2006年11月22日

井上雄彦「バガボンド」クライマックス、ラストスパートへとかける頂への道を語る!!

cdbe8595.jpg画と肉体を一体化させる

 井上は、「画(筆)と肉体を一体化させる」というチャレンジをしている。それは少し前から会うごとに井上が口にしていたことである。

 『バガボンド』の連載執筆の過程で、描くための道具として井上は、ある時点から筆を多用し始め、途中から完全に筆だけで描くようになった。「たぶん、宍戸梅軒との闘いの辺りから筆の割合が格段に増え、小次郎編からはすっかり筆だけになりました」と井上は述懐している。

 また、いつからか下書きの段階で、井上は常に裸の肉体から人間を描き始めるようになった。どういうことかというと、たとえば刀を持った武蔵を描く場合、まず裸の武蔵が刀を持った絵を描くのだ。そして、衣服を着せていく。なぜそんな面倒なことをと思うが、でも考えてみれば誰であれ最初は裸なのだ。人は裸の上に衣服を着るのである。油絵画家のヌード素描と同じで、裸=肉体を描くのは絵画の基本である。漫画家である井上はいつしか画家のように漫画を描いている。この描き方について井上は、「肉体の動きを正しくつかみたいし、見きわめたいので」と説明する。「そのような描き方になることは、当然の成り行きだった」。

 井上は、武蔵や小次郎が構えるとき、闘うとき、その重たそうな和服の下で肉体がどのような状態になっているのかをきちんと把握してからでないと、正しく描けないのだろう。なるほど、と思う。しかしこれは、かなりストイックな行為だ。井上はこう語る。

「たとえば僕自身が剣術を身につけ、その知識を得れば、その上で正しく筆を使えれば、もっと高いレベルで武蔵の闘いの画が描けるかもしれない。だから今、そういった肉体的トライをしてみたい」
井上が直面している「壁」

 このストイックな井上の考え方は、「斬られて死ぬシーンを描くためには、一度自分が斬られて死の間際を見なければならない」ということになりかねず、判断の難しいところであるかもしれない。井上はしかし今、その方向性を選択しようとしているようだ。

 そういう意味での、井上の直面する「壁」が今あるのだ。

 「漫画家」という職業を背負う数多の人々の中で、これほどつきつめて自分の画を考えている人が、作品を追求している人が、他にいるのだろうか。井上の『バガボンド』への思い入れは、私たち熱心な読者の想像をはるかに凌いでいるのかもしれない。

 『バガボンド』は、得難い作品である。もちろん当初から傑作だったと言うつもりはないが、吉川英治の原作から解き放たれた時から、井上は日本人に新しい宮本武蔵像を提示し続けているし、その武蔵の世界を通じて、「今」という時代に何かを確かに問いかけてようとしているように思う。

 その「何か」―― 。

 「壁」とは、漫画家としてのキャリアの壁というだけではなく、井上雄彦というひとりの人間がその人生において「今、直面する壁」でもあるのかもしれない。漫画を描くことが作家の日常である限り、その現場とそれ以外のプライベートを完全に離別することは難しいのではないか。作家や芸術家にとって、作品と現実の間には、かくも危うい境界線しかないように思うのだ。

 それはどんな壁なのか。

 その壁の向こうにどんな答があると思うのか。

物語が終わる時に向けて

 「本来は、シンプルなロードムービーをやるはずだったんですけれどね」と井上は言う。「初心はロードムービーとしての武蔵でした。大きな旅の漫画を描こうとしていたんです。ところが、どうしてもひとつの方角にガーッと入っていってしまう傾向が自分にはあるんですよね。僕にはロードムービー的な展開は向いてないんでしょうね。動きがない、というか、留まってじっくり考える、という感じになっちゃうんです。気軽なグルーヴではどうも僕は描けないようです」

 そして、井上ははっきりこう言った。「自分の中では、『バガボンド』はあと1年半から2年で終わると思っています」

 宍戸梅軒との闘いを終え、吉岡清十郎を斬り、祇園藤次を斬り、吉岡伝七郎を斬り、武蔵にとって対峙すべき強敵はもう、佐々木小次郎しか残されていない。井上は、そのライバル佐々木小次郎を、驚くべきことに赤ん坊の時代から描いてみせ、読者に小次郎への強いシンパシーを持たせることに成功した。その小次郎もまた、関ヶ原合戦直後の農民や落ち武者、野武士たちとの荒々しい闘いや、定近、市三、巨雲らとの死闘の中での「心の対話」を経験して、もはや生死をかけて闘える相手は宮本武蔵のみとなっていることを読者は知っている。

 そう、描くべき世界はもう限られている。井上は、あとはそれをどのように描くのか、ということにおいて模索している。悩み苦しんでいると言ってもいい。なぜなら井上雄彦は、プロの漫画家としてこの作品を全うするということ以上に、今や自分のこれまでの人生をかけた挑戦として、この作品をひとつの極みにまで昇華させたい、そう考えているからだ。



hydesuki1 at 18:49│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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