パーソナル・スペース(personal-space):人が持っていると考えられる空間
 暗黙の緩衝帯としてのパーソナル・スペース:他人が近くにいると、その人の存在が気になり、なんとをく落ち着かないことがある。相手がかなり遠くにいるときや、まだ向こうが自分の存在に気づいていないとわかっているときには、その人のことほほとんど気にならない。ところが、その人がすぐ近くまでやって来たり、知人であることがわかったりすると、とたんに気持が動揺し始める。そんな経験はないだろうか。近くにいる他人が気になるのは、自分自身の占有空間のなかに他人が侵入しているからだと考えることができる。一人ひとりが持っていると考えられるこの空間が、これから述べるパーソナル・スペース(個人空間)と呼ばれるものである。多くの人はパーソナル・スペースを暗黙の緩衝帯として利用することによって、他人との生活をできるだけ円滑にしようと心がけていると思われる。

1.先駆者ロバート・ソマーの研究から 『環境心理学』(春風社:槙究著)から
✚1:ソマーは、精神病院で患者の近くに座ると、9分以内に3分の1がその場を立ち去ってしまうという実験結果などから、人は他者に侵されたくない空間、つまりパーソナル・スペースを身にまとつているという考えを提唱した。以下、学生の体験や感想などを聞いて講義を進めていこう。
✚2:ソマーは、図書館で勉強している学生のすぐ隣に実験協力者を座らせることで、どの程度の学生が席を移動するかという観察実験を行っている。その結果、誰も座らないときには13%しか席を立たなかったのに対し、実験条件では50%の学生が十分以内に席を立った。
これはパーソナル・スペースに侵入されたことに対する不快感を軽減しようとしたためと考えられる。
ところで、満員電車やエレベーターなどでは、パーソナル・スペース内に他者が入ってくる不快感はあるものの、仕方のない状態として認識されることから、まったく耐えられないというほどではない場合が多いようです。しかしそうした状況でも、視線を外す、体を斜めにするなどの方法で、互いの不快感を軽減しょうとしていることが確認できる。そのようなサインを送らない人物は、少なくともエチケットを知らない者と認識されることが多いですね。

✚3:ソマーは、向かいあわせのソファーを用意し、2人で会話するよう被験者に依頼した。そして、ソファーのあいだの距離を徐々に伸ばし、どの地点で対面形式から同じソファーに並んで座る形式に変化するかを観察するという巧妙な手法で、会話に適さなくなる対人距離を求めた(図3参照)。
➔1対1のコミュニケーションにおいては、1メートル程度の距離が分岐点となることがわかった。
このように、距離はコミュニケーションとも密接に関連していることがわかる。
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2.渋谷昌三が『人と人との快適距離』であげているパーソナル・スペースの研究例
A:図Ⅰ-1は、トイレにやって来た男性が、どの場所を好んで利用するかを調べたものである。この実態調査によると、出入り口から最も遠い5の場所が一番好まれ、洗面台の近くの1が最も嫌われていることがわかる。
パーソナル・スペースは見ることのできない空間領域であり、このためそれを確認する方法はいろいろを角度から工夫されています。図Ⅰ-1はトイレにやって来た男性が、どの場所を好んで利用するかを調べたもので、この実態調査によると、出入り口から最も遠い5の場所が一番好まれ、洗面台の近くの1が最も嫌われていることがわかります。あとは2、3、4の順に好まれている。一番奥の5が好まれるのは、他人に邪魔されにくく、プライバシーが守りやすい場所だからであろう。
 ところで、2と3がその次に好まれたのは、5の利用者からも、洗面台の利用者からも離れているためであろうと考えられています。なお、4があまり好まれなかったのは、最も使用頻度が高い、つまり、使っている可能性が大きい5の利用者と隣り合わせになる可能性が高かったためだと思われます。
 アメリカで行なわれた類似の調査でも、一番奥の場所が最も好まれていた。男子トイレで、自分の空間が最も確保しやすい隅を好むという男性の性癖は、古今東西を問わず、かなり一致した傾向だといえそうです。こうした研究からも、パーソナル・スペースの存在が示唆されていると思われる。
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B:Aの調査から、男子トイレを使う男性の行動がわかったが、実態調査だけでは、なぜこうした行動がみられるのかはっきりしない。このような行動を説明するために、ミドルミストたちはフィールド実験を行った。
➔これは3つの場面(一人だけの場面、一人分離れた便器を利用した場面、隣り合わせの場面)における、排尿が始まるまで時間と排尿の所用時間を調べたもので、結果は図Ⅰ-2のグラフに示されています。
≪実験場所に選ばれたのは、3つの便器のある男子トイレで、観察者はトイレの仕切りのなかに隠れ、特殊な潜望鏡で、利用者がジッパーを開けてから小便が流れ始めるまでの時間と排尿の所要時間を、ストップウオッチで計測した。なお、連れ小便の相手(一緒に排尿する他人)は実験のためのさくらだった。
実験の対象にされているとは知らない利用者の行動が観察された。実験の条件は3つあった。第一は、一人だけでトイレを利用する条件。これは統制群であり、他の実験条件の結果と比較するための条件であった。他の2つの条件は、便器のうちの一つに掃除用具を入れたり、「故障中」の札を下げたりして使えなくしたものである。第二の条件は、一方の端を「使用禁止」にしてしまい、他人と隣り合わせの便器を利用しなくてはならない場面だった。第三の条件は、真ん中の便器を「使用禁止」にしてしまい、他人から一つ離れた隣の便器を利用しなくてはならない場面だった。≫ 
☛実験結果(図Ⅰ-2)から、一人だけの場面と、一人分離れた便器を利用した場面との間にはほとんど差がない。ところが、隣り合わせの場面では、他の場面より、排尿が始まるまで時間がかかり、排尿そのものに要した時間は短くなっていることがわかる。
☛すぐ隣に他人がいるときの排尿行動が特異な結果を示したのは、排尿する人のパーソナル・スペースに他人が侵入していたからだと解釈された。一方、一人分離れた便器の利用者は他人とパーソナル・スペースが重複しないので、一人だけで利用する場合と排尿行動が似ていたと考えられる。

 以上の研究からすれば、男子トイレに入ったとき、すでに他の利用者がいたら、できるだけ離れた場所を選ぶのが暗黙のルールになっているといえる。このルールを守らない人がいると、地の利用者は不快になるだろう。もっと離れた場所が東エいているのに、すぐ隣を利用する人は変質者と間違われるかもしれない。ここでは、未使用の便器が暗黙の緩衝帯の働きをしていると考えることができる。
 なお、大きなターミナル駅の男子トイレでは、便器のまえにしばしば長い行列ができるわけで、左右後方に他人がいる状況では、パーソナル・スペースはほとんど確保できません。こうした混雑のなかでは小便が出なくなってしまうと訴える男性もいるわけで、排尿できたとしても、清々しい解放感を味わうのはむずかしいでしょうね。こうした小さな不満足感の積み重ねが、人々のイライラを生み出す背景となっている可能性があるわけですね。
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2.パーソナルスペースの3つの側面(ロバート・ギフォード)
(1)個人の、持ち運び可能ななわばりである
テリトリー(なわばり)はその中への進入がコントロールされている場所のこと。そこへは、進入を許される人と許されない人が存在する。
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➔パーソナルスペースがテリトリーと異なる点は、持ち運びが可能であるという点である。
立っていようが座っていようが、人は常にパーソナルスペースによって取り囲まれている点に特徴があります。
パーソナル・スペースは人の体を直接に取り巻く、目で見ることのできない空間領域である。パーソナル・スペースは人がいつも持ち運んでいるところから、ポータブル・テリトリー、すなわち、携帯用のなわばりと呼ぶことができる。一般に、自分のパーソナル・スペースが保証されているときは快適であり、逆に、この空間に他人が侵入すると不快になる、と考えることができる。
 個人のテリトリーへの許可なしの侵入については、偶然の場合(前をよく見ていない人があなたにぶつかってくる場合など)と故意の場合(強盗に襲われる場合など)の両方がある。なお、認められる侵入の場合もあり得る(お母さんがあなたの肩を抱くなど)。

<参考>日本人の知り合いの程度と対人距離の関係 
 下図は『環境認知の発達心理学』
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【谷の研究から】投影法的な手法による研究例
A:環境庁と長野県が自然公園の収容力調査をした結果によると、尾瀬沼の湿原のなかの小道を歩くハイカーが、他のハイカーに近づかれても「気分がこわれない」距離は、平均120メートルであった。
B:渋谷(1985)は「自分の体を中心にして、その周囲にどのくらいの空間を持っていると感じますか」と質問し、その大きさを距離の目盛りが書いてある用紙に記入してもらうという調査を行った(大学生が対象)。➔その結果、①男性が描いた空間は女性より2.5~3倍大きかった(前方の距離は男性が約18メートル、女性が約7メートルだった)。場図Ⅰ-3参照②男女ともに、体の前方は左右や後方より約2倍大きな空間を描いた。
つまり、人が自分の空間だと感じている空間は円形ではなく、左右より前方に広い空間であることがわかる。また、女性より男性のほうがより広い空間を必要としていることが示された。
AとBの結果の相違について渋谷は「都市に住む人達は、本来、人間が必要とする空間を自らの手で縮小させているのだろうか。自らの空間を縮小させることで、密集して住む他人との関係を調整しているのだろうか。だから郊外に頻繁に出かけることで本来の自分の空間を取り戻そうとするのだろうか」と述べている。 
尾瀬沼の調査で得られた平均120メートルは、パーソナル・スペースの前方の距離に相当すると考えられる。一方、渋谷の調査では、前方の距離について、男性が約18メートル、女性が約7メートルであった。その差はきわめて大きい。この違いはどう解釈すべきか。都市に住む人たちは、本来、人間が必要とする空間を自らの手で縮小させているのだろうか。自らの空間を縮小させることで、密集して住む他人との関係を調整しているのだろうか。だから郊外に頻繁に出かけることで、本来の自分の空間を取り戻そうとするのだろうか。尾瀬沼の調査と私の調査を直接比較することはできないが、人が必要とする空間は、その人自身の欲求や状況によって変化するらしいことが考えられる。休日の混雑を覚悟で旅行やハイキングに出かけたり、昼休みや休日に近くの公園まで散歩に出かけたりするのは、自らの空間を取り戻し、心の回復を模索する行為だといえそうである。

(2)間のとり方に構造がある
 ある種の鳥や動物は、その種に特有の個体間距離を保つことが以前より知られている(図参照)。このことは生物学的な意味を持っており、その距離によって餌集めや繁殖といった基本的な行為がうまく調節されている。特定の時期におけるある種、たとえば繁殖期のアシカでは、パーソナルスペースはほとんどゼロに等しい。一方、ツンドラに住むオオカミなどでは、パーソナルスペースは非常に大きいものである。
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(3)意思伝達の手段である
 パーソナルスペースは意思を発信する手段の1つになっている。
 パーソナルスペースの先駆的研究者であるエドワード・ホールが示したように、ある2人の人の間の対人距離は互いにとって、また周囲の人にとって、その2人の関係を非常によく示すものである。
 例えば、腕を組んで散策しているカップルを見たことがあると思いますが、我々の文化では、そこから読み取れるメッセージは、この2人はまちがいなく恋人同士だということです。
以上の、パーソナルスペースに関する3つの概念、すなわち、なわばり、間のとり方の構造、意思伝達の手段は互いに補完的である。

3.エドワード・ホールの対人距離に関する8つの分類
 エドワード・ホールは、「人間の空間利用の問題についての観察と学説のため」に、プロクセミックスという用語を使っている。これは近接学と邦訳されることがある。彼は、人間の行動は言語と空間行動という二つの文化に影響されていると考えている。彼はアメリカ北東沿岸生れの人々の観察と面接を繰り返した結果、日常生活のなかで使われている距離帯は、大きく分けて4種類あることを見いだした。さらに、それぞれの距離帯が近接相と遠方相とに分けられるとしている。この距離帯の提唱は、社会生活のなかでの多様な人間関係を考える手がかりを与えてくれるはずである。8つの距離分類は、それぞれが近接相と遠方相からなる4つの距離分類により構成される。※ホールの対人距離は密接距離・個体距離・社会距離・公衆距離と訳されてきたが、ここでは表現を変えている。

☛ホールは、動物には敵がそれ以上接近したら逃げ出す距離、仲間と保つ距離など、四つの距離帯があるというヘディガーの考えを参考に、人間にも4つの距離帯があるという説を提唱した。

【へディガーが考案した4つの距離】(参考) 
 逃走距離と臨界距離:異なる種の個体が出会った際に用いられる。敵がそれ以上近づくと逃げ出のが逃走距離、追いつめられて攻撃に転じるのが臨界距離である。
 個体距離と社会距離:同じ種の個体が出会ったときに用いられる。同種の個体同士が取るのが個距離、交流できる範囲が社会距離。

①親密距離(密接距離):親密でなければ維持できない密接距離
 近接相(0~15cm)は最も短い距離であり、慰める、守る、求愛する、格闘する、その他の接触を伴う行為のための距離である。
 この距離では、言葉をかわすことよりもむしろ、視線を合わせたり、体に触ったり、匂いをかいだり、体温を感じたりすることのほうが重要なコミュニケーションになっている。例えば、恋人同士や夫婦は、無言で見つめ合ったり、抱き合ったり、手をつないだりしてお互いの愛を確かめ合うわけですね。
また、悲しんだり、落胆したりしている人を黙って抱きしめて慰めたり、あるいほ、手を握って激励したりすることもあります。さらに、危険を場所では子どもの手を握ったり、子どもを危害から守るために抱きしめたりすることもあるでしょう。
 なお、この距髄において行動している人は、ある厳格に定められた規則に従って行動しているか(例えば、レスリング)、または相手に反対する強い感情を表している場合もある(例えば、激高して審判に猛抗議している野球監督)。
 ( )内に示したのは、北米の成人に対する面接調査と観察調査の結出米からホールが導き出した値である。これは文化、民族などによって変化するといわれる。ホールは、相手に息がかかるような距離でコミュニケーションを取ることが日常的なアラブ人に近寄られると、アメリカ人はどうしても一歩引いて距離を取るのだが、アラブ人はそれを恥ずかしさの表現と受けとるという文化のちがいを記述している。

 遠方相(15~45 cm)は、非常に近しい間柄の人々によって使われる。この距離における典型的な行為はささやきかけである。一般に、この距離で行動している人々は非常に仲のよい友人同士である。遠方相(15~45cm)では、頭、足、腰などが簡単に触れ合うことはないが、手で相手の体に触ることはできる。この距離では、互いの顔が近すぎることから生じる知覚的な歪みが、生理的な不快感をもたらすことがあるとされる。親しい人同士はこの距離を使うが、声のレベルは低く、ささやくように話す場合が多い。例えば、親しい人とのひそひそ話はこの距離で行なわれるが、ダンスの時には特別親しくない人に対してもこの距離を使う。しかし、混雑した電車のなかで他人とこのような距離になると、不快感が強くなる。もっともこうした状況では、人は他人から顔をそむけたり、腕組みをしたりして、疎遠な関係であることをアピールするであろう。

②私的距離(個体距離):プライベートな話題が交換される。表情をよく読みとることができる。
 近接相(45~75cm)は、どちらか一方の人が自分の手や足を使って、相手の体に触れたり、抱いたり、つかまえたりすることのできる距離の限界である。この距離になると、相手の表情を正しく見分けることができるようになる。幸せなカップルやよき友人同士はこの距離で会話をするだろう。
 この距離になると、相手の表情を正しく見分けることができるようになる。例えば、妻が夫のこの距離に入るのは普通だが、他の女性がこの距離まで近づくと周囲の人に違和感を与える。つまり、きわめて親しい人同士だけが使うことのできる距離だといえる。約50センチメートルの距離で熱心に説得すると効果的だといわれているが、この距離は相手を掌中にとらえてしまう距離だといえるかもしれない。

 遠方相(75~120cm)は、遠方相は両方が手をのばせば指先を触れ合わすことのできる距離であり、体によって相手を支配する限界の距離である。友人同士や知人同士の会話のために使われる。
 この距離では相手の表情をかなり細かいところまで見分けることができる。つまり表情などを通して相手の気持の変化がよくわかるので、個人的な関心事を話し合ったり、私的な交渉などの際によく利用される。

③社交的距離(社会距離):仕事上の用件や社会的な集まりで使われる距離。
 この距離域では、触覚や嗅覚情報は用いることができなるため、視覚・聴覚情報が優勢となる。
 知らない人同士の会話や仕事上のやりとりが行われることが多い。
 近接相(1.2~2m)は、相手の体に触れることも、相手の顔の微妙な変化を見ることもできない距離である。 個人的な用件のときには使えないが、仕事をするときの仲間との間ではよく使われる。
 例えば、パーティなどの社交上の集まりや、秘書や応接係が客と応対するときによく使われる距離である。なお、この距離に立って相手を見下ろすと威圧感があるとされている。この距離で話をすると、形式的なコミュニケーションであるとの意味合いが強くなる。その他、ルームメートに母親を紹介されるような場面や、ステレオを買うような場面で選択されるような距離である。

 遠方相(2~3.5m)では、顔の細部は見えないが、相手の姿全体が見やすくなる。もう少し正式な仕事上のやりとりで用いられる距離である。2つの組織の代表者による会合場面が最もぴったりくる。
 この距離では特に友好的な感じも.いや友好的にしようとする感じさえもほとんどない。
 この距離は、仕事上の話し合いなど、形式ばった場合の人間関係でしばしば利用されている。
 声は大きくなり、ドアが開いていれば隣の部屋からも聞き取れるようになる。また、この距離では、他人を気にしないで自分の仕事に集中することができる。例えば、お偉方のオフィスにある大きな机は、この距離を確保するのに役立つと考えられている。つまり訪問者を遠方に足止めしたまま、自分の仕事が続けられるというわけである。一般に、お互いに約3メートル離れていると、別々の仕事ができるし、好きなときに話し合うことができるとされている。

④公共的距離(公衆距離):講演・講義などの公的な場で用いられる距離。
 人が利用する最も遠い距離である。この距離域は2人の人が会話をする場合よりも、話し手と複数の聴衆という関係で使われる。

 近接相(3.5~7m)では、相手の様子がわからなくなり、個人的な関係が成立しにくくなる。30人~40人のグループに対して話をするときの、話し手と聞き手の平均的な距離はこの距離域に入ると思われる。なお、この距離では無意識な逃走反応が起こりやすくなるといわれている。例えば、会議に参加したりしたとき、途中で抜け出したいと考えている人は、出入り口に近い後方の席に座ることが多い。この距離では自分の行動が目につきにくく、演者などとの個人的な関係が希薄に感じられるので、その場から逃げやすくなるというわけですね。

 遠方相(7m以上)は、普通の声で話すときの言葉の細かいニュアンスが伝わりにくくなり、表情や細かい動きがわからなくなる。つまり、個人的なやり取りがきわめて困難となる。
 もしあなたが国家元首(天皇陛下とか)に正式に紹介されるとしたら、あなたはこのくらいの距離でいったん近づくのをやめるでしょう。この距離では普通に会話をすることは容易ではないので、あなた方2人の間でコミュニケーションが行われるならば、その重要人物はもっと近づくように手招きするに違いないという距離ですね。
この距離では、言葉は明瞭に発音されるが硬直したものとなり、身振りや姿勢などを通したコミュニケーションが中心となる。なお、この距離は講演会や大学の大教室での講義などの場面でしばしば見られる。
 なお、大物政治家や著名人をどの公的な重要人物の周りには、約10m以上の距離が保たれることが多いとされている。例えば、ジョン・F・ケネディのアメリカ大統領への指名が確実になった日を境にして、周囲の人たちは彼に30フィート(約9.1m)以上近づくことができなくなったとの逸話がある。

 以上のようなホールの距離帯は、彼自身が強調しているように、文化に強く影響されていると考えられる。従って、日本人がこれらと全く同じ距離帯を持っているとはいい切れないが、実際には、私たちも類似の距離帯を持っていると考えられる。
 相手に応じて、あるいは、場面に合わせて、これらの距離帯を適切に使い分けることがより快適な社会生活を保証するのだと思われる。例えば、人づきあいが下手な人、あるいは相手に違和感を与えるような振る舞いをする人のなかには、こうした距離帯の使い分けが上手でなかったり、適切でなかったりする人がいるのではなかろうか。
 とくに異文化の人と接するときには、相手の距離帯についての理解と配慮が必要だといえそうである。
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【パーソナル・スペースの測定法】
 携帯用なわばりと称されるパーソナル・スペースは、どのくらいの大きさの空間で、どんな形をしているのだろうか。パーソナル・スペースは、実測による測定法と投影法的な手法による測定法の2万向から、その大きさが調べられている。
A:実測による測定法
①遠慮がちな観察によるもの:歩道の二人連れを写真に撮って距離を測定するというのがその一例。人の行動を写真に撮ったり、ビデオに記録したり、直接観察して記録したりする方法は、ありのままの人の行動を調べるのに適しているといえる。

②侵入実験:他人にどこまで接近できるか、あるいは、他人に接近されたとき、どのような行動をとるかを調べる方法。先に紹介した男子トイレの実験がこの一例である。
➔例えば、歩道に立っている人(実験のためのさくら)の横を、通行人が通りすぎるときの行動を調べるという研究がある。その結果、通行人がより遠い場所を通過するのは、①男性が歩道に立っているとき、②一人より二人で立っているとき、③より魅力的な女性が立っているときであることがわかった。つまり、こうした条件の違いによって、パーソナル・スペースのとり方が異なっていることが示唆されたのである。

③接近および被接近実験:接近実験では、目標者に向かってまっすぐ歩いて行き、「それ以上近づきたくない」とか「不快を感じる」位置で立ち止まる。立ち止まった位置をパーソナル・スペースの境界と考え、目標者の体を中心にして各方向から同様の実験を繰り返す。一方、被接近実験は、他人に近づかれた人が「それ以上近づいてほしくない」とか「不快を感じる」位置を見つけ出し、それをパーソナル・スペースの境界とする方法である。

B:投影法的な手法による測定
①切り抜きの人物像や人形を使う方法。
渋谷は、小学生を対象にして、子ども(本人)と親、先生、友達(対象人物)の切り抜き像を使った研究を試みている。例えば、「お母さんと話している場面を考えて、自分の絵とお母さんの絵を紙に貼りつけてください」と指示し、同性と異性のともだちに対するパーソナル・スペースの大きさが違うことや、小学校五、六年生の女児は、父親に対するパーソナル・スペースの使い方が、母親や先生、ともだちとは違っているということなどを明らかにしている(渋谷の研究)。
②紙と鉛筆による方法。例えば、回答用紙に人物像を措き、その体の中心から各方向に目盛りのついた直線を引いておく。回答者はこの目盛りと方向を手がかりに、パーソナル・スペースの大きさと形を決めていく。