『自分』『鎧を着た自分』

2008年03月20日

『安心感を与えられるか』



人、生きる意味 - livedoor Blog 共通テーマ

今日の言葉

人間は好んで自分の病気を話題にする。

彼の生活の中で一番面白くないことなのに。

チェーホフ





人は時に、つまらない事で悩むものです。
振り返ってみれば、自分でも恥ずかしくなるような事柄で悩むものですが、その時にはそれが重大な事のように感じているのです。



それに対して、「そんなつまらない事で悩むなんて小さい人間だ」というような意見を伝えたとして、それは確かにその通りであり、嘘ではなく事実なのかもしれません。
正直者ではあるものの、その言葉がどれほど相手を傷つけるのかという方面から考えるとどうでしょうか。
冷たい言葉を投げ掛けた自分、それは結局回りまわって自分に返ってきます。


つまらない事で悩むな、と言いたいのなら、それが相手を思う心からくるのなら、伝え方というものがあります。
受け取り方は人それぞれですから、自分では優しく安心させるような伝え方だったとしても、「冷たい」と思われるかもしれませんが、それは何度か経験する中で得ていく技術なのですから、あまり気にし過ぎる必要はありません。
ただ、自分が意識する事は忘れない事です。

人は誰かに安心感を与えて欲しいのです。
本当の意味での安心感は、魂の存在を認めることでしか得られないとしても、一時でも安心感を欲しているのです。
そしてそれを与えられるからこそ、人が集まるのです。
そしてまたそれが(いろいろな意味で)自分のためにもなるのです。



逆に、言葉としては「それは大変な悩みですね」と優しい言葉を掛けながら、腹の中では「つまらない事で悩んでいる小さい人だな」と思っている人もいるでしょう。
言葉と思いが違う、このギャップはどこかに歪みを生じさせます。

ギャップを持たないようにするために一番早いのは、何も考えないことです。
人それぞれに悩みはあります、自分の悩みだって人から見ればつまらない事かもしれないのです。
さらりと流せるならいいのですが、自分の事は棚に上げて、「つまらない事で悩んで時間の無駄なのに」と自分の基準でしか判断できない事が多いのです。
これは人を認めていないこという事なのですが、自覚はないと思います。
自分が人を認めないのに、人には自分を認めて欲しい、矛盾しているのですが、その矛盾にさえ気づいてはいないのです。


否応なく、人から相談を受ける人がいます。
それが何を意味するのかは、その人によって違いますが、その人に宿る魂がそうなるように促している場合があります。
人が集まり、そしてその人たちに安心感を与える事ができる自分になって欲しい、それが宿命に沿う運命なのだという場合もあるのです。

ともあれ、言葉と思いのギャップには十分ご注意下さい。


悩んだ時はお立ち寄りください。
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huujin1214 at 17:39│Comments(0)

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