P子の冒険譚 HSP/HSS(たぶんね)

P子です。毎日私が思った事、感じた事、仕事や海外生活のこと等を書いてます。ネットショップで生計を立てながら海外で暮らしています。
私は日本では疲れ果てててほとんど鬱だったよ。友達にも家族にも恵まれなかった。でもホロスコープ読み解いて海外に出てとても健康になった。
アストロマップで海外行ったら外国人の友達がたくさんできた。海外暮らし超オススメ。あなたももし日本が合わない辛いなら海外向きなのかも。
HSP:Highly Sensitive Person(高度に感受性の強い人・敏感な人・繊細な人)。生きづらい現代を生き抜いて来た感受性が強く敏感なあなたにエールを贈ります。HSPとは持って生まれた性質で病気ではありません。生物学者によると生物の15%前後がHSPで、ごく自然なこと。人の場合も人口の15%前後とか。HSPならではの能力を活かしているHSPの有名人もたくさん。なおそれぞれの記事内容は私個人の考察の類にしか過ぎないよ。
私は別にHSPの代表でもないので私のブログ読んで「HSPってこういう人」的な思い込みや勘違いはしないでね。人間は個人差の大きい生き物。
転載・リンクしたいならしてもいいけど一応連絡はちょうだい。著作権は当然ながら私。当方リンク先表記・「引用」してね^^
但し賛同者に限るよ。「違う考えの人」を認められないタイプの人は読まない方がいいよ。

Category: HSPって何?

「どうも自分の子供がHSPみたいなんですがどうしたらいいですか?診療機関を教えてください」みたいなことを質問してこられる方々が時々いらっしゃいます。
HSPは病気ではないので、診察してもらっても、各種眠剤や精神安定剤を何か処方されるだけです。
(本当にイイお医者さんだと薬も出さないらしいよ。他のHSPの人から聞いた話)

また子供さんが望んでもいないのに精神科を受診させる・受診を勧める等のことは、
(たぶん今の日本の雰囲気では)子供さんを深く傷つけることでしょう。

あと自分の子供のことなので、もし本気でなんとかしたいと思うなら(それが本当に子供のためなのかどうか知らないが)
安易に他人に尋ねる前に、ご自分でHSPに関する本くらいは読んでから質問して欲しいよな~と思います~。
だって会ったわけでも話したわけでもないのに他人の子供のことなんてわからないよ。
知らない人だもん。それに個人差もあるしさ。

アメリカなどではかかりつけの精神科医がいることは「ステータスのひとつ」みたいなところがあるとかちらっと聞いたことがありますが定かではありませんが。(アメリカでは病院代はめちゃくちゃ高いらしいので病院行けるだけでもけっこう裕福・金持ちステータスになるなのかもしれないし)
でも今の日本では精神科に行くという事、精神科(及びときに心療内科等)の受診歴はその人の「汚点」「弱さ」みたいな扱われ方のほうがまだまだ多そうな感じなので、ちょっと注意かもでしょう。
精神科を受診するメリットがもっとあればね~
精神科がもっと楽しい所だったり、精神科医が超イケメンとか超美人だったりして、ちょっと会うだけでワクワクするとかね~
他に何らかの意味で精神科受診自体が「ステータス」な日本になればきっと受診してみるのも良いかもでしょう。

ただ、子供さんの問題は子供さん自身の問題です。
親が余計な手だししないほうがいい場合もあります(相性が悪い場合特にそう。こじれる)

子供の問題は実は、母親とはそれほど関係のないことです。
だから母親がそれほど責任を感じることでもないのです。
世間が母親にむやみに大きな責任をかぶせてくるからこそ、「ああ、私が何とかしなくちゃ」と時に無茶なこと?や子供にとって「大きなおせっかい」をする母親も出てきます。(ケースバイケースなのでありがたい場合もあればありがた迷惑な場合もあってその辺は本当にいろいろだよね)

もし原因等にもし何らかの親子関係のこじれ等が原因にあったとしても、何か関係があったとしてもそれも含めて「子供さんが持って生まれたもの」です。(その点では子供の立場の人も親の立場の人も同様。それぞれ「親の問題を持って生まれた人」「子供の問題を持って生まれた人」ってこと)

つまり

誰のせいでもありません。
誰も悪くありません。

なぜなら「持って生まれたもの」なので。HSPの性質と同じで。「持って生まれたもの」です。

しいていえば
私は西洋占星術師なので「持って生まれた星の意味を上手く活かしていないのが悪いかもね~」と思うだけですね~。
与えられた星の意味をどう活かすか活かさないか、その辺選ぶのはご本人なので。
他人ではなく親でもなく。その人以外にできないことですね。その人の人生を生きるのは、その人以外に不可能ですね。
ですからもともと、その人以外の誰かがどうこうできることでも解決できることでもないのですね。

ただ日本ではなぜか母親に「子供に関しての全責任を取れ」と迫る、母親を追い込む妙な雰囲気がありますよね。
こういうの海外ではあんまり感じたことありません。日本独特かもですね。
だから子供までも何でも親にせいにしてきます。これって驚くべきことです。あんまりこういうタイプの子供って海外では見ません。親に不満があっても、それはそれ。「自分の問題が、親が原因」とはあまり考えません。

そして母親も「子供がこうなったのは全部自分のせい」とか思っている人はかなり少なそうな感じです。もっと個人が独立している感じ。
結局日本人は個人が独立している感じがかなり少なめなのかもね。
何でも人のせいにできるっていうのは、かなりの甘えと依存心がないとできないことだと思う。不可能よね。
(別にしたい人は止めないしそれはその人の自由だが。人間懲りないとわからないし懲りても自分を変えるのはなかなか難しかったりする。それが何らかの快感と結びついてしまっていればまず一生やめられないかもなので、そこが人間のどうにもならないところね。イクシオン的というか・・。昔「塀の中の懲りない面々」という本があったがまさにそういうこと。まあ私もあんまり人のこと言えないが。でも割と誰でもそうかも、そんなものかもと思う)

というわけで母親に「子供の全責任を取れ」と迫るそういう「過酷な雰囲気?」に押されてしまい、つい母親としての自分の重い責任から逃げようとすることと
子供さんとの信頼関係を失うこと
ご自分にとってどちらが良いのかについては、よくよく考えた上で選択されたほうが良いのかもしれません。

「問題のある子」を精神科に連れていけば、母親としての責任回避も可能ですからね。
「あの子が(精神異常だから)仕方ないね・・母親のせいじゃないね」と誰もが納得するかもしれません。
「精神異常者の悩める母」「可哀そう」と世間の同情を集めることも可能ですね。

ただし子供さんとの信頼関係は崩れる可能性が高いですけどね。
またそれが遺伝性かどうかなどもしばしば問われることですね。
母方の●●がどうだったとか、父方の〇〇がヘンだったから、とか「責任のなすりつけ合い?」で、これまたドロドロの会話が展開しますよね
でもどこにでも、どの家系にもヘンな人は誰かしらいるのが普通ですからね
ネタはつきません

人にもよるので一概には言えませんが
きっとさんざん苦労させられた相性の悪い子供よりも
社会的立場や他の家族の方々との信頼関係のほうが大事な場合もあるかもしれません。
そして子供の方も、母親よりも誰か他の人のほうが大事かもしれません。

その辺はその方のホロスコープ次第、生き方次第ですし、相性などにもよることかもと思います。
私は西洋占星術師ですので、ご自分の家族問題等について私ができるのは、西洋占星術に基づくアドバイスだけです。

相性によっては子供のために自分から何もしないほうがいい場合も多いです。
(何かすることによってこじらせます)
私も日本ではひとりの母親だったので、母親の気持ちもよくわかります。
私も子供のためにいろいろしてあげて失敗したクチなので^^;
相性で「何もしないほうがいい相性」ならしないほうが絶対イイです。
良かれと思いしてあげてもろくなことにならないからです。
子供から迷惑がられるだけですからね(ハイ、実体験済みですよ~)

本来、子育てって、「子供を信じて見守る」だけで良いのかもしれません。
子供の問題は、子供自身で、子供が自分で解決するのが一番よくて
たぶん結局それしかないのかもしれません。


子供の立場の人は、自分で自分の問題を解決したほうがいいよ。
いつまでも親のせいにしてゴネてると、下手すりゃ病院送りよ
いつも人のせいにしている人は人間として醜いし、時間とエネルギーの無駄よ。
それだけのエネルギーと時間、もったいないので、自分が自分らしく生きるために向けたほうが絶対トクよ。

そして日本がどうにも合わない人は海外にとっとと出ましょう。
(「親=社会」よ。特に公務員的な仕事の親がどうにも合わない場合は日本社会には適応しづらい人の可能性が高いと思う。でも日本が合わない人は海外向けの適正あったりするもんなので。長所と短所は表裏一体)

語学は別に英語じゃなくてもいい。嫌いな言語は勉強が続かないうえに話していてイライラするから。
私も英語は嫌いだからこの年でやっとフランス語を一生懸命勉強し始めた。
遅いがやるしかないと思う。

どこに行くにも自分の足でテクテク歩いていくしかないのですね
生きていくための知識は、自分の頭に自分で入れるしかないのですね

私もさんざん親のせいにしてきたけど、疲れただけで何もイイこと無かったよ時間とエネルギーの無駄だったよ・・(実際やったことある人ならわかるでしょうけどね~^^;)

子供は「自分のことを理解して欲しい」「親にもっと変わってほしい」と思ってて。
親は「なんで親の気持ちがわからないのこの子は」「なんとかもっと良くならないもんかね」と思ってて。

お互い平行線です~
まるで線路の2本のレールのように。どこまでもどこまでもはるかかなたまで平行線

だから自分の問題を誰か他の人のせいにしてる人を見ると最近
「う~ん・・・他人の頭使って他人を動かして他人の足で歩いていく気なのかしらこの人・・・それかなり難しいよ
ほとんど不可能じゃない?そのほうがずっと難しくない?自分でやったほうがラクでカンタンなのに・・」などと思ってしまいますね・・
「できない」と思い込んでいるからできないだけだったりします。
制限をかけているのは自分だったりします。

そして周りの人、身近な人たちに「あえて相談しないこと」も実は大事かも。
(私の場合ですから誰にでも当てはまるかどうか知りませんから~)
なぜなら周りの人はあなたが「変わっていく」「冒険する」と不安なんです。
「変わらない」ことが好きで安心だからですね。
でもやるしかないのではないかなと私は思いますけどね。なぜならやらないと何も変わらないから。

今の居場所がイヤでどうしても我慢できないならとっとと出ていく。
スキルがないなら身につける。
自分で食ってく方法を見つける。(何が合うかは自分にしかわからない。やってみないとわからない部分は何にでもある)
解決方法って他に何かあるの?

「全部受け止めてそれなら何ができるか」だったら宝石紫P子の西洋占星術宝石紫で鑑定できます。
私はそういうのが得意だし、そういう人が好きです

あと周りの人間関係にしても相性見ると納得するよ。どうしようもない場合と何かできる場合とあるから何かできる場合はやればいいんじゃないの?
やっても無理なら諦めて次行きましょう(他に地球上に73億人も人間いるよ。いっぱいいるよ。やり方や場所を変えることでまた全然違ってくる。相性の悪い人間同士に拘ってお互い足を引っ張り続けるのはヘンだと思う)

人を動かすより、自分が動いたほうがずっとカンタン
やってるうちにいろんな方法が見つかるし、意外な新しい展開もあったりするから
人をあてにするのは、いっけん楽なようだけどそうでもない
人が自分のために何かしてくれるのをあてにするのは、実はとても効率が悪い。
相性が悪い場合はその人をあてにしたことで物事が悪化する場合さえあるから。
(まあ失敗の糧にもできるし次に生かせば別にいいんだけどね。失敗ってけっこうおもしろいから)

とにかく自分でやり始めないと何も始まらないのは確実でしょう。
「相談したい」とか「同じHSPの人の意見が聞いてみたい」方には「HSPカウンセラー」がお勧めかもです。
男性カウンセラーもいますよ^^
どなたにするかについては、相性にもよるのでご自分が「この人なら良さそう」「この人と話してみたい」とピンと来た方がオススメでしょう。何より自分で選んだわけなので納得できるでしょう。

私は西洋占星術からのアドバイスしかしませんできません。
西洋占星術って「たかが占い」と思われてるみたいだけど(私もそう思ってたから気持ちはわかる)
でも自分の悩み含めて自分のことがホロスコープに表れているのを実際に見るとすごく驚くと思うよ。あと解決方法もね。


昨日からコメント解放したらですね。

早速8件コメント頂きました。

うち7件は「とっても嬉しいコメント」だったんですよね。本当にありがとうございます
とても嬉しかったです。励みになります

でもとても腹立つお節介傲慢コメントも来ました。さっそく拒否登録しましたけど。
う~ん、他ブログに引っ越ししたほうがいいかなあ~。8分の1だからと思ってスルーして無視してやり過ごすスタンスのほうがいいのかなあ。

前、一時的に有料メルマガにしたことあるけど管理がめんどくさかったし書きにくかった。
この際amebaに引っ越してアメンバーだけ読めるようにするのもいいかも。でもamebaあんまり好きじゃないけどな。いろいろ考え中です。

でもなんでわざわざ人を怒らせるようなことをするのか?
それで前向きな人間関係が作れるとでも思っているのか?

日本では 「人を裁くこと」「人を批判すること」「偉そうに正論を言うこと」等がなぜか
「カッコイイこと」「優れていること」とでも捉えられている
みたいな気がしますが
それって大きな勘違いです。
人を批判し裁くことは、人間関係を破壊する、人間関係を悪くする、とても悪い行動
だと私は思います。

批判された人は、批判してきた人をほぼ嫌います。それが人間の感情としては自然な感情です。

だから海外ではそういうやり方は決してしません。

外国人は褒めるのが上手ですが、日本人が褒めるの下手過ぎなだけです。

いちいち他人のことあれこれ批判ばかりしている。これで人間関係良くなると思いますか?それで住みよい社会になりますか?気持ちいい生活が送れますか?
そして人から批判されないようにといつもいつも防御してる生活って楽しいですか?

日本では日本人同士が虐め合うように暗に「教育」されているのかもしれませんが
いちいち偉そうに他人にいろいろ言ってくる批判してくるタイプの方に向かって問いたいですが

つまりあなたもそれに「参加」するのですか?
いちいちお互いのことをいろいろ言ったり批判し合ったりして
日本をイジメ社会にするための運動に「参加」「加担」してるわけですよね?


自分のしてることの意味、わかってますか?

日本がイジメ社会なのは、一人ひとりがいつも誰かを批判しているような感じだからです。


だいたい人のことにいちいち首突っ込んで、その人に嫌われて、そして自分の世界をどんどん狭くして、それにいったい何のメリットがあるんですか?
考えてみたらけっこうかなり、損じゃないですか?

そんな行動が何か「カッコイイ」んですか?

また自分のことをあれこれやってたら、自分の人生のために行動してたら、人のことに首突っ込む暇なんてないはずです。
つまりそれだけ自分のことちゃんとやってない、やれてない人ってことですよね。

自分のことさえちゃんとやれていない人なんかに、人の事に口出す権利なんかあるんですか?

だいたい自分のことちゃんとやれてないから、人のことに口出したくなるんです。

自分は行動せずに、頑張って行動している人のことを離れたところから眺めて、アレコレ言ってるようなタイプの人たちが、日本にはとてもとても多いです。

そしてそういう人たちが多いので、日本がとても住みづらくなっています。

だから対人恐怖の人も多いです。

いちいち他人のしてることに目くじら立てて、いろいろ言ったり批判したりする人があまりにも多すぎるからです。

そんなことするより、もっと自分のことちゃんとやればいいのに。
自分の人生を生きればいいのに。


(外国人はみんな自分の幸せのために行動して忙しいよ。そんな他人なんて見てない。見る時は綺麗な人とか自分が見たい人だけを見る)

私も日本では人と接するのがとてもイヤでした。
だから日本に居た時は、対面鑑定もスカイプ鑑定もほとんどやっていません。

対面鑑定をするようになったのは台湾に引っ越す前後からだし、スカイプ鑑定をどんどんできるようになったのはイタリアに来てからです。

日本住んでたらまず絶対にやってないです。

いちいち人を批判し裁くタイプの人に聞きたいのですが
あなたは見知らぬ他人を批判できるほどの「ご立派な方」なのですか?

そんなことし合って、お互い批判しあって、お互い気持ちいい生活が送れると思いますか?

なんでわざわざそんなメリットのないアホなことをするのですか?
(イクシオンかな~?私はイクシオンとは縁があるもんなあ・・ふう


そんなこと外国では外国人は全然やってませんよ。日本だけですよ。イジメ社会なのは。日本がとても特殊です。

海外は「褒め」が人間関係の基本です。 

戦後の教育「日本人同士が仲悪くなるように。日本人が結束して行動しないように」的な教育がもしかしたら施されたのかもしれない。

なぜそんな人に嫌われるようなことをなぜわざわざやる?人に喜ばれることやれよ。

そういうの、何かカッコイイのか?? 勘違いもいい加減にして。

ぶっちゃけ、それいうのバカでとってもカッコ悪いと思う。
素敵なイタリアンマダムは、そんなことやってない。
やってんの日本人だけ(たぶん)

なぜわざわざ人を怒らせ、人に嫌われるようなことをするのか?それが親切だとでも思っているのか?

そんなコメントもらっても全然嬉しくない。

私は早速その人からのコメント受け付けないよう拒否しましたが、これで満足ですか?
もう、もしコメントしたい時があってもできないよ。
嫌われてわざわざ自分の世界を狭めることをするの?それは本当にメリットがあることなの?
でもそういうことになるようなことをしてきたのはその人自身だよ。

こういう人の事にいちいち首突っ込んで偉そうなこと言ってくるタイプの人が私は一番嫌いです。
私のやることがすべて(世間的・常識的に)正しいとも全然思っていません。
でも
「正論」なんて欲しくない。
そして「正しいこと」はその人によって違う。


そんなことさえも分かっていない人に偉そうに口出しされたくない。

それとも、わざわざそういうことするということは、日本人同士の関係を悪くしたい、日本をどんどん険悪な空気の国にしていきたい人なんですかね?

私はHSPの人にはそんなことをして欲しくないです。

HSPの方々は、賢い方々も多いと思います。また海外に適応できる能力がある人も多いです。(だからずっと日本に居ることもないと思います)

HSPの方々には
人の批判をして人の事に首突っ込んで人間関係を悪くするような馬鹿でメリットもないこと 等をするのはぜひやめてほしいです。

「教育の効果」が出やすいのは、実は非HSPです。

なぜなら「自分の頭で考えない」タイプが多いからです(そうじゃない非HSPもいるかもだけど自分の感覚や自分で考えることをHSPほどはしないし、社会を「何かヘンだ」とか疑ったりとかもあんまりしないみたいだし、なんだかすごく社会に順応しやすい感じ)

だから私を批判してくるのはほぼ非HSPだろうな~、と私は思っています。

傷ついた非HSPが一時的に「自分HSPかも?」と「勘違い」してることがけっこうあるみたいですね。
(そして成功してる非HSPの人はバリバリ働くタイプ多くて、ブログとかあんまり読まないみたいだしさ)

私は日本ではきつくてフラフラして働けなかったけど、非HSPの人は疲れた疲れたといいながらもなんとか働けてる人が多いよね。(当てはまらない人もいるかもだけど、何しろ個人差は山ほどあるんで)

なぜ人を怒らせることや人から嫌がられることをわざわざする?

人を喜ばせることをやれば?日本、ヘンだよ、全体的に。

もしあなたがHSPなら、ちゃんと自分の頭で、それがどういうことなのかをよく考えて下さい。

きっとわかるはずだと思います。


最近お問い合わせが多いんですけど、あなたの鑑定に私が着手できるのは多分数か月後。

なので、数か月後にはあなたの状況が今とは変化している可能性も高いですよね~。

だから「発送状況」をご覧になって連絡頂いたほうが合理的で良いんじゃないかな~と思います。

私は「仕事人」なので、お受けしたご依頼は相手からよほどイヤなことをされない限り、ちゃんと仕事はします。

私の開運行為は「仕事すること」です。

そういう意味では安心して頂いていいと思います。

開運行為が仕事なので、できるだけ好きな仕事をするようにしています。

なぜなら好きなことなら、1日中できるので、それだと1日中開運行為をしていることになるので、すごく開運するからです。

(ホロスコープの開運行為しないでブツブツ不満言ってる人って、本当にバカだと思うよぶっちゃけ。私から見ると「信じられないアホ」にしか見えない。やれば確実に開運するのにしないから、見てて不思議でしょうがない)

ただ最近ですね~、西洋占星術の仕事に飽きてきました(笑)

鑑定依頼が多過ぎるし、鑑定しても活かさず文句言う人が妙に多いので(そうじゃない人もいるけど)

で活かさず文句言う人ほど、貧乏だったり、病気がちだったりしてるので、もう本人が悪いんじゃないですか~ぶっちゃけ。

そんな人なんか相手してらんないですよ(笑)

「アホくさ・・」って感じ?
多くの人が、現在、不幸かもだけど、多くの人が不幸から脱出するよりも、現在の状況に耐えることを選びます。
耐えられるのはある意味「強いから」だと思います。
私は弱くて耐えられないので、そこから自分の足で、脱出してきただけです。
どちらが強いかというと、耐えるチカラがある人の方が、耐久力があってタフだと言えると思います。
私は耐久力がないので、脱出した。行動した。

多くの方々、皆さんは脱出しない。行動しない。
だから皆さん、私より強いってことですね(笑)
いいじゃないですか。強いんだから。
私はたぶんHSPの中でも耐久性は最弱レベル、感受性は最高レベルなのでしょう(笑)

だから「耐えられない」。だから、脱出し、行動した。

自分の「弱さ」を「行動力」に変えてきただけなのです。
つまり、私が行動力があるのは、弱くて耐久力がないことの裏返しなのです。(実際すぐ倒れます。大学も通えなくなり中退しています)

私のことを「強い」と言う人が多いですが、実際は、私は強いのではありません。
むしろ弱いから行動力があるのかもしれません。
弱さゆえの、耐久力の無さ故の、行動力だと感じています。

そう考えると日本人は、かなりタフなんじゃないですか??相当耐えますよね?そしてそれを「アタリマエ」としてますよね社会が。
耐久力がある人は、じゃあそれでいいんじゃないですか?(知らないけど)

それを「選ぶ」だけの耐久力や強さがあるってことですから。
私は無いから動いただけです。

だから本当に強いのは、「動かない人」のほうかもしれないと私は思っています。耐久力が抜群ですね。

強い人が行動的になれば、そりゃ成功するのは間違いないですよね(会社社長等はそういう人が多いですよね)
実際は相当強いのに、怖気づいて行動しない人がほとんどですけどね。
でも強くて耐久力があられるので、耐えられるだけ耐えるのも一つの方法ですよね。

実際、行動していくうえでは危険な目に遭うこともありますからね~。
なんやかんや行っても、耐久力あるから耐えられるし、「安全策を選んでる」ってことですよね。
だからそれはそれでいいんじゃないでしょうか。

生物は「生きる」のが目的です。
「より生存に適した」「生き残る可能性が高い」方法を人は選びます。
でも私は行動しないと、脱出しないと生きていけない、生き残っていけない、病気になって倒れてしまうから、その前に考えて行動しているだけです。

ただそれだけのことです。

自分で「選べば」いいと思います。お好きな方をどちらでも。

このブログを書き始めてから、時折感じていたことですが

読者の方々の感想やコメントが、なんだか2つの方向にパッキリ分かれるような傾向があるみたいだなあ~とずっと感じていました。

「繊細過ぎる自分の感覚がおかしいのだろうか」「なんか周りの人の神経とはちょっと違う気がする」とか「こんなこと人に言えないし上手く説明できないし・・」などと人知れず悩んでいて「HSP」のことを知り
「なんだそうだったのか、別に自分の感覚がおかしいとかじゃなくて、HSPだからだったんだ良かった~別に病気でもないし異常でもないし、自然で普通のことなんだ」みたいにとても喜んでくださる方、つまり

「自分の感覚・感性などを受け止めてそしてそれを大事に考える人たち」
「どちらかと言えば自己肯定感を持っている人たち」
「どちらかと言えば論理より感覚重視。感覚派」
そして「人と群れる気がそれほどあんまり強めではなさそうかもな人たち」

は、だいたい「HSPのこと知ってホッとした~」とおっしゃって下さる人たちが多い気がしますね~。

そして私はどちらかと言えばこのタイプに入るかもなので、自然にそういう人たちに向けてブログを書いてきたわけですね。

でも、まったくその反対で、「HSPと知りたくなかった」となぜかHSPのことを「とても否定的」に捉えていらっしゃるような?方々がいらっしゃって。

そういう方々の存在については、私は実はずっと不思議に感じていました。

HSPのことを「なんだか否定的」に捉える人って、つまり「HSP診断」をして「・・自分HSPかも~、やだどうしよう」みたいな?
つまり自分自身のことを自分で「HSPかも・・」と認めているのにも関わらず、自分の性質を否定している、ということになりますよね。これだとたぶんかなりジレンマ?みたいなのに陥りそうですね。(なんか大変そうですよね)

まあブログは読もうと思えば誰でも読めますからね。(でも時間割いて自分の目とPCやスマホ使って自分の意思で読むわけですよね。別に読みたくなけりゃ読まなければいいのにとも思うんですけど笑)

「自分の感受性」ってそれ「自分の中にあるもの」ですよね。
だからこれって「自分の感受性をイケナイものとして否定」しているわけで。 
つまり「自分の中身を否定、自己否定」をしているわけですよね。

自己否定って「自分ダメだ」みたいなことをいつもいつも自分に言い聞かせているわけですよね。
でもまあそれだとだいたい病気になってしまいますよね。
自分で毎日毎日自分に毒を振りかけてるみたいなもんなので。

そういう方々はどちらかというと

「感覚・感性よりも、論理的に考えるのが大事だ重要だと思ってる人たち」
「なんか自己否定感、強めっぽい感じの人」
「どちらかと言えば感覚より論理重視・論理派」
あと「人と群れていたい、人と一緒に居たいという思いが強めの人たち」ですかね~。

けっこうザックリですけど、分けるとこんな感じですかね~。

あと「自分がHSPと知ってホッとしたけど、それはそれで、できれば大勢の人の間にいたい。寂しいから」と思う人もいれば(私はこれかもしれないと思うこともある。ただその場とメンバー次第。相性悪い場や相性悪い人とわざわざ関わるのもキツイしお互いのためにもどうかと思うし)

他には「HSPと知りたくなかった(自己否定感が強め)」人で、「人と群れていたくない(孤独が好き・一人が好き)」な人たちも多分いらっしゃると思うんですよね。

「別に区別したくない」と思う方は、それはそれでイイとも思うし。その辺はもうその人それぞれでいいんじゃないかと思います。

日本は何かと理由をつけて「違う」人を排除し「できるだけ均一化しよう」とするチカラが働くところ。
私は日本のそういう所が、子供の頃からどうにも違和感感じてしまいどうにも好きになれない所で、それで結局海外に住んでますが
(日本にもイイところたくさんあるとは思うけどそういう所がどうしても私には納得できないしガマンできない)

でも、日本から出ない人、出られない人、日本に居たい人などは、日本のそういう部分にも、合わせる所は合わせて、なんとか適応していくしかないのかもしれませんよね・・。(現実的には多かれ少なかれそうなりますよね)

私もまあ一応やってはみたけど、そういうのがもう心底イヤになってしまったクチですけどね。

でも海外が合う人、合わない人、日本が合う人、合わない人もいて。その辺は人それぞれだろうと思うし。

そしてそれが「日本の現実」ならば、「排除されないよう」気をつけよう、と思う人が居ても全然不思議ではありません。
「排除されないようにできるだけ自分も周りと同じ感じの人になりたい」とか「万が一、排除される側になるかもな危険性をできうる限り減らしたい」みたいな気持ちが強い人もいると思うんです。

日本って社会全体が「軍隊」や「学校」に似ているような・・気がすることがありますが
まあ「兵隊さんみたいな人」を作るにはいい所かもしれませんよね。(日本は国自体というか土台が「非HSP向き」の国だと思うよ)

ヨーロッパなど「文化・芸術」に価値を置きとても大事にするところと
それよりも「労働力としてのヒト」とか「勤勉さ」を大事にするところがあるということなんでしょうね。

人はそれぞれ向かう所が違うので、その辺はそれぞれでいいんじゃないかな~と思うんですけど

・・ただね。

人って、何か「共通項」がない限り、なかなかお互い知り合うきっかけもないんですよね・・。

例えば何か「共通の趣味」とか「共通の場所」とか何でもいいんですが「何か共通のもの」がないと人は集まることがなかなかできないのもまた事実です。

だから HSPって単なる「共通項」 だと思うんですよね。

私は、「自分がHSPであることを大事に、自分の感性を大事にしながら(それゆえ時に痛みも抱えながら)、自分らしく人生を生き、できるだけ楽しく生きていきたい」みたいなこと考えている人間なんだなあ・・という事を最近自覚しました。

ですから、このブログもそういう人に向けて書いているわけですよねたぶん。(そこまでハッキリ自覚してなかったけど)

だからHSP的な感性を「そんな感性いらない」とか「非HSPみたいにもっとタフで神経太くなりたい」とか、非HSP的というか、どこか「戦士」みたいな?そういうの目指している思っている願っている人とはたぶん
「見ているものが違う」「目に映っている世界が全然違う」「目指している方向が全然違う」とか多分そういうことなんだろうなあ・・と思います。

なぜなら、私が目指すところはたぶん「自分らしくなること」であって、自分にないものや、自分では無いかもな人になりたいとか、そんな所目指したいとは、全く思わないからです。

自分が自分らしくならなくて、いったい誰になると言うの?って感じで、そういうのなんだかすごく不思議だし
「(自分ではなく)他の人のようになれ」なんて強制されるのは何より私はイヤなことです。

そういうのってなんだかほとんど「自分がものすごくバカにされているような」・・気さえします。(しませんか?)

ある「価値観」のもとに「こういう人になれ」と別になりたくもないタイプの人になれと押し付けられるのって、(私は)非常に屈辱的だと感じます。

そして自己否定というのはつまり、自分以外の誰かを目指そうとしていることとほとんど同じで。

自分以外の誰かになろうとしているので、そんなの最初からめっちゃムリがあるし苦しいのも当然だと思うんですよね・・。


・・ただね、毎日、いろんな方々のホロスコープを見ていると・・。

「所属先」や大勢の人たちの中に「所属すること」が、普通一般の人たち以上に、非常に大事になってくる人たち、「自分を殺しても皆と力を合わせて何かを作り上げていく」ことが大事になる人、そういうものに向かったほうが良い人もいるんだなあ・・と言うことにも気づくんですよね・・。

私から見るとそれは「大勢の中の一人としての自分」であって時に「使い捨ての駒」「大きなものの中のひとつの部品」みたいになる可能性もあることなので、私はそういううちの一人になりたいとは全然思いませんが、
でも「大勢のちからをまとめることで大きなことができる」のもまた事実ですし、そこに喜びを感じる人たちもいると思うんです。

ですからそういう人たちは「自分を多少殺してでも、どこかに所属する必要がある」「所属先で何かをやって行く必要がある」人たちなんですよね・・たぶん。

となると「自分をHSPという枠のようなもので囲われてしまっては困る」「(自分は所属先と同じタイプですよ、所属先の色に染まります、ってことにしなきゃいけないので(摩擦を少なくするために一応ね)そして世の中、人間は非HSPの方が大多数なので、HSPとなると所属先に所属しにくくなることももしかしたらあるかもしれない・・」などなどなんかそういう類の恐れ?みたいなものをどっか頭の隅で思ってしまっているからこそなんだろうなあ・・と思います。

日本は、他の国と比べても「みなと同じ」にすることが異常に強く求められるところで、一種、国全体が「学校」か「軍隊」みたいですが、きっと戦後、「日本人は軍隊としては非常に優秀だったから、じゃあそっち方面で有効利用しようか」的な教育が施されていて、それが戦後の「モーレツ社員」や「企業戦士」で、そしてその名残がまだ残っていて。だから日本は大変だしシンドイのかも・・と思ったりします。

そしてさらに言えば、国が「教育したい」のは「団体としてチカラを発揮する非HSPのほう」であってHSPタイプではないだろうと思いますよ。
(HSPの多くは学校がニガテな人が多いみたいだけど、もともと学校とはHSP対象ではなく非HSP対象で作られているところかも。最初っからHSPタイプは対象外かも。だからこそ例えば「繊細なのは良くないこと。タフなのが良いこと」だからこそ「虐められる方が悪い」などという考え方が出てくるわけですね。
学校が合わないタイプ等に対する根本的な対策とか方法は何も用意されていないですからね。でも「ああ、もともと対象外だったんだね」と考えるとよく納得できますね。特に公立はそうですよね、国が経営してるわけなので自然にそうなるでしょう。

だからHSPがもし学校行くなら個人の特徴を延ばしやすそうなものがある私立か、芸術系か、あと海外のほうがHSP向きなので外国語学科とかがオススメかもですね。
とにかくHSP度が強い人ほど自分で好きなことを見つけてそっち方面をさっさと勉強したほうがたぶん良いかもと思うよ。もちろん人にもよるからこれがイイとか断言とかそういうの全然できないししたくもないけど)


あと、ホロスコープ見てると、「他人とできるだけ同化する・溶けあう・所属先であえて自分の意思を殺す」みたいなことが非常に重要になってくる人たちも実際けっこういらっしゃいます。(例えば蠍座や8室が強い人たち)

そして私の周りには、蠍座や8室が強い人たちが実は妙に多いんですよね・・。まあそういう人と縁ができやすい配置もちでもありますけどね・・。

そのような人たちと関わるにつけ、私自身は、「HSPであることを大事にして楽しみたい人たち」をきっとメインの対象にしていった方がいいんだろうなあ・・と最近思い始めました。(というか最初から対象はそこなんですけど)

でないと「HSPらしい良さを生かしたくない人たち」逆に「そういうのを封じ込めたいかもな人たち」にいろいろ考えたことを発信したり教えてあげたりしても、たぶんあんまり意味がないかも、とも思うからです。

ただ日本ではなんだかやたらとあまりにも曖昧でハッキリしないことが多過ぎて、ホンネと建前が乖離していることがとても多いところで、なんだかよくわからなくなったり混乱しやすかったので、
私は「いったん分けて考えて、頭の中で整理してスッキリして、そしてまた元に戻す」みたいな考え方が結構好きみたいなので、こういうこと書いてるのかもしれませんけど。


つまりHSPであることを「肯定」して「それならどう自分らしく生きていくか」と考える人と

「そんなの分けんでいい」と思い、自分を多少は殺してもとにかく「集団とうまくやって行きたい」と思う人とがいるってことですよね多分。

HSPであることを「肯定」して「それならどう自分らしく生きるか」と考える人と

どこか「否定」して「非HSP集団とうまくやって行きたい」と思う人ですね。

でもまあ、どっちもアリだしどっちも必要だと思うんです。

それは、ただその人の「生き方」が違うというだけのことで、どっちが正しいとかどっちが正しくないとかそういうことではないはずなので。

でもなぜかそこが議論されてしまうことがあるような・・気がしますが、そこを議論すると何だかおかしなことになると思うんです。

「相手の存在自体を否定」するような議論は、ほとんどケンカと同じですからね・・。

生き方、みたいなことについては、その人がどれでもできる範囲で自由に選んでいいことで、その人の勝手ですよね、ぶっちゃけ。

だから「どっちが良くてどっちがダメ」とか言うのは、なんだかちょっと違うんじゃないの?と思うのです。

一番大事なことは、それぞれが「自分らしい」方向に行くこと。それが一番大事なことだと思います。

なぜなら、それがその人にとってラクでイキイキ元気に生きていけるからです。


そして私は「HSPであることを知って安心した人」や「HSPであることを楽しみたい人」「自分の感性を大事にしたい人」などを、主な対象にしていたんだな~と言うことも、再確認しました。

「自己否定」みたいなものは、世の中で一番苦しいことのひとつだし、私はそこまでしてまで、どこかに所属したい、そこまでしてまで人と深入りしたいなどとは思わないタイプだからでしょうね。

基本的に「無理せず、自分らしく自然にしていたい」と思うタイプです。

でもそれはその人ぞれぞれでいいんではないでしょうか。

また「HSPであること」に別にそれほどこだわる必要もないかもと思います。

そこに妙に強くこだわってしまう人やジレンマを感じる人というのは、きっと自分の中にまだ何か解決していない問題、自分を納得させられない何かを抱えている人なのかもしれません。


その辺は人それぞれだと思うのですが

でもHSPということを知ってホッとした人もいると思うし

HSPという「共通項」がなかったら、知り合えなかった人たちもきっといるはずなのです。

そして実際、話してみてなんか話が合うのは、話して楽しいのはHSP同士だな、と言うこともまた事実です。(私の経験ではそうです)

それに別に非HSPを否定しているわけでもなくて。ただ「困らされることがけっこう多い」と言うだけのことで。(相手も困ってるのかもしれないけれど^^;)

私は非HSP家族に囲まれて生きてきたのですが、その中で、とにかく考えや話しがどうにも通じないな~と痛感したことと、非HSPの価値観で生きるとHSPはツライかもという事を書いてきただけのことですね。

それに非HSPには「チカラ」や「強さ」にやたらこだわる人がいることも事実で、なんだかやたら偉そうにしてるタイプの上から目線タイプの非HSPの人なんかはもちろん私は大嫌いですが、でもそうじゃない人ももちろんいますよね。

実際私には非HSPの友人も多いですが、HSPの私から見ると、非HSPってなんだか「単細胞」「原始人」ぽく見えて「めっちゃ面白い~」と感じることも多いです(ヒドイ)

だから私には非HSPの友人も多いです。見てて面白いし、一緒に居て楽しいけれど、ただマジメな話はほとんどできませんけどね・・

そういうの話すと向こうからもだいたい「・・どう返事したらいいのか」などと良く言われますね

非HSPからするとHSPの話していることは、妙に哲学的?っぽくて話が面白くないらしいですよ笑

やはり非HSPの人たちは、何かが「異質」だなあ・・と私は良く感じます。やはりHSPの人とは何かが根本的に違うな、と感じます。(多分向こうもそう感じていると思うけどね)

そして非HSPの子供と、HSPの子供と両方育ててみて「生まれつきの素質が全然違うんだな」という事も感じました。「持って生まれたものです」というのは本当ですね。

そしてHSPと非HSPが一緒に居た場合、どうしても割を食うのはHSP側でしょうね・・。

違いに関しても、台湾は親日国のうえ、「日本人だから違うんだろう」と思ってくれる人が多いように感じます。
そして台湾では(台湾だけでなく海外はそういう所が多いらしいけど)「人はひとりひとり違うのが当然」みたいに考える社会でもあるので、ラクですね。
その辺が多分日本とは全然違う所ですね。

あと、HSP、非HSPに限らず、「自分の感覚・感性を重視する生き方」のほうが、「本当の意味で個人が強くなる」(もちろん健康にもなる)と私は思います。

そして非HSPはそれを「自然にやれている」人たちかもと思います。自分自身の「ホンネ」には忠実な人たちが妙に多いですよね・・。
さすがに強さにこだわりがある人たち、どこか「軍隊・兵士ぽい人たち」だけはあります。
そしてHSPにとって非HSPが時に非常に身勝手でワガママに見えるのはソコなんだろうなあ・・と思います。


それから「論理的」ということが日本ではとても大事にされていますが、いわゆる「論理的な思考」には限界があるし、どこかでちょっと間違っただけで、組み立てたものがガラガラと崩れてしまうような脆さがあります。

だから「論理的」な人はいつも「論理武装してる人」みたいな感じ?を受けます。
「なんか一生懸命、武装してるぽいな~」と感じることがよくあります。

でも一方、感覚・感性には限界などありません。そして破たんすることもありません。
いっけん信用できないようでいて、実は一番信頼できるのが、感覚・感性かもと思います。

周りの人を見ていても、自分の感性・感覚で生きている人の方が、なんだか元気で明るいですよね。
(ちなみに台湾人が明るくて強い人が多いのは、自分の感覚・感性にとても忠実だからだと思う)

そして日本人に多いですが、「論理的な人」というのは、一見とても強そうに見えますが、実際はなんだか根っこがグラついている・・ことが多いですよね。何とも言えない不安定さや脆さ、危うさみたいなものを感じてしまいます。

そしてもしできるだけ幸せに近づこうと思うのならば、まず、自分のホンネや自分の感覚・感性に忠実になることがとても大事で、

そしてその基礎の上に「論理」を組み立てて考えていくほうが、「結局、強い」と私は思います。

なぜなら自分の感覚・ホンネに忠実になると、自分自身に破たんがなく、自分が崩れることがなくなるからです。

自分の「基礎」がしっかりしてくる感じです。

自分の「感性」を土台にして、その上に論理的な思考を組み立てていく場合は、とてもシッカリしたものができあがりますが

その逆、自分の「感性」を否定して、その上に論理的な思考を組み立ててしまうと、なんだか歪んでいびつな、なんだかヘンテコなもの、壊れやすく脆い物しかできないように思います。

「論理的に考えること」をとても重視される教育を受けてきたかもと思いますが、「論理的思考」は絶対ではないし、世の中や自然・宇宙のすべてを論理的に考えるなんてできないことだし、そんなの非常に「だいそれたこと」かもと思います。

ただ世の中や自然や宇宙のごく一部が論理的に考えることができる部分がある、というだけのことにしか過ぎませんよね・・

「論理的」なことがそれほど大事か?と私は良く思います。

「論理的思考」というのはなんだか「高層建築」みたいなものだなあ・・と思うことがあります。

設計や基礎がちゃんとしっかりしてないと、そして途中に手抜き工事やミスがあると、脆くも倒れてしまうもの、ということで似てるなあ・・と思います。どこにもスキがあってはいけないのですね。だから大変だし、ある意味脆いです。

そして人間の思考はいつもどこか完ぺきではありません。


学校も周りの家族も、だあれもそんなこと、マジメに教えてはくれなかったけれど

「まず自分の感覚に正直に生きる」ことは、生きていくうえで、多分最も大事なことのうちのひとつで、

それが「基礎になる」と私は思います。


台湾での息子の「不登校バカンス」が終わりました。

当初は台湾滞在は2週間のはずでしたが、な~んと延びに延び、5か月間に延びてしまったという。
(始めのうちは息子が「まだここに居たい」と言うので仕方なく居させてあげてた状態だったけど)

台湾に来てすぐに父親に退学届も出されちゃって私はビックリしましたが、息子はほとんど全然気にせず毎日楽しく遊び、私の仕事の手伝いもしていました。

(気にしないのがほんとスゴイと思う・・私だったら親に学校やめさせられたらかなり気になると思う・・この辺が自分の息子ながら不思議なトコ)

その後、帰りの飛行機を何度も延期。6月末にも帰るはずだったのですが、それも結局延期。

途中で日本に一時帰国しましたが、結局全部で約5か月間の台湾滞在でした。

最近では「ええ~帰らないでよ~」と私が息子を引き留めてしまっていました。

(学校も退学になったなら別に日本に帰る必要もないかもだし台湾で仕事しながら一緒に暮らすのもいいんじゃないかと)

というわけで息子は台湾でしばらく「不登校バカンス in 台湾」(勝手に命名)
を送っていたのでした。 

不登校の割にけっこう楽しい生活?(本人はツライことも多かったらしいけど)を過ごし、満喫したので、もう日本に帰りたいそうです。

「ここじゃあ、やることが限られてしまう」と息子。

・・確かに台湾では中国語できない息子はバイトもできないし(外国人の就労についてはどこの国も厳しいしね)、ここには息子の通える高校もないしなあ・・・。

結局台湾居ても、別にどこに出かけるでもなく、二人でただ仕事仕事の毎日でした。

別に観光で遊びに来てるわけじゃないからこれでいいのかもしれないけど。

これから息子は日本に帰国した後、通信教育で高校卒業の資格と英語学んで、日本でバイトしながら

自分で稼いだバイト代で小さな猫可物件のアパート借りて、大好きな猫たちと幸せに暮らすという計画なんだそうです。

「家にいるのが大好き」な息子。「ネコが大好き」な息子。

(私から見ると「フツーの猫」にしか見えない猫を「世界一の美猫」と褒めたたえている息子。マジで本気で言ってるところがまたスゴイと思うが

息子にとっての「幸せの形」ってそういうものなんだなあ・・・と思いました。

でも「幸せ」って「自分で感じる」もの、「自分の幸せは自分でしか感じられないもの」なので、本人が幸せなら、それが一番なのでしょう・・。


息子は不登校だったのに、妙にプライベートも充実していて・・。

友人関係も多く、実際なかなか「隅に置けないヤツ」だったのでした。(そこんとこちょっとムッとするけどね・・)

日本にもウキウキしながら帰っていきました(帰国したらすぐ、友達とゲーセン行く約束があるらしいです)

うーん・・なんでこんなに幸せそうなんだろう・・

不登校児って、こんなに明るいもんだっけ???

不登校で父親に高校退学させられた人の人生って、こんなに明るいもんなの???

息子を見ていると「あまりに規格外」過ぎるような気がして、妙に驚かされることが多いのですが

「・・コイツ、もしかして『人生の達人』なんでは・・」などと思うこともあります。


今年はソーラーリターンチャートでは、息子はICヘッドリリス合。

今年の誕生日過ぎてからの息子は「いつもとはなんか違う」「妙に反抗的だな」と感じてたけど、この配置ならまあそうよね・・と納得。

「自分のホンネで動く年回り」のようで、私の言うことも聞かないし、自分のやりたいようにやりたいみたいですが

息子のソーラーリターンチャートを見て私も「わかった。やりたいようにやりなよ。もう引き留めないよ」。

現実とチャートが一致しているのを見ると、私も「これは認めたほうがいい」「認めるしかない」と自然と思えるので、西洋占星術はそういう意味で、「認めて割り切ることができるようになる」という点で、私にとっては必須です。

子育てって、迷いが多いです。人ひとりを「作り上げていく」作業に近いので、当たり前なのかもしれませんが・・。

西洋占星術を知らなかったら、ただ思考がぐるぐる堂々巡りするばかり、いろいろ考えるばかりでたぶんなかなか動けなかったかもしれません。

自分のことに関しても、子供のことに関しても、いつまでもウジウジするばかりで、きっとこれほどいろいろなことを整理して考えられなかったし、気持ちを割り切って考えていくことも多分できなかったかもしれないと思います。

息子の今年のソーラーリターンチャートもなかなか特色あるけど、
今年の私のソーラーリターンチャートでは、4室土星。

4室土星と言えば、「家庭で苦労する」配置の典型ですね。

ICリリス合なんて息子が家にいると、私が苦労するのは目に見えています・・。

「そうか・・じゃあママ、この土星を『孤独』で使うわ。もう引き留めんわ。あ~た日本帰んなよ!(アッサリ)」

というわけで、親子の意見がやっと一致したのでした。

子供のことでは迷うことが多いけれど
息子の言葉だけではちょっと納得できないけど、
チャートが現実と一致してると
「・・ああこりゃもう仕方ないな」と思えて割り切れるものです。

西洋占星術のおかげでなんとか自分の気持ちの落としどころも見つかって、丸く収まって、とりあえずメデタシメデダシなのかもね。

宝石紫P子の西洋占星術宝石紫 

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今ちょうど新月ですが、新月はだいたいいつも失礼なお問い合わせや、何か変なことしてくる人たちが妙に多くなるイヤ~な時期。

日本の接客業の皆さま方、お疲れ様です。(大変ですよね・・

私は新月時期は、基本的にネットショップをお休みしていますが、「ああ今回もまた来たか」という感じです。

もう新月の間だけ、ネットショップを完全閉店にして、お問い合わせを受け付けないことに変えようかなあとさえ考え始めました。

今回のお問い合わせ内容は、(ご本人は自覚がないのかもしれませんが)大変に失礼な内容でした。

ご本人に自覚がたぶんないだけに本当にやり切れませんね・・


でも、お問い合わせ返信して下さった白石さん、アッパレです。

こんな失礼なメールに、キッチリまじめにきちんと返信するところがスゴイわ・・

でも白石さん「悔しい」と涙声でした。可哀想でした・・

日本は本当に失礼なことを言う、考えの足りない人たちが多い所だと思います。

(それも客の立場だと特にね。この部分は特に日本の異常なところ)

そして人と人との摩擦が絶えないところでもあります。とても残念です。

相手にどういう口の利き方をすればいいかを、学校等でも家庭でもほとんど教育できていません。

テレビやメディアではケンカや悪口の言い方ばかり教えていて、人とうまくやっていくための話し方や

人の中で自分を殺さず、自分の意見は言い、相手の意見も聞き、

その中でうまく妥協案を見つけるとか、ホンネを話しながら仲良くなっていくとか、そういうコミュニケーションの仕方は教えていません。

相手に何を言って良くて、何を言ったらいけないのかを知らない人たちもいます。



以下、白石さんが書いてくれたお問い合わせ返信です。

せっかく白石さんががんばってお問い合わせ返信してくれたので、ここに掲載したいと思います。

★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★

【お問い合わせ内容】

2015年6月16日 08:21

はじめまして。
神戸に住んでいる○○と申します。

HSPだと自覚はしていて、関西オフ会などはないのかなぁと思っていたところ、
このようなサイトを見つけました。

7月28日の宝塚お茶会に参加してみたいのですが、
HSP会員登録?というものもあるみたいで気になっています。
一体どれくらいの方が参加しているのか…
料金もあるので、怪しくないか不安です。

お返事いただけたら幸いです。
よろしくお願いします。


2015年6月16日 10:37

はじめまして。
先ほど、宝塚でのHSPの会を申込もうとしていた○○ですが、2012年でしたね(^^;
すみません。

HSPの会の紹介文を拝見いたしました。
HSPの方との関わりを持ちたいと強く思っているのですが、会員登録したら何かが届くのでしょうか?

また、こんなサイトは初めてなので
なぜ会員料金がいるなのか?怪しいサイトなのか?どんな人がいるのかなど不安です(^^;

お返事お待ちしておりますm(__)m






【件名】

○○様 お問い合わせありがとうございます。 HSPネットショップ



【本文】


○○様

お問い合わせありがとうございます。

HSPネットショップ 店長の白石です。

>はじめまして。
>先ほど、宝塚でのHSPの会を申込もうとしていたゆうですが、2012年でしたね(^^;
>すみません。

そうですね、主催者のP子さんがまだ宝塚市にいらっしゃった頃、3年前の話ですね。
 現在は移住されて、HSPの息子さんのKeiさんと台湾にお住まいです。
○○様はそのことはご存じではないのですか?

HSP会員登録について、不安感があられるとのことですが
主催者のブログはお読みいただけましたか?

ご不安ならば、まず主催者のブログをご覧ください。
 読まれた上で、ご賛同いただけた方だけにご入会いただくのが当方としても一番良いと考えております。

HSP「超高感度人間」「高度に感受性の高い人」Highly Sensitive Person P子のブログ
 テーマ「HSPって何?」記事一覧
http://blog.livedoor.jp/hsp_ko/archives/cat_10048399.html

>HSPの会の紹介文を拝見いたしました。
>HSPの方との関わりを持ちたいと強く思っているのですが、会員登録したら何かが届くのでしょうか?

 会員登録の商品ページに書かれているとおりですが、お読みになられましたか?

なお、3年くらい前、まだP子さんが日本にいらっしゃった頃は
P子さんが会員証を印刷され、会員さん一人一人に会員証を発送されていらっしゃいましたが
現在は台湾にお住まいなので、現在は発送されていらっしゃいません。
ですから現在、入会後に届くものは特にございません。


>また、こんなサイトは初めてなので

 ネットで検索して見られますと知ることもできるかと思いますが
約10年ほど前に、他のHSPの集まりがあったようですが、現在は解散しています。

HSPの方たちにも、本当にいろんな方々がいらっしゃいます。
単に感受性の強弱ですし、HSPか、非HSPか、という大きなくくりなので当然かと思います。

また参加者の方たちによっては、会が続かなくなったり
主催者が続けることをあきらめてしまうことなどもあるようです。
特にHSS(刺激を欲しがる人)の中でも、たぶんごく一部の方々とは思いますが、会を乱すこともあるようですが
主催者のP子さんがHSSではなく、非HSSでいらっしゃるので
HSSで、会を乱すような過激な行動をされる方々とは雰囲気や求めるものが全く違いますので
HSSで何か変わったことがお好きな方々、強い刺激を求める方々につきましては、結果的に自然と退会されることもあるようです。


>なぜ会員料金がいるなのか?

ネットショップを維持していったり、HSPの活動をしていくうえで、必要経費が発生するためです。
息子のKeiさんは、「HSPバーチャルカフェ」を毎週土曜日に開催されていますが、
いろいろなHSPの活動を維持するためには諸費用がかかります。

当方は有料でキチンと運営しております。
また有料にすることで末長く運営を継続することも可能になってきます。

もし○○様が無料のところをお探しならば、そちらにされてはいかがでしょうか。


> 怪しいサイトなのか?どんな人がいるのかなど不安です(^^;

それは主催者のP子さん、及びHSP会員登録された参加者の皆様方に対して、大変失礼な発言だということについては
○○様はご自覚あられますでしょうか?

もし○○様が何かの集まりを開催していたりサイトを持っていて、お問い合わせで
「ここは怪しいサイトなのか?」とか「どんな人がいるのか?」とかいきなり尋ねられたら
○○様はどう感じられますか?

HSPと言っても素敵な方からそうでない方まで、本当にいろんな方がいらっしゃいます。
それはその人によります。個人によって全然違います。

○○様もHSPでいらっしゃるということで、つまり、そのうちのおひとりだということです。


なお、日本ではあまり知られていないようですが「契約自由の原則」と言うのがございますが
○○様はご存知でしょうか。


◆「契約自由の原則」を知らない人が多い。「お客様は神様です」的な対応をしているのは、そして世の中のほとんどの人がそれを「当然」と思っているのは、たぶん日本だけ
http://blog.livedoor.jp/hsp_ko/archives/51955318.html

つまり当方で○○様がご入会されるのをお断りすることもできるのです。

また入会後も、会の中で迷惑行為をされたり、ルールを乱す方々については
会の維持のため、当方で退会のお願いをしたり等のことももちろん致しております。


主催者のP子さんのブログには、
HSPネットショップの立ち上げの際の主催者の気持ち等もおわかりになるかと思います。
立ち上げは2012年5月ごろです。

検索もできますので、その頃の記事を読まれてから入会をお決めになられたらいかがでしょうか。

またP子さんは非常にたくさんのいろいろな記事を書かれていらっしゃいます。

ライブドアブログのメンタルヘルスの人気ブログの10位以内に常時ランクインしております。
P子さんの記事は多くのHSPの方々から支持を得ています。

記事の数はけっこう膨大な量があります。

ですから、文を読むことがあまりお好きではない方の場合や、HSPと知ったばかりの方には
テーマ「HSPって何?」の最初のほうから読まれるのが一番オススメです。

HSP「超高感度人間」「高度に感受性の高い人」Highly Sensitive Person P子のブログ

◆テーマ「HSPって何?」記事一覧
http://blog.livedoor.jp/hsp_ko/archives/cat_10048399.html


○○様のお問い合わせではご不安なご様子が伝わってきますが
今それほどご不安なのでしたら、今はまだ入られる時期ではないのかもしれません。

○○様が主催者の意図にご賛同され、入りたいと思う気持ちになられましたら、お入りくださるのが一番かと思います。

その時をお待ちしております。

それではどうぞよろしくお願い申し上げます。


ご連絡・お問い合わせは以下「お問い合わせフォーム」よりお願い申し上げます。
SSL通信で安全です。
なおメール・お電話等のご連絡・お問い合わせはお受けしておりませんのでご了承下さい。

▼ご連絡・お問い合わせはこちらからどうぞ▼
お問い合わせフォーム https://hspko.ocnk.net/contact


*********************************
HSPネットショップ   
店長:白石
PC http://hspko.ocnk.net/
携帯 http://hspko.ocnk.net/mobile/
スマホ http://hspko.ocnk.net/phone/
*********************************



★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★

P子ですが、涙ぐみながらもきちんとしっかり働いてくれる白石さんが健気で可哀想で、黙っているわけにもいかないなあと思いました。

また、もめごとを起こすような人に入ってもらっても困りますからね。

白石さんに今後店長をしてもらえなくなっても困るし
考えなしの発言をする人が入会して他の人を傷つけたり会の内容が荒れてしまっても困ります。

単に考えなしの人だったからということは理由にはなりません。
「知らなかった」「そこまで考えてなかった」
だからといって相手を傷つけていいという理由には全然なりません。

そこで白石さんが考えてくれたメールをもとに、HSP会員登録の内容について、二人でいろいろ加筆修正を行いました。
(引っ越し後で今忙しくて溜まってる仕事もたくさんあって忙しいのに余計な仕事増やしてくれてホント腹立つわ


また、年会費についても考え直しました。
日本は世界の先進国で最も男女平等からは遠い国だからです。
当方は女性の経営するネットショップで、母子家庭で、日本の男女間格差についてはいろんな面で本当に実感してきたので、HSP会員登録につきましては、思い切って女性料金をお安くすることにしました。

◆年会費 
男性  1年分 5,000円(ひと月あたり400円程度)
女性   1年分 3,000円(ひと月あたり250円程度)

(日本は先進国でワースト2位の男女賃金格差がある国です。
日本の男女平等はほとんど「建前だけ」の男女平等で、日本は今もバリバリの男性社会。全然男女平等などではありません。
海外で生活して比較してみればよくわかることかと思います。
日本は男女の賃金格差も先進国で最も大きい国です。ですからHSP会員登録では女性料金を優遇します。)

男女の賃金格差、日本ワースト2位 http://newsphere.jp/economy/20140610-7/


HSPネットショップやHSP会員登録を長く存続させていくためにも、白石さんや息子に運営してもらうためにも
今後も、HSP会員登録の会員さんを絞っていくようなことを、私はどんどんしていきます。

なぜなら、そういう意味では日本はほとんど「無法地帯」だからです。

<関連記事>◆「契約自由の原則」を知らない人が多い。「お客様は神様です」的な対応をしているのは、そして世の中のほとんどの人がそれを「当然」と思っているのは、たぶん日本だけ
http://blog.livedoor.jp/hsp_ko/archives/51955318.html

それにふさわしい方々に絞っていったほうが、良い会員さんが集まりやすくなるし、有意義な会になりやすいし、HSP同士の良い出会いの場になりやすいはずだからです。

良い会員様、素敵な会員様になって下さるHSPの方々をお待ちしています(*^^*)

【HSP会員登録】
HSPのお友達探し・情報交換♪HSPたちと話そう・繋がろう♪HSPバーチャルカフェ・HSPの会

http://hspko.ocnk.net/product/22

HSPネットショップ【超高感度人間】 Highly Sensitive Person

鑑定依頼者の方々からブログのご感想も併せていただくことも多いです。

本ブログのご感想については、今まで特にご紹介して来ておらず、ただ私がありがたく拝読させていただくだけだったのですが

「せっかく頂いたご感想なので、ご紹介したほうがいいのかもしれないなあ・・」と思い始めました。

なぜなら日本では「主張する場」があまり与えられていないかも、と思うからです。

また頂くご感想が、とても素晴らしいものが多くて

「これを私だけが読んでいる状況ってなんかもったいないかも・・」と感じたからです。

以下、頂いたご感想をご紹介させていただきます。


*******************************************************


この度、P子さんのブログを見つけて、どうしても感想をお伝えしたくてメールしました、●●と申します。


私はおそらくHSPですが、親は非HSPです。


親元に居た頃、特に子供時代は、表現しづらい『言葉の通じなさ』と『挫折感』を幾度も味わい、


話したところで無駄に不愉快な思いをするだけだったので、親に心を開かなくなりました。


けれど多数派の意見が物を言う空気をまとう大人相手に、


意見や違和感を適切に伝えて説得させる力量など、判断材料や経験の少ない子供の私には出来ないことでした。


だから、違和感を抱きながらも一般論に従う以外、選択肢は無かったように思います。


そんなことを長年繰り返していくことは、自らの内に嘘が積み重なっていくことでもあります。


しかし、暗黙のうちに良しとされる物事は往々にして『常識』として固定されていましたから、


違和感を訴えても、取り合ってもらえないばかりか、ますますそれらに従うように要求されてしまう。


そんな風にして、自らの内にますます混乱を多く抱え、そのうち、自分は何を言いたかったのかさえも、見失っていくのでした。


「ありのまま」という言葉がありますが、


ありのままに伝えても、OKされてこなかったからこそ、


多くのHSPは消耗も疲弊も度を越えてしまったのだと思えてなりません。


一般社会の従業員として、生きていかねばならない以上、消耗しやすい自分に少しでも対策を講じたかった私は、


精神世界・自己啓発系・心理学関連『毒親』『アダルトチルドレン』『共依存』等々、何冊も文献を読み込んだりしました。


部分的には参考になっても、それさえ表面的なものにすぎない。


モラハラを受けやすいのはあなたが共依存だから・・・的なニュアンスの記述を目にする度に、


「何かが違う」と思いに苛まれ、根底に渦巻く違和感や本質部分に手が届くことは決してありませんでした。


今思えばそれらの書籍の多くは、非HSPによる著作だったのだろうと思います。


だから何度読もうにもピンと来なくて当然かもしれない。


奥底の違和感の正体をやっと見た気がします。


HSPのことをもっと早くに知っていたら・・・と悔いもありますが、この度P子さんのブログに辿り着きました。


血の通った文章で綴られる、腹に落ちてくるリアルな内容に、とても嬉しくなり、


これまで蓄積した混乱と違和感の見つめ直しのヒントをもらったようで、読んでて元気が出ました。


デリケートな主題であるのに、ブログとして公開された当時は、今よりも何倍も勇気のいることだったと思います。


ブログを書き起こして下さり、本当にありがとうございます。これからも楽しみにしています。


それでは、長くなりましたが、お身体にお気を付けて。

*******************************************************


ブログご感想、まことにありがとうございます     P子


私はHSPのことを知った当時は「かなり衝撃」を受けましたが

今は「別に当たり前のこと」と思っています。


HSPは10パーセントとか15パーセント前後くらいいるらしいですけど

ということは全然「珍しくない」人たちってことですよね。

街を歩けばどこにでもけっこういるってことです。

学校にも、会社にも、近所にも。

けっこうその辺どこにでもいることになります。

ただ「仮面」みたいなのかぶってるHSP、

非HSPと同じように「振舞っている」HSPが世の中多分けっこう多いだろうなあと思います。

それは自分のHSPらしさを否定することと同じなので、HSPにとっては時に納得いかないしツライことでもありますけど、

「皆同じ」を暗に強く要求される日本社会で適応していくためには、必要悪なのかもしれません。


でももしHSPであることで何らかの「特別感」を得たい人がいるとすれば

「それもいいんじゃないの~」と私は思います。


そういうのに目くじら立てること自体、「もしかしたら何かヘンかも」って感じがします。

なぜなら、そんなの「その人の勝手」だからです。
本来自由でいい部分で、人からとやかく言われることもないことなのです。

そして多分そういう人は日本では周りからは嫌われがち、叩かれがち・・なのかもしれませんが

そんな中でも、そういうことが欲しいということは、きっとどこか心やプライドがかなり相当傷ついている人なのかもしれない・・と思うからです。

まだ「自己実現」できておらず「自分」というものがしっかりないからこそ

何らかの「看板」や「箔付け」が欲しいということなのでしょう。


本来「自己実現」しようとすれば、「自分らしく」生きていこうとすれば、毎日忙しくて時間もエネルギーも足りないくらいのはず。


だから「そっち方面じゃなくて・・」とか「ちょっと順序間違ってるかも・・」とは正直思いますが

傷があるなら、まずその傷をちょっと癒してから
ちょっぴり「箔付け」とかいろいろやってみてから
それから「自分らしく」なっていかれれば、それはそれで全然イイんじゃないかなーと私は思います。

そういうのって「人それぞれ」とか「もっと自由」でいいんじゃないかな~と思うんですよね。

それに人のことよりも、自分の幸せって具体的に何なのか、とかそういうこと考えたり
自分の幸せを追求していったほうが絶対幸せになれます。

HSPとは?HSP(Highly Sensitive Person)自己診断テスト
刺激を求める人、HSS(High Sensation Seeking)自己診断テスト

「自己診断テストだけでHSPと判断していいのか」というご質問を良く頂きますが

「現在の状況としては多分その方法しかないのではないですか?」というのが正直なところです。


HSPについては、自己判断しか出来ないものだろうと思います。

なぜならHSPの「感受性の強さ」「感じ方」というのは、他人ではなくその人にしか「感じられない」ものだからです。

感受性が強いということは、他人から見てハッキリわかるものではない場合が多いと思いますし

特に日本人は自分の感情を表に出さず隠すところがあり

自分の言い分は言わず、そして言わせてももらえず

その上「思いやり」を時に「強制」されることさえもあります。


私は今台湾に住んでいますが、周りは台湾人やその他白人の人もいていろいろですが
海外に住んでいると、外国人の人たちが自分の感情を(日本人から見ると)非常にあらわにしていること、そして言いたい事を言っていることに非常に驚きます。
大人も子供も。老若男女問わず。

「そこまで顔に出していいんかそこまで言いたいことを正直に言っていいんか?」とこっちが驚いてしまうほどです。


そしてそれと比較してみて「感情を隠し、封じ込める」ことに長けているのが日本人なのかもしれない・・と思うことがあります。


HSPは見ただけ、そしてちょっと話聞いてみただけじゃあ、その人がHSPかどうかなんてわかりません。

特に日本人の場合、HSPかどうかについては、他人からは「非常にわかりにくいだろう」と思います。


HSPについて、いろいろ批判する人たちもいないわけではないようですが
中にはHSPとHSSをごっちゃにしてしまっている人たちも多いみたいだなあと思います。

HSPについて批判されているのかな?と思われる内容のものを目にすると

その「批判の対象となっている人たち」(自意識過剰でうるさい人たちのことが多いみたいですが)
それは、HSPではなく、HSSの人たちのことではないかと思うのです。

HSP(感受性の強い人)とHSS(刺激を求める人)は何だかごっちゃにされがちのようですね。
(区別できていない人がとても多いと思う)

現在、HSPということで「自分は感受性が強いからかまってくれ」「気をつかってくれ」みたいなことをもし言う人がいたとしたら、それは多分、HSPかつHSSの人(のうちの一部の人)ではないかな、と私は思います。

多分そういうタイプの人については普通、キライな人が多いんではないでしょうか。私もそういうタイプは嫌いです。

HSSはHSP、非HSPとはまた別のものです。
3文字の最後がSかPかで全然違います。
そしてHSPの中にもHSSの人がいるし、非HSPの中にもHSSの人がいます。

HSS(刺激を求める人)の人は「エキセントリック」で「刺激を求める」「人目を引く派手な行動をする」タイプの人たちも多いみたいですね。


いっぽう非HSSの場合は、だいたいがおとなしめで刺激も求めず、日常生活がかなり地味~な感じがします。

非HSSには、それほど他人と関わりたいと思ってもいない人が多いみたいだし、自分からあまり積極的に行動することも少ないように思います。(もちろん人にもよりますが)


HSS(刺激を求める人)、非HSS(刺激をそれほど求めない人)についてはこれくらいにして、
HSP(感受性の強い人)の話に戻りますが

ちなみに医師や病院関係者は非HSP(感受性がそれほど強くはない人)がほとんどかもと思います。

だから、HSPの言うことには理解を示してもらえないことがほとんどです。

(誰しも自分が感じられないことはわからないものなので仕方ありません。それは医師や病院関係者等に限らず非HSP全般から理解してもらえることはまずないことだと思っておいたほうがまあ確実だと思います)


だからHSPのことについて病院に相談に行っても、まあまず無駄で徒労に終わるだけだし、
行っても特に解決策などはなく、ただ薬を処方されるだけだし
そして薬を飲んで悪化していく、こじらせていく人たちのほうがどうも多いもようです。

ちなみに医学部はとてもハードなところです。精神力・体力ともにどこか人並み外れた人やある意味「強い」そして「鈍い」人たちが多いです。
でもそういうタイプでないと医者や病院関係はなかなかつとまらないだろうと思います。とてもハードな仕事なので。


「一部にはHSPでHSSの医師っていそうだよなー」と自分の経験からちょっと思い当たるフシもあるのですが、その場合は医師としての生活はかな~り大変なものになることが多いでしょう。
(そういう医師は自分で自分に薬を処方していたりする。そしてその悩みはかなり深そう)

医師の中にはHSPの人もいらっしゃるのかもしれませんが、私はまだ実際に「私、HSPです」と断言&自己紹介してこられる医師の方にまだ直接お会いしたことがありません。
だから私としましてはその辺につきましては何とも申し上げられません。



なおHSPについてのご不明点につきましては
万一私が間違った事を答えてしまったり、何か誤解を与えてしまってもいけないと思うので
ご質問があられればHSPという概念を打ち出したアーロン博士のHP及び、著書を読まれるのが一番かと思います。

それに、自分の疑問は、まず自分で調べることが一番大事だと思います。
そうでないと自分自身を心から納得させることなんてできないでしょう。
自分が本当は何がわからないのか、などについては、ご本人にしかわからないことです。

私にいろいろ質問されてこられる方いらっしゃいますが
「HSPに関しての本さえも読まずに、何も知識なしにいろいろ質問されても説明なんて無理
「基本的な知識がない人に対して、そんなわかりやすい説明、相手が納得できる説明なんか、できるわけないやんね」と言うのが本音です。
感受性については「個人差大き過ぎ」と思うし、本当に人それぞれだからです。

アーロン博士のHP http://homepage3.nifty.com/hspjapanese-k/


ただね。

そもそも、「自分がHSPかどうか」が問題なわけではなくて。

「自分とどう付き合っていけばいいか」がわからなくて、そこがたぶん「知りたいこと」なのではないでしょうか。

「自分とどう付き合っていけばいいか」「周りとどう付き合っていけばいいか」「自分の適性は何か」等がわからなくてツライわけですよね?

つまり、そこが知りたいわけですよね?

「HSPだと『認定』されたい」とかそういうことじゃないですよね???(そういう方には付き合いきれません~) 

HSPがどうかを厳密に「確定」「認定」することが重要なのではなく。

「自分のことを知り考えていくための、手がかり」としていくことが大事なわけですよね。

つまり「自分を知る手がかり」として「HSP」のことを知ることが大事になってくる人もいる、というだけの話だし

人間、個人差があるものなので、「いかにもHSP」って人ももしかしたらそれほど多くはないのかもしれない・・とも思います。

「HSPかも」という部分が多いかも、と自分で思う人は、それなら、アーロン博士の本でも読んで、自分自身について考えてみられるのもいいんじゃないですか、ということですね。

私自身はHSPのことを知って、自分のことについてかなり納得できたので、「HSPのこと、知って良かった」と思うのでオススメしているだけのことです。(でも知ることはときにツライことでもありますけどね)

自分の答えは、自分で探すしかありません。

自分を知るための「ツール」としてHSPのことについて知ることが必要な人は知ればいいし、
それが必要ない人にとっては、そんなことどうでもいいことでしょう。

それに、HSPだけど、自分の感受性の鋭さがイヤとか、HSPの自分がイヤで、非HSPみたいになることをとにかく「目指したい」人もいるかもしれないし。

私はそういう人については、「自分自身じゃないかもなものになろうとするなんて、自分とは違う種類の人間を目指そうとするなんて、なんてアホらしい・・。それに、自分の個性を否定してまで非HSP的になりたい人の気がしれない・・自分の個性を否定しているわけなので、幸せから遠ざかりそうだし、自分の個性も活かせないし、幸せになるためにはなんかすごく効率が悪くない??」などとつい思ってしまいますが、「非HSP的になること」を心から幸せと感じるHSPの方もいらっしゃるのかもしれないし、その辺はその人の趣味の問題だし、その人の勝手だし、人の好みはきっとさまざまなのでしょう。

私自身は非HSP的な両親から「非HSPぽくなれ」「もっと強くタフになれ」「繊細なのは良くないこと」的な家庭教育を受けて来て、心底ウンザリしたし、「自分でないものにはなれと押し付けられるのはイヤだ」と思っていたし、非常に屈辱的でイヤでしたが、そうでない人たちもきっといるってことなんでしょうね・・。親御さんがHSPでHSP的な感覚に理解がある方なのかもしれませんね。でもその辺は私には経験がないことなのでよくわかりません。育った環境が違うので考え方もきっと違うのでしょう。

ご自分のHSPらしさを否定して非HSP目指したいHSPがいたとしても、それは別にその人の勝手だし、そっち方面を目指したい人は目指せばいいんじゃないの、と思うし、その辺はその人の「趣味と生き方」の問題ですよね。

私自身は、自分がHSPと言うことを知って「自分みたいな人が他にもけっこうたくさんいる」とほっとしたタイプですが、世の中いろんな人がいますからね。

もしHSPだと言うことを知ってその人がラクになるなら、それはそれでいいし、自分で自分のことが解決できさえすればいいので、そのためのツールは、別に何でも使えばいいんじゃないかな、
その人が好きなものを使えばいいんじゃないかな~、と私は思います。

あとご自分がHSPかどうかを本気で知りたいなら、自分の感受性の強さについてよく考えたいなら
「まずアーロン博士のHSP本くらいは自分で読んだほうがいいんじゃないですか」と私は思います。

アーロン博士は心理学者で、大学教授です。
本の内容はちょっと難しいところもありますが、感受性がどうこうについて気になる人は、とりあえず読んだほうがいいのではないかなと思います。

アマゾンで簡単に手に入りますし、値段も500円くらいです。中古ならもっと安いです。
病院に行くための交通費で買えてしまうじゃないですか。病院行ったりするよりもずっと安いです。

自分について知りたいのなら、安易に人に聞いたり相談したりする前に、まず自分で調べたり本読んだりするほうが確実で良いでしょう。
自分の求める答えは、自分にしか見つけられないです。



HSPでエンパスだからと言って、それが一体何なんでしょうか。

ただの人間です。


ブログを書いていると、勝手なイメージを持たれることがしばしばあります。


だいたい、人は「自分が見たいもの」しか見ていません。

私についても、いろんな人が、いろんな異なったイメージを抱いているみたいで、興味深いです。

もともと私は、海王星や木星がけっこう効いている配置で、拡大天体だし、海王星は輪郭をぼかすので

実際よりも「大きく」「寛大そう」「優しそう」に見えることが多いみたいですが

実際は非常に「キツイ性格」をしていると、自分では思っています。


ホロスコープの配置的にも、そのとおりだからです。

仕事を表す太陽が、木星・海王星と絡んでいるので、仕事上は「大きく」「優しく」「寛大そう」に見えるし、蟹座の金星なので、私は多分かなり優しそうに見えるかもです。

海王星が強いので、実際の姿はボケていて、まるでベールがかかっているかのように把握しづらいのもしれません。

こういう配置を持つ人というのは、たぶん「かなり本質がつかみづらい」だろうなあ・・と思われます。


自分の根っこの部分(IC)には、土星やエリスがあるので、非常に冷たくクールで孤独好き、性格がキツイところがあると思うし、自分のそういう部分をよく自覚しています。

私は実の娘からも「冷たい」としばしば言われますが

「根っこに土星とエリスじゃ、そりゃもうしょうがないでしょ」と思うし、それが私なのです。

自分で受け入れるしかないし、周りの人にもあきらめてもらうしかないですね、ぶっちゃけ

根っこが「水晶占い師」で土星やエリスと合なので、
「厳しく現実を突きつけ、解決策も提示」みたいな感じでしょうか。

土星は「最初は冷たく、次第に温かみを増す厳しい先生」みたいな星とも言われていますね。

エリスは「分別」「トリックスター」「宇宙外からの力」、いわゆる「不和と争いの女神」ですが、「雨降って地固まる」みたいな感じでしょうか。

私の場合は、「ごっちゃになっている問題を分別して解決」で使っているのだろうと思います。

エリスの強い有名人と言えば、ホリエモン、沢尻エリカ、スーザン・ボイル等ですが、エリスの効いている人は、どこか「人間離れ」「浮世離れ」しているというか、なんだかどこか宇宙人ぽい?ような感じがしますね。


私が「実はかなりキツイ性格」だということをわかっているのは、ごくごく身近な人、一緒に暮らしている人間だけでしょう。


それほど私は周りからも身近な人からも誤解されやすいのです。

ブログだけしか読んだことが無い人ならば、なおさらでしょう。


そしてさらに面白いのは

勝手なイメージを抱いている人が、私が「その人のイメージどおり」と思われる言動をしないと、なんと怒り出すことです

そういうのがよくあります。

「うわーまたかー」「この人、勝手なイメージ抱いて勝手に怒ってるわ」て感じですね。


そういう人は、私について、もともと「現実にはありもしない幻影」を見ていて。
私を見ているわけではなくて。
「その人が見たいもの」を私に投影しているだけなのです。

そして、私がその人の抱いた「幻影」どおりに行動しないと言って、怒っているわけですね。


なんと勝手な人なんでしょうか

今まで私は「そんな人とは思わなかった」みたいなことを、何度も言われてきましたが

そのたびに

「あなたが最初から私を見間違っていたくせに、勘違いしていたくせに、随分と勝手なこと言う人だなあ」と思ってきましたし、そういう人たちについては

「勝手な幻想を抱いて、勝手に怒っている面白い人」という感想しかありません。

(実際、そう思うしかないですよね)


「勝手に間違ったことを思い込み、それが間違っている事が判明すると怒り出す」
人間って、このような勝手なものなのですね。


そんなものなので、相手の「イメージどおり」とか「期待に沿って」行動することなんて、かなり非常にアホらしいことだと私は思います。

HSPは「相手の思惑」や「期待」を感じ取ることができるでしょうが、そういうのは感じても、あえて期待を裏切り、「その人らしく」「自分らしく」行動したほうがいいと思います。

それぞれの人が、それぞれ勝手なイメージを抱いているもの。
なので、そんな事にとても付き合いきれないからです。
いちいち付き合ってたら、疲れ果てて倒れると思うよ。


あと良く思うのが

「HSPらしい」とか「HSPらしくない」とか、言う人ってけっこういるんですけどね、


「いわゆるHSP」って、一体どういう人なんでしょうかね?


人には誰しもいろんな側面があるものですが、どの面を指して「HSPらしい」と言うのでしょうか。


誰でも「いわゆるHSP」な部分と、社会で適応するために隠している「仮面」の部分が、誰にでもあるものです。

「純粋なHSP」って人なんて、いるんでしょうか?(「純粋なHSP」の基準が何なのかという疑問もあるしね)

また、そんなことを言う人は、今までいったい、何人のHSPに会ったことがあるのでしょうか。


たいしてHSPに会ったこともない人ほど「HSPらしい」とか「HSPらしくない」とか言うものです。

行動していない人ほど、勝手なイメージを抱いて間違った事をしゃあしゃあと言うものです。

実際のところをご存じないからこそ可能な発言内容なのですね。


私は「HSPの会」を何度も開きましたが

開く中で、「HSPと言っても、本当にいろんな人がいるんだなあ」と感じました。


だいたい、HSPテストにしても、「自分でHSPと思えばHSP」みたいなテストですよね。

HSPは「自称」に過ぎません。

そして、非HSPとの境は、限りなく曖昧です。

ときに「精神的にかなり弱って敏感になっている非HSP」が、「私HSPです」と思い込んでいるみたいなこともあるなあと感じたりもします。

HSPについて、初めて知ったときには「目からウロコ」「やっと合点がいったわ」などと思いましたが
今は、人間を「分類分け」することは、特にあまり意味がないことかもしれない・・と思ったりしています。

ただし、「自分のことを知る」「自分との適切な付き合い方を考える」という意味では、意味があることなのかもしれませんけどね。


私としては、HSPと分類する「意味」としてはそこが一番大事なところかなあと思っています。

非HSPの娘は、正真正銘、私の娘で私が生み、病院でも取り違えなどはなかったのですが(何しろ顔は目が大きく、体重も重く、泣き声がとにかくデカく、個性強烈な赤ちゃんだったため非常に見分けがつきやすかった)

というわけで娘は確実に間違いなく私の生んだ娘で、その上、主に私が育てたのですが

私とは「まったく違った価値基準」で生きている人なんだなーと感じることがよくあります。

娘は幼い頃から母親の私にベッタリで。
そして育児にほとんど協力しない夫に愛想をつかして私は別居・離婚したため、多分娘はほとんど私がひとりで育てたに近い状態かも・・なのに

これほどのまでの「価値基準・感覚的なものの違い」があるということ
これは「親の子供の育て方」によるものではなく、「本人の資質」ということになるんだろうな・・と思っています。

つまり「生まれ持ってのもの」ってことですね。

HSPも、非HSPも「生まれ持ってのもの」だけど、つまりそういうことなのかな・・と思ったりします。


HSPの私が、非HSPの娘を育てていても、根本的な価値基準があまりに違い過ぎて、もしかしたら多分きっと私はあんまり娘の役には立っていないかもな・・そんな気がすることが実はよくあります。

これは、HSPの私が子供の頃、非HSPの親からもらうアドバイスが、とにかく、ことごとく合っていなかったのと多分同じかもです。

私が子供だった頃、学校の友人関係や部活の人間関係等で何か困ったことがあって、非HSPの親に相談し、もらったアドバイスとおりにやってみても、問題が解決したためしがありませんでした。
逆に状況が悪くなってしまったことなら何度もありましたが

親に相談すると「泣きっ面にハチ状態」に陥るので
そのたびに「ひどい何でいつも私に合わないアドバイスばかりくれるんだ」と思いましたが、今、それと同じことが再び、私の目の前で起こっているのです・・。

・・・それも逆パターンでね・・・

ちょっと虚しいですね・・

HSPや非HSPということ、そして相性によって、こういうことが起こるんだなあ・・と感じています。


ちなみに今まで、私が娘にしてあげた、言ってあげたアドバイスみたいなことで、娘から感謝されたのは、私が西洋占星術的にしたアドバイスだけ。

娘のホロスコープを私が読み解いた上でしたアドバイスは、非常に役立ったそうで、娘からものすごく感謝・絶賛の嵐でしたが こちらはその一例

その他のことでは、娘から感謝されたことがほとんどありません・・・

それどころか
「(西洋占星術でなく)ママの言ってたアドバイスどおりにしたら、状況がかえって悪化したもうママのアドバイスどおりには絶対にしない」と娘に激怒されたり苦情を言われることがものすごく多い。

(そしてこれは私が子供の頃、親に言ったことがあるせりふ痛いわ・・

というわけで(西洋占星術上からしたアドバイスではなく)私が自分で「こうしたほうがいいと思う」と私が自分で思った内容は、娘へのアドバイスとしては不向きと思われるので、特に娘にはウッカリしたこと言わないほうが良さそうだな~と思っています。

娘が非常に怒るので
だから今は、娘にアドバイスするときは、娘のホロスコープ上からしかしません。

そして後はもう、割と何でも自分で決めてもらっています。そのほうがいいみたいなので。
(私が普通に考えたアドバイスをすると、娘には全然合わないし娘が怒るのでもうそれしかないでしょう


個人個人の考え方の違いというのももちろんあるとは思いますが、その違いを「さらに超えた違い」のようなものを、どうしてもそこに感じてしまうのです。

「HSPの私の生き方・価値観」と「非HSPの娘の生き方・価値観」は、多分どうも、まったく違うみたいなのです。

家族でも、自分の育てた娘でも「何だか価値観が全然違うよなあ」とよく感じます。

そして非HSPの娘のほうが、HSPの私よりも、変なところで妙にプライドが高いみたい?なのもいつもよく感じます。

「非HSP特有のプライド」というのは、HSPの私には非常にわかりにくく、非常にめんどくさ~く感じることが多いです。

娘のみならず、非HSPと接していてよく感じるのは、いつも自分の立ち位置を測っているような(それがわからないと混乱したり時にイライラしているような感じ?)を受けます。

相手との力関係とか、相手からどう思われているか、自分がどう扱われているかを非常に重視しているように見えます。
(なんかソコんとこが一番大事なんじゃないの??と時に感じられるほど。ほとんど猿山みたい

(でもサル山の一番下、みたいな扱いは誰でも受けたくないものですけどねだから人間関係ではウカウカできないのです・・そういうのスゴクめんどくさいけど。

非HSP世界では、できるだけ猿山の頂点極めたいものだし、とにかくそれがとても大事みたい。それこそが「生きがい」みたいになっている人もいるみたいだけど、そういうのの気が知れない・・)


私は家族にHSPが私以外いなかったので、子供の頃から非HSP世界にどっぷり浸って育ってきましたが

世の中、非HSPのほうが多いので、学校も会社も、非HSP向けに作られているので(特に日本はそう)

世の中で「良し」とされていること、「評価」されていることの多くが、

HSPの自分にはもしかしたら合わないかもしれない、何か「基準」が違うかもしれない、

ということは、多分よく自覚しておいたほうがいいかもしれない、と思います。


非HSPの価値観と、HSPの価値観は、何かが大きく違うと常々感じるし

世の中(非HSP世界)で「良し」とされていることをしても、ちっとも上手く行かないし

自分的には全然幸せになれないな、と感じるからです。

(そしてもし私がいわゆる「サル山」の頂点に立てたとしても、多分それほどの充実感は感じないだろうと思う。たぶん非HSPが感じるほどの充実感・満足感はないと思うし、時にそのサル山みたいな世界から「もうウンザリ。降りたい」と思ってしまうと思う。
もしそういうのが大好きで、そこに生きがいを感じられるタイプなら、たぶん、大学を辞めたりなどもしなかっただろうし、できるだけ大きい会社に勤めること等にすごく意義を感じていたかもとも思う)


話し戻しますが

私は、「常識」を疑って考えたほうが、結局はイイかもと思います。

なぜならいわゆる「常識」の多くは「非HSPが作ったもの」だからです。

そして「非HSPが(特に深く考えずに)従っているもの」だからです。

だから常識がヘンだということは良くあるし、特に日本の常識の内容って「日本の常識は世界の非常識」とも言われているようなちょっとヘンな内容だったりします。

役に立たない合理的でない、非人間的なものもけっこうあるなあ、多いなあ・・と常々感じています。


HSPのあなたがもし、周りが非HSPばかりで、非HSP的社会にどっぷり浸かって生きていかなくてはならない状況なら

「すべてが非HSP中心に考えられている」ということを頭に入れた上で、何でも物事を考えていったほうが
たぶんムダに混乱しなくて良いかもと思います。

そのほうがいろんな「理解できない」ことが理解しやすくなって、矛盾が少なくなるし、人生を間違いにくくなるかもしれないと、私は思います。


まあ、いろいろありますけど・・・

非HSP親子を見ていて
「親子で非HSP同士だと、なんかラクそうだな・・いいな・・」とちょっとうらやましく思うことが実はよくあります。

お互いの意見や価値観もだいたい合ってて共通するところも多いので一緒にいるメリットもたくさんあるみたいだし、妙な誤解も起きにくく、いい関係性が築けているみたいに見えます。

近所に非HSP親子3人でやっている食堂があるのですが、父母娘の3人なのですが、厨房に並ぶ後姿が本当にソックリで。

そして3人で楽しそうに炒飯や焼きソバ、チャンポンなどを毎日こしらえているのです。(目の前で3人で作ってる。新鮮で美味しくてその上安いので客も多い)

台湾は家族経営の店がとても多いのですが、明るくタフに仲良くいつも3人で食堂で働いているその家族を見ると、ふとうらやましくなってしまうことがあります。

でも同時に「・・・私には縁のない世界だな」とも感じます。

(ホロスコープの配置的にも違い過ぎるし、実際に私には毎日あんなふうにハードに働けないと思うし、この暑い中、毎日火力の強い食堂の火の前に立つなんてのも実際ムリだし。やっぱり体力ないと飲食店はムリ。経営だけするならまた話は別かもだけど、そうなるとたぶん家族経営じゃ上手く行かなくなって人を雇うことになるだろうし)


HSPと非HSPの違いを知ることはとても大事だと思いますし
感覚的にはHSP同士がわかりやすい、理解しやすいところがあって
「話が合う」のは断然HSP同士だと思います。

非HSPには思いっきり否定されてしまう類の話も、HSP同士だと「そうそうそう!」となることが多いです。

(ウソだと思うなら「HSP会員登録」されてみて、誰か気の合いそうなHSPの方たちと話してみてもらえば、その辺のことがきっとおわかりになるだろうと思います)

ただ人間関係としては、結局、HSP、非HSPに関係なく、「相性やご縁」が一番大事なのかもしれない

結局、何らかのご縁が強い人としか、続かないもんだなあ・・ということも常々、実感したりしています。

人生って、そういう「自分とご縁のある人たち」と巡り合って、何か言葉を交わしたり関わり合って触れ合って別れて・・

その中でいろんなことを考えて、感じて・・

「そうことをただ延々と繰り返す、長い旅」みたい・・と感じることがあります。


たぶん子育てって「一時期、一緒に寄り添っていること」なのかな、と思ったりします。

子供ってあっという間に大きくなるし、親としてできることも、たかが知れています。

そして結局、「一緒に寄り添っていること」しかできないのかもしれない・・

・・他にできることって特にないかもなあ・・などとも思ったりします。

だから難しく考えず、ただ一緒にいる事を楽しむだけで良かったのかもしれない・・
(でもいつも子供に対する責任を感じてしまうのでつい子供に厳しくなってしまうけどね

でもまあ人間関係って、大体において

「ひととき、一緒に寄り添っていること」 そしてそれが長い付き合いになるか短いかはケースバイケース。

多分、ただそれだけに過ぎないのかもしれませんけど・・

とあるサイトで見つけた、地球儀のブログパーツがとてもキレイだったので、HSPブログに貼り付けてみました

リアルタイムで、現在、どこの国からこのブログにアクセスしているのかがわかるブログパーツです。

右下スクロールしていくとこれと同じブログパーツを、右下一番最後のほうに貼ってます



キレイですね
つい気になってちょこちょこ見ていたんですけど、これはどうもパソコンからのアクセスしかわからないみたいで

スマートフォンや携帯からのアクセスはどうも反映されていないみたいなんですけど、

このブログ読んで下さっている読者さんたちは、実はスマホからのアクセスが6割で、携帯からが1割弱、パソコンのアクセスは3割弱くらいで、スマホからのアクセスが一番多いんです。

というわけで、すべてのアクセスのうちの3割弱だけ、パソコンからのアクセスだけしか反映されないみたいなのがちょっと残念なのですが
それでも、けっこう面白い・・

ちょこちょこ見ていると、日本の国旗以外に、いろんな国(アメリカ・イギリス・フランス等)の国旗が出てくることがあります。(特に夜中がよく出てくるよ~。時差があるからだろうな・・)

あんまり見たことない国旗が出てくると、「おお~出た~どこどこ?(どこの国)」って感じです。

日本からのアクセスももちろん嬉しいんですけど

けっこう世界中から、アクセス頂いていたんだなー、ということに初めて気づきました

HSPってやっぱり世界中にいるのね、あちこち世界中から、このブログ読んで下さっているんだなーと思うと、とても嬉しいです

先日、知らない国旗を見かけました。

「えっ、これどこの国旗?」と最初はどこの国の国旗かわからなくて調べました。(地理弱い

調べてみたらブルガリアでした。

「ああ、ヨーグルトの国からだったのかあ・・」としみじみしていたら

その後すぐ、インドからもアクセスがあり、「おおおカレーつながりー」などと思って、つい笑ってしまいました

ヨーグルトとカレーって相性いいですよね。カレーとラッシーが頭に浮かんでしまいました。
s_0066
(画像はぐるなびから拝借しました)
美味しいカレーとナンとラッシー飲みたいな・・・


というわけで、見ていて何かといろいろ楽しいので、私も仕事が一段落したときなど、仕事の合間にちょくちょく見に来てるんですよね

というわけで、taiwan と表示されるのは多分P子ですね(もしかしたら他に台湾のHSPの人が見てることもあるかもしれないけど多分私だろうなー)

自分が書いたブログを自分でチェックしに来てるのが、なんだかちょっと、恥ずかしいような気もしますけど・・

でも気になるんでもう仕方ないですね。

仕事ばかりの毎日ですが、仕事の合間のささやかな楽しみなのです


さっき、ふと、このブログパーツの、一番、右下のマーク押してみたら。こんな画面が出てきました。

あらまあ

(画像をクリックすると大きく見られます)
bikkuri


「えっ、こんなに」 思わず、目がテンになりました。

けっこう世界中からアクセス、頂いてたんですね・・・ このブログパーツ貼るまで気づきませんでした

この日は、日本、台湾、アメリカ、フランス、オーストラリア、ブルガリア、カナダ、イギリス、韓国、中国、パラグアイ、シンガポーツ、タイ、ドイツ、インド。

全部で15カ国から。ありがとうございます
いやービックリしました・・

世界のHSPの皆さん(いきなり呼びかけてますが)
もし良かったら「HSP会員登録」されて、「HSPバーチャルカフェ」内の「Cafe of 海外」にいらして下さい(*^^*)/
(「Cafe of 海外」に来られる日はぜひ「お問い合わせ」よりメール下さい。P子もそのときは予定合わせてできるだけ参加するようにします
いろいろ海外生活のこと、情報交換できたらいいなあ・・とか
HSPにとって住みやすい国ってどこなんだろう、とか、いろいろ知りたいなあ、考えてみたいなあと思っています

それにそういうこと知りたいの、たぶんP子だけじゃないと思うしね。
日本在住の方もそういうの興味があると思うんですよね。

ネット上に海外行った人たちの情報もたくさんあるけど、たぶん非HSPから見た世界と、HSPから見た世界はきっとたぶん違うだろうと思う。
(ちなみに台湾は非HSP男性・非HSP女性になぜか妙に人気がない。女性は台湾好きな人も多いので女性はともかくとして、特に非HSP男性からの人気はあんまりないみたい。
理由は「小さい国だから」ということみたい。大きければいいのか何か根本的に基準が違うみたいなのを感じる・・

ふと「3 Recent pageviews 」のとこ見ると、台湾からも、新竹の方が誰かいらっしゃっていました。

台湾からのアクセスは、私だけじゃなかったのね。


・・・それにしても、海外にいるHSPって、けっこう多いかもですね。

在外日本人(外国に住んでいる日本人)って、日本の総人口の1%弱とかって言われてますけど

この統計見る限り、HSPで外国住んでいる人(外国からアクセスしてる方々)の割合はなんと8%(HSPブログの読者はほぼHSPの人たちみたいだし)

8%とは多い 割合高いっていうか、ちょっと高過ぎじゃない

・・・あ、でも私がブログパーツが気になって、仕事の合間に台湾からちょこちょこ見に来てるから、私が海外アクセスの割合上げちゃってるわ・・(今気づいた・・台湾3%くらい)

まあでも、私のアクセスを差し引いても5%くらい。だから割合としてはやっぱり多い。

また、台湾以外にも、いろんな国からアクセス頂いているということは変わりのない事実ですね。


個人的に、海外のほうが合うHSPの人って、けっこう多いんじゃないか・・とも思ってるんですよね。

私も日本より台湾のほうが何かと住みやすいと感じています。

とにかく、周りの目が気にならないし、周りにいちいち気を遣ったり合わせなくていいのがラクだし、雰囲気的にもラク。何かと疲れにくいかもよ。

(その分緊張感はなくなるのでいい面と悪い面あるとは思うけど、とにかく日本にいるときよりはラク。
台湾に来て「ママがこんなに性格が良い人とは知らんかった」と娘にマジで言われて唖然とした失礼なヤツ・・・
「性格が良くなった」「優しくなった」「怒らなくなった」などと娘からよく言われるけど
つまり日本では「性格が悪く」「優しくなく」「怒ってばかりいた」ってこと 
毎日、耐えてガマンしてこういう評価しかされないというね・・ガマンして損したような・・・

ちなみに、台湾の人たちは確かに優しいですが、台湾人が日本でずっと暮らすと同じように変わらず優しいのかどうかについては、私は疑問に思っています。

同様に、日本ではイライラしやすい人、キツイ性格の人、怒りっぽい人、切れやすい人なども、台湾で暮らすと優しくなる可能性が高いと私は思います。
(何しろ自分がそのタイプだったみたいなので。自分もラクだけど、周りもラクみたい。でも「過激なママ」を求める人にはたぶん不評かも

ちなみに、「日本人男性は、台湾では優しいけど、日本に帰国すると性格が変わる」などと台湾人に言われているようですが「日本と台湾は全然違うからなあ・・日本の、あの環境なら仕方ないよ・・・」と日本人としては思います。(日本を良く知っているだけに)
なんかうまく言えないけど「追い込まれていく」みたいな感じ?妙に神経質になったり妙に深読みしてしまう感じ?

<参考記事 他サイトに飛びます>
【台湾ブログ】帰国すると性格が変わる「日本人男性」・・・環境のせい?
http://blog.searchina.net/node/3836

<関連記事 本ブログ内の関連記事です>
◆日本で家庭内で実権握っているお母さんもいるけど、男性社会の日本では、必要以上にキツイ恐ろしい性格でない限りそれは難しいかも?(もちろん家族との相性にもよるだろうけど)


ちなみに気候も台湾のほうが快適です。
今日なんか日中、28度くらいだったかと思われます。
(過ごしやすい。ちなみに台南ですけど。台南はギリギリ熱帯に入る。熱帯だけど日本よりは過ごしやすい気候)

夜も、マンション住まいなら台湾のほうが日本よりずっと涼しいよ。
(去年住んでた、台湾の5階建ての普通の家が、日中、日が照ると屋根が焼けて天井が熱くて建物全体が暑くなってしまい、日本人の私たちには2階までしか使えなかった。
そこで高層マンションに引っ越した。そしたら、毎日とても涼しいので驚いた。
クーラーは昼間、たまにしか使ってない。シーリングファンだけで十分。熱帯だけど。夜は全然クーラーつけないでOK。夜、やはりシーリングファンしかつけてないけど、シーリングファンだけで、冷えて寒いくらい。
日本でもマンションにばかりあちこち住んでいたけどどこもやっぱり暑かった。
温帯の日本の熱帯夜のほうが、熱帯の台湾より実際、ずっと暑い。台湾のほうが涼しい。
日本、異常気象過ぎ

日本の生活って、「ガマン大会、毎日開催中~」みたいな感じがすることがあります。(精神的にも環境的にもいろんな意味で)

実際、大変なところだと思います日本で暮らすのツライの当たり前だよ・・。

日本住むのはHSPにとってはかなりツライかもと思うよ
(たぶん。でも人にもよるだろうし日本と相性の良い人ならいいのかもしれないけど)

私はホロスコープ的にも日本向いてないしなあ・・・

私と同様、「日本向いていない人」は脱出するのもアリと思います。自分の健康のためにもね。

(但し人によると思いますので安易に保障なんかできないし向き不向きはあると思う。
私はただ、そう感じているというだけの話なので、その辺は自分でしっかり決めたほうがいいと思うよ

「マイノリティ」とは「少数派」ってことですが

私はHSPとは言え、HSPは障がいでも病気でもないし、まあ「別に普通一般の人間です」と「演技」みたいなものもできるし

よほど内面の深いところや、いわゆる「変わったこと」話さない限りは「変わっている」とは傍目からは多分まったくわからないし

別に特に生活にものすごく重大な支障があるわけでもありません。
(人知れず苦労はするし神経疲労がすごくて環境によっては非常に疲れやすいけど)

自分が他とかなり違う事を感じ考えている事を、正直に言わない限りは、たぶん周りにはわからないことかもです。

というわけで内面は実際どうだか知りませんが、一応見かけ上は普通に多数派、というか
傍目には一応、マジョリティ(多数派)に属して生活しているわけですね。

たぶんほとんどのHSPが、多分そんなところだろうと思います。

多くのHSPが、「生きづらさ」を抱えつつも、黙って耐えて「周りの人と同じ」ふりをしながら、毎日の生活をなんとかやり過ごしているわけです。


私は今、息苦しい日本を出て、台湾で暮らしていて、おかげで日本で感じた数々のいわゆる「日本的な特殊なストレス」は感じないで済んでいますが

「外国人」ということで、台湾では、私たちは確実に「マイノリティ」「少数派」なのです。

誰でも海外に行けば、外国人ってことで、「少数派」つまり「マイノリティ」に属することになります。


さらに、私は中国語が話せないせいで「学習障害」の人の気持ちに近いものを味合わう経験をしました。

中国語のb と p の発音の区別がなかなか付きません・・これにはかなり自信を失いました

周りがペラペラ中国語を話せているときに、自分だけがわからない・・。

「皆ができることが自分だけできない辛さ」ということはこういうことなのか、と思いました。

勉強はどちらかと言えばできたほうなので、学習障害等とは私は今までまったく縁がなかったわけです。

また自身の努力?もあって、表向きはとりあえずマイノリティではなかったわけですが、台湾に来て、思いっきり、マイノリティ(外国人だから)と、学習障害(中国語の微妙な発音が聞き取れない、発音できない)の気分を味合わされました。

その上、娘はなぜか語学の才能があるようで、たった1年半で、中国語をペラペラ上手に話しているため、娘からは「ママはアホ」と思われていて、親の面目丸つぶれだったのです

非HSPというのは「頭が悪い」人には非常に冷たいし、バカにする傾向あるかもなのです(逆に頭がいいとかなり評価されるけどさ)

中国語が上手く発音できないという理由だけで、「アホ」と思われ、娘にかなりバカにされてしまっていた私は、
夏休み、娘に数学を教えてあげて、娘の解けない数学をスラスラ解けることで、なんとか「親の面目」を取り戻しました(娘は数学がかなり弱い。ちなみに私はこれまでほとんど娘に勉強を教えていなかった。娘には息子に勉強を教えるよう頼んでいた。それまでずっと私が仕事と息子の世話に追われていたため)

娘に数学を教えてあげたら、それまで私を小バカにしていた娘の、私を見る目が、「小ばかにした目つき」から「尊敬のキラキラ目」にいきなり変わったのを目の当たりにして
「・・・ああ、中学のとき、ちゃんと勉強頑張っていて良かった・・」とホッとすると同時に、なんだか背中を冷や汗が流れるような・・そんな思いをしました。

これって、もし私が事故にあって打ち所悪くてちょっとアホになったり、年とってボケたりした場合
「もしかしたらかなりバカにされかなり恐ろしい扱いに変わる可能性があるかもな」と思ったからです。
(というか確実にバカにされると思うね)

非HSPは、そういうとこ、非常に「シビア」な感じがします。

「能力で人を計る」「自分と相手との立ち位置を決める」みたいなところがある気がします。

我が子でも、そういうとこはちょっと怖いわあ・・・

体力・気力ともにHSPよりタフな非HSPに負けないで、対等か、対等以上の立場を確保するためには、
一生、ボケないで、何か磨き続けないといけないってことよね・・

それならできるだけ得意で長続きすることやったほうがいいよね・・・


台湾に来て「ああ、誰でもマイノリティになるんだな」と思いました。

「マイノリティ」って、実は「誰でもなる可能性があること」

そして場所が変われば即あなたも「マイノリティ」なのです。

マイノリティって、実は全然特別なことではないのですよね。

誰でも、マジョリティであり、かつ、マイノリティであるってことなのだろうと思うのです。





HSPは病気でも障がいでもありません。
だからHSPのことを病気や障がいと誤解したり、それらとゴッチャにすることは、決してしてはいけないことだと私は思うのです。

HSPはストレスの多く息苦しい日本ではもしかしたら病気になりやすい傾向があるのかもしれませんが、
HSPと
病気や障がいはまた別の話。

またHSPの中には、薬を処方されたり、うつ病等と間違えられ

(HSPは病気ではないのに)病気扱いされて傷ついたり苦しんでいる方たちも、とても多いようです。

だから、病気や障がいと、HSPのことは、あえてしっかり線引きして分けていきたいと私は考えています。

HSPのことを病気や障がいと誤解されてしまうようなことをすることは、私にはできません。


また病気になってしまったらそれなりの治療や生活改善等いろいろな対処が必要になってくるものです。

それはただHSPであるだけのときとは、対処の内容がかなり違うはずです。

病気の治療に関すること等は当方にはもちろんできませんし、ご対応しておりません。

障がいを抱えた方、精神の病気の方、統合失調症の方たち等からも最近お問い合わせが続きましたが、申し訳ありませんが、当方はご対応致しかねます。

統合失調症等も他の病気と同じく、ストレス発症の場合が多いので、普段からのストレス管理(仕事・人間関係・家族・環境を選ぶ等)は、非常に重要になってくるだろうとは思います。

ストレスにどう対処するか、どのように自分に合った仕事や人間関係を選ぶか、家族の問題についてはどうするか、等々について、本ブログがもしご参考になるのでしたらご参考にして少しでも役立てて頂けたらとは思いますが
既に病気になってしまった方々については、申し訳ございませんが当方はご対応致しかねますので、その点ご了承下さい。


当方の活動は、あくまでも、「繊細で感受性の高いHSPの人ができるだけ元気に幸せに生きていくには」というスタンスに過ぎません。

「病気にならないようにするにはどうするか」という情報(仕事や人間関係など)はたぶんけっこうあるかもなので
どちらかというと病気にならないように「予防する」に近い内容だと思います。


また、ADHDや発達障がい、各種障がいとも、HSPは別です。
なぜならHSPは障がいではないからです。

割と何でもかんでもゴチャゴチャにされている方がけっこう多くて、当惑してしまいます

ごっちゃにすると、HSPのことを、病気や障がいのひとつだと誤解されてしまう恐れが多分にあるので、
そういう誤解はできるだけ避けたいと私は考えているので、あえてしっかり線引きし、ハッキリ分けたいと思います。

つまりHSPは、病気や障害ではなく、
「いわゆる大多数の人よりは、ちょっと繊細で感受性が高いだけ」なのです。

またHSPは、いろいろなことを深く思索するタイプが多いようです。
ですから「めんどくさいことは考えない」「忘れたい」「今しか見えていない」タイプの人が多い(と私には感じられる)非HSPにとっては、HSPは理解できずお互いどうにも噛み合わない、話も合わないことが多いでしょう(だからHSPにはHSPの友人がいたほうがいいと私は思うよ)

私はHSPなだけなので、HSPについては多少は詳しいとしても、他についてはよく知りませんしわかりません。

HSPは病気も障がいでもなく、そして私は医者でもありませんので、病気や障がいを抱えている方のご対応は致しかねます。

ですから、精神の病気や障がいを抱えて困っていらっしゃる方は、ご自分にとって適切な専門家(専門医等)にご相談下さい。


HSPは病気でも障がいでもありません。またHSPに関すること以外のことは、私にはわかりません。

繊細で感受性が高いと、多くの人が感じないかもしれない情報も多く感じ取ってしまうので、結果的に「個性的」になってしまいがちですが
個性を認めない、違いを認めない日本では、そういうタイプ、HSPは、多分かなり生き辛い、というだけのことです。

当方は、繊細で感受性の強い人が、
そういうタイプの人が暮らしにくい生き辛い日本でどう生きていくと少しでもラクになれるのか
どう現状を捉えたり考えると少しでもラクか
仕事や人間関係はどんなものを選び取ればより疲弊せずに済むか
自分らしさをどう活かしていけば良いか
そしてHSP同士で会話したり、友人を見つけて楽しむ、等が、当方のメインでしていることで、
それ以上でもそれ以下でもありません。

日本は本当にストレス度が高い国、自殺が多い国です。
そんな中で生活することはHSPにはとても大変です。
だから、仕事や環境や人間関係は、本当によく選んで行動していったほうが良い、というか、それやらないと大変だろうと思います

当方がしていることは「HSPが病気にならないためにはどんな生活スタイルを選べばいいか」
また
「HSP同士で仲良くすると話が通じていいかも。気持ちの上でも生活が豊かになるかも」
ということで、病気の治療や障がいに対する対策・対応等ではありません。

「HSPは自分ひとりではない」と知ること、そして「病気ではない」と自覚することも、とても大事なことだと思うのです。


病気ではないこと(HSP)と、病気や障がいがあること、その辺の違いについては、しっかり分けて考えたほうが、対応にしても、適切な対応ができるでしょうから
ご本人のためにも、その辺をゴチャゴチャにせず、しっかり分けて考えたほうが良いだろうと思うのです。

その辺を、ご理解いただけましたら幸いです。

今日も、やっと鑑定結果を作り上げて、郵便局で発送してきました。
いろいろ考えて鑑定結果をお一人おひとり、オリジナルで作っていると、当然ながらけっこう時間がかかるものです。
ホロスコープっていろんな見方ができるものだし、観れば見るほど奥が深いからです。

Skype鑑定ならいざ知らず、メール鑑定とか郵送鑑定だと、相手の状況や好み等がわからないことも多いので、慎重に作らなくてはならなくなります。

ご依頼の数が溜まってしまっているので「早く作って発送してしまわなくちゃ」とずっと気になっていたので、とりあえず今回お二人様分、印刷して発送も完了して、ホッとしました


明日は天然石の発送です。姫川薬石も全部で6キロ超えのが発送なので、明日はけっこう重いもの運ばなくちゃです
(台湾の交通事情が怖くて車・バイク・自転車さえ乗れない私は専ら歩き。その上、昼間は35℃。中国語は読み書きはできるけど話せないので集荷は呼べない)

・・夕方、涼しくなってからゆっくり、エッチラオッチラ郵便局まで運ぶか・・・

あ~こういうとき、彼氏とかいたらね(冗談。ただ男手ないのでぶっちゃけいろいろ不便ちゃ不便


ところで、非HSPというのはどうも「荒っぽい扱い」をされることを好むようですね。

HSPの私だったら「そういうのやめて」というのが、非HSP間では喜ばれていることもしばしばです。

HSPの私は本気でイヤで「そういうのやめて」と言っているのですが、非HSPはそれさえも「喜んでいる」と思うことが多くてとても迷惑に思うことがあります。


この辺が「感覚の違い」なんですかね・・・


イジメ問題でも、HSP側が本気で「止めてください」と言っても、相手が非HSPだと多くの場合全然通じません。


非HSP先生たちの言う「あれはイジメじゃないんです、じゃれて遊んでいるだけです」って多分こういうことなんだろうな・・・

下の動画は犬と猫ですけど、この動画見てそんなことを思いました。


この猫は、たぶん非HSPネコでしょう。HSPネコだとたぶん嫌がるし逃げるだろうと思います。


猫飼ったことある人なら猫にも性格があって一匹一匹全然違うのを実感していると思いますが、ホント全然違いますよね。


猫でさえも一匹一匹違うので、人だとどんだけ、って感じですね。

非HSP猫は向こうからジャレてくるし、こちらが少々手荒な扱いしていても、すぐ忘れるみたいで気にしないので可愛く感じられますね。(特に最初の場合)


HSP猫はあまりに慎重過ぎて人に寄り付かず、特に最初の場合、寄り付かないので可愛いげがないと感じられることもありますが、じっくり長年かけて信頼関係を築いていくので、飼い主に対する忠誠心と信頼感がスゴイなと思うことがあります。まあなかなか他の人に馴れないからというのも理由としてあるんでしょうけど)


動画の猫は、なんだか気持ち良さそうにしてます。「耳の裏かいてくれてる」みたいな感じなんでしょうね。

世界で一番ガマン強いネコ

昨日まで台湾では3連休でした。
連休は、やはりキツイですね・・・

いったん体調が戻りかけたのが、またちょっとボロボロになっています


娘のことは大好きなのに、ずっと一緒にいるのはツライ・・・(というかムリ)
距離を置こうとする結果、娘からは「自分は嫌われている」と誤解されてしまう・・・
でケンカになってしまう・・

2重、3重にしんどいですね

「理解されない」ということは、つまりこういうことなのですね。

娘は人とずっと一緒にいても「全然平気」なタイプなので、私がいくら説明したところで、私の疲労感や気持ちや感覚を理解できることは永遠にありません。

「人とずっと一緒にい続けるのがどうにもキツイ」「スゴイ疲れてしまう」というのはもう私のどうしようもない「宿命」みたいなものなのかなー

などと思っています・・・

でももう自分でもどうにもならない部分で、仕方ないですね・・・


そのせいでさまざまな誤解も生じますね


世の中、割と、別に「人と一緒に居ても平気」というタイプの人が、そうでない人に比べ多いように思うのですが


どうして世間一般の人たちは、人とずーっと一緒に居て平気なのか・・・

私みたいなのから見れば、そのほうがよほど不思議です。


(注)それがストレスになったりそのせいで病気になったり具合悪くなったりしないという意味です。
そりゃ誰でも人と一緒に居れば疲れるでしょうけどそういう意味ではありません。
この辺も分かる人にだけ分かってもらえばいいのですが。
最近伝わらなさに、ブログ書くのがめんどくさくなってきた。
でも「自分の考えたことがそのまま伝わってるわけない」と覚悟してたほうがイイのかもしれないとも思う。

非HSPの不思議の数々ってけっこうたくさんあるんですけど

娘が非HSPなんですけど

学校の教科書&バッグをマンション下の自転車のかごの中に置きっぱなしにしていて、取りに行かないことがありました。

別に遠いところではなくて。マンションのエレベーターで1階まで降りてすぐのところです。

「取りに行きなさいよ」ということでケンカになりました。

私の頭の中では

1階の道の脇に止めている自転車なので、ホームレスがバッグごと持って行く可能性がある。(ホームレスは何でも拾っていく)
 ↓
もし無くなった場合は、教科書をまた先生に頼んで取り寄せてもらわなければならない(先生の仕事をムダに増やしてしまい先生に対して悪いし親としても気を遣うし娘と一緒に先生に謝らなくてはならない)
 ↓
バッグは私が買ってあげたバッグなのに、外に一日放置とはお金の遣い方としてはお粗末過ぎでヒドイ

等々のことが頭の中を一瞬で駆け巡り、カーっとなり「すぐに取って来い」と怒ったのですが

娘は 「ひと晩くらいいいやろ~大丈夫よ」と暢気。


私の中では「紛失するようなリスクのあることはするな(無駄な心配しなくちゃいけないのがイヤ)」なのですが

娘の中では「ひと晩くらいは置いておいても盗られたりしないよ」

ということで、考えていることが、感じていること、「大前提が真逆」なんだなあと思いました。

無くならない、盗られないかもしれない。けれど、もし教科書がゴッソリ無くなったら大変なことになるのに・・・

今まで、娘以外の他の非HSPの人たちにも常々感じていたことですが、非HSPって「リスク管理」に関して、妙に甘い・・・気がするのです。

非HSPが「そんなことになるとは思わなかった」ということの数々が、HSPにとっては「そんなん起きても当然のことやろ」と感じられることだったりします。


世の中で「何でこんなことになったのか、何でこんなことをしたのか」と思うことって、たくさんたくさんあるのですが

主に非HSPが「このくらい大丈夫やろ」と思ってしたことの数々なんではないか・・と思ったりします。(私の勝手な憶測に過ぎませんが

「何かあったとき」についての予想や予測が不思議なほど何もたっていない。

先が見えていないような・・予測ができていないような・・そんな感じを強く受けるのです。


あと昨日は、娘は、家にあった扇風機をなぜかどーんと引き倒してしまい、結果、壊れて動かなくなってしまいました。

今日、仕方なくP子が粗大ゴミにもって行きました。

「・・・なぜ家の中で扇風機にぶつかって倒すなんてことが起きるんだろうか・・・」とP子は不思議に思います。


また、娘の話によると、昨日、人が娘をあまりにもジロジロ見るので、
娘は「なんだコイツ」とムカつきながら、その人を睨みながら歩いていたら、店のドアに顔をぶつけたそうです。(ほとんどギャグ漫画の世界。本当にこんなことをする人がいるんだと思って面白かった

時々、「ガラス戸が見えなかった」とか「ドアに頭ぶつけた」という人っていますが、私はそういうことをしたことが一度もないので、なぜ戸に顔をぶつけるなんてことが起こるのかが非常に不思議だったのですが、娘がそのタイプなので驚きです(自分の娘なのに・・・)

なぜそんな(面白い)ことになるのか、その辺のことは私にも理解できません。


また別の日に、娘と一緒に歩いていたら、娘は道に落ちていた、濡れた軍手をふんづけてしまい。
「わーなんかぐんにゃり」と言ってすごく驚いていました。(これも傍で見ていてすごく面白かったけど

私は道に落ちてる変なものを踏んでしまうことなんて、ほとんどありません。

軍手って、けっこうデカイです。おまけに道は舗装されていて、雨に濡れた後だったので濃いグレー。軍手は白で目立ちます。

それなのに何で踏むの?・・・足元も見ないで歩いてるってこと?????


HSPは「非HSPに比べ、さまざまなたくさんないろんな情報を(拾おうと思わなくても)拾ってしまう」と言われていますが
たぶん外の状況を瞬時に把握するような能力は、たぶん非HSPよりも確実に高くて
だから、外でドアに顔ぶつけたり、変なものを踏んでしまう確立は、たぶん非HSPよりも低いのでは・・と思われます。

でも瞬時にいろんなこと把握しちゃうからこそ、いろんな情報が入ってきちゃうからこそ、必要以上に緊張したり疲れたりとかするんでしょうけど・・・


ただ
HSPから見ると「みんな(非HSP)何でそれに気づかない?!」と非常に不思議に思うし

HSPから見ると「他の人(非HSP)も、そんなの当然気づいてるだろうこと」とつい思ってしまうので

「気づいててこんな(ヒドイ)ことするわけ」とか
「信じられない」とか
「気づかないフリしているの
などと思って対非HSPのとき、動揺してしまったり、腹が立ったり、傷ついたり、誤解してしまうこともよくありますが(HSPと非HSPでは「認識の差」で誤解が生じることすごく多いと思う)

非HSPは「本当に気づかなかった」ということもあるもようです。(HSPにとっては信じられないし驚くけど)

HSPと非HSPの間では、「もしかしたら認識の差による大きな誤解が生じているかもしれない」ということは、心に留めておいたほうがいいかもしれない・・・と思っています。

非HSPの人の中には「何かあったときは『気づかなかった』と言えばいい」という、ちょっとズル賢いというかいわゆる「処世術」を使う人もけっこういるもようなのですが
本当に「気づかなかった」という場合も多々あるようなので、その辺が注意が必要だなーと思います。

その辺の見極めが難しいんですけどね・・・

でも個人的には、HSPにしても非HSPにしても、「ご縁が深い」人とだけ、無理せず細く長く付き合っていくだけのことだと思っています。

最近、一部でなぜか

HSP(超敏感症候群)

などという表記を見かけることがあります。

どこかの医師がつけたとか言われていますが、呆れるほどの誤訳の上、HSPのイメージが非常に悪くなる言葉、HSPのイメージを貶め、誤解を招き、HSPのプライドを傷つけるヒドイ表し方だなあと思います。

非常にHSPからの反感を買うような書き方で
HSPをそういう風に捉える医師のところには絶対にお世話になりたくないもんだわと思ったりします。

何より間違っているのは
HSPというのは「心理学用語」のうちのひとつであるということです
(HSPというのは、アーロン博士が提唱した言葉ですが、アーロン博士は心理学者です)


HSPの皆さんは既によくご存知かと思いますが

HSPはHighly Sensitive Person の略で 「高度に感受性が高い人」と言う意味の言葉です。

まず「HSPの定義」を エレイン・アーロン博士のHP で確認  コチラ

HSP研究のアーロン博士も
「HSPは正常な特性です」「持って生まれたものです」と明記していらっしゃると言うのに
「過敏性症候群」って「はあ」って感じで、いったいなんでそうなるのいったいどういうこと

「心理学用語」なのに「症候群」 だなんて、まるで病気かなにかみたいに表記するとは・・・

全国の、いやもしかしたら世界中のHSPを敵に回す行為かもしれませんね。

デリカシーの無さもはなはだしい・・

もしかしてHSPからの反感を買いたいから、あえてそういう名前つけてるの?


アーロン博士の言葉
「この特性は新しく発見されたものではなく、誤って理解されてきたものです。」

「ただ、私たちの周りにいる多数派の人たちにはうまく理解してもらえなかっただけなのです。」

「多数派」ってつまり主に非HSP等のことですけどね。
「うまく理解してもらえなかった」っていうのはぶっちゃけ誤解されてるってことですよね。 

つまり非HSPに誤解されまくってきた、ってことね。ほんと誤解され続けてきたし今もそうだけどね。
医師は非HSP多いしね。

どなたかHSPについてのWikipedia を作ってくださいませんか。
これ以上HSPのことが妙に誤解されてしまう前に。

 <関連記事> ◆HSP(Highly Sensitive Person) のウィキペディア(Wikipedia)を作ってくれませんか^^


「Highly Sensitive Person 」でグーグル検索すると、世界中のHSPたちが話している姿を you tube でたくさん見ることができます。

世界中のHSPたちが自分のHSPとしての経験や感じたことを話しています。
世界中にたくさんのHSPたちがいますよ。イキイキとして感受性豊かで素敵なHSPたちが世界中にたくさんいます。
彼らが「病気」とでも言うのでしょうか?
 ▼  ▼
https://www.google.co.jp/#q=highly+sensitive+person&safe=off&start=0&tbm=vid

日本にはHSPについて「病気まがい」の表現をする非常にデリカシーのない、HSPたちの神経を逆なでするような医師がいる事を知ったら、世界中のHSPたちはいったいどう思うでしょうか。

まあ気分を害するし、怒るでしょうね、当然ながら。こういうのほんと日本の恥だと思うわ

こんな変なことやってるのは日本だけなので、一刻も早く、やめて欲しいもんですね、そういう誤った表記は。


でも、もしかしたら医療業界とは、こういうものなのかもしれません。きっと何でも病気扱いしたいことでしょう。
そのほうが「患者さん」が増えて儲かるしね。

つくづく、HSPはこういう所とは関わらないほうが身のためかもと思います。
(病院に行って、非HSP医師たちの心無い言動に傷つけられてきたHSPはとても多いよ。だからHSPはもっと賢くならないといけないと思う。自分を自分で守るために)

それに医師にとっても、HSPが「患者」として来たりすると、きっとメンドクサイことになると思いますよ、ぶっちゃけ。
特に非HSP医師はHSPには手こずるかと思いますそれでも患者にしたいのかなあ?

HSPでないなら、そもそもまずHSPの感受性をよく理解できないだろうし。
それに普段からその手の話はどうにも通じていないような気がものすごーくするんですけど。

非HSPにHSPが上手く扱えることはまずないと思うし、HSPから不信感もたれるのがオチですね

HSPの感覚が理解できるのは、同じHSPだけ。ハードな医療業界は非HSPの独壇場でHSPは非常に少ないです。

話を聞いてもらいたい人は、HSPカウンセラーさんたちに話をしたほうが話が通じますよ。  HSPカウンセラーの皆さんはコチラ


HSPにとっても
HSPは「性質」なので、その「性質」と上手に付き合っていく方法を自分なりに見つけていくことが一番大事なことで、それなしには問題が解決することはまずないでしょう。

自分の「性質」と自分がどう付き合っていくか、が問題で、もともと病院のお世話になるようなことではないのです。

今ご自分がツライなら、自分の仕事が自分と合っていないか、人間関係が合っていないか、環境や場所が合っていないか等のどれかなので、それならひとつひとつ変えてみて試してみて、何が自分に合うのかを自分で検証し続けていけばいいだけの話ですね。

ずっとやり続けている間に、検証し続けている間に、答えが出るはずです。

苦しいなら、その人にピッタリの仕事や人間関係や居場所を、まだ「ちゃんと見つけられていない」というだけのことかもね。


また、特に日本では「感受性が高い人」「繊細な人」というのは、非常にマイナスイメージに捉えられやすい傾向があるように感じています。

アーロン博士の本の中でも、日本のHSP本だけが表紙が妙に子供っぽくてヘンですよね。(くまちゃんのデザインだったり、なんかすごく幼稚な感じのおじさんの描いてある表紙だったりね)

アーロン博士によるHSPの原書はオシャレな表紙の、洗練されたイメージの本ばかりです。 こちらのページで比較できます。

海外ではHSPはかなりオシャレで洗練されたイメージもあるというのに、日本では・・・何と言うHSPのイメージの歪めよう、貶めようでしょうか。

世界中のHighly Sensitive Person の本にこんなHSPをバカにしたみたいなイメージの本ありませんよ(私の個人的な意見に過ぎませんので悪しからず)

グーグル検索で、「Highly Sensitive Person book 」などと入れて、ざっと探してみればおわかりになると思いますが、こんなの日本だけみたい。


なんかいろいろ考えてると、なんだかウンザリしてきました・・・

震災後のさまざまなこと、あえて日本人を病気にしたいのかなと思わざるをえないようなことがたくさん行われ、日本には心底ウンザリしたし失望しました。

これから日本がどういう方向に向かおうとしているのかが、震災を機にわかった人、気づいた方々もきっと多いかもと思います。

あのときも「ああつまり不健康な人を増やしたいってことなのね」と感じましたが、震災後3年目にして改めてまたウンザリさせられたというか・・・


HSPの人は「自分が繊細なのが悪い」などと、もしかしたら勘違いしてるんじゃないの??と思うことがありますが、
そもそも、HSPが繊細で感受性が高いことが悪いのではなくて。

HSPの中でも、繊細さをまるで悪みたいに扱う日本に生まれ落ちてしまったことが、HSPとしては非常に不運なのかもしれないなー、と思ったりします。

日本では繊細なのはいけないことみたいに言われ過ぎのように思います。


ただね・・・

自称「繊細な人」が「私、繊細だから」と繊細ぶったり弱い子ぶると、確かに非常にウザイ感じがするんですよね

HSPの私でも、内心「うぜえ・・・」とつい思ってしまうので、「強さ」を競っている非HSPならなおさらでしょうね。

確かに周りの人たちに甘えている人、甘え根性の人たちがとても多いところですからね、日本は。


HSPの人も、自分の繊細さに甘えるのではなく、豊かな感受性や繊細さを活かした仕事して自立して食べていくとか

「繊細さ」を甘えや後ろ向きに使うのではなく、繊細さを前向きに使っていくことが必要だろうと思われます。

自分の持ち味や繊細な感受性を活かしていないHSP、そして認められていないHSPが、あまりに多過ぎということでもあります。


でも、それでも多分、日本は「感受性の強い人」「繊細な人」が最も生きにくいだろう国のひとつかもしれないとも思います。


日本では「繊細」ということが、不当に誤解されすぎ、マイナスイメージもたれすぎかもですね。


だからそういう日本に生まれてしまったということが、ある意味、不運だったかもですね。

日本とHSPの組み合わせって、多分すごく相性悪いかも・・・とも思うんですよね。

日本だと繊細なのはいけないこと、何の得もないこと、みたいに言われがちですが、確かにこういう日本の雰囲気の中では「あんまりトクないよな~損ばかりで」と私も思います。

まあ日本もいつかはHSPについて、もっと理解が進んだ世の中になるのかもしれませんが、まだまだかなり時間かかりそうですね、この分じゃ。

このまま待ってても時間もったいないし、そんな日がいつ来るかさえもわからないので、このままずっとツライ思いをし続けるよりは
HSPの人は、もしかしたらそんな日本からはしばらくとりあえず距離を置いたほうがいいのかもしれないね・・と思うこともあります。

やたらと誤解されるばかり、否定されるばかりではなんだか悲しいし虚しいですからね。

でもまあ、その人の考え方次第、行動次第でケースバイケースだとは思いますけどね。

今、LCCもできて飛行機も安くなったし、HSPは、もっと広い世界に出てみるのもいいかもですね。


台湾は日本から最も近い外国。

台湾のリラックスした空気感は私はとりあえずHSPにはオススメだと思いますね。


1度も台湾に来たことがないHSPの人は、1度体験してみたほうがいいかもと思いますね。

まあでも私が言っても信じない人もいるでしょうし、相性もあるし、こういうの実際に自分で体験してみないとわからないことですけどね。

その人の感覚にもよるとは思いますけど、海外に行ってみれば、目からウロコがボロボロ大量に落ちる、私みたいなHSPもけっこう多いのかもしれません。


まあでもとにかく、日本のHSPの表記について、病気まがいの誤った表し方については、ほんと、なんとかして欲しいわ、すぐにでもやめてもらいたいもんだなあと思います。

HSP(Highly Sensitive Person) のウィキペディア(Wikipedia)を作ってくれませんか


そういうのできる方、どなたかいらっしゃいませんか??

一応、P子もトライしてはみましたがウィキペディアは、「百科事典的」な書き方をしないといけないと言う事で、私には難しかったです


ウィキペディアには「ウィキペディアの書き方」というのがあるんですが、読んでは見ましたが、どうもよくわかりませんでした。

ウィキペディアの書き方 入門編


「百科事典的な記述」をする必要があるそうですが、私はもともと理系で、日本語の表記方法の云々とか、そういうのには非常に疎いです

出典等も書かないといけないそうですが
出典はHSP研究の第一人者、エレイン・アーロン先生の書籍やHPでたぶんいいだろうと思うのですが。

その際、エレイン・アーロン先生も明言されていらっしゃるように


「HSPは正常な特性です」「HSPは病気ではありません」
と言うことをウィキペディアに明記して欲しいなあと思います。

なぜなら、もしHSPが「病気」みたいな捉え方になってしまうと、非常に危険だと感じるからです。

最近、HSPについて「過敏性症候群」という名前がついているのを見て驚きました。

これは日本だけのことですね。

勝手に名前つけていいんですかね。
エレイン・アーロン先生もビックリしてるでしょうね。

それにこれって誤訳ですよね。

HSPは、Highly Sensitive Person で高度に感受性の高い人。どこにも症候群なんてありませんね。

ちなみに過敏性腸症候群は、IBS(Irritable Bowel Syndrome)ですよね。

まったく違う言葉なのに、なぜかHSP(過敏性症候群)とセット表記されていることがあって
「なんじゃこれは(松田優作風に)」状態です。

エレイン・アーロン博士のHPにも「HSPは病気ではありません」と明記されているのに、なぜか病気みたいに表記されてます。大間違いですよね。

エレイン・アーロン博士のHPはこちら

あと、エレイン・アーロン先生の著書の著作権とかはどうなるんでしょうかね?
勝手にHSPを病気扱い表記して大丈夫なの?法律にはふれないんでしょうか???

何かヘンですよね。

病院の先生が「HSP(敏感性症候群)」なんてこと仰るとしたら、それは大間違いなので、そういうことを仰る先生がちょっとヘンな先生だということになりますね。

今のうちにちゃんと訂正しておかないといけないんじゃないかなあと思います。

それにもしHSPが「病気」みたいな捉え方になってしまうと
「私はHSPです」と自分から言う人がものすごく少なくなってしまうでしょうね。

「病気」や「治療対象」にされてはたまりませんからね

HSPはもともと病気ではないので、治療対象ではありませんし、治療して治るとかそいう類のものでもありません。

アメリカはじめ海外では「HSPは病気ではない、正常である」「単なる特性のひとつ」という捉え方がされているようですが
日本は海外に比較しても、ちょっと特殊なところ、変なところがある所だなあと常々感じているので、どういう風になるかちょっとわからないような・・気もしています。

というか、もうすでに、なんだかおかしな流れになっていますよね

でももし日本で今後、HSPが病気扱いされるのならば、私もHSPだと公言することはやめるかもですね。

まあそれは当然のことですよね。

「病気」や「治療対象」にされてはたまりませんからねHSPはその辺は慎重ですよね

なんだかわけわかんない、変てこなことがたくさんたくさんある国が日本なのかもですね。
(だからいろいろ深く思索するHSPは日本では混乱しやすいかもとも思う)

変なことにいち早く気づき、「それ、ヘンだよ」というのが、もしかしたらHSPの役割なのかもしれませんけどね。

まあでも賢いHSPの方々なら、「性質」であるHSPを病院で「診察」「治療」してもらう無益さアホらしさについて、気づかれるだろうとも思うので、あまり心配もしていませんが。


できればHSPについては「繊細な感受性を持つ芸術的感性を持つ人」という方向付けやイメージ付けをしていくことが、HSPの明るい未来の為に一番いい方法のうちのひとつかな~と思っています。

HSPと言ってもいろいろな人がいるので、他にももちろんさまざまな方法があるとは思いますけど。

HSPで、もともと芸術方面が好きで、そっち方面に進みたくても進むことができなかった人たち、「普通」や「堅い職業につけ」と教育されたHSPたちで、結果的に堅い仕事に就こうとして不適応を起こした人たちもたくさんいたし、今もいるだろうと思うのですが(実際、私もそのひとりですけど)、そういう人たちをもっと減らせるかもと思うのです。

HSPのことがもっと知られて、HSPの成功者やHSP的感性を楽しんで生きている人たちがどんどんたくさん出てくるようになれば
子供を教育する場合に「この子はHSPだから芸術方面に進ませるのもイイかもね」などなど、HSPの子供に対する接し方が上手くなったり、理解できる親御さんも増え、親御さんも悩みが減ってラクかもだし、HSPの子供(HSC)もラクになるかもだし、HSCも「自分だけが違うみたいだけどなぜ?」などとムダに悩まなくて済むかもだし、親子間の理解についても今よりは理解しやすくなるかもと思われます。
(特に非HSPとHSP親子間の誤解や無理解を減らせる可能性があるかも。ただ非HSPはHSPの言う事に耳を傾けないことが多い気がするけど)

特に非HSPは「大勢」が認めることしか認めないし、「大勢」が知ってることしか知らない傾向が強いなあと常々感じます。

だからHSPのことも、HSPがどのように感じているのかも、非HSPに説明するのはすごく疲れますよね。(ぶっちゃけ非HSPに説明するの超メンドクサイよ

HSPは「大勢が気づかないことにいち早く気づく」ということが、もしかしたらひとつの特長かもですが
非HSPがHSPの言う事が本当だった、正しい、と気づくのは、(すごく賢い非HSPをのぞいて)ずっとずっと後のことです。多くの場合、時間に任せるしかありません。


というわけで
日本語の使い方に長けた文系の方、「百科事典的な記述」というのがお分かりになる方、HSPについてのウィキペディアを作って下さいませんか?

全国のHSPの皆さんが、HSPについての「正当な」表記をしたウィキペディアができるのを待っているかと思います。


「できたよ」という時にはまた教えて頂ければと思います^^


そのときは、本ブログからリンクしてご紹介できたらいいなと思っています


よろしくお願いします。

HSPの人の中でも、HSSの人、非HSSの人、エンパスの人、エンパスでない人など、非常にいろいろなタイプの人たちがいるわけですが(実際は当然ながらさらにもっと多様だと思いますが)

旅行ならまた話は別ですが
台湾に長い事、住んで、リラックスできて「心地よい」と感じるのは、たぶん

刺激を求めるHSSよりは
刺激を求めない非HSSの人かもでしょう。

HSSとは、  High Sensation Seeking、刺激を求める人、刺激が必要な人、刺激を見つけようとする人

つまり「変化に富み、新奇で複雑かつ激しい感覚刺激や経験を求め」、さらに「こういった経験を得るために肉体的、社会的、法的、経済的なリスクを負うことを好む」人のことですね。  

 <関連記事> 刺激を求める人、HSSとは? HSS自己診断テスト

非HSSは、HSSと逆で、特に刺激を求めない、刺激的なことをあえて探そうとはしないタイプですね。

非HSSは、強い刺激はもともと求めないし、強すぎる刺激だと時に苦痛に感じることも多々あるかと思います。

刺激が強すぎるとき神経が疲れてしまって、ひきこもりたくなる人の多くは、たぶん非HSS度が高い人のほうでしょうね。私もこのタイプですけどね。

時折、非HSSの人が傍から見ると刺激的なことをしている場合もあるかもしれませんが、それは非HSSが自分を守ろうとして何らかの手段を講じている時か、何か「ストレス解消」をしている時か、または「やけくそ」になっている時かのどれかかもね、と個人的には思ったりしています


P子がHSP、非HSS(感受性が高く、刺激を求めないタイプ)のせいか、台湾のリラックス感は、P子にとっては「ちょうどいい」と感じます。

日本では疲れやすく鬱っぽく、気分が悪く、朝もろくに起きられず、人とも会いたくなく、胃腸の調子がいつも悪く、ときに過食もあり、いくら食べてもおなかがいっぱいにならないとか、食べ物の味がしないとか、不眠とか、いろいろ不快な症状たくさんありましたが

台湾に住む事で全部解消しました。

(台湾に住んでいても、もちろん何かストレス感じたときは、上記症状出たりすることもありますけど、日本ほどは出ない。日本にいたときはこれが毎日でそれが普通だったけど、台湾では毎日は出なくなりました。今は対人関係等で、何かストレスがあったときだけに出る。主に家族関係や人間関係のストレスだけどね)

そういうわけで、台湾に来て私は前より随分健康になったので、私的には台湾はイイと思いますが

けれども
非HSP(繊細だったり感受性が高いわけではない)でHSS(強い刺激を求める)の娘にとっては
「台湾は刺激がなさすぎ」「ぬるい」らしいですよ(他にも非HSPの人から同じ事聞いた)

まあでも娘も、最近では、言葉も通じたり通じなかったりの現地中学校に「突撃状態」で周りにビックリされながらも通っているので、「刺激的」で娘的にも「ちょうどイイ」みたいだけどね

でも私は相変わらず、やってることは日本とほとんど同じですからね。仕事内容もね。ただ場所が海外になっただけでね。

実際のところ、ただ普通に生活するだけならば、台湾は刺激はあまりないかもですね。

リラックスはしますけどね。


刺激が欲しいタイプの人は、言葉わかんないけど台湾の学校に通ってみるとか(刺激的)、言葉わかんないけど何か海外で仕事立ち上げるとか会社立ち上げるとか、何か初めてのことをやってみるとか(刺激的)、台湾の会社で日本人のいないところに勤めてみるとか(刺激的)、何かしらかなりのプラスアルファが必要かもですね。

でも何やっても、最初は刺激的だったとしても、きっと慣れとともに、刺激が薄れていくことでしょうね。

だからHSSの方はきっといずれ台湾には飽きがくるかもね、と私は思っています。

HSSの人は台湾よりは日本にいたほうが刺激と言う面では向いているかもと思ったりします。

日本のほうが、台湾よりもずっと刺激的ですからね。

娘もずっと台湾にいる気はなさそう。

私はできればずっといたいけどね。ただ中国語の発音が上手くできないのがネックだけどね。

娘は、台湾で中国語会話と英語会話を身につけて、国際的な仕事(具体的に何だか知らないけど)か芸術関係の仕事(こっちも具体的に何だか知らないけど)をしたいらしいです。

旅行ならいざ知らず、HSSの人にとっては長期で住むなら台湾はあまり向いていないかもしれない、と私は思っています。
(いい意味でも悪い意味でも日本のほうが刺激的) 


P子がHSP、非HSS(感受性が高く、刺激を求めないタイプ)なので、台湾ステイ(短期の旅行ではなく、ひと月くらいからの長期ステイ)されるのなら、できれば同じHSP、非HSSの方が、P子的にも希望です。

同じHSP、非HSSの方の気持ちや感じ方・距離感については、たぶんお互い共通点が多いし、お互い刺激も求めないので、つかず離れずの心地良いお付き合いがしやすいかもと思います。

また「台湾は住むのに良いところ」と感じるのもたぶん非HSSでしょうし、たぶん非HSS度の高い人、より非HSSの人にしか、台湾に住む良さを理解できないかもしれないと思ったりします。(まあその辺人それぞれでしょうけどね)

ぶっちゃけ、私みたいに、ほっとかれるのが好きな人、静かに一人で居るのが好きな人、リラックスを求めている人のほうが台湾ステイや台湾に住むことについては、向いてると思うよ

繊細と言われるHSPの中でも、HSSの方は強い刺激を求める方が多いので、
刺激を求めない非HSSの私には、HSS度の高い方とのお付き合いは、刺激が強すぎて、神経的にかなりキツイものがありますし、接した後でなんかグッタリ疲れたり体調崩して寝込んじゃうことも多いですが

たぶんHSSの人にとっては、非HSSの私では、きっと退屈だったり、刺激が足りないかもなあと思ったりします。

ぶっちゃけ、私的に、「HSSの人はやることが刺激的過ぎて、こっちの神経がもたないわ」と感じることも多いので、疲れてお付き合いができなくなることも多々あります。

ネットから突撃で私と関わりを持ちたがる方というのは、お察しの通り、HSSの方がほとんどなのですが、
「お客さん」としてのお付き合いなら当然しますけど、「それ以上」を求められた場合、当然ながら、困惑してしまうことが多々あります。

(それは誰でもそうだと思うんですけどね。
私のことをブログを読んだだけでいろいろと勝手なイメージを持っている人がけっこう多いみたいだし、私からすれば相手のことはほとんど「知らない人」状態なので困惑してしまいますね。
逆の立場になってみれば、逆の立場を想像してみられたら、自分がその立場になっていることを想像されたら、よほど想像力の乏しい人でない限り、たぶん状況がおわかりになるかと思います)

実際、鑑定依頼者の方(メール鑑定・対面鑑定・Skype鑑定などいろいろ)や、HSPの会で出会ったりして

そのあとお付き合いが続いた方々や、その後も友人としてお付き合いしている方々もいらっしゃるのですが

それはよほど相性が良かったり、ご縁のある方だけかもです。

またご縁があっても、相性が微妙だと、あんまり良いお付き合いができないなあ・・・とか、なかなか続かないなあ・・・というのも実際感じていますし

ちゃんとホロスコープを使っていない方とも上手く行かないので、その人次第なところもありますし(特に開運行為をちゃんとしていない方はちょっとムリみたい)

その辺はもう成り行き次第というか、ご縁次第、相性次第なので、何とも言えないところですね。

HSS度にもよりますが、HSS度のかなり高めの方だと、私は、だんだんお付き合いできなくなり、途中でフェードアウトさせて頂いてきた過去が実は今までたくさんたくさんあります

なんかムリなんですよね(この辺は非HSSの人にしかわからない感覚かもと思うけどね。感覚やテンションがあまりに違い過ぎて、話が噛み合わないし、感覚が違い過ぎてついていけないので、妙なところで関係がこじれるような感じ?)

でもHSSの人にも悪気がないのがわかるだけに、私もお付き合いできなくてなんだか悪いな、と思ってしまって、なんだかツライし、こちらが距離を置いてると相手からは避けられてると思われるしで、お互いに幸せとはいえないし、なんだかお互いあまりいいことないしなので

HSSの人はHSSの人同士で、お付き合いしたほうが、同じくらいの刺激を好む人たち同士のほうが、きっとたぶん良いだろうと私は思うのです。

最近はHSPの人が書いているブログ、増えましたよね。
HSPでHSSの人でブログ書いていらっしゃる方々も当然いらっしゃいますよね。

もしブログ読んだりして共感してブログ著者と仲良くなりたいのなら、その場合は、「刺激度」が大事になってくるかもと思います。

ぶっちゃけ、非HSS度が強い人の場合(私もですけど)、刺激的過ぎる人に対しては、引きますからね
(ぶっちゃけ、こっちの神経がもたないんですよね。そこんとこは知っておいたほうがいいかもね。相互理解のためにもね)

HSSの方の場合は、刺激を好むHSSの方同士、仲良くされたほうが、たぶんお付き合いが続くし、同じように刺激的なことが好きな同士のほうが、気も合うしきっと楽しいだろうと思います。

誰にでも「適切な刺激の量」というのがあるのですが、適切な刺激の量の差があまりに大きいと、
刺激を求めないほうが、刺激を求めるほうから、距離を置くしかなくなるし、関われなくなるし、最後は逃げ出すしかなくなってしまいます。

でも、それはお互いにとってあまり幸せなことではないだろうと思うのです。


「ひきこもり」とか「人と接触したがらない人」「人と関わりたがらない人」っていますけど、きっとそういうことなのかもしれませんね。

「もうこれ以上、人から刺激を受けたくない」ということなのかもしれません。

私も、私よりもさらに刺激を求めないタイプかな、と思われる人から 「避けられた」「逃げられた」事もありますし、その辺はもう仕方ないのかもですね


「すれ違い」とか人間関係ではよくありますけど、もしかしたら、そういうことが人間関係が上手く行く、行かないの「分かれ目」なのかもしれないですね。


私は非HSSですけど、ホロスコープ的には天王星がとても効いていて(特にハーモニクス)「どうしても相手を驚かせてしまいやすい配置」があるので、私の場合、人間関係は難しいなあと自分でも思います。

(P子自身はそれほど刺激を求めないのに、周りにはなぜか刺激的な印象を与えやすいので、たぶん刺激を好むHSSの人が引きつけられてきて、非HSSの人たちは引くと思うんですよね。
でも私が友人として仲良くできるのは、非HSSで、HSSでも非HSS度が低めの人のみかもなんですよね。
娘はHSS度高いけど肉親だからなんとか付き合ってるけど友人だったらまず付き合わないタイプかもと思うよ)

まあなかなかねえ・・・人間関係って、難しいねえ・・・

台湾人の人でも「この人私よりかなりHSS度高めだな」と感じると、私はなるだけお付き合いを控えるようにしています。(そのまま付き合い続けると自分がムリしてしまうだろうことが容易に予想されるので)

「自分に適切な刺激の量」を自分で知っておくことって、もしかしたらとても大事なことかもと思います。

個人的には、同じくらいのHSS度の人と付き合うのが、お互いの幸せのために一番良いかなと思っています。
(一番無理なく付き合えるので、一番長続きしやすいし、疲れにくいし、妙な誤解やトラブルも起こりにくい)


誰しも自分が基準になりがちなので、なかなか気がつかないかもしれないのですが
HSSの人にとっても、HSSとは違って、刺激を求めない人がいるということ、それどころか強い刺激を不快に思う人、嫌だと感じる人たちも世の中けっこういるってことを知っておくのは、お互いに無用なトラブルや誤解を避けるために、大事な事かもと思います。

お互いの幸せと平和のため、知っておいたほうが良いし、知っておくことが必要なことかもと思います。

刺激を求めるHSSの人は、もし日本以外に住むならば、台湾など「刺激が少なくてぬるい」ところではなく、例えばアメリカのニューヨークとか、フランスのパリとか、あとは中国とか韓国とか?そういう「刺激的」そうなところのほうがいいのかもしれませんね。

(私は行ったことがないので実際のところは知りませんが少なくとも台湾よりは刺激的そうなイメージですよね)

旅行なら割とどこに行ってもそれぞれ刺激があって、楽しいものなのかもしれませんけどね。

長期滞在とか、長期スパンで考える場合ならたぶんそうなのかもね、と思ったりします。

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石原
HSPの方の描かれた絵です。すごく素敵ですね。上手いなあ・・・とビックリします

nisikaisi
絵を描かれたHSP男性によると、「女性に対し神秘性を感じる」んだそうです。

絵を見てると、確かにそういうような感じがしますよね。

そういう思いが伝わる絵だから、きっと素敵だと感じるのかもしれません。

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あらたしき



ドラゴン

他にもHSPの方で何か作品のある方はどうぞメール添付で送ってきてください。(但しご自分の作品に限る)
本ブログに掲載いたします。私、絵とか作品とか大好きなんですよね。

石原
この絵、イイよねえ・・・すごく好き目と髪がほんとキレイ。美しいわ・・・

この絵を描かれたのは、那須高原でパッションフルーツ栽培をされていらっしゃるHSP/非HSS男性です。

【関連記事】
◆那須高原在住HSP男性の作っているパッションフルーツ!その上、すごく素敵な絵を描かれる方なんです。ある意味「HSPの理想の生活」かもね・・

HSPの人は芸術系が向いているとかしばしば言われてますけど

確かに「そうかもなあ・・」と思いますが、西洋占星術鑑定した限りでは、そういう人は金星海王星、あとイラスト関係だと水星がすごく強かったりして、その才能も見事なもので「スゴイ・・・」と思いますが

そういう配置じゃないHSPの人も実際けっこういらっしゃいますし


それどころか


いわゆるバリバリ土星が効いてるホロスコープ持ちで、いわゆる「お堅い」仕事についていたり


国家試験を通過し、堅い職場で、堅い仕事でガンガン稼いでいらっしゃる、タフなHSPの方もいらっしゃいますし

超癒し系な優しい方もいれば、イライラしてて怒る事で自分を守っているタイプの人もいますし

前向きなHSPの人も、後ろ向きなHSPの人もいますし


HSPのことを知って安心する人もいれば、知りたくなかったという人もいて、本当にいろいろなのです。

HSPと言っても、本当にさまざまなのですね。

本ブログも、読みたい人だけ読んでくれればいいと思うし


読みたくない人は、私のブログは読まないで、別のもっとご自分の読みたいブログをどんどん読んで欲しいなあと思います。

合う合わないは、ありますからね、当然。相性とかもね。


それに世の中、いっぱいブログはありますからね。HSPのブログも最近増えてきたしね。

だから自分で自由に選べばいいだけのことなのですね。


日本は非常に不自由な雰囲気に満ち満ちた国だと感じていますが、ブログくらいは自分の自由に選んでいいだろうと思うんですよね。

自分からわざわざ不自由な事を選択する必要はないのでね。


それに、したくないことは、基本的にしなくていいのではないの、と私は思っています。

どうしても必要なことはしないといけないかもしれないけれど、それ以外の自由に選べることは、自分で自由に選んでいいのではないかと思うのです。


不幸な人の多くは、「したくないこと」をして疲れ果てています。


したくないことを毎日毎日いつまでもし続けているから、いつまでも不幸が続くんだろうなーと思います。

したいことと、向いていることをしていれば、幸せになりやすいですが、したくないこと、向いていないことをいつまでもいつまでもし続けていれば、そりゃ疲れるし、満たされない思いを抱えてしまうのは当たり前ですよね

そこに早く気づいて欲しいなあと思ったりします。

でも気づいても行動しないと何も変わりませんので、そこんとこはご本人次第なんですけどね。

自分を幸せにする行動が具体的に適切にできるのは、世界に一人、自分だけなのですね。

親や社会から縛られ「したくないことをし続けなくてはならない」まるで奴隷のような毎日を送っていれば、そりゃ病気にもなるしツライだろうよと思います。

子供の頃には誰しも「親から課せられた鎖」や「社会や学校で無理矢理巻きつけられてしまった鎖」等があっただろうし、今もあるかもと思いますが

成長し大人になって

鎖が外された後や、鎖が緩められた後だというのに

鎖がなくなったことになぜか一抹の不安を感じてしまい

ぐーるぐる、ぐーるぐると、今度は自分の手で、自分自身に鎖を巻きつけている人たち

自分を自分で縛っている人たちは、多いです。


「目に見えない鎖」を自分のからだに巻きつけていく作業も、自分にしかできないことだし

「目に見えない鎖」を自分のからだから外していく作業も、自分にしかできないことです。

まぐまぐ!P子のHSPメルマガ、本日、さっき配信開始しました

メルマガ第1号です

もうメルマガ登録して下さった方々がけっこういらっしゃって、嬉しい限りです

ありがとうございます

メルマガのほうがやっぱり本音書きやすいし、どうしても本気出して書いちゃいますね(これはもうしょうがないですね)

一日おきの配信なので、次の配信は明後日ですね。

第2号では、「前世のご縁」について書こうかな~と思ってます。(予定です)

前世からの縁とか、そういうの実は全然信じてなかったのですが
実際に身の周りで、そういう人たち(私のドラゴンテイルに星載せて来る人たち)がやたらいたりすると

そしてそういう人たちとは国外に出ても、ご縁が続くし
そうでない人たちとは、ご縁が切れるし
台湾に来て出会った台湾人の人たちも、主にそういう人たち(私のドラゴンテイルに星載せて来る人たち)ばかりとご縁があるという現実を
目の当たりにしてしまいますと

・・・これって、やっぱり前世からのご縁なのかもなあ・・・と認めるしかなくなってきますね・・・

これって、もしかしたらたぶん私だけでなくて、あなたの周りもそうなのかもしれませんけどね・・・


ただ、この前世からのご縁をクリアした後は、いったいどうなるんだろう・・・と言うのも、自分的にはちょっと気になるところです。

前世の縁が強い人ばかり周りにいますけど、現世や来世用のご縁については、いったいどうなるのよ的なね。

私はもう生まれ変わらないってことなのかな

それとも前世のご縁クリアしたあとにまた来世用の出会いがあるのかな?とかいろいろ思いますけど。

ふと

「・・・ママもう生まれ変わらんかも。

ママの周り、ドラゴンテイル絡みの人たち(前世のご縁)ばっかりやん・・・

やたら多すぎるよね・・・

で、ドラゴンテイル絡みの人たちとはいろいろあってもなぜか続くけど、ドラゴンテイル絡みじゃない人たちとは続かんもんね。

だから何かママ、前世やり残したことがあるとか、早死にとかだったのかもねえ~。

それで前世やり残したことがある人たちと会って一緒に過ごしたりとか、何か一緒に仕事するとか、そういう事になってるのかも。

だからとりあえず『今生で終了』というか『とりあえずこれでイチ、アガリ』みたいな感じなんかも。

だからもうこれで終わりで、もう生まれ変わらんかも」などと私が言うと

すると
私のドラゴンテイルに月をぴったり載せて来る(つまり前世で私の妻の配置)の
娘が 「そんなん困るわ

私「・・・何で困るん?」

娘「来世も私、ママの奥さん希望だから

というわけで、親子でラブラブなのでした~(すみませんねこんなオチで

でもね・・・基本的に、毎日、ゴロゴロしている娘。家事は洗濯物ちょこっと干すくらいかなあ

・・・・妻なら、もっと家事しろよ・・・・

さあ、できるだけ早く、就労ビザ&家族ビザもらって、娘にはさっさと学校に行ってもらいましょう。

ずっと家にいてもらっちゃ私の仕事がはかどらないんだよ

中国語は覚えたか


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HSPらしさをいまだに「欠点」のように思い込んで否定していらっしゃる方もいるようですが

自己否定感が幸福感を生むことはありません。

自分の持って生まれた性質については、そのまま肯定していく事が、幸福感につながりますし

そもそもHSPらしさは「欠点」ではないと私は考えています。

そう周りや家庭・社会から思い込まされていたり、日本社会に適応しにくいだけで。

(ただ日本はかなり特殊な国よ。世界に出てみればそれがわかるよ。なのであなたのHSP的神経が「こういうのっておかしいよ」と警告を鳴らしているだけなのかも)

私はHSPらしさは「長所」だと思います。

でもせっかくの長所も、磨かないとね

「長所」は自分で認めて、自分でコツコツ、細く長~く、伸ばしていくことが大事だと思います


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本ブログでは本音の部分がだんだん書きにくくなってきたなあと思うので、今後はメルマガにて書き続けていこうと思います。

今後は本ブログでは当たり障りのない記事、自分の本音部分を除外した記事のみ書いていこうと思います。

過去記事はブログからは次第に削除し、バックナンバーとして登録していく作業も進めていきたいと考えています。

けっこういろんなことを書いているので、いろんな面で役立てて頂けたら幸いです。

「こんなこと書いてもいいのかな」と思って、表に出さず下書き保存している記事も実はたくさんあるので、読者を絞れるメルマガでは、そういう記事も小出ししていけたらいいな~なんて思っています

ブログでは、コメントが炎上?してしまうことや(家族関係にお悩みの人からのコメントや震災に関することは特に)
他には一部の人たちからの占星術の意味についてのご質問がえんえんと続いてしまって疲れてしまったり、毎日のコメ返しで仕事をする時間が少なくなってしまうので、ブログ上ではご質問にはお答えしない方針でしたが

メルマガ登録者の方々からのご質問等には、メルマガ内でお答えしていきたいと思います

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子供が幼い時期に、台湾で子育てしたかったなー

と今更ながら思ったりしているP子です。

(元旦那さんが生活費を送ってくれるのなら、の話ですけど。まず絶対ムリだけど


日本は子育てがしにくい国かもしれないと思います。


日本では子供がぎゃあぎゃあ泣いていたら、母親が泣き止ませることを求められるし

日本では子供がしたことは何でも母親が悪いとされ、母親が責められます。


でも台湾では母親は責められていないみたい。

それに台湾では一般的に、人を責める人はいません。

台湾ではなぜか赤ちゃんがあまりギャアギャア泣きません。

たまーに泣いてる赤ちゃんもいますが、すぐ泣きやんでいます。

また「赤ちゃんの鳴き声がうるさい」と言う人、「早く泣き止ませろ」と睨む人なんか誰もいません。

というかなぜか台湾では赤ちゃんの鳴き声がうるさいと感じないのです。たとえ電車の中で泣かれても。

台湾にはそういう不思議な空気があります。私はこれを「台湾マジック」と心の中で勝手に命名しています

それに母親がストレスを感じていないので、子供もストレス感じにくいことでしょう。

実はP子は子供が幼児だった頃、毎日のように怒っていたので、息子から嫌われてしまっていました。
(ママは怒ってばかりだからキライだといわれていましたすまんね)

でも日本ではなぜか理由もなくイライラしてしまうのです。イライラしてるママたちもとても多いです。
女の子を育てているお母さんもイライラしていますが、男の子を育てているお母さんたちはさらにイライラしています。
あれはいったい何なんでしょう・・・。

P子は子供達に「ママは台湾に来て怒らなくなったね~穏やかになったね~」とよく言われます。

日本では、よくキレていたP子ですが、台湾では全然キレません。(オイオイ

HSPは普通の人よりいろいろ感じ取ってしまうので、その分、イライラしやすいかも、疲れやすいかもなあと思ったりします。

日本では全体的に母親達が消耗してるんですよね。母親たちがとても疲れています。

P子も子供が小さいとき、疲れ果てていて、少し休みたい、どこかに逃げ出して1人になりたい、子育てから逃げたいなどとよく思っていました。

そしてそんな風につい思ってしまう自分を責めていました。正直、毎日辛かったです、非常に。

でも日本の子育てってそんな感じです。ひたすら母親のガマンと献身で成り立っているのが日本の子育てです。

たまに余裕で子育てしている人も見ますが、正直、相当鈍い方・・・だったりします(ゴメンナサイでもきっと本人も子供も幸せだしいいじゃないですか)


台湾では女性がかなり堂々としています。威張っています。態度デカイです。

そして男性も女性にいちいち文句つけたり、女性に対しどこか偉そうにしたりとかしません。

オバサンをバカにするような雰囲気もまったくありません。


また日本では、女性は受身で男性より一歩下がっている感じが今もどこか好ましいとされています。

女性はさりげなく男性をたてることが言外に求められます。

日本では女性は少々バカのほうが男性ウケがいいので、日本人女性の多くは、バカとか天然のふりをしています。

(外国人男性から見ると、日本女性がバカなふりをするのを見ているとイラつくそうです


ただ日本では、男性たちは過酷な労働環境で働いている事も多く、いろんなたくさんのことを社会から要求され

ストレス社会の中で男性たちも鬱憤がたまっていたり疲れています。

「こんな思いをして毎日働いているんだから、女性に癒されたい」とか「女性からメンドクサイこと言われたくない」

また男性が社会から抑え付けられている分「女性くらいは自分に従って欲しい」と願う男性も多いように感じています。

というわけで、日本では男性は社会の中で抑えつけられていて、その結果、女性は男性から抑えつけられやすいみたいな土壌があると思います。

まあとにかく男も女もみんなけっこう大変なわけですね。

でも女性が大切にされない国は、あんまり暮らしやすい国、人が生きやすい国ではないかもと私は思います。


それから、台湾は日本に比べると確かに不潔です。日本の環境は全体的にとても清潔ですが、清潔すぎる部分があると私は感じています。

ちなみに寄生虫が普通にいる地域には、アトピーがないそうです。

ひと昔前(30年位前)はアトピーはとても珍しかったですが、今の日本にはどこにでもアトピーやアレルギーの人がいますが、たぶん清潔すぎる事とも関係がありそうです。

たぶん日本は人間が健康に暮らすにはきっと清潔すぎるのかもしれないと思います。

人間も自然の一部。

不自然な状況、つまりあまりにも衛生的な環境と言うのはきっとかなり不自然で、本来、人間にはマッチしてないのかもしれないと思います。

ほどほどにキレイで、ほどほどに汚いのが(たぶん)いいってことですね。



他には

台湾では犬がとても落ち着いています。

おとなしくバッグに入って首だけ出している犬たちをよく見ます。(それもペット用でなく普通のショルダーバッグよ)

バッグから首だけ出していてもジタバタしません。リードなしでも逃げない犬たちばかりです。

ときには飼い主のバッグに全身押し込まれていて、バッグの口のファスナーまで閉められたりしていてほとんど密閉状態ですが(電車の中とか)、抵抗しません。ビックリ

犬も「まあいいや。そのうち出れるやろ」みたいな感じです

先日娘が、近所のワンちゃんが、飼い主に「散髪」(トリミング)されているのを見て驚いていました。

暑いので飼い主がワンちゃんの毛をハサミでカットしていたのですが、ワンチャンはじっと座って、嬉しそうに尻尾を振ってじっと動かずカットされていたそうです。

「ご主人様にお任せ」って感じ。すごい信頼関係と安心感。もちろんリードなし。

日本ではよほどしつけの行き届いた犬か、犬の学校に通わせないとこういうのできないことかもと思うのですが

台湾の飼い主と犬の間は、そんな感じが主流で、それが当たり前で自然です。


いっぽう、日本の犬は落ち着きがない犬が非常に多いような気がします。

私も日本ではあまりリラックスできず、いつも落ち着きませんでした。

「犬並みなのね」とかそういうことではなくてね

たぶん「上手く言葉に出来ないけど、人を不安にさせる何か」をいつも感じ取ってしまっていて、いつもリラックスできなかった、落ち着かなかったのだろうと思います。

日本にいると、何か知らないけど、妙に焦るんですよね。あと妙な圧迫感?みたいなものを感じます。

それに、いつも人と競わせられるんですよね。なんかいつも何にでも勝ち負けがあります。いつでも周りと比較されているような。

だからいつも否定されているようで。そういう中で落ち着かず辛かったです。

誰もが何かに耐え、ガマンしているような。確かに私もいつも何かに耐えガマンしてたような。

あれはいったい何なんでしょうね。今思い返すと不思議です。

日本に充満している空気感は、ちょっと不思議な空気感だと思います。


ほんとに??と思う方は、いっぺん、台湾に来てみて下さい。

来てみて、実際に感じて、比較してみるとよくわかります。

あなたの生きる世界は日本がすべてではないのです。

自分のいる場所は、自分で選び取る事も可能なのです。

目からウロコがボロボロ落ちる感触を味わってみるのもいいかもしれません。

最近ふと思ったのが

自分が視線を向ける先、「目標」「ターゲット」とするところ、自分が目を向けている先はどこなのか、誰なのか、ということです。


HSPの私は、非HSPの人たちとはどうにも感覚が違っていて、お互い理解しがたい部分があるなあと常々感じてきましたが

私は、HSPですが、ひとくちにHSPといっても、当然ながら、実に様々な人たちがいるものです。

(一度HSPの会に参加されればその辺は実感できるかと思います。
HSPとは感覚が普通一般に比べて「鋭い」人たち。感受性は似ています。そういう意味では理解しやすいです。)


私は、HSPの感受性を、HSPだと言うことを「活かそう」と考えるタイプです。

だから、HSPの性質を「活かしたくない」と考えるタイプのHSPにはたぶん不評でしょう。

つまりそれはHSPであることを、否定しているタイプの人ですが

それって自己否定につながるので、その考え方では当然ながらなかなか自己充足感等は得られにくいでしょう。


また、本ブログは、きっと、非HSPにも不評でしょう。

なぜなら、「自分の感じていない事を感じている人がいる」ということで、まず感覚として理解不能だろうし

なんだか非HSPのことを「鈍いよ」と言われているみたいに感じられてしまう、ということもあるでしょう。(でもそれはどうにも仕方のないことなんですけどね)

また、HSPで、HSPの繊細さを「認めたくない」人たち、「非HSPみたいになりたい」と切望している人たちにも、おおむね不評でしょう。

なぜなら本ブログは、HSPの良さを認めて伸ばそう、という趣旨で書いていて、非HSPみたいになることを目指している内容ではないからです。

(なれないものになろうとするのはムダな努力でキツイだけ。非効率的な上にかえって自信をなくしていくと私は思うので)


というわけで、本ブログは、

実はきっと、HSPの中でも 

「限られたHSPたち」のみが喜ぶブログ だったのかもしれない、と気づきました。

たぶん、そういう人たちでないと、ブログ内容がけっこうキツイのかもしれないですね。


特にHSPであることを「長所」「特長」ではなく「欠点」と捉え

その感受性や繊細さを「活かす」方向でなく「封印する」方向へと考えているような人には、キッツイかもね、と思ったりしました。

そういう人たちにとっては、考え方としては、180度の方向転換が必要とされるような内容かもしれませんから。


毎日いろんなコメントいただきますが

本ブログをとても喜んで下さる人もいれば、まったくその反対の人たちもいます。

そして、その内容が非常に対照的なのです。

「読まなきゃ良かった」的なコメントをわざわざ残していく人もいます。

私は別に、その人に読んでくれと頼んだわけでもないし。

ですから、自分の意志でわざわざ読んだくせに何言ってんだろう、と思ったりします。

全部自分で選んで自分で決めて、自分でしたことでしょう。


私は私のブログなので、自分の自由に書きますし、書いていいはずです。

そして私のブログを読むかどうかは、まったく、読む人の自由なのです。


今までもそうでしたが、まったく正反対の内容と言っていいようなコメント、真逆の内容のコメントを両方、同時に頂くことが多いので

「この天と地ほど違うコメント感想は、一体何よ?」と、ずっと不思議だったのですが、その理由がやっとわかったような。

つまりきっと、そういうことなんだろうなあ、と思いました。


最近、どうも本ブログがTwitter?か何かに掲載されたそうで、アクセス数が急に増えました。

たくさんの人が本ブログを読んでくれているようで、今までHSPのことを全然知らなかった人たちに、HSPのことを知ってもらえることは、

知らずにずっと苦しんでいたHSPの人たちにとっては、とても良いことかもしれないと思うのですが

人数が増えると当然ながら、いろんな人が含まれてきます。


当たり前のことかもなのですが、

自分が視線を投げかける先は誰なのか、自分が目を向けるのはどこか、それはどういう人たちなのか、

について、よく自覚する事がとても大事なのかもしれない、と思いました。


誰でもそうですが、誰からも好かれるようなこと、100人中100人から好意を持たれるようなことは、ありえないのです。

誰からでも好かれようと思うなんて、初めからありえない、無理なことなのです。

好きかキライかなんて、その人が自由に勝手に決めることですから。


ですから前もって、「自分の視線をどこに向けるか。どこをターゲットにするか」について、自分の中で明確にする事で、

いろんな人にムダに混乱させられることを防ぐ事ができると思うのです。

自分にとって「ターゲット」以外の人からは、たとえ何を言われようと、どういう評価を受けようと、自分には全く関係のないことなのです。

なぜなら、もともと自分の視界の「外の人」だからです。

つまり、最初から 「Out of 眼中」、ということです。


誰しも、人から評価されると気になるものですが

なぜか勝手に人のことをわかりもしないくせに決め付けたりしていく失礼な人も世の中けっこう多いなあと思います。

他人の本当のところがそんなにわかるわけもないのに。

(でも日本はつくづく、いちいち人の批判をするのが好きな人が多い国、多すぎる国だなあと思う。
その中で毎日暮らしている日本のHSPの人は毎日本当に大変だと思う。)


「はあ」と思ってしまうような、不本意なこと、変なことを言われることって、誰でもあると思うのですが

そういうこと言ってくる人ほど、こちらのことをまったくと言っていいほど理解していないみたいです。


だから言ってくるその内容がとても浅くて的外れで変です。

だからそのような人たちのことは、「つまりそういう人なのね」と考えていいだろうと思います。

つまり最初から「自分の視線外」の人たちなのですね。


人からの評価で、一喜一憂してしまいそうになることって、誰でもあると思うのですが、そういうとき、

「果たしてその人は、自分が視線を向ける先に存在している人なのかどうか」を考えてみるといいみたいだな、と思いました。


そうすると、そのような人は、「実は自分のターゲット外の人だった」

「自分が目を向ける人たちではなかった」

「’それ以外’の人たちだった」ということに、ハタと気がついたりします。

だからきっと妙な感じや、違和感のようなものを感じてしまうんだろうなあと思ったりします。


自分が目を向ける人をどのような人に絞るか、というのは、自分で自由に決められます。

そして、それ以外の人たちに振り回されてしまうのを避けるためには、とても大事なことだと思います。

自分と全然関係のない人たちほど、自分のことを全然理解していない人たちほど、えらく的外れな変なことを言ってくるものではありませんか?

それって、つまりそういうことなんだろうと思ったりします。

自分が目を向ける先の人たちが誰か、それがどういう人たちなのか、を考えると、なんだかスッキリしてきます。


自分がどこに向かっているか、をしっかり自覚する事によって、それ以外の妙な雑音のようなことを言ってくる人たちに対しては

「別にあなたに理解してもらおうとは思っていない」ということが自分でも良く分かり、

わざわざそういう人に対して理解してもらおうと無駄な骨折りをすることなく

割り切ってスッキリ考える事が可能になってくるからです。


もともと理解するつもりのない人、そして理解できない人に対して、わざわざ説明することはないと思います。

なぜなら、ムダな徒労に終わるので。(若いころ、さんざん、一生懸命、そういうことをしてしまって疲れ果てたことアリ)


私は、私と同じHSPの人で

なおかつ、HSPの性質を認め、受け入れ

それを前向きに活かそうとしている人たちだけ に向けて、このブログを書いています。


少しでも、そのようなHSPの人たちのお役に立てば嬉しく思います。


P子

台湾に住み始めて2ヶ月たちました。

今のうちに、日本にすんでいたときと比べて自分がどう変わったかを書いておかないと、

きっと今の生活が「当たり前」になってしまい、違いがわからなくなったり、忘れてしまうだろうと思ったので書きます。


まず。

◇日本では◇  
いつも何か不安を感じイライラしていた。すごく短気だった。大きな音にすぐ驚いていた。
よその赤ちゃんの鳴き声がうるさくて耳について耐えられないと感じていた。
電車の中で携帯電話で話している人がいると「なんて非常識な」と必ずイラっとしていた。
夏は紫外線が強くて外がまぶし過ぎてサングラスなしでは日中出られなかった。

◆台湾では◆  
なぜかほとんど腹が立たない。気が長く穏やかになった。
大きな音がしても別に驚かない。(近所の神社でほとんど毎日のようにいきなり爆竹が鳴るというのに
よその赤ちゃんの泣き声を聞いてもなぜかうるさいと感じない。
電車の中で携帯電話で大声で人が話していても、気にならない。
サングラスをしなくてもまぶしいけど、まあ平気。(台南の熱帯の太陽は強烈なのに)



◇日本では◇  
ご近所が怖かった。(もちろんほとんど付き合わない)。対人恐怖気味だった。
お母さん同士の付き合いもほとんど皆無。(たまーに気があった人とだけ付き合うくらい)

◆台湾では◆  
毎日のように、ご近所付き合いをけっこうしている。
実は中国語で話しかけられるのは怖いが(答えられないから)対人恐怖とはちょっと違う気がする。



◇日本では◇  
一日が過ぎるのが遅い。その代わり仕事がはかどる。なんかいつも焦ってた。

◆台湾では◆  
一日が過ぎるのが速い(速すぎるくらい)。あっという間に夜になっている。なぜか仕事がはかどらない。



◇日本では◇  
基本、午前中は起きられなかった。
午前中、起きたときはボーッとしていた。もちろんからだもあんまり動かない。
(子供の頃から45年間ずっとこんな風だった。もしかしたらちょっと鬱入ってたかも。でも子供の頃からずっとなのでそれが当たり前だった。子どもの頃と学生時代は遅刻魔。子どもが生まれても午前中の行事に参加できなかった)
朝からちゃんと起きれるのは、満月前後の1週間のみ。
(毎月、満月付近だけけっこう元気だった。ちなみに狼男とか狼女とかではありません
ほとんど家から出ない。出るのは週に1回か2回程度。
食料品の買い物はもっぱらダイエーネットスーパーとamazonを利用。
えらい体力がない。すぐ疲れる。無筋肉人間と呼ばれていた。

◆台湾では◆  
毎日のように自然に外出している。それも午前中から。
おまけにこのクソ暑いのに(5月だが既に気温30度超え)、一日に1回、多いときは一日に2回、買い物やご飯食べに外出。
目覚ましなしで早起き。
なんか妙にタフ。2ヶ月でいつの間にか足に筋肉のスジがついている。
これらは私にとっては信じられないほどの変化です。
(45年間どんなに努力してもできなかったことが台湾に来た途端、楽にできるようになった)


などなど、とても同じ人間だとは思えないほど違っているなあと自分でも思います。

でもまあ、とにかく元気になりました。

自分が毎日普通に外出できるようになるとは思わなかった。(日本では基本的にひきこもり生活、ひきこもり仕事していたと思う)

子供たちも私の変化に喜んでいます。

特に娘は「ママが私に向き合ってくれるようになった。怒らなくなった」と嬉しそうです

正直、日本では子供と向き合う時間も心の余裕もありませんでした。

親がしんどいと、きっと子供もしんどいのかもなあと思ったりしました。

息子は台湾が大好きで「ここは天国だ」とか言っています。

言葉の問題、学校など、台湾での生活がまったく問題がないわけではありませんが、
まあ、とにかく前より心身ともに健康的な生活が送れるようになったので、これで良かったかもと思っています。


たぶん感覚が鋭いタイプの人ほど、そしてその自分の感覚を自分の中から「シャットダウン」できない人ほど、環境選びがとても重要になってくるような気がします。
(「エンパスを切る」とかいう手段もあるようですが、やってみましたけど全然ムリでした。
私は自分の感覚が感じてしまうことをシャットダウンしようとしても、どうしてもできないタイプみたいです)

環境に左右されないように努力するのも大切かもしれませんが、その努力にも限界はあるし、
きっと個人差も大きいのだろうなあと思っています。


あと、自分でも興味深いと感じたのが、HSSテストの結果が、以前の結果と少し変わってきたことです。

日本では、「はい」の数が、7個以下で、非HSSでした。

でも、台湾にいる今は「はい」の数が10個で、「ややHSS」となっていました。


私自身は、今までの自分の行動を振り返ってみて、けっこう刺激的?なこともしているように思うし

「私はもしかしたら、少しHSS気味なのでは?」と以前から思っていたのですが

(でないとたぶん海外移住とかも、しませんよね)

また非HSSの息子がいるので、息子と比べても、自分が刺激を好むような気がしていたのです。

息子は本当に外出しないし、入ったことのない店には入ろうとしない人。(私は入ったことのない店に入りたいタイプ)

息子は知らない人に話しかけたりしない、付き合おうとしない等、とても非HSS的で、見ていて自分とは違うなあと常々感じていた。


でも私は日本ではHSSテストの結果は、いつも非HSSでした。日本でテストすると、必ずそういう結果になっていたのです。

日本は、台湾に比べ、いろんな意味で刺激が強い国だと思います。ストレスも強い。
(ストレスが強い分、ストレス解消が必要で、いろんな娯楽も多いように思います。)

刺激的な日本では、ただそこにいるだけ、住んでるだけで刺激がたくさんあり過ぎ。神経が疲れます。街中は特に。

私がなんとか楽に住むことができたのは、四国だけです。松山が特に良かった。
四国はP子的には「日本の中の台湾」って感じです。
(松山の道後温泉付近には、日本全国飛び回るような仕事をしていた、引退した社長がけっこうたくさん住んでたりする。全国と比較して、きっと松山の良さがわかるんだと思う)


私にとっては日本はあまりにも刺激が強過ぎたので、もうこれ以上は「刺激が欲しくない」ということで「刺激を求めない人」非HSS、という結果となり、

台湾では、刺激が少なく、ストレスも少ないし、神経が疲れないので
台湾では、たぶん、少々刺激的なことがあっても大丈夫だし、刺激が欲しくなったりもするので「ややHSS」という結果が出るのかもなあ、と思いました。


外国暮らしで言葉もろくにできず大変な面はもちろんありますが

台湾では、日本にいるときほど、神経がそれほど疲弊していないので、

刺激を受けるだけの余裕があるということなのかもしれない、とも思いました。


台湾にも、もちろんHSPはいて、

日本に一度、旅行(1週間ほど滞在)したことのある、HSP、HSSの、台湾人の友人に聞いてみたのですが

「日本では確かに、時間がたつのが遅い気がしたし、なぜかイラっとすること多かった。早く台湾に帰りたいと思った」

と言っていました。


台湾人のHSPも、やはりP子と同じようなことを感じていたのか・・・と、とても興味深く思いました。
 

でもまあ、日本が合う人は合うのかもしれません。

私が合わな過ぎるだけなのかもしれません。

刺激を好む人、いろんな意味で洗練されていないとイヤな人、とにかく清潔なところが好きな人とかは日本がいいかもよ。

別にどこでも、その人が合うところに住めばそれでいいのですよね。

最近、娘から言われるのは

「ママ、台湾に来てから、面白くなったねえ」

「明るくなったねえ」

ということです。


私 「え?そうかなあ?」

娘 「うん、面白くなった」

私 「・・・それって、つまり日本では面白くなかったってことよね?」

娘 「うん、元気なかったし、そんな面白い事しなかったやん。きつそうやった」

私 「でもママよく仕事してたし、賢かったやろ~?」(自分で言ってるよ・・

すると娘

「確かに賢いけど~、嫌~な賢さだった。いつもイラついてたしさ」

私 「・・・・・・」絶句


・・・確かにねえ。

娘は率直に、素直に、悪気なく、そして愛情をもって正直に、私に何でもそのまま感じた事を伝えてくれる人。

自分のことを客観的に見つめなおすのに、そんな娘がとても役立っていると感じます。

正直で率直なだけに、娘の言葉にはよく絶句させられますが、そんな正直なこと誰も言ってくれないし

娘の言葉には、実際に言われてみると、自分でも思い当たることが多々あるだけに、かなり衝撃が走るというか

かなりインパクトがありますが

「・・・よくぞ言ってくれた」と感謝の気持ちさえ生まれるというか。


でも、私も日本ではよくイラつくけれど、台湾ではイラつかないのです。

同じ人間なのに、この辺はまるで別人みたいです。

(たぶん私だけでなく、他の人も台湾に来ると、多分そんなにイラつかなくなるんじゃないかと思うんですけど)

日本では私はきっとたぶん「賢いけどイラついてるヤな女」でしたが、

台湾では私は、とても気が楽になって、心軽~く過ごせます。

台湾では私のことを勝手に「お笑い芸能人」とまで呼ぶご近所さんさえもいます。


私は日本では相当に強いストレスをいつも感じていて、そのせいでたぶん鬱っぽかったと思うのですが

日本には、イライラしている人たち、大きなストレスを抱えている人たちが、とてもとても多いようで

私だけでなく、たくさんの、たくさんの日本人たちが、いろんなことにストレスを感じ、イラついているみたいです。


HSPやエンパスが、日本で人がたくさんいるところ、人ごみの中に行くと、人の「気」のようなものに「やられて」「気分が悪く」なってダウンしてしまうのは

日本のどこにも、そういう「空気」が充満しているからなのかもしれません。

(台湾では夜市はめっちゃ人が多くて大混雑なんだけど別に平気というのも不思議)


台湾に来て、日本と比較してみて一番感じたのは、驚いたのは

「日本ってほんと、イライラしやすい空気がある国」なんだなあ、ということでした。

日本にいると、私もストレスやイライラを強く感じてしまいますけど、台湾ではほとんどストレス感じませんからねえ。

言葉の心配や、仕事の心配はもちろんあるけど、日本ほど、あれほどはイラつかないし

今思うと、日本でのイラつきかたが、あれほど不安や心配に襲われていたことが、どこか異常に思えてしまうほどです。

つくづく 
日本って、相当感受性鈍い人でないとなかなか暮らせないところなんじゃないか」

と思ったりします。


それに
今も日本でけっこう元気そうなのは、相当鈍そうな人だけですよね

非HSPとかね。(そう思うの私だけ?「鈍い人たち」にちょっと失礼?

でも、非HSPの中の非HSP(神経ぶっといタイプ)は、実際、今もけっこう元気そうですよね。

私たちHSPに「神経太くなれ」「鈍くなれ」とか言ってきて

最初から到底無理なことをムリ強いしてくるのも非HSPの鈍さならではですが

このタイプは、きっとたぶん太古の昔から、ずっと元気だったんだろうな・・と思いますが。


いろいろ書いちゃったけど、こういう非HSP度の高いタイプの人たちは、

たぶんHSP度が高い人ほどは、ネットやらないみたいだし

デリケートな問題、心の問題とかにもあまり気づかないみたいだし
そういうのに対して深く考えることもほとんどないみたい。

(特に精神科医はHSPの人がいいと思うけど医学部はハードで厳しいとこだからHSP少なそうだし)

繊細なHSPを、単に「弱い」という言葉一つで、カンタンに片付けてしまうような傾向のある人たちだし

たぶん私のブログ等も、たぶんほとんど読んだりしない人たちみたいだから、まっ、いいか~

(と言うかそういう人たちには読んで欲しくないかも。でも読む読まないはそれぞれの自由なので好きにすればいいと思う。ただ言えるのはそういう人たちに向けて書いているブログではないということ。)



脱線したので、話を元に戻しますが


いくら海外が気分的にラクチンと言っても、

すべてのHSPやエンパスに、海外が合うなんてことも思いません。

そんな乱暴なことは私は申しませんし、きっと海外ならどこでもいいというわけでもないだろうな~とも思います。


でも、HSPやエンパスの人で、ドラゴンテイルが効いている人や、天王星が強い人等は(他にもいろいろあるけど)

海外に来てみるのもオススメです。


そういう人は、来てみるときっと

え、生きるのってこんなにラクだったの?

(今まで生きてるだけで辛かったのに)」と感じたり、

目からウロコがボロロロロ~と大量に落ちる人もきっとけっこういることだろうなあ、と思います。



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自分が苦しいからと、グチや不満ばかり言って、人に毒を撒き散らす人がいます。

以前ブログコメントで、
「こういう人もHSPなんでしょうか?感受性は強い人なのですが愚痴ばかりで周りを疲れさせ思いやりがないのです」というコメントいただいたこともありました。

残念なことですが、HSPの中にも、そういう人はいます。

感受性が強いせいで、いろいろとストレスを感じ取ってしまい

それがツライ、とかいろいろグチや文句を言って、周りを疲れさせるタイプですね。


毒を吐きまくることで、当然自分自身も自分の毒に当たって傷んでいくでしょうし、周りも疲れさせます。

でも、思い返せば、「若い頃の自分もそういうとこあったかも・・・」と思い出したりします(遠い目)

私はグチというより、自分を困らせる人に対し、相手に不満を告げることで、一生懸命、やめてもらおうとしていたのですが、所詮、相手はまったく変わりませんでした。

私は随分自分の家族や夫に不満や文句を言ってきたものですが、何年、何十年言ったって、相手はまったく変わりません。

非HSPが同様に口にする言葉は
「何で自分が変わらなければならないのか。それならそっちが変わればいいだろう」というものでした。

まあ、確かにそうなのかもしれません。

非HSPには「非HSP特有の論理」があるのです。
それはHSPの私には「全体主義」に近いと感じられ、とても理解しがたい、受け入れがたいものでした。

HSPとは、基本的に、「個人主義」な部分があり、「個人の幸せ」を一番に考えるところがあるように思います。
ですから、個人が幸せになるためには、HSP的な考え方でよいのですが
全体に重きを置く非HSPとは考え方が根本的に異なるように思います。

非HSPの考え方だと、その属する団体(国家含む)が正しい方向、平和的な方向に進んでいる場合はそれで良いかもしれませんが、間違った方向に進んでいるかもしれないときは悲劇です。
(でもそれでもいいと非HSPは思ってるみたいだけど。「たとえ間違ってても、皆が死ぬときは自分も死ななくちゃ」みたいな考え方してる人が意外に多くて驚く)

また、同じ出来事でも、HSPの考えていること、捉え方と、非HSPの捉え方では、同じ事がらが、まったく違う意味合いに取られているような事も多々あります。

だから、分かり合えない人に一生懸命言い続けて伝わらなくて疲れるだけならば
それより「これはどういう意味なのか」と考えてさっさと行動すれば良かったのです。

そうすればまた全然違った展開があり、違った世界がもっと早くに開けていたはず。

人生の時間は、刻々と過ぎ去っていきます。誰しもいつまでも若くて元気でい続けられるわけじゃありません。

相手に文句言ってるエネルギーと時間が、本当にもったいなかったなあと思います。

話がどうしても通じない人、どうしても困らせられる人たちとはできるだけ関わらず、さっさと離れたほうが良かったのです。それがきっとお互いのためです。

家族間の揉め事で凄惨な事件になっているのをたまにテレビ等で見ると
「・・・早くとっとと離れてれば良かったのに・・・・」とよく思います。
そこまでして一緒にいるのは、きっとお互いのために良くないし、お互い不幸になるだけです。

それにそれほど合わないということは、不満を感じるということは
「もっと合う誰か」とか「もっと合うどこか」が確実に存在していることを、自分がどこかでわかっている、知っているからこそ、不満がわくのかもしれないのです。

もし場所に対し少しでも「ここも悪くない」とか
人に対し「困らせられるけど、いいところもあるし」等々思えるならば、それほど不満が高まるとは思えません。

ですから、やるべきこと、出会うべき人が、きっと別にいるからこそ、不満度が高いのかもしれません。


そして、お恥ずかしい話ですが、現在、自分の息子も、文句ばかり言うタイプなのですね。

毎日、グチや文句が多いです。

せっかくストレスフリーの台湾に来ていると言うのに、息子の毒吐きのせいで台無し。

今、息子の液晶割れパソコンを修理に出していて、PCゲームができないのが何よりつらいそうで、周りに八つ当たりです。

5室ジュノー(遊ぶのが生きるための権利というか、それなしではイキイキできない人)ではありますが
、あまりにも文句とグチ、八つ当たりが多くてなんか疲れます。

息子は、自分の思い通りにならないと、私に何とかさせようとするのですね。

私もHSPでエンパスのため、つい思いが伝わってきて、つい何とかしようとしてしまうので、良くないのですね。


息子の不登校のときも、息子も辛かったし私も辛かったので、つい私は引越ししてしまいましたが、そのせいで、私自身は補修なしの部屋でドアが壊れて閉じ込められたり、ヤクザまがいの不動産屋と契約してしまったりと、本当にエライ目に遭いましたね。

きっとたぶん、私は息子のために動いてはいけなかったのです。だから罰を受けたのかもしれません。

2室太陽の息子はきっと、自分で自分の問題を解決していかなくてはならないのです。

学校でのことは、息子自身の問題。親とはいえ、私の問題ではなかったのかも。
日本では「子供のことは親(特に母親)の責任」、とされすぎる気がします。
基本的なこと教えても聞かない子は聞かないしねえ。本人の資質や親子の相性等もすごく大きいと思うんですけど。

もちろん子供が幼いときには、かばってあげることも必要ですが、10歳過ぎたら、たぶんあんまりかばい過ぎるのは良くないかも。

もちろん、子供からの相談には良く乗り、危険な場合はちゃんと守ってあげるにしても、親が守りすぎ、やりすぎてしまうのは良くないかもしれないと感じました。

息子はグチグチ言う事で、私に自分の問題を解決させようとしますが(そして息子自身は動かない)
私がHSP度もエンパス度もAランクで高いので、相手の意向や不満、悪意等もよくわかるし

相手の不満度や、相手の悪い気等をビンビン感じ取ってしまうので

こういう「グチ多い、毒撒き散らしタイプ」と関わると、私はその毒に当たってしまって、かなりツライです。


毒撒いちゃうと、その人は加害者になってしまうし、毒に当たってしまうと被害者も出ますから、
お互い加害者被害者にならないためにも、距離置いたほうがいいのかも。

でも、日本で感じていたのと同じようなストレスを、今度は息子から感じると言うね・・・。

故 小林正観さんの言葉に

「夫婦、家族は一番の修行」という言葉がありますが、まさにそのとおりです。


さらに、息子は6室12室が「開運行為」ですが、6室12室が「開運行為」の人がたぶん一番大変だと思います。

まず、不平不満言ってると、それが実現しやすくなっちゃうから言っちゃいけないし

掃除も毎日きちんとしなきゃいけないし

ペットの世話もきちんとしなきゃいけなかったのに、息子はしていなかったし

自分の健康についても自分でちゃんとして、風呂にはマメに毎日入るとかしなきゃいけないのに、入らないときもあるし、

健康のためにお菓子食べ過ぎちゃいけないのに、チョコ大好きでバカ食いするし

他にも開運するためにやらなきゃいけないことは、実はたくさんたくさんあるんですけど、あんまりやれていないし


息子の場合、他にも6室12室にキローンとか土星とか絡むので

本当にちゃんとやらないといけない配置なんで(この配置だとちゃんとやらないとエライことになると思うし実際そう)

私は、口酸っぱくして言っていますが、それでも息子はあんまりちゃんとやれていません。


言ってもわからないみたいだし、後は本人に痛い目見てもらうしかないんだろうなあ・・・と思ったりします。

(でもその報い?なのか息子は好きな愛猫とも離れ離れになって寂しい思いをしているし、息子愛用パソコンも壊れた)


最近、「私は本当に息子と暮らしていていいんだろうか・・・」と悩むことがあります。

私の配置では、ハーモニクス8太陽テイル合、火星テイル合。

太陽や火星は私の人生での夫や男性一般を表します。

この配置ならば、私と関わると、一般的、普通の男性の場合は、たぶんテイルを悪い面でしか使えないでしょう。

多くの場合、テイル的な面、つまり悪い面が出てきたり、堕落していくでしょう。(経験アリ)


私は仕事運も、夫運も男性運も特殊です。
きっと私と一緒にいてうまく行くのは、幸せになれるのは、

もともと個性が強く、一般的ではない人、ドラゴンテイル的な面がとても強い人

つまりたぶん、かなりHSP度が強い男性か、外国人男性、オタク等の、一風変わった男性だけでしょう。

ドラゴンテイルは「人の嫌がる仕事を立派にしている人」やお悩み関係とも関係あるので、
人の嫌がる仕事としてお掃除関係とか、カウンセラーとかもいいかもね。

もっと若いときに、自分の仕事運とか、結婚運とか男性運とか知っておきたかったな~とか今更思いますけど、ちょっと遅かったね。
(まあ人生に遅いということはないかもしれないけど。とりあえずまだ生きてるんだし)

息子はたぶんHSPなので、私といてもまあいいかもね、と思っていたのですが

最近「この人、ほんとにHSPなのかなあ・・・」と思うこともあります。

私に対する思いやりがないからです。


でも本来、HSPとは感受性が強い人、という意味で、思いやり深い人、という意味ではなく
感受性が強いゆえに相手に対する共感性、思いやりがある人が多い、というだけの話。
だからHSPだから必ず思いやりがある、というわけでもありませんし、HSP全員が思いやりのある人ばかりとも思いません。
また、疲れているHSP、余裕がないHSPの中は、非常に攻撃的になっているHSPも多いなあと言う事も、しばしば感じます。
(HSPは怒らせると「捨て身」になれるタイプも多いように感じます。
ですからHSPは本気で怒らせてしまうとある意味、非HSPより怖いと思います。
自己を犠牲にしても目的のために何かをやり遂げようとさえするからです。
だからあまりHSPを怒らせない、追い詰めないほうがいいと思う。
ただ、この辺がHSPの「生命全体を守る」ところに通じているのかもなあと感じる事もありますが。)


脱線しましたが

「うちの息子、本当にHSPなのかなあ・・・」特に台湾に来てそう思うようになりました。

もし息子がHSPではないなら、私と暮らすことは息子のためにはならないかもしれない。

それに台湾人って、もしかしたらかなりHSP度がけっこう高いような・・・

台湾人の思いやり精神や、ホスピタリティには、本当にスゴイものがあります。


その中で、息子はどうかと考えると、何だか疑問が沸いて来たりします。

まあ、HSPかどうかはともかくとしても、息子は確実にエンパスではないので。

(エンパス度が低いほうが本人はラク)


もともと私と息子との相性は良くなく(コンポジットチャートで太陽月スクエア)

つまり、息子といると、私は仕事があまりできなくなります。

実際、息子のトラブルで仕事に支障が出たことは今まで何度もあります。

母子家庭で生活は私が支えているのに、仕事のジャマをするとは、ほとんど自殺行為です。


息子は10室テイル。

10室テイルの人には、私はご縁があり、今まで何人もの10室テイルの人が目の前に現れたし

だいたい仲良くなるのは10室テイルの人が多いのですが

続くのは、10室テイルの人でも、文句の少ない人だけです。

たぶん外国人とか、日本人ならHSP度の相当強い人とかだけでしょうね。

(10室テイルの日本人には「文句言い」がとても多いです)


なぜなら、私はHSP度もエンパス度もAランクなので、文句の毒に「当てられて」しまうからです。


悪口というのは、「毒」なのですね。

植物に向かって、「悪口」を言い続けると、すぐ枯れてしまうそうです。

生花などはてきめんに枯れ、寿命が短くなるそうです。


逆に花や植物などに向かって「可愛いね」「キレイだね」と言っていると、長持ちするそうです。

植物がすぐ枯れてしまう家は、悪い気に満ちています。


ですから、周りに毒を撒き散らすと、周りの人も弱っていくし

当然毒撒き散らしたその人も周りの人に嫌われてしまって居場所をなくしていくので、

ちょっと考えてみれば、そういうのやめた方がいいとわかるはずなんですけどねえ。
なんでわかんないのかねえ。


それよりも、それほど文句や不満があるのならば、

自分の不満の、根本的な解決法は何なのか、について、よくよく考えてみたり、解決法に向かって行動したほうがいいんじゃないかなあと思うんです。

解決しない限り、文句言い続けるだろうから、解決するしかないでしょう。
一生「文句言い」で終わりたいという人なら話は別ですが。


それに見ていると、文句ばかり言ってる人ほど、実際の行動が伴っていない気がします。

具体的な解決方法を見つけていない、そしてちゃんと問題と向き合って考えてさえいないことも多いです。


ですから、このようなタイプからはとっとと逃げないと、自分がその毒に当たってやられてしまうだけ。

毒まき人が、これ以上犠牲者を増やさないためにも、これ以上加害者にならないためにも、逃げてあげたほうが良いでしょう。


だいたい、開運行為をしようとしない人、また開運行為の逆をやってしまっているような人には

まあ悪いことしか起こらないようなので、できるだけ関わらないようにしないといけないし

それが結局はお互いのためになるんだろうなあと思います。



言葉というのは、「言魂」とかも言われますが
言葉が凄い力を持っていると思うのは、実際、ご夫婦などでも、

旦那さんが奥さんのことを大事にしていたり、高く評価していたり、褒めてもらっている奥さんと

旦那さんが奥さんのことを、バカ呼ばわりしていたり、けなしたりしているご夫婦とでは


何年かたつと、奥さんの輝き具合が全然違ってくるのを見ます。


大事にして、褒めてもらっている奥さんは、(顔立ちがそれほど良くなくても)イキイキしていて魅力的なのに対し

けなされ続けている奥さんは、目の輝きがなくなり、あきらめたような疲れたような表情になっていたりします。

どんなキレイな人も、結婚相手によって、こうも変わるか・・・と思うこともあります。


日本人男性は、一般的に、女性をあまり大事にしていません。

日本には、女性は若くて可愛いくてちょっとバカなのが一番いい?みたいな世間の風潮もありますよね。


誰でも必ず年は取るもの。
年を取ると、日本では女性があまり大切に扱われなくなってくるような風潮があります。


でも台湾では、年を取った女性が、若くてとてもキレイだったりします。

50代の人が、30代後半くらいにしか見えないことなんて、ザラです。

この前、60才なのに、キレイな若若しい女性に出会って、「何なんだここは・・」と、とてもビックリしました。


息子にも、女性を大事にする、母親を大事にする息子になって欲しいと思って、台湾に連れてきました。
それに息子も私と暮らしたいと希望したし、台湾に住みたいと言うことなので。

女性を大事にする台湾では、男性もニコニコしている人が多くて、幸せそうな人がとても多いのです。
もしかしたら、男性は女性を幸せにしてこそ、男性自身の幸せもあるのかもしれません。
そういうものなのかもしれません。

日本で女性をけなしている男性たちは決して幸せそうではありません。
仕事終わっても家に帰りたがらない男性も多いそうですが、
それは男性が女性を大事にする事を知らないから、結婚後、妻に嫌われやすいからではないかと思うことがあります。


実は今、近所で男の怒鳴り声って、うちの息子だけなんですよね~
なんか恥ずかしいです。これじゃ「日本の恥」です。


また台湾では、母親をバカにしたり笑ったりする子供もほとんどいないみたい。
これはきっと、父親が母親を大事に、夫が妻を大事にするからでしょう。
子供は世間の風潮を鋭く感じ取り、まねします。
そして、親のすることを良く見ているのです。


息子はよく娘(妹)に向かって罵声を浴びせて怒鳴っています。

もちろん私にも文句言います。(今現在パソコンを修理に出していてゲームができないのが辛くて周りに八つ当たり)


そして「息子のやっていることは、なんて10室ドラゴンテイルっぽい行動なんだろう・・・」と呆れます。

ドラゴンテイルというのは意味がいろいろありますが、一番わかりやすい表現、大ざっぱな意味としては
「こうはなりたくはない」という人や、「特殊な人」「外国人」「一般的ではない人」等を表します。

「普通に(非HSP的に)考えると変わった人」もさします。
だからHSPも含まれると私は解釈しています。


他に「家庭に恵まれない子」「かわいそうな子」と社会的に思われるのも、10室テイルが象徴すること。

息子は一時期、父親と二人で暮らしていたこともありましたが、本人は父親との生活はとても辛かったらしいですが

そのときは、「お母さんいなくて可哀想だけど、健気に頑張っている子」として近所でも評判の優等生でした。

学年の委員長をふたつもこなし、成績も学年トップでした。

他のお母さんから「息子さんにうちの子が世話になっています。とても優しくしてもらっています。どうしたらこんないい息子さんが育つんですか。うちの子もこんなふうな素晴らしい子に育って欲しいので教えて下さい。」とマジで言われたことさえあります。
当時、息子は「近所や学校で評判の素晴らしい子」だったようです。


ちなみに、元夫も、ネイタル10室テイルの人なので、ある意味、息子のホロスコープにピッタリ適合です。

だからなおさら「私といることは、本当に息子にとっていいことなのだろうか・・・・」と思ってしまいます。


ちょっと可哀想でも、日本に戻して、父親と二人暮らしさせたほうが結局は息子のためになるのかなあ・・・

日本には、息子の愛猫もいるしね。

(諸事情や息子の不手際等が重なり、今は息子の愛猫は連れてこれません。将来的には猫を台湾に連れてこられたらいいなあと思うけど。でも家を傷つける猫は賃貸では嫌われやすいのは台湾も同じようです。持ち家でないと無理かもね)

息子の猫ですが、私もその中の一匹は本当に可愛がっていたので(黒白ネコのダン君)会えないのは寂しいし、いろいろ考え中です。


でも、私の配置では5室子供の部屋にリリスドラゴンヘッド合なので
バカ息子」を持つ配置かもです(息子への配慮で、ちょっと字を小さくしてみました)

リリスは不良とか小悪魔とかを表します。

リリスはアダムの前妻。アダムを虜にし、アダムから逃げ出した妻です。

反社会的なところというか、既成の社会に縛られないような部分が魅力なのかもですが

リリス的な人は、きっと、不良的で困った点あり、かつ魅力ありということなのでしょうね。

リリスドラゴンヘッド合なので、リリス的息子を見て何かに気づく、人生の目的等に気づく、良い出会いに通じる、開運するとかいう意味もあります。

確かにこのブログも、不登校息子のことがきっかけで、本格的に書き始めましたね・・・

ふと
私のブログ読んでた娘が言いました。

「・・ねえ、これってさあ、人に毒を撒き散らすHSPになってはいけない、という以前の問題じゃない?

人として、そういう人になってはいけないんじゃないの?HSPかどうか以前に。」

そのとおり
思わず噴出しそうになってしまいました

娘のブログ 荒牧絵莉奈のビックリクリリン生活

昨日から、日本に帰国しています。

まず、日本に近づくと、息苦しくなりました。

飛行機の窓から日本の山が見えてきたあたりから、息苦しくなりました。

関西空港では、「ここって酸素が薄いんじゃないの?」と思うくらい息苦しさを感じました。

台湾では全然感じない息苦しさです。

夜、ホテルで蕁麻疹が出ました。台湾ではこんなの出ません。

あくる日、起きたら、背中が痛いのに気づきました。

台湾では背中が痛くなかったので、自分が背中痛もちだったのをすっかり忘れていましたが

私は日本では、若い頃からずっと、背中の痛みをいつも抱えていました。

姿勢のせい?とか勉強やパソコンばかりしているせい?とかいろいろ思っていましたが

これは日本にいるから、背中痛いんだ・・・、と台湾に行ってみた事で、やっとわかりました。

背骨には大きな神経通ってますけど、これってストレスで神経圧迫されてて痛いとか?なんでしょうか?

背中痛い上に、全体的にしんどくだる~いです。

今まで、「なんでこんなに病気でもないのに、しんどくてだるいんだろう」といつも思っていました。

子供の頃からだる~かったので、「自分、子供のクセになんでこんなに元気ないの?」と子供心に不思議でした。

子供の頃からいつも体調が悪く、いつも風邪をひいていて、病院にしょっちゅう連れて行かれていました。

子供のクセにあまり動かず(動けず)、いつも座って勉強や、何か好きな物作ったりばかりしていて、大人になってもそれは同じで

そんな私を周りは「怠け者」扱いしていましたが、台湾ではきつくないので、自分のせいではなく、日本のせい、もしくは、

日本と私の相性が悪いせいだね、とやっとわかりました。

だって台湾ではすごく元気で動けるんだもん


私はHSPもエンパスもAランクですが、そのせいでいろいろ感じてしまうのかもしれませんが、

他の人はどうなのかについては、これからたくさん検証していかないと、何とも言えません。人は個人差が大きいですからね。

でも、HSPの息子も「台湾はラク」と言うので、こういう人、私の他にも、もしかしたらいるかもしれません。

何か思い当たる人は、一度、台湾を訪れてみられることをオススメします。

台湾には、日本人なら、パスポートのみで観光に行く事ができます。ビザはいらないのでカンタンです。


なんでいつもしんどいのか不思議でしたが、この年になって、やっとわかりました。

この症状を、P子は勝手に、「日本鬱」 japanese depression と命名してみました。

私みたいな、病院に行くほどでもないけど、日本が合わなくて、日本ではワケもなくしんどい人、日本では体調悪い人は、海外のほうが良いかもです。

私自身も、なぜ日本がこれほどしんどく息苦しいのか、はっきりした理由がわからないし

日本にとっても、私みたいに日本に不満ばかり言っている人は、日本にいないほうが何かと好都合かもしれません。

日本人って、イライラしている人がほんと多いなあ、と思いますが

私も日本ではついイラッとしてしまいますが、台湾ではほとんどイラッとしません。

日本では絶対に行列に並びませんが(イライラしてくるので)、台湾ではふつ~に並んでいるし、全然イライラしません。

私は日本では短気ですが、台湾では気が長くなります。ほとんど腹もたちません。・・・不思議です。


日本で短気でイラつきやすい人、キレやすい人は、台湾に来るといいかもしれません。


日本では息苦しいし、しんどくてだるいですが、今日から、海外発送の荷物整理を今日から神戸の倉庫で開始なので、頑張らなければなりません。

行ってきます。



内面と外面が合致した生活、というのはとても大切だと思うんです。


私が大学を中退したり、合わない仕事をし続けて具合が悪くなったりしたのは、

家庭や、周りや社会が「良し」とする方向へ努力を重ねるばかりで

自分の内面は置いてけぼりで。

そして子供だったため、そうするより生きていく方法がなく。

家庭が、学校が、社会が、自分の周りの大多数が「良し」とする方向へひた走るしかなくて。

そしてその上、それが「正しいこと」と思い込まされていた

「そうやって行くのが当然だ」と思い込まされていた部分が多々あったと思います。


でもそれは「自分の魂が本当に望む方向」とは大きなズレがありました。

私は子供の頃から「物づくり」が大好きで、図工の時間が一番好きな子供だったのですが、そんなことで食べていけるとは誰も、そして自分も思わなかったのです。

「絵や創作は仕事にしてはいけない。趣味の範囲にしなさい」的なことはよく言われていました。

そして「皆がそういうならば、きっとそうなんだろうな・・・」と思い、あきらめていました。

(でもこの「皆」というのはほとんど非HSPなんですけど)


「仕事と好きなことは、別」と思って、最初からあきらめていました。

あきらめる必要はなかったのかもしれないと思います。

また、HSPの会や、HSPの方たちからご相談を受ける中で感じるのは

「芸術系に秀でた人たちが多すぎる」ということです。

非HSPからしてみれば、芸術関係で生活していく事なんて、ほとんど不可能でしょうが

HSPは可能な場合も多いのではないかとP子は思っています。


そしてそんなHSPが、非HSPと同じ畑で、非HSPと同じような仕事をしようとしていたことが
内面と外面が一致した生活をしてこなかったのが、一番の破綻の原因だろうと思っています。


内面と外面が一致さえしていれば、少々のトラブルが起こってもあまり動じないし、なんとかしようとするパワーも沸いてくるし、どうしたら良いかの方向性も自然と定まってきますし、ブレがないのであまり疲れを感じませんが

内面と外面が一致していない事、自分の魂が喜ばないことを、毎日毎日、やり続けるのはけっこうかなーりツラいことで、

「私、何のために生きてるんだろ・・・」的なことをすぐ思ってしまいますし(自分の内面からの抵抗と戦わなくてはいけなくなるので毎日疲れる)

からだの具合が悪くなったり、特にたいしたトラブルでなくてもすごく動揺したり、どうしていいかわからなくなったり。

ちょっと大きめのトラブルなんかあったり、疲労がどんどん重なったりすると、ちょっとしたことでポッキリ折れてしまいます。


もちろん、今もいろいろ大変なことありますけど、「苦労するのが楽しい」的な感じに変わってきたのが自分でも不思議です。

「トラブルが面白い」的な?

「これをどう解いていくか」みたいな?

クイズと同じですね。

楽しめてしまうのは、自分の内面と合致した方向性だからなのでしょうね。

いろいろ越えていかなければならないことはたくさんあるけれども、

誰がなんと言おうとも、

とにかく自分にとっては、方向性が間違っていないからこそ、

内面と合致しているからこそ、楽しめるし苦でないのだろうと思います。

トラブルを越えていく事で、自分にとっての「ゴール」的なものにどんどん近づいていけるのがきっと楽しいのだと思います。


ポッキリ折れてしまったときというのは、

自分の弱さを責めるときではなくて。

「こんなにポッキリ折れてしまうってことは、いったい、どういう意味?」と、きっと考えるときなんだと思うんです。


たぶん、このブログにたどり着いた人たちは

自分の感受性の鋭さに悩み、「いったいどうすればいいんだろう」「何で苦しいんだろう」等の思いから

グーグル検索等で「敏感」「感受性が鋭い」等で検索し、

いろんなサイトをひとつひとつ見てきて、その中にこのブログがあった、ということなのだろうと思うのですが


HSPのことを知ると、一瞬は「そうだったのか・・・」と合点がいって、一瞬はラクにはなりますが

その後で、「・・・・・今まで私ががんばってきたのは、いったいなんだったの・・・・」的な思い

「今まで他の人(非HSP)のようになろうと毎日頑張ってきたのはムダなことだったってこと?」

「もしかしたら、自分はがんばる方向性を間違っていたって事?」等々の思いから

~~脱力~~

して浜辺に打ち上げられてしまったイルカまたは鯨のようにグッタリしてしまったり

泣いてしまったり

時には「HSPのことなんか、知らなければ良かった」とさえ思う人さえもいるようです。


「HSPのことなんか、知らなければ良かった」なんて(バカ正直で後ろ向きな)HSP友人に言われた日にゃー

じゃあ、私のブログ読むなよ

とブログ著者の私は思いますけどね

まあその辺は、
ブログ書くのもその人の自由、ブログ読むのもその人の自由、それをどのように受け止めるかもその人の自由なので

その人の勝手 なのでご自由に、と思ったりします。

それは、その人の受け止め方次第だし、どう思うかはその人の自由なので。


でも、私もアーロン博士の本を最初に読んだときは、脱力感が非常に大きかったです。

(今までひたすら頑張ってきた人ほど、そうだと思う)

しばらく(ひと月くらい?)何もやる気が起きなかったし(でも仕事しないと食べていけないから仕事はしていたけど)

毎日1人でしくしく泣いてばかりいました

(でも泣くとストレス物質が涙から出ますので、とてもからだに良いのですね。
そういう意味で、男性も泣きたいときは泣いたほうが良いです。
また、女性がシクシク泣いているからといって、HSP男性はビビる必要はありません。
「ああストレス物質ただ今放出中なのね」と思って泣きたいだけ泣かせておけば良いだけのことです。)


話を戻しますが

だからこういう反応のHSPの人ってたぶん、けっこう多いかもなあと思うんです。自分もそうだったので。

でも私は、著者のエレイン・アーロン博士に対しては、マイナスの感情は沸きませんでした。脱力は相当しましたけど。

むしろ、「HSPのことを研究して下さって本当にありがとうございます」とエレイン・アーロン博士に心から感謝しました。


なぜなら、一番問題なのは、本でもなく、本ブログでもなく、もちろんHSP云々のことでもなく

「自分のそういう特性に気づきながらも、自分の特性を周りがいうままに否定してしまった自分自身」なんですよね。

どんな状況・生育環境だったとはいえ、周りからの否定をそのまま受け入れてしまった自分自身に、非があるのではないでしょうか。

そしてその考え方を変えることができない自分自身に問題があるのではないでしょうか。
(でもどういう考え方するかはその人自身で選べばいいことです)

それはその人それぞれの、考え方次第なのです。

「間違ってたかも」と思えば、その考えを改めて、また自分で考えていけば良いだけの事です。

そうすると考え方にバリエーションが増えるし、深みが増すし、その上、いろいろ応用もできてきますよね。

でも考え方を柔軟に変えていくことが出来る人と出来ない人がいるものなので、その辺はもうその人の個性や考え方のクセなので、何とも言えません。
(特に固定宮が強い人には考え方を変えるのは相当困難な場合もあるみたいなので)

ただ「考え方を変える」ことは、今まで「間違っていた」ことを受け入れるという側面もあるので、そういうの無理な人、受け入れたくない人はムリでしょう。

自分の考えが間違っていたかも、ということを受け入れることは、今までのウン十年間がある意味「間違っていた」ということになるので、認めたくない、そうそう認めることができないのも、何ら不思議ではありません。

認めないで生きていく事も可能ですし、そうしたいなら、そうすれば良いし、それはその人の自由です。

ただ、心の奥底で感じている事を、簡単に否定できますか?

心の底から「メッセージ」的なものが沸いて来ませんか?

「心の奥の叫び」「心の奥から湧き上がってくるような思い」

「自分が感じている事」を無理やり押し込めて「感じていない事」にするのもその人の自由ですが
「自分らしく生きたい」という思いをむりやり押し込めたままで生きていくのはとてもとてもシンドイことです。

自分を自分で騙しながら、無理やり納得させながら毎日を生きていく事のほうがキツイと私は思います。

「感受性が強い」とか「繊細」とかでグーグル検索してきた人は自分の感受性の強さ、繊細さを自分で気づいていたから、検索して、このブログにまで行き着いたんですよね?

ご自分にも自覚があるからこそ、たどり着いたんですよね?

自分の感受性の強さについて、悩んでいるからこそ、このブログに行き当たったり、エレイン・アーロン先生の本を読んだりしているんでしょうけど

日本でHSPが生きづらいのは、自殺者がこんなに多いのは、不登校が多いのは、イジメがなくならないのは

HSPが繊細であること + 個人の違いを認めたがらない「五人組文化」が日本に存在していること

の大きなふたつが理由として組み合わさってるからではないかなあ、と現時点ではP子は思っています。

そういう意味で、欧米のHSPとはまた違った大変さが日本のHSPにはあると私は思います。


もし一般的に、繊細なことが「良いこと」とされるならば、HSPの悩みはそう深くありません。

もし一般的に、繊細な事が「素晴らしい性質」とされているならば、HSPは自信をもって、自分の繊細さを活かした仕事につくでしょう。


でも、繊細な事が「いけないこと」とされる世の中は、実はなんだかおかしいのです。

繊細なことは、それ自体は、別にいけないことでも何でもないはずだからです。


ただ世の中が仕事が職場が「神経太い人」をより多く求めているから

そういう現場が多いから

強い「社会の歯車」を、タフで使いやすい「社会の歯車」を日本の社会が多く求めているから


そして「他と違うのはいけないこと、隠さなければいけないこと」という日本の空気が原因なんだろうなー、とP子は思います。


世の中が「神経太い人」を求めていて、そういうタイプ(非HSPで非エンパス)ばかりを求めていて、
そのせいで自分の職場がどうにもなかなか見つからないというならば

「繊細さ」を活かした仕事で、自分ができそうなことを、たとえ周りから何と言われようとも、どんなに否定されようとも
そんな外野はサッパリキッパリキレイに無視して、自分のできることを、コツコツ始めてひたすらコツコツコツコツ続けていけば食べていける可能性が出てきますし

何百年も続いた「五人組制度」の名残のあるみたいな
「みな十把ひとからげに一様になる事」が求められるこの国で

日本ではどこにでもあるイジメ問題等に心底うんざりするならば、日本を出て暮らすだけのことです。

ただそれだけのことなんですよね。

長い事ウダウダウダウダ言ってるよりか、いっそ行動したほうが、スッキリして、精神衛生上良いでしょう。

     関連記事はこちら  ◆HSPが少数派であって、良かったと思う。


物事を決めるときって、そのとき自分にとって、何が一番大事なのか、が一番ポイントになってきます。

P子の場合は、「自分と子供が元気で、心身ともに明るく健康に暮らせる事」が一番です。あとは全部2の次ね。

特に日本は「ストレスがたまりやすい」窒息しそうな閉塞感満載な空気があるといつも感じて息苦しいです。

この息苦しさは、感じる人は感じるし、感じない人は感じないし、それはそれぞれの個人によるものでしょうが、私は子供の頃からこの年まで、毎日ずーっと息苦しさを感じ続けてきました。


それにやりたいことは、本気でやれば、意外となんとかなるもんです。

夢は叶います。もし叶わないならそれは「念じ方が足りない」のでしょう。

それにやってるうちに道は開けてくるものです。やらないから開かないだけです。

荒れた山の中に道を作りながら進むのとたぶん一緒かもです。

地道に長い事毎日やってればなんとか道ができちゃうものです。

岩に向かって毎日トンテンカンテン、叩いて穴あけて長い通り道作っちゃったひとの話をどこかで聞いたことがありますが、あれと同じかも。

達成したときは嬉しいですが、それなりに時間もかかりますので、あとで「なんでもっと早く始めなかったんだろう、悩んでる時間がほんともったいなかった」と思うこと請け合いです。


「HSPであることを知らなければ良かった」と思ってしまうような人は、まだHSPとして「行動していない人」であることには間違いありません。

知るだけでは何も変わりません。

知った後に、どう行動するかだけです。

それはその人次第です。


毎日いろんなコメントが来たり、鑑定結果の受け止め方にしても、本当にさまざまだなあと思うし

HSPの人の中にもいろんな人たちがいて、それぞれいろんな思いを抱えていらっしゃるんだろうなあと思いますが

結局、幸せになるかならないかは、その人が実際にどう考え、どう行動するかだけだろうなあとP子は思っています。


行動しない人ほど、文句やグチが多いです。行動し始めると、忙しくて愚痴いってるヒマなんてないですよ。

グチグチ文句言っている人ほど、行動していません。


本ブログを読んでも、自分がHSPだという事を知っても

いつまでも行動しないで口だけだったり、後ろ向きのことばかり言う、冴えないHSPになるか

前向きにどんどん行動してどんどん素敵な輝いているHSPになっていくかは

もう、本当に、ご本人の行動次第なんです。

それはご本人しかできないことです。

他人がなんとかできることじゃありませんし、他人のせいにするのはある意味卑怯だし自分に対する欺瞞でもあります。

「五人組制度の伝承者」にそれほどなりたいならば、話は別ですが。

ちなみに五人組制度はとっくに廃止になってる「過去の遺物」ですよ。

まーだこれに従って考えてる人って、頭の中かな~り古いかもですよ。

根本的な考え方が江戸時代の本百姓さんたちと同じということですよ。

この際、はっきり言ってあげましょう。

そういう人たちの
「頭の中は江戸時代」 
(いよ~ポンポン
ここ歌舞伎風に

(あくまで私個人の勝手な意見ですのであしからず)



私はHSPが世の中に少なくて、ほんとに良かったかも、と思います。

もし多かったら、弾圧?されてたかもしれないからです。

数が少ないからこそ、そして好戦的ではないからこそ、ほおっておいてもらえるんですね。


HSPはもともと支配云々とはほとんど関係しないですよね。

人を支配したいとも思わないし、支配されたくもない。


ただ、自由に平和に暮らしたいだけ。自分の好きに暮らしたいだけ。


ただ平和に静かに好きなことして美味しいもの食べて暮らしたいだけなのでほっといてくれん?的な感じですよね(たぶん)

特にHSPで非HSSだと、そうかもと思います。

同じHSPでも、HSSだと、けっこう好戦的、刺激を追い求めているタイプの方々もいらっしゃるようですけどね。


もし、HSPの数がけっこうかなーり、多かったら「数を頼み」とする非HSPに思いっきり敵対心を燃やされてしまっていたかも?

ああ、HSPの数がけっこう少なくて、良かった~

と思いますが

とりあえずヒトとしては、それでいいと思うのですが


日本では「周りと違っている」ということ、また「団体活動がニガテ」ということは、「罪」で「排除」の対象となるようです。

「周りと違っている」ということ
また
「団体生活がニガテ」ということは

もともとは決して「罪」などではないはずなのですが。そんな法律ももちろんありません。
あったらある意味スゴイです。非人道的という意味で。


非HSPですが、「周りとあわせる」そして「周りと競う」ということになぜか非常に長けた人たちです。

周りとなんとか合わせながら、かつ、周りと競ってもいるので
「なんて器用な人たちわけわからん」とHSPの私から見ると思ったりしますけど、それが非HSPなんだろうと思います。


一応、「日本国憲法」では戦後、「個人主義」が推奨されてますが
日本で何百年も続いた「五人組制度」的な思考と心は、日本人からきっとまだ抜けていないのだろうなーとP子は思ったりしています。

五人組制度とは、本百姓の五人組で、連帯責任・相互監察・相互扶助が基本。

相手を監視?しながらも、仲がいいときもあれば、仲間内で悪口を言っていたり、足を引っ張り合ったりという
「いったい、仲が悪いのかいいのか、どっちなんだか良くわからない」という女子グループみたいな感じの制度ですね、簡単に言うと。

江戸時代の五人組制度がとても怖いのは、もし5人の中で何かマズイことしている人がいても、5人の仲間内の中で気づいてお上に通報ならば、罰せられるのはご本人のみなのですが、
他の組から「あそのこの組の○○はこんなことやってます」的な密告をされてしまうと、5人全員が連帯責任で罪人となるというところでしょう。

これじゃあ怖くてついつい相互監視してしまいますよね。自分が悪くなくても下手すりゃ罪人にされてしまいますからね。
だから、腹の中の探りあいもあるだろうし、ホンネも言えなくなるだろうし、周りの人に自分のことを隠しつつ、周りを探る必要性が出てきますね。

そして、そんなキュウキュウとしている本百姓の不満がたまらないように、
本百姓の下の身分として、水吞み百姓や、えた・非人等の気の毒な身分までがこしらえてあったのですね。

「自分らもキツイけど、あいつらよりマシだ」的な感じにするためなのですね。

「自分より下を見てなんとか自分をなだめる、自分より不幸そうな人を見て、自分の不満を抑える」的な考えはきっとこういうとこから発生しているのかもしれません。

でも身分制度や、人を差別することは誰も幸せにはしません。差別は憎しみを生むだけです。

五人組制度というのは、豊臣秀吉が考案して、江戸時代にはいっそう強化されたのですが、
末端の農民の生活までをも幕府が支配する、支配層にはとっても便利なシステムだったのでした。

こんなある意味良く出来たシステムはたぶん日本以外には存在していないかも。
支配しやすいという意味ではきっと最高レベルかもですね。お互いにお互いを監視して牽制してくれるので、支配層にとってはとても便利でラクチンです。

これ考えた人もスゴイなあと思うけど、それに従っちゃうようなタイプが日本に多かったというのもとても怖いことだとP子は思います。

他の国でやったら思いっきりブーイング買ったり「そんなんやってられるか」と無視されたりしちゃいそうなシステムだと思います。

国民全体が無視したら、こんなの全然成り立たないシステムなのに、国民全体が従っちゃうのが不思議というか、またスんゴイ国民性だよなあと思ったりします。

そしてこの状態が当たり前のように何百年も代々と続いてしまった日本では、そういう感覚が当たり前の板についたカマボコ状態になってしまっているのかも?

日本国憲法もできてからまだ何年よ?そこそこ60年ぐらい?
60年と言うと、ひと一人の平均寿命よりまだ短い程度にしか過ぎません。


HSPというのは、かなり個人主義な性質を持つように思うので、(団体生活が合うとはとてもいえないと言う意味で)
HSPには、日本という国はかなり暮らしにくいところではないのかなーと思ったりします。

そういう意味では、HSPは本当はもしかしたら、海外で暮らしたほうがいいのかもなーと思ったりすることがあります。
でも黄色人種は白人の国ではどうしても差別されちゃうし、下に見られるので、白人の国に行くのはちょっとイヤかも

実際P子もまだ海外でずっと暮らしたわけではないので、なんとも言えないですが、海外の方がなんかラクです。

実際、海外でもっと長く暮らしてみて、まあいろんなことあるとは思うけど、平均してけっこう良ければ他のHSPの方々にもオススメできるんじゃないかと。


あまりにも日本が辛いのなら、移り住みたい人は、どこか他国に移り住むのもアリなんじゃないかなーと思ったりしています。

でも海外在住の日本人って、日本人の1%以下なんですよね。少ないもんですね。


もしかしたら日本は、実は、非HSPが暮らすのには、たぶんけっこういい国なのかもしれないと思います。

みなと力を合わせて切磋琢磨しながら強さを増す非HSPの性質。

戦争中、日本兵というのは非常に優秀だったそうですが、たぶんそういうことなんでしょう。

(日本国憲法の内容は、日本の全体主義をできるだけ解体するために作られたものみたい。
でないと「全体」を重要視する日本人が頑張りすぎてあまりにも恐ろしいので。
神風特攻隊とか外国では絶対ありえない話。
死ぬとわかってることなんだから普通わざわざ志願なんかせず逃げるのが生物としては当たり前)


でもHSPや、個性が強い非HSP(うちの娘タイプ)には、日本はどうなのかな~と思うことがあります。


日本では「違う」ということを「認めようとしない」部分、「違うものを排除しよう」という何ともいえない空気がどこにでも漂っているからです。

五人組制度を考案した、豊臣秀吉の罪は重いと思うね。

秀吉は身分の下のほうから大出世しましたけど、秀吉がもともと身分の下の者出身だったからこそ考案できたことなんだろうなあと思ったりします。

あまりにも人の心理をついていますね。秀吉は「人たらし」と言われていたそうですけど、それだけで成り上がって、こんなシステムも作って、つくづくスゴイもんですね。

長所を延ばすとここまで行くのか・・・とかいろいろ思いますけど、厄介なものを考案してくれたよなあとも思ったりします。

これがなければきっと、日本は今みたいな「イジメ社会」の日本ではなかったかも・・・なんて思ったりします。



実は、P子は、日本人の人の顔の区別が、あまりつきません。

あまりに同じ雰囲気で、似ていて、一様だからだと思います。(というわけで顔の見間違いはしょっちゅう)

自分とよほど縁のある人以外は、見落としたり、見間違えてしまうくらい、日本人というのはとても似ていると思います。

「皆に合わそう」という気持ちが強すぎるのか、あまり個性が感じられないです。

きっと「皆と同じにしよう」という意識が、何世代にもわたって続いた結果なのかもしれません。

西洋占星術鑑定をしていて思うのは

テイルの効いている人って、もちろんHSPも多いし
たぶん私に鑑定依頼してくるかたがたはHSPがほとんどなのかもしれないけど
その中でも、外国に住んでいる人、外国人と結婚して外国に行った人

また、外国に留学している方々からの鑑定依頼が、

なんか、けっこう妙に多いんでないの?ということです。

外国が大好きな人はさらに多い模様


HSPというのは個性的な才能にあふれた方々がけっこうたくさんいらっしゃるようで

その素晴らしい芸術的才能と努力を認められて、海外に留学、国費留学していたりする人も実際いらっしゃいましたし(スゴイ
海外に住んでいたり、海外で働いていたり、また国際結婚していたりという方々がなんだかけっこう多い模様で、
海外在住の日本人HSPの方々からも西洋占星術のご依頼をよく頂きます。
ありがとうございます。


私はネットショップをしているので、そういうわけで、世界中から商品のご注文・鑑定依頼を頂いておりますが
ネットの世界は世界中の人と繋がれるので、HSPの人は、何でもいいのでネットのこと何かしらされた方が良いと個人的には思います。

特に西洋占星術鑑定については、全鑑定依頼のうち1割弱程度は、海外居住・海外留学・国際結婚している方たちからだったりします。

今まで鑑定ご依頼いただいた国としては、覚えている限りでは

イギリス、フランス、オーストリア、ブルガリア、スェーデン、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、中国、韓国などでしょうか。
鑑定依頼数としてはとオーストラリアがなぜか特に多かったように記憶しています。
他の国からの依頼もまだあったかもしれないけどちょっと今は思い出せません。

鑑定依頼の1割弱が外国からの鑑定って、たぶんきっと海外からの割合かなり高めなんじゃ・・?と思います。

(なぜなら海外在住の日本人は100万人くらいなので実は日本人全体の人口の1%以下だから)

ですからどうにも割合が高すぎるだろうと思うのです。


ドラゴンテイルとは「特殊性」「普通でないこと」

なので、外国人、HSP等も表すのですが


中でも、特にドラゴンテイルがビシビシ効いているホロスコープお持ちのHSPの方の場合は、特に
「しっかりHSPとして自覚して生きること」
または
「海外関連のことをすること」で

実は嫌な思いさせられることが起こりにくく、星の力を活かしやすいという意味になります。

(これはほんと実際に自分でも経験ありだしそう思う。HSPブログも書いててほんと良かったと思うし、台湾も行ってみてほんと良かったと思う)


逆にちゃんと活かしていない場合は、ドラゴンテイルは「災い」として表れやすくなるようで、テイルの効いている人の場合

「普通に生きよう」「正統派の道を歩もう」「一般的な生き方をしよう」と「普通」とか「正統派」を目指して努力すればするほど
どうもその努力が裏目裏目に出やすく、辛い目みたり、トラブルに巻き込まれたり、変な苦労させられたりするのですが
実は私もその一人です

テイル効いてる人は、外国関連か、または「個性的(普通とは違うという意味)」にHSPを活かして生きたほうがラクだし、それがまさにシックリ来る人だと言えそうです。

世の中「個性的になりたい」「自分の個性を出したい」とか時には「自分って個性がないかも」と思っている人もけっこう多い中

そのままでも個性的どころか、個性を前面に出して成功できる可能性が高いのがHSPなので

もう居直って個性的に生きたほうがお得で幸せだと思うんですよね。

普通に生きようと毎日努力続けていたとしても「なんか変わってる」としか言われないもんですしね
(言われませんでした?)


そういわれて

「え?私のどこが変わってるって言うのよ?そんならどこが変わってるのか具体的に言ってよ」とか聞いてみても

「・・・う~ん、どこと言われても・・・えーと・・・

・・・全部

とかしか答えてもらえないことが多いですしね
(なんじゃそれは、それじゃ意味分からんよといつも思ってたP子)


たぶん必要以上に周りに「合わせよう」という気があまりないところ
(あわせようとするHSPの人もいるとは思いますし自分も意識せず自然と周りと同化?してしまうところがあるなあと思ったりするけど、時と場合によっては自動的にそうなっちゃう場合もあるけど、これがなぜか異常に疲れるのよね)

群れようとしないところ
競争心が非HSPに比べて少ないところ
勝ち負けにあんまりこだわらないところ
非HSPとは(たぶん)まったく別の価値観で生きているような点が

「変わっている」と非HSPからは思われてしまうのかもなあ・・と思ったりします。

でも私に言わせれば、日本人は群れすぎだし、別に合わせる必要のないところまで合わせ過ぎだと思うんですよね。
発言とかファッションとか何もかもが。
あまりに人に合わせ過ぎるというのも不気味で気持ち悪いと思う。
「この人どんだけムリして私に合わせてくれてんだろ」「そしてその見返りは何よ?」などと思ってしまい後が怖い気が・・・。

それに合わせ過ぎてしまわれると面白くないもんです。
その人自身の考えが特に何も聞けないのでなんかつまらないというか。
ホンネがどこにあるのかわからなくて不気味というか。

周りに合わせて、皆と同意見しか言わないのでは、その人と話す意味はもうあんまりないんではないかと思ったりする。
皆と同じなら別にその人から話聞く必要もないし。
どこかで聞いたことのある同じような話とか無難な意見を別に何度も聞きたくないというか・・・。

何かしら、その人が考えた、「その人なりの考え」がないとやはり面白みは少ないです。
(たとえ相手が子供でも、その子なりの自分の頭で自分なりによく考えたことならば、話しててとっても面白いけどね)


でも、HSPでもドラゴンテイルがそれほど効いていない人、9室や射手座に特に目立った星が入っていない人なら、日本にいたほうが、もしかしたらしっくり来るし、そっちの方が合っているのかもしれません。

HSPでもテイル効いていない人ならば、「正統派」の道、そして日本にしっかり根ざした方向性のほうがたぶん向いているだろうし
外国が「合わない」可能性もとても高いのかもしれないなあ・・・と思ったりします。

逆に、HSPでドラゴンテイルがとても効いたホロスコープ持っている人、9室や射手座が強調されている人は、外国行ったほうがきっと幸せになれるかもよ、の配置です。

(でもその辺は人によって本当にさまざまなバリエーションがあり、ホロスコープは一人ひとり全然違うので、とても一概には言えませんけど。ホロスコープって、ほんとその人それぞれで全然違うのでとてもじゃないけど一概には言えません。全体を見る必要があるし、星の象徴することは非常に多岐にわたるので)


ちなみにP子は射手座アセンダントで9室冥王星天王星、ハーモニクス8で太陽テイル合なので「外国行き決定」の配置かもですね。

息子と娘も似たようなもんです。(だから海外移住に反対しないし賛成なのねきっと)


あと、テイルが太陽絡みの人で、外国人と結婚した場合というのは、日本に住んでいれば割とけっこううまく行っている模様ですが

外国人と結婚して外国に行っちゃった場合はちょっと微妙?なとこあるかもなあ・・と言う事も鑑定していて感じることあります。


例えば太陽テイルの人の場合。

「外国人と結婚」という意味になりますよね。

この配置で実際に国際結婚している人って、かなり上手にホロスコープ使えている人だと思うんです。

これだとテイルの悪い意味が出にくく、幸せになりやすいです。
国際結婚が向いている人と言えます。
(こういうタイプがごく普通の日本人と結婚しようとすると結果的に変な人、困った人と結婚しやすかったり、結果的に離婚したりしやすい配置です)

ところが、めでたく国際結婚して日本で外国人のダーリンと幸せな家庭を築いている太陽テイルの女性が、
時に外国人の旦那に連れられて外国に住むことになりますと、旦那は現地の人であって、外国人ではなくなってしまいますよね、外国ではそうですよね。

逆に日本人のほうが外国に行けば「外国人」になりますよね。

太陽テイルのホロスコープを持つ女性は、日本にいると「旦那が外国人」ということ、そのままの意味で、それで昇華されるので簡単に星の意味が昇華出来てて、とてもラクだし良いんですけど

太陽テイル絡みの女性が、夫の生まれ故郷の外国に住む場合は、ちょっとお話が違ってくるみたいな傾向があるみたいだなあと言う事も感じています。

太陽テイルの配置を持っていて、外国人と結婚している人って、HSPではけっこうかなり多くて

「いやーこの人、教えられもしないのに、ホロスコープ上手に使っててスゴイなあ」と思ったりするのですが

それは日本に住んでいたらそれでいいのですが(お幸せそうなのですが)

旦那の故郷の外国等に住んだ場合、旦那は現地では「普通の人」となりますので、

テイル(異常性・普通でない事)が昇華されず、結局、外国で、テイル的なこと(こうはなりたくないと言うようなこと、社会的に見てどうなの?ってこと等)になってしまうことが多々あるような・・・感じがすることがあります。


その辺が西洋占星術って、奥が深いというか、なんだかけっこう解釈難しいと言うか
星の力ってスゴイというか、ちょっと怖いというか、西洋占星術って奥深くてスゴイもんだなあ、侮れないなあ・・などと思ったりします。

外国に住む場合、太陽テイルの人は、日本人と結婚して外国に行ったほうが、もしかしたらホロスコープをうまく活かせるのかも、幸せになりやすいかもと思ったりします。

なぜなら、それだと、現地の人から見ても、「外国人」=「太陽テイルの人」

すなわち現地人から見ても、外国人の夫、という意味になるからです。

旦那の仕事で外国に行ったりすると、太陽テイルはそのまま「(夫が)外国で仕事」という意味になりますので、テイルの意味が悪く出ず、なかなか快適で、外国生活も楽しくお幸せの可能性高いかもです。


でも何が幸せかっていうのも、その人それぞれだし、周りから見てとても幸せとは思えない状況だとしても、ご本人は幸せかもしれないし、その人にとってはそれなりに大事な経験なのかもしれないし。

と言う事で、その辺は何とも言えませんし、ご本人の感じ方、考え方次第だし、他人が口を出す事でもありません。

ご本人の人生なので、ご本人が納得し、ご本人がすべての責任を負えば、それできっと良いのです。

自分の人生も、同様です。

自分が納得できれば、それでいいのです。(逆に自分でどうにも納得できない人生ほどツライものはないと思う)


でもそれにしても、HSPって海外に縁が深い人がかなーり多い気がします。

HSPって、実はインターナショナルだったんですね

「インターナショナルHSP」って新しくキャッチフレーズ付けちゃおうかな

「論理的」なこと「科学的」なことって、それほど大事な事なのかなあ、と思ったりします。

私は理系でしたが、大学で感じましたが、優秀な科学者ほど、科学には限界があることをご存知です。

人の感じた事のほうが正しくて、それをまだすべて科学で証明ができていない、すべて証明することに科学が追いついていないことをよくご存知です。

科学の素晴らしさばかりクローズアップされているように思いますが、
それは一部の限られた分野でスゴイというだけのことで、科学で何でも証明できるわけでもなく、科学が万能なわけでもありません。

また「論理的」であることにこだわる人というのは、割と何でも全部論理で片付けようとしますが、
自然の一部である人間を、世界を、すべて論理づけようとするのは順序がおかしいだろうと私は思います。

宇宙や自然のうちのごく一部を、論理・科学で説明できるだけに過ぎません。

実際は

  広大な宇宙・自然 > 人間の作った論理・科学

なのですが

なぜか逆に思っているような人もいて

  人間の作った論理・科学 > 広大な宇宙・自然 

とでも考えているような?なんか勘違いしてんじゃないの?って人が世の中けっこう多いですよね。

宇宙や自然のすべてを科学や論理で片付ける事ができるとでも思われているようで・・・・

でもそれはもしかしたらとても「傲慢な考え方」なんではないかなー、なんて、私は感じます。

それにそういう考え方をすると、宇宙や自然、そして自然の一部であるヒトをも、論理・科学に基づいて考えよう、
その考え方に「あてはめよう」とするので、なんか息苦しくなるんですよね。

ぶっちゃけて言えば、論理的なことも、科学的なことも、単にひとつの「考え方」にしか過ぎません。

学校の教科に、国語、算数、理科、社会、英語、その他(高校や大学になればもっと増えますけど)
なぜそんなにいろんなことを学ぶかと言うと

国語や英語は「言語」なので言葉を正しく使えるように学ぶわけですが、

算数は「数学的な考え方」

理科は「科学的な考え方」

社会は「社会的な考え方」というか歴史とか社会とかについて学ぶわけですが

全部、「考え方」「考える方法論」が少しづつ違っていますよね。

他にも国によっていろんな面で「考え方」が違ったりしているので、その国で生まれた子は、知らず知らずのうちに、その国の「考え方」に沿って物事を学びますが

国が違うとカルチャーショックを受けるのは、「考え方」が国によって違うからです。


いろいろな「考え方」を学ぶために、きっとさまざまな教科を学ぶ事が必要なんだと思うんです。

またいろんな考え方をする国があるから、世界の中で「井の中の蛙」になるのを避けるため、国際人としての感覚を磨くため、見聞を広めるため、他国の考え方を知るために外国に行ったりするのかもしれません。

そして、それ以外にも、世の中にはいろんな、本当にさまざまな「考え方」があります。

細かい事を言えば、人の考えやその人の思考回路も人それぞれ違っていて、どれが一番正しいかなんて、そんなこと一概に言えるもんじゃありません。

あえて言うならば「その人にとっては、その人の考えがきっと一番正しい」というくらいでしょうか。


つまり、「論理的」とか「科学的」というのは、単にたくさんの考え方の中のひとつにしか過ぎないのかもしれません。

ですから、その考え方に「当てはまらない」ものなんて、当然たくさんあるはずだと思うんです。

なのに論理的、とか科学的、なことを一番大事だと考えることは、

それは自分で自分を「論理的という窮屈な檻の中に縛ることになる」のではないかなあと思ったりします。

でも、論理的に考えるのが好きな人もいらっしゃるだろうし、それはそれでその人の自由なので別にいいと思います。

ただそれはなんだかある意味「偏った」

そして「狭い」考え方のような気が、私はしているだけです。

論理的なのが一番正しい、と思うことも自由ですけど、それが一番正しいとは限らない、と思うのも自由で

私はそう思っているだけの話です。


自分の直感や感覚を自由に「遊ばせる」ことは私はとても大事だと思います。 

人間の感覚的な能力というのは非常に素晴らしいと思うんです。

感覚の鋭いHSPならばなおさら。


どんな高性能コンピューターにもわからないことを、また、科学が証明するにはとても長い時間と労力が必要とすることをも

ヒトの感覚は一瞬ではじき出してしまいます。


私も昔は(学校教育・家庭教育により)かなりの「頭でっかち」でしたが、
頭でいろいろ考えた事よりも、結果的に「直感のほうが正しい」事が多いし、自分の直感を信じたほうが幸せになれることを実感しています。

今では「私、挫折してよかったな~」と思ったりしています。

なぜならとても自由に生きられるからです。

とにかく誰が何と言おうとも、自分にとっては自分の直感が一番正しいですよね。


「論理的」「科学的」ということをあまりにも重視することは、P子は個人的にはとても危険なことなんではないかと思うし

第一、それではあまり幸福感は感じられないかもなあと思ったりします。


とにかく「自分の感覚」が自分にとっては一番正しくて。それは誰しもそれぞれがそうだろうと思うんです。

その自分の感覚が、何かを「はじき出して」自分に何かを「教えてくれて」いるというのに、
それを論理で抑え込んで否定するのは、「自分の中の自然」に反している行為だと思うのです。

「自分自身も自然の一部」だと言う事を考えれば、それは「大いなる自然」に対して「たかが人間の論理」で対抗しようとするような、無謀で傲慢な行為だと言えるのかもしれません。

それに「論理的」をそれほど重視するのは「自分の感覚に自信が持てないことの裏返し」または「自分の感覚を否定する必要がある」のではないかと感じる事があります。

もしかしたら、とても鈍くて、自分の感性が鈍い事に対して何か劣等感があり、その裏返しなのかもしれないし

「論理的」ということで何かしら「自分を守る」必要性があるのかもしれない

逆にとても鋭いがゆえに、気づきたくない事に気づいていたり、認めたくないことを認めるのが怖いゆえに、論理に逃げているのかもしれません。


実際、自分の感じている事を「そのまま認める」ということは、時には「怖い」「辛い」ことでもあります。

それが自分にとって「認めたくない」「認めると自分が傷つく」ようなことならばなおさらです。

でもいっそ腹をくくって認めちゃったほうが、いいと思います。

認めると、涙が出てくることもあるかもしれないし、時には怒りが噴き出してしまうこともあるかもしれませんが、

それでも心の中のもやもやが明確になり、ある意味スッキリするからです。

その上、それを認めたうえで今後、自分がどうすれば良いかを決める事が可能になってきて、新しい展開が開けてくるからです。

それにどうせ、もう自分の中では、すでに「わかってる」「感じてる」ことなんだしね・・・。

自分の感覚が「何か変だ」と違和感を感じていて。警鐘を鳴らしていて。

でもそこを認めると自分の心が破綻してしまいそうになる事、「そこはどうしても認めたくない」ってこと、人生でけっこういろいろあったりしますよね。

そういう時は、人は頭の中で、どうにかして何とかして「論理で片をつけよう」とするのですが、実際やってみると、実はそれはとてもムリがあることだと私は思います。

一生懸命こじつけて頭で考えた事よりも、感覚の方が正しい事を、自分の心の奥深くはよく知っています。

それでも自分で認めたくないこと、そして認めると自分が傷つく事を、ムリに論理付けようとするからこそ、きっと「頭が堅く」なり「自分を守る頑丈な鎧」が必要になってくるのかもしれません。

「論理的」ということを重要視している人に対して、それがまるで「その人を守る鎧」みたい・・・と感じてしまう事が多々あります。

「理論武装」?とか?

でも、きっと日本は何らかの「鎧」が必要な国かもしれません。

「鎧」がないと生きていけない雰囲気があります。感受性の強いHSPならなおさらです。

そして、他の人に何かを(特に非HSPに対して)説明するときは、それが必要だと思います。

「HSPの感覚」は非HSPにはとても否定されやすいからです。(感じない人、そのセンサーがない人に、センサーがあって何かを感じていることはどうしても説明できない。人は自分に経験がないことはよく理解できない)

それに別にそんな気にしなくていいようなことでも、なぜか日本って「気になってしまう」「気にしてしまう」ような「独特の空気」があるのですね。

これはいったい、何なんでしょうね・・・


でも、確かに「認めること」「現実を直視する事」は「覚悟」がいること。

特に日本のような独特な空気がある国では、かなり覚悟が必要だなーと思います。

でもそこを認めないと、そこから先に進めないと思うのです。


でも、進みたくない人もいるし、進まないメリットもたくさんあります。

「認めたくないことを認めない」メリットも多々あるのです。

あえて目をつぶり、自分の感覚が告げていることを認めようとしないことによって、「昨日を同じ今日」をとりあえず平穏無事に過ごす事ができます。

いろんな意味で「そこにとどまる」「じっとしている」事ができます。

「一般的な幸せ」とは、もしかしたらそんなようなものかもしれません。

もともと「幸」という漢字は象形文字で「手枷(てかせ)」を表しています。手枷とは罪人の手を縛る昔の手錠のようなもの。

つまり「自分を縛るもの」です。

「手枷から外れる事が幸せ」という解釈もあるようですが

「幸せ」という状態は、ある意味どこか「縛られた」状態でもあるということに、気づいている方は多いと思います。

例えば、子供がいることはきっと幸せなことなのかもしれませんが、確実に「縛られ」ます。

でも子供がいないといないでやはり寂しかったりします。何でもそんなものです。


特に日本は「子供で母親を縛りつける」ところがあるように思います。

日本で子育てしている母親の感じている、抱えているプレッシャーはとても大きなものがあります。

日本では子育てはすべて母親の肩にかかっていて、子供が問題を起こせば、何でもかんでも全部「親が悪い」とか言われて、何でも母親のせいにされてしまうところがあります。

だから母親たちはキュウキュウとしています。子育てのストレスも大きい。

でも、子供は社会の宝で、将来的に社会の基礎になるもの。

ですからもっと社会で育てるべき、社会全体がもっと母親に手を貸してもよいのではと思うのですが、世間の目は子供を育てる母親に対しては非常にシビアで厳しいものがあります。

日本では、子供に対する責任をほとんど何でも母親に押し付けることによって、どこか「責任逃れ」をしているようなところがあります。

日本は清潔で安全な環境には恵まれていますが、精神的には非常に子育てしにくい国のうちのひとつかもしれないなーと感じることがあります。

とにかく女性や子供が辛そうにしている国は、国としてはあまり良い国じゃないのかもしれません。


話を元に戻しますが、とにかく、何を選ぶか、どんな「幸せ」を選ぶかは、まったくその人の自由。

「論理的じゃないと」ということにこだわっている人、「論理的」「科学的」を必要以上に重視している人って、たくさんいますが

そこには、何か不自然なものが存在しているように思います。

人間も自然の一部なのにね。

そういうとこ何か少し不思議というか、何か一抹の「不自然さ」を感じてしまう、P子です。



私は一生懸命、勉強してやっと合格した難関大学も、結局続かず中退していますし

お勤めも頑張っても頑張ってもことごとく続かず(だから現在、自社ネットショップ及びamazon等で生計を立てているんですけど)

体力測定しても、20代の頃でさえ体力年齢は65歳とかそんなもので、自分でも呆れるほど。

日本では少し動いただけで、すぐに息が上がってしまい、いつもしんどく、近所の坂も今もろくに歩いて登ることができません。

「なんで自分はこんな風なんだろう・・・」「なんで息苦しいんだろう・・・」といつも不思議で、謎で、不安で、強い劣等感を感じていました。

そしてそんな自分がいつもとても悔しかった。

なぜなら、(怠けていないのに、精一杯やっているのに)怠けているようにしか思われないからです。

でも確かに、実際、病気でもないのに子供の頃から「いつもしんどい」というのは、どう考えても変だし

周りからも「えらく気力体力のないやつヤツ」とか「やる気のない人」と思われ

家族からさえも「怠慢」「怠惰」とか思われてしまっていました。


HSPの会をする中で、お勤め仕事が続いている人に「仕事続いてすごいですね」と、
私はしんどくてとても仕事を続けられなかったことを話しても、中には

「食べていかなきゃいけないから、そんなこと言ってられないし」と仰る方もいました。

その方は(たぶん)HSPなのかもしれませんが

HSPでも仕事を続けられている人はけっこうたくさんいますし、
しんどいながらもなんとか立派にステイタスのある仕事等を続けることができている人も確かにいます。


でもそういう、なんとか頑張っている人の中には、仕事が続けられなかった私のことをきっとどこか「甘えている」「怠けている」と思っている人もいて、この人はたぶんそう思っているのかもしれない、と感じました。

「そんなこと言ってられない」という事ですが、なんとか倒れずに勤め仕事が続くと言う事だけでも、私にはどう頑張ってもできなかったことなので、私はとても羨ましく思いますけど。


でも私のことをそんな風には決して仰らないHSPの方がほとんどで、私も今まで会を何度か開きましたが、それまでそんな風に言われたことが一度もなかったので

この方が本当にHSPかどうか、については私は今も少し疑問に思っている点が実は他にも多々あるのですが

この方は「自分はHSPです」ということで、会に参加されてきました。

この方には最初から「何か」うまく言えませんが、何か自分たちHSPとはどこか何か少し違うものを感じて、私がその方に関しては最初からHSPなのかどうか少し疑っていたので、疑いをそらすために、そういう発言になったのかもしれませんが。

HSPと非HSPの違い、「感覚の鋭敏さの違い」というのはたぶん脳内の何かの物質の量が多いとか少ないとか、きっとそういうことなのかもしれないと思うし、

限りなく非HSPに近いHSP、と言う方もきっといらっしゃるかもしれないし、同じHSP間でも、個人差はかなり大きいのかもしれません。


その辺はまだはっきりしませんが、そのうちわかることでしょう。

また、私は子供の頃から朝が非常に弱く、朝は欝っぽい気分のことが多く、やっと気分が晴れ、エンジンがかかり始めるのが15時以降でした。(子供の頃からずっとそうだった)

朝からバリバリ働いている道路工事のおじさんを見かけるたびに(道路工事のおじさんはだいたいもと不良やヤンチャしてたタイプの人も多くて、もちろんそうでないタイプの人もいるとは思いますが)

不良の人も、家族関係等ではきっとかなり苦労してこられたりしたのかもしれませんが

私は子供の頃から将来を案じ、ろくに遊びもせずずっと勉強頑張ってきたのに、いざ働こうとしても外で働き続ける気力体力がない。
どうしても仕事が続かない。

ということは、自分で生計を立てる、働く事に関しては、道路工事の人以下。

どうして今までずーっと長いこと努力し続けてきた私が、(たぶん)あまり努力せず勉強せず遊んでばかり来た人以下なのか。

「・・・なんで私は朝も弱くて、それに何でいつもしんどいんだろう」と非常に悔しく思うばかりでした。
(別に道路工事の方を差別しているわけではありませんが、子供時代~学生時代まで、遊ぶ時間を削って一生懸命勉強し続けてきた私にとっては、子供の頃からいつも遊んでばかりの不良の人がしっかり働けているのに、それなりに社会に適応しているというのに
なぜ遊ぶ時間を削ってまで毎日努力し続けてきた自分は働く事ができないのか
そういうことに対して、どうしても割り切れない、納得できない思いが生じてしまっていました。
でもそれが現実なので受け入れるしかないんですけどね。
それを自分で認めて受け入れて、それならどうするか、何ができるかを考えていくしかないんですけどね。)


自分に対しては、非常に情けない思いをし続けてきて、そして少しでもそれを補いたいがために、一生懸命勉強をしてきた、何かしら自分ができることをいつも努力し続けてきた部分があります。


そして人生半ば過ぎたこの年まで、ずーっとこんな風な感じだったのですが、こんな私なのに、台湾に行くと、日本の2倍は元気なのです。

朝も家族の誰よりも早く起きれるし。

子供たちよりも体力があるくらいで、ずっと動いたり歩いたり出来ました。
毎日最低でも4、5時間は歩いていて、毎日外に出かけていました。
(これは私にはありえないこと。出かけるとその日はもちろん次の日もグッタリしているし仕事もできない。時には数日グッタリが続く事も)

台湾でもさすがにモンスター事件後は疲労困憊、グッタリしましたが、それでも日本にいるときよりもずっと回復が早い。

それにあれほど怖い目に遭ったのに、それでも台湾に住みたいという気持ちは変わりませんでした。

それは台湾にいると自分がてきめんに元気を取り戻すからです。


なぜ台湾では元気で、日本では元気がないのか私にもまだハッキリした理由はわかりません。

これから少しづつわかっていくのかもしれません。


でもそれは紛れもない事実で、45年間生きてきて、こういう経験は初めてで驚きました。

台湾にいると、正直、別人のようにタフなのです。

特にここ1年半くらいは体力が落ちたのを感じ「このままの状態が続けば自分は確実に病気になるな」と感じていたのでなおさらでした。


いろんな健康グッズや、姫川薬石や、コラーゲンや亜鉛、プラセンタ、もちろん食事にも気をつけて、いろいろやってきて、毎日それなりのケアをしないともたなかった私ですが(ケアしても普通の人の体力はないですが)

台湾ではとても元気でタフで気分も晴れます。
「・・・これが本当の自分だ」と感じました。
そして今までの45年間の悔しさと強い劣等感がやっと雲散霧消したため、台湾では実は泣いてばかりいました。


娘に「ママまた泣いてるの」と(呆れたような顔で)よく言われました。(なんてクールなヤツなんだコイツは

台湾に来るまで気づかなかったけれど
もしかしたら、自分は日本では相当な不適応を起こしていたのかもしれないと思いました。
だからずっと辛かったのかもしれないと思いました。

子供の頃から感じていた独特の息苦しさ、「なぜいつもとても息苦しく感じるんだろう、窒息しそうな気がするんだろう」
「そしてなぜ他の人は平気そうなんだろう」といつもいつも不思議でしたが、それは日本特有のものなのだとわかりました。
台湾にはその息苦しさは、存在していませんでした。(その代わり何事も「テキトー」な国ですけどね。でも自分としては息苦しくないほうがいい。始終息苦しいのはちょっと辛すぎる)

でも日本で生まれ日本で育ち、今までもずーっと日本にいて海外に行った事一度もなかったので、日本だけしか知らなかったので、他の国と比較することなんてできませんでした。


加えて正直、海外旅行に行くような気力や元気も持ち合わせていなかったのも事実です。
(台湾に来た理由はアストロマップで自分に合う場所を世界中から探し出して、そのひとつが台湾だったので来てみた。そして特に「台湾はイジメのない国」というのがとても気になっていました。息子のときはもちろん、娘もイジメ問題には巻き込まれたので)

台湾には本当にイジメはないのだろうか・・・と思って「ほんとに~?」と疑いながら来てみましたが、本当になさそう。
あったとしても相当少なそうな雰囲気です。
なぜなら人が自分と違う事をしても誰も気にしない雰囲気があるから。ストレスも溜まりにくい空気だから。

なぜ私がこれほど日本に不適応を起こしていたのか

なぜ台湾なら元気なのかについては、自分でもなぜなのかまだはっきりとした理由がまだきちんと整理できていない部分があります。(今まで他の国に行った事がなかったので、実際に比較した事がなかった)

でもそのうち、自分の中できちんと整理できるようになる日が来るだろうと思います。

台湾は、確かにアストロマップでは自分と家族全員と相性がいい土地なのですが、占星術的な理由はそれで良いとしても
もっと理論的?というか、論理的でなくてもいいけど、占星術以外の、他方面からの理由も、自分としては欲しい気持ちでいっぱいです。

占星術と科学は、実は似たところがあって、「感覚」「観察」が先。そして理由付け、論理が後になります。

例えば漢方薬が効くというのは昔から知られていますが、民間療法としてバカにされてきましたが、随分後になって、やっと最近、科学が漢方の効き目を証明できるようになりました。

実は「人間の感覚」というのは科学よりも優れているのです。
HSPは感覚には優れているのでそういう意味では
 HSPは非常に優秀な人たち なのですよ。
あなたもHSPならその自覚と自信持ってね

私は日本では、いつも「何かここは違う」と違和感を感じることがあり、日本国内でずっと引越しを繰り返して来ましたが(たぶん10回くらいは引っ越していると思う)

もともと私は国内にはぶっとい火星ラインとかぶっとい土星ラインとかぶっとい月ラインとかしか通っていませんから(金星もあるけど細い上にスクエア)

日本にいてもトラブルと苦労、不安を強く感じてしまいがちなのかもしれません。

さらに子供たちのことも考えて、それを加えると、台湾移住はかなり強い動機になるので(理由はもうあえて書きませんが今までブログ読んでこられたかたはわかるかと思います)
台湾に引っ越す事にしました。子供達からもまったく反対意見はなく賛成でした。(これも意外だったのですが)

でももし私に子供がいなくて一人だったら、たぶんまだずっと日本にいただろうと思われます。
言葉も良く通じない異国にひとりで住もうなんて思いませんから。


また日本ではいろんなモンスターたちに遭遇してきましたが、もともと私のネイタルがそういうネイタルなので、どこに行ってもそれは変わらないでしょう。


それはアストロマップで相性の良い台湾でも同じでした。
場所は変わっても自分のネイタルホロスコープは、どこに行っても変わりませんからね。
台湾でもモンスターに遭遇して脅迫されましたしね(20万円相当のものを無理やり買わされそうになったから恐喝未遂罪だね)

私の星の配置からすると、どこに行っても、モンスターたちに遭遇して不思議ではないし、私はこれからもモンスタータイプには遭遇し続けることでしょう。


ただ、もう私も年なので、日本にいると、何だか体がもたないのです。
疲れたときは姫川薬石風呂(家庭内で簡単にラジウム温泉に入れる。温まり湯冷めしない。入浴剤がいらないし効果は半永久的)に入ったり、野菜をたくさん採ったり酵素を補ったり、プラセンタやコラーゲン、亜鉛等もとったりしていますが、それなりに効果はあり癒されるのですが、それでも疲れのほうがひどいようで気分が沈みます。(同じマンション内に あんな人がいるから特に)、特にここ1年半でドッと老け込んだ気がします。

日本では、モンスターたちに対抗する気力体力がもう私にはもうありません。


台湾に移住することがこれほどまでにすんなり決まってしまったのは、きっと「お呼び」がかかったのかもしれないと思うことがあります。

小林正観さんの本に人には「お呼びがかかる」ことがある、と言う言葉があったように思います。

そのときは、安心して「お呼び」に「乗ればいい」だけなのだそうです。
そしてそれを拒否してはいけない、安心して流れに身を任せるのが正解、と書いてあったように記憶しています。

これには非常に思い当たる事があって、30年前に来た「お呼び」を(そこに行きたかったのも関わらず、頭で「論理的」に考えて)私は断り
10年前に来た「お呼び」も頭で「論理的」に考えて断ってしまっています。
どちらも私とは相性の良い土地からの「お呼び」でした。
でもそれを知ったのは西洋占星術のアストロマップを知ってからですが。

あまりにも「うますぎる話」だと感じたのと、30年前は自分の母親の事、10年前は自分の子供の事等を考えて断ってしまいましたが、あれは「お呼び」で、きっとムリに断ってはいけなかったんだな・・・、と今ならわかります。

それにもし「呼ばれて」いったとしても、きっとP子は、台湾でもモンスターに遭遇し続けるのでしょう。
でも台湾だと元気なので、なんとかなる、ただそれだけで「呼ばれた」ような気もします。

つまり「呼ばれた」とすれば、そこで「しっかり働け」「自分のテーマをしっかりやれ」ってことなんだろうと思っています。

P子が尊敬する小林正観さんは、本当に亡くなる直前まで講演会を続けられていました。
私はたぶん正観さんの亡くなる直前の講演会に参加したと思うのですが(その後の講演会が正観さんの病状悪化で、全部キャンセルになっていた)

すごく痩せてヨロヨロされながらも3時間もの長い講演会をされる正観さん。

「人は、働いて、疲れ果てて、死んでいくんです。それでいいんです」正観さんはそう言い切っていらっしゃいました。

死にそうな人が目の前でそう言いつつ講演会を続けるんだから凄みと迫力、説得力があります。

人には何かその人の生まれてきた「テーマ」のようなものがあるのではないか、と私はいつも感じているのですが

私が台湾に「呼ばれた」とすれば、台湾でなら私がまだ元気で働けるから、なんだろうなあと思います。

仕事の面でも、HSPの活動についても、対モンスターに関してもね。


また台湾で賃貸物件を借りるのは相当困難を極めるだろうと予想して、覚悟していたのですが、実際やってみたらP子にとっては日本で賃貸を借りるよりもずっと簡単だということがわかりました。

ちなみに台湾では外国人でもパスポートがあって、収入がちゃんとあって家賃が払えそうだと思われればいい家が借りられます。家賃も日本より安い。(日本の賃貸は高すぎると思う)

日本だとP子のように保証人がいないタイプの人はなかなかいい家、環境のいいところの物件は借りることができなくて、いつも引越しのたびに保証人探しに非常に頭を痛めてきました。
離婚して夫もおらず、親も保証人になってくれないP子タイプにとっては、台湾のほうがずっと簡単に借りれるのです。
日本では保証人なし物件って、周りの環境が良くなかったり、たいてい「それなり」のところ。
自分ひとりなら別にどこでもいいけど、子供の事考えると環境は大事。(不登校になる人が1名いるし)
その上、台南で最初行った不動産屋さんで、すんなりといい家が見つかってしまいました。

あまりにもあっけないほど、簡単でした。日本で住むところ見つけるよりもずっと簡単。

私がなぜ日本ではこれほど不適応を起こし、台湾では元気なのかについては、もちろん、これからも考え続けていきますし
いつかその謎が解けること、何か納得するような答えが出ることがもしかしたらあるのかもしれません。


ただ、日本はたぶんHSPには生きづらいところなのでは、と感じています。

なぜなら、私だけでなく、HSPの息子も、日本より台湾のほうが元気だからです。

息子は日本では決して単独行動はせず、それは驚くほど徹底しているのですが
初めて行った外国、台湾では、一人で食べ物屋さんに入ってご飯を買って食べたり、買い物をしたりと息子が一人で外出ができるようになるのでビックリしました。
間違えてホテルの温泉のロッカーの鍵を返却し忘れたときも、息子が一人でホテルまで行って返してきました。
それも言葉の通じない初めての外国で。たどたどしい英語で。

また台湾では犬がどの犬もみな非常にリラックスしています。警戒心がほとんどありません。犬がほとんど吠えません(台湾の犬は番犬には向かなさそう)

それに比べて日本の犬はどこかビクビクしていたり警戒心があるように感じます。番犬には(台湾の犬よりは)適していそう。(もちろん日本にも番犬にならない犬もいますけど)


それに台湾では、犬がリードを引っ張って歩くのを見たことがありません。

それどころか、リードなしでも飼い主から全然逃げようとしません。

椅子の上に座っている犬は、リードなしでもそこから降りません。
IMGP5962また犬を連れた旅行者でキャリーバッグに入っている犬も、リードなし。でもキャリーバッグから出ようともしません(すごく不思議)

また台湾では赤ちゃんもあまりぎゃあぎゃあ泣きません。夜泣きとかも少なそう。子供育てやすそうな所です。
きっと、犬も赤ちゃんもどこか敏感なところがあると思うのです。

鈍くなってしまった大人が感じないようなことを感じ取って、犬はおびえ、赤ちゃんは泣くのでしょう。


台湾には、生き物すべてをリラックスさせる何かがあり、日本にはそれがないということです。

確実に「何か」が日本とは違っています。


また商売(ネットショップ)をやっていてしばしば感じるのですが、日本という国は、クレーマーがけっこう多いような気がします。

店をやっていると、時にストレスのはけ口にされることもあります。

でもそういうクレーマーさんたちから感じるのは「一種の不安」です。

それはきっと日本の世の中に不安が多いからかもしれないと思うのです。
そして「ガマン」している人が多いからではないかと思うのです。


私もなぜか日本では些細なことに「イラッ」とすることが多いですが、台湾ではなぜか全然不思議なくらいイラッとしません。

「マンションの上の階の足音がうるさい」とか言うのは、きっと日本特有のものです。

台湾ではそんなこと、まったく気にならなくなります。


電車で大音量でYou tube見てる人や、電車内で大声で話している人を見てもなぜかイラッとしません。誰も注意しません。「ああ大声で話しているなあ」としか思わなくなるんです。不思議ですけど。

この「すぐイラつく」空気、というのは、日本特有のものなんだなあ、と海外(台湾)に行ってみて、初めて気づきました。

日本人は他の国に比べて、非常にマジメで勤勉、優秀な部分がありますが

それは(敏感なタイプの人は)誰もが「漠然とした不安」を感じること、そして「周りの目が基準だから」なのかもしれません。

世界の国と比較して「日本人は勤勉だ」としばしば言われてきましたが、日本ではどこかいつも神経すり減らして一生懸命頑張り続けていないと、なぜか日本では通用しないのです。

でも非HSPのように、そういうことに一切何も気づかないタイプなら、特にそういうこと考えない気づかないタイプなら、日本も悪くないかもしれないのです。

それどころか、「厳しい躾」をしたほうが(たぶん)磨かれるだろうと思われる非HSPタイプなら、日本は良いかもしれないし、

荒削りな非HSPを「磨き上げて」くれる国なのかもしれません。



私は子供の頃からずっとしんどさを感じてきましたが、その原因がまったくよくわかりませんでした。

たぶん私の周りの誰も、私がなぜこれほどまでにしんどかったのか、誰もわかってはくれませんでした。

人知れず、しんどさに一生懸命耐えながら頑張っているのですが、それでも「体力なさ過ぎ」

その上「怠けている」とまで思われてしまい、非常に悔しかったし、そんな自分に強い劣等感を感じ続ける毎日でした。


朝がとても弱いことに関しては血圧が低いからなのかな、と思うこともありましたが、

私よりもっと血圧が低い人でも朝は起きられる人もいます。

とにかく、私は日本では相当不適応を起こしている模様で、そしてそれは今も変わりません。


でも台湾では、私は朝から元気で、普通の人のように動けます。

正直、これは生まれて初めての経験でした。


日本では欝っぽかったのですが、台湾だと元気なのです。

日本特有のもの、雰囲気?か何かわかりませんが、日本の何かが、私を欝にしてしまうのですが、台湾では元気です。

というわけで、台湾は、私の生まれてからずーっと感じていた強い劣等感、悔しさ等を解消してくれるのです。


これは、台湾がもともとそういう「人を縛らない自由な空気」を持つ国だからなのか、私にとって台湾が相性の良い国だからなのかは、私にもまだわかりません。

ただここにいると私は欝ぽくならないことだけは確かなのです。

アストロマップではカナダ西岸とラスベガスは台湾よりさらに私にとって良い場所なので、そこに行けば違いがわかるのかもしれませんが

でも確実にひとつ、言えるのは、場所を変えることで、自分が思っている以上に、元気に過ごせる可能性がある、ということです。

私のように多分、あなたにも、その可能性があるのかもしれません。


感覚が鋭いHSP。その場の雰囲気や何もかもを感じ取ってしまうHSPにとって、環境はとても大事です。

それは、周りの人、場所、含めてそうだと思います。

自分をどのような環境に置くか、自分自身にどんな場所を提供してあげるか、ということは、とても重要です。




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HSPでエンパスだと、相手の本音がわかってしまう、見えてしまうことがあります。

でももしHSPでエンパスでなくても、カンのいい人、わかる人にはわかるものなのかもしれませんが。


ホンネが見えるなんて、便利で有利だと安易に思う人もいるのかもしれませんが、人のホンネは、見えない方がきっと幸せです。

時に、人のホンネがわかってしまうことが、とてもツライことがあります。

特に自分の身近な人のホンネ、本当のところがどうなのか、が感じられてしまうと、非常にツライものです。

でもどんなに辛くともそれは潔く認めたほうが、結果的に良い結果を生むと経験上、思います。

「そういう人なんだね。私のことそう思っているんだね。そういう関係性なんだね」

少々辛くとも、そのまま認め、受け入れるのが一番です。

なぜならそれを踏まえた上で、自分の今後や、行動を決定していく事ができるからです。


たとえどんなに受け入れたくないこと、認めたくないことでも、認めると自分が傷つくような事でも、

認め受け入れた上で考えていかないと、ただそこに停滞するだけで、何も始まりません。


不満を抱えつつ、停滞して何も変わらないよりは、新しい可能性を探ったほうが良いし、

あまりにも自分が違和感を感じるのなら、思い切って、何かを変えたほうがいいと思います。


「何か違う」と違和感を感じるということは、

ここではないどこかに、自分の新たなステージが用意されているかもしれないということ、

誰か、人や環境との、新しい出会いの可能性が用意されている、ということなのかもしれません。


私はHSPで、エンパスで、どちらもAランクなのですが、たぶん私みたいなタイプは、

周りの雰囲気や土地のオーラ、人のオーラというか雰囲気、醸し出すものを、

そっくりそのまま感じ取って吸い込んでしまいやすいのだろうと思います。

だから場所によってはものすごく疲れます。基本的に人の多いところはニガテです。

また「心に毒のようなものを持っている人」や「ストレスが溜まっている人」の心の毒や疲れみたいなものも

とても感じ取りやすいかもです。

その人の疲れがてきめんに、こちらに、うつってしまうようなところがあります。


人間関係なので、相手との相性は大きいです。

お互いの星の位置が、お互いを活かすような相性とか、生まれつきの相性が良ければ楽しいお付き合いができることもありますが

相性がお互い別に特に良くもなく、その上、相手が疲れていたりストレスを抱えている場合は、

それを感じて私も疲れてしまい、仕事ができなくなるので、私には基本的に対面のお仕事は無理っぽいです。

メールや電話でもいろいろなことを感じてしまいますが、対面よりはダメージを受けにくいのでなんとか続けられます。
(迷惑を考えない人からの連絡手段はさっさと絶つ事にしています。迷惑な客からのメルアド着信拒否とかもさっさとするほうです。「お客様は神様です」とでも勘違いして店のものに対してワガママ言い放題の客が日本は多すぎます。正直、仕事やりにくくて営業妨害だし、向こうもこちらのこと考えてくれていないのですからそれ相応の対応となります。本来、商取引や売買契約は立場は対等です。店側にも客を選ぶ権利はあるのです。)

まー、日本てモンスター●●的な人が多くて大変な国ですね。
●●ハラスメントも、多いしね。
社会全体がなんだか、雰囲気悪いと言うか、全体的にイヤ~な感じになってきましたし、ストレス発散のための道具として使われたくはないので
自分を守るためにも、人と対面しなければならないお仕事は基本的にやらないようにしています。
(世の中、いい人もいるんですけどね。)

HSPにもいろんなタイプがいるんでしょうけど、私のようなタイプのHSPは、
相手との相性が良いか、相手が明るくストレスを抱えていないタイプの人かのどちらかでないと、ツライ関係になりやすいからです。

今、不景気もあって、ストレスを抱えている人が多いなあと思いますが
HSP、非HSPに関わらず、付き合いが続いていくのは、相性が良い人のみ(コンポジットが良い人のみ)なんだなー、とよく思います。

最初出会った頃と言うのは、誰しもが感じよくふるまうものですが、
コンポジットチャートを出してみると、その後の付き合いがどう展開していくかがわかります。

わかっていても、付き合わなければならない場合も(いろんな理由でそういうことって誰でもあるとは思いますが)

結局は、コンポジットチャートが表すような付き合いになっていくことを、経験上、痛感したので

最近はもうコンポジットが良くない人とお付き合いするのは、お互いにあまり意味がないことかもしれないなあ、と思うことさえもあります。

相手にとっても、コンポジットが良くない相性と言うのは結局たいてい辛いものになりますしね。お互いシックリ行かないですからね。

相性って、面白いと思うのは
出会った頃、相手の(心身の)状態が悪くて、初対面では少々(かなり)感じが悪くても、コンポジットチャートが良い人というのは、最初の悪い印象がその後払拭されていき、お互いにとって最終的には良い付き合いになることが多いので、
やはり相性って面白いなあと良く思います。

良い相性って、そういうもんなのかあとか思ったりします。

でも相手の状態があまり良くない状態だと(心身ともに)お付き合いはスムーズにはできない進まないことも多いので
誰でも自分を良い状態に持っていった上で、良い相性の人と付き合うことが、人生を豊かにすると言えるのかもしれないなあと思ったりします。

でもつまり、相性って、生まれつきもう決まってしまっているってことですね。
あとは、自分をできるだけ良い状態にした上で、自分と相性の良い相手と巡り合うことが大事になってくるんだろうと思います。

星の位置って、みんな細かく違ってますからね。同じ病院で同じ日、同じ時刻に生まれた人以外は。
(同じ病院で同じ時刻に生まれた人っているの?双子でも生まれた時間少しズレるよね)

人間って、その人の一番根本的な部分、根っこの部分は生まれた頃から(嫌になるくらい)ずっと変わらないものだなあ・・・と常々思いますが、つまりそういうことなんでしょう。

そして相性も、そういうことなんでしょう。

人間関係に悩む人って多いですけど、相手を非難したり相手に変わってほしいとか思っている人も多いみたいだなあと思いますけど(そう思うのは自分も経験があるのでよくわかりますけど)

人を非難しても人の根っこの部分はどうやったって変わらないものだし、たとえ相手がちょっぴり行いを改めてくれたとしても、相手との(悪い)相性は一生変わらないのですから、相手がもし多少変わってくれたとしても、実はそれほどあんまり意味ないかもですよね。

だから、その人に固執せずに(縛られずに)とっとと別のもっと相性の良い人と出会ったほうが賢いよ、人生が豊かに楽しくなるかもよ

なぜなら、相手が少し改善したとしても、「相性は変わらない」から。

だから相手に変わってもらっても同じだよ、だからそれって時間のムダかもよ、他の人探したほうが幸せになれるかもよ、とよく思ったりします。

無理して付き合わなくてはならない相手って、だんだんしんどくなってくるもの。

ただ一緒にいるだけで、幸せになれるような、自分が自然でイキイキできるような相手でないと、
無理続けて息切れすると、続かなくなるし、縁が切れるだけなので、そういう人と付き合う時間とエネルギーがとてももったいない気がします。

だいたい、自分がしんどいときに切れてしまう関係って、非常に疑問感じませんか?

それに相性悪いのに、執着したり固執したりするのは、自ら「幸せになれない方向」を選び取っていると言う事にもなります。

もっと良い相性の人、探したほうがいいですよ、そういう人必ずいるんだし。見つけられるかどうかの問題だけですよ、相性良くない人となんとかやっていくエネルギーを、相性良い人を探すエネルギーとして使ったほうが幸せになりやすいかも、長期的に見てもそっちのほうがいいんじゃないかなって男女問わずよく思います。


ただ、家族等、身の回りの人とは、相性が悪いからと、そう簡単にぱっと付き合いをやめるわけにはいかないことも多いですけどね。

実は私と息子とはコンポジットチャートはかなり悪いです。

私の仕事や私がやろうとすることを息子がジャマするような形になります。

確かに、これは毎日の生活でも思い当たります。

大きなことでは、息子の不登校では、私は一時、仕事ができなくなりましたし、
今も息子は猫を拾ってきて無理やり家で飼っていますが、これも近所との兼ね合い等で、いろいろ問題がありました。

私は息子の猫のことでは隣近所に頭を下げて回りました。
確かに猫は可愛いですが、正直、自営業にはペットは不向きです。

子供らは、二人とも、開運行為が、6室12室バーテックスアンチバーテックスで、

身の周りも(そして心も)いつもキレイにして心身の健康を保たないと絶対開運していかないタイプなので

とにかく掃除には力入れてます。

(それでもちょっと掃除が足りんなーと思うことも多いけど。猫いるなら普通以上に掃除に力入れないとね)

実は3人あわせたコンポジットチャートも6室12室バーテックスアンチバーテックスなので、掃除や毎日の心がけ等が非常に大事になってくる配置なんです。

この配置なら、ケンカなんかしてる場合じゃないんですよね。

悪いことを思えばそれが現実になってしまうような配置です。良いこと思えばそれもまた現実になりやすいのでそっち方面に使わないとね。


相性が悪い息子とも、実は何とかやっていく方法はあって、それには息子が私に尽くさないといけない相性なんですが(私が息子に尽くすのではなく)

男性が女性に尽くすこと、優しくする事を、この日本で、それも母親が息子に教えるのはとても難しいです。

私たちは九州出身のせいか、息子の周りは子供の頃からどちらかと言うと威張りがちな男性が多く

親戚全体がそういうタイプだったし、住んでいるところも亭主関白が多かったので、

男性が女性に尽くす、優しくする「モデル」が息子にはいないので、正直どうすれば良いかわからないのかも。

息子には、自然と女性に尽くす、レディーファーストが身についている台湾人男性を見習って欲しいもんだなーと思います。


それはともかくとして、感受性豊かなHSPの人は、特に相性は重視したほうが良いかもな、と私は思っています。


土地や場所にも、それぞれ、パワーや雰囲気みたいなものがあって。

私みたいなタイプが「ここはいい」と思えるところは、たぶん割りと誰もが住みやすくて

「ここはツライ」と感じて元気がなくなるようなところは、たぶんそういうところなのかもしれません。


今まで働いた店や会社も「ここはいい店だな」と思うところはその後もずっと存続していきますが

「ここは私にはムリ」「辛すぎ」と思う店は、やめたあと、しばらくして潰れてしまっていたこともとても多かったです。


ですから私は勝手に自分のことを「人間座敷わらし」みたいだなー

私が好きな店や会社は続いて、ヤダな、と思ったところは面白いほど潰れていく・・・と勝手に自分で思っていましたが

きっとそれは、その場の「雰囲気」やパワーのようなものを、HSPやエンパスはきっと鋭く感じ取りやすいからなのかもしれません。


感じ取りやすいということは、良いと思ったところにはずっといた方がいいし

「ムリだ」と思ったところからは、できるだけ早く離れたほうがいいのかもしれません。


HSPは非常に感受性が豊か。

そして、その「感覚」は誰がなんと言おうとも、自分にとっては自分の感覚が一番正しくて、一番幸せに導いてくれます。

なので、頭で考えたことや周りが言う事に惑わされず振り回されず
とにかく「自分の感性」を一番に信じて生きていくことが、結局は一番間違いが少なくなるし、幸せになりやすいと思います。

ムリばかりを続けて「自分の感性」「自分の感覚」がわからなくなってしまった、忘れてしまったときには、
西洋占星術が、「本来の自分らしさ」を、意外なほど思い出させてくれます。


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勝手なイメージが一人歩きしているようです。

「HSP=優しい」 

そんなイメージが一人歩きしてしまっているように感じる事があります。

私のことも「すんごい優しい人」と勝手に思い込んでいる人がけっこういる模様で、正直困惑と言うか、非常に迷惑しています。

勝手にどういうイメージされているのか今ひとつ掴めない部分はありますが、私はたぶん、そのような方々のご期待に沿えるような「優しい」人間では全然ありません。

勝手にイメージされてしまって、そのイメージどおりでないと勝手に怒り出す人も中にはいらっしゃるので、非常に迷惑してます。

それに優しくされないと怒り出すというのは、「イメージの勝手な押し付け」そして「優しさの強制」に他なりません。

そういう人を見ていると、「ご自分がしている事の意味がわかっているのかな?」と思ってしまいます。

イメージするのはその人の勝手ですが、そのイメージをこちらに押し付けてそのとおりに行動するのを強制されるみたいなのはちょっとね。

それに、人間関係なので、優しくするかどうかというのももちろん相手次第、相性次第です。

いつでも誰にでも優しくなんてこと、出来る人間、いるんですか?

さらに時には失礼なことされたり、変なことされたりしたら、感受性が豊かなだけに、非常に激しく怒るのもまた、HSPの特徴なのかもしれません。

それに、HSPというだけで「優しい」「きっと何でも許してくれる」等?思い込むのもいかがなものか。

ヒトなので、その辺、ほんとに個人差があることなのです。十把ひとからげ、何でもいっしょくたにされても困ります。

「・・・その思い込みは、いったいどこから来たの?なんでそんなこと人に押し付ける権利あるの?」と、不思議です。


「感受性が強い」=「優しい」と思い込んでいる人たち、そしてその上、勝手に期待はずれだと感じ、「なんか思ったほど優しくない」「何で優しい対応をしないのか」みたいに怒り出す人たちって、いったいなぜそんなに怒るのでしょうか?

この場合の「優しい」というのは、裏返せばつまり、「自分に対して優しくしてね」「自分に優しくしてくれて当たり前」ということなのだろうなあと思います。

勝手に期待してるから、期待通りでないと怒るのでしょうが、実に自分勝手で迷惑で、非常にあつかましいと感じます。

そんな良く知りもしない人全員に優しくできるわけもないじゃないですか。

というか、そんな神様みたいなこと、できる人って、いるの?

それに何で、「自分だけが特別」なの?

なんで私が「気使って優しく」してあげなきゃいけないの?

どんだけ重要人物?VIP?なんですか?


HSPについて、自分勝手なイメージを持っている人たち。

「優しくなければHSPでない」と勝手に思いこんでいる人もいたりして。

「・・・それっていったい、どういう根拠なんでしょうか?」とよく思うのですが。

「今まで、実際に何人のHSPに会った事あるの?」

「勝手にイメージづけないでくれる?」などと思ったりします。


人は多様性があります。個人差もとても大きいです。

ちょっと考えてみれば、HSP、みんながみんな「典型的優しい人」のわけもないとわかると思うんですけど。


「思い込みやイメージで勝手に決め付けておいて、その上、自分の勝手な想像と違えば勝手に怒り出す」

そんな自分勝手な人が最近、妙に多いような気がしています。


自分のイメージ間違いを自分で素直に認めて受けいれましょうね。


でもこういうことが起こるのも、それだけ、HSPのことを知る人が増えてきたということなのかもしれませんけどね。


ここいらで、HSPについての勝手なイメージや妄想が暴走してしまうのを止めないといけないのかもしれませんね。

ぜひ、いろんなHSPの人たちにブログ書いて発信して欲しいモンですね。

そしたら、ひとくちにHSPと言っても、実際には、本当にさまざまないろんなタイプの人たちがいることに気づく人も多いかもと思うんです。

(HSPの方のブログは、リンクしてご紹介しますので本ブログでご紹介希望のHSPブロガーの方はご連絡下さい)

  本ブログでご紹介希望のHSPブロガーの方は以下お問い合わせフォームよりご連絡下さい。
  HSPネットショップ お問い合わせフォーム  https://hspko.ocnk.net/contact


ところで

HSP  Highly Sensitive Person    直訳すれば、「高度に感受性が高い人」

感受性が強い人たち、という意味ですが、「優しい」という英語はどこにもありません。

実際に、HSPの会など開催されて、いろいろなHSPの人に会ってみられたら気づくでしょうが

ひとくちにHSPと言っても、本当にいろいろなタイプの方々がいらっしゃって、ヒトの多様性を感じます。

それにHSPと非HSPの違いというのも、まるで「グラデーション」のようなことなのかもしれません。

HSPと非HSPでは、神経の作りが違うとかも言われていますが、たぶん何か脳内神経伝達物質の過多とか、何か脳内ホルモンの量が微妙に違うとかそういうことかもしれないし、もしかしたらはっきりした明確な境はないのかもしれません。

確かに私もブログに「HSPは思いやりがあり優しい人が多い」と書いていますし、それはHSPの長所なのかもしれません。

でもHSPが「誰にでも」優しい、なんて私、どこにも書いたことないです。

「HSPだから、誰にでも(その中でも自分には特に)きっととても優しくしてくれるに違いない」と思っているのか

なんか癒されたいのか何か知らないけど、妙に大きな期待のようなものを抱いて、私に接してくる人たち。

それ、思いっきり期待はずれですから

むやみやたらと人に期待するのはやめといた方がいいですよ

最近あまりにもそんなような人たちが多くて食傷気味です。


人はとても個人差が大きい生き物。

たくさんのHSPの人に会ってみれば誰でも気づくかと思いますが、

確かに感性が鋭そうだったり、感受性が強そうな人たちがとても多い感じはします。

とても優しげな人ももちろんいらっしゃいますけど、だからと言って当然ながら「みんな優しい」わけではありません。

HSPって、100%優しい人たちばかりの集まり、とでも思っているのかしら、

そういうまるで夢の世界のようなこと、マンガの世界のようなことが、あるわけもないのです。

そんなの現実からあまりにもかけ離れています。


HSPは感受性の強い人。

感受性が強いということは、どういうことかよく考えて見ますと、「感性が豊か」。

そして「感性が非常に豊か」ということは、裏返せばもしかしたら、「感情が激しい」ということなのかもしれないのです。

(そうじゃない人ももちろんいるでしょうが)

HSPの人がみんな自分に優しいなんて、そんな都合の良いこと、思い込んでいる人って。

非HSPなら誤解するのもともかく、もしHSPでもそう思い込んでいらっしゃる方って、つまり、ご自分がものすごく優しい方ってことなのでしょうか?

いつでも誰にでも優しく接する事ができる人ってことですか?

その辺、不思議です。自分のできないかもしれないことを人に望むってどうなのよ?と思ったりします。


HSPの人は普段穏やか(そう)な人が多いですが(普段からあまり穏やかそうでない人ももちろんいらっしゃいますけどね)

でも穏やかだと言っても、それはそういう風に見えるだけで、本当に性格が穏やかかどうかはまた別のこと。

HSPに合っているとは言いがたい現代社会で、普段いろんな刺激を人知れずガマンし、抑えているだけに

いったん怒らせるとかなり非常に激しい人、けっこう多いのではないかと私自身は感じています。

実際、私も、生まれつき性格はかなり激しいほうだと自覚していますし

自分の感情の激しさには、子供の頃から自分で自分をもてあましてきた感さえもあります。

私のHSPの友人らも、性格はかなり「(隠れ)激しい人」が多い模様です。

いっけん穏やかおとなしそうに見えますが、実は心の中では熱い炎がメラメラ燃えているような?そんな感じでしょうか。

また、いざとなると、激しさゆえに「捨て身」になれる、非常に「思い切った」行動ができるのも、HSPの特徴かもしれません。

HSPの人を決して甘く見ないほうがいいと思います。


もしそれでもHSPに「優しさ」を期待するのなら、想像したとおり、思ったとおりの「優しい」HSPの人を、ご自分で探し出す必要があるでしょう。

そんな理想どおりの「優しい」人がこの世の中にいるかどうかは知りませんが。

人はそんなに都合よく他人のために存在しているわけでもありませんし。

「自分の期待どおりの人」なんて探し出すのは至難の業でしょう。

それはその人が勝手に抱いている勝手な期待ですから。その人意外の人とは全然関係のないことですから。


それに、もしたとえHSPの人が優しいからと言って、まったくの他人である人に誰にでも優しいわけもないし、それをHSPに期待するのは非常に酷です。

実際、人に「優しさ」を一方的に期待するのって、とても失礼で図々しいことなのではないでしょうか。

それは「甘え」です。

そして、たまたま自分が優しくされなかったからと言って

「優しくない」と怒り出すのって、本当に妙なことだし、本当に失礼なことだと思うんです。


それは実は「優しさの強要」です。強要、強制されるからこそ、私は非常に嫌なんです。

「どこまで人に甘えてんですか?」と言いたくなります。


たとえ優しい部分があったとしても、「優しさを強制」「強要」されるのは、まっぴらゴメンです。

それって、「相手に自分の思い通りに動いて欲しい」ってことです。

もうその時点で大きく間違っています。

HSPがいくら察しが良いからと言って、それを逆手に取って、「強要」みたいなことしてくるのは、

HSPの自由を奪い、HSPの気持ちを蹂躙する、ひどい行為だと思います。

察しが良いのだから、自分の期待通りに動いて、的な要求を(実際にも言外にも)してくる人のためには、私は1mmたりとも動きたくないです。


HSPに身勝手にいろんなこと期待したり、図々しく甘えてくる人のことで、非常に迷惑しているHSPも

もしかしたら私だけではないかもしれないので、記事にしてみました。

HSPは感受性が強く、感覚が鋭いので、他の人が気づかないことに気づくことが多いです。

HSPは感受性が強いので、他の人の思い等がわかることがあります。

共感性が非常に高い部分があります。


だからと言って、相手にとって、優しい人かどうか、というと、それはまた別問題だろうと思うのです。


時折感じるのですが、何だか私に対して、いつの間にか勝手なイメージを押し付けられていて
「HSPだから、もっと優しいはずだ」(なのに何で優しくしてくれないの
などと思っていらっしゃる方が、時たま現れて非常に困惑させられます


そういう人は「HSPの人は感受性が強いからきっと優しいはず」という勝手なイメージを持たれていて、
そのイメージどおりに私に行動して欲しい、思っていると言う事で
実際には「勝手な思いを人に押し付けてくる、とても図々しい困った人」なのですが(正直に言うとね
当人はそれを当たり前と思っていらっしゃるだけに、非常に困惑してしまいますね

で、だいたい相手に「優しさ」を強要してくる人って、ぶっちゃけ、そのほうがその人にとって都合が良いからなんですよね

だいたい「強要」してくることって、何でもそうですが、そちら側の都合の押し付けで、こちらのことは考えていません。

でもそこに気づいていません。

きっと、他人に優しさを過剰に求めてしまうときってご自分が非常に疲れているときかもしれないと思います。

そこまで心に余裕がなくなっていらっしゃる方は、ご自分の気持ちを整理するためにも
もっと気軽にカウンセラーさん等を利用されたほうが良いんではないかなあと思ったりします。
  HSPカウンセラーさんはこちら 
      HSP,非HSSカウンセラー http://hspko.ocnk.net/product-list/37
      HSP,HSSカウンセラー   http://hspko.ocnk.net/product-list/39

カウンセラーというと、日本では「病気の人が相談するもの」と勝手に思われていますが
欧米では、カウンセラーはもっと気軽に使われているようですし
どちらかというと、地位のある人たちが自分のコンディションを整えるために使っているかなあという感じで、
捉え方が全然違うような。

HSPカウンセラーも、同じHSPなので、HSP同士、気持ちが通じやすいです。
そして、より「通じやすく」するために、HSP,HSSカウンセラーさんと、HSP,非HSSカウンセラーさんとに分けています。
HSPカウンセラーは、HSPの方の力になりたい、と思っていらっしゃる方々、
「あなたのお話を聞きたい」と思っていらっしゃる方々ですし、料金も高くなく安心設定なので、ぜひご利用されてみると良いかと。


話が脱線しましたが

HSPはHighly Sensitive Person の略

「高度に感受性が優れた人」という意味で、「とても優しい人」という意味ではありませんよね。
(それならまた別の英語になるのでは?)


中には、感受性が強く、思いやりがあり、とても人に優しい人もいるでしょうが、すべてではないと思います。


そこんとこは個性なのでそれぞれ違っていて当たり前ですし、HSP度が強めの人、そうでない人もいるし、人それぞれ。


私自身は、優しい部分と、非常にドライな部分の両方が同居している、混在しているなあと自分でもよく思います。


それに「感受性が強い」ということと、「優しい」ということはまた全然別のことだろうと思うのです。

そして感受性が強いから、人の気持ちがわかり、優しくなれるとしても、
それは「誰にでも」優しいかというのとはまた別問題。
優しくする相手は選ばないと、自分が疲れ果ててボロボロになってしまいますしね

「自分に優しくして欲しい」と望む人もいるでしょうが、それは実はその人の自分勝手な要求。

そういう人は、まず自分で自分に優しくしてあげたほうがいいんじゃないかなあと思ったりします。

そして「優しくして欲しい」という要求に応えるかどうかを決めるのは、こちらだということに気づいていないみたい。

「優しくして欲しい」と相手に勝手に願い、そうでないと怒り出すというのは変ですよね。

そう言うのって、必ずまず相手との同意が必要なことだろう、と思うんですけどね。同意なしで求めてこられてもなあ

そういうのって、実は相手を思い通りに動かそう、相手を支配しようとしていること。

その方が本当にHSPだったかどうかは、今でも謎ですが(だってHSPかどうかってぶっちゃけ「自称」だし)

傷ついて弱った非HSPの一部は、自分で自分のことをHSPだと思い込んでいるふしがあるような気がすることがあるし
また、HSPでも、疲れ果て傷ついたHSPは、
ご自分が周りに対して非常にワガママな要求をしていることに気づかないことがあるかもと思います。

時に、なんだか、非常に一方的に、過剰な優しさを要求されてきてしまって、とても困惑することがあり

感受性が強い=優しい、という変な式があるようで、そういうイメージがついているのかもしれませんが、
現実は決してそういうことでもないと思います。

HSPの会に既に参加してみられた方はすでにおわかりと思いますが

参加者みんながみんな優しい人、優しそうな人ばかりではないですよね?


HSPの会を開催したり、HSPの方々から鑑定ご依頼頂いたり、メールしてみる中で実感したのは
HSPといっても、決してひとくくりではなく、いろんな個性を持った方々がいらっしゃるということです。

HSPについていろいろなイメージを持たれる事はその人の自由ですが、

実際、それほどたくさんのHSPに会ったこともない、話したこともメールした事もないのに、
勝手な間違ったイメージを持つのって、どうなのかなあと思ったりします。

ですから、そういう期待を抱いて、私へコンタクト取って来られたり、

「きっと優しくて思いやりある人ばかりがいるとこなんだ」と期待されてHSPの会に参加されても、
もしかしたら、きっと非常に期待はずれに終わるかもしれません


また、私は、すべてのHSPが仲良くできるとも言っていません。
話が(対非HSPに比べ「通じやすい」というのは、事実ですが。


人間なので相性は必ずあります。

HSPは、多くの人たちと関わるには、神経が繊細過ぎる場合が多いのではないかと思うし
キャパシティが限られていると思うので
それならなおさらHSPの人間関係では「自分に合う相手を選ぶ」ということがとても重要になってきます。

「合わない」人に振り回されたり、エネルギーを消耗してしまうのは、もったいないからです。
どうでもいいことに振り回されて、自分がしたいこと、やりたいことができなくなってしまうのは避けたいです。

もし、あなたがHSPの知り合い・友人が欲しいと思うならば
HSPの会に参加して、実際にHSPの人と話をしてみたり
HSP会員登録をして、HSPのメル友をたくさん作ってみて、その中で話の合う人、感覚の合う人を探してみるのが早道でしょう。

身近にもきっとHSPはいないことはないですが、少ないですし、お互いにHSPと知って付き合うのと、そうでないのとでは、
お互いの理解度や、話の早さが違うと思うんです。

人に出会いたいなら、当たり前ですが、出会える場所に自分を持っていく必要があります。
行動しないと何も得られませんし、何も変わりません。


HSPは、感覚的には本当に非常に鋭いものを持っている人がとても多いなあと思います

でも、この鋭い神経は、うるさくて煩雑な日常生活をただ送るだけには、あまりにも鋭すぎて疲れて果ててしまいやすいので、

せっかくなら、その鋭い感性と感覚を活かした仕事に就くのが良いと思います。

そういう仕事に就くのが難しいなら、思い切って起業してみるのが良いかもと思います。

HSPはその感覚や感受性を活かして、思い切って起業したほうがその良さを活かせる人たちではないかと思います。

それに、どうせ疲れるなら、ある程度は、高給をもらわないと疲れ果てるばかりで、とてもやっていけないと思うからです。


HSPで、お勤め仕事で、ある程度高給を得られている人、十分生活していけて、
その仕事を今後もずっと続けていける自信と見通しのある人ならば、そのままお勤めされたほうがいいのかも。

でも、お勤め仕事がこの先ずっと続けられる見通しがたたない人なら、起業したほうがかえって稼げる可能性が高いです。

そういう人は、自分が何ができるか、どんな可能性があるかを探ったほうが良いと思います。

鋭い感受性を持つ、HSPが生きる世界というのは、
「その人の感受性を活かした仕事」や
「その人しかできないオリジナルな世界」ではないのかなあと思うことがあります。

また、たぶん「好きなこと」を仕事にするのが、一番いいし、それが可能な人たちではないかと思っています。
なぜなら「普通の人が持っていない鋭い感受性を持っているから」

スキルがない、学ぶ時間がない、お金がない、とないことばかりを数えても仕方ないし
マイナスのことを言っていると、それが実現してしまいます。

今まで非HSP世界でさんざん自信をなくしている人も多いかもしれませんが
自分くらい、自分を信じてあげなくて、誰が自分の可能性を信じてくれるのかなあと思ったりします。

強い願いや、ワクワクする思いは、叶います。
もし叶わないなら、それはきっと自分で自分を否定する事で自分の可能性を潰しているか、
たいして強く願ってはいないからでしょう。


HSP会員登録 HSP間の情報交換・HSPの会・HSP同士の出会い・つながり
http://hspko.ocnk.net/product/22

HSP男女の出会いを応援します(HSPの方またはHSPに理解のある非HSPの方が対象)
http://hspko.ocnk.net/product/21

現在開催決定しているHSPの会はこちら  ◆ 【HSPの会】年忘れHSP交流会◆12月1日(土)アトレ新浦安店にて



自分でも「危ないなー」と思うのが

「疲れたときに休む事を忘れそうになる」ということです。

仕事が忙しくて疲れたなら、休めばいいのです。

なのに、疲れてるのに「こんなんじゃダメ、もっと頑張らないと」と思う思考回路が、
なぜか板についたカマボコ状態になってしまっているのを感じます。

ムリをするのは決して自分のためにはならないと言うのに
なぜそこまでムリをするような考え方をしてしまうかを考えてみると
幼い頃からの家庭や学校、社会での「教育による刷り込み」ではないかと思うことがあります。

なぜか、疲れて休む事に対する罪悪感?みたいなのがあります。

HSPはしばしば「そんなヤワじゃだめだ、タフでなくてどうする、それにもっと頑張れ、辛いのは自分だけじゃないんだ」
的な教育をされてきた人ももしかしたら多いかもしれないと思うのですが
そういうこと言われると、「辛いけど無理しなくちゃ・・・辛いけど・・・」そしてこれが重なって倒れるというね

P子にはHSP,非HSSと非HSP,HSSとまったく正反対のタイプの子供らがいるので非常に比較しやすいのですが

同じ事を言っても、HSP息子は、けっこう無理して動くみたいなのに対し
非HSPは「自分がきついときはひたすら動かない」ということです。

非HSPは、「自分の状況に合わせて相手の言うことは無視する」ということができる人種みたいです。

そしてとにかく自分が一番大事みたいです。(それは誰しもそうだろうとは思うけど、レベルが違う気がする)

だから「そんなヤワじゃだめだ、もっと頑張れ、辛いのは自分だけじゃないんだ」というのは、
たぶん非HSP向けの言葉で
これくらいのことを言わないと、非HSPはマジで動かないです。(言っても動かないときもありますが)

だから、HSPの自分たちは、きっと、そういう言葉を真に受けちゃいけないのですね。

きついときはとっとと休むべきなのです。

世の中いろいろなことが言われていますが、
それは主に非HSPが、非HSPに向けて言っていることと考えていいのではと私は思っています。

言われても「なんかそれ違くない?」と思ったことは、やっぱり違うと思います。

少なくとも自分にとっては。


HSPは「警報機」みたいだなあと思う事があります。

現状が「おかしい」「変だ」ということにいち早く気づき、知らせる役目と言うか。

非HSPだけだと、ほっとくとかなり劣悪な環境になってしまうことを、HSPが防いでいるような気がしたりします。


実は私は鼻がかなり鋭くて、家族からは「デカワンコ」と呼ばれているのですが

息子が猫トイレの掃除をサボっていると、すぐわかってしまいます。
また、ネコが粗相をしてしまったところも、どこなのか、すぐわかってしまいます。

他にも息子と娘に、非常に不本意ながら「デカワンコ」的なことをいろいろやらされています
においの元はどこなのか、についてや、いろんな臭いチェック的なことを、をよく頼まれますが、正直言って大迷惑です。
「デカワンコ」的ことをさせられるのって、とても苦痛なのでできるだけ逃げます

その他のいろいろなことも気づいてしまい、日常生活が辛いことがあります

だって「鼻がきく」んですもの。臭すぎて刺激が強すぎて頭痛に見舞われる事もしばしば。これは非常に辛いです。

ケミカル系の匂い、洗剤や芳香剤等の匂い等も非常にニガテです。

香りの強い合成洗剤は特にニガテで、そういうケミカル系の強い匂いに対しては
頭痛に加え、気分までが悪くなり酔いそうになる事が多いです。

基本的に石鹸(の匂いのしないタイプ)しか使わないですねえ・・・使う化粧品も限られます。
(ちなみに化学的に合成され作られた香料は皮膚に問題を起こすことが多いみたいです。)

まあこんな感じなんで、HSPが現代社会を生きていくのは、
ただ生きていくだけでも何だかなかなか大変だったりするなあ、(もっと鈍ければラクなのに)と思う事も多いのですが

でも、鼻がきくため、例えば腐ったものを食べてしまう、人に食べさせてしまうなんてことはまずありませんし
空気が悪いところにはいられないので、悪い空気を長時間吸わないで済むし
化学合成された香料がニガテなので、かぶれたり皮膚疾患起こしにくいかもしれないし
肌から有害物質が吸収・蓄積されることってけっこう多いと思うのですが、そういうのも少なくなるし

その他の面でも生活で役立つこと、
長期的に見れば、健康のために役立っていることはけっこうたくさんあると言えばあるのかも。


においの他、まぶしさにも非常に敏感なので、紫外線の強い時期・時間は目がほとんど開けられないような感じです。

最近ではサングラスに帽子、日傘の完全防備の人も珍しくなくなり、その点では最近は暮らしやすくなりました。

20年前からサングラス、帽子が手放せなかった私は、変な人扱いでしたね。
日傘ももちろん持ってましたが使うと「・・・婆ちゃんルックやってるんか?」と言われたりしましたねなかなか面白い発言ね

同じくらい「明るい」日でも、紫外線の強い日と、弱い日はまぶしさが全然違います。
「明るさ」と「紫外線の強さ」というのは全然別のことなんだなあと実感します。

曇っていたり、それほどは明るくないのに、明るさの割りにまぶしく感じる、つまり紫外線の強い日というのもあります。

紫外線の強い日はまぶし過ぎるのが辛くて休日でも外に出かけたくなくなるので、必然的にムダに日焼けをしないような。

HSPは実年齢よりも若く見える人がとても多いですが、こういうこととも少し関係があるのかなあ・・・と思ったりします。


HSPの人が感じていることは、非HSPからはしばしば否定されがちだけれども、
私はHSPの人たちの感覚はきっと正しいと思います。

ただ、周りの多くの人たちには理解されないだけで。
なぜなら神経が太く鈍く、「感じない」から。←別に悪口を言っているわけではありませんよ

そして、HSPが感じていた事、言った事が非HSPにも正しいとわかるのは、ずいぶん後になってからだったりします。

そのときになってやっと「何で知ってたの」「何でわかったの?」と聞かれたり驚かれたりしますけど
HSPからすれば「何で気づかないの」「何でわからなかったの?」のオンパレードですよね

「あの時あれだけ言ったのに、注意したのにわかってくれなかったよね」的なことも、とっても多いですよね。

そして「気づかない」リーダー的な非HSPの面目丸つぶれにしてしまったり。
そんなつもりまったくないのに・・・非常に面倒ですね

でも、HSPのあなたが「なんかおかしい」と思うときは、やっぱり何かおかしいんですよ。

周りが「何のこと?」とか「気にしすぎ」とかいろいろ言うかもしれないけれど、やっぱり感じていることは、そのまま真実です。

HSPは「おかしいこと」「異常なこと」を察知し、危険を避ける能力があると思います。

多くの人が気づかない事に気づくのは、得なこともあれば、面倒な場合も多々ありますが
せっかくなら、良いほうに活かしたいもんだなあと思います。


実は、ブログ含め、私の話が「どうにも伝わらない人」と
「すごく共感する」と言う人と、非常に両極端に分かれるような気が、以前からしているのです。

ブログ書き始めるようになって、HSPの方々によく言われるようになったのは、

「(特にHSPに関する部分が)ものすごくわかりやすい」
「今まで読んだどのHSP本よりもわかりやすい」
「おもしろい
「元気が出る」ということでした。

言われて「えっそうだったのとこっちが驚いたくらいです。(そういうの言って下さらないとわかりませんので言ってね~

P子の書いているブログは、

「分かる人にはものすごくよくわかるし、分かりやすくてとっても共感できるけれども、
分からない人にはどうもさっぱり全然まったくわからない」
という、どうもそういう類のものみたいですね

ブログには、HSPのこと、ふだん考えている事、西洋占星術のこと等、いろんなジャンルで本当にいろんなことを書いていますが
それぞれのジャンルで「このジャンルだけはスゴク良くわかる!」という方もいらっしゃれば、

どれもなんだかよくわからない、難解でひとつの記事を全部読み終える事すらできない、
どうにもさっぱり理解できないという方まで、本当にさまざまみたいです。

昔から、どうも、自分の言葉があんまり通じていない人がけっこう多いような気がしていたし、
何か根本的に違う、理解されない、異質な部分というのが根っこにあるようだと、自分にも周りに対しても感じていたので、
人に話したり説明したりするのが非常にムダに感じられて
(話しても理解されなかったり、難しすぎる、内向的過ぎる、哲学っぽいとか神経質、気にしすぎ等さんざんなこと言われるので)
いろいろと思う事、考える事をもう人に話す気にもならない、もう黙ってたほうがいいわ~、
と言う部分がありましたが(未だにそういうとこありますけど)

ふとブログ書き始めてみると
P子のブログは「ものすごくわかりやすい」と喜んで下さる人がけっこういらっしゃるので意外でした。
(それまでこういうの全然理解されないもんなんだろうとあきらめていたので)

でも、相変わらず「全然わからない」と言う人もいて、あまりに両極端すぎて
「これっていったい何なんだろう・・・」とずっと思ってきました。
(わからないというのは非HSPに多いんですけどね・・・まあ当然ですが

コミュニケーション、伝達なので、相手に伝わらないと、わからないとまずいよね~、とも思ったのですが
わかる人にはわかるみたいだし、ちゃんと通じているみたいなんで、まあ、これでいいかと

それにこのところ、ライブドアブログのメンタルヘルスランキングで、なぜかず~っと2位が続いているので
これって、それだけ多くの方々が読んで下さっていると言うことですよね。
(ふだんは4位から7位の間くらいをウロウロ)

ということは、わかる人はきっと、わかってらっしゃるんでしょうね。だから読んで下さる人がけっこう多いんでしょうね。

わかって下さる人がけっこういらっしゃるなら、まあ別にこんなんでいいか~とちょっと安心し始めました


そしてさらに、「わからない」人たちにも、わかるように説明したい気持ちや情熱があるかと自分に問うてみると

「・・・ないかも・・・」 

なぜなら、こういうのってたぶん、きっといくら説明したって、分からない人にはわからない内容なんだろうな・・・
と言う気がしているからです。
わからない人たちには、いくら説明してもムダなのを経験から知っているからです。

だからたぶんいろいろ説明しても、きっとムダなんだろうなあ・・・と思うんですよね。
だから分かる人たちだけわかってくれれば、それでいいと思うんです。

たぶんこういう話って、話がわかるだけの生まれつきの「ベース」や「土台」「一種の才能?」みたいなもの?が
たぶんきっと必要な内容なのかもしれないなあと感じています。

外国語もそうですけど、生まれつきその国に生まれた人には自然とわかるけど
その他の国に生まれた人なら勉強しないとなかなかわからない部分なのかもしれないし
勉強すれば分からないものがわかるようになる場合もあれば、いくら学んでもやはりどうにもわからなかったりと
その辺は本当にかなり人それぞれで、個人差もきっと大きいのでしょうけど

こちらがいくら一生懸命説明したって、分からない人には永遠にわからないのかもしれないなあと最近思い始めました。

一応同じ人間と思われるのに、まさに「別の星から来た人」ってくらい、通じない事も多々ありますよね・・・。

わからない人に説明するのって、本当に大変で、骨が折れます。そういう人に一生懸命説明してたらグッタリ疲れます
どんなに頑張ってもそれでも、どうにもわからないみたい。非常にトンチンカンで、労力がどうも相当ムダみたいです。

その上、わからない人に説明すると誤解されまくってかえって面倒な事になることがとても多いなあと感じているので、
そういう人には、もう説明しないほうがいいのかも、と思っています。

せめてベースが分かるようになってからまたお越し下さい、って感じです。

ですから、わからない人にはほとんどわからない、わかる人にはメッチャわかる、共感できる、それでいいんだと思っています。

それどころか、わかる人だけのための「秘伝の書」?「秘伝ブログ」みたいな感じになっていくと
とっても面白いかも・・・と思っています

P子のブログは、わかる方にだけお読みになって頂いて、何かしらプラスの方向にお役立て頂ければ、
それでP子は大満足なのです

P子のブログを読んで下さったあなた、今日もお読み下さいまして、本当にありがとうございます

もしHSPの自分の良さを活かして生きていくつもりがあるならば

少しでもそういう状態に近づくように自分で行動しなくては、何も変わりません。

もし自分の個性に合った仕事、何かしたいことがあるのなら、

その仕事に関連した環境に少しでも自分で近づいていくことがとても大事だと思います。

本当は○○になりたい・・・○○の仕事がしたい・・・

でも、それでは食べていけそうもないかも・・・と思えてしまい

(実は思うだけで特に何も行動していない事が多い。
そしてさらに否定的なことを言ってくるのは自分と違うタイプ、非HSPだったりすることが多い。
HSPとは根本的に違うタイプなので意見としてはあまり参考にならないと思うことしばしば)

実生活では、それとは関係ない仕事を、ただ食べていくためだけにしているような

そうした内面と実生活のずれは、何も生み出しません。何も変わりません。今と同じような毎日が、ただ過ぎていくだけ。

思ったこと、やりたいこと、やってみたいことは、自分の実生活の中でやっていかないと、それが実現することは、まずありません。

夢物語で終わってしまいます。

でもただ「生きていくだけでよい」と考える人なら、それでも良いかもと思います。

生きていく事が何より一番大事なことかもしれないからです。

何に重きを置くかはその人によることなので。

けれども自分自身が精神的な満足感を強く求めるタイプならば、それがないと干からびていくようなタイプならば

そのままでは、疲弊していくだけか、いつか自分自身の心が不満で爆発し破綻してしまうのかもしれません。

その辺はその人それぞれのタイプや状況によって自分で選び取り、納得していくしかないことだろうなあと思います。

文科省によると、児童生徒の自殺が近年最多だそうです。

自殺した中学生の置かれていた状況としては、不明を除き、「父母等のしっ責」(12.8%)がもっとも多いそうです。

次に「いじめの問題」(10.3%)が2番目に多い割合だそうです。

高校生の場合、「父母等のしっ責」(11.5%)「進路問題」「厭世」が ともに10.8%

「叱ったくらいでまさか死ぬなんて」と非HSP親は思ってそうですね

でもきっと、親に叱られたのが原因で自殺したのではないだろうと思うんです。それはとても浅い捉え方で。

自殺した子は、まず非常に辛い状況があって。ただ学校行くだけで神経すり減らしてすでにヘトヘトかもしれないし。

周りや親に理解してもらえない上、疲れて消耗しきっているときに何かトラブルが起こり

さらにきっと「感じ方の違い」による見当違いな叱責を

まるで追い討ちをかけるようにされてしまって、絶望してしまったんだろうなあと予想されます。

そして、周りに自分のような人間がいないと思いこんでいたり、身近に理解者がいない、

「誰もわかってくれない」「自分だけが異質だ」と思い込み、この世に絶望してしまったからこそ

「叱責」が引き金となって、自殺したんじゃないかなあと思うんです・・・


単に「叱られたから自殺した」、と考える人、そんなふうに捉える人が多い事にちょっと驚きです。

叱ったことは単に「引き金」にすぎず、根本的な原因ではないだろうと思うのです。


私も息子もHSPですが、中学・高校の頃、自殺は考えた事はあります。

HSPにはそういう人は多いと思います。実行するかしないかの違いだけで。


そして、小・中・高の自殺理由は「不明」は小学生75.0%、中学生71.8%、 高校生53.5%と、

いずれももっとも多く、自殺の原因が明らかにされていないケースが多いそうです。

不明、多過ぎ・・・

不明ということは、たぶん周りにはその原因が理解されなかったからこそ不明なんだろう、と思います。

ということで、何か思い当たりますよね・・・


そう、たぶんHSPかもなあ・・・と思ったりして。

周りから理解されづらいですからねえ

HSPの悩みはねえ・・・


ふう・・・


HSPの人に言いたいのは「何でもいいから、とにかく、自分流で、ラクに生きて下さい」ということです。

HSPと非HSPでは、たぶん生物としてかなり違うと思われます。(神経系統が)

だから、非HSPの言う事を、HSPがいちいちまともに受け止めていたら、おかしくなるの当たり前っちゃ当たり前なんですよね

HSPって意外とたくさんいるので、自分だけではないのにね。。。。

死なないで頑張っているHSP、たくさんいるのにね。


でも、HSPということを、知らない人が多すぎるんですよねえ・・・

周りも、そして、自分さえも・・・

まず知ってもらう事が必要なんだろうなあ、と思ったりします。


もしP子で良ければ、学校やPTA、その他の場所で(別に場所はどこでもいいですけど)

HSPについて理解してもらうための説明会や講演会等させて頂きます。

(仕事の繁忙期・体調不良時等はご依頼されてもできないことがあります。時期によりますのでお問い合わせ下さい)

info@vivi-accessory.com  荒牧まで

私も以前は、HSPらしさを殺して、非HSPみたいにタフに神経太く、「感じない」人にならないといけないんだと思っていました。

けれども、自分の「痛い」経験から、それは「間違った考え方」かもしれないと今では思っています。


非HSP中心の世界で生きていくならば(つまり非HSPの考え方と基準に合わせて生きていくならば)

HSPやエンパシーを基本的に「否定」し「低く評価」し「克服」しなければいけないのかもしれません。

でもHSP、エンパスの自分らしく生きたいなら、別にそのままでもいいんじゃないかなと思うんです。

エンパシーオフの方法とかも「エンパシー」の本に載っていますが、読みましたし
あれはあれでいい方法かもしれないな、と思いましたが、同時に、私にはあまり必要ないかも、とも思いました。

なぜなら私は非HSPが幅を利かす世界には、いないからです。

非HSPの基準、非HSPの考え方だと、
HSPやエンパスはその繊細さ、弱さが「悪」で「直すべき」「鍛えるべき」こととなります。

けれども、私の周りには、私を思い通りにしようとするタイプの非HSPが誰もいないし
仕事も基本、一人でする仕事なので、エンパシーオフする必要がないと気づきました。

というか、HSPでエンパシー全開で仕事していたほうが仕事がはかどるし

HSPやエンパシーの能力を「使う」ような内容の仕事をしているからです。

センスや感受性等、HSPらしさやエンパスらしさを仕事で思いっきり「活かせる」仕事をしているからです。

エンパシーオフする必要があるのは、たまに、人が多いところに外出したときくらいでしょうか。
そういうときはやっといた方が疲れなくて済むかも。


でも、「エンパシーオフ」を具体的にやってみて、試してみて
自分的には「エンパシーオフ」した状態があまり好きではないことにも気づきました。(普段は特に)

HSP、エンパスは、つい、いろんなことを感じ取ってしまいますが
その感性豊かな自分の状態や「いろんなことを感じられる」世界が好きだし、HSPでエンパスの自分の豊かな感性が好きです。
(周りの状況にもよりますけど)


それに、HSPや、エンパシーって「克服」するもんでもないだろう、と思うんですよね。

「HSPを克服」するとか「エンパシーを克服」とか言う人もけっこういるみたいだけれど
それって、ほとんど非HSPの目線と同じじゃないですか。
そういうことに気づいているのかなあと不思議に思ったりします。
非HSPの考え方に毒されている、というか、何か思い込まされているようにさえ見受けられます。

(特にこういうタイプ、男性には多いと思う。自分がHSPだと知っても認めたがらない人さえもいるし)

でも男性(オス)は「強いものが生き残って生殖して子孫を増やす」というところがあるので、
非HSPとも競って、それでいいのかもしれないですが。

でも「HSP男性なら、非HSP男性と違う分野、非HSPが真似できないような分野で競ってほしいもんだわ」と私なんかは思うし
そのほうが、もし勝負するなら、きっと断然、有利だと思うんですよね。
非HSPは、非HSPの土俵でHSPに勝負かけてくるんだから、それならこちらもHSPの土俵で勝負しないとね、と思うんです。

(それに作家とか、芸術家、アーティストはHSP率高そうだし。最近好きな中ではスガシカオさんの感性はHSPだと思う。
あの独特な感性は非HSPには決して真似できない世界だし才能だと思う)


HSPもエンパスも、生まれつき天から与えられたものなので、
それも意味あるものとしてありがたく受け取って、自分らしさを活かして生きるほうがいいのでは

自分の与えられた性質を「否定」「克服」しようとして苦しんだり、自分を否定したり、
非HSPと比べてしまって自信をなくしていく生活よりも

「これが自分だ」と、それを自分の性質として認めて「共存」したほうがずっと前向きだし
自分のことを好きでいられる、自分に自信が持てるし、能力も伸ばしやすいし、毎日が断然楽しくなるだろうと私は思うんです。

非HSPがHSPよりも格上のような考え方をする人もいるみたいですが
そんなの、上も下もないだろうと思うし、あまり好きな考え方ではないです。

それは上下関係を非常に気にする、非HSPにとっては、とっても都合の良い考え方で、

非HSPが上で、HSPが下で、
非HSPみたいになるべく、非HSPを目指してHSPがひたすら努力する、というのは、
「王様タイプ」「女王様タイプ」の多い非HSPにとって、自尊心を満たされて、スッゴク気持ちがいいことだろうなと思います。

(そして、それに応じるHSPは、そのような考え方がベースにあるからこそ、非HSPとうまくやっていけるのかもしれないし
単に、生き方、考え方の違いなのかもしれませんが・・・)

でも、それでは「非HSPの奴隷」みたいで私は全然好きではないです。

HSPとしてのプライド、エンパスとしてのプライド を捨てていいのか?と思います。


でも私のように
「別にそんな無理してまで、非HSPとうまくやっていこうと言う気はまったくありません」
と思う人も珍しいのかもしれませんしね。
(非HSPを全否定しているわけではなく、自然にうまくやっていけるタイプの非HSPのみとお付き合いしてます)

でもそう思うのは、HSPとしての自分を否定して非HSPの人の期待に合わせて無理しても
結局は自分が破綻してしまうだけだということ
そして、非HSPは「破綻したHSP」が世界で一番大嫌いで、その上、最低評価してくれるものだということを
早いうちに、思い知ってしまったからなのかもしれません。


HSPが非HSPの格下、という考え方は、私は、特に嫌いな考え方のうちのひとつです。

対等か、できればHSPが上のほうがいいくらいだと思っています。

(なぜなら、HSPのほうが自分のことだけでなく全体のことを考えたり先読みができるから。
非HSPはほとんどが自己中心的で先読みができない人が多いと思う。
ただ全体のことを考えたり先読みができる非HSPも時々いて、そういう人はすごく成功していますが)


でも、非HSPの上を行きたいのなら、自分の持っている能力を活かし、磨くことが必要でしょう。

原石を磨いて宝石にするように。


HSPなら、エンパスなら、なおさら輝いていないといけないのではと思うのです。

結局は、それが「HSPでエンパスの自分を守る」ということにきっと繋がるだろうと思うんです。

最近、夏バテと、

毎日子供がいて一人の時間を取れないため

(HSP・エンパスの神経を)なかなか休ませることができないという夏休みの疲れと、

さらに今週開催された、娘が行きたがっていた地元フェスティバルの盆踊りの付き添いで

(非HSP,HSSの娘は大の外出好き)

ここんとこ、2、3日、ぐったりしていたP子です


特に、盆踊りは、人が多すぎて・・・。

踊ってると、なぜかやたら人が近づいてくるんですよね。

それも、ほとんど、ぶつかりそうなくらい近づいてくるんですね。これって、いったい、何なんでしょうね。


盆踊り全体を見ていても、盆踊りって、移動しながら踊るので、前後の距離は作りやすいはずなんですが

人が自然に周りを空けてくれてて、とっても踊りやすそうな人と、

やたらぎゅうぎゅうの狭っ苦しいところで、踊ってる人といますけど

私はなぜか後者です

混み混みです。

なぜか周りが、人口密度が非常に高くなります。

そういうわけで、周りに気を遣って踊ってると、なんか異常に疲れます


だいたい、人多いトコに出かけると、その日の夜はまず必ず眠れなくて、あくる日も具合が悪い事が多くて

「あ~~、なんかいっぱいいろいろ吸い込んでしまって来たなあ」って感じです。


きっと、基本的に「スポンジ体質」なんですね。

吸収力、強すぎです・・・ここんとこは、ほんと、早くなんとかしなくちゃね(汗)


で、グッタリしながらも、仕事はコツコツと、出来る範囲で、もちろんやっていました。


そんな中、盆踊り翌日に、かなり腹が立ってしまったのが

私は娘の行きたがっていた盆踊りに、仕事忙しいのに、そしてあまり気が進まないのに付き合ったのに

(夏休みどこも連れて行ってやってないからなあ・・・と思ってしまったこともあって)


娘の盆踊りに付き添ってあくる日、非常にグッタリしていた私をよそに、

娘は、まるで疲れた私を避けるかのように、自分の決まったお手伝いさえもせずに、さっさと出かけてしまったことが

非常にイヤ~な感じでした。

こういうときの娘はいつも非常に冷たいオーラを放っているのです。

(ちなみに我が家では、出かけるなら自分の決まった家事は終えてから出かける事になっています。娘は洗濯係)

そういうときの娘というのは、いつも甘えてくる娘とは全然違っていて、非常によそよそしい冷たーい冷やっこいオーラなのです。


・・・・なんかそういうの、ちょっとヒドくない?昨日、無理して連れて行ってあげたのに・・・


いつものことなんですが、私が元気なくて娘の世話ができなくなると、さあっと避ける感じなんですね。

そして、また私が元気を取り戻すと、娘は甘えてきます。


私の具合の悪いときは、冷たーく避けられて、また元気になると、甘え顔で近づいて来る。


う~ん・・・ 人間としての「質」を疑っちゃうわ・・・



でも実はこれって、娘だけでなく、多くの非HSPの人にたぶん当てはまる事なんじゃないかな・・・

とも私は感じています。



少なくとも、私の周りの非HSPの多くはそうでした。

(たまによく手助けしてくれる非HSPもいるけど、そういうタイプは普段からもともとかなりの「世話好きタイプ」だったりする)


だからこれはもしかしたら

「非HSPの多くはそういうもんなんだ」と認識しなくちゃいけない部分なのかもしれないなあ・・・とも思っています。

・・・残念ですが。


たぶん、非HSPの世界では「弱った人を助ける」という意識のようなものが、かな~り相当、薄~いような気が、

随分昔からしています。

(非HSPって「弱さは悪」みたいな捉え方、考え方してるみたいなところがあるからなのかも。もう仕方ないのかも・・)


いっぽう、HSP、エンパスの息子は、

私がおなかがすいた頃に絶妙のタイミングで

「・・・お母さん、おなかすいたんじゃない?」 (その通りビンゴ

そして、いそいそと食べ物や飲み物を、私の部屋まで運んできてくれます。 (さすがHSPでエンパスの息子


(これは「そろそろ食事の時間だからお腹すいてるだろうと思ったから」とかじゃないんです。
我が家は休日の食事の時間は特に決まっていません。休日は基本的にセルフです。
時間も日によって非常にまちまちで、適当です。おなかすいたら作れる人が作ると言う感じ。
だからこそ、人のお腹のすき具合までよくわかったね、と思うんです)


う~~~ん、やっぱり、HSPでその上エンパスだと、スゴイもんだなあ・・・


と内心驚いていたし、弱った私をいたわってくれる優しい息子の気持ちがとても嬉しくて

生き返った思いがしました


HSP・エンパスは察しがよくて、自然と弱っている人を手助けする部分をもともと持っているようなので

こんな風なので、HSP・エンパスの人といると、癒される人、けっこう多いのかもなあと思ったりしました。


ただ、息子は、私にご飯を持ってきてくれて、一緒に食べたあと

「なんか、僕もキツイ・・・」と言っていました。

(ちなみに息子は盆踊りに来なかったので特に疲れてはいないはず。たぶん、私のキツさが「うつる」んだと思う


非HSP娘は、私がキツイときも、全然「うつりません」


非HSPには、こちらがキツくても、全然そのキツさが伝染しないようですが

こちらが調子悪いと、何かを察知して、さっとこちらを「避ける」ようになるような。


こういうことされるとやっぱり、「相手に対する不信感でいっぱい」になってしまいますね

そして、そういうタイプは、特に非HSPに多いような気がするんですね・・・。


それにしても、きっと、非HSPにとっては、HSPやエンパスはかなり「便利な存在」

「癒される存在」なんだろうなあ・・・と思います。


5人に1人くらい、全体の20%がHSPというのも、

非HSPを「癒してあげる」のに「ちょうど良い割合」のようにさえ感じられてきます。

「癒し役」のHSPが、タフな非HSPを元気にしてあげれば、

その生命体全体というか、その種全体としては、とても存続しやすくて

「種の保存」の観点から見ると、実はとっても都合が良いのかもしれない・・・・

という考えさえ浮かんできてしまいます。


でもこれって、HSP自身の幸せとしては、かなり微妙です。

(ぶっちゃけ、何だか非HSPに都合よく利用されてるみたいでイヤだ


というわけで、もし、老後仲良く暮らすならば、HSPのほうが断然良さそうです。

相手を思いやる「ほのぼの夫婦」とか、もしかしたらHSP同士なのかもなあと思ったりします。


ただ、HSP・エンパス同士だと、こちらがキツイときは察してくれるし、とても優しいけど、

キツさが相手に伝染してしまうのがちょっと問題ですよね・・・

こちらがキツイときは、相手もキツくなるってことで、下手すると共倒れになるかも・・・

お互い、その辺はうまく「ブロック」というか「エンパシーオフ」とかしないといけないんでしょうね。



HSPやエンパス同士だと、年取っても、それなりに健康状態が良く元気でいられれば、

無理なく生活ができるカップルならば、とても仲良く仲睦まじく幸せに暮らせそうです。


お互いに自分の体調管理が出来るHSP同士なら、

そしてお互いに独立心強いタイプ、人にもたれかからないタイプの者同士で

ちゃんと健康が維持できさえすれば、相当、幸せな毎日が過ごせそうな予感


心も通じ合えて、信頼しあえて「この人と出会えて本当に良かった」とか思えそうな。

日々、ちょっとした些細な事に小さな幸せを感じられそうな


人間同士なので、相性も多分に関係あるでしょうが

毎日の生活でも、たぶん非HSPや非エンパスと暮らすよりは、断然ストレス溜まらなさそうだなあと思います。


(ただしお互いが普段から疲れきってしまう生活ではないことが条件かも。

疲れ切ってしまってると、しんどさゆえにHSPってかなりワガママ自己中で周りが見えなくなってしまう人が多いような。
ま~、自分もそうですけど


「困ったときはお互いに助け合える」という事が、人間同士の信頼関係を維持する上で、とても大事ですよね

こっちが具合の悪いときに思い切り避けられてしまうと、信頼関係も大きく揺らいでしまいます


でも、非HSP同士だと、お互い助け合っているのも良く見ます。(そうでない人たちももちろんいるけど)


個人差があることなので、一概には言えませんが


HSP同士、非HSP同士だと、割とスムーズに助け合えるような感じだけれど

HSPと非HSPの関係では、多くの場合、HSPは非HSPを助けるが、その逆は、なし

というパターンがどうも多いような・・・


HSPの私としては、非HSPは特にその点で、どうにも「不信感」が拭えないというか・・・


「・・・それって、パートナーとしてはどうなのよ」と、その点がちょっとかなり

以前から気になってしまっています。




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