障害者になってみた ~発達障害のQOL~

42歳にして発達障害(ADHD・不注意型₍ADD₎)及び自閉症スペクトラムと診断された男の、闘病₍?₎と就職活動の記録です。(2015年11月に土地家屋調査士事務所に再就職しました) 障害者本人から見た世の中をなるべくわかりやすく書いてみようと思います。



また、新しい精神障害の名前が出てきました。

【症状】

・気持ちを察してもらえないと不機嫌になる
・考え方の違う人を嫌う
・他人の些細なミスが許せない


【原因】

異なる感覚や文化と接することが少ないことや定形発達などにより、自分の個性や特性を理解しないまま生育することによると考えられている。
社会やいろいろな道具、設備は定形的に発達した健常者の為に作られており、それはある意味、障害者に比べてあらかじめ「配慮」を受けている状態であるのだが、標準的な能力、価値観などをもつ健常者はそれを理解しないまま大人になってしまうと価値観や能力の違いを認められなくなり、理解できないものや自分が自然にできることをできない人間を疎み、排除しようとする。
特に周囲と共感しやすい定型発達者や、異文化との交流の少ない日本人に多いとされるが、欧米人や精神障害者でも発症する場合はある。

・・・・・・・・・・・・

あくまで申し上げておきますが、これは架空の精神障害です。

そして、私はこの障害者を架空であるがゆえに差別しています。まあ、「多様性を認められない人差別」とでもいうべきものでしょうか。

発達障害というのは私の偏見ですが、「コイツなんかムカつくな」とか「この人と話しているとイライラする」という相手に対し、何か精神的に障害があるのではないか、という考えから研究されてきたのではないかと思います。(もちろん近年では脳機能の偏りによるものとされています)

しかし、考え直してみるとこれはちょっとおかしくありませんか?

精神障害が「本人の精神状態が異常である」ものだとすれば、「むかつく」とか「イライラ」しているのはこの場合「健常者」の方です。発達障害者側はあくまでニュートラル。

つまり、異常かどうかはともかくムカついている方が精神に変調をきたしているわけです。
こういった苛立ちなどを逆の考え方で異常としたものがこの「許容性障害」というわけです。

対人関係でイライラしたり腹が立った時は、自分がこういった精神異常の状態ではないかと一瞬でも考えてみてはいかがでしょうか。


発達障害ランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ
にほんブログ村




http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50288
42歳「脳が壊れた」ルポライターのその後〜私が障害を受容するまで

久々に更新しておいて過激な話です。

発達障害を含む脳機能障害の理解や配慮というのはかなり難しいことです。
というのは、「常人なら考えるまでもなく当たり前のことができない」のが特徴だからです。
個性の範疇かどうか、とかという議論もありますが、とりあえず私の理解としては「診断が出たら障害」であり、障害とは「努力や治療で克服できないもの」という理解なので、そのあたりで線引きしています。

リンクのライターの方は、もともとは「頭がよくて仕事のできる」人だったようです。
ですが、脳機能障害を理解する能力はありませんでした。

理解するには結構いろいろな能力が必要で、私の考えによると想像力、理解力そしてそれらを駆使するだけの真剣味、が必要なのです。

普通に暮らしている人には、「努力ができない」とか「人の気持ちを考えられない」なんていうのはまず想像ができません。それは努力とか気持ちとかという定義の問題ともいえるのですが、自分が無意識にできるようなことが、他人にできないという想像ができないのです。
例えばADHDで言うと、普通の人は「物覚えが悪いならメモしておけばいいじゃん」となりますが、相手の意図を正しく汲んだメモを残し、それを大量に保管し、必要な時にメモを見ることを思い出し、見た時にそれを正しく理解しなければならないというストレスを抱え込む気持ちは多分想像できないのです。

そしてそれが脳機能的な個性だか障害だかに由来するもので、努力とか意識とかの問題と関わりなく出来ない場合があるという理解。これもできない人が多いでしょう。

さらに、そんな面倒くさい人間を理解しようという気持ちが大抵の人にはありません。
なにせ、「そんなのは言い訳」とか「人としてダメな奴」と一言で済んでしまう話ですから。

前述のルポライターは、その第三の要素が欠けていたのです。

私の個人的感覚では、これら三つを同時に持ち合わせているのは数パーセントの人だけです。まあそんな能力持ち合わせる必要があるかどうか、っていうのは置いといて。
逆に、当事者や医療・福祉関係者であれば何割か(それでも半数には満たないでしょう)は理解できるので、社会的には「発達障害者は健常者に配慮しなければならない」といういびつな現象が起きていると思われます。


発達障害ランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ
にほんブログ村



今回はこちら

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 [ 栗原 類 ]
発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 [ 栗原 類 ] 

正直、ナメていました。
若くして社会適応してテレビに出られるような若造が、どんな大した本を書けるというんだ?

申し訳ないのですが完全に偏見でした。

この本の何が良いかと言って、まずとにかく「わかりやすい」ことです。
専門用語をこねくりまわすような表現が一切なく、しかも本人が日常生活で感じる症状や気持ち、そして対策が非常に等身大に描かれています。
個人的には症状が近いこともあるかもしれません。栗原氏はADDの診断を受けているそうですが、テレビの言動や記述を見る限りPDD的な要素も持っているようです。読み終わった今となっては「類くん」と呼びたい心境ですが、例によって栗原氏としたいと思います。

ちなみに、栗原氏本人の文章は約半分。残りは母である泉氏、主治医の高橋先生、そして友人であるお笑い芸人の又吉氏のインタビューで構成されています。(インタビューを読んで、又吉氏はやはり相当に理知的な人物であると感じました。)

私と違うところといえば、まず子供の頃にADDの診断が下りていること、そして母親の泉氏が大変な「理知的な愛」を駆使し、国籍まで弄ぶほどのサポートをしたこと、そしてもちろん栗原氏が容姿に恵まれていることなどでしょうか。

ある意味、当事者にとっては「あるある」や既知の障害の知識が多いのですが、この本の最大の使い道は多分、当事者が自分で読むことではありません。

最も意義のある使い道は、「理解してほしい身近な人に勧める」だと思います。


発達障害 ブログランキングへ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ
にほんブログ村

↑このページのトップヘ