またやる気のない題名ですみません。


発達障害の人は8月中ばの受診であの恐ろしく精密かつ精神を破壊するテストの結果や総合的主治医の診断を受けました。

アスペルガーとADHDが同等の割合でテストでもかなり高い数値が出て重症でした。

学習障害LDは全くなくIQも平均値。

しかしこれは自覚出来ずにいたとはいえかなり辛かったと思いますよ。

とか先生に言われていた。

大人になるとかなりなくなる部分の数値も高いし。

そして今になってやっと病院にかかる事が出来たのはうつ病がひどいから。

わからずに変人として生きて行ってた方が良かったのかわからないけど、一般社会人で居続けても結果、今のうつ病にまでにいづれなってると思うから仕方ないのかな。

ADHDには薬があるから良かったのが救いです。アスペルガーの要素はADHDの薬である程度じぶんをコントロールしながら気をつけていくしかない。

でもって。このての薬はすごい高いのね

恐ろしい薬価で驚いたわ。

だいたい子供の時にわかって子供の患者が多いからなのか年齢によって容量も違う。

最低は5ミリだったかな。

この薬は18歳以上の大人のADHDは最初は40ミリから始まり最大で120ミリまで飲める。そして何よりな事でうつ病の薬としても役割を果たすらしい。


わたしの難病の薬も高いけどその3倍くらいした。

はやく自立支援で1割負担にならないとこりゃ大変だ。

そして彼はお盆明けにそのまま休職になり、自宅療養をしてる。

今後の展開はほぼ決まったのでこれからは、すぐに申請するものなど手続き系やまた2週毎に通院があるけど、冬になる前まで通ってそのあとは症状次第だけど4週で通うようになると楽になるだろう。


診断が出た日にすぐ自立支援の手続きの準備をし、申請は済んでいる。

その日から2ヶ月くらいで受給者証が手元に届くだろう。

会社も傷病手当の申請をする。

障害手帳の申請をしたいならそれは初診から半年後じゃないと出来ない。

障害年金を受給したいなら初診から1年半後だよ。

とか本人がわかるように書いて教えておけば良いだけ。

これでわたしがしなくてはならない事が大体の目処がついた。

とりあえず未定だけど彼は病院の近くの市に越すと思う。

それか地元に帰る。


彼は未だにわたしとずっと一緒にいたい。

わたしが必要なんだと言っている。

あいしてるから。

を言う。そう、わたしの嫌いな言葉だ。

世の中にこんなにも無責任な言葉はない。

それならまだ、自分じゃ何にも出来ないよ!この先いまはまだ出来ない手続きや毎日の生活や病院に通うのも心細いからいてよ!

とか正直に都合の良い人あつかいの理由の方がまだましだからそう言え。と言った。

わたしは一緒にはいない。

決めたことまではちゃんと責任もってやるけど、そのあとは仕事をしたいとか生活で困った事は市の福祉課でいろんな制度もあるから教える。

ヘルパーさんもお願い出来るから。

と、あれからも何度も言ってる。

いつもいつもそんな話になるとすがりついて泣き出して子供のようになる。

わたしはこの人のお母さんのようだ。

でもわたしもいま現在でも他のことを同時進行でしているくらいきつい。

毎日とても疲れきって夜は死体のようになる。

それでも2時とかにはもう起きている。

眠る予定の23時間前にいつも睡眠薬を飲むんだけど、ほんのりと効き始めて22時過ぎに入眠してから23:30に最近起きた時はシネ自分とおもった。

最強睡眠薬満錠で飲んでこの始末だ。

とてもじゃないが疲れはとれない。


これまでのあいだ彼は病気だしその特性のおかげでかなり痛い目にはあった。

書いたが警察沙汰の話の他にも沢山の嫌な思い出がある。

検査結果にパラノイアという数値が高かったからとても納得出来たけど。

去年の秋が最初で、彼が病院にかかる前まで合計したら4回格闘もしている。わたしは流血もしている。翌日身体がバキバキになるほどやりあう時もあった。

それもわたしには体力消耗は身体には良くないが、あの訳の分からないいちゃもんみたいな呪いの呪文のような拷問をしつこくやられた今年の春前の話しの方が未だに思い出すと納得してるとはいえ身体が熱くなるほど精神的にきつい。

けど、彼にとってはそんなのは大したことではないのだろう。

いまそんな私にわがままを言いたい放題なんだから。


あんたといる訳ないでしょ。病気だと気付いてほっとけないだけだよ。好きじゃない、それより本当は大嫌いなんだよ。とまで言っても頭の具合であんま理解してもらえない。

ここまでしてくれたんだから、わたしを絶対に幸せにするんだ!とか言ってる。

馬鹿を言うな。自分の事を最低限の生活が出来るようになる。

を目標にしなさい。


現在飲み始めて2週経ってから全く薬が効いてないので次の段階の80ミリにすぐに増薬している。(何日もかけて書いてるのでつい最近の受診で最大量の120ミリになった。)

そして、たまにまたわけわからん病が出てくるので久々につい最近も格闘した。

今回のわたしは右手首をぶつけた上、捻ったぽい。

こいつは相当な暴れん坊である。

一応普通のときはおのれの行いを振り返る事が出来るので、親に電話で病状とかを報告する時にはわたしがとってもとってもとーっても面倒をみてあげているを知っているので話題になるらしい。

じぶんの身を削ってまでやってくれてるんだ

とか言ってる。

身ではない。いのちと言え。そしてわかってるならほんとに気をつけろ。



肺は多分また漏れ出していると思う。

背中の左がまた寝るときにつくと痛い。

その度に年末の地獄絵図が頭をよぎる。

また徐々に徐々にのパターンなんだろう。

そしてある日呼吸が苦しくなって病院行きになるんだろな。

いつでも行けるようにキャスターには入院に必要なものの準備は入れ終わって部屋の片隅に置いている。

願わくは、娘ちゃんの就職先と住処が全部決まった11月以降になって欲しい


つい最近わたしは誕生日だった。

去年決めた事でお祝いする日ではない。

娘ちゃんの申請日をじぶんの誕生日にした。

そして今回の誕生日で来年はもうないかもしれない。

それはそれでいい。


私の終焉はかなりこころ苦しむことになるとしっている。

根拠なんだよ。と言われてもこの先も変えることのできない事実が何個もあるから仕方ない。

身体の痛みとかがつらいとかじゃないやつ。

自分が死ぬ時に怖いとかどんなのだろうという恐怖や苦しみもない。

よく人は出来れば布団の上で死にたいもんだ。という。

それも特に思わない。

(自殺するつもりじゃないよ。)

毎日不眠なのでどっちかっていうと日々布団にきもち良さを感じていない。どっちかというとベッドに入るのが憂うつである。

夜になると仕方なくここに居る場所。ってくらいな感じだ。

数回に分けるわたしの睡眠はひょっとしたら家では居間のソファのほうが時間は長かったかもしれない。

入院も多かったので、病院のベッドは苦しい場所って感じだ。今までのたくさんの苦悩と痛みが蘇る。

いつ、どんな風に死ぬのかなんて全くわからないから、安楽死は本当は理想なんだけど、その通りになる確立はかなり低いと思っている。

日本という国がそれを認める国になったとしてもだ。

きっとわたしは多少なりとも動けることができるなら直前までやらなきゃならないことに追われている。

そして、その瞬間が来た時、あーここまででタイムアップなんだー

the endだろう。


孤独死になる感じはあんまない。(あ、場合によってはあり得るかな。家に入ってチカラ尽きるパターン)ただよくいうところの布団の上じゃない。と思うだけ。

多少指が動くならスマホの緊急ボタンを押せる。

あまり腐敗はしたくないから、なる早で発見されるシステムを作りださなくてはならない。



これもわたしの変人ぶりなのかもわからないけど、普通は誰かが死ぬ時にその人の最期に間に合わなかったとか悲しむんだよね?

でもわたしを知っていた人には笑ってたときが最後の顔だった。

っていう方がいいから間に合わないで欲しいんだけど。

じぶんが考えて遂行しようと業者や公的機関に依頼しているプランでは、死に顔を人様にお披露目するときはフルメイクで素晴らしい衣装をまとったアートスティックな姿にしてからにしてもらってそれから人々(とは言え連絡してもらうのは、すぐに火葬するので近場の数人)の度肝を抜かしたい。

そんな感じだ。


何度も言ってきたけど

世の中は差別と不条理でできている。


わたしはある意味あんまり人より楽しそうな人生では無かったかもしれないけど、その分かなりの精神力を鍛えられた。

自分のことは無頓着だけど、ひとがなんだかその当たり前化した不条理に出くわしていたら一気に戦闘モードになる。

きっちりかたがつくまでそれが出来る。

で、片付いたら力尽きて冬眠のようにしばらく寝込んで姿を隠している。


自分に無頓着なだけ、そのぶん損得もないから尚更巻き起こる出来事に平坦な感情で物事を見れて他人の諸事情や悩みについて解決がつくまでやることが出来る。

たった一回会った人でも長年の知り合いでも隣のおばさんでもおなじ。特別な人などいない。みんなおなじなのだ。



わたしの体は異常だ。

眠る事もゆるされない。

食べることもゆるされない。

これはUCだからという部分と今はストレスの舌痛症がひどすぎて痛みがあるのみ。味にも金属的な苦味が残るので食べること自体が全てつらい。

夜は唇全部がビリビリしている。

なので食べたいものなどもうない。

身体がしびれて錘のように重く動かない。

行きたい場所も今はもう行けない。

指もこわばるからかiPhonePadがおかしいのかどっちかわからないが指圧のせいなの?押しても認識がたまにされない。打ちこめないんだけど。

欲しいものもない。

てか反対に凄い勢いで捨てまくっていたくらいだからあるわけない。

辛くてかなり厳しい事があった日には涙が止まらないこともあった。

でもわたしは泣くことさえもゆるしてもらえない。

泣くと肺がとても痛い。

そんくらいはさせてもらえてもいいんじゃないのかと本気でおもうんだけど。

でもここ最近はもう泣くこともない。

同時に唯一娘ちゃんとは出来た大笑いもしなくなった。



たまに。あ、これはまさかの死ぬときかな?と、意識を失うような感覚のめまいと吐き気のとんでもない具合の悪さに、予定の行動をおこすのは今なのか!としばし悩む。


難病の方は悪化しても治療は放棄されている。

肺は先日もX線で診てもらったが気胸のまま。

精神も異常だ。

これが一番まずいね。

書いたことがあるか分からないけど、昔建築現場で牛舎をしたときでかい敷地だから燃やせるゴミは現場で燃やしてた。

その時燃料を間違えて爆発事故をおこした。

直接火を付けたひとは顔面が負傷した。

すぐ側にいたわたしは左耳が聞こえなくなった。

昔幻聴があったとき必ず左から聞こえていた。いまはもう幻聴はないが今年になってから耳鳴りがひどい。耳鳴りは脳の関係なの?三半規管とやらなのか?

難聴でも聞こえる聞こえないは関係ないのかなんの影響なのかわからないが耳鳴りは左だけだ。

同時に妄想がかなり多くなってひとりでも喋っていることがある。

現実とは全く違う世界の中にいるじぶんを何者かにして話している。

人のことを言えないくらい頭オカシイ。


あと。


知り合いに車に轢かれてそこでもう死んでるのに死ぬ姿を見せたくなくて魂なく人の見えない所まで走り去ってるネコみだいだ。

と言われたんだけど。

魂ないの?わたし。

死んでるけど動いている。その状態でずっといる人にみえるらしい。

おもしろい例えだね。

でも何となくいいたいことがわかるや。


自分に無頓着無感情なのがいまかなり危ないな。とおもう。


最後に会いたい人みんなと会う。

とか去年辺りのかなり前に記事で書いた気もするがなんかそんな気持ちも今は薄らいでいる。

わたしが会いたいと思うようなひとはきっとわたしの状態とかを知ってる数人しかいないはずだ。

でも特に向こうから来る訳でもないし、電話もない。連絡くるのは仕事の愚痴を言いたい人とか、親族や家庭間のお悩みがある人や、金魚の餌やりみたく頼みごとをしたいご老人くらいかな。

わたしは相変わらずいまの状況でも自分から連絡したり会いましょうと約束する事は苦手なのでしない。

それは前よりもひどいかもしれない。

体調の起伏が日にち単位ではない。秒で違うくないか?とかだから約束など出来ない。

なので今までわたしのことをそんな風に人と関わりを持つ人間なのも知っていると思うし、結論で最後までに会っておきたい人はわたしのほうから動く程の相手はいないと思えて来た。


年末の時、病院のベットにいながら一緒にモモクロのカウントダウンラジオを電話越しで聴きながらしたずっと何年もわたしを見てくれていたトラック乗りの彼の話しだが、将来一緒に暮らしたいと言ってくれた32歳のそのひととも8月が終わる頃にきっぱりと連絡すらとれないように断ち切った。

二度ともう話すこともLINEでやり取りすることもない。


なんちゅう無感情人間だと思われるかもしれないけど、なんとなく自分の中で実は気が付いている事のひとつだ。

色んな事があり過ぎたのかある部分の感情が皆無になっている気がする。

前回の記事で書いたのともかぶる部分と、

少しだけまた昔の子どもの頃の自分に戻ってしまっている気がしている。


今はなんだかどうでもよいことしかない。


人のことばっかりやってるのもそれがあるんだと思う。

なんていうのが適切なのかな

自分で自分にはもう興味がない。というのかな。

別に投げやりとかではない。

無の境地にいる感じ。

願わくば大慈悲な人間で最期はありたい。



人は善でもあり悪でもある。

わたしを善人だと思う人もいる。

だけどわたしの中にも、いやきっとみんなにあるが悪も渦巻いている。

その中でもわたしはかなりの悪人である。

そんな気がする。


最近あるひとに今のわたしの状態はこれまでのツケがまわってきたんだ。

と言われた。詳しくどの辺りのことなのか聞いてみたかったが、なんか聞いても仕方なさそうだし、それならそれでいいや。

ツケ(借り)があるならどんなものでも返さなくてはならないからね。




善のために悪になるのか、悪になるために善になるのか。

ひとはみんな真逆なものと背中合わせなのだろう。



振り返ればとんでもない人生だった。


市の保健師さんはわたしの人生を聞くだけ聞いて泣いて終わった。

障害者支援団体の担当の方は本当に色々考えてくれて虐待児など家庭に少し問題がある方が集う食堂のボランティアなど気が紛れることを提案してくれたけど、そんな体力まではない事を言って辞退させてもらった。

そして精神面の不本意な自死をいまは防ぐために訪看の所長さんをわたしに付けてくれたりしたんだとおもう。


でも考えたらこれはやっぱりわたしの性格がかなり災いしている。

好意を持たれて、ぶっちゃけますわ。とか言われた時、わたしは少しでもあなたに気を持たせるようなことしましたか?わたしがあなたを好きだと思いますか?

とか言うのは良くなかったんだろう。

普通に考えて、わたしはその人が既婚者であれどんな人であれ誰かを好きだと思った(純粋?なのか?)気持ちを踏みにじったんだろうな。

でもわたし普通じゃないからいいや。



今確かにだいじょうぶわたし。

とてもお元気です。とは言えない。

他人のことだけ頑張ってる訳ではない。

気になったことをして生きていただけだ。

身体がぼろ雑巾でクタクタだよ。

と何十年間誰にも吐き出すことができないからそうしていただけだ。

じぶんの事なんぞ吐き出したところでろくなことにならない。

みんな自分のことで手一杯なんだから。

なんだよ、うるせえ野郎だ。てなもんだろう。


子供の頃から泣き喚いて、のたうち回って不穏でどうしようもない夜だって何度も何度もあった。

その時の対処法。

「あきらめる。」

数日苦しむがそれができた。


わたしがもう本当におわりだな。

と思うとき、ひとに厄介がかかるようになったりする前にまだ自分が自分であるという時にじぶんの時計を止める。

それは別にどの場所でも良い。

この国じゃなくてもいい。

もうだめだな。って時に安楽死の国との話が成立していたとしても前途述べたように間に合わず即死になるケースもあるだろうから一応そうゆう展開もふまえてまとめてある。

低体重な上に過度なストレスがかかって突然の心停止(所長さんが来てたころ精神疾患の独特な症状で亡くなるとかはない。というかそこまで断定できるものがわからなすぎて何でも死因は突然の心不全。になったりしますからねと言ってた)

あと穿孔した腸管からの出血性ショック。

肺がまた重症になってどうなるかわからないやつ。

これらがおきたら国外に行くなどもできもしない。

プランは決まっているけど、すこしだけひとに後始末をしてもらう必要はある。

前に散骨でパーっとまいとくれ。とは言ってたが、いくら業者さんに依頼するとしても海に行く人大変だしわたしそういえば海好きじゃなかったわ。


死んだら病院で死亡を確定した後、臓器ドナーになってるので使えるやつのを取ってもらったら先ほど言ったキメキメの姿にしてもらい、お通夜とかそうゆう薄気味悪いのとかはしないでそのまま火葬場で焼いてもらうのだ。

そして、その灰(骨のカタチがあるのはだめらしい。粉砕して灰状態にすると良いらしい)は、いわゆる樹木の下のひとになる予定だ。

魂は宇宙に。

肉体は土にかえる。

残るもの。位牌も仏壇もなんもなし。

わたしの痕跡は全くこの世から消す。

樹木葬は最近多いがこれもまたそれとはちょいと違う。

霊園の中のとかじゃない。

永代供養などいい。無縁仏とかいう名前もいらない。

管理費もかかるし、あそこにあるんだね。とかもめんどくさい。


これはまだ調べ中だけど、本当は大自然ガジュマルの木のパワーの下が理想的だけど、きっと無理な気がする。

なら好きな種類の桜の木一本が植えてある一角の土地を購入してその下に埋めて欲しい。

色んな規律とか土地の税金とかの問題があるから早く解決したい事のひとつです。



誰もわたしを助けてくれないことは知っているし、宇宙の法則でそう最初から決まっている事である。

だからそれで良い。


なんにも文句はない。