、見事な勝利でQT通過を決めた。このQT後半での4連勝は、名人としての意地云々ではなく、山口個人としての個性が詰まっていたように感じる。

[第6局] 5→15 白38にて黒投了
黒: Eibatov Nizami(アゼルバイジャン)
白: 飯尾 義弘(日本)
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22 勝点4同士の一戦。この一戦を勝てばQT通過濃厚だ。山口・Sushkov・Karlssonといった大物がひしめく中で、「この相手なら」という思いがお互いにあっただろう。飯尾のホームページにも当時の心境が記されているので、ぜひご覧いただきたい。QTは予選にすぎない。白20からはしばらく四・三・ミセ手を止めているにすぎない。それでも震えが止まらない。それだけの大一番だった。

 QTは「通過さえすれば1位でも5位でも全く価値が変わらない」とこの連載の初回で書いたが、それでも成績表の一番上に名前があるのは格別のものがある。飯尾は会場に貼り出されているA4判の成績表を指さし、
飯尾「この表がほしい」
運営「後でプリント後したものを渡すが?」
飯尾「この貼り出されている表がほしいんだ」
というやり取りの後、大事そうに粘着テープを剥がして持ち帰っていた。

[第7局] 5→13 
黒: Yakovleva Alyona(ウクライナ)
白: 阪本 嵩山(日本)
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23 五目で活躍することも多い阪本だが、この頃は五目の併催がなく、もちろん連珠の代表に入っても全く違和感はない強豪である。

 Yakovlevaは、1997年の第1回WTにも出場している。日本人が想像する「ウクライナ美女」そのままの人物で、男性が対局するとずっと目の前に座っていたいためにわざと長引かせるとも言われている。
2008年 黒 Yakovleva - 白 佐藤 清富
2010年 黒 磯部 泰山 - 白 Yakovleva

 黒13から勢いよく攻めて必勝形を築いたが、黒27はその勢いを継続して30とヒケば追い詰めだった。本譜の黒27でも勝ちだったが、黒31白32の交換で突然雲行きが怪しくなった。白ももう少し早く44に先着する手があったが、阪本らしい泥沼流の勝利。
  
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