ひゅーまんぷらざ

★★★自律協働型人材®を育成する 『株式会社ヒューマンラボ』★★★    講師&スタッフblog

春についての備忘録

今年も、春がやってきた。

春はいい。あけぼのなんて見たことはないけれど、それでも春はいい。
まず、何より雰囲気が素晴らしい。日ごとに、街が温かく明るくなっていくような雰囲気が素敵だ。まさに心が躍る気分にさせられる。

終わりと別れの後に、始まりと出会いが待っている季節であることもポイントが高い。
センチメンタルでドラマチック。春はそんな季節なのだ。

サクラの花もいい。サクラが春に合うのか、春がサクラに合うのかはわからないけれど、そんな議論をするのが野暮なくらいサクラと春は似合っている。

後、我々の仕事で忘れていけないのは、新入社員だ。
毎年彼らや彼女らの姿を見るたびに、私は背筋をピンと伸ばさなければならないようなそんな気持ちにさせられる。
初心忘れるべからず。そう春が私に教えてくれるのだ。


これはいったい何の話なのだろうか?


・・・・・・・


そう、これは備忘録なのだ。
春が大好きだった男が、花粉症の爆発に襲われたその年に、ズルズルの鼻とザラザラの喉とチクチクの体と闘いながら、春が憎くて仕方なくなるその前に記した備忘録である。

キチ

「半額おばさん」

彼女はスーパーのスタッフからこう呼ばれている。「半額商品」を購入の対象とし、見事に半額商品でなければ購入しない、それはそれは徹底しています。夕方7時頃スーパーに現れ、9時前頃まで商品を観て周り、目ぼしいものを見定め、半額シールが貼られたものだけ購入する。年の頃は70歳位か、小柄でおかっぱ頭、身なりも普通だが、殆ど防寒着も羽織らず元気なおばさんと言ったところである。

近頃このおばさんと会うと言葉を交わす間柄となった。元々妻が猫好きで知り合ったのがきっかけでした。スーパーの駐車場をねぐらとする猫に餌を与えている時に遭遇し、知り合ったと聞いている。会うと世間話の聞き役となる。実家が近くにあり娘がいて神戸に嫁ぎ、今は一人で年金暮らし。犬も猫も大好きで、野良猫を見かけるとかわいくて何とかしてあげたいと話すとの事。

このおばさんが私のことをお父さんと呼ぶ。先日も話しかけて来て、前に奥さんに聞いたけど忘れてしまったので、電話番号を教えてくれという。聞くと淡路島から毎年この時期になるとデコポンを送って来る。そのお裾分けをしてあげるとのこと。スーパーでいつ会えるか分からないのに、毎回持って来て会えなくて持って帰るのは重いとのことで、事前連絡で待ち合わせをしたいとのことだった。妻に話すと以前にも頂いたことがあるとのこと。家の中でも「半額おばさん」で共通認識できる。

昨日スーパーで久しぶりに会うと顔面中央に傷、そして青あざができていた。聞くと大型犬の散歩をしている人にかわいいから撫ぜさせて欲しいと頼み、撫ぜていたら急にその犬が頭突きをしてきたとのこと。目から火が出る位痛くてひっくり返り、鼻の上に傷ができ、鼻血も少し出たとのこと。少し腫れも引きましになったので買い物に来たとのことだった。この時、77歳と分かった。以前、自転車で転んで大丈夫やのに見知らぬ人に救急車を呼ばれ搬送された話も聞いた。娘が神戸においでと言うが、気兼ねをするのでいやだと断り続けているとの事。・・・  

何故かウチの夫婦はスーパーで色んなおばちゃんと知りあう。以前は「兄ちゃん男前やなあ~」というお婆ちゃんと知りあったが、今は行方が知れない。会えば別れがあるが、「半額おばさん」と会うと年を重ねての一人暮らしに何故か寂しいものを感じる。自分の生活を締めても猫や他人には寛容で温かい人柄に感謝し、元気で長生きして欲しいと思う今日この頃である。    
                                                     Dai

時には諦めることも必要

諦めるのはよくないことのように言われるが、ときには諦めること、手放すことも必要だと思っている。

数か月前膝に激しい痛みが起こった。前から少し痛くなることがあり調子が悪いとは感じていたが、たいしたことはないと思っていた。しかし激しい痛みは急にきた。

すぐに良くなると思っていたが痛みはとれない。病院で調べてもらうと変形性膝関節症の初期症状とのこと。スポーツをしていた若いころから膝に痛みが出ることはよくあったのであまり気にしていなかった。しかし変形性膝関節症とは・・・。

まだ初期症状とのことだが、普通に歩くことにも支障がでている。痛み止め飲み薬、注射、シップ等、医者と相談しながら試しているところだ。医者からは、「膝の状態は治ることはない、これ以上悪くならないように気を付け、症状の緩和をしながらこれからどうつきあっていくかだ」と言われている。

身軽に動けることが強みだった私にとっては、思うように動けないことは厳しい現実だ。
例えば、今まで10分で歩けていたところが12分かかる。信号の手前で少し走れば渡れるのに次の信号を待つことになる。急げば間に合う電車も次を待つことになる。今まで普通であったことが普通にはできないことにイライラすることが多い。無理をすると痛みが強くなるし、反対の足にまで負担がかかる。

しかし最近では動くと痛みがあることにも慣れ、素早く動けないことも段々普通のことになってきた。つまり諦めたのだ。仕方ないことだと状況を受け入れ、今までの状態を手放し諦めることが徐々にできるようになってきたのだ。
頑張るばかりがいいことではない。その時々の状況に合わせ手放すことも諦めることも頑張らないことも必要だと思う。                                                                                     chiz    

 

 

心に響く曲

初めて聴く曲なのに、なぜかとても懐かしい気持ちになるような心に響く曲ってありませんか?
私にとっては、20代の頃に出会ったソウル・バラード調の「ザ・ローズ」という曲。初めて聴いた時、英語なので意味もよく分からないけど、胸がキューンとなり、切なさと懐かしさが込み上げてきて、不思議な感覚だった。それからもっとこの曲のことを知りたくなり色々調べてみた。
1979年 映画「ローズ」の主題歌でベッド・ミドラーというホノルル出身の女性アーティストが歌っている。
メロディもさることながら、歌詞もとても素敵で、愛の強さを花の種の力強さに重ねたもの。
特に好きなのは“冬の日に厳しく積もる雪のはるか深くに眠る種もやがて太陽の光を浴びて春には薔薇の花を咲かせる”というラストの歌詞だ。とても勇気づけられ、頑張ろうという気持ちにしてくれる。
日本のアーティストにもファンが多く、たくさんの人がカバーしており、色んなバージョンの「ザ・ローズ」をYouTubeで探して聴いている。

もう一曲、2005年にヒットした歌手AIの「Story」だ。会社帰りの天神橋筋商店街で流れていたこの曲を聴いた時に「ザ・ローズ」と同じ感覚を味わった。この曲もバラードで“人生は短い、その中でどれだけのことを人はできるだろうか?大切な人にあふれる胸の想いを伝えることができるだろうか?”ということを歌っている。メロディが心地よく、温かい気持ちになり、明日からまた元気になれと背中を押してくれる曲だ。

ここ数年、このような曲に出会えていないが、次はどんな曲が懐かしい気持ちにしてくれるだろうか?
                                                           kuma

営業都合のスタンスが、なぜ、切り替わらないのか?

営業担当は常に数字目標の達成が使命である。上司も数字管理中心で部下の数字の進捗を日々詰めていく。その上司もその上の上司から数字目標達成を厳しく言われるため、さらに部下を追い詰めていくことになる。

そういうマネジメントが日々行われていると営業担当とお客様との接点で何が起きているかというと、営業担当は自分の数字をあげるために自分が訊きたいことを訊く。お客様が発した言葉も表面的に捉え自分の都合のいいフィルターで理解する、一方的に説明し(売りたいために話す)お客様は聞きたくない話を延々と聞かされるといった「営業の目的ありき」の商談が繰り返される。

その結果、お客様は失望とあきらめでその営業担当から自然と離れていく。

逆に、営業がお役立ちのこころをもってお客様の悩み、問題の解決に力になりたいと真剣に思ってお客様と接していると、「それはなんとかしたいですね」、「一緒に考えてみましょうか」、「なんとかその思いを実現したいですね」といったフレーズが自然と出てくるはずだ。そうすると、お客様にもその営業担当の思いが通じて、「実は・・・」と内情や本音を話してくれるようになる。

また、その営業担当の上司もお客様の問題解決につながるように、その営業担当と一緒になって悩み、経験上のアドバイスを行いながら、お客様の問題解決になるよう組織として支援していく。そのマネジメントの仕方は、前者の上司とあきらかに異なる。前者の会社では、上司も部下も数字におわれ、共に疲弊していく。

 社員のエンゲージメントが高い組織は、業績が継続的に上がりやすく、社員の定着率も高いのではないか。
 
数字で追い込むマネジメントではなく、お客様の問題解決を支援するマネジメントに切り替えることで、営業のスタンスが変わり(営業の目的ありき⇒お客様の目的ありき)、お客様との商談が変わり、強いては、お客様のファン化が進んでいくのではないかと思っている。

                                       ソラ

 


3人の販売員

ある有名な服飾ブランドの販売員の方々の接客応対のちがいです。

 

昨年購入したコートのフードに付けた付属品。販売員の方に勧められ、フードにつける飾りも購入してつけてもらいました。そのコートの袖口から冷気が入ってどうにも寒い。そう思いながらひと冬を過ごしたのですが、「そうだ、袖口にも飾りをつけたら温かくなるはず!

そう思い、さっそくコートを購入したブティックに行きました。ところが・・・。

「袖口につける飾りは今年もありますが、昨年とは色が異なります。」とおっしゃる販売員さん。たしかに色が変わっていた。フードと色の異なる飾りはアンバランスでなんともかっこ悪い。さらに話は続きます。「何年かするとまた昨年と同じ色のものを販売するかもしれませんので、そのときご購入ください。」と言われました。なんと無責任な・・・。本気で言ってるんだろうか?? 何年も寒さをしのげと言うのだろうか?また、数年後販売するとき、声をかけてくれるのか?私の連絡先も聞かず。そんな気はないのだろう。がっかりして帰りました。


その後、たまたま東京に行く機会があったので、「もしかしたらちがうお店にあるかも・・・」とダメ元の気持ちでその飾りを持参し東京のそのブランドの店に行きました。そのブティックの販売員さん、「今年は色が変わっています」ここまでは一店目と同じ対応ですが、その後がまさしく神対応でした。「昨年の商品なら、もしかしたらアウトレットにあるかもしれません。ご自宅はどのあたりですか?」私「関西なんです」。販売員さん、「それなら●●と△△、★★にもアウトレットがあります。まずは電話をかけられたらいいと思います。」と言って、電話番号まで書いて渡してくださいました。自分の店ではないのに、私のためにそこまでしてくれたという満足感で一杯。とても気分良くそのお店を出ました。

 

さあ3件目。電話するとそのアウトレットにも扱いがないと言われ、あきらめていましたが、試しにもう1件行って聴いてみようと思い、また別の店に行きました。「今年は色が変わっていますから・・・。」基本の対応は3件とも同じです。勝負はそのあと! 「その年に買っていただかないとそろえるのは難しいと思います」のひと言。えっ、昨年買ってなかった私が悪いの??でも、そのときには、袖口が寒いなんて誰が想像できたかしら??お店の人からひと言もそんな勧めもなかった。。。

バカバカしくなって早々に店を出ました。販売員さんも途中から明らかに面倒くさそうな表情。「なんと面倒くさい客か」とでも思ったのでしょうか?!

 

同じブランドでもお店や個人によってこんなに応対に差があるものなのですね。どの販売員さんにあたるかで、お客様の購入意欲は大きく左右されるものだとつくづく感じました。2店目の販売員さんからなら全部今年カラーでそろえて購入してもいいなと思いました。

こういうことはこの服飾ブランドのことだけではありません。もちろん、当社もに、そもそも私にもあてはまることです。「プラチナルール」と言われますが、どんな立場であっても相手のために考え、共感し、喜んでいただこうと本気で考えるならば、相手への提案の幅も広がるでしょうし、とことん相手と一緒に何かできないか考えると思います。単に「モノ」を売るのが仕事と考えるのか、相手のために親身になってどう喜んでもらうか、そのために何ができるのかを考えるのかを考えるのか、おおげさに言えば、その人の働き方や生き方を見られることに思えました。
                                 FUNA

ピアノとモチベーション

日々、モチベーションを維持し続けるというのは本当に難しい。
今回は、私と子どもたちとのピアノへのモチベーションの違いについて書いてみようと思う。

私はピアノの音色がとても大好きだ。ピアノの名曲はもちろんクラシック音楽をよく家で聞いている。上手くはならなかったが、子供のころ嫌々ながらに習わされていたピアノのおかげで、今は、楽譜がスラスラ読めて音楽を楽しめるようになっている。ピアノ教室に通わせてくれた親に感謝している。

私の母は大人になってからピアノを習い始めたこともあり、小学生の私のレッスンにとても熱心であった。毎日学校から帰ると、つきっきりで何時間も練習をさせられた。母の習っている先生のところへ1時間かけてレッスンに行き、右に先生、左に母が立ち、何時間もレッスン、母も指導のレッスンを受ける。
だから子供時代は、一度もピアノが楽しいと思ったことがなかった。中学生になると合唱コンクールの伴奏などをやらせてもらったが、あんなに辛い練習をしてきたのに、世の中にはピアノが上手な子はいくらでもいて自分の限界のようなものを感じた。そして、反抗期に入りその後、あっさりとピアノはやめてしまった。
今思えば、やらされていたピアノが楽しいと思ったことは一度もなく、母のご機嫌をとるために弾いていたので、モチベーションなんてゼロに等しい。上手くならなかったのも分かるような気がする。

さて、私の二人の娘たちはというと、幼稚園に入園したころ「ピアノが習いたい。」と言いだした。幼稚園の先生のお歌の伴奏に憧れ、幼稚園の女の子が一度は口にする常套句だ。
一度目はもちろん却下。もし、どうしても習いたいのならと、2つの条件を出した。
一度始めたら、10年間は絶対に辞めないこと。
途中で嫌になっても、泣いてもわめいても、叫んでも絶対に辞めさせないよ。
10年後、ショパンの曲が弾けるようになっていること。
ショパンの曲を人前で恥ずかしくない程度に弾きこなすようになるには相当の努力が必要だよ。
私の苦い経験から、ピアノを習うことに必要なのは、たとえ趣味であったとしても10年以上続けられるぐらいピアノが好き、という強い意思と明確な目標があること。この2つを押さえておかないと、私の二の舞になってしまうと考えていた。

当時、4歳の娘がこの2つの約束をどこまで理解していたかは分からないが、あれから9年半が過ぎ、先月のピアノの発表会でショパンの「軍隊ポロネーズ」を見事に弾きこなし、娘はあっさりとそんな約束を果たしてしまった。
彼女のピアノに対するモチベーションは半端ない。幼い時は、発表会に可愛いドレスが着られるよ。レッスンが終わったらおやつがもらえるよ。と外発的な動機づけをしたこともあったが、レッスンに行きたくない。辞めたい。といったことは一度もなかった。レッスンの日が嫌で仕方なかった私とは大違いだ。

子供の感じる10年はとても長い。
ずっと楽しく通えていたかというとそんなことはないし、発表会前は先生に怒られ、年齢が上がるにつれプレッシャーもかかり、泣きながら練習した日もある。しかし、楽譜のレベルが上がるにつれて娘のピアノへのモチベーションにスイッチが入っていった。きっと、小さな達成感の繰り返しが彼女を大きく成長させたのだと思う。

誰でも練習は楽しくない。初めは、外発的な動機が練習のモチベーションにつながっていたかもしれないが、徐々に「妹には負けたくない。」「ばぁばよりもママよりもうまくなりたい。」「もっと難しい曲が弾きたい。」と内発的な動機にすり替わり、「もっと練習しなくては!」というモチベーションアップにつながったのだと思う。
このように「自分からこうなりたい!」と内側からエネルギーをだすことができたとき、モチベーションを維持し続けることが出来るのだと、改めて気づかされた出来事であった。
                                   Fumi

懐刀

今年もあと1か月で終わろうとしている。仕事でもプライベートでも、今年も色々なことがあった。今年一年の仕事を振り返ってみたとき、印象に残ったある体験が頭に浮かぶ。

普段は内勤として社内で仕事をしている私だが、今年の初め頃、組織診断の事務局としてお客様のところに訪問をする機会があった。診断のやり方、オペレーションや今後のスケジュールを、お客様と直接面談することが殆ど無い私が説明するのだから、うまくできずにお客様に不信感を与えないよう、営業担当やその場に一緒に同行している上司に恥をかかせないよう、資料づくりや頭の中でのシミュレーションなど、できる限り入念に準備をしていった。

会議室に通されると、ご担当の部長をはじめ各関係部署の所属長、総勢
4名もの方が私の前に着席され、一気に緊張が高まった。ドキドキしながら挨拶のタイミングを待っていると、その場を察して上司が私のことを「長年勤めている私の懐刀(ふところがたな)でして」と紹介してくれた。その言葉を聞いて、「ほほう」と部長はじめ皆さんが私の方をご覧になりうんうんと頷かれた。

この「懐刀」という「魔法の言葉」は、私へのエールであると同時に、お客様に対しては初めて会い、どんな人物かも知らない一アシスタントの私に対して、一瞬で信頼をもたらすものであった。それを見越しての一言だったのだと思う
(実態はどうであれ)。その思惑どおり、不思議と紹介されたとたん、私のドキドキもおさまり、落ち着いて自信を持って一時間ほどの説明を無事に終えることができた。

上司や上に立つ人間が(信頼する)部下のことをあらわす言葉は色々ある。「腹心」「右腕」「参謀」「ブレーン」そして「懐刀」もその一つだろう。今までにいくつかの職場で働いてきたが、私の上司たちは私のことをどのように思っていたのだろうか?
果たして私は、信頼する部下を呼ぶ、このような言葉に値する部下だっただろうか?
そして今はどうだろうか?

部下として、上司に「右腕」だの「腹心」だのと思われることはとても誇らしいことだ。でも時として、実態は単なるお気に入りの「取り巻き」や「イエスマン」、右腕ならぬ「単なる手足」であることに気づかず、自分では上司の信頼を得ている「腹心」だと勘違いしてしまうようなこともよくある話だ。

組織で働く上で、フォロワーシップを発揮できる真の信頼できる人財になるのは難しいことだと思う。勘違いのイエスマンにならず、しかも上司の胸の方に刀の切先を向けない、真の「懐刀」になるには、互いに同じベクトルを目指し、様々な鍛錬が必要なのだ。               
Nao

株式会社ヒューマンラボ
http://www.humanlabo.co.jp/

私たちは、Human to Humanで「人材開発」をプロデュースする
プロフェッショナル集団です。
記事検索
月別アーカイブ
メンバーリスト
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ