ハマヤ式

Dope journal from Tokyo

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あっ!という間に、ほどではないけれど、すでに2020年も5月になりました。

2020年は教科書にがっつり載るであろう新型コロナウイルスが世界中を襲い、緊急事態宣言なんていう一生に一度あるかないかの自体になっている状態ですが、僕は元気です!

2,3日前まで胃腸炎らしき腹痛で死んでたけど回復しました。

自粛自粛でつまらない4月5月で、GWなんか毎日昼から飲んじゃって、おそらくそのせいで体を壊しちゃったという情けないありさまです。

キャンプも飲みも行けないし、娯楽が絶たれちゃって、昨日なんかオンボロ車を定期的に動かす目的で23時くらいからレインボーブリッジを見に行こうと車を出したら結果的に何かと話題の晴海フラッグについちゃってまだ未完成だからゴーストタウンみたいになってて逆にきれいでした。

写真は港区役所の帰りに寄った増上寺。

人がいません。

これから日本はどうなるんでしょうか。

大きな転換点にいるのはきっと間違いない。

不安はあるけどワクワクもある。

とにかく未来のことを考えても今回のような誰にも予想できないことが起きるのだから目の前のことをコツコツやるだけか、と思う。

近くにいる人、仲間に思いを馳せて、できることをするまでかなと。

ひとりで生けていけるけどそれじゃあつまんない。

というわけで明日は小中学校の同級生のエステに行って金落としてきます。

顔だけで120分やる、というからそんなにやったら顔なくなっちゃうよと言ったら全然うけなかった。

もっとうけるようになりたい。

やれやれ。

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2020年一発目です、こんばんは、予定は未定のハマヤ式、健在です。

2019年は平和に過ぎ行き、毎月キャンプにせっせせっせと行ってました。

春に行った恒例の札幌激安旅行では、花粉症で鼻が死んでカニも寿司もスープカレーもジンギスカンも全て味がしなかったけど楽しかった。

夏前にはタイのサメット島に行ってタイの容赦ない本気の夏を食らってやられたけど、海はきれいだったし、海外の程よい緊張感と日本人がいないというリラックス感が合わさって最高だった。

お盆には地元に帰って高校時代からの連れと飯綱のログハウスでBBQをして、母親と魚の焼き方でケンカした。

おれはまだ母親とこんなくだらないことでケンカできるのかと愕然とした。

秋には初めて伊勢神宮に行って清められてきた。

車で行ったから大変だったけど、あの空気感は死ぬまでに一度行ったほうがいいと思ったし、江戸時代の庶民が憧れていたのも納得だった。

冬には2年ぶりに秋田の能代に帰った。

自宅でレストランをやっている友達と初めて乳頭温泉に行ったら新品の服に硫黄の匂いが付いて洗濯しても取れなかった。

温泉までの道中に豪雪地帯の峠を越えようとしたら車が何度もスリップしてガードレールに突っ込みかけて死んだと思った。

それ以外はとにかく飲んだ。

こう振り返ると遊びは充実しているようだ。

仕事はどうか。

なんにも代わり映えしない内容だった。

むしろ営業を卒業して契約担当になって年収が少し減ったから後退とも言える。

20代から去年くらいまでは仕事にほとんどの力を割いていた。

はっきり言って仕事にやりがいも未来も感じていない。

楽しくないわけではないし、人間関係がうまくいってないわけでもない。

同じ仕事の繰り返しに飽きているんだと思う。

けれど必要とされている仕事でもある。

全力で走ってきた分、力が抜けているのだろう、とも思うがそもそも全力で走ってきたのかも怪しい。

怠けてるだけなのかもしれない。

とはいえ、30も半ばになって毎月キャンプに行って色んな所に旅行できるようになったのは楽しいは楽しい。

けどこれも飽きるだろう。

というわけで次のステージに行かなければならない気がする。

まずは今まで避けてきたり、断ってきたものを全て受けてみることにした。

今年の抱負は「受」

理不尽なことでもなんでも一旦飲み込んで受けてみよう。

それが今年のテーマである。

きっと今までにないハプニングやイベントが起きるだろう。

楽しみだ。

飼い猫のハチが血尿を出して病院に連れて行ったら膀胱炎だった。

原因はストレスが濃厚らしい

ストレスで血尿って・・・

人間と一緒やん

何がストレスだったのか

毎日ニャンニャンと猫語を話す飼い主がうざかったのか

それともチュールを一ミリ単位であげて、一袋食べきるのに20分位かけさせるセコさが気に食わなかったのか

謎は深まるばかりである

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あけましておめでとうございます!

本年も宜しくお願い致します!

今年の書き初めは「光」です!

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光り輝く年にしたい!

年明け地元に帰って2日連続昼から朝まで飲んだら1週間位体調が悪いままというバッドスタートの新年ですが今はちょっと二日酔いあるだけで元気です!

さすがにラーメン屋→カラオケ→ラーメン屋のサンドイッチは死にました。

ラーメン食べてないし。

人間は、人生に意味を求める必要はない。人生から問い掛けられ、こたえていくのが人生

というヴィクトール・フランクルの言葉を胸に、肩肘張らずにやっていこうかと

またなんかあったら更新します!

飼い猫が便秘で2日まるまる排便しないので抱きかかえて下っ腹をマッサージしたら意外と嫌がらなかったけれどマッサージを始めて10秒くらいたったときに小さな声でニャーと鳴いた。

嫌なのかなと思い床に置いたらブッと屁をこいた。

猫とはいえ女子の屁の音を聞くのは久しぶりで高校時代の夏休みの夜に公園で男女6人で缶チューハイを飲んでいた時を思い出した。

その時女子の一人が唐突にプゥと屁をこいたのだけれど男はそれには触れられずにどうしたものかと一瞬無音の世界に突入したがすぐさま屁こき女の横にいた女二人がうけるwとかなんとかいって笑いだしたのを聞いた屁こき女はちょっとなに?なに笑ってんの意味わかんないと往年の大女優でも演じきれないようなしらばっくれを堂々と決め込んだのを見て女は図太いと感心したものだ。

んなことはどうでもいいからはやく図太いうんこをして安心させておくれと猫を抱きかかえてまた下っ腹をさすった。

ニャー

去年今年と「物より思い出」をテーマにちょいちょい旅行に行ってきた。

去年はサイパンと沖縄本島、今年3月に宮古島、今週は札幌に1泊2日のグルメ旅行に行った。

キャンプも去年の秋から合計4回行った。

そんな傍から見たら充実していると思われそうな生活を叩き壊しかねない事態が起きていて困惑している。

会社でうける健康診断で便潜血があったのだった。

来週、2Lの下剤を飲み、腸内を空っぽにした後、けつに触手のようなカメラをねじ込まれるやいなや、こそこそと撮影され、極めて個人的な腸内という肉のひだを眼前に突きつけられてまざまざと暴かれるのだ。ゲイになったらどうしよう。

けど宿便がとれるから3〜5キロ痩せるんだって。

ラッキー☆

新居の天井を飼い猫がずっと凝視し続けて怖くなり、ネットで調べたら猫は非常に耳が良く、人には聞こえない物音に耳を澄ませていることがある、と書かれていたので一瞬安心したが住んでいるのが10階建ての10階だからさらに怖くなってしばらく新居になれそうにないどうしよう。

新居が全然慣れないどうしよう。

また半年以上時間が空いてしまいました、いまだ健在ハマヤ式です、こんばんは。

ひょんなことから最近マンションを買った。
築5年の入谷駅が最寄りのごく普通のマンションである。
43平米の1LDKでバリバリの35年ローン。
6月前半に引渡し予定で引っ越し準備を始めたところだ。
浅草に引っ越してから3年が経ったが、今回の引っ越しで4回目である。
3年で4回の引っ越しは、趣味が引っ越しの僕でもさすがに多すぎる。

振り返ってみると、

長野県長野市 で生まれ
秋田県能代市 0歳〜15歳
長野県長野市 15歳〜18歳
埼玉県所沢市の小手指 18〜19歳
アメリカのウエストバージニア州ウィーリング 19歳から半年
ロサンゼルスのハリウッドのハズレのコリアタウン 19歳〜20歳
ノースハリウッドのちょい北のバーバンク 20歳〜22歳
イーストロサンゼルスのローズミッド 22歳〜23歳
ニューヨークのブルックリン 23歳から半年
横浜の桜木町 23歳の2ヶ月間
狛江市の和泉多摩川 24歳の半年
さいたま新都心のとなりの与野 24歳の半年
北区赤羽 25歳〜26歳
杉並区高井戸 27歳〜29歳
渋谷区笹塚 29歳〜31歳
台東区浅草の松が谷 31歳〜32歳
松が谷◆33歳の半年(ここで離婚笑)
台東区千束 33歳〜35歳
台東区入谷 35歳〜(いまここ)

来月の引っ越しで19回目になる。
改めて数えてみるとなかなか変態的な数だ。
1.84年に一回引っ越している計算になる。
昔、誕生日図鑑なる本に一生転々と住処を変え定住しない人生になると書いてあったが、転々とし過ぎである。
引っ越しは面倒だし、お金がかかるし、体力も使うが新しい土地に移り、新しい部屋で、新しい家具の配置で生活を始めるのは、時間を掛けて作った生活の基盤を瞬時にぶっ壊すカタルシスがあって、自虐的にも感じるが実際はわくわくして興奮する。これはきっとずっとやめられない。

浅草近辺をここ3年ほどうろうろしているがまだまだ飽きそうにない。
自分の人生がどうなっていくのか俯瞰で見ると楽しみだ。

バリバリ働いてローンを返そう。
働くおじさんはみんなえらい。


前回猫を飼う流れを妄想のように書いたが、実は本当に猫を飼っている。

オチがなかったので、妄想風に書いてしまった。
嘘をついてすみません。


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前回書いたのはすべて事実で、名前はハチ。
もう3ヶ月になる。

子猫の頃のあどけなさはなくなりつつあり、どんどん生意気になり活発になっている。
家の和室の障子は半分以上破られ、壁にかけているキャップは下に落とされて噛みつかれぼろぼろになっているし、噛み癖がひどくて両手が血だらけになることもあるがまあかわいい。

かわいいってだけでいろいろなものを帳消しにする、というシンプルな正義に今更ながら気がついた。

ハチがまだ小さいから早く帰宅するようになった。
早く帰ってもやることがなくて早く寝るようになり、睡眠時間が増えた。
そんな日々が続き、ある時アマゾンプライムの戦闘車という番組を見ていたらある車が出てきた。

プラスドライバーの岩橋という芸人が乗ってきたカスタムされたホンダのクロスロードという車だ。


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初めて見た車だ。
調べてみると2007年〜2010年までしか作られておらず、モデルチェンジもない。
つまり売れなかった不人気車だ。
ネットでノーマルの写真を見ると確かにダサいし、特別なウリもこの車にはない。
発売当初から批評家から売れない理由しかないと書かれている失敗作だ。
リコールされている過去さえある。
だが僕にとってはかっこよかった。
心が揺さぶられるくらいだ。
もともと車に興味がある方ではなく、もちろん詳しくもない。
東京で車なんか必要ないし、車が必要な時はレンタカーの方が安くて効率的だと常々思っている。
理性が強く僕を制限している。


2週間が経った。

クロスロードを買うことにした。

理性で決めつけるのではなく、欲望に寄り添うことにした。
東京で車を持つという経験を買うことにしたのだ。
乗り潰すつもりで12万キロオーバーのを総額60万円ほどで購入し、11月末に納車する。
買うと決めて、1週間で購入し、近所の駐車場を探し、保険を選んだ。
ネット上で決済が行われるため、現金を目にすること無く、モニターで見る数字だけの預金残高がどんどん減っていく不安感がある一方、車が手に入ったらどこ行こうかと妄想してわくわくもしている。このままでは散財する快感に酔いしれてしまいそうで、とりあえずはパタパタとお金に羽が生えて飛んで行くイメージだけは持っておくことにした。大金がごそっとなくなるのは恐怖なのだ。


どこに行こうと考えているうちに、せっかく4駆のクロスロードを購入したのだから山にキャンプに行こうと思った。
焚き火を囲んで酒を飲み、星空を見上げてこの世を憂うのだ。
なんて楽しそうなのだろうか。
何人かで行ってもいいし、ソロでしっとりやるのもいい。
よしキャンプ道具を買おうとネットで口コミや評判を見ながらポチポチキャンプ道具を買っていく。
するとすぐさま気づいたキャンプ道具って高い。
一番の出費であるテントに到達する前に大台の10万円を超えた。
最初にいいものを買っておけば長く使えるなどと自分で自分をそそのかしてポチポチしていたが、よく考えたら車がなければキャンプにはいけないのだ。
キャンプ道具を長く使うということは車をずっと保有しなければならないのだということに気がつくのが遅すぎた。

車を買い、キャンプ道具を買い、キャンプに行くことによってきっとキャンプにはまり、さらに良いキャンプ道具が欲しくなり、またお金が飛んで行くのだろう。

とりあえず12月は3回キャンプに行ってきます。

特にオチはありません。

やれやれ。



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猫を飼い始めた。


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数年前から猫を飼いたい願望があったが、最近やっと飼える環境になったので知り合いに猫をくれる人がいたら紹介してほしいと言いまくっていた。

ペットショップで買うのも、譲渡会などで保護猫をもらうのも何か違うと思っていた。

猫がうちに来るまでの流れに物語性を感じたかった。

周りに猫を飼いたい話をし始めてから半年が過ぎた。

先日、会社の後輩とともに御徒町のペットショップに行った。

その後輩はしょっちゅうそのペットショップに行っていて、フレンチブルドッグが入ったら連絡してほしいと店員に伝えていたところ連絡が来たので見に行ってくると言うから一緒についていった。

後輩は総額50万円する小さく高級なフレンチブルドッグを見るなり気に入って翌日購入した。

後日、そのフレンチブルドッグを見に後輩の家に遊びに行った。

それから一週間後、後輩が会社で大声で僕の名前を叫んだ。

猫をもらってほしいっていう人がいます!と興奮気味に言ってきた。

その人は後輩が行っていたガールズバーの娘だった。

ふたりで遊んだことはないがたまにラインをする仲で、そもそも後輩は猫を探している人がいるというのをその娘には伝えていなかったのに、急に誰か猫をもらってくれと連絡が来たようだった。

まず、写真を見せてくれと後輩に頼み見せてもらった。

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すぐ楽天とアマゾンで猫グッズを買い漁り、1週間後竹ノ塚までレンタカーで猫を迎えに行った。

おそらく生後1ヶ月ほどで、竹ノ塚の神社で3匹の兄弟と共に拾われたようだ。

他の2匹は拾われた当日に貰い手が見つかった。

キャリーバッグに猫を入れてすぐ動物病院で診てもらったところ、ノミとダニだらけだが元気な雌だと言われ安心した。

ガールズバーの娘からはたぶん雄だと聞いていたので、雌でしたとその娘に伝えると、実は雌なら欲しいという人がいたがたぶん雄だと思うと言ったらじゃあいいですと断られたんですわたしの勘違いがなければその人にもらわれてましたねと言う。

こういうストーリーが欲しかった。

こういう縁のある猫が欲しかったのだ。

神社で拾われたというのもいいし、顔も客観的に見て美人だ。

フレンチブルドッグを見に行った時から流れが来ていたのだ。

体毛の模様がハチワレという種類らしく、それを知った瞬間に名前はハチにしようとすぐ決まった。

そんな猫をもらってきて5日になる。










という妄想を日中ずっとしていたことは内緒だよ。

先月4年ぶりに海外に行ってきた。

サイパン島3泊4日。

最高の旅行だった。

その時一緒に行った彼女とはもう別れたが、最高の旅行だった。

彼女とは別れたが、気候も、自然も、ホテルも、飯も、最高だった。

マニャガハ島というサイパン島からほど近いリゾートアイランドにも行った。

普通はフェリーや漁船で向かうところを、バナナボートに乗って行った。

今はもう別れた彼女とバナナボートに30分間乗って行った。

バナナボートに30分乗り続けるのはつらかった。

サイパン島からマニャガハ島まで猛スピードで、一直線に最短距離でバナナボートに乗っていくのは、実際現地に行ったことのある人ならわかるはずだがありえないことだ。

バナナボートで行くには遠すぎるのだ。

そもそもバナナボートは長時間乗るものじゃないし、カーブして振り落とされて楽しむものだ。

バナナボートは移動手段ではないのだ。

ホテルのビーチにいた現地人にツアーを頼んだからこうなったのだ。

バナナボートのあとに沖の方でスノーケリングをライフジャケット無しで30分して溺れかけたが、正規のツアーじゃない分ワイルドで楽しかった。

現地人のガイドは海中の死んだサンゴをポキポキ折って別れた彼女にくれていた。

そのサンゴをふたりで船上で見ていたら他のガイドに怒られた。

そういうことはしてはいけないと怒られた。

私も別れた彼女もきっとそうだろうと初めから思っていた。

サンゴを折ったガイドは眩しそうに空を見上げていた。

それでもツアー料金は安かったし、もろもろ含めて楽しかった。

南の島では仲睦まじく連れ添っていた彼女とも帰国して1ヶ月で別れた。

仲が良ければずっと付き合えるわけではないことを学んだ。

バナナボートの思い出は一生忘れないだろう。

バナナボートを見るたびに彼女のことを思い出し、移動手段として乗ったあのバナナボートの色もきっと思い出すはずだ。

あのバナナボートは黄色ではなく、緑色だった。

熟していない緑色のバナナだった。

そんなことってあります?

気が付いたら2年ぶりでした破魔矢です!
見てる人いますか?

この2年の間に色々なことがありました。

前の会社の上司と会社を立ち上げてちょうど2年。
去年は知り合って8年以上になる人と結婚してすぐ離婚をしました。
離婚の理由は黒人のハーフに寝取られたからです。
名前はケニーでした。
黒人をリスペクトしてたのですが、さらにリスペクトするようになりました。

大きなイベントで言えばそんなもんです。

今は御徒町の近くにある職場でパタパタやってます。

それではまた!(見てる人いますか?)

帰って参りました!

かれこれ1年半ぶりくらいでしょうか。

更新をさぼり、皆に見放されたハマヤ式。

自分自身に向けて書いてます。

って書くとやばい人みたいですね。

今、職場で書いているので本当にやばい人かもしれません。




ニート時代で終わっているハマヤ式ですが、あれから先輩のところで防水屋や塗装屋でバイトをさせてもらいながら、念願の小説を書き上げ、無謀にも群像新人賞に応募して、予想通り全く引っかからず、すっきりしたところで、本格的に就職活動を始め、意外とあっさり仕事が見つかり、というのが2014年の2月。

その会社に1年ちょい在籍中の破魔矢です。

不動産の営業だが、雰囲気のいい会社で、入社前は手と受話器をガムテープでぐるぐる巻きにされたり、灰皿が飛んで来たり、成績の悪い奴は人間じゃない!ぐらいの扱いを覚悟していたが、杞憂に終わった。

実際、営業職ではそういう会社もある。噂はよく聞く。

そんなこんなで今は課長代理である。

わりとトントン拍子に出世できた。

それもこれも、成績次第で全てが決まる営業職だからできたことだ。

自慢したくてこれを書いたわけではない。

意外とチャンスはそこらに転がっているということを伝えたかったのだ。




だが、その会社も今月で退職する。

理由はまた今度♪

それではまた!

完全自立型のニート、破魔矢です!
夏ぶりの更新です。

旅を終え、約半年間続く無職の状況で、飲み会以外外から出ずにひたすら徹底して引きこもりを敢行していた。
先月末やっと念願の個人的な作業を完成させ、来年の就職に向けた活動を少しずつ始めている。
今までやったことのない業種にしようと思っていて、楽しみと同時に不安がいつも頭のどこかに巣食っている。
自分のスタイルとは何かを考えた時、優先順位を決めることが重要だと思い、というのも今年で30歳になったわけだから残りの人生を逆算して考えなければならないからだ。
10代から続けてきた飲食業をきっぱりオールリセットすることには後悔はない。
それよりも今までの職業歴に捕われて、未来にある可能性を潰す方が自身のスキルを妨げるリスクが高い。
優先順位の上から順にあるのは、海外も含め各地転々と引っ越す、インセンティブ収入、やりがい、副業の時間の確保だ。
どれを捨て、どれを特化するのか。
自分の優先事項と就職する会社がどこまで寄り添い、想いを共有できるか。
今後どうなっていくのか先が全く見えない状況に高揚している。
変化以外必要ない。
それが今の自分のスタイルだ。
自分のスタイルを求め、実行し続けてさえいれば日々の生活につまずくことがあっても、立ち上がることができるだろう。
とにかく、我武者らにやってみます。

それではまた。

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やっとARGOを見れた。
ベンアフレック監督主演の実話を元にする映画だ。
アカデミー賞作品賞を始めとして3部門に輝いた。
当時アメリカは諜報活動の暗躍と失敗に嫌気が指し、カーターが大統領に就任するとCIAなどの諜報部門の予算を大幅に削減させ、その結果イランの政局が読めず70人以上のアメリカ大使館における人質を生んだ。
1981年に起きたこの映画における人質奪還作戦はカナダによる手柄とされたが(実際カナダも大いに貢献した)1997年にクリントン元大統領によって明るみに出されるまで極秘裏とされていた。
歴史の裏側を垣間見れる興奮とベンアフレック映画の抑制された、波が引いていくような静かなる演出とがぶつかりつつも馴染み鋭い一撃を残す。
いい映画だ。
たとえそれがアメリカの、CIAのプロパガンダとしても、だ。

マレーシアのペナン島へは、タイのプーケット島から8人乗りのワゴンで向かった。
朝早くゲストハウス前に向かえに来たワゴンに乗り込むとまずは南東にあるハートヤーイに向かう。
道中3時間に一度ほどの割合でトイレ休憩があった。
ちょうど休憩のタイミングで強い雨が降り、雨が地面やトタン屋根を激しく打つ音しか聞こえなくなった。
ボロボロの犬がいた。その犬は茶色で中型でおそろしくボロボロだった。所々毛は抜け落ち白い地肌がむき出しになっている。トイレの前の大型バスが駐車するスペースの上に粗末なトタン屋根があってそこでワゴンの乗客ともども犬が雨宿りしていた。東南アジアの野外で見た犬には一つの共通点があった。目が切なそうなのである。自分にはどうすることもできない諦めのような、哀愁を漂わせているのだ。雨宿りしている犬も例にもれず悲しそうな目で近くにいる人間を見ている。もし人間のいない世界で生きているのならきっとこんな表情はしないのではないかと考えた。人の近くに住む野良犬というのはほとんどが人からのえさや残飯で腹を満たしている。人がいないとなれば自分で小動物やら魚やらを手に入れなければならない。人のそばで生きる野良犬たちはその状態が続く限り、きっと切ない目をしていきるのではないかと夢想する。可愛がられる飼い犬と違い野良犬は、時に人によって酷い仕打ちをうけることがある。幼い頃から人の恐怖を叩き込まれ、そしてえさをもらう。逃れられない宿命を背負ったギリシャ神話の神々のように残酷な生き方だともとれる。
切ない目をしたボロボロの犬は人を見るのを止めて、赤土を叩き付ける雨を見ている。
乗客達がワゴンにのろのろと乗り始めると、ドライバーがワゴンをバックさせる。
ワゴンの数メートル後ろにはあの犬が横たわっていたはずだ。
微かな緊張を覚えて、窓から犬の姿を探したがどこかに行ってしまったのだろう、どこにもその姿は見つけられなかった。
あの犬を人間の世界に置き換えてみる。
自分はあの犬のような目をしてはいないだろうと想像する。
しかしあの犬のような目をする瞬間はあるような気がした。
もがいても足掻いてもその社会から抜け出せず、逆にその社会がなければ生きていけないことを悟る悲しさ。
そんな感傷に浸りたい時もあるにはある。
結局その社会で生きていかなければならないのだ、と切なさに火をつけ哀愁を灰にする。
そんなものなのだと図々しくも決定付ける。
そのほうが生きやすい。

強い雨脚は走るワゴンをどこまでも執拗に追いかけてくる。
前方には黒い雲とわずかな光と強い雨が待っている道路が延々と続いている。
ワゴンは雨に追いかけられているのでなく、自ら向かっているような気がして、なんだかほっとした。

帰国してから2週間ほど経ちました、破魔矢です!

帰国直後は飲み会がちょいちょいあったが、今は完全に家に引きこもっている状況である。
一日一回外に出ればいいほうで、出るにしても近所のコンビニかTSUTAYAにDVDを借りに行くかくらいしかない。
そんな状況が続くとどんなことが起きるかというと、全てのものが新鮮に見え続ける。
旅行の出発前は悪鬼の如く遊び狂っていて、飲みに行くことが日々の習慣、酷いときには一日に三件の飲み会があったりした。
外出イコール飲み屋に行く、だった。
飲みが続いてくると飲みに行くのが苦痛になってきた。
また今日も飲み会か、と自分で入れた予定に嘆くようになってきた。
完全に自業自得である。
一ヶ月分の給料が全て飲みで消えていった。
その後旅に出て、一ヶ月が経つと日本食が無性に食べたくなった。
帰ってきた当初も飲み会で外出はほとんど飲み屋だった。
それでも東南アジアから日本の飲み屋にくると感動ものである。
食事は全ておいしく口に運ぶたびに美味しいと自然に声がもれ、屋内でタバコが吸える上に、空調もちょうどいい。
食べるもの全てに毎回感動できるのだ。
それがまだ続いている。
新鮮さは食事だけではない。
ちょっと外に出るだけで、それも特に都会でもなんでもない場所でとんでもない美人が歩いているのを見かける。
東南アジアでも大きな都市の裕福層が集まる地域ではもちろん美人はかなりいる。
しかしそれはこちらの比ではない。
あらゆる街角に美人がいるのではないかと思ってしまうほどだ。
美人というより美しく見せるスキルが高いからそう見える女性が多いというのが日本の真実だとは思うが、通り過ぎるだけの存在な訳だから美しく見えるだけでいいのである。
そんなわけで退屈はしていない日々だ。

無から何かを作り出し、それを認めてもらう。
そういうことを今、やっている。
自分を励まし続けられるか、そこに成否は懸かっている。

それではまた。

帰って参りました、破魔矢です!
正確にいうと23日の午前1時に笹塚に到着しました。

南タイを足早に駆け巡り、ピピ島へのアクセスポイントでもあり、この旅で初めて海を見たクラビへバンコクからバスで一日かけて向かいそこで一泊。クラビからボートに乗ってピピ島へ。ピピ島では島内のビーチを無理矢理徒歩で巡り、ボートタクシーのドライバー達から顰蹙を買い、流石に青と緑の混じった、透明度が高いのにも関わらず色が際立って見える特殊な海に唸り、ビーチにねっころがった。
しかし滞在も1日のみ、翌日はプーケット島に向けてまたまたボートで移動。タイで知り合ったおじさんに教えてもらった馳星周のマンゴーレインというタイを舞台にしたハードボイルド小説を読んでいるとあっという間に2時間が経ち、目の前に港が現れた。
プーケットといっても様々な顔を持ったビーチが点在していて、どのビーチに行こうかまだ決めていなかった。面白すぎる本のせいでしばし港で呆然とするものの、タクシーのドライバーのすすめでやはり安宿が多い、プーケットで一番有名で大きなビーチ、パトンビーチに向かうことになる。
ピピもそうだったがプーケットもリゾート地なだけあって宿代が高い。
それでも飯はうまいし、島で働いている現地人もなんだかあったかくて来てよかったなあとは思えた。
上陸の午後から翌日の夜までスクーターをレンタルして島西側のビーチを北から南までくまなく訪ね、運転中にひどく日に焼かれておでこと鼻がにぶい赤と汚い黒が混じった泥に埋もれた毒蛙みたいな醜い色になって3日後には皮が向けた。
島の波はどこも波がものすごく高く、あぶないよ!と大きく主張したフラッグがパタパタと強めの風に吹かれて白めだが茶色がかった砂浜にずんと突き刺されている。
恐怖を感じるような波の高さだが、浅瀬は続いている。
波が来ると今まで腰の辺りまでの水深が一度に身長の1.5〜2倍の高さで文字通り覆い被さってくるのだ。
そうなると水中眼鏡を殊勝にも目の回りに貼付けている頭ごとを軽く波の力で一回転ないし一回転半させられ、眼鏡は本来あるべき場所を離れ海水が目に入り軽いパニックといつ死ぬか分からないのだ生き物はというしごく当たり前のことへの気付きが不安を呼びながらもその間ずっと波にいいように弄ばれてそれでもやっと体の一部が海の底に触れた時の安心感はやはり自分は生きたいのだという静かだが微動だにしない基盤を持った生への執着を思わせなぜか喜ぶのだ。
2日間滞在し、3日目の朝マレーシアのペナン島はジョージタウンへバスで向かった。

ジョージタウンは2008年コロニアル調の建物が美しくマラッカとともにマレーシアが誇る世界遺産になった街である。そこで泊まったゲストハウスの部屋がこれである。

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激しく落ち着かなかった。
翌日はペナン島で一番人気のビーチ、バトゥフェリンギ、沢木耕太郎の深夜特急でも舞台になったゲストハウスがあることでも有名なビーチにローカルバスで向かう。
結局大きなホテルが建設中で、その舞台になったアーベンゲストハウスは取り壊されていて、その跡地の横にあった華人系のゲストハウスに泊まった。
2階にある部屋からは波が砂を洗う音が聞こえてくる。海までの距離は30メートルといったところか。
15くらいの客室があるようだが、泊まっているのは自分だけであった。
それみよがしにパンツ一丁でバルコニーから共同バスルームまで蹂躙し、自分の城を簡単に作り上げた。
そこには2泊し、目の前のビーチではジェットスキーをやり、端から端まで散歩してビーチを支配して満足した。

続きはまた今度書きます。

I cannot type Japanese at internet cafe in Phiphi Islands, so in English now.

Phiphi Islands is so beautiful.

that's all

thanx ^^

tomorrow Im going to Phuket Island.

bye!

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