2018年07月17日

台湾旅行記2018(6日目)

 泣いても笑っても今日が帰国日である。今日は行くことを決めている場所が1ヶ所だけあった。
 二二八和平紀念公園である。
 二二八とは何かと言えば。1947年2月28日に国民党政府の政策に反対する人々が蜂起し武力鎮圧された事件のことを指す。その後台湾は戒厳令が布かれ国民党政府による恐怖政治に長く苦しむこととなった。
 戒厳令は1987年まで続き、最終的に言論の自由が保障されるようになるまでには李登輝総統時代の1992年までかかった。
 その二二八事件の犠牲者を悼み、またその悲惨な後世に記録を残すために作られたこの公園と二二八事件で弾圧者の立場にあった蒋介石を称える中正紀念堂がともにあるところに台湾の複雑さが表れている。
 今まで訪れたことのなかったこの公園に、今回は足を向けた。
 一般的な公園としての機能ももちろんあるので、太極拳らしきなにかをやっている一団に遭遇したりもする。
 紀念鐘や平和のモニュメントに祈りを捧げ、事件の記録が残された追思廊へとたどり着いた。ここには事件の経緯が展示されているほか、亡くなった人の顔写真も掲示されている。その掲示の前にお供え物として持ってきた日本酒を置き、手を合わせる。

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 公園内には事件に関する資料館もあるのだが、時間が早いのでまだ開いていない。
 実になんとも中途半端ではあるが、大事をとって早めに出発するのでやむを得ない。今回は光華商場にも行っていないし、色々と不完全燃焼気味のところはあるが一時は旅行そのものを断念しなければならないかも知れなかったので来られただけでも良しとしたい。

 ホテルに戻ってチェックアウトし、徒歩でMRT桃園線の台北駅へ。ここでインタウンチェックインして荷物を預ける。機械のトラブルで若干時間は取られたものの買い込んだあれこれですっかり重たくなったスーツケースは無事運ばれていった。
 この便利さを覚えてしまうと、もう元のやり方には戻れない。
 あとは残った自由時間をどう使うかなのだが、迷った挙句に昨日のドーナツ屋へと向かった。どうにもこうにもあのドーナツの味が忘れられず、炎天下にもかかわらず8つも買い込んでしまう。
 その場で食べたほかは機内や帰宅後にも食べてみたが、冷めてもしっとり食感で十分に楽しませてもらった。

 結局その後は寄り道せず、早めに空港入り。一直線に保安検査場を通過したその先にあるフードコートで昼食をとる。帰国時はここにある台湾料理の青葉で名残の台湾ご飯を食べるのが私の習慣となっている。
 今年は豚足づいていて、これで3回目か4回目になる。豚足という言葉から連想される脂っこさはなく、スイスイと入っていくので見かけるたびについつい頼んでしまうのである。
 
 食べ終えて一休みしてから免税店へ。ブランド品とか宝飾品とかそういうものには皆目興味がない我々のお目当てはKAVALANウィスキーである。
 免税とはいえ流石に最高級のものは買えないのだが、今年はちょっと頑張って2番目に安いものにした。最近日本でも出回るようになったとはいえ、おいそれと買える値段ではないのでこうして入手したものを大事に大事に飲むのである。
 他には特に欲しいものもなかったのだが、通りすがった免税のおもちゃ売り場に任天堂Switchが売っているのはともかく、ファミコンミニことニンテンドークラシックミニまで置いてあったのはどうしたものか。かくいう私もつい先日1年半も待たされてようやく入手したばかりなのだが、まさかここで遭遇するとは思わなかった。

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 毎年帰国時に桃園空港で色々なものに遭遇してきたが、衝撃度で言えば今年が一番かも知れない。それこそKAVALAN入手の喜びもどこかへ行ってしまいそうだった。
 買い物が済んでしまえばあとは帰国便の出発を待つばかり。例年帰国便は遅れるのが通例になっていたのだが、今年は幸か不幸かオンタイムであった。

 関空着陸時も、飛行機を降りてからも待たされることなく、過去にないほど実にスムーズだった。
 おかげで時間に余裕ができて、どこかの温泉に寄り道をすることも十分可能だったが、まっすぐ家に帰ろうとことで意見が一致した。それこそ風呂や夜食どころかコーヒーの1杯も飲まずに家路に着いた。

husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 旅行記 | 台湾

2018年07月16日

台湾旅行記2018(5日目)

 明日は帰国日であり、フルに使えるのは今日が最後。
 ではあるが、本日の予定は完全白紙。昨日を休養日にあてたことで気力体力ともに十分ではあるもののそれをどう使っていいのかわからない。ちなみに先般地震の被害があった花蓮を訪れるという計画は列車の切符が取れないことであっさりと頓挫している。
 この日はあまり天気が良くなさそうであり、屋外系のネタは避けようということになった。
 ならばということで今日は台湾のローカル線に乗ることにした。

 ローカル線と一口に言っても六家線や集集線や内湾線、深澳線に平渓線とある(沙崙線は乗車済み)。
 時刻表を見つつ「一番近いところにしとこうか」という無難な結論に至る。というわけで今回は平渓線完乗の旅に決定。余力があれば深澳線もついでに乗っておくし、余力がなくとも帰りには侯[石同]で下車して猫村に立ち寄ることも合わせて決定した。

 台北駅で平渓線深澳線の1日乗車券を購入。これが80元で、瑞芳までの乗車券を別途購入。こっちは區間車料金で49元。
 
 台北駅を9時25分に発車した列車はのんびり走って乗換駅の瑞芳には10時23分着。平渓線直通の菁桐行きは11時2分発なのでちょっと駅前をブラブラする。
 
 ほんのちょっと歩いただけなのだが、駅前に猫を何匹か見かける。猫村の侯[石同]ほどではないがここも猫に染まり始めているのだろうが。

 駅に戻るとホームにずらり並んだ人の列に出くわす。こういう時は端っこに行くのが良い。その甲斐あって無事座れた。三貂嶺から線路は分かれていよいよ平渓線に入っていく。
 入っていくというか、宜蘭線はここまで寄り添ってきた基隆河と分かれていくのに対し平渓線は並走を続けるのでここだけを見ていると平渓線のほうが本線であるかのような錯覚に陥る。
 山道を分け入っていく旅人のような足取りで列車は平渓線最初の駅である大華のホームにたどり着く。ここには「十分瀑布(滝)に行く人は線路を歩かないで!」という注意書きがあった。

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 車窓から見える道が不安をそそる細道ばかりなので気持ちはわかるが線路を歩く行為は大変危険である。
 大華駅を出て数分、右手に遊歩道が見えてくる。十分風景区と呼ばれる景勝地に入ったようだ。そのまま十分老街の町並みを突っ切って十分駅に到着する。ここで行き違いを兼ねてしばし停車。
 空が雨模様でなければせっかくのフリーきっぷを駆使して改札を抜け、何か買ってこようかとも思ったのだが。列車が平渓線に入った頃から降り出した雨は分け入るほどにその強さを増していく。停車しているホームが改札から離れていることもあって、下車することがどうにもためらわれた。
 多くの人はそんな雨など物ともせずにどんどん降りて行ったのだが。この空模様ではランタンも打ち上げられないだろうし滝に行くのも一苦労ではあろうがそれはそれで旅の思い出になるのだろう。

 というわけで、乗客の多くが下車したおかげで乗客全員が着席してなお空席ができる程度の乗車率になる。
 十分を出てしまうと、再び人跡乏しい山際を張り付くように走る。四国の予土線を思い出すような河と緑の車窓が続く。元々この路線は台湾屈指の菁桐炭鉱から石炭を運ぶ運炭線だったそうだが、確かにここには石炭貨車が似合いそうだ。
 並走する車道にも自動車の姿をあまり見ない。実に長閑な平渓線であるが、空だけがどうにもあまり長閑ではない。
 雨粒に妨げられてあまり景色を楽しめないまま終点菁桐に到着する。これでとりあえず平渓線は完乗となった。

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 折り返しの列車が出るまで15分しかないため昼食をとるというわけにもいかず。せめて駅のスタンプでも押して帰ろうとしたが見当たらない。駅の隣にある土産物屋に何やらたくさん置いてあったが、残念ながら菁桐車站と書かれたものはなく、押さずに車両に戻った。
 深澳線直通八斗子行きと変わった車両は小止みになってきた雨の中12時15分定刻どおりに発車する。
 山中をゆったりと駆け戻り、侯[石同]駅で下車。ここは今やGoogleMapにも載るようになった猫が主役の村である。

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 思う存分猫を愛でるその前に駅前食堂で昼食をとる。陽春麺なる見慣れぬ名前の料理がメニューに載っていたので頼んでみると、これがシンプルな味わいながら実に美味い。あまりに美味いので他でも食べられないものかと調べてみると割と有名な料理らしく、これまで12年何を見てきたのだろうかと少しばかりショックを受ける。
 それはさておき猫である。幸い雨も止み、かと言ってギラつく暑さでもなく。のんびり猫を求めてさまよい歩くのには最適な日和となった。
 木陰、植木鉢の隙間、歩道の脇、土産物屋の台の上、段ボールの中、草むら。そこにもここにも猫がいる。寝ているもの、座っているもの、くつろいでいるもの、散歩しているもの。あるがままのその姿を見ているだけでしあわせになれる。やはり猫は素晴らしい。


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 村の中を端々までひたすら猫を求めて丹念に歩き回り、だいぶ汗をかいたので猫のいる喫茶店で一休み。ここでも店の看板猫がテーブルの上に乗ってくださるという熱烈歓迎を受けた。テーブルに乗るだけでこちらに媚を売ったりせず気ままに過ごすところがまた良いのである。

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 濃密な猫成分を充填して台北に戻る。
 いざ夕飯というその前に。今回の旅の前に脆皮鮮[女乃]甜甜圏なる店のドーナツが良いという情報を得ていたのだがここまで買う機会を得ずに最終日になってしまっていた。このままでは結局最後まで行かずに終わるだろうと判断し、思い切って先に買いにいくことにした。
 小さい店らしく、わかりにくそうだということで結構な覚悟を固めての出発だったが台北駅の地下街から北側に向かって歩いていくと割とすぐ近くのところに店は見つかった。

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 長くはないものの列ができており、客は皆結構な量を買い込んでいく。そんなに美味いのならば我々も大量買いしてみようかと思ったが夕飯が食べられなくなってしまうのでグッとこらえて4つで我慢。せっかく揚げたてだったので通りの脇で食べてみる。サクサクではなくもちもちの食感。軽い甘さは後を引く。小さいながらも行列店なのが頷ける味だった。

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 もう一度並んでこれを夕食代わりにしてもいいのではないかと真剣に話し合ったが、明日帰国途中にもう一度買いに来るということでなんとか踏みとどまった。

 では肝心の夕食は何にするのか。
 今回の旅では台湾料理は結構食べたし、かと言って和食に飢えるというほどでもない。フレンチやイタリアンも美味い店が増えたらしいが、あまり惹かれない。
 こういう時はフードコートで目に付いたものをパッと食べてしまおうといつもの台北駅2階へ向かった。
 日本でもおなじみ鶏三和の親子丼がちょっと気になったが、何かが違う。うろうろしているうちに「これだ!」となったのが海南鶏飯。
 今年の台湾最後の夕食はまさかのシンガポール料理となった。2人前セットで300元は実にお値打ちである。
 これが安かろう悪かろうならば悲しいオチになるのだが、本場物を何度となく食べてきた家人が太鼓判を押すハイレベルな味だった。シンプルな蒸し鶏にチリとジンジャーの2種類のソースが組み合わさって舌を飽きさせない。
 鉄道、猫、美食と実に言うことのない幸せな1日はこうして締めくくられた。

husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 旅行記 | 台湾

2018年07月15日

台湾旅行記2018(4日目)

 前日が思いの外盛り沢山なお買い物デーだったので本日は本格的に休養日とすることに決めていた。
 ドアノブにDon’t disturbをぶら下げ買い込んでいたパンや果物で朝食とし、まったりと過ごす。
 食べ終えると、家人は洗濯をしたいということで荷物を抱えてコインランドリーへと向かっていった。ならばということで私もお土産用のパイナップルケーキを買い出しに行くことにした。
 というわけで。何度目かの移転により台北駅の西側に置かれることになった高速バスターミナルから基隆行きに乗る。
 30分程の乗車で港町基隆に到着した。
 港前の広場で毎年恒例の1枚を撮影してから、強い日差しを帽子で誤魔化しつつ目当ての李鵠餅店へと向かう。
 いつもの身振り手振りにてパイナップルケーキと、ここでしか見たことがないストロベリーケーキを30ずつ購入。毎年買っているおかげでおなじみになったピンクの大袋に詰めてもらってバス乗り場へと引き返す。
 部屋に戻ると先に家人は戻っていて、もう昼だが食事をどうするかという話になった。

 シーザーパークのレストランで食べてもいいし、どこか外へ食べに行ってもいい。「何が食べたい?」という話になって我々の脳裏に浮かんだのは台北駅にあった姫路駅の駅弁屋『まねき』だった。
 駅弁を買ってきて部屋で食べるのもいいのだが。どうせならやはり列車内で食べたい。
 「じゃあ折角だから」ということで出かけることにした。
 どこへ行くのか。あんまり近すぎても弁当を食べるのには向かない。
 在来線なら新竹、新幹線なら台中が良いだろうということになったが、在来線は直近の特急も急行も満席。
 じゃあ台中まで行ってデザートに現地の美味しいものを食べて帰ってこようという結論に至った。
 とはいうものの。台中はまだ行ったことがなかった。厳密に言うと通過のみで降りたことがなかった。なので土地勘がほぼない。
 ガイドブックをめくって調べてみると宮原眼科という店が目に止まった。ここはもともと眼科だった建物をリノベーションしたアイス屋さん。
 ネットの情報ではどうにもやたら並ぶらしいということだが、その場合は第四信用合作社という系列店(ここも信用金庫をリノベした店)に行くことで決定。
 売り場に行くと長蛇の列が作られていたが、券売機ではスムーズに買えた。ただし、直近の列車は指定席が満席だったのでグリーン車で行くことになってしまったが。
 待ち時間が短いので取り急ぎまねきの店舗に行くと岡山名物豚肉蒲焼便當(弁当)なるものが目立つところに置かれていた。お値段は1つ160元。
 不意打ちに弱い我々は1も2もなくこれに決定。
 13時11分、列車が台北を発車すると早速フタを開けてちょっと遅めの昼食を開始した。程よい濃さのタレに肉もご飯もどんどん進む。付け合わせの卵焼き、インゲン、ジャガイモ、紅ショウガと組み合わせて食べるとさらに良い。列車が桃園に着くまでには弁当は綺麗さっぱりカラになっていた。

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 グリーン車のサービスでもらったコーヒーを飲んで食後のシメとした。
 14時15分、定刻どおり高鉄台中駅着。
 ここから台鉄新烏日駅へは徒歩移動。20分の待ち合わせで新竹行き區間車(各駅停車)に乗る。
 日曜日とはいえ結構な混み具合。14時45分、台鉄台中駅着。

 いつの間にか人口で台湾第二の都市になっていた台中(それまでは高雄)に12年目にして初の訪問。
 ちなみに現在の高架化された台中駅舎は3代目で先代の駅舎は大正6年完成の赤レンガ造り。現在は国定古跡にしていされているため取り壊されることなく3代目の横に変わらず鎮座している。

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 その2代目台中駅から歩いて5分ほど行くとこれまたレンガ造りの大きな建物が見えて来る。これが宮原眼科。
 思っていたより遥かに大きい。個人経営の病院というイメージからはかけ離れた規模である。店内はイートインと物販に分かれており、物販はまだしもイートインは事前情報どおりの大行列。店の外に延々と伸びていた。
 ということでこちらも事前の計画どおりさらに5分ほど歩いた先にある第四信用合作社に移動する。
 こちらにも行列ができていたが、宮原眼科よりは遥かに短く冷房の効いた店内に並べたのでならばいいかということになった。
 並んでいる最中に店員さんが注文を取りに来る。我々が言語不如意の日本人と知ると日本語がわかる方に交代してくれて、無事注文完了。
 非常に凝ったトッピングなので注文してからも列の進みは遅い。しかし多彩なアイスの種類を見ているだけで結構飽きがこない。

 ようやく我々の番が回ってきたのでアイスを受け取り席についた。
 それにしてもでかいアイスだ。もちろん単に大きいだけでなく味も実に良かった。グドくない爽やかな甘さは長蛇の列にも納得できるレベルだ。
 その上トッピング各種もワッフルコーンもカサ増しの賑やかしではなく単体で食べても十分美味い。

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 ただ、美味いのはいいのだが冷たいものを涼しい店内で食べているとあちこちやられそうになる。こうなることを予期して注文しておいたホットの紅茶が胃に嬉しい。

 せっかく来たのだから他にも1カ所2カ所廻ってから帰っても良かったのだが。
 この日だけなのかいつもそうなのかはわからなかったが台中市街地はどこもかしこも賑わっていて、うろつくにもちょっとためらわれるレベルの混雑ぶり。
 無計画に来たこともあって疲労が蓄積する前に帰ることにした。
 帰りは台鉄でそのまま台北まで乗って帰ろうと目論んだものの、狙った列車がことごとく満席。彰化から海線経由で、というルートまで試したもののこれすらいっぱいという。自願無座(立席乗車)という裏技にチャレンジしようかとも思ったが、2時間半の立ち詰めは流石にきつい。
 仕方ないので来た時と同じ新烏日からの高鉄ルートで戻ることにする。
 台中から乗った區間車は積み残しが出る混雑っぷりで車内はラッシュ並みの押し合いへし合いだったが、乗車時間10分なので致命的なダメージにはならずに済んだ。

 高鉄台中駅で券売機をあたってみると来た時同様指定席が満席であり、帰りもグリーン車をおさえる羽目になった。これで「贅沢にも往復グリーン車で台北から台中までアイスを食べに来ただけ」ということになった。
 ひたすら混雑混雑だった台中が別次元の出来事であるかのようにゆったりした空間でうたた寝などしつつ17時54分、台北駅着。
 時間帯的には夕食の頃合いである。なんだか食べてばかりだが一旦ホテルに戻ると出るのが面倒になるのでこのまま食べてしまえということになった。
 少しでも空腹になるように地下街をうろついてから台北駅2階のフードコートへ。
 私はここで待望の虱目魚定食に豚足を追加して注文。

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 台北市内には虱目魚を食べられる店はあちこちにあるのだが、ワサビ醤油でいただけるとなると私はここと饒河街夜市入口にある海鮮料理店くらいしか知らない。
 脂ののった白身にワサビ醤油を合わせ、白飯の上にのっけて食べるのは至福の一語だった。


husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 旅行記 | 台湾

2018年07月14日

台湾旅行記2018(3日目)

 この日は休養日にしようとおもっていたのだが、寝て起きたら期待以上に体力が回復していた。
 ならば農市へ行こう。
 拙ブログを長年お読みいただいている方にはおなじみの存在であるこの農市。わかりやすく言えば産直市場である。台北市内では主に土日に開かれているのだが、台湾各地から割と出物が集まってくる。特に烏龍茶と珈琲は試飲をしてから買えることが多く、我々の楽しみのひとつである。
 
 まずは遠い方の花博農民市集へと向かった。MRT淡水信義線圓山駅で下車すると、改札を抜けてすぐのところに会場がある。というか、駅に近づくと車窓からでっかい看板が見える。

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 ここで目に付いたものを次々と購入していくとキリがないので必ず先に全ての売り場をチェックする事にしている。
 この時買いたくても買えないものとしては持って帰れない上に量の多すぎるものと冷凍のもの。例えばここで売っている台湾バナナは大抵一房にみっしり10本以上付いていて、滞在期間中に食べきれないほどの量なのだが、もしこれを日本に持ってかえろうとすれば検疫を受けなければならない。非常に手間である。
 そこで自然とターゲットは烏龍茶と珈琲になる。何軒か出店がある中で今回は台南の南山茶園というところで試飲させてもらう事にした。味が良いのは勿論のこと、澄んだ空気に育った茶葉の香りに魅了された。
 お互いにあまり得意でない(控えめな表現)英語を駆使して精一杯の意思疎通を行った結果、黄金桂花茶を1缶と3種の茶葉をブレンドしたもの150g入りを3袋購入。各々の茶葉だけならば同等のものはそれなりに出回っているのかもしれないが、オリジナルブレンドとなると今この場で買うことしかできない。本来であればもっと買いたかったくらいである。

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 この後、阿里山珈琲のドリップパックセットも購入。これも試飲させてもらって気に入ったものだ。
 
 そして。台湾南部の名産地玉井のマンゴーがワゴンいっぱいに並んで売られている。マンゴー自体は台北市内のスーパーでもお手頃価格にて入手可能なのだが、玉井からの産直である。これは欲しい。
 それこそこれが日本まで持って帰れるのであれば10でも20でも購入するのだが、あいにくと先述のとおり果物は要検疫物品なので台湾で食べてしまうしかない。
 となれば。他にもいろいろ買って食べることを考慮して1つだけ購入。この夜早速食べてみて「どうして2つにしておかなかったのか」と後悔したほどにはうまかった。

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 これで手仕舞いにしようと思っていたところ、落花生をその場で煎って売っているところに通りがかり香ばしい匂いに誘われて購入。その場で一口入れてみると素朴で軽い味わいだった。

 以上で撤収し、戦利品をホテルに置きに戻る。
 ここで疲労困憊していたら本日ここまでにするつもりだったがまだまだ活動可能なので続いてもう一つの農市、希望廣場(広場)へと向かう。
 こちらは暑くさえなければ徒歩圏内の近さなのだが、台北市内のこの日の最高気温は33度と日本ほどではないにしてもやはり要警戒。
 おかしな事を書いている自覚はあるが、私の住んでいる地域より3〜5度も低いのでこう書かざるを得ないのである。
 MRT板南線で一駅隣の善道寺にて下車。記憶では1番出口が最寄りだったが、6番出口に「希望廣場農夫市集」と貼り付けた後もわかりやすく追加された表記があったのでここから上がってみる。
 結果、やはり1番出口が最寄りだった。

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 それはさておき。
 花博よりこちらのほうが会場が広い。おまけにミニフードコートみたいなものもある。条件としては良いのだが、しかし残念ながら烏龍茶はあまり扱いがない。こちらで多いのは果物と野菜。
 野菜はもうさすがにどうしようもない。まさかホテルの厨房を借りるわけにもいかないだろう。もしかしたら市中には持ち込んだものを調理してくれる店もあるかも知れないが、それを探したり頼んだりする語学力もない。「お前は大学で何をやっていたのか」という声が聞こえてきそうだが、17年も使わなければこんなものである。
 ここの場合、果物もマンゴー、グァバ、ドラゴンフルーツといった南国系のものばかりでなく桃やブドウ、梨という日本でもおなじみのものが目につく。
 その中でも特にブドウには惹かれたものの、やはり一房が大きすぎて食べきる自信がないのでその場で絞っていると思しきジュースを購入。
 暑さと疲労のせいもあっただろうが、爽やかな甘さのおかげで一気に飲みきった。
 
 結局ここで購入したのは竹山台灣珈琲(本当は台湾では王偏ではなく口偏表記)のドリップバッグのみ。ちなみに10袋入って400元。安い値段ではないが、味と希少性を考えれば高くもない。

 ちょうど昼飯時だったので併設されたミニフードコートでいただくことにする。葱餅(葱の揚げパイ)、四神湯(薬膳スープ)、肉圓(台灣風肉まん)等々。ちなみに秋刀魚の塩焼きも売っていたのだが、流石にここでそれを食べる気にはならなかった。

 荷物を部屋に置いて一息つくと、今度は疲労抜きも兼ねていつもの温泉へ行こうということになった。
 目指すは台北駅から一番近い行義路温泉。MRT淡水信義線石牌駅からバスで10分ほどの行義路三バス停で下車。
 降りてびっくり。いつも通っていた道が工事中で通れない。道路工事というレベルではなく、舗装を引っぺがして1からやり直している。なんたることだ。
 張り紙を読んでみると行義路二か行義路四のバス停から歩いていけるようなのでとりあえず四のほうに向かった。

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 これがまた結構な急坂である。山道と言っても過言ではない。その上狭い。車が行き交うたびに立ち止まって安全を確保しなければならない。
 ようやく登り切って、今度は脇の小道を下りる。すこしは楽ができるかと思ったが、日陰がないのであまり変わらない。本当にこっちであっているのかという不安に駆られながらも地図を頼りに歩いて歩いてようやく川湯温泉に到着した。

 こんな状況であるにもかかわらず風呂は混雑していた。入湯料200元というのは台湾の物価からすると決して安くないのであるが、泉質が非常に濃厚でその価値を地元でも認められているということだろう。
 歩いてにじみ出た汗をさっと流して湯につかると、打撲の傷にじんわりと沁みていくのがわかる。
 メインの浴槽は湯温が高いのでほどほどであがり、ぬる湯でクールダウン。あつ湯ぬる湯を交互に楽しむことしばし。今回飲み物を持参し忘れたので無理せず限界一歩手前くらいで撤収。
 上がってからしばらくしてもなお、拭いても拭いても汗が出る状態。川を渡ってくる風を浴びて茹だった身体を冷まさないと服も着られない。

 ようやく落ち着いたのはどれほど経ってからだったか。出入口の前にあるベンチで家人と合流して帰り道の相談をする。
 正直言って来た道を戻るのは避けたかったが、かと言って行義路二のバス停へ行くルートがそれよりマシという保証もない。
 スマホを駆使して地図を見てみるが決定打になり得る情報は出てこなかった。

 結局ダメならダメでいいからという結論になって地図にある温泉歩道とやらへ向かう。結論から言えば、これが当たりだった。細道ながらも整備された歩道は歩きやすく、眺めも良かった。

 バス停に着いて程なくやってきたバスで石牌駅まで戻り、あとはMRTに乗って台北駅経由でホテルの部屋へ。

 温泉の効果か体力気力もすっかり回復したので、この際買い出し出来るものは今日のうちに全部買っておこうということになり今度は歩いて老舗茶葉店の峰圃茶荘へ向かった。
 今回、毎年流暢な日本語で我々を迎えてくれた老人の姿はなく、別の方に説明されながら試飲する。この時「あの、いつものあの老人は?」とは怖くて聞けなかった。
 味と香りがいつも通りだったことに安心しつつ、凍頂やら阿里山やらの茶葉を大量に買い込み、さらにはここのオリジナル商品まいたけチップスも大量買い。

 続いて乾物や漢方薬の問屋街である迪化街にも向かった。明日は定休日で営業していないとの情報を得て、最後の気力を振り絞ることにしたのである。少し前までは結構不便なエリアだったのだが、今では台北地下街経由で行くと地上を歩くのが1キロ程度で済むので負担も軽くなった。
 ここにある黄永生及び六安堂という店が我々のお気に入りで、ドライマンゴーやパイン、そしてストロベリーは必ず購入するものリストに入っている。
 また。毎年乾物のおまけとしてここで喉アメをもらっていたのだが、これが滅法効くのでどこかで売っていないか探していたところ、そもそもの供給元である六安堂で袋詰めされて乾物と一緒に売っていた。なんという灯台下暗し。

 時はちょうど夕暮れ時。夕飯にしようということで次なる目的地は寧夏路夜市となった。

 その途上に足ツボマッサージのお店があり、足だけなら大丈夫だろうということで入ってみたのだが。
 しかし。足湯中にサービスで首、肩、背中をマッサージされた。首や肩はまだしも背中は押されると肋骨に響くので事前に丁重にお断りした。したのだが、うまく伝わっておらず遠慮したと思われたのか背中をグイグイ押されて痛みが走る。
 痛がる私を見て、施術者がようやく手を止めた。
 ちょっとしたアクシデントはあったもののやはり技術は本物で、終了後に靴を履くとその効果のほどが実感できる。靴ひもをギュッと締め直さないと脱げてしまいそうになる程、むくみが取れている。

 しかしこのアバラの状態では狭い通路を押し合いへし合いしつつ店を選ぶのはやはり無理であり。
 物珍しいガチョウ料理を食べただけで夜市のメインストリートからは撤収。その代わりに夜市エリア内にある鬍鬚張魯肉飯へ入店した。ここは台湾庶民の味魯肉飯をメインにしたチェーンの定食屋である。日本で言えばやよい軒かまいどおおきに食堂と言ったところだろうか。ちなみにやよい軒もまいどおおきに食堂も台湾に出店してたりする。
 
 チェーン店ではあるものの、その味は決して悪いものではない。ふたり揃って豚足定食を食べてご満悦で店を出る。

 歩いて雙連駅まで行き、MRTで台北駅に戻る。2階でKAVALANウィスキーの小瓶を買って部屋で飲む。今年は茶よりもマンゴーよりも楽しみになっていたKAVALANウィスキー。開封して香りを嗅ぐだけで心が弾んだ。

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 つまみは金門島で買い込んだビーフジャーキー。強い味付けが実にいい仕事をしてくれて、小瓶はあっという間に空になってしまった。

husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 旅行記 | 台湾

2018年07月13日

台湾旅行記2018(2日目)

 朝、ホテルの前に停まっていたタクシーを拾って台北松山空港へと向かう。日本人客ということで国際線ターミナルで降ろされてしまったが、国内線ターミナルとさほど離れているわけでもないので苦もなく歩く。

 今回ここにいるのは他でもない。念願叶って金門島へと行けることになったためだ。利用するのは華信(マンダリン)航空という中華航空の子会社。

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 便利なものでチケットは日本にいる間にネット予約で簡単に抑えることができた。新婚旅行の時、まだ新幹線が開通していなかったので台北から台南に行くのに飛行機を使ったのだが、台湾の国内線を予約するのにどこでどうしたらいいかわからず大変苦労したものだ。
 それを思うと隔世の感がある。

 ただ。機材が小型機なので実にどうにも生々しい。窓からチラリと下を覗くと、久々にゾッとした。うっかり先日遊園地で窓のない遊具にて上空高くまで上げられるなどという体験をしてしまったためか。あの生々しい感覚が蘇ってきてどうにも座りが悪かった。
 それでも蒼海に浮かぶ澎湖島などを見ていると次第に心が落ち着いていく。着陸する頃には心のざわつきもすっかりおさまってくれた。

 金門島初上陸。台湾は現在でも正式には中華民国といい、その実効支配する領土は台湾省と福建省とに分けられる。ここ金門島は福建省に属するし福建省政府も置かれている(ただし現在省としての機能は凍結中)。自動車のナンバープレートにも福建省と書かれている。
 中華人民共和国の廈門市や泉州市とは2〜3キロしか離れておらず、国共内戦台湾ラウンドにおいては最前線となった島でもある。
 今回はその攻防戦の跡地を中心に巡る旅となる。
 バスの本数や行きたい場所の問題を検討して出た結論としてはタクシーをチャーターするしかないのだがその交渉をタクシーとまともにできるだけの語学力がない。
 観光案内所に行って相談してみたものの、直接交渉してくれとのこと。

 仕方なく当たって砕けろとばかり作成したメモを見せながらたどたどしくお願いしてみたところ「3小時(3時間)1200元」との答えが返ってきた。
 勿論異論のあろうはずもなく。まずは八二三戦史館へと向かってもらったのだが、タクシーの運転手さんは我々がそういうものに興味関心を持つと知った為か、その前に途上にある成功坑道を案内してくれた。以前巡ったことのある足尾銅山や生野銀山よりも余程狭苦しい洞窟陣地の中を慎重に歩く。

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 実際に使用されたものと思しき大砲や機関銃、戦車なども兵士の銅像付きで展示されている。単なる過去の遺物としてではなく、ここに配備された一兵士の気分で銃眼から外を眺めると、長閑なはずの砂浜も敵の上陸地点として映り、グッと身の引き締まる思いがした。 

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 外に出ると眼下に広がるのは長閑な砂浜と穏やかな海。勿論そこには身を切るような緊張感など欠片もない。
 戦時中の空気がそのままパッケージ保存されたかのような光景に触れると、今現在車窓から見えている観光地化した姿の方に違和感を覚えてしまう。
 湖畔にたたずむ平和そのもののリゾートホテルの横を抜けて行くと八二三戦史館に到着する。
 しかし。あのホテルこそは戦いがすでに過去のものとなったことを何よりも雄弁に示しているだろう。おそらく、敵として戦っていた中華人民共和国の人々も宿泊するはずだ。それが平和というものなのだろう。
 閑話休題。
 さて。そもそもこの「八二三」とは何かとというところからお話しさせていただきたい。正確には八二三砲戦といい、1958年8月23日、中国人民解放軍がここ金門島及び隣の小金門島に対して行った砲撃を端緒とする一連の戦いのことを指す。
 全島で総計47万発の砲弾が撃ち込まれたものの台湾軍の粘り強い反撃により金門島は守り抜かれた。
 八二三砲戦に付随する戦いとして九二海戦(もしくは料羅湾海戦)という海上戦闘があるのだが、この時旧大日本帝國海軍所属の駆逐艦雪風改め中華民国海軍所属駆逐艦丹陽が活躍している。
 日本の元号で言えば昭和33年。東京タワーが竣工した年であり、もっと言えばプロ野球では長嶋茂雄が、鉄道界ではブルートレインあさかぜ号がデビューするなど太平洋戦争の傷跡もようやく癒えて新時代が幕を開けようとしていた頃。この島では全てが紅蓮と化しながらも戦っていたのである。
 その事実いうものをどう受け止めるべきなのか。
 その答えの一端なりとも見つかるだろうかと思い、また先述の丹陽の足跡に少しでも触れられればという気持ちから今回訪れてみたのだが。
 まず。九二海戦について触れている展示こそあったものの残念ながら丹陽に関する展示は一切なかった。この辺りは陸と海のセクショナリズムが関係しているのかいないのか。
 その分、という表現が正しいのかはわからないが、他の展示は充実していた。定番の年表や現場写真から始まって、宣伝のために大陸に投下されたビラや物品というちょっとニヤリとできるものから、島のどの地区に何発の砲弾が撃ち込まれたかを示した地図というゾッとするものまで幅広く揃っている。
 全てを見ての感想としては、たとえ泳いで渡れそうな距離しか離れていなかったとしても、陸続きでないことがこの島の命運を分けたと感じた。海というのは実に偉大だ。

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 続いてテキ山坑道という洞窟陣地へと行ってもらう。ここは八二三砲戦のあとに掘られた隠し水路で、小型の舟艇がそのまま海へと出撃できるような構造になっているとのこと。能天気で大変申し訳ないが画像を一目見たときからその秘密基地感に惹かれてしまい、どうにも行ってみたくてたまらなかったのである。
 途中、免税店や高粱酒の工場などの前を通るたび立ち寄るかどうかを確認されるが、今回は時間的にも体力的にも余裕が非常に限られた旅なのでパスせざるを得ない。次の機会があれば度数58という匂いを嗅ぐだけで酔っ払ってしまいそうな高粱酒にも触れてみたいとは思う。

 車は30分ほど走っただろうか。島を一気に横断して目指す坑道に到着した。

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 駐車場からちょっと歩くだけでも汗が噴き出すので、売店で水分補給をしてから中へと入る。今度はタクシーの運転手さんも一緒についてきた。
 固い岩盤の下り坂をゆっくり進んでいくとそこには確かに『秘密基地』があった。わずかな照明に照らされた水路の脇にある側道を慎重に歩く。
 「すごい」「すごいな」しか言葉が出ない。なにをどう言っても上手く表現できないような気がする。

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 幸か不幸かこの坑道が実戦で使われたことはないようだが、これが作られる必要性はこれまでに十分すぎるほど見てきたので大げさだか無用の長物だとかは微塵も思わない。

 地上に戻ってくると、タイムスリップでもしたかのような錯覚に陥る。芝生の広場には高射砲や上陸用舟艇等が展示されているが、露天展示の割には保存状態は悪くなくこの島を守った一員として大事にされていることが伝わってきた。
 さて。2カ所まわってみて台北へ帰る飛行機の時間までまだまだ時間はあるものの昼ごはんがまだということもあって、とりあえずフェリー乗り場である水頭碼頭で降ろしてもらう。
 ここからは隣の小金門島へと向かうフェリーと、「小三通」政策によって就航した中国大陸の廈門行きフェリーが発着している。我々はこのあと小金門島に渡るのでまず小さい方の乗り場へ向かい、時刻表を確認してから併設された食堂で遅めの昼食をとることにした。

 ここ金門島は石垣島と同じく離島ながら牛肉の産地。お土産売り場にもビーフジャーキーがずらりと並ぶほど。
 というわけで私は牛肉定食に台湾ソーセージ追加、家人はさっぱりとしたものを求めて牡蠣ラーメンを注文。
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 金門牛はいわゆる和牛的な箸で切れる脂身な美味さではなく赤身のしっかりした美味さだった。途中から薬味を足すなどして結構ボリューミーな分量を飽きずに完食できた。

 さて。食事と休憩が済んだところでいざ小金門島へ。ひとり60元の乗船料を払って乗り込む。
 20分ほどの短い船旅だが、見るべきものは多い。進行方向右手に見えるのが中国大陸。本当に近い。何しろ金門島と廈門市は最短で2キロ程度しか離れていない。この水道は日本の明石海峡よりもなお1キロ以上も狭い。

 日本で言えば石垣島と竹富島の関係に近いのだろうか。
 もちろんここにも金門島のような洞窟陣地や戦史館もあるのだが、フェリー乗り場から一番近い九宮坑道だけを覗いてトンボ帰りする。レンタサイクルで島一周とか出来ればよかったのだが、もはやそんな体力もない。
 坑道の一部がビジターセンターとして活用されているところなどは実にいい使われ方だと思った。

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 乗り場に戻って帰りのフェリーを待っている間、タクシーをチャーターして島を一周しないかとしつこく誘ってくる老婆がいたので暑さを我慢して外で待つことにした。にじみ出る汗を海風が荒っぽく乾かしていく。
 待つというほどのこともなく、船は入港してきた。スクーターが元気良く飛び出していき、そのあとから人波がどっと押し寄せる。
 その全てが帰りの船中でも景色を堪能するつもりだったが疲れから寝こけてしまい、気付くともう入港寸前だった。
 金門島に再上陸して時計を見ると残り時間が実に微妙。当初の予定では金門島の中心街金城鎮に立ち寄って買い物の一つでもと思っていたのだが、これだと立ち寄るだけになりかねない。ならばもう立ち寄らず空港に戻ろうということになった。
 港からはバスでも空港には戻れるのだが、面倒になってタクシーを拾う。道に広がる大陸からの観光客に行く手を阻まれながらも、それ以外は渋滞もなく快適なドライブで無事空港着。
 国内線でも飛行機に乗るのだからと早めに戻ってきたわけだが、チェックイン時に見事1時間のディレイを告げられる。

 ならばと土産物売り場でのんびりお買い物。貢糖というおこしのような菓子がある。これは台北でも買えるのだが、ここが本場なので1瓶買っておく。昼食で食べた肉の味が気に入ったのでビーフジャーキーも1袋購入。
 そして。ここではこの島に撃ち込まれた砲弾を材料に作られた包丁も売っていた。「毛沢東からの贈り物」とも称されるこの砲弾包丁は材料が材料だけに切れ味抜群と聞いており、私の好事家魂も騒ぐのだが日本には銃刀法というものがあり刃渡りの長いものは帰国時に没収される。
 一番小さい「フルーツナイフ」と書かれていたものでも悠々アウトな長さであり、断腸の思いで諦めることとなる。
 あとは地元紙の金門日報を観光案内所で無料配布していたのでもらって読んでみる。記事も広告も地元密着ばかりかと思えば米中(こちらの表記では美中)貿易戦争の記事が出ていたりもする。地理的に国際情勢に敏感にならざるを得ないのは国境の島ならではだろう。

 そんな感じで楽しく時間は過ぎていき、ちょっと早めくらいのタイミングで保安検査場を通過する。何しろ小さな空港なので立て込むと厄介そうだったので。

 搭乗口付近でベンチの空きを見つけ夕飯の算段などをしていると、華信航空から遅延のお詫びとしてお弁当とジュースが配布された。

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 良くも悪くもこれで夕飯については決まってしまった。
 他の乗客たちはその場で早速封を切り食べ始めていたが、我々はどうにも落ち着かないのでホテルに戻ってから食べることにした。

 遅延以外はトラブルもなく、無事飛行機は台北松山空港に戻ってきた。タクシー乗り場も空いていたので空腹を抱えて暑い中列に並ぶということもせずに済んだ。
 ホテルの部屋で開封した弁当はまだほのかに温かかった。

husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 旅行記 | 台湾

2018年07月12日

台湾旅行記2018(初日)

 結婚してから12年。新婚旅行で訪れて以来毎年毎年台湾旅行をしている。
 今年は12年で初めての事態が起きた。
 何かと言えば旅行1週間前に職場で転倒して右肋骨を打撲するけがをしてしまい、それが完治しない状態で出国しなければならなくなったのである。
 こうなると痛み止めを飲む関係からお酒も嗜めないし足つぼ以外のマッサージを受けるのも難しい。
 それでも一時は旅行自体が取りやめになるかも知れないと覚悟したのだから、そうならなかっただけでも良しとしなければならないだろう。

 この日の早朝。あの豪雨が嘘のような晴れ空のもと、自宅から高速で一路関空へ。
 駐車場を出たところで修学旅行生の一行と鉢合わせてしまい思わぬ迂回を強いられたもののあとは特段のトラブルもなくチケット発券とスーツケースの預け入れを完了。
 あとはWI-FIをレンタルして検査を通過するだけ、だったのだが。
 私はこの4月にパスポートを更新したばかりなので自動化ゲート使用のための指紋登録をやり直さなければならない。狭い通路にたむろする人、人、人をかき分けるように進んで入国管理局の事務所に出向くと、3人ほど先客がいた。また、係官が研修中の新人さんということもあって思いの外待たされたが、無事に登録は完了した。
 たったこれだけのことでもちょっとした疲れを覚えたのでサンマルクでコーヒーブレイク。私は痛み止めを飲むために固形物も胃に入れておく。

 店内、ざわざわとしてどことなく落ち着かないので飲み終えたらとっとと出る。目指すは保安検査場。去年までと比べて一部のレイアウトが変更になっていたが、その分審査そのものはスピードアップしていて想定よりも随分と早く通過することができた。

 あとは登録したばかりの指紋認証で自動化ゲートを通過して無事出国完了となる。
 それはよかったのだが、この出国後の所謂KIX AIRSIDE AVENUEというゾーンは飲食店の数が少なくどこも非常に混み合っているので、ゆっくりと時間を過ごせるのがラウンジしかない。だが我々はゴールドカードなど持っていないし航空券も一番安いエコノミーシートである。これではラウンジを利用することなど出来はしない。
 そこでちょっと休憩しただけで搭乗口まで行ってしまうことにした。
 我々の利用する13番搭乗口の周辺もそれなりに混雑はしていたものの、遥かにマシ。のんびりくつろぐというところまではいかないまでも、これからの旅の計画を話すくらいのことはできた。

 さてそろそろという頃合い、「空域混雑の為」なる理由で出発が遅れるというアナウンスがあった。これはおそらく被災地救援のために臨時で航空機が飛んでいる影響もあるのだろうと思うと何も言えない。

 少しの遅れは出たものの無事搭乗し、離陸となる。格安チケットなので4人並び席の真ん中に家人とふたり収まる。

 飛行機といえば必ずあるのが安全器具の使い方を説明した所謂セーフティービデオの上映なのだが。
 これがインド映画でも流し始めたのかと勘違いしてしまうような謎の演出をしており、動きと演出に気を取られて内容が全く頭に入ってこなかった。

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 去年はこんな内容ではなかったはずだが…。
 先日乗ったスターフライヤーといい、こういうのが流行っているのだろうか。
 機内食を食べ終えると、あとは本を読むか寝ておくかなのだが、今回は機内ビデオで『探偵はBARにいる3』をやっていたのでついつい見入ってしまった。
 当然短いフライトなので最後まで見終えることはできず、なんともすっきりしない状態で台湾桃園空港に到着。
 どうせイミグレは混雑していることであるし、喫茶店でもあれば先に休憩してから並びたいところだったが、あいにくとそういうものは存在せず。粛々と列に並ぶ。
 幸いにして進みは大変早く、10分ほどの待ち時間で私の番はやってきた。
 この時初めて「パスポート変わりました?」と聞かれていささか戸惑うもそれ以外は何事もなく無事通過。
 台湾ドルへの両替に外国人向けフリーWi-FiサービスiTaiwanの登録といつもの儀式を終えると地下のフードコートで休憩するのが我が家の習わしなのだが、今年は席が全て埋まっていて空きがなかった。
 やむなくスターバックスに入る。これまで台湾に来てまでスタバはなぁ、という思いから利用したことがなかったのだが、メニューを見ると阿里山烏龍茶や東方美人茶がある。となれば話は別だ。
 烏龍茶は品切れとのことで家人とふたり、ポットに入った東方美人茶をいただきながら今後の予定を相談する。加齢と共に体力的には下降線一方なのであまり無理をすることも出来ない。

 
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 明日は初の台湾離島チャレンジとなる金門島行きを決行するので特に今日は体力の温存を図りたいところだ。
 セブンイレブンが異様な混み具合だったので飲み物の追加購入は断念してMRTのホームへ。空港から台北駅までは直達車(急行)で37分。市中に入ると渋滞に捕まってしまうバスと比べれば本当にあっという間だ。
 空港MRTの台北駅から滞在先のシーザーパークホテルはちょっとだけ離れているのだが、スーツケースを転がすのに苦になるほどの距離ではない。

 無事チェックインも完了して、ホテルの部屋でホッと一息。この12年、幾つかの例外を除いて大体ここを利用してきたのでやはり落ち着く。
 最低限の荷解きや確認をしながら相談した結果、この日の夕食は台北駅を挟んで反対側にあるQスクエアのフードコートへ行ってみることにした。
 台北駅2階や三越地下、台北101などのフードコートは既に経験済みだったが、ここはまだだったからというのが主な理由である。
 賑わう人波をかき分けるように歩いて私がチョイスしたのは炒飯に牡蠣オムレツ、茹でた青菜に魚肉ボールのスープ。

 
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 典型的な、というほどではないが十分台湾らしい食事ではある。味は大変良かったのだが、非常に残念なことには私の胃袋がそろそろこういうもので腹いっぱいにすることが苦しくなってきた。
 悲しいことではあるが、残さず食べられただけ良しとせねばなるまい。

husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 旅行記 | 台湾

2018年07月04日

お知らせ

 今年の台湾旅行は7月12日から17日の予定です。今年は金門島に初上陸します。
 

husachiaki at 21:23|PermalinkComments(0) 旅行 | 台湾

2018年05月27日

観戦記 オリックスバファローズ対千葉ロッテマリーンズ(わかさスタジアム京都)

 地元京都にマリーンズがやってくるという報を得るや、一も二もなくチケットを押さえにかかった。
 京都でプロ野球が開催されるときは大抵京都タカシマヤ7階のチケット売り場に出回るので、それを当て込んでおうちの人にたのんで発売が確認されるやすぐに買いに行ってもらった。
 ところが「指定席しかない」と言われたとのことで。やむなく近くの急遽大垣書店四条店に走ってそこのチケットぴあでの購入となった由。それでも無事入手できただけで御の字である。

 さて。問題は当日の経路である。
 私の住んでいるところから阪急電鉄西京極駅のあたりまでは15キロくらいなのでそれこそ頑張ってこげば自転車圏内なのだが、これが公共交通機関を使って行こうとすると意外と面倒である。
 前回わかさスタジアムで観戦した同様、西山天王山駅まで車で行って駅前駐車場に停めて阪急電車で西京極駅に向かうルートを選択。
 ロータリーに入っていくと駐車場はまさかの満車だったのだが、ちょうど出ようとする車がいたので幸運にも確保できた。
 今回はたまたま成功したが、こうなると西山天王山ルートはちょっと怖くなってしまった。まぁ、最悪の事態にあった場合の逃げ道がないでもないのでそれを駆使すれば済むのだが。
 西山天王山駅から西京極までは各駅停車に乗って6駅、なのだが。一つ手前の桂駅で途中下車し、昼食をとることにする。
 球場での食事が難しそうだ、というのもあったが、それより何よりここにはロッテリアがあるのだ。
 ロッテリアといえば海浜幕張からも京都駅の地下街からも消えてしまって大変寂しいことになっているので、1も2もなく昼食に決定したというわけだ。

 昔は縁起を担いでカツ系を食べていたのだが、加齢とともにきつくなってきたので絶品チーズバーガーにサラダセットを付けてパッと平らげた。

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 桂駅のホームに戻ると、やってきた列車には両チームのユニフォームやTシャツ、帽子などを身につけた人がたくさん乗っていた。

 臨時改札口から連絡橋を渡って一気に球場へと向かう。
 向かって右が内野席、左が外野席ということで、左折して入場口を目指す。
 入口手前の券売所はシャッターが閉まっていて、上から完売の紙が貼られていた。外野席のみとはいえ前売り完売というのはなかなか珍しい。貴重な京都開催だからというのもあるが、収容数がそこまで大きくないという要因もあるだろう。

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 なんにしても事前に購入しておいて本当に良かった。
 外野はほぼ芝生席なので正確な座席数というものもよくわからないが、私が中に入った時には試合開始まで2時間近くあるにも関わらず、すでにかなり埋まっていた。
 ではあるが、無事友人とも合流でき、諸々話しているうちに間もなくスタメン発表となった。

 先攻の千葉ロッテマリーンズ
(中)荻野(遊)藤岡裕(二)中村(左)角中(一)ドミンゲス(右)清田(指)井上(三)鈴木(捕)田村(投)土肥

 後攻のオリックスバファローズ
(中)宮崎(二)山足(左)吉田正(指)ロメロ(一)小谷野(遊)安達(左)T-岡田(三)大城(捕)若月(投)田嶋

 
 マリーンズに舞い降りた新たな神ことドミンゲスが5番ファーストである。これは期待するなという方が無理だ。北九州市民球場で見たときはこれほどの選手とは思わなかった…というか正直に言えば打てる打てないがはっきりし過ぎていて日本では苦戦するのではないかと思っていた。
 他に触れる点としては、藤岡裕大が藤岡裕ではなく藤岡で表記されていたのが若干気になった。地方球場だから仕方ないのだろうが、もう一人の藤岡の現状を考えるとちょっと悲しくなった。
 まあ、北九州市民球場のようにドミンゲスがマットになっていないだけいいのだろうけれども。

 片やバファローズのほうは2番の山足が見慣れぬ名前だったため「え?山崎じゃなくて山足?」と思ってしまった。よくよく考えてみれば山崎はセカンドではなくキャッチャーもしくはピッチャーである。

 また。この日は阪急ブレーブスデーということでバファローズの選手たちは水色と赤の阪急ユニに身を包んでいるし、昔懐かしのマスコットブレイビーも来ている。

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 そして。何よりも耳目を集めたのは始球式に招かれた往年の名投手山田久志さん。伝説の大投手が往年の背番号17をつけてマウンドに立っていた。

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 この時披露したのは記憶の中のアンダースローではなかったが、それでも年齢を感じさせない綺麗なサイドスローでストライクを取っていた。
 いつもなら「山田」コールをするところだが、さすがに284勝の大投手相手には恐れ多くて出来なかった。

 その後、京都出身の女優さんや女子プロ野球の選手たちによる始球式も行われ、ようやく試合開始となる。

 初回、先頭の荻野が倒れるも藤岡裕大がデッドボールで出塁。次打者中村の3球目に藤岡裕が盗塁を試みるも、これはタッチアウト。
 中村はフォアボールで歩いて二死一塁。なんともチグハグな流れの中、角中はサードファールフライでチェンジ。

 その裏。バファローズも先頭の宮崎が倒れて2番の山足がフォアボールで歩き、一死一塁。なんだか似た場面だなと思って見ていると、吉田正のフルスイングが土肥の2球目を捉えた。これがぐんぐん伸びてライトスタンドへ。
 先制のツーランホームランとなり、2−0。
 しかし土肥は後続のロメロ、小谷野を打ち取り大崩れにはならなかった。不幸中の幸いである。

 その後、2回3回のマリーンズはフォアボールやエラーでランナーこそ出すものの、得点はおろかヒットも出なかった。
 ようやくヒットが出たのは4回表先頭の角中のバットからだった。
 無死一塁でバッターはドミンゲス。本日第1打席はフォアボールだったのは、やはり警戒されているのだろうか。届かない外角球に無理な空振りをする事がなかったのはやはり下でじっくり慣らしてきた成果だろうか。
 応援しつつそんな事を考えていた最中の4球目。フルスイングから放たれた打球は勢いを失わぬまま我々の陣取るレフトスタンドに飛び込んできた。
 歓喜の同点アーチで2−2となって試合は振り出しに戻った。チームのピンチに結果の出せるバッターの、なんと頼もしいことだろうか。
 後続倒れて一挙に勝ち越しとはならなかったが、まずは同点とできただけでも良しとしたい。

 そして5回表。
 先頭の田村、そして荻野と倒れた後、ツーアウトから藤岡がレフト前ヒットで出塁。中村が続いて二死一、三塁。
 バッターは角中。当然レフトスタンドはチャンステーマが発動。
 ボール、ストライク、ストライク、ボールときての5球目。角中のスイングはボールを捉えたが、高く上がってしまった。ショート安達のグラブに収まってチェンジ。勝ち越しならず。

 6回表。
 先頭のドミンゲスフォアボールで出塁。清田がきっちり送って一死二塁。井上の打球は大きく上がっただけのライトフライ。
 大地フォアボールで二死一、二塁。
 田村の打球は左中間へ。勝ち越しタイムリーを確信する鋭い軌道だったが、これをレフトのT−岡田がランニンングキャッチ。飛びついてそのまま地面に転がっていったが、ボールは離さなかった。
 マリーンズファンですら賞賛せずにはいられない好プレーで、この回も勝ち越しならずチェンジとなる。

 投げては土肥が1回裏の反省を踏まえてか2回から5回までは見事なノーヒットピッチングを披露する。
 しかし6回裏。
 先頭の若月にピッチャー強襲のヒットで出塁されると雲行きが怪しくなってくる。
 続く宮崎は空振り三振に仕留めたものの。山足の打席でワイルドピッチ。一死二塁としてしまう。宮崎をサードゴロに打ち取り二死二塁とするも、得点圏にランナーを背負った状態で第1打席でホームランを打たれている吉田正を迎えることとなった。
 初球ボールの後の2球目、ワイルドピッチ再び。ランナーがサードに到達し二死三塁となったところで申告敬遠。場面二死一、三塁と代わり、土肥もここまで。
 決して悪いピッチングではなかったので、勝利投手の権利を持っての降板とならなかったのは非常に残念だった。
 ピッチャーは田中靖洋に交代。
 田中はこの苦しい場面にも動じることなくロメロをショートゴロに打ち取り、ピンチを脱した。

 7回表に入るその前に、レフトスタンドはWe Love Marinesを歌う。地方球場だから音源は自前の演奏ということになる。
 その間にピッチャーが交代し、マウンドでは黒木が投げていた。背番号54の黒木というだけで1も2もなく応援したくなってしまうのだが、そうも言っていられない。
 先頭の荻野、続く藤岡裕と連打で無死一、二塁と早速チャンス到来。
 しかし黒木はそれこそジョニーを思い出させるマウンドさばきで強気のボールを投げ込んでくる。
 真ん中に入った変化球を奨吾が打ち損じ、ショート安達へのゴロ。6−4−3と渡ってゲッツー成立。なおも二死三塁だが、角中もショートゴロに打ち取られてチェンジ。わずか15分にも満たないジェットコースターだった。

 7回裏に入る前にはいつもの『sky』ではなく『阪急ブレーブス団歌』が流れる。流石にライトスタンドからの歌声は届かないが、なぜかレフトスタンドにちらほらと歌う人間が。私もその一人だが、これはこの曲が収録された『野球小僧・懐かしのソングコレクション』というCDを持っていたためだ。
 ちなみにこのCDには他にも『カッチャカッチャ阪急』、『阪急ブレーブス応援歌』、そして始球式に登場した山田久志さんも歌唱に参加している『ああ!王者』という曲が入っていたりする。
 興味のある方はネット通販での購入も可能なのでご検討されたい。
 
 閑話休題。
 7回裏のマウンドは大谷に託された。ライトスタンドからは阪急時代の選手応援歌が吹奏され、大いに盛り上がるもののここは大谷が揺るがず三者凡退に切ってとった。
 
 阪急ネタで盛り上がるのを見てこちらも負けてはならぬとばかり、8回表の攻撃前にはロッテ親衛隊の歌を演奏付きで歌うレフトスタンド。
 これは結構歌う機会のある歌なのでレフト全体で結構な声量になる。この歌が作られた当時の観客数を考えると、その頃よりも歌っている人数は多いかもしれない。
 この歌は現在の応援の源流になる歌詞部分があちこちにあるため、サビだけは参加しているという人もいた。

 8回表。
 バファローズのピッチャーは黒木から山本に。
 この山本の前に期待のドミンゲス空振り三振、清田ショートゴロと倒れ。井上がセンター前ヒットを放つも(代走加藤)、大地の打球がショート安達の好捕に阻まれてチェンジ。
 いつものことながらあと1点が遠い。

 8回裏。
 マウンドにはシェッパーズが上がる。
 大城と若月の代打西野を打ち取り、行けるかと思ったら宮崎の代打後藤を歩かせてしまう。山足にも粘られた挙句歩かせてしまい、二死一、二塁でバッターは吉田正。ボール2つ先行し、これはツーアウトだし歩かせてもいいんじゃなかろうかと弱気になったその瞬間だった。
 吉田正の打球はセンター前へ。これで3−2。ついに勝ち越されてしまった。
 ロメロレフトフライでチェンジとなったが、この1点はなんとも重たい。

 9回表。
 ピッチャーは増井に代わる。
 先頭の田村がフォアボールで歩き、代走に岡田が送られた。荻野きっちり送って一死二塁。
 藤岡裕の打球はライトへの大きなフライ。
 ヒットにはならないもののタッチアップには十分と思っていたところ、岡田が離塁しており、慌ててセカンドベースに戻っていった。
 二死三塁と二死二塁は大きく違う。特に9回というギリギリの状況においては。それがわからない岡田ではないだろうし、そもそもあの大飛球であれば万一ヒットとなっても岡田の足なら十分帰ってこれただろう。それだけにこのミスはいただけない。足掛け3年ヒットが出ないうちに守備や走塁にも精彩を欠くようになってきた気がしてならない。
 ともあれ、まだ二死二塁でバッターは中村奨吾。一打同点のチャンスには変わりないと期待を込めて声援を送ったが空振り三振でゲームセット。

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 地元観戦、デーゲームの芝生席、オールドユニという要素にドミンゲスのホームランまで見られて、マリーンズが敗れたものの楽しい観戦にはなった。
 マリーンズの姿を京都で再び目にするのはいつになるか分からないが、可能な限り来ようと思う程度には楽しかった。

husachiaki at 23:59|PermalinkComments(0) 観戦記 | 野球

2018年04月29日

JR及び旧国鉄全線乗りつぶしの旅(四国完乗編) 2日目

 朝。日の出の頃に目が醒める。相変わらず鉄道旅に出ると目覚ましより先に起きてしまう。
 廊下にある共同の洗面台で音を立てぬよう身支度を整えて、6時には宿を出た。

 荷物を抱えて窪川駅へ向かうと、まだ発車までだいぶ時間があるというのに4番ホームには既に1両編成の列車が停まっていた。
 1番列車ということもあってか、昨日乗った車両達とは違い車内には先客が2人しかいなかった。
 その他特筆すべき点としては運転手に指導員が付いていたことと、先頭の座席に新聞の束が積まれていたことだろうか。鉄道を使った新聞輸送を見るのはいつ以来だったか。
 この束はこの先土佐大正駅や土佐昭和駅で担当者に引き取られていった。

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 6時22分、定刻どおりに発車。窪川駅から次の若井駅までの区間は土佐くろしお鉄道四万十くろしおラインの路線である。予土線は若井駅から始まる。
 窪川駅を出発して程なく、進行方向右手に川が見える。最後の清流と言われる四万十川だ。途中、江川崎駅の手前あたりまで付かず離れずで一緒に旅をする。
 川が鉄道や道路の母であることは日本じゅう各地で見られる光景だが、今は先日廃止になったばかりの三江線が思い出される。
 若井駅を出て線路は2つに分かれる。あちらは中村経由で宿毛を目指すが、こちらは高知愛媛の県境を越えて宇和島へと向かう。
 その先に現れた四万十川は「最後の清流」という言葉に相応しく、確かに美しい川だった。砂と石で形作られ森の緑で飾られた青い帯を美しいなどと一言で片付けてしまうのが申し訳ないほどに。

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 ただただ、この車窓をいつまでも眺めていたくなる。
 私の興味を引いたのは川ばかりではなかった。十川駅を出て少し行ったところで、民家から山へ目掛けて大量の鯉のぼりが干されているのか吊るされているのか、とにかくメザシのように並べられてはためいていた。

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 昨日の阿佐海岸鉄道でも鯉のぼりが飾られていたが、四国においては端午の節句がクリスマス並みの扱いを受けているのだろうか。
 飽きない車窓のおかげで退屈知らずのままもう江川崎駅への接近がアナウンスされる。早い。
 四万十川に別れを告げ広見川を渡ると1番線に上り列車が行き違い待ちをしている姿が見えた。その車両は白と青のツートンカラーに団子っ鼻という、見間違いようのない特徴的な姿をしていた。そう、停まっていたのは『四国新幹線』とも称される0系新幹線を模した鉄道ホビートレインだった。
 急ぎホームに降り立ち、わずかな停車時間をぎりぎりまで使って目一杯撮影する。

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 まだ満足しきれぬうちに先に向こうが発車する様子を、名残を惜しみながら見送った。次回は是非、あれに乗って予土線を旅してみたい。

 ホビートレインに遅れることわずか、こちらも発車する。次の西ヶ方駅を出ると、予土国境を越える。真土駅に到着するとこれで高知県は完乗となる。
 愛媛県側に入ってしまうと四万十川と共に歩んだ道のりと違い車窓はそれほど特徴的ではなくなる。
 務田駅の先に松山自動車道の高架を見つけると、いよいよ宇和島も近い。北宇和島駅の手前で予讃線と合流。若井駅で土佐くろしお鉄道と別れて以来の出会いだ。

 北宇和島駅着。これで予土線完乗となるが、このあとの乗り継ぎがあるので宇和島駅まで行く。
 8時28分、宇和島駅着。何年ぶりかの宇和島駅である。名物の南予風鯛めしも宇和島城も今回はスルーして先を急ぐ。もったいないことをしているという自覚はあるが、致し方ない。
 ここからは8時40分発の宇和海8号で伊予大洲駅へと向かい、伊予大洲からは始発の旧線経由普通列車松山行きに乗る。瀬戸内海沿いの旧線に乗るのは実に楽しみなのだが、朝早くから乗り続けてきたためか、既に小腹が空いてきている。
 伊予大洲でなにかあればと思ったが、駅には何もなかった。幸い15分の余裕があったので外へと出てみたところ、1軒のパン屋を発見。
 数点購入し、これで落ち着くことができた。
 
 伊予大洲の次は人名っぽい駅名で知られる五郎駅で、ドラマ『孤独のグルメ』のテーマが脳内で流れたりする。

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 伊予白滝駅で臨時列車伊予灘物語と行き違い待ちをするようなのだが、先方の遅れに巻き込まれてしばし停車する。この隙にトイレも済ませておこうと向かい側のホームへ駆け上がったところで踏切の警報音が聞こえてきた。用を足している最中でなくて本当に良かったと思いつつ、慌てて戻る。

 喜多灘駅は大洲市と伊予市にまたがっているようで、ホームに白線が引いてあった。

 下灘駅のホームには今乗っているよりも多くの人数が待ち構えていた。NHKの『72時間』という番組で取り上げられるなどしたためか、この駅の認知度は高いようだ。

 せっかくなので海を見る。海に近い駅というのは日本全国当たってみればそれなりに数はあるのだが、確かにここはその中でも群を抜いて眺望に恵まれている。
 例えば旧北陸本線親不知駅などはここと同様にホームから海を眺められる駅なのであるが、北陸自動車道の高架に視界を阻まれて台無しになっている。
 ここからの眺めには何もない。何もないのがいい。ボーッとするのにちょうどいい優しく駘蕩とした空気もいい。

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 この空気に誘われて私も衝動的に途中下車したくなったが、そこはそれ、ぐっとこらえる。これが後何歳か若かったらどうなったか分からない。

 若干後ろ髪を引かれる思いを残しつつも先を目指す。まぁ、目指すも何も3つ先で完乗なのだが。というわけで若干の遅れを引きずったまま向井原駅着。ここで新線旧線合流となる。予讃線旧線(海線)完乗であり、それに伴い愛媛県完乗にもなる。
 この遅れは結局回復しないまま松山駅着となった。遅れは数分にとどまったのだが、この数分が削られたことで、昼食をここの立ち食いで済ませようとした私の計画はあっさりと崩壊した。
 未練たらしく見本をチェックするあたりが我ながらどうしようもないと思った。
 代わりに何か車中に持ち込めるものをと物色したが、どれもピンとこない。
 瀬戸内レモンレモネードというジュースを買うのが精一杯だった。
 なお、松山駅の立ち食いうどんは持ち帰り可能であったことに気がついたのは、既に私を乗せたしおかぜ16号が発車した後であった。
 2時間の旅路も無事終わり、多度津駅に到着。多度津からは土讃線の特急南風に乗り換えて阿波池田へと向かう。その乗り継ぎ時間が26分ある。
 しかし、この駅には食べるところはない。いや、厳密にはあるのだが、構内食堂というその店はお休みであったのだ。あとは土産物屋を兼ねたKIOSKと、パン屋さんしかない。大変申し訳ないがもうパンで空腹を誤魔化す行為自体が限界にきており結構な人気店っぽかったにもかかわらずスルーした。
 KIOSKで何かないかと物色したところ、カツオのまるかじりスティックなるものを見つけ、これで空腹を誤魔化す。結局26分を生かすことはできなかったわけだ。
 13時48分、定刻どおりやってきた南風11号に乗り込む。阿波池田駅までわずか36分の乗車時間だが、バースディきっぷのおかげで遠慮なくグリーン車を利用できる。
 14時24分、阿波池田着。
 既に2両編成の徳島行きが待ち構えていた。乗り継ぎ時間は5分なので駅の外に出る間もなく、とっとと車両に乗り込む。
 14時29分、阿波池田発。
 厳密には次の佃駅からが徳島線であり、もっと言えば徳島の一つ手前佐古駅までが徳島線である。無論、そんなルートで走らせても乗客が減るだけなので阿波池田〜徳島という経路になる。
 この徳島線はその名のとおり徳島県内を東西に横断する路線である。そして、その道中を四国サブローこと吉野川と並走する。
 するのであるが、高低差があったり間に堤防があったりするのであまり車窓には姿を現してくれない。なので、たまに見えた時には熱心に見入ってしまう。
 
 誠に失礼ながら、私はこの徳島線を地図や時刻表で見るたびに平家の落人村みたいな人里離れたところを延々と走るものだと想像していたのだが、実際はもちろんそんなこともなく。車窓も普通のローカル線という範疇に収まっている。
 そもそも特急列車が日に何本も走っている時点でそんなはずはないと気づかなければいけなかったのだが、やはり四国山地に沿って走るというインパクトが強かったようだ。
 
 貞光駅。剣山の登山口という大きな看板が掲出されているのだが、勿論のこと駅舎の向こうにそびえる山のどれが剣山なのかは判然としない。しないが、せっかくなので画像に収めておく。

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 なお、ふたつ先にある穴吹駅の名所案内には「剣山 南西51km バス2時間30分」と書かれていた。51kmという距離は近隣施設としてどうなのかという気もする。ちなみに京都〜大阪間よりも離れている。
 穴吹駅といえば、ここから車掌さんが乗ってきてワンマン運転になるというのも少し驚いた。それだけここから先の乗客が多いということなのだろう。
 また、ここは徳島線内唯一のみどりの窓口設置駅でもある。昔は賑わっていたのだろうが、それを想像するよすがは広い構内くらいしかない。

 この穴吹から先、川田、阿波山川、山瀬と地形を反映した駅名が続く。川と山とに挟まれた狭い平地という車窓とこれらの駅名がマッチするので、徳島線という路線の印象が強くなる。よしの川ブルーラインという愛称も納得である。

 しかし、西麻植駅あたりから川との距離が徐々に開いていき、最終的には駅一つ分くらい遠くなってしまう。それでも並走していることには違いないのだが、川の眺めが気に入ってきただけに残念だった。

 府中駅で列車の行き違い待ち。地元の路線だと単線区間の行き違い待ちには若干なりともイラっとさせられるものだが、旅をしている途中だと気にならないのは不思議なものだ。
 そういえば。府中という名のJRの駅は日本に3つあるが、この徳島線だけ読み方が「こう」である。なんでも江戸時代にこの地を治めていた蜂須賀家が「府中は不忠に通じる。孝行に通じる『こう』と読め」と変えさせたそうで。なんとも念の入ったことだが、こういうちょっとしたところにも歴史が顔を出すのは、面白いと思う。
 佐古駅で高徳線に合流し、これで徳島線完乗。もちろんこのまま徳島駅まで行く。
 16時23分、徳島駅着。

 ここで再び23分の余裕が発生するのだが、次の高松で温かい食べ物の当てができているので土産物の物色に専念する。
 幸い好物の鳴門わかめが手に入り、またソバかりんとうなるものが売っていたのでこれも購入。ソバかりんとうは未知の一品だったので1つしか買わなかったが、これはもっと買っておくべきだった。

 一通りの買い物を済ませてうずしお22号岡山行きに乗り込む。今回の旅で唯一この列車だけ指定席が取れなかったのだが、乗ってみたらわずか2両編成でしかも指定席なのは片方の車両の1〜4番まで。わずか16席では取れないのも納得だ。
 座席自体は無事窓側を確保できたので何の問題もなかったのだが、いっそ全席自由席のほうが良いような気もしてしまう。
 なお、宇多津駅で高知からやってきた南風22号と併結になるため、このうずしお22号は6号車と7号車という並びになっている。
 その6号車に陣取って、四国完乗の旅のフィナーレともなる高徳線を行く。
 しかし、このうずしお22号は速過ぎた。日に2本しかない岡山まで行く列車ということもあってか、実に飛ばす。スピードもそうだが、停車駅も最小限に絞っている。何しろ高松まで停まるのは板野、三本松、志度、栗林の4つしかない。評定速度は72kmとかなりのものだ。
 おかげで讃岐相生駅で成し遂げたはずの徳島県完乗も屋島駅で達成したJR四国及び四国内の旧国鉄計画線全線完乗も、感慨の湧きようがない。
 やむなく高松で下車した時に喜ぶことにしたのだが、どうにも間の抜けた話になってしまった。
 また、ここでうどんを食いっぱぐれると2日間四国にいて全くうどんを食べないという、まるで鼎泰豊に行って小籠包を頼まないレベルの暴挙をやってしまうことになるので駅構内にある『連絡船うどん』に走り、梅とろうどんを注文する。
 ちなみにこれが本日初めての温かい食事。

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 これよりうまいうどんを出す店の心当たりは沢山あるが、それでも完乗を象徴する味だ。悪かろうはずがない。
 もちろんうどん1杯で足りるはずもなく、この後乗ったマリンライナーの車中で『丸亀名物あったか骨付鳥弁当』を平らげ、ようやく満ち足りた。

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 何年ぶりかの時刻表極道旅ではあったが、よくぞこの強行日程が無事で終わったものだという平凡な感想しか出てこなかった。
 この完乗で四国に来る気が無くなったかといえば全くの逆であり、今回やり残したことがあまりにも多いので、次来た時にあれもしたいこれもしたいと、そればかりが募る結果となった。

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2018年04月28日

JR及び旧国鉄全線乗りつぶしの旅(四国完乗編) 初日

 色々とやりたいことが多すぎて時間もお金も常に不足している。
 しかし何事もタイミングというものはあって、それに乗っかる事で一挙に片付く事がある。所謂天の時というやつだ。
 例えば。JR四国はバースデイきっぷというものを発売している。これは誕生月に限りJR四国、土佐くろしお鉄道、阿佐海岸鉄道、JR四国バス(路線バス)が全線乗り放題という大変剛毅なきっぷであり、これを使うと四国完乗が一気に進む事は明々白々なのだが、あいにくと私の誕生月は4月であり、年度初めということもあってこれまで活用する機会に恵まれなかった。

 今年、旧年度の残務処理も早い時期に無事終わり、暦も28〜30日が3連休というまさに「天の時」が今であることを示していた。
 今年こそバースデイきっぷによりJR四国及び旧国鉄計画線である阿佐海岸鉄道と土佐くろしお鉄道を完乗してしまおう。そう腹を決めて計画を練った。最初は27日夜発の東予フェリーで大阪南港から四国入りし、今治か松山から旅をスタートさせるつもりでいたのだが。27日は職場の歓迎会が入ってしまい計画変更を余儀なくさせられた。

 やむなく、前々から温めていた高速バスで京都から鳴門入りするルートを取り、鳴門駅からこの旅をスタートさせることにした。
 このプランには一つ難点があって、当たり前のことだが、高速道路が渋滞すればバスの到着時刻は遅れてしまう。ゴールデンウイーク初日、渋滞しないと思う方がおかしい。それゆえのフェリーだったのだが、こればかりは仕方がない。
 それでも、鳴門線という盲腸線を乗りつぶすには鳴門駅をスタートかゴールにするのが一番良い。バスが1時間遅れてもなんとか初日の目的地まで辿り着けることを確認して、覚悟を決めた。
 7時40分京都駅前発の阿波エクスプレス。京都〜徳島間を結ぶ公共交通機関としては高速バスが最速な上に値段も安いため、車内は7〜8割がた埋まっていた。

 京都南インターから名神高速の終点西宮までは渋滞というほどの混雑もなく大変順調だった。そこから阪神高速3号神戸線に入ると、間もなくしてスピードは覿面に落ちた。
 最大で30分ほど遅延したものの、途中20分遅れまで巻き返した。この20分遅れというのが曲者で、予定していた鳴門駅方面への路線バスにぎりぎり間に合わない。
 となるとタクシーを使うしかないが、そもそもタクシーがつかまるのかがわからない。一応、高速道路直下に観光情報センターなるものがありそこにタクシー乗り場があるらしいのだが、待機車がいなかったら最悪荷物を抱えて2キロ弱の道のりをダッシュする羽目になる。
 焦る気持ちをどうにか鎮めつつ、高速鳴門バス停に到着するとバスを飛び降りて連絡通路を突っ走った。
 『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』で見て一度乗ってみたかったゴンドラ型エレベーターのすらっぴぃもスルーして一気に坂を駆け下りた。

 幸いにしてタクシー乗り場には3台も待機しており、乗ってしまえば鳴門駅には10分とかからず到着できた。
 
 早速みどりの窓口でバースデイきっぷを購入し、同時に今日乗る高知から窪川までのグリーン指定席券も発行してもらう。

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 鳴門駅は高松駅のような所謂頭端式で、たった1両ちょこんと待機している。頭端式なのは盲腸線の終着駅なので当然と言えば当然だが、端っこ感が強く出るのでこれから旅の始まりが頭端式だと嬉しくなる。
 11時1分、定刻どおりの発車。
 鳴門線はローカル線、しかも盲腸線ではあるものの、車内には立ち客も出るほどで、なかなかの乗車率だ。普段がどうなのかはわからないが、ゴールデンウイークという要素も少なからずあるだろうとは思う。
 農地と住宅とが入り乱れる車窓は、一見すると「これぞ四国」という感じではないように見えるが、畑に植えられているのが鳴門金時だったりして、じわじわと四国感は出ている。
 鳴門を出て2つめが金比羅前駅、その次が教会前駅であり、神社とキリスト教会が隣り合っているのかと思ったらこの教会は天理教のそれだそうで。なんにしてもバス停のような駅名だ。
 その後もじわじわとした四国感を味わっていると列車はあっという間に池谷駅へと到着する。ここで高徳線と合流する。これにて鳴門線完乗となるが、乗っている列車は徳島行きなのでこのまま高徳線に乗り入れる。

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 ちなみにこの池谷駅をずっと「いけがや」だと思っていたのだがここで「いけのたに」が正しいことを初めて知る。
 なお、一般的には「いけたに」と読む人の方が多いかもしれないが、この辺はプロ野球を長く見続けていたゆえである。

 吉成駅を出て程なく四国サブロー、もとい四国三郎こと吉野川を渡る。坂東太郎(利根川)、筑紫次郎(筑後川)、ときてこれで日本三大暴れ川も全て渡ったことになる。


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 吉野川を越えたら佐古駅は目の前であり、その次がもう徳島である。
 牟岐線海部行き各駅停車は既にホームへ入線しており、買い物も出来ぬまま乗り込む。この車両も混み合っていたが、幸いにして一つだけあった空席に腰掛け、ホッと一息。
 
 そんなわけで徳島駅での昼食調達に見事失敗してしまったわけだが、こんなこともあろうかと妻が今回の日程に呆れつつもパンを買って持たせてくれたのでこれを感謝とともにいただくことにする。
 もう少し真っ当な計画だったら二人で回ることもできたのだろうが、その場合1泊増やさねばならず、連休明けの仕事に差し障る。
 次回の四国旅行ではもう少し配慮して二人で楽しめる旅にしたいと思う。

 パンに夢中で車窓を見逃してもいけないということで、発車前に慌ただしく平らげた。

 徳島を出てからの車窓は典型的なローカル線のそれで、都市部から郊外へと進むにつれ建物が減り農地や森林が徐々に増えていく。それが中田駅を過ぎ、南小松島駅に差し掛かるあたりで一時的ではあるが逆転する。これは徳島初の近代港である小松島港の存在があればこそだろう。

 また、小松島港と言えば中田駅の先には廃線となった旧小松島線の痕跡があるだろうと思って車窓に目を凝らしたが、通路側の席だったのが災いしたのか老眼のためかよくわからなかった。

 そして南小松島を出ると再び住宅と田園とが織りなすローカル線お馴染みの風景になっていくのだが、ここが、というか四国のローカル線が他路線とちょっと違う要素としてお遍路さんがある。
 この牟岐線で言うと、例えば南小松島から2つ先の立江駅は19番札所立江寺の最寄りであるし、だいぶ先になるが日和佐駅も23番札所薬王寺に近い。そのため車内や車窓にお遍路さんを見かけることがあった。

 
 12時17分阿南駅。池谷駅に続いて広島東洋カープを連想させる駅名である。阿南止まりの列車もあるくらいで、牟岐線の中では大きな駅だ。そのため、降りる人も多く乗ってくる人もまた同じくらいいた。
 そのため、通路側の席から変わることもできず、その後もいまひとつ路線のイメージがつかめないままだった。
 ただ、気づくと両脇を木々にすっかり取り囲まれていてぎょっとした。阿波室戸シーサイドラインという愛称の割には海はなかなか見えてこない。むしろ森と山の印象の方がどんどん深くなってしまう。地図で見れば確かに海沿いを走っているはずなのだが。
 
 『水曜どうでしょう』に「四国さんはすぐに絶景になる」という名言があったが、確かにそのとおりだった。それらをいちいち撮影しようと思ったらスマホの電池や容量がいくらあっても足らないくらいだ。

 由岐、田井ノ浜というあたりまで来て、ようやく車窓に海が現れるが、それもすぐに見えなくなる。

 日和佐に着くとようやく車内の人口密度も下がり、窓側の席も確保できた。さすがウミガメの里。
 ここから牟岐までは再び森の中というか山の中を延々ひた走る。シーサイドラインという愛称についてはもう考えないことにした。

 山道と並走し、いくつものトンネルを抜けて路線名でもある牟岐駅に到着する。ここでどっと乗客が減るかと思ったが、そうでもなかった。思いのほか多くの人が終点の海部まで行くようだ。
 牟岐駅を出るとようやく安定して海が見えるようになってきた。待ち焦がれた分もあってか、陽光に照らされて実に美しく見えた。
 13時37分、海部駅着。これで牟岐線完乗となる。しかし、ここは終点であって終点ではない。この先に続く線路は阿佐海岸鉄道。旧国鉄阿佐線になるはずだった路線だ。
 JRだけでなく旧国鉄線もしくは旧国鉄計画線も完乗に含めているので勿論乗車対象となる。わずか2駅だけの路線で、経営には大変苦労しているとのこと。何かグッズでも買って応援できればよかったのだが、あいにくと今回は行程が出来過ぎていてそういう時間的余裕が全くなかった。
 海部駅には跨線橋などなく、昔ながらの線路上の連絡通路を歩いて渡り、向こう側の2番ホームで待つことしばし。
 やってきた車両は1両で、前後に伊勢海老のヘッドマークをつけ、窓辺にはこいのぼりが置いてあった。この派手な甲浦行きに乗り込んだのは私を含めて10名いたかいないか。

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 海部を出て宍喰に停まったら次はもう甲浦という短い距離の路線だ。車窓も何もあったものではないが、宍喰の手前までは車窓のほとんどが海で、牟岐線と共通の阿波室戸シーサイドラインという名称にようやく光が当たった気がした。
 乗車すること11分、徳島から数えたら2時間半近くかかって終点甲浦駅に到着した。この駅は工事打ち切りをうかがわせるぶつ切り構造だった。

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 無人駅なのでここから先の交通手段については何の案内放送もないが、ほかに行くべき道もないので車止めの横に敷かれた通路を下りていくしかない。
 すると、駅舎の横にぽつんとバス停が2つ。そのうちのひとつが高知東部バスのもので、乗り継ぐ安芸行きの時刻が書いてあった。
 駅前にあるからまだしも、野っ原に置いてあったら廃線になったのかと思うほどに傷んでいた。

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 もちろん廃線などにはなっておらず無事バスはやってきた。これが普通の路線バスタイプの車両で、リクライニングしない車両のバスで2時間以上の道のりを行くのはこれが初めてなので若干の不安もあったが、今更後には退けない。

 バスは信号のない道を快調に飛ばし、海沿いの国道55号線に出る。この55号線をひた走り、室戸岬を経由してタイガース2軍のキャンプ地である安芸市まで70キロ以上の道のりを行くのだ。私は途中の土佐くろしお鉄道奈半利駅で降りてしまうが、それでも60キロ以上乗る。
 この55号線、太平洋沿いをひた走るので車窓は抜群に良かった。ただ、それを撮影しようとすると問題が一つあった。バスが揺れて揺れて上手くいかないのだ。
 私は幸いにして三半規管が図太く出来ているようで酔うようなことにはならなかったが、撮影どころかメモも取れず本も読めず。ボーッと景色を眺める以外は時折スマホをいじってプロ野球の途中経過をチェックすることくらいしかやる事がなかった。
 それでも室戸岬に近づいたときは流石に1枚欲しくなりどうにかしようと思ったのだが、上下にぶれてしまってやはり上手く撮影できなかった。バス停で止まったときがチャンスだろうと待ち構えていたが、室戸岬バス停の位置からは海も何も見えず。山側に中岡慎太郎の銅像があったのでせめてと思いこれを撮影。

 室戸岬といえば四国八十八ケ所のうち24番最御崎寺、25番津照寺、26番金剛頂寺と近くに点在しているのでやはり路上にお遍路さんの姿を見かけることがあった。牟岐線のときも思ったのだが、四国の車窓はやはり一味違う。
 室戸岬を後にすると、バスは55号線を外れて住宅街の真ん中を進む。どこへ行くのだろうと思って見ていると、室戸営業所で乗務員が交代した。また、この時『高額紙幣を両替ご希望の方、おられましたらお申し出ください。こちらを出ますと1000円札以外の紙幣の両替は致しかねます』旨のアナウンスがあった。すでにこの時点で甲浦駅からの料金は1560円となっており、確かにうっかり1万円札しか財布にない場合は下車時に往生しそうだ。
 しかし、皆この路線のことは心得ている乗客ばかりのようで、申し出はなかった。営業所を出ると、少しの寄り道をした他はひたすら55号線を北上していく。
 車窓から海が消えたと思ったらもう間もなく奈半利駅である。土佐くろしお鉄道に乗るので、ここで下車する。ちなみに料金は2340円。鉄道の2時間はそうでもないが、路線バスの2時間は実に長く感じた。
 2時間ぶりの地面に降り立って、まずは大きく伸びをする。右に左にと揺られたせいか伸びをするだけでは足らず身体を曲げたりよじったりもしてみる。
 3階建ての駅舎の1階は土産物屋になっており、ここで見つけた野根まんじゅうを職場と自宅用のお土産にした。
 のどかな風景に存在感のある高架の路線。これが奈半利駅から後免駅までの42.7kmを走る土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線だ。
 これも阿佐海岸鉄道と同じく旧国鉄阿佐線になるはずだった路線である。おそらくこの二つのレールがつながることは今後ないであろうが、バスのおかげで擬似的にでもつながっているのは乗りつぶし的に大変ありがたかった。

 すでにホームに待機していたのは16時9分発の土讃線直通快速高知行き。ローカル線では珍しい会社間での相互乗り入れが行われているのは旧国鉄計画線であるがゆえだろうか。何にせよ大荷物を抱えた身としてはありがたい事である。
 海側の座席を選んで腰掛けてみると、椅子の背もたれが若干高めに感じる。これも長くバスに乗っていたせいなのか、それとも本当に一般的な座席より高めなのかはわからなかった。
 ここから終点まで多くの区間を国道55号線と並走する。 
 高架なので海がよく見える。正式には土佐湾なのだろうが、どうしても太平洋と呼びたくなる眺めだ。その昔にはこのあたりの浜のほど近くまで鯨がやってきて潮を吹いていたという話だが、そういう光景がよく似合うだろうと思った。
 この幸せな眺めに身を置いていたらあっという間に後免駅に着いていた。慌ててスマホを構えて記念の1枚。
 ここまで来てしまえばあとは早い。5駅21分の道のりを無事走り終えて17時25分、高知駅着。
 まずはみどりの窓口で明日の指定席を押さえてしまう。バースデイきっぷのおかげでグリン車があるところは遠慮なくそちらを選べる。
 概ね問題なかったのだが、明日のフィナーレとも言うべき四国完乗を飾るうずしお22号の指定席が満席とのこと。
 この列車は岡山まで直通する便利さゆえ人気も高いのだろう。始発駅の徳島から乗るのでちょっと早めに並べばよかろうと結論付ける。
 窓口を後にして、駅の外で出た。このあと18時55分発の特急あしずり7号で窪川まで行くので、約1時間半のインターバルがある。本日高知駅近くで泊まらず窪川まで行くのは明日の窪川発予土線一番列車に乗るためだ。
 この待ち時間が私のディナータイムとなる。というか今日唯一のまともな食事である。
 さて、その貴重な1食をどこで食べるか。
 駅を離れてはりまや橋の方まで出れば色々店があるのは承知していたが、うっかり飲みすぎた場合駅までたどり着けない可能性がある。
 そこで色々調べた結果高知駅から歩いてすぐの居酒屋『土佐』へ向かった。
 アットホームな雰囲気のお店であり、高知ならではの食材や地酒も揃っているとの情報が決め手となった。
 メヒカリの干物に鰹のたたき、それに地酒の吟麓をいただく。
 メヒカリという魚は初めて食べたが、食感としてはシシャモに近い。ただ、私の知るシシャモの味より1段も2段も上だった。

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 鰹のたたきは山盛りにズドンと盛られたのがやってきた。一般的にはニンニクのスライスが乗せられているのだが、この店ではニンニクはみじん切りされていた。自家製タレも自然な感じで鰹になじんでおり、実に良い。

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 私の好物ということもあってここ本場高知でも何度か口にする機会があったが、その記憶と比べても抜群に旨かった。
 こう旨くては下戸の私でも酒が進んでしまう。あっという間にコップは空になったが、もう1杯を頼むにはいささか手元がおぼつかない。
 この後の事もあり、2杯目を断念して味噌汁とご飯を追加する。
 酔った頭に味噌汁が沁みるし、ご飯は鰹とも良く合った。あっという間に平らげてお勘定。お土産にバナナ1本いただき、駅に戻った。

 無事にたどり着けたので足取りはそこまで乱れていなかったと思うが、とにかく早く酔いを覚ましたくてまずは水分補給。
 続いて窪川までの車中2時間を乗り切るための飲食物、そして宿に着いてからの間食及び明日の朝食を調達しなくてはならない。飲み物は簡単だったが、食べ物のほうはいささか難航した。ミレービスケットや芋けんぴ等々、魅力的なお菓子は多々あるが、朝食として考えられるものはあまり無く。
 そもそも一番期待していた駅弁はどこを見ても見当たらず、やむなく構内のセブンイレブンでおにぎりを仕入れる事となった。
 最後に酔い覚ましを兼ねて高知名物アイスクリンを購入してホームに上がった。
 バースデイきっぷのおかげでグリーン車に乗れるありがたさ。鳴門駅で発券してもらった指定券の座席番号を確認しつつ座る。酔っ払っているのでより慎重に確認。
 道中、アイスクリンが沁みるように旨かった事以外は特筆すべき事も無く。真っ暗な車窓の前に心置き無く熟睡したりして、体感乗車時間は30分にも満たない状態で窪川駅着。
 窪川駅前はこじんまりした駅舎に似合いの小さなロータリーがあった。
 ここから歩いてすぐのところに本日のお宿、まるか旅館さんがある。明日の朝を考えれば最高のお宿。
 お遍路さんも利用するような畳敷きの一人部屋だが、無料wi-fiが利用できたりするのは時代の流れだろう。
 いつもの『旅行』ではなく、久々に若干なりとも漂泊の香りが匂う『旅』をしている感覚に少なからず高揚感を覚えつつ床に着いた。

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