正史「後漢書」の成立

通常、「後漢書」(ごかんじょ)と言えば、范曄(はんよう 398~445)の「後漢書」を意味する.

現行の正史「後漢書」は、本紀十巻、志三十巻、列伝八十巻の全百二十巻(本文と注)からなる.

先ず、本文について見ると、
本紀十巻・八十列伝」の本文は、南朝宋(420~479)の范曄による「范曄後漢書」の「本紀」・「列伝」であり、
志三十巻」の本文は、西晋(265~316)の司馬彪(しばひょう)による「続漢書」(しょくかんじょ)の「八志」である.

次に、注について見ると、
本紀・列伝」の注釈は、(618~907)の章懐太子李賢(しょうかいたいしりけん 654~684)による「章懐注」(李賢注)であり、
」の注釈は、南朝梁(502~557)の劉昭(りゅうしょう)による「劉昭注」である.

つまり、後漢書の本文については、
「志」のみを残して未完成であった「范曄後漢書」は、
梁の劉昭が「司馬彪の八志」を追加することによって完成したのである.

劉昭は、さらに、本紀・列伝・志にも注釈を施して「集注後漢」(百八十巻)を完成したが、
その後、本紀・列伝の「劉昭注」は散逸してしまった.
残った「志」の劉昭注は「劉昭注補後漢志」(三十巻)として現存している.

唐代になって、李賢が欠けていた「本紀・列伝の注釈」を著して、「後漢書」を完成した.
完成した「後漢書」は正史「後漢書」として認定されるようになった.