Hula Halau ‘O Lahiki

福島県郡山市を中心に活動中
Hula Halau ‘O Lahiki(えみフラスクール)のブログです
クムフラ・プナ・カラマ・ドーソンの古典フラを基盤としたフラと共に精神性も学んでいます その想いをみなさんにもシェアしたい・・・・

カテゴリ: いろんな情報

🌺1回目合同練習

遅くまでお疲れ様でした👍
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震災から5年。

今年はあの時と同じ金曜日。
大切な人を亡くしていない私ですら気持ちがソワソワし、動悸がするのだから、
誰かを亡くされた方や自宅に戻れずいる方はどんなに苦しいか…

あの日も今日と同じ様に、春の訪れを感じる暖かな日差しがスタジオにも差し込んでいました。

でもあの地震を境に一変。
一気に吹雪出し太陽が遮られ、大げさじゃなくこの世の終わりが来たかと感じた…
相方さんと連絡がつかず、ラジオを聞きながらただただ無事を祈り、
地震や津波で亡くなられた方の状況をニュースで見る度涙し、原発の状況に命の危険を感じた

今までは当たり前にあった日常のすべてが、当たり前ではないんだということを実感し、自分にとって何が一番大切なのかが見えてきた…

5年経った今はどうだろうか…

大切な人が生きていてくれる幸せを感じたけど、
その人達との時間を大切にしてるだろうか。
水や電気、無駄遣いしてないだろうか。
今日はもう一度、自分へ問いただしてみようと思います。

スタジオを立ち上げてからも5年となる今年。
この5年で沢山の方と出会い繋がり、経験し学んできた…
これからも、生徒さん含め大切な人たちと良い時間を紡いでいきたい…

今日、皆様が心穏やかに過ごせますことを、
行方不明の方がいつか見つけてもらえる日が来ることを、
原発の状況の1日でも早い収束を心から祈ります。
その願いを込め、
今日は花は咲くを踊ろう…

そしてまた明日から元気に出して行きましょう😊


ようこそこの世へ
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美保ちゃんの生徒さん、
美保ちゃんが関わっていたクラスの生徒の皆様、
クラスメートの方々!
お待たせいたしました‼️


メリモナ真っ只中…
待ちに待った、
美保ちゃんの第二子が無事出産!

昨日
4月11日(土)、17時1分に予定日より10日遅れて
3675gの元気な男の子の誕生です

ここにまたひとつ、
尊い命が誕生しました


名前は真宙(まひろ)くん。


どんな思いでつけたのかは、今度会った時に聞いてみるとして…
なんだか彼女らしい名前だなと感じました。

私よりも若い彼女。
でも落ち着きと貫禄さはハンパない笑。
誰よりも、繊細に、敏感に、人の放つ空気を感じ取り気配りをする子。
感じすぎるあまりに、
きっと疲れると時があるだろうと思うけど、持ち前の根性で立ち直る、まーちゃんと同じく凛とした芯の強さを持つ会津の女性。
情に厚く、義理堅く、何事にも一生懸命な彼女は、周りからの信頼も厚く生徒さんからも慕われる素晴らしいコクア(インストラクター)へと成長してくれました。



宝物が2人になり、
忙しくなると思うけれど、
これからも、
沢山の方に愛される素敵な女性でいてください

いつもありがとう。
嬉しい報告ありがとう。
そして彼女が留守の間、
プレッシャーを感じながらも、一生懸命に、クラスを引っ張っていってくださっている、
新井さん、
ちあきさん、
香織ちゃん、
美和ちゃん、
心から感謝致します、本当にありがとうございます。

また、彼女を常に励まし支えてくださるまちこちゃん、すいこちゃん、
ノヘアさんにも感謝致します。




4月9日BS11 20時から
「ハワイ新発見」
という番組スタートしますよ

1回目はモロカイ島❗️
子供達、
須賀川チームは特に必見❗️

楽しみに観よう

あの日から今日で4年。

決まってこの時期はテレビで震災特集がくまれ、
4年経つ今でも鮮明にあの時の記憶が蘇ってきます。
そして今日は、
あの日を彷彿させる雪が舞う寒い一日となっています。


14:46分
聞きなれない携帯の地震速報の警告音が鳴り響き、
その数十秒後に激しく長い揺れに襲われました。
2階建ての建物にいた私は立っていられす、ドアを開けた瞬間、裏の民家の瓦が真上に
パンパンと音を立て割れていくのを見ました。
この世の終わりを感じたあの日から、4年。


あの日、
こんな寒い中、たくさんの方が冷たい波に飲まれ命を落とされました。
波はまるで生き物のように人間を追いかけ、飲み込み、
なすすべない無力さを感じました。
きっと逃げられたかもしれない、助かったかもしれないたくさんの小さな命も海に投げ出されました。
小学校にあがるまで、
夜な夜なおっぱいをあげ、
オムツを変え、可愛いランドセルを買い、
未来を夢見た希望の我が子を失くしたご両親方にとってどんな4年だったのか。


どれだけ寒かったか、
どれだけ苦しかったか、
痛かったか。
無念か。


本当に、
悲しい出来事ですね


命あれば何でもできる、
そう思って走ってきた4年。
でも、
大切な人を失くされた方にとっては、
心奮い立たせ踏ん張った3年を過ぎ、
4年になる今、心の疲れが出るころ
どうか心折れないよう、祈ります。


命はとても尊い、
赤ちゃんを見ていて
強く思います。
明日どうなるか、
それは誰もわからないこと、
だから、毎日を大切に生きていきたいなと思います。
誰かを想いながら過ごした一日一日の積み重ねが、1年、10年となっていくはず。


お亡くなりになった方々のご冥福を、
ご遺族の方の心が少しでも癒えることを、
いまだ行方不明の方々がいつかご家族の元へ帰れる日を、
原発事故の一日でも早い収束を、
助かられた方たちがこれからも前向きに生きていける力が湧くことを、
ただただ祈ります。












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