「あたま」にはたらきかける

5.「あたま」と「からだ」の包含関係は?
 「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」の何が問題か、もう一度言うと、そこからうかがえる「あたま」と「からだ」は別のものだという考えです。それを、対比して述べているのですから、そこからは両者のつながりが浮かんでこない、そうなります。そうすると、「からだ」を介して「あたま」をはたらかせるという発想が奇異に感じられ、「えーっ」となる。むろん、詳しく説明すれば納得するでしょうが、その詳しい説明が必要なのです。

 なぜ、こんなに混乱をもたらすことばを当てるのか、その前に辞書による「からだ」の意味です。

1㋐動物の頭・胴・手足などの全てをまとめていう語。五体。しんたい。「―を横たえる」
㋑頭・手足を除いた、胴。「―を反らす」「―の線が崩れる」
㋒体格。骨格。からだつき。「がっしりした―」
2 健康状態。また、体力。「―を悪くする」「お―に気をつけて」「―の弱い子供」
3㋐生理的存在としての身体。肉体。「―で覚える」「―が糖分を欲求している」「―を使う仕事」
㋑性的な対象としてみた身体。肉体。「―を許す」「―の関係がある」
㋒社会的活動を営む主体としてみた身体。身 (み) 。「今夜は―が明いている」「―がいくつあっても足りない」
4 死体。なきがら。「―はどこに捨ててある」〈浄・布引滝〉

 このなかで、「からだ」と「あたま」について、「からだ」を「あたま」を含んだものとする場合と、「あたま」を含まないものを「からだ」とする場合があるとされています。
 「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」と言う時、このどちらかかが分かりません。

 その時々で意味が違う、「あたま」と「からだ」という言葉について、「いい加減だ」と言いたいわけです。

「あたま」にはたらきかける

4.「あたま」と「からだ」の関係をどう表す?
「あたまをはたらかす」ことを指導しようと考えます。
 そのためにすることを並べると、まず「からだの使い方」がくるのですが、それを言うとそのまま簡単に話が進むとは限りません。
 
 「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」ということばには、「あたま」と「からだ」を別物として扱う、そういう「あたま」と「からだ」の受け止め方が潜んでいて、そういう受け止め方がその「あたまをはたらかせる」ことと「からだの使い方」を結び付けることに対する抵抗をもたらすのではないでしょうか。
 たとえば、「学習障害」と言われる生徒と「姿勢を正すこと」が、「そんなことがどう関係があるのか」となるというふうに。

 「あたま」と「からだ」の関係について、「からだ」の動きの背後に「脳のはたらき」があることが知られるようになったのは最近のことで、今でも、多くの人は「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」と聞いても、そのまま聞き流すのではないでしょうか。
 こういう時、その「脳」を介して結びついている「からだ」と「あたま」の関係をきちんと表す工夫が必要ではないでしょうか。

「あたま」にはたらきかける

3.「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」
 塾教師が塾生の指導をするとき、言葉を使います。しかし、その言葉というのが相当いい加減なものです。それにはいろいろ理由があるのですが、その一つは、科学の進展などにより知識が増大したりその内容が変化したりしたことに対し、言葉の整理が追い付かないということです。それを使用しての指導の困難を、理解しておくべきでしょう。
 
そこで、まず「あたま」ということばを取り上げたのですが、例えば「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」と言った言い方がなされます。
これは、自分の子供の成績について、算数や国語が低くて体育のそれがまあまあであるとかいう時などに、親がこういうことを言います。
それだけではなく、教師が自分が担任をしている生徒について、こういうことを言うことがあります。

これは、よく考えるとおかしいと言えます。
「体を動かす」背後には、「脳の働き」があります。ですから、「あたま」が「脳のはたらき」の意味であれば、「体を動かす」のがうまくいくということは、それ自体、「脳のはたらき」の良さを意味するからです。
しかし、多くの人は、この「あたまを使うのは苦手だがからだを動かすのは得意」という言い方を問題があるとは思わないのではないでしょうか。
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