2012年08月16日

崩壊した従軍慰安婦強制連行説 矛盾する吉見理論の正体(再掲載)5

Web機関紙・新言論にも掲載されている清水会長兼理事長の著した論文「崩壊した従軍慰安婦強制連行説 矛盾する吉見理論の正体」を再掲載致します。
慰安婦問題とはどのようなものか考えるためにも、どうぞ、ご覧下さい。

◆崩壊した従軍慰安婦強制連行説 矛盾する吉見理論の正体
清水一憲
●特定非営利活動法人ヒューマンコミュニケーション会長兼理事長
●新保守市民主義総合研究機構会長
●新言論主筆
●群馬市民立大学学長
●法学修士

●第1章「従軍慰安婦問題の誕生」
 昭和20年8月15日。大東亜戦争が終戦の已む無きに至った日である。その後、国際法違反行為であり、連合国が我が国を一方的に裁きながら米国の原爆投下には一切言及しない「欠陥裁判」である『極東国際軍事裁判』(いわゆる東京裁判)が開廷された。
 この裁判では、南京大虐殺を始めとする、日本軍が行なったとされる様々な戦争犯罪が連合国側の解釈により、次々と確定されていった。
 今日では、多くの学者・専門家がその虚構性を指摘している「南京大虐殺」は、この時に誕生した。 そうした裁判でも全く登場する事の無かった、いわゆる「従軍慰安婦強制連行説」は、東京裁判から28年の歳月を経た昭和48年に、その端を発する事となる。
 千田夏光著「従軍慰安婦・慶子」によってである。

 この著書は、その誤りが多く指摘され、物議を醸した内容であったが、続編と合わせて50万部のベストセラーとなった。
 この本の内容で、まず問題となるのは「女子挺身隊」に関する記述である。
 「女子挺身隊」とは、軍需工場などへの勤労動員者の事であるが、千田氏の著書によると挺身隊として動員された朝鮮人女性20万人の内、5〜7万人の人が慰安婦にさせられたとしている。
 挺身隊は軍事労働等に従事した存在であり、慰安婦とは別の存在である。

 我が国の文化は俗に言うハンコ文化であり、軍隊も官僚機構である為、千田氏の著書が示す様な強制連行という事実があったとすれば、その軍属者移動に関する何らかの公文書が存在する。その前提に立つと挺身隊から慰安婦への「部署移動」があった場合、これが5〜7万人にも及ぶのなら、それを示す膨大な量の公文書が存在する筈である。
 その存在が、長年にわたる政府調査にも関わらず1枚も確認されていない。

 軍が終戦直前に隠蔽したのだろうか。
 膨大な量の公文書をアジア全土に及ぶ戦線の全てから掻き集めて、或いは各戦線に指令を出して、一枚残らず消してしまう。戦闘行為を維持しながら。
 物理的に可能な事ではない。

 最初から、公文書を作成しなかったのか。
 その場合には大量の慰安婦の管理体制に支障をきたしてくる。性病検査等の場合も同様に氏名、出身地、血液型が判別できないのだから混乱は必至である。
 「どこの誰かも分からないけど、慰安婦になって下さい」という様な事は大人の常識からするならば、無い。
 何故なら官僚機構は、その性質から言っておのずから「管理」を対象とするのであり、軍の統制下にある慰安婦がその対象外になる筈がないからである。

 公文書の隠蔽、公文書の不作成。
 この二つが消えたとすると、残るはただ1つである。

 強制連行は行なわれていなかったのではないだろうか。
 では、新聞・テレビで騒がれている「慰安婦問題」とは何なのか。
 これは、強制連行という事実があったとする報道ではなく、後述する一部の学者が「その行為に強制性があった」と主張する「学説」であり、慰安婦問題の経緯に照らして考えれば、論理のスリカエを計っているようにも解されるのである。

 つまり、強制連行という事実は存在せず、それを裏付ける証拠は一つも示されず(証言だけは大量に出てくる)、国際法上認められた「公娼」であり、第2章で詳述するが生活的に大変優遇され、その職に見合った給金も貰っていた立派な職業である慰安婦に対し、「性を売るという行為に問題があり、これは広義の強制性を持つものだ」とする内容なのである。
 そうした職業に就いた女性に対して、「性奴隷だ」などの言葉を浴びせかける一部の「良心的」な学者の方々の方が、職業に対する差別意識から言って「人権侵害者」となると考えるが如何だろうか。


●第2章「吉見義明著・従軍慰安婦資料集の内容検証」 
 1992年11月27日、「慰安婦に謝罪せよ」派の最高権威で理論的主柱であり、同問題に関連する運動家達にカリスマ的影響力を持つ中央大学教授・吉見義明氏の編集・解説による大著『従軍慰安婦資料集』が刊行される。
 政府公表資料に吉見氏が発掘した資料を加えた、600ページに及ぶ資料集である。

 しかし、この本の中には問題の「強制連行」を示す資料が存在していない。資料の大部分は日本軍が慰安婦の生活改善や民間業者による不当な扱いを受けさせない様にとの「良い関与」を命じたものであり、彼らがかつて主張した所の「無理矢理連れてこい、無理矢理犯せ」という軍命令を示す資料は一点も発見できない。
 「日本軍は強制的に慰安婦を働かせた」と主張する側の人物の著書とは思えない内容である。

 ここで、吉見氏の著書の中から、一般的に慰安婦の待遇は非道かったとする認識とは対照をなす資料を紹介したい。
 その資料とは、この資料集の中にある「アメリカ戦時情報局心理作戦班日本人捕虜尋問報告第49号」である。
 ビルマを占領したアメリカ軍が慰安婦を尋問し、まとめた報告書である。第三者、むしろ敵である連合国側の報告書であるから、客観性・信憑性は十分である。

 この資料においては、慰安婦と日本兵の結婚成立の事例や1943年の後期に借金を返済し終わった慰安婦の帰国を認め、実際に一部の慰安婦が帰国をしている事、そして慰安婦には接客を断る権利が認められており、接客拒否はしばしば起こっていた点が記されている。

 又、この資料には「生活及び労働の状況」という項目があり、実に詳しく慰安婦の生活の状況を示している。
 それを以下に紹介する。
「慰安婦は靴・紙巻きタバコ・化粧品を買う事ができた。彼女達はビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して過ごし、又、ピクニック・演芸会・夕食会に出席していた。彼女達は蓄音機を持っており、都会に買い物に出掛ける事も許されていた。」
 又、当時の慰安婦の待遇としては、本人には一カ月毎に麦粉2袋、その家族には月毎にアワ・ヒエなどの雑穀30キロを配給、慰安婦の衣食住、医薬品、化粧品は軍が無料配給、旅費も軍が負担するという、新聞・テレビの自虐的報道内容とは掛け離れたものとなっている。

 更に、帝国陸軍防衛司令部からの通知では、
(1)「女支生」150人を募集せよ
(2)期限は1カ月
とあり、特に目を引く項目として、
(3)借金などは全て取り消し、自由の身とする
と記されている。
 これを受けて警察局保安科が、売春業者の集まりの会に依頼し、日本軍属公娼募集の勧誘をさせたという事である。
 以上が、米軍が調査した慰安婦の生活実態である。

 この待遇で、奴隷状態だと誰の目に思い様があるだろうか。
 そもそも、慰安婦の中には、日本人女性も含まれていたのである。何故外国人の慰安婦ばかりに同情できるのだろうか。
 更に、吉見義明氏は「強制連行があったという事実はない」という発言を「朝まで生テレビ」に出演した際に語っている。しかし、強制連行という事実の有無よりも、存在自体が非人道的だったとする主張をしていた。これは、同問題の経過から言って、やはり論理のスリカエに他ならない。

 そういう考えならば、例題として、日ソ不可侵条約を踏み踊り、満州に攻め入り、多くの日本人女性を夫や家族の前でレイプし、妊娠させた挙句にその女性らを自殺や中絶に追い込んでいった旧ソ連軍の責任はどうなるのだろうか。
 そうした事には目をつむって強大なる相手を批判せず、反日精神を燃えたぎらせ、我が国のありもしない戦争犯罪をでっち上げる。
 吉見氏らの世界では、そうした人物は「英雄」なのかも知れないが、世間ではそういう人物は「デマゴーグ」と言う。
 結論づけるならば、「従軍慰安婦問題」とはある種の活動家らによる90年代の発明品・歴史の捏造であると言える。


●第3章「従軍慰安婦問題の本当の論点」 
人類の歴史始まって以来、売春婦はどこの国にも何時の時代にも存在していた。そして、暴力による性交に対する抑止力として、その存在意義を保っていた。
 つまり、慰安婦が国家的な問題になるとしたら、それは日本官憲による不合法な強制連行、「軍命令による強制連行の有無」が対象となるのである。

 何故なら、国が強制連行を命じていないのなら、国に責任はなく、従って「国家による謝罪や賠償」は必要ないからである。例題として、戦時中の南方戦線でオランダ人女性らが一部の軍人により強制的に慰安所で働かされた事件があったが、これは発覚後に当時の日本軍による軍事法廷でその事件に関わった軍人らに対し、死刑を含む厳罰が下されている。即ち、当然の事だが、我が国の法律は強姦及び強制猥褻を禁じていた。
 であるからして、仮に慰安所への強制連行があったとしても、それは一部の者による違法行為である場合、国家が法的責任を負う事にはならないのである。

 余談ではあるものの現在もまだ、自己の性的欲望を満たすためだけに母子を殺害した狂人を、当時未成年であったという理由で未だ死刑にもできず、国論を二分させて右往左往している日本国民に、上述のオランダ人女性強制連行事件で死刑を含む厳罰を早期に下した当時の日本軍を断罪する程の資格があるだろうか。

 しかし、戦時中は、当時の社会的環境として親に売られた人、現地業者にいじめられた人、一部の者によりレイプされた人々はやはり存在するだろう。そうした人々への賠償に民間基金が設立され、その活動を行なっているのは喜ばしく、敬意に値すると思う。そうした民間の支援活動には理解を示すし、この問題を研究してきた者として、また一民間人として、支援活動に参画する事には吝かではない。

 話を戻すが、日本国内では1992年11月に「吉見理論」による論点のスリカエが行なわれるまで、「人狩り強制連行」以外の論点は存在しなかったし、海外では、現在でも論点はその一点である。 韓国では反日運動のカードとなり、こじれてしまったが、ここでもあくまで「強制連行」が問題となっているのであって、吉見氏のように「広義の強制性」などとは誰も言っていない。

 だからこそ、酷な様でも「証拠」が必要なのである。証言を裏付ける「証拠」が。新聞やテレビで「証拠」なしに証言だけを延々と流す事に何らかの意義があるのだろうか。
 本当に日本国家が「強制連行」をしたのなら、その行為には行政上の必要に迫られて必ず名称を付け、かつそれを示す文章が残っている筈である。発令者と受令者及び、それに関連する事務を取り扱う各方面の機関に文章や記録が残っていても、不思議ではないではないか。

 そもそも、元慰安婦及び支援団体は、日本政府ではなく日韓基本条約締結の際に「これを以って諸問題の最終的な解決とする」と定め、当時の日本の外貨準備高の半分に相当する8億ドルを受け取った韓国政府に抗議すべきなのである。本来の国と国との外交問題を無視し、個人の恨み事を他国の政府にぶつけるなど、理性を欠くにも程がある。

 第2章でも取り上げたが、戦時中は日本人女性も非道い目にあっている。しかし、それらの日本人女性はその後、貝のように口を閉じ、決して語らず、胸に秘め、その事実すら無かったかの様にしている。
 吉見義明氏ら「反日謝罪派」は、「語らぬ者」の犠牲の上に今の正義ブリッコできる生活がある。
 戦争とは悲しくも多くの犠牲を強いる、そういうものであって、その戦争とは国と国との外交の一手段に過ぎないと言う事も国際社会の厳然たる事実である。

 吉見義明教授と、その周辺の弁護士やルポライターらの一派は、偽善者である。彼らの歪んだナルシシズムの為に慰安婦問題が国際問題化し、多くの慰安婦と日本国の名誉を犠牲にするのは許容されざる愚行であろう。
 最早、証拠が一点も出てこないこの論争には意義がない。

 「従軍慰安婦論争」は客観的な証拠に照らす限り、もう既に終結している。これ以上の議論は既にその領域を越えて、宣伝の世界に踏み込んでいる。
 その様な態度でありながら過去の日本の戦争責任で謝罪せよなどと威丈高に主張する行為自体が、客観的な事実から目をそらし学者としての良心を売り渡す行為であると考えられても、おかしくはない。
 そして、その事が現状において国際的な取引のカードとして利用されている原因となっているのである。
 果たして、反省・謝罪すべきはいずれの側にあるだろうか。
 以上が「崩壊した従軍慰安婦強制連行説 事実と矛盾する吉見理論の正体」である。

●本論文の事実関係を示す参考文献は、以下の通りである。
「慰安婦強制連行はなかった」/大師堂経慰(展転社)
「歪められた朝鮮総督府」/黄文雄(光文社)
「従軍慰安婦資料集」/吉見義明(大月書店)


<NPO法人ヒューマンコミュニケーション公式ホームページ>
http://humanzu1023.web.fc2.com/

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