能力の受け止め方

5.流れを阻むもの
 なぜ「能力」を「流れるもの」としてとらえるか、その利点はというと、一つは、「能力」の発揮を妨げる要因についてのとらえ方が違ってくるということです。

 今までの「聴解力」の例で、その流れの一角を担うものとして、「神経インパルス」「血液」「エネルギー」というものが出てきました。
 それは、「神経」「血管」「経絡」の中を流れるものです。ところが、それ等のどれかの流れがうまくいかないと、「聴解」というはたらきをもたらす流れそのものに影響をもたらすからです。それは、何かの障害がそこだけというわけにはいかないという、流れというものの性質によって理解しやすいからです。

 そこで、それらの流れがうまくいくかどうかということで問題となるのは、それらを通す媒体としての「神経」「血管」「経絡」を考えると、それらがその媒体としてのはたらくための在り方を考えると、それらが姿勢や動作の在り方によって、歪められる事がわかります。

 そうすると、「姿勢」が「聴解力」を生み出す一角を占めるという受け止め方ができます。
 それで、学習能力に難がある、例えば「学習障害」がある、と言われる生徒を見ると、彼の首回りとか腰回りの固さの奥に「エネルギー」等の流れの停滞をみてとれます。
 しかし、普通はどうでしょう。そういう受け止め方はしない人がほとんどでしょう。

能力の受け止め方

4.「音声」までの流れと「意味」までの流れ
 今まで述べたことは、人が話したことが、聴いた人の中で「音声」として届くまでのおおざっぱな「流れ」、それを支えるおおざっぱな流れについて、触れたものでした。
 つまり、「聴解力」の「音声」として「聴く」についての流れで、それでは「理解」までは含まれません。
 そこで、「聴解力」を構成する後半を、「意味」までの流れとして考えるわけです。それで、解りやすいようにと、簡単な「単語」レベルのそれを頭に思い浮かべるとします。その「音声」の波が「意味」の波に変化する、そういう流れです。

 それは、例えば、今まで「リンゴ」と〇(りんごのイメージを表す)を結ぶ脳内のネットワークとしてとりあげたものをたどる「流れ」のようなものとして受け止めることになるのですが、そうすると更に、そういうネットワークを形成する流れとか、それを再編成する流れとか、そういうものについて考えることになります。

 さて、こういうふうに「能力」を「流れ」として考えると、「音声までの流れ」と「意味までの流れ」を比べると、後者は前者を含めたより広がりを持ったものである事が分かります。我々は、それが「何の流れ」かによって、その流れがある程度限定するわけですが、現実の世界は、もともと全てがつながっているものでしょうから、「能力」の発展はその壁を乗り越えることにつながるのでしょう。

能力の受け止め方

3.耳とか脳のはたらきとエネルギーの流れ
 話者の発する波が聴く者の中で音となるまでの流れの中で、それに関わるものとして、「耳」とか「脳」とかを挙げましたが、それらがその流れに与える変化を考えると、そこに別の「流れ」が見て取れます。
 それは、それらの器官を維持しはたらかすための様々な流れです。
 「耳」とか「脳」を分析して細かい部分に分けそれぞれがどういうはたらきをするかは、「生理学」が担っているわけですが、それらをいくら詳しく知ったところで、それだけでは何の役に立ちません。機械を構成する部品について「これがこういうはたらきをする」言われたところで、それだけのことです。それが実際にはたらくには、他のいくつもの「流れ」が加わる必要があります。
 まず、それ等を動かす「エネルギー」の流れです。
 次に、それ等に動くよう指示するための「神経インパルス」の流れです。
 また、それ等のものを構成するものは、そのままで維持されるわけではありません。新陳代謝が必要です。作る材料たる養分の提供とか不要物の廃棄のためには、まだ、別の「流れ」が必要です。
 それらを「流れ」としたのは、その一つ一つに多くのものが関わっているからです。

 これらの「流れ」は、その何れもが「音」に至る「流れ」を形成していて、そのいずれかの異常は、「音」に至る全体の「流れ」に影響することになる、そういう受け止めです。
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