2007年11月18日

暫定版よくばりスクランブル中編

プロローグの中編です。
というか本当はここまで前編です。
分量が多すぎるって話で前編を二つに分けなくちゃいけなかったのです。

用語的にわけわかんない部分とかあると思います。
主人公が誰かわかんないとかあると思います。
このプロローグの前編は後でまた修正かけます。
今回公開部分で語られた話が後になって反故にされる可能性は高いです。
途中に2ch風の掲示板の描写がありますが、IDとか日付とか中途半端なままになってます。


それでもいい、気にしないというヒトは

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≪フロンティア諸島 ブラジオ島 学生寮【プライムガーデン】≫

 プライムガーデンはUNASの学生寮としては平均的な作りをしている。
 2LDKの部屋割りは寝室二部屋とダイニングキッチン、基本的に二人部屋として使用する。
 トリシャはそんなプライムガーデンの一室で、同居人が結い上げた髪を解くのを目を擦りながら後ろから眺めていた。
 同居人の名前は瀬川ルーシー、ブラジオ島第二高校(認識コード:UNAS/Br2h)に通う二年生だ。
 ルーシーはトリシャの視線を気にするでもなく、解いた髪を櫛で整え、部屋着に着替えてパソコンの前に腰を下ろした。慣れた動作でパソコンをネットに接続する。接続先はインターネットではなく、UNAS学内のイントラネットだ。
 イントラネットポータルトップページから【学内総合掲示板】にアクセスする。
 総合掲示板はテーマ別に別れており、形式は一般のインターネットにある巨大掲示板群のそれと近い。たくさんの板の中から【スキッド板】と呼ばれる掲示板を選択した。ルーシーの求めるスレッドはスキッド板の中にある。
 スキッド板は文字通り謎の巨大生物、スキッドに関連する話題を取り扱う掲示板だ。スキッドの生態について真面目に論議するスレッドもあれば、憶測交じりに適当な雑談を繰り広げるだけのスレッドもある。スキッドとの戦闘を主導する治安委員会自警隊に関するスレッドもある。またその治安委員会に関連して「【弾圧】学調のやり口を非難するスレ PART***【上等】」や、自警隊の装備である「【TYPE-09】高機動人型陸上機パラディオンについて熱く語るスレ PART***【導入マダー】」なんかは書き込み数も多く、スレッドフロート形式のスキッド板では常に上位に存在していたりする。
 さておき、最近そんなスキッド板で学調スレやパラディオンスレを差し置いて上位に食い込むスレッドが存在した。
 それが「【三次元も】戦術級魔(ryパンドラたんへの愛を綴るスレ PART***【この際おk】」である。
 ルーシーは嘆息してスレッドを開いた。今朝学校へ行く前に確認してから九時間と少々。それだけの間にスレッドが七本も消費されている。一スレッドごとの最大書き込み数が1000件だから、7000〜8000ものレスがつけられたことになる。
「スンゴイ勢いね。みんな暇なのかしら?」
 トントンッと後ろから歩み寄り、ルーシーの肩に身体を預けてトリシャが言った。
「トリシャ、肩に乗らないで。重いから」
「ま、失礼な子だわ。自分の方が何倍も重いくせに」
「トリシャと私で体重比べても意味ないじゃない」
「そうなんだけどね」
 言って、トリシャはルーシーの“肩を蹴って”飛び降りた。パソコンデスクの上にストンと移ると、首輪に掛けられた鈴がチリンと鳴る。
「あんまりパソコンの方にも寄らないで。毛が入ったら壊れる」
「何十年前のパソコンの話をしてるのよ。今時のはもう対策されてるから心配いらないわ」
「例えそうでも、私が気にするからやめて欲しい」
「でも私だってパンドラスレが気になっているんだけど?」
「猫のくせにイントラネットが気になるなんて……」
「猫こそ情報化社会の生き物だわ。何百年も昔からずっと。嘘だと思うならジオブ○ーダーズのコミックを読んで御覧なさい」
「それこそ何十年前のコミックなのよ。本当に年幾つ?」
「黙秘権を行使するわ」
 そう答えて大あくび、とぼけた顔をしながら後ろ足で耳の裏を掻く。
 喋る猫、トリシャ。
 一見すると何の変哲もない金目の黒猫だ。「百聞は一見にしかず」とは日本の有名な諺だが、ことトリシャに関しては百見は一聞に大きく歩を譲る。もちろんこの場合の前者と後者で「聞」の字の意味合いは若干異なっているのだが、今は置いておこう。
 喋る猫、トリシャ。
 より正確には喋る魔法猫、トリシャである。
 ここ最近UNASを騒がす戦術級魔法少女天使たくてぃかる☆パンドラ――その外見的特長は青と黒のゴスロリ衣装に黒髪と金色の目――その正体とは、この喋る魔法猫トリシャと瀬川ルーシーの一人と一匹が合体した姿だったのである。


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【三次元も】戦術級魔(ryパンドラたんへの愛を綴るスレ PART***【この際おk】
1 名前:前スレ900 投稿日:20**/5/12(水) 17:06:52 ID:B0Z5LtI20
俺たちのリアル魔法少女パンドラたんへの愛を語らうスレです
嵐、学調の工作員はスルー推奨
ただしコテの逆工作員氏は打たれ弱い工作神なので優しく接してあげましょう


謎の魔法少女あらためパンドラたんまとめサイト
ssp://unas.inet/****.***.index.html
魔法少女命名スレ決選投票会場跡地
ssp://unas.inet/****.***.html
うpろだ
ssp://unas.inet/**.****.***


472 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:47:23 ID:KiOrxSkk0
そろそろスレの流れも落ち着いてきたかな?


473 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:48:54 ID:91x1COWIO
>>472
そうっぽいな
っつーか今日の昼が異常だっただけ


474 名前:SPU逆工作員◇Hw75daE 投稿日: 200**/5/12(水) 17:49:22 ID:0hTzQ9DM0
そこで再び流れを加速させる俺の登場ですよ


475 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:49:53 ID:7P77ISco0
>>474工作員キタ―――――!!


476 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:08 ID:kalV78ae0
>>474
工作員キタ――――――――!!


477 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:23 ID:hiaeUFnnn
>>474
おおー、逆工作員氏乙です
何か目新しい情報はありますか


478 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:32 ID:dr8g1sfg0
>>474
みんなアンタを待ってたんだぜ!


479 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
工作神キタ―――――!!


480 名前:SPU逆工作員◇Hw75daE 投稿日: 200**/5/12(水) 17:51:02 ID:0hTzQ9DM0
ついさっきまで自警隊の対パンドラたん対策会議に出てた。
あとパンドラたんがスレで命名した名前を使ってくれたっていう未確認情報だけど、間違いなくガチ。
会議で使った戦闘記録映像で確認してきた。
パンドラたん名乗るとき照れすぎ、真っ赤だったwwwwww萌えwwwwwwwwwwwww


481 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
工作神キタ―――――!!


482 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
>>480
ちょ、mjd!?


483 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
無論その動画は確保してきたんだろうな?


484 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
確定キタ―――――!!


485 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
ていうか対策会議ってなによ?
スキッド対策でデブリーフィングとかなら分かるけど


486 名前:りりかる名無しさん 投稿日: 20**/5/12(水) 17:50:43 ID:54ShiktS7
確定キタ―――――!!


487 名前:SPU逆工作員◇Hw75daE 投稿日: 200**/5/12(水) 17:51:02 ID:0hTzQ9DM0
>>483
すまん、俺下っ端だから資料持ち出しの権限ないんだわ。
というかあったとしても持ち出すときに記録つけるから速攻で身元ばれる。

>>485
治安委員会はパンドラたんと協同歩調とらないっぽい。
学調投入するかもしれんってうちのボスが言ってた。


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≪フロンティア諸島 トラックス島飛行場≫

 ルクレツィアは見知らぬ人の膝の上で目を覚ました。
 最初は驚いたが、よく見たら知っている人だったので安心して、安心した後で恐縮した。
 真っ黒い綺麗な髪に同じ色の瞳。一目見てアジア人と分かるその少女は西院祭子と言うらしい。今日から自分の保護者になってくれるとかで、切れ長の目が怖そうだとか勝手に思っていたけど、膝枕が心地よかったのでいい人なのかもしれない、とルクレツィアは思った。
 でも、本当にいい人かどうかは分からない。
 ルクレツィアには特殊な才能がある。
 ルクレツィア以外にも同じような才能を持つ人間はいるそうだが、彼女のそれは他の誰と比べても圧倒的に強く花開いていた。だからルクレツィアの両親は殺されてしまって、彼女の身柄は国家の管轄するところになったのだ。
 そんなルクレツィアを手懐けようとして、表面上優しく接してこようとする人間は少なからずいた。そうした人たちの多くは女性で、手をつないできたり、一緒にお風呂に入ろうと言ってきたり、一緒に寝ようとしてきたりしたものだ。
 しかしそういう一見優しげな人たちも、ルクレツィアの目の届かない(と、彼女たちが勝手に思っていた)ところではルクレツィアと繋いだ手を石鹸で何度も綺麗に洗い、一緒にお風呂に入ったはずなのにまたシャワーを浴びて、同じベッドで使った寝巻きはそのままゴミ箱に放り込んでいた。
 そして口汚くルクレツィアのことを罵っていた。
 人間は綺麗好きな生き物だ。
 綺麗好き過ぎて、昔の人たちと比べると免疫力が弱くなってしまい、生物としては確実に弱体化しているという話を聞いたときは少し笑ってしまった。その一方で、生物的な強さを切り捨ててまで清潔でいたいという欲求の強さは笑い事では済まない。
 理由は簡潔、ルクレツィアは自分が汚いと思われていることを知っていた。
 自分は人間じゃないから汚いんだ、ということをルクレツィアは知っていたのだ。

『――化け物!』

 今までルクレツィアの面倒を見ていてくれた人たちみんなが、内心でルクレツィアのことをそう呼んでいた。
 その「今までルクレツィア面倒を見ていてくれた人たち」という表現は、額面どおり、言葉どおりの意味で、その中にはルクレツィアの死んでしまった両親――殺されてしまった両親も含まれている。
 自分を生んで、自分を育ててくれた人たちが自分のことを化け物と呼んだという事実は、ルクレツィアの自身に対する定義づけを明確にした。
 自分は化け物で、つまり人間ではない。
 だから人が人にするような優しさで誰かが自分に接してきても、それを勘違いして真に受けてはいけない。
 自分は汚い化け物で、つまり綺麗な人間ではないのだから。


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 ルクレツィアを起こすという決断を実行に移すのに、祭子はそれなりに時間を掛けた。
 よくよく考えてみると確かに自分がこのルクレツィアと同じ年代の頃、年上のハウスメイトに面倒を見てもらっていた覚えはあるのだが、自分が年下の子の面倒を見た記憶がなかったのだ。
 何事もそうだが、初めての行為というのは緊張を伴う。その緊張の中で、ならば自分がそうされたように起こしてあげればいいのではないか、というありきたりな結論に行き当たった祭子だったが、その結論を行動に移すという選択肢は即刻で破棄した。
 蘇る嫌な記憶。
 祭子の身柄がUNASに移されたのは彼女が8歳の頃のことだった。
 当時の彼女の面倒を見てくれていたのは苗場皐月という十歳年上の少女で、孤児育ちのせいなのか、はたまた生来の気質がそうなのか、豪放磊落を絵に描いたような人格の持ち主だった。そして皐月の祭子に対する面倒の見方も、正しくその性格が強く反映されたいっそ野放図ともでも評すべき面倒の見方であったのだ。
 寝ていれば呼吸を止められ、風呂に入れられれば呼吸を止められ、喧嘩をしても呼吸を止められる。息の根を止められずに済んだのが不思議なほどだった。
 懐かしくも思い出したくない記憶――あのときの自分は「もし将来自分が誰か小さな子の面倒を見ることになったら、そのときは絶対に私と同じような思いはさせないようにしよう」とそう誓ったはずではなかったか。
 なので祭子は嫌な思い出に蓋をして、ルクレツィアを優しく起こした。方法は肩を揺するというオーソドックスなものだったが、それでも祭子はなにぶん初めてのことだったので、やはり少し緊張したのだった。
 目を覚ましたルクレツィアが最初に口にした一言が「おはよう」でも「ありがとう」でもなく、「ごめんなさいすみません」だったのが少しだけ胸に痛かった。
 添乗員を呼んで起きたルクレツィアにグラスで水を与え、座席のベルトを締めさせた。窮屈なのが苦手なのか、しきりに身をよじるようにしている。そんな彼女に添乗員も少し困った顔をしたが、祭子が無言のままルクレツィアの手を握ってやると、少女はしばし祭子の顔を見て、それから恥じ入ったように顔を伏せた。
 ちょうどタイミングよく機長からアナウンスが入る。
「間もなく着陸します。席をお立になられないようお願いいたします」
 隣の席のルクレツィアは少し緊張した様子で背筋を伸ばしていた。
「リラックスするといい。機長はプロだ。落ちはしない」
 言ったところで理屈がどうだろうと初めてというのは緊張する。そのことをつい先刻身をもって体験したばかりの祭子だから、自分の言葉にどれだけ説得力があるのか我ながら未知数だと思っていた。
 ルクレツィアが小さく「は、はい」と返事をするのとほぼ同時、機が少しだけ揺れた。ランディングギアが設置したのだろう。スピードが落ちていくのを感じる。
 やがて機は完全に停止する。機長からも再度のアナウンスが入り、操縦席へ続く扉から添乗員が再び顔を出した。
 手荷物を座席の下から出し終えたあたりで、キャビンの油圧式の搭乗ハッチがゴグンと音を立てて開く。
「長らくのご搭乗、ありがとうございました」
 添乗員の声と笑顔。この添乗員も元々はUNASの出身だと言う。笑顔には笑顔で応え、祭子はルクレツィアの手を引いた。
「さあ行こうか。今日からこの島が、君の住む家になる」
「家に?」
「ただいまと言って帰ることが出来る場所のことだ。私も一度それを失い、ここでまた手に入れた」
 ハッチの前に立つと、心地の良い潮風が肌を撫でて、その風の柔らかさに祭子は目を細める。
 海に沈む太陽。夕焼け色の空、たなびく雲。
 地上には亜熱帯の植物が緑の葉を茂らせているのが遠目に見える。翻って足元の滑走路は塗り固められたコンクリート、早くあの緑に触れたいと思う。
 8歳まで暮らしていた東京にはコンクリートしかなかった。今ではこの海の匂い、そして空と地上と海が描き出すグラデーション、これら迎えてくれないと「帰ってきた」という気分になれない。
 ちらりと隣、やや下に視線を向けると、自分の胸くらいまでしか背丈のない銀髪の女の子が目を丸くしてあたりの風景に見入っていた。
 きっと今まで彼女がいたアラスカの研究所とは全く違う風景なのだろう。その見開いた瞳に金色の空が、茜色の太陽の眩しさが、全てが宝石のように美しく映っていたらいいと思う。瞳から入り込むその美しさで、この娘の歪な心が満たされて欲しい。
 柄にもなく、そう願った。


/


 滑走路上に立つ二人の男女の目の前で、UNAS特別機のハッチが開いていく。
 UNAS治安委員会委員長、黄礼清はそれを無表情に見つめていた。気に食わない相手を出迎えなければならないという自分の立場が気に食わない。そんな心情は微塵も表に出ていなかったが、代わりに他のどんな心情もその顔には表れていなかった。
 ちらりと隣に立つ女性を見やる。
 女性の名はヒルデガルト・フラウツェフェン。年は礼清の一つ下で22歳。UNAS学政執行部会会長の片腕的存在にして、自身もUNAS学政執行部会の副会長という重責を担う人物だ。いつもニコニコと笑顔を浮かべている女性で、執行部の内外を問わず人望が高い。
 やがてハッチが開ききり、迎える相手、執行部会会長である西院祭子が姿を現した――ただし、見知らぬ銀髪の少女を伴って。
 予期せぬ同行者に、礼清の細い目が更に細められる。
 が、そんな同行者に頓着した様子もなくヒルデガルト――ヒルダが一歩前に出て祭子を笑顔で迎えた。
「お帰りなさい、会長。国連本部はどうでした?」
「相変わらず子供相手だと思って馬鹿にしてくれた。ヒルダ、留守中問題はなかったか?」
「一回スキッドの襲撃がありましたね。報告はリアルタイムで行ってたと思いますけど」
「それ以外には?」
「特に何も。UNASは普段どおりの平常運転ですよ」
 ならば結構、と祭子は礼清に視線を向ける。視線に答えて礼清も一歩出た。内心では渋々ながら。
「対外折衝ご苦労だったな、西院」
 我ながら尊大な口調だなとは自覚している。
 今年UNAS大学部の院生になった礼清は昨年、学政執行部会会長になる最後のチャンスを祭子に奪われた。それを理由に祭子を恨んだりしているわけではない。かといってへりくだるつもりも迎合するつもりもない。
 為政者としての能力的には自分と祭子は五分五分だと分析している。それでも選挙に負けたのは、自分が嫌われ者の学調出身で、彼女の経歴が真っ白だったからだろう。
 そういった能力とは無縁のところで評価を下されるのは悔しい。しかし能力的に自分と祭子が五分五分なら、結局はどっちが会長をやっても一般学生には違いはないのだ。
 自分がやろうと思っていることなら祭子もやるだろう。そして自分がやらないことなら祭子もやらないだろう。気に食わない相手ではあるがその程度には信頼している。
 礼清の尊大な態度に祭子はフン、と尊大に鼻を鳴らした。
『兄さんが会長を嫌うのは、きっと同属嫌悪よね』
 妹の言葉が思い出された。断じて違う。一言で否定してやったが、妹は笑っただけだった。
「買って出た苦労だ。問題ない。それより黄、お前が私を出迎えるとはどういう風の吹き回しだ?」
「報告だ。事後報告で済ませてしまおうかとも思ったが、そればっかりだと要らん因縁をつけて予算を削ろうとする馬鹿女がいるのでな」
「なるほど、馬鹿女の機嫌をいちいち伺わなくてはならないとは治安委員長閣下に置かれましてはご苦労なお立場であらせられることだな。お察しする」
 ご所望なら同情もしてやろう、と露骨な態度にも氷点下の無表情で切り返す。礼清にコメカミが盛大に引きつった。
 相変わらずの氷柱女め、と内心で罵る。この口の悪さと回転の速さ、これについてだけは一歩譲っていると思う。
「察してくれるならある程度こちらの自由権限での活動を認めてもらいたいものだ」
「治安委員会は国家で言えば軍だ。そして現代国家のスタンダードは文民統制。軍の暴走を許しては碌なことにならん」
「暴走などするつもりはない。UNAS全体を円滑に、効率的に統制するのに不必要な過程があれば省かれるべきだろう」
「それがお前の理屈で、支える大儀か? 儀があれば暴走ではないとでも思っているのであれば私はお前の評価を改めなくてはならない。大儀を標榜した暴走が起こした悲劇については私とお前、お互いの母国の歴史が証明しているはずだが」
 ぎくりとする。
「……全くその通りだ」
 嘆息する礼清。今のやり取りは自分が踏み込みすぎたと礼清は分かっていた。自分が祭子の立場でも同じことを言われたら同じことを言うだろう。きっと、もっと痛烈に。
「非礼を詫びよう」
 口ぶりは相変わらず尊大で頭を下げもしない。だがこれが礼清の謝罪だ。
 祭子も気にした素振りはない。
 祭子が会長になって一年、礼清との付き合いも一年になる。一年あればお互いがどんな人間かはある程度分かってくる。
「構わん。それより報告があるなら聞こう」
「それは構わないが」
 ちらりと礼清は少女――祭子と手を繋いだままでその背に隠れるようにしている――に視線をやる。
「子供には聞かせづらい話か?」
「そうでもない。しかしこの娘は誰だ? 初めて見る顔だが」
 礼清は治安委員会の長で、元々は学内の情報全般に精通する学調の出身である。だからといって流石に学内の全員の顔を覚えているわけではないが、しかし少女の特徴的な銀髪と幼いながらに端正な顔立ち、一度でも目にしていれば記憶に残っているだろう。
「実は私も気になってました」
 言うが早いがヒルダはルクレツィアの正面に座り込んで視線を合わせていた。
「私、ヒルデガルト・フラウツェフェンって言うの。呼びにくいからみんなヒルダって呼ぶわ。あなたのお名前は?」
 問われた少女は若干の逡巡のあと、ちらりと祭子を伺った。祭子は無表情なままで頷く。
「……ルクレツィア・セーラン、です」
 そう答えるまでの僅かな間。
 その間に行われた祭子との視線のやり取りに、ヒルダと礼清は異なる感慨を抱いた。
 ヒルダは単純に、祭子に懐いているみたいね、と。
 一方で礼清には、その視線のやり取りがルクレツィアから祭子へのご機嫌伺いに見えた。
 この人とお話してもいいですか? 名前を名乗ることを許してもらえますか?
 ルクレツィアの視線には媚も卑屈さもなかったのに、礼清はそう感じてしまった。理屈ではない直感的なものでそのようなことを思ってしまい、胸の中に嫌なものが溜まる。
(西院が無表情に応じたからそう見えただけか?)
 祭子に視線を転じれば、彼女は無表情な中に微量な不機嫌さを滲ませていた。
 ならば先ほどのやり取りはやはり――胸に溜まった嫌なものがとぐろを巻いたような気分だった。
(西院が手を引いて国連所有の特別機から降りてくる……それだけの事情のある子ということか)
 礼清も一歩前に出てヒルダの隣に膝をつく。
「セーラン、だったな。これをやろう」
 手提げ鞄から100年近い伝統を誇るスティック状のチョコ菓子を差し出す。ルクレツィアのみならず、祭子とヒルダまできょとんとした。それくらい礼清の動きは唐突だった。
「日本も日本人も嫌いだが日本製のこの菓子は好きだ。食べたことはあるか?」
 ふるふると首を振る。銀髪も揺れる。
「初めて見ます」
「そうか、美味いぞ。なによりこの暑さの中でもチョコが溶けていないのが素晴らしい」
 ルクレツィアは再びちらりと祭子に視線をやった。今度は祭子も微かな笑顔を浮かべて頷く。
 おずおずと手を伸ばし、チョコ菓子を取った。不思議そうにそれを見つめ、ややあってぱくりと食べる。
「美味しい……」
「そうだろう。よければ箱ごとくれてやる」
「え……」
 また祭子を見た。祭子も頷く。
「あの、ありがとうございます、えっと、あの――」
「黄礼清だ。黄が苗字、礼清が名前。好きに呼べ」
「あ……ありがとうございます、黄さん」
 ぺこりと頭を下げ、ふにゃりと笑った。
 年の頃こそ似たようなものだが、顔立ちも髪の色も全然違う。
 なのにその笑顔は礼清に妹のことを思い出させた。清華も昔はこんな風に笑った。


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