前回記事の3/23らへん。この時点で家から出てない。を引き続き継続している。

てか12月に退院してからとんでもない目にあって忙しかった中、娘ちゃんの引っ越しが終わり、ひとり家に帰ってからは各種届出や変更するもの、新たに加入するものなどの用足しと自分の通院のみの外出でほぼ引きこもりだったけど。

北海道は2月末に道独自の緊急事態宣言をしたが、つい最近また2回目をやった。

(またかなりの日数経って書いてるので4/10くらいの話かな)

北海道と札幌共同宣言ってやつで札幌市を重要視した感じだから前とは内容は少し違ってるけど。基本道と一体化の宣言だからみんなに関わるけどね。

北海道はみんなもうあんま気にしない。

2回目だし、あーまたか。だ。

で、不満ある人もいるけど、それにちゃんと従う率がほんとに高い。

(今最近ほかの都府県とかで市独自に市民一人何千円とか一万円とか給付とか全くないけどそれについてもなんも言わない。)

都会と違って田舎町が多いし出てると目立つからか、ちょっと用事であっても白い目で見られる。とさえ思う人もいる。

今回、知事が一番心を痛めてまた強化に至ったこと。

それは今月初旬に数名の神奈川のバカと、東京のバカが感染してるのを隠して北海道に避難してきたこと。

特に全国的にニュースで東京の歯科医はめちゃくそ叩かれまくっている。

完全なる確信犯だから。テロリストと呼ばれている。

コロナにかかってる上にせっかく退院してきてお元気になっても普通にその後誰かに暗殺されてしまう恐れもありそうな心配があるくらいだ。

(投稿したこの時点ではかなり前にもう歯科医はどこに帰ってきてそこがなんて名前かもみんな知ってる。いま現在事件が起こったニュースはないから、もうみんなバカはほっとけになったのかな)

その頃の知事の会見は泣きそうだった。

ほんとにこの人良い人なんだよね。

最近(いつだよ。)の調査で道民の支持率88%だってさ。


正義で生きてる。めちゃくちゃ真面目。

2月の時も先を見通す能力が凄い。それに伴う行動力も。

最初北海道知事はやり方とかに非難されて矢面に立たされたけど、この時第一号の中国人感染者がでて色んなタイミングが重なって国内で最初に一気に増えた。

散々悪者みたく言われまくったけど前の記事でも書いたけど今となったら言ってたやつ恥ずかしいよね。この疫病にどうするか手段がわかった人がその頃にいるなら教えろ。

それと一緒にダイヤモンドプリンセス号もあの時なんとかしてやれ。


最初の時は次の日には東京に行き直接安倍総理と話して言いたいこと、お願いしたいことをはっきり言って帰ってきてから宣言を出した。

今回の感染したままやってきたやつが発覚した次の日も、厚生大臣と国土大臣に直接電話して入口で止めて下さいよ。入口と出口両方で連携しないとどうにもならない。と携帯ですぐ措置の執行を求めた。

次の日には国土大臣は羽田にサーモグラフィーで検疫の強化などを段取りしていた。

でも人のこと言えない。こっちからも行くバカもいるしね。


わたしは四月一日、国の緊急事態宣言がそろそろか?みたくなったときに知り合いの道議会議員にLINEで、大変なことになりますね、こっち入ってきますよまた。道は策とってますか?と聞いた。


結局国の緊急事態宣言は8日だかになったけど、

わたしも同感ですよ。道議会で発案するつもりです。

と言ってくれてた。

で、道外の感染地域から往来した人は2週間不要不急の外出しないこと。とか決めたぽい。もちろん体調の悪い人は当たり前だけど行ったり来たりすんなよ。も。

でもやってきたけどね。

丁度感染したまま来た東京歯科医のバカがくる前に空港で道民が空港で顔丸出しで息子が東京で一人暮らしするからどうしても行かなきゃならなくてとか申し訳なさそげに言ってる。

もう東京は大量に出てたからそいつが自ら戦場に行くのは止めようがないからいいけど、こいつ、何日後か知らないけど帰ってくるんだよな。

と思ってすぐその空港に電話してどんな体制を整えているのか聞いた。

到着して来た人にはビラとアナウンスをしっかりしております!

おわり。

ばかだね

そんなもん本人のモラルの問題で意味がほぼなさない。


じぶんの事だけしか考えなくて、ご老人とかにうつしてその人が亡くなったとしても、え?わたしから?とかアホヅラこいてわからないだろうから罪の意識もないしね。

我国の制度で外国のような強制措置や罰則ができないからお願いしますの体でしかない。

じゃあ、わたしみたいな庶民は国のことに関われないなら国が出来ないことを庶民は出来るんじゃないかとおもった。

こいつは本当に確信犯である。北海道に戦慄が走ったほどだ。

なので、こいつを相手に訴える。

をしたら良いとおもった。もちろん個人的に精神に支障をきたしてしまい、行っても良いところでさえ家から出ることが出来なくなった。恐怖と不安で精神被害が出ている。

は出来る。

ニンゲンはほぼお金が絡むとやめる。

この人まではっきり確信犯だという人は稀だからこの機会を逃してはならないと思った。

この時期でもきっと国内で訴訟を起こされて損害賠償を求める民間人の事案はないと思ったし、ひとつこれが取り沙汰されたらそんなこともされるのかもしれない。

とある一定のニンゲンには有効になるのかな。と考えている。

わたしみたいに疫病よりこの世の中に辟易した人はコロナの死亡と匹敵するくらい今後自殺者が出てもおかしくないとおもう。


あまりにもろくでないのが多すぎて滅入っているのは本当だ。

わたしがずっと何ヶ月も通してほとんど未だに外出しない理由は3つ。

・誰かに感染させたらやだから。(これ当たり前)

・じぶんがうつったら死ぬから。

わたしは死因がコロナでは困るのだ。

明日死んでも大丈夫だけど、コロナだとせっかく雇ってる弁護士と試行錯誤して重点を置いた部分にかなり費用が加算して計画した公正証書通りに執行出来ないことがいっぱい出てくる。

わたしの弁護士は最初の頃は死後事務は結構扱っているけど、ここまでご自分の死にストイックな内容はレアですねと笑っていた。

わたしが活き活きと話すのもおかしいのだろう。そりゃそうだよ。面倒なことを娘ちゃんにやらせたり、しなくてもいい辛い手続きや嫌な思いをさせなくて済むんだから。

・3つ目はもう精神が壊れたから。

ニュースを見て、出てる人がじぶんと同じニンゲンと認識ができなくなった。勝手なことばかりやって人に会ったりとかする。そんな人たちと共存する世の中に今後恐怖過ぎてとてもじゃないがこの地球という所にいれないとおもうようになった。

8割減らせと言われてできないのは理由はなんだかしらないけど、なんで人に会うの?なんで公園にいくの?なんでみっともないしゃがんだかっこして潮干狩りなんてすんの?そんなに貝?食べたいの?なんで外で昼とかに何がなんでも時間内にお酒飲んだりご飯を食べなきゃならないの?なんで迷惑ですよ。と教えてるのに仕事いくの?

わたしがおかしいのはわかる。

もうかなりの年月が経つけど誰一人制限などされてない時に自分だけ突然世界が変わったから。

病気の急激な悪化で突然自営していたけど無職になったし、具合悪くて出ないし、出れる時でも歩けないし、ものもほとんど食べたらダメなものだし。

わたしはその自分を受け止められた。難病のキツイ活動期を薬で抑え込んだ後は、生前整理に勤しみ、ただ来る日も来る日も本を読みふけってお静かに時を待つことにした。

今、外出はダメだよって言われて守れない人がどうしても受け付けられない。

身体が健康なら今だけ辛抱したらまた働けるし外で走り回って大騒ぎも出来るんじゃないの?

お家の中に居たって踊ったりお酒飲んだり美味しいもの食べたりできてわたしにとったら全然苦じゃないような事だけど。

お金がなくても国から貸付や色んな措置をとってもらえたり、免除や納期の延期とかあったよね。なんなの?

一ミリでも懐が寒くなるのが嫌なの?

コロナにかかってすぐに意識も無くなって死んだら、死んだこともよくわからないだろうしその時お金があってもただの紙だけど。

改めてじぶんのQOLがあまりにも桁外れで低いということが今回の件でわかった。


わたしは接触率10割減った。コロナ前でも9.59割だけど。

今は誰一人とも会わない。

食品の宅配便とかも玄関を開けてものを置いてもらって中にいれる。直接会わない。

毎週来るヘルパーさんとも中に入ってもらわずに外のことをしてもらうようになった。

未だにまだ寒いからストーブをつける。外のタンクに灯油を入れてもらうとかをしてもらう。北海道の春はまだ遠い

わたしのあたまがおかしいのは、人と会わないはいいのかも知れないけど、人と話もしない。電話で感染するわけはないのはもちろん知っている。

人と話すことももう出来なくなった。

いやだ。

とんでもなく人がいやだ。誰とも話したくない。やっぱり前に書いたと思うけどまた15.6歳くらいの感覚になってるぽい。

1日で自分の声を聞いたことがない日はたくさん出てきた。

あ!とか転びそうでビックリしたときだけ。

このままだとそのうち日本語も忘れそうだ。

わたしはこころがもうだめなんだ。


娘ちゃんは活き活きと新天地での生活とお仕事に頑張ってる。

忙しくて遅くまで必死になって帰ってからもお仕事を覚えたり、初一人暮らしで炊事洗濯掃除。

そこらの出来合い品を食べれないからもちろん自炊で大変だ。連絡もLINEのスタンプだけしか来ないのも仕方ないくらい。仕事場にスマホさえ持ち歩くのも出来ないしね。

それでも自分が食べたいもの食べたい味がいいからと一緒に暮らしていた時から自炊は全く苦にならない!と言って疲れてもやってるらしい。


わたしの方は娘ちゃんの事でしなくてはならない用事は一箇所からの書類が届いたら郵送するとか、出来れば新しい病院の初診に挨拶もしたいしどんな人が主治医なのか人格を見たいから付き添いたいくらい。

それくらいしかもうない。



時が流れて417日。

昨日全国で緊急事態宣言がでた。

中でも北海道は特例地域で最初の7都府県と同じ内容にされた。

北海道は四月初めの至る所からの往来で一波の時より1日の感染者数が連日多い。

広大なこの土地に点々といるから最早手に負えない。

あと、他の地域とこれでわかると思うが札幌については行ったり、向こうも他に出たりしたらだめ。

東京でいうなら同じ自治体なのに世田谷区は他の区に行ったり、入ったりもだめ。

みたいなこと。

最近の調査で札幌に転入届けが四月初めに3,000人だったぽい。ニュースで市の窓口で東京からです。と言いづらい。と言ってる人いた。

すごい流れてきたんだな。とこうゆう数字で改めてわかる。


最近特定地域にされた事の詳細を知事が会見した。

休業する業種や保証内容、道民にお願いすること。

どっかの都府県の偉そうなバカ達よりめちゃくちゃ具体的にわかりやすく言い切ってはなす。

元々だけど会見する時に妙な言い回しやパフォーマンス的なのもないし変にカッコもつけない。素朴。

去年の知事選前に知り合いの議員とこの人について話したことがある。この土地に来る前は菅官房長官の側にいてある時急になんの所縁もないここに来て道民ですら薄気味悪くて行かない最悪な夕張市の立て直しに市長として抜擢された。

当初若いからできるんだろうな。変な人。

と思ったけど、この時はわずかな給料しかもらわず手当なども辞退してもらってない。

貧乏な街だから市役所も冬でも早く暖房止められるから建物の中で防寒服きて仕事してるのをみたことがある。

市民から憐れみで市長に給料をあげて欲しいとか言われていた。

苦労かけるね。とか言ってたらしく奥さんも共働きで市長をこの頃からずっと支えていた。

この人もこんな辺鄙なおかしな土地に突然知り合いもなくやってきて大変なのに凄い人だね。

都会に住んでて、この北海道の気候もそうだけど過疎化して炭鉱の古びた街。独特の風土はみんな嫌だし戸惑うだろう。

会見中に言った事に、知事は会社でいうところの経営者です。

と自分で言うくらいだから、今回の休業要請を受けた業者や道民の方だけに虐げることはしない。

知事になってもまた自分の給料や手当など4割くらいはもらわないと言っていた。

ほかの議員さんはまだ古い考えの役所仕事の塊でほかの地域や安倍政権の周りの人間とあんま変わらない。

だから一部の話では知事はちょっぴり煙たがれている。

仲間内で煙たがれる事は道民に支持される事になる。は法則的に理解できる。

会見の記者の質問に削減は他の議員とかもですか?と聞かれ自分は構わないけど、議員はまたわたしがどうこう言って決めれる事じゃないから知らない。とはっきり言う。

ただ、保健所の人、コロナに関わる公務員には本当に寝ることもままならないほど頑張ってくれてるのでその方たちへの理解はお願いしたい。と言った。

その通りだ。この広大な土地で感染者の経路や濃厚接触者を未だに追跡し続けている。

都内は感染経路が不明な人しかほぼいないからもうそれに費やす時間の方が無駄。みたくなってるけど、北海道は大方まだリンクがあるし、あとクラスターだ。

だから追う。追い続ける。

今回の特定地域になった事で全道一律の基準で要請になったこと。

市外に出ないで。

は、もちろんだと思う。感染者が全くいない振興局管内もある。またまた東京で言うならこの区にはいっぱいだけど、この区にはいない。みたいなこと。

その市に遊びに行ったりしたら追えないし広がる。そして北海道は地域格差が激しい。

札幌などある程度拓けている医療体制と過疎化した地域の医療体制は全く違う。

町医者しかいない。ももちろんある。

そうなると何百キロも離れた場所から搬送しなきゃならないからね。


わたしはこの土地から離れ、最後に行きたい所で自分の終の住処に越す予定だった。まだ大まかにしか自分のことは考える時間がなかったけど、もう遅かった。手遅れになった。

今後どんなえらい学者や研究者も先を見通すことができない。

終息は年内に。とも一年以内にとも二年後とも今後ずっと

ともみんなバラバラだ。

わたしは明日生きてるかわからない。

は変わらない。

12月に入院した時もう緩和ケアの人みたいな部類に入ってるけど、前より体調は悪い。

自分の身体はどうなってるのかこの疫病くらい未知の世界だ。

入院中もだったけど、寝ても起きてもいられない。体内バランスが馬鹿になりすぎて熱が突然38度以上出たと思えば23時間で37度以下とか。それを1日繰り返したりする日もある。精神的ストレスで熱は上がることはしってる。

風邪とかじゃないからか、悪寒とかしない。一気に身体が熱いなーと思って終わり。

閾値とやらをあげる。は出来ないのでそのまま。

ある日、まだ市外に出れる日が来てまだ生きていても行動出来るようなそんな身体にはもうなってないかもしれない。

きっと願いは叶わないだろう。

最後に行きたかったところ。見たかったもの。ぜんぶ。

わたしのあたま自体がもうロックダウンした。



わたしはもう娘ちゃんと会えなくなった。

もちろん札幌以外の地域であっても不要不急の外出はだめだし、してない。

予定はないし言われる前から引きこもりだからいいんだけど。

娘ちゃんには事務的なものや届け物とかあるしもちろん平和な世の中だった時なら数日泊まっていたりするんだろう。

最後に会ったのは3月半ばに退院後引っ越しをした日と、四月初めに入社式に行った。

光り輝いていた。

ビシッとした制服姿。(黒いタイトのスカートにシャツ、ベスト、ジャケット、CAみたいな金色の差し色が入ったスカーフぽいやつを首元。)

髪型も後れ毛1つなくピチッとして嫌味のない基本的なお化粧姿。

肌が全て真っ白だし一際目立っていた。

入社式前から働いていたから社員さんや役員さんにとても可愛がってもらえて、娘ちゃん独特な真面目で頑張る性格が高じてとても良くしてもらっていた。

新入社員の中でひとりだけグループで一番格式の高い配属先になった。

一流の接客をしたい。そんな所で働きたい。と、あの頃就活の時妥協しないで良かったね。

役員の人や支配人さんとかにしょっちゅう今時の若い子じゃないね。と言われると言ってた。その次にどんなお母さんなの?と興味を持ってる人がいる。と聞いてわたしは震え上がる。

こんな親だよ

お母さんとも言えないようなやつ。

娘ちゃんは聞かれると、普通の顔して不思議な人です。と言ったけど。といわれた。

やめてほしい。

子供が不思議と思うなんてどんな人!ってなるようだ。

会うとわかると思います。とも娘ちゃんは言った。

普通の人々に会うのさえしてないのにそんなことを話されて入社式に関係者の方々と会うのはこれはとても辛い。

でも娘ちゃんに会いたい気持ちの方が強い。

娘ちゃんの足を引っ張らないように、しっかりした人にみえるような格好で行った。

余計目立ったけど、娘ちゃんの同期の子たちにはウケがよかったからまぁいい事にした。

そしてボロも出ないようにただ低姿勢で気配を消すようにいた。

招待された席ではひとりひとり、親に向けて手紙を書いていて目の前で読む。

というサプライズがあった。

最初に男の子が読んでいて、お母さんはボロ泣きだ。すごい良い子だった。沢山の感謝の思いを綴った手紙だった。

女の子はほとんど泣いてしまって最初からもう読めない子もいた。

改めて考えさせられる場面だった。

わたしは一体なんだろうか。

娘ちゃんの方がちゃんとしていて親みたいな暮らしだった。

他の女の子は沢山心配かけたり怒られたら反抗したりしてごめんなさい。それでもずっと見ていてくれてここまで育ててくれてありがとうございます。

みたいな内容がほぼ入っている。

あ。そうか。そうだった。だ。

親御さんの顔を見ても親みたいな顔をちゃんとしていた。

娘ちゃんの番が来て、わたしの目の前で手紙を読んだ。

まず一発目にお母さんへ。

が〇〇ちゃんへ。

だった。

思わずブッ。って吹いたら爆笑された。

内容は私たちは人には到底考えもつかない出来事(お互いの病気とか)に苦しみ、支え合って生きて来たこと。

娘ちゃんの病気とか体調が悪くて入院もあったらなんでそうなるのだ。と博士号でも取るかのように調べまくったりした事の感謝とか。

あと、わたしが辛いことを隠すから、これからはちゃんと伝えてほしい。見逃してまだ察する能力がなくてわからないから言ってほしい。何もできないかもだけど〇〇ちゃんの辛い時に寄り添いたい。

と言ってくれた。娘ちゃんも最初の方から泣いていた。

わたしは満足した。涙は出なかった。

みんな100%泣いてるでしょ?と突っ込まれどころだが、それをとっこしたんだと思う。

娘ちゃんはわたしの元から離れた。

これはわたしがずっとここまでは何がなんでも生きて親としてやり遂げなきゃならない。と精神論のみで突き動いてきたから。

免許証を初めて見たとき。

そして最近今まではずっとわたしの扶養の保険証だったのが会社からの社会保険証を見たとき。

もう娘ちゃんは巣立って行ったんだ。

まだ生きてこの日に居ることに満足だった。

娘ちゃんにはわからない気持ちだ。

あとから、ナンデ?なんでキミは泣かないの?てかずっと微笑んでたけど。でわたしだけ泣くとかウケたわ。

とか言われた。

最後にこれからもよろしくお願いします。

と書いてる娘ちゃんにはナンデ?と思うだろう。

わたしは残念だけど他の子たちみたく親みたいな事をしてあげれてない。威厳もない。怒るとかなかった。

手紙にも一番の親友みたいだった。

何も言わなくてもなんでも分かってくれるそんな存在でいてくれてありがとう。

だ。

となりに座っていた他のお母さんに、とても良い関係ですね。すごく絆深いなぁっておもいました。と言われた。

わたしと娘ちゃんは親子という名前の関係は相応しくない。

わたしは娘ちゃんであり、娘ちゃんはわたしになって一つになってしまったのだから。

引っ越しを終えた三月半ば、その帰り道の気持ちは前回書いた。その夜にわたしが暗号のようなある国の言葉を使う事をしっている娘ちゃんは初めて自分のLINEのステータスにその国の言葉を頑張ってググって翻訳したらしく、

大好きだよ。一心同体。

というふうにしたらこうなったーと載せてくれた。




もう一度

娘ちゃんのお家に行きたい。

娘ちゃんに会いたい。

娘ちゃんとたくさんおしゃべりしたい。

娘ちゃんとお腹痛くなるくらいまた大笑いしたい。

娘ちゃんと一緒にしょうもないものしか食べれないけど半分こづつってご飯食べたい。

娘ちゃんの、あ、居るんだって温かい温もりを感じたい。

娘ちゃんがいつもベトって甘えて引っ付いてくるあの心地良いやつしたい。

娘ちゃんに、ただただ会いたい。




改めてこの世の中に未練はない。

わたしは死ぬ瞬間のその時まできっと自分自身思い残すことなく自分の人生に最善を尽くして「生きる。」をした。と思える。

弁護士にも主治医にも伝えているが、わたしは

死の質(Quality of Death)を上げる工夫を「デスハッキング(DeathHacking)」

と言うことに基づき

ポルスト(POLST)と呼ばれる終末期において

・心肺停止時の蘇生

・脈拍・呼吸があるときの積極的医療

・抗生剤投与

・人工栄養

などを受けないと強く希望する。

と加えた


満足だ。

ただ、このまま娘ちゃんにもう一度会えないで終わった以外なら。