高齢者が大きな手術を受けると2人に1人が術後せん妄になるといわれます。
術後せん妄とは、手術によるストレスからくる、一時的なボケ症状です。

私の父もその1人になってしまいました。
せん妄は手術当日、麻酔から目を覚ますと同時に始まりました。
術後、背中に2本、お腹に2本、おしっこのチューブ、点滴、合計身体に6本のチューブがつながっています。
せん妄で状況が把握できない父は、そのチューブを抜こうとするのです。
抜けてしまえば、命にかかわる事態になってしまいます。
看護師さんの話では、手足をベッドに縛るか家族が付き添うか、この二つの選択しかない事を聞きました。
術後、痛みと高熱に苦しむ父をベッドに縛る姿を見ることができずに、私は付き添いを選びました。

そこから、父と家族の戦いの始まりです。
激痛が走るにも関わらず、起き上がろうとする父、命に関わるチューブを引き抜こうとする父・・・・・。
危険と判断した看護師さんが、おしっこのチューブを外してからは、おむつの始まりでした。
おむつの交換とボケてしまって言っても言っても言うことを聞かない父の看病を、姉と二人で交代でしました。

当初、父のそのような姿を見た時は、衝撃的でした。
先日まで元気にしていた父が、完全にボケてしまっているのです。
看病をしながら私が考えたことは、意味のないことは起きない・・・でした。
私が、父の看病をしている事には必ず意味がある、その意味を考えていたときに、思い出したのが先日数日間だけ記事にした、ある歌詞でした。

「手紙〜親愛なる子供たちへ」
年老いた私が、ある日、今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解してほしい
私が服の上に食べ物をこぼしても、靴紐を結び忘れても
あなたにいろんな事を教えたように見守って欲しい・・・・・・・・

看病をしながらこの歌詞を思い出したのです。
まさに父は子供に返ったようでした、おむつを交換するとき、言っても言っても言う事を聞かないとき・・・・父は私の幼児期に同じような事をして、育ててくれたのかな・・・・・・!
この歌詞を思い出した日から、私の感情が変わったのです。
それまでは、衝撃的で、何故何故何故・・・・・・。
それが、この歌詞を思い出してからは、おむつを交換する事に感謝の気持ちで・・・・ありがとう。
話をしている時も、笑顔ではなしが出来るようになったのです。

今回の父の入院は、私にとって素晴らしい意味がありました。
記事として、キーボードで打ち込むだけでなく、本当にあの歌詞の想いを感じる事ができたのです。
今、同じような境遇にいる方、是非あの歌詞を今一度読み返して見て下さい。
樋口 了一 「手紙〜親愛なる子供たちへ」