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■[今日の歴史] 韓中連合軍、1次双城堡戦闘

1931年に日本が満洲事変を起こし、翌年3月に傀儡国である満洲国を先に立たせて破竹の勢いで満洲全域を侵略してゆくと、韓中間の連合戦線の動きも早くなった。

1931年12月に韓国独立軍総司令官の李青天(イ・チョンチョン)が吉林省自衛軍と連合軍の結成で合意したことは、重要な成果だった。連合軍の攻撃目標は双城堡だ。韓国独立軍は1931年11月に結成され、主に中国東北地方で対日抗争を展開した独立軍部隊であり、吉林省自衛軍は吉林省を中心に反満・抗日を行なった中国人部隊だった。

1932年9月19日、韓中連合軍は3つの方向から攻撃を開始した。韓国独立軍は自衛軍傘下の考鳳林(コ・ボンニム)部隊とともに西門側を担当した。2時間にわたる総攻勢の結果、満洲軍は1000人余りが死傷し2000人余りが投降した。独立軍と考鳳林軍の死傷者はそれぞれ30〜40人に過ぎなかったから、大勝利だった。その後、双城堡は
彼我間で奪い奪われる混戦を繰り返えし、結局航空機まで動員した日本軍の手に落ちてしまった。

▽ソース:忠青トゥデイ(韓国語)
http://www.cctoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=290232