事務作業は、なるべくマニュアル化することでミスを減らすことができます。

とくに担当者が複数いたり、よく入れ替わったりするような作業では、マニュアル整備は必須だと思います。

その一方で、マニュアルの限界を感じることもあります。

先日、会社でこんなことがありました。

ある常連のお客様との契約の更新にあたって、書面をやり取りしたときのこと。

このお客様とは長期の取引関係があり、半年ごとに契約を更新しています。

いつもは、担当者同士で契約書の原本をやり取りするだけなのですが、今回は、先方から届いた契約書に、担当役員さんから当社の役員宛ての丁寧なお手紙が添えられていました。

お手紙は、これまでのお取引にご満足いただいており、これからも良好な関係を築いていきたい、という趣旨でした。

この書類を受け取った事務担当者は、添付の手紙を役員に見せることなく、いつもと同じように形式的なカバーシートだけを付けて契約書を送り返してしまいました。

後から役員がこの手紙の存在が気づき、「たいへん失礼なことをした」とショックを受けていました。

本来、こういう場合は、最低でも気持ちのこもったお礼状を添えるべきでしょう。

その後の取引に悪影響は出なかったものの、マナー的に問題があります。

ただ、処理をした事務担当者に言わせれば「マニュアルに従い、いつも通り処理した」ということになります。


失敗学の第一人者、畑村洋太郎氏は、著書『「想定外」を想定せよ!』の中で、マニュアル依存の弊害を指摘しています。

「マニュアルはひとつの決まった仕事をだれでも確実に行うために不可欠なものです。しかしおそろしい落とし穴があるのです。それはマニュアルがあると、それに従っている人は考えなくなってしまうことが起こることです」

つまり、いつもと違うイレギュラーなことが起きると、マニュアルだけでは適格に対応できず、ミスが発生しやすくなるということです。

同著は、そんな事態を避けるための方法論の一つとして「逆演算」というアプローチを紹介しています。

逆演算とは、想定しうる事故について、その手前に起きうることを遡っていき、失敗の「種」を特定していく取り組みです。

このような手法をとれば、マニュアルに細かく書かれていなくても柔軟な対応ができうる、ということですね。

同著によると、逆演算のような手法は、製造業の現場では当たり前のように実践されているそうです。

そして、このような訓練や経験で培われたミス防止のノウハウが、社内のコンピューターで共有されているといいます。

「事故を防ぐ技術」というブログによると、こうした製造業のミス防止策の一つに「知識の構造化」という手法があるそうです。

専用ソフトを使って有益な情報をデータベース化し、製品設計などの際に活用することで、ミスを減らすことができるといいます。東京の構造化知識研究所という会社が、そうした知の構造化理論を製造業の現場に適用。専用のシステムやソフトウェアを提供するサービスを行っているそうです。(知識DBを使った安全設計:構造化知識研究所)

製造業と一般事務では違いがありますが、世界トップの品質の高さで知られる日本のものづくりのミス防止策には、たいへん興味をそそられます。


<参考図書>

『「想定外」を想定せよ!』

著者:畑村洋太郎(工学院大学教授、東京大学名誉教授)
※日本における失敗学の第一人者。自ら「失敗学会」設立した。

出版社:NHK出版