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 マイルスの「The Complete Columbia Album Collection」を購入。1949年から1985年まで録音されたコロンビア・イヤーの全52タイトルのマイルス・デイビスのアルバムを全て収めた70CD+1DVDボックス・セットで、オリジナルのアートワークを完全復元した紙ジャケット仕様です。値段を考えると紙ジャケの質については期待しない方がいいと思います。01In Paris Festival International De Jazz, 1949・02Round About Midnight〜52Aura PCに取り込むのにも時間がかかりました。ゆっくり楽しんで聞いていきます(どれくらいの時間がかかるのかな?)。私のブログを読んでいる人の中にはマイルスを知らない人もいるようなので、多くの人に語り尽くされたマイルスですが、私の人間マイルス感を簡単にまとめてみます。

 マイルス・デイビスは「ジャズ界のピカソ」といわれますが、それは、音楽を追求していく中で、絶えず自分自身とその音を変革しつづけてきたことがピカソの生き様と共通しているからです。彼は、音楽的ムーヴメントの先駆者・革新者であったといえます。実際「俺は、古いやつが聴きたかったらレコードを聴いてくれと答える。俺自身は、もうそこにはいないし、彼らのためじゃなく、自分に一番いいように生きなきゃならないからだ」と言ってます。私も、マイルスはピカソだと思います、決してエミール・ガレではありません。マルサリスはガレですが。

 いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色の奴でも雇うぜ」と言ったとされるマイルスは、音楽性の追求のためには人種は関係ないというスタンスを貫き通しました。ただし彼が黒人(アフロ・アメリカン)であるということはとても重要なことです。経済的に恵まれたマイルスでさえ黒人の扱いに対するアメリカへの怒りを公然と口にしています。人種差別問題には常に批判的であり、この批判精神こそマイルスなのです。

 わがまま、好き放題、自由奔放、に生きてきた彼は、当然周囲との軋轢を生み周りの人を困らせます。最悪の男?だったかもしれませんが最高の音楽家、であったことは間違いありません。しかも、多くの一流ミュージシャンを育てたという点において最高の教師だったとも言えます・

 1991年9月29日、病没、享年65歳。酒と女とドラッグに人生を費やした人間の割には長生きなのかもしれません(あと10年は生きてほしいと思うところですが)。コルトレーンを始め他の人ではこうはいかなかったのに、さすが、やっぱり、これぞマイルスです。死を迎えた病室には、新たな構想が記された譜面が残されていたそうです。

 先駆者マイルスがフリー・ジャズの分野にはまったく向かおうとせず、ファンキーであることにこだわりロックからヒップ・ホップへアフロ・アメリカン・サウンドを広げていったことは真にピカソ的といえます。私がマイルスの音で一番ドキッとしたのは「On the corner」、当時の批評家はぼろくそにけなしていますが、音のドキドキ感が何かしら新しい世界を感じました。これを聞くとハンコックの「Headhunters」がPOPミュージックに思えます(大好きな音ですが)。

「俺のサウンドは人間の声のようだと言われるが、それが俺の望むことでもある」と言ったマイルス。私はクールでクレバーなマイルスの音が好きです。前にも書きましたが私の携帯の着信音は「So What」もちろんマイルスの代表曲です。