『環境認知の発達心理学』(新曜社)
1.図形・文字要素の弁別能力の発達
 幼児は、平気で絵本をさかさまにして読んだり、覚えたての文字を「鏡文字」で書いたりする。これは幼児では成人のように空間の方向、つまり上下、左右、前後の座標軸が確立されていないからであるが、それをあまり意識していない時期でもある。
✚☛ギブソンら(1962)は、同じと思う図形を選ばせる「マッチング課題」を用いて、文字の特徴を構成している要素パターン(「示差的特徴」例えば、pとbの違いは180度回転、Cと0は分離と閉合の違いで弁別される)について幼児の弁別を研究した。
このような研究によって、「鏡文字」や「鏡図形」 のような混同、似た文字や図形の書き誤りを知ることができる。
 表4・1は、ギブソンらが作成した図形で、これを4歳から8歳の子どもで調べた結果は、次のようなものであった。左右反転しているのが鏡図形。
 a:閉合と分離の混同は、もっとも幼い子どもでもまれである。
 b:斜線と非斜線との混同は、最年長児にもしばしば生じた。
 c:5歳児は曲線から直線への変化(例えばUからⅤへ)及びその逆、
 あるいは回転(例えばMからWへ)を弁別する能力は4歳児よりはっきり優れている。
 個人差は大きいにもかかわらず、それぞれの年齢独自の知覚様式が発見された。

2.幼児の書く「鏡文字」
①3歳ごろになると、幼児は文字に興味をもちはじめ、4、5歳になるころには「り」「く」「つ」のような輪郭のはっきりした文字を書くようになる。その際によく観察されるのは、このような文字の「鏡文字」が普通の文字に混じって書かれることである。
➔このような現象について田中は、鏡文字になる文字にはいくつかの特徴があり、斜めの線のある文字(さ、イ)、曲線のある文字(る、て)、対称軸のある文字(く、ヨ)などは、一般に鏡文字になりやすいという。このような現象は文字以外にも観察され、たとえば左右対称軸のある図形(「鏡図形」)においても生じる(例えば、直角三角形)。
鏡文字とは普通と反対の方向へ書かれ、個々の文字も反転(左右反転)している書体である。
②鏡文字の発生は加齢とともに減少し就学するころには消失するが、発達的な特徴がみられる。
➔例えば、普通の文字や図形を時計回りの方向でいろいろな角度に回転させたものや、それらの鏡文字や鏡図形の中から、正しい文字や図形にもっともよく似ているものを選択させて正答の割合を調べると、5歳に圧倒的に多い鏡文字が年齢とともに急速に減少し、これに対応して45度しか傾いていない回転文字を選択する傾向が急増する。8歳になると、鏡文字の選択率は10%以下に下がる(図4・3)。
③鏡文字が書かれたり、違いが区別されないなどの混同が起こりやすいものには、ある程度の法則性があり、図形・漠字・カタカナ・ひらがな・数字の順になる。
幼児にとって馴染みのない抽象的な漢字や図形は、カナや数字より、やはり認識がむずかしい。
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3.読みの達成年齢
 文字が読めることは、「書記言語」の基本で、上に述べたような弁別能力は文字言語学習の基礎条件になる。
➔わが国の場合、4歳児と5歳児のその年の11月時点での調査によれば、大部分の幼児は文字を学習し始め、ひらがな71文字(清音・撥音(はねる音「ん」)・濁音・半濁音など)を4歳児の14%、5歳児の36%が、それぞれ全部正しく読むことができる(図4-4、村田1981)。
 清音:伝統的に清音はいろは47文字が表す音であるが、現代の日本語では、日本語音の仮名表記の基本となる五十音と呼ばれる44個の音節である。濁音 (だくおん) :日本語の音節のうち濁点(゛)をつけた仮名で表されるものをいう。現代の表記では半濁音は対応する清音に半濁点(゜)を付して書かれる。
※大都市の子どもだけを調べた結果では、これが5歳児では80%、4歳児でも50%を超えるという報告がある(村田1981)。 日本以外の多くの国の幼児も、入学するころには自国語の文字の弁別ができ、「示差的特徴」の理解をしており、基本的な文字の学習を終えている。
➔台湾・インド・アメリカなどのお互いにかなり違った言語をもつ国々の幼児の文字習得水準を調べた研究(「就学以前に文字についての学習が非公式に生じていれば、他国語の文字よりも自国語の文字の方が、よく弁別できる」という考えを確かめるために行われた)。
⇒その結果は、どの国の幼児も同じ傾向がみられた。4歳児では自国語をも含めてどの言語の文字も、同じように弁別が難しかった。これに対して5歳児は自国語の文字の弁別力が最高であった。
例えば、アメリカの5歳児は中国語やインド語の文字の弁別は十分ではなかったが、ローマ字アルファベットは弁別できた。
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4.空間認知における他者の視点の獲得
 ピアジェは、2歳から7歳の時期を「前操作期」と名づけ、この段階では物の判断が一面からのみとらえられていて(「中心化」)、他者の視点がもてない「自己中心性」が特徴であると主張した。
幼児のこのような認知の特徴を空間課題で調べた実験で有名なのが、いわゆるピアジェらの「三つ山間題」である。
➔この時期の子どもに、三つの山が箱庭のように配置された模型を見せ、この模型を自分以外の他者の視点から見たら、どのように見えるかを理解できるようになるまでの発達的変化を調べた。
 その結果、4歳以下の問題の意味を理解できない「段階I」から、他者の視点の理解が形成される「段階ⅢB」まで、5段階があると指摘している。ピアジェらの研究が端緒となり、その後いろいろな研究が生まれた。彼らの用いた材料が子どもにとって必ずしも最善ではなく、山の代わりに池や牛・馬、家のような刺激を用いた方が、正当率が高くなるという報告もある。
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5.幼児の空間の「切り取りピアジェは幼児における3次元空間の認知の特徴は、見えのとらえ方が「自己中心的」であることだと主張したが、最近ではこの間題は、「視点取得」という別の観点から研究者の関心を呼んでいる。
 鈴木(1996)は幼稚園の年長組(5歳~6歳)の幼児を対象にして、テーブル上の物体の位置関係を認知するときの「切り取り」方(自己の視点からの空間の見えのとらえ方)が、物体に対する幼児の身体の向きを変えた場合に、どのように再構成されるか(身体反転効果)を調べている。
✱✱テーブル上の物体の並べ方(布置)とそれに対する幼児の身体の向きが変化したときと、変化しないときの幼児の反応パターンは、次の4種類であった。
 a.トレイ反応:テーブル上の物体の位置関係をそのままにして、それをトレイに載せて運ぶ感じの空間の切り取り方をする反応。左右・遠近ともに自己視点との関係を保持して再構成する反応である.布置全体をトレイにのせ、手に持って身体の回転に合わせて移動させ、背後のテーブル上に並べたような再生のしかたなのでこのように名づけた.大人にこの課題をさせると、ほとんどがこの並べ方をする.
 b.ミラー反応:身体の方向を反転しても、テーブル上の物体の奥行き関係は元のままで、物体の左右の位置関係が左右逆になる反応。遠近関係については自己との関係を保持し左右関係は逆転させる再構成である.子どもに多いだろうと当初予想した鏡映像の反応パターンである。
 c.プレースマット反応:子ども自身の身体の方向反転にもかかわらず、テーブル上の物体の布置はそのままで、テーブルごと移動する形の反応。左右・遠近次元とも周囲との関係を保持して再構成する反応である.布置全体をプレースマット(ランチマット)にのせ、背後のテーブルにそのまま引きずっていったような再生のしかたなのでこのように名づけた。
 d.トレイ反応:子どもが自分の身体の向きを変えないで、物体の元の位置関係を再現するときに得られた反応。

【結果】
 身体の向きを変えないグループの幼児は、21人中19人が3試行すべてにdのトレイ反応をした。他方、身体の向きを変えたグループの幼児は、21名中16名が同じ試行を3回繰り返して一貫して同じ反応をし、そのうちの10名がミラー反応、5名がトレイ反応、1名がプレースマット反応を3回繰り返した。図と説明は『子どもの視点から見た空間的世界』(東京大学出版会)
 この結果からみると、幼児はトレイ反応もしたが、ミラー反応をもっとも多く示したことになる。身体の向きを反転させることによって左右のエラーを行っているのであるが、鈴木によれば、幼児の様子からすると、左右の混乱があってそのようなミラー反応をするわけではなく、幼児は確信をもってそのような物体の位置関係を再現しているように見えるという。
➔幼児の空間認知の仕方は自己中心的なものではあるが、周囲の実際の空間と関連づけた幼児なりの空間の「切り取り方」をする結果、ミラー反応やトレイ反応をしているとみられる。
【考察】この実験の焦点は、左右と遠近からなるテーブル布置において、身体反転効果が得られるかどうかを調べることであった。上の結果をまとめると、身体を180度回転させて再構成した群では、向きを変えずに再構成した群と比べてトレイ反応が少なく、それ以外の反応のほとんどがミラーであった。ミラー反応は遠近次元は自己視点との関係が保持されているが左右は逆転しており、エマーソンのいう対称的誤答と同様の反応パタンである。
 従って、身体反転効果が再現されたと言ってよいだろう。同じ向き再構成群では図2-4の(d)が非常に多かったことからわかるように、身体移動そのものによって位置記憶が妨害されることはほとんどない。従って反対向き再構成群でミラーが多い原困は、単なる記憶の混乱によるのではない。
反対向き再構成群の子どもたちの半数以上が3試行すべてにミラ一反応をしたこと、オリジナル布置と照合させたときにミラーを訂正する子どもがいなかったことから推察されるように、子どもはいわば納得ずくで左右を逆転させている。さきに議論したように、子どもは左右のサイドにある対象を、はじめから布置の外側の実在空間と関係づけて再構成していると考えられる。
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【男女の空間能力の差は、遊びの種類の相違が影響していることを示唆する鈴木(1985)の研究】
 現代に近づくにつれて、人々は男らしい、女らしいとは昔ほどは言わなくなった。そして、女の子も男の子と同じようにアクティブに遊ぶ機会も増えた。ここ50年ほどで男女の空間能力の差が小さくなったことは、空間能力の差がこのような男女の文化的生活の違いに由来しているものである可能性を示している。男女差は最初からあるわけではなく、早いものでも8歳ごろから現れはじめる。だから、それ以前の経験、つまり幼児期の遊びが男女の空間能力の根底にはあるのではないかという観点から検討を行なっている人がいる。  
 鈴木(1985)が実施した課題では、目の前のテーブルにいくつかのものが置かれ、子どもたちには、その配置を覚えた後横を向き、配置の通り、それを再現することが求められた。その結果、男女の間の興味深い違いが発見された。
➔男児は自分の体とは無関係に「置かれている通りに」配置する傾向が強かった。
➔女児は自分の体に対して「さっき見た通りに」配置する傾向が強かった。
 これは女児が自分を中心に周囲の空間を把捉する傾向が強いのに対して、男児が自分とは無関係に周囲の空間を把捉する傾向が強いことを示している。
☛鈴木は幼稚園の先生との討論から、それが男女の遊び方の違いに由来するのではないかと見ている。女児はおままごとのように、自分の手のうちにあるものを操作して遊ぶことが多いのに対して、男児は、ウルトラマンごっこのように、環境の中を自分が移動する遊びが今でも多い。こうした行為と空間との関係が、空間をどう把握するかに影響しているという。
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6.幼児の自宅間取りの認知
 自分の家の間取りをどのように認知しているかを調べた研究
 この間題は、4歳以下の幼児には難しい課題であることが予想でき、主として5歳、6歳の幼稚園児39名を対象にした。個別面接により、B4サイズの更紙に幼児の自宅内にどんな部屋があるかを、玄関を出発点にして自由に描かせた(加藤・古田2002)。
【結 果】
1.幼児の描画行動の特徴をみると、「ここ」「こっち」のような言語表出をしながら、各部屋を線的(直線・曲線を問わず)に描く傾向がある。各部屋についての言語表現は幼児特有のもので「パパのパソコンのある部屋」「ねるところ」「オモチャのある部屋」「おねえ(おにい、おばあ)ちゃんの部屋」という表現をしながら描いていく。ただ、「台所」「ふろ」「トイレ」「駐車場」「ベランダ」などは、成人と同じ言語表現をした。
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2.各部屋の描かれるタイプを分類してみると、以下のようなタイプがある。
①点在型(S型):各部屋の隣接関係が明確な形をもたずに、ばらまかれているように描かれている。各部屋の位置・方向が合っているものもあれば、合っていないものもある。
②統合型(Ⅰ型):各部屋の位置・方向がほぼ一致しており、全体として室内の構造的関係も合っている。
③通路型(W型):各部屋への通路のみが線で描かれていて、部屋の位置は点で示されるか、言語表現でのみ示される。
④連鎖型(C型):各部屋の関係が単線的であり、直線的・曲線的にかかわらず、連鎖的につながって描かれている。

3.全体の59%がS型、28%がⅠ型で、大部分がこの2つのタイプのいずれかに入るとみられる。
 Ⅰ型の割合は30%そこそこであるから、やはりこの年齢段階では、室内の空間的構造に関しては、まだ成人にみられるような認知構造をもっていないといえる(表4・3)。 

4.部屋内の認知をみると、各部屋の構造配置関係には無頓着であるが、それぞれの部屋の内部にどのような物があるかは、幼児特有の見方でよく理解していることがわかる。
➡図4・6は、このような例の典型で、各部屋にある物体がかなり詳しく2次元的に描かれている。

 (補足1)子供は大人よりも世界が広く見える
子供は大人よりも世界が広く見えるが、これは広さや長さの認識が、身長の高さや空間についてのイメージを描く能力などの発達的要因と、深いかかわりをもっているからである。
➔戸沼(1978)らは、小学校の廊下の天井の高さや体育館の広さなどについての主観的評価は、低学年の児童ほど実際よりも高く見積ったり、広いと感じたりする傾向のあることを見出している(図3)。
少年時代を過ごした田舎の道のりや、よく遊んだ広場などが、大人になって久し振りに訪れてみると、その道のりの短さや広場の狭さに驚くという経験は、大人の誰もが感じたことのある印象ではないかと思う。これは、広さや長さの認識が、身長の高さや空間についてのイメージを描く能力などの発達的要因と、深いかかわりをもっているからである。このように我々の空間に対する印象は、それぞれの発達段階における、独白な寸法感覚によって測られているのである。『空間のエコロジー』(新曜社)
 子どもの認知地図の発達(『環境心理学』サイエンス社)
 シムヤキン(1962)は子どもの認知地図はルートマップ型からサーベイマップ型へと発達していくと仮定している。ルートマップ型とは「ある領域を移動する際のルートを心的に跡付ける事で構成される表象」であり,サーベイマップ型とは「空間的対象の相互作用についての一般的配列,あるいは図式の表象」である。ハートとムーア(1973)はピアジェの認知能力の発達段階に対応する,空間参照系の発達モデルを提唱している。このモデルによれば子どもの空間参照系の発達は次のような段階をたどるとされる。
1.自己中心的参照系:ピアジェの「感覚運動期」に村応する段階で,空間内の事象を位置づけるシステムとして自分白身の身体を参照系にする。身体の方向や向きが変化するとこの参照系は空間認知に役立たなくなる。
2.固定的参照系:ピアジェの「前操作期」に対応する段階で,環境内の固定された要素であるランドマークを手がかりに,自分自身の位置や方位を定位する参照系を用いる。ランドマークを中心とした部分的な空間を断片的に認知し,全体をまとまりとして統合することができないルートマップ型の認知地図を持つ。
3.抽象的参照系:ピアジェの「具体的操作期」に相当する段階。座標系を割り当てる事で空間を全体的,包括的に認知できる参照系を用いて,サーベイマップ型の認知地図を構成することが可能になる。また,状況に応じて複数の参照系を状況に応じて使い分けたり,同時に使用したりすることができるようになる。
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 (補足2)田舎の子供には駅は近い
 距離が近いとか遠いとかの印象は、日常よく感じているところであるが、このような印象は一体何に依存しているのであろうか。歩いて行くとか、自動車で行くとかの交通手段の違い、あるいは日常歩き慣れている道であるかどうかの過去の経験などが関係していると思われるが、具体的な研究はあまり行われているわけではない。相馬(1967)らは、100mぐらいまでの距離判断は、よく知っている場所であれば、かなり実測値と一致し、個人差も少ないと予想している。この距離が500mをこえると、判断はあいまいとなり、この場合には、日常歩き慣れているかどうかという歩行の経験よりも、道路標識とか地図などによる知識のあるなしに、左右されるとみられている。
 図1には、小学校2、4、6年の各児童が、白宅から駅までを近いと思うか遠いと思うかを判断した結果が示されている。彼らの通学している実際の距離は、近いところでは250m、遠いところでは2500mであったが、図2をみると、東京の児童の場合は、駅から300m以内の児童は、駅をより近いところにあると感じ、500mをこすと、駅は遠いところにあると評価している。
 他方、竹居(1976)らの調査によれば、東京都内の小学高学年と福井市内の小学高学年を比較したところ、前者では300mから500mの問が、遠くも近くもない距離搭として感じられているが、後者では、それが約700mから900mに相当し、その間に400mぐらいの差があった。この違いは、両都市における児童の体力差のためなのか、あるいは交通事情の悪さによる歩行時間の長さによるものであるかなどほ、明らかでない(戸沼、1978)。『空間のエコロジー』(新曜社)
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(補足)身体反転効果≪エマーソンの実験≫図と説明は『子どもの視点から見た空間的世界』(東京大学出版会)
 エマーソンは子どもが身体の向きを変えると空間記憶にどのような影響を被るかを調べるために、次のような実験を行なった(被験者は3~5歳児である)。
✚7行6列に釘が打たれた2つの画架を図のような色々な位置関係で床に立てた。画架はそれぞれ実験者と被験著の「家」に見立てられた。子ども達への教示は、「私の輪を私の家のここに掛けます。あなたは自分の家に私の家とちょうど同じになるように輪を掛けてください」というものである。
✚実験者が自分の「家」に輪をひとつ掛けるごとに、被験者はその位置を自分の「家」である画架の上に再生するよう求められた。自分が見たとおりに、つまり左右上下の座標系での位置が正確に再現されれば正解とされた。画架のさまざまな配置(図1-11)の中でもっとも成績がよかったのは、(a)~(c)のように、2つの画架の向きが同じで、子どもが身体の向きを変える必要のない場合であり、もっとも成績が悪かったのは、画架の向きが180°異なっていて子どもが正反対を向いて再生しなければならない(f)と(g)であった。
(f)では2つの画架の輪を掛ける面が向き合っており、子どもはその間で身体を180°回転させる。(g)では2つの画架が背中合わせに置かれており、子どもは裏側にまわり込んで再生する。平均正答数を示すと、満点が20で(r)では3・7、(g)ではわずか1・8であった。
➔3~5歳の間の発達的変化を見ると、(f)と(g)以外では年齢が上がるにつれて正答数が多くなるが、(f)と(g)は成績が低いままほとんど変化していない・
➔(f)と(g)で多かった誤答には一定の傾向があった。例えば、左上の隅に掛けられた輪を、自分の「家」の右上の隅に掛けてしまうというように、呈示位置と再生位置の左右関係が逆転するものであった(図1-12)。画架の面に関してちょうど対称になるので、エマーソンはこれを「対称的誤答」と呼んだ(鈴木は身体反転効果と呼んでいる)。
➤➤誤答全体に占める対称的誤答の割合は、(f)と(g)が最も高くて4割以上にのぼった。
画架に打ってある釘は横の1列に6本もあるので、正確に左右対称になっていないものも含めると、このような誤答はもっと多いだろうと思われる。
☛対称的誤答についてエマーソンは、この誤答は釘の位置を画架の外側にある空間的手がかりと結びつけて記憶してしまうために生じると説明している。
⇒例えば、画架の左端の列にある釘を「窓側」と記憶し、身体の向きを変えた後でもうひとつの画架の「窓側」の釘に輪をかければ、左右がそっくり逆転した反応(対称的誤答)となる。
答をつくる際に布置の周辺情報を利用する傾向は、3つ山間題の自己中心的誤答についての最近の解釈と合致している。
☛自己視点固執説の主張と異なり、目の前の空間を自己視点とだけ関係づけることは、子どもにとって必ずしも自明ではない。
子ども独特のこのような空間理解に関して、さらに一歩踏み込んで考えてみよう。
①子どもが課題にのぞむとき、空間そのものに対する基本的なアプローチがそもそも大人とは違うと考えられないか。言いかえれば、一定の空間関係を再生する際に、単に自己視点と結びつけるか、それとも周辺情報を利用するかといったことではなく、その前提となる、再構成へ向けての基本的な方針が大人と異なる可能性を考慮する必要がある。そのような基本的前提ないし方針のことを、再構成原理と呼ぶことにする。対称的誤答の背後にある再構成原理を、課題に即して考えてみよう。子どもは、オリジナルの布置内の輪の位置を、身体の向きを変えながらモニターし続け、再生用の画架上へできるだけ直接対応させようとする。すなわち図1-11の(f)では鏡に映っているような関係で、(g)では背中合わせにくっつくような位置に再生する。このように実在空間の中で呈示面と再生面の位置を同時に考慮し、両者の布置を直接対応させようとすることが、対称的誤答のもとになる再構成原理である。身体の回転によってオリジナルの布置要素が視野からはずれ、実際の位置がモニターしにくくなれは、周辺にある目印との関係づけがおこる。
②大人が左右を保持して再生する場合の再構成原理はどのようなものだろうか。その場合は、布置をひとまとまりの空間イメージとして頭の中に取り込み、それを再生面上に再現する。空間イメージをつくる際に用いる空間的枠組みが自己視点からの見え(パースペクティブ)である。子どもが実在空間の中で直接的な対応づけをしようとするのに対し、大人は空間イメージを介した間接的なアプローチをとるのである。
③再構成原理が異なるということは、単に答が違うというだけでなく、その答に対する根拠づけのしかたも異なることを意味する。対称的誤答は、大人の再構成原理に照らせば「左右が逆」になっていて誤答だということになるが、子どもからすれば、オリジナルとの直接対応という形でその正しさを「証明」することができるのである。
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