2006年11月23日

新国立劇場・SPAC共同制作「シラノ・ド・ベルジュラック」

新国立劇場・静岡県舞台芸術センター(SPAC)共同制作「シラノ・ド・ベルジュラック」を観ました。シラノ・ド・ベルジュラック
原作:エドモン・ロスタン 翻訳:辰野 隆/鈴木信太郎 演出:鈴木忠志
11月22日 アステールプラザ中ホール

(あらすじ)文武に長けるシラノは従妹のロクサーヌを愛していたが、鼻の大きな醜さゆえに恋を打ち明けることが出来なかった。一方、ロクサーヌは美貌の男性クリスチャンを愛していた。クリスチャンが無粋なのを知って、シラノはクリスチャンの恋文を代わりに書くことで自分の想いをロクサーヌに伝えていた。ロクサーヌは恋文の素晴らしさにクリスチャンを深く愛するようになる。シラノとクリスチャンは戦争に出かけるが、シラノは毎日、代作の恋文を書き続けていた。やがてクリスチャンは、ロクサーヌは自分を愛しているのではなく、シラノの書く恋文を愛していると知り、自ら望んで戦死する。クリスチャンを亡くし、ロクサーヌは尼寺に入る。15年後、喧嘩で瀕死の重傷を負ったシラノはロクサーヌを訪ねる。ロクサーヌはシラノがクリスチャンの最後の手紙をそらんじていることを知って、自分が愛していたのは実はシラノだったことを知る。しかし、時は既に遅かった。

 シラノというと大きな鼻と、クリスチャンの代わりに愛の言葉を滔々と述べる場面を思い浮かべますが、芝居として観たのは初めてでした。ただし、日本を代表する偉大な演出家の一人・鈴木忠志氏の舞台はオーソドックスなシラノの芝居とは違っていました。鈴木氏自身が「演出ノート かけがえのないミスマッチへの試み」で語っているように「物語はフランス的、音楽はイタリア的、背景や演技は日本的」という組み合わせです。ロクサーヌとクリスチャンも実在するのではなく、シラノの幻想のなかに登場し(従って2人の人物と絡み合う“シラノ”も幻想の中の人物)、さらにこの物語を書いている日本人作家・喬三がシラノと二役で全体の進行役になっています。
 二重構造の作りには戸惑いもありましたが、芝居の流れに入ってしまえば忘れてしまうことも出来ました。

 芝居全体はとても美しいという印象を受けました。チラシ(写真)そのままの舞台で、暗さの中に照明で浮き出す人物、下手に据えられたロクサーヌの館の障子越しの明かり、幕切れで果てしなく降りしきった紙吹雪(雪と考えればよいでしょうか…)の美しさ。まさに日本的な「美」なのでしょう。
 中ホールは550足らずのキャパシティですが、2階席は使わず、しかも前方かなりの席を「見切れ席」(舞台の一部が見えない席)として観客を入れていなかったので、公演自体がこぢんまりとした感があり、声も動きも届きやすい環境にはあったと思います。しかし、言葉の届き方には生半可でないものがあり、それだけで説得力があったと言えます。役者の発声は歌舞伎のような、能の謡のような、あるときには狂言のような、つまりいわゆる伝統芸能的な発声です。「消さない、引かない」発声で非常に強く観客に迫ってきます。まさに磯貝メソッドで学んだ「語り」の発声です。セリフの言葉を確実に届けるというのはこういうことかと実感もしましたが、どこまでも一定なその強さに違和感や滑稽ささえ感じた場面もありました。
 セリフだけでなく、動きの統一感や「守り通されている」何かが感じられて、この芝居全体が(鈴木演出が)伝統芸能そのもののように思われました。統一感といえば、美しい姿で登場して人形のようにポーズを作る娘芸者たちの動きは独特です。若い5人の女優たちの演じる娘芸者にはセリフはありません。ミニスカートのように裾が短く切られた純白の振袖から、若々しく色っぽい足が突き出しています。傘を手に、椅子の上で微妙な姿勢を維持する「鍛えられた」役者たちの姿も「美」そのものといえるでしょう。新聞の劇評の中には「彫像美」という言葉もあるほどです。なぜ傘を手にじっとしているのか、などという理由を考えるのは愚かなことなのかもしれません。

 音楽はヴェルディの『椿姫』が使われていました。鈴木氏はシラノとヴィオレッタの共通項を「普通の社会人とはひと味ちがった境遇を生きていて、その純愛がついに成就されないままに終わることにある。」と述べ、両方とも日本人がフランス人と同じように愛し続けてきた主人公だとして、その結びつきを説明しています。その斬新な演出には驚かされますが、『椿姫』の音楽を経験しているものにとっては、音楽が鳴れば思い起こされるのはオペラの場面でしかありません。乾杯の歌も、「パリを離れて」の二重唱のシーンも、死ぬ間際の切ない音楽も然り。思わず「ああそは彼の人か」に始まるアリアの登場を待ち受けてしまいます。これは観客側の頭の固さゆえの限界なのでしょうか。

 終演後、鈴木氏のアフタートークを聞きました。シラノの声と言葉を駆使して守られる「男の美学」「男の心意気」は、現代の、例えばメール社会には欠如しているものであるというお話もありました。目に見えないもの、言葉や声や内面にある人間の本質を表現したいと。演出ノートによれば、日本的背景の上にフランスやイタリアを融合させたことも、明治維新以来、近代社会が迷い込んできた舶来主義の見直しを要求するものだと述べられています。日本人が見失ってきた「居場所」と「虚しいミスマッチ」を「もうそろそろ偉大でかけがえのないミスマッチにして、世界共通の財産にしなければならない」と舞台芸術家としての仕事の行く末を鈴木氏は書いています。

 演出の斬新さ、伝え方のうまさ、あちらこちらに見られた喜劇的面白さ(シラノがクリスチャンに代わってロクサーヌに呼びかける場面等)、そして舞台の美しさなど見所の多くあった芝居でした。ただ個人的には「男の美学」や日本的ミスマッチの美学に心酔できないものを感じます。たとえば、「時として美学は言葉を殺す」のではないかという危惧に駆られるのです。「美学」「心意気」には有無を言わせない脅迫的な観念があるのではないかという危惧に。

 昨夜の観客は演劇・舞台関係者が多かったようです。富山県利賀村を本拠地とする、地方での鈴木氏の活動などが観客層を広げているようですが、広島ではまだまだ一般の人々には受け入れにくい公演だったかもしれません。
Posted by hyo_gensya2005 at 18:44│Comments(7)TrackBack(1)演劇 

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広島の観劇ブログのリンク集です。 (??ひとこと感想から辛口批評まで??) この記事では 「シラノ・ド・ベルジュラック」 (2006年11月22日@アステールプラザ中ホール) について書かれたブログを集めました。 (基本的に、トラックバックを受付ている記事へリンクさ...
★「シラノ・ド・ベルジュラック」(2006/11/22)【ひろしば(広島演劇ひろば)】at 2006年12月10日 17:17
この記事へのコメント
こちらのブログにコメント頂きどうもありがとうございました.
独創的で強烈なイメージに魅了されましたが,僕にはその表現の強度にもかかわらず,どこか催眠性のある退屈さも感じる舞台でした.たった90分の長さの舞台なのに.
スペクタクル性の強い様式的なスタイルにはかなり歌舞伎的性格を感じました.テクストの文学性はその分犠牲になっているようにも思います.
「うーん」とうなり声が出るような美しい舞台でしたが,釈然としない気分も残りました.
静岡県が,税金であのような高踏的表現の舞台活動を継続的に支えてきたというのは,すごいことだと思います.
Posted by camin at 2006年11月23日 22:38
うーん、私が見ていたら退屈するかも知れない。
昨日はファシリテータ養成講座に出たのでみていませんでした。
Posted by 原田ちゃぼ吉 at 2006年11月24日 00:18
 caminさん、コメントをありがとうございました。一つの舞台についていろいろな意見が出るのはいいことだと思います。誰々が演出だからとか、誰々が出ているからということで過大評価することなく、いつでもだれでも率直な意見が言えることが望ましいでしょう。「楽観的に絶望する」のブログ、とても内容が濃くて読み甲斐がありますね。これからもおじゃまさせてください。
 
 ちゃぼ吉さん、いつもありがとうございます。舞台を観る機会の少ない方の意見というのも大事だと思いますよ。退屈なら「退屈だっ!」って言えることが大事。
 ファシリテータってなんですか?よかったら教えてください。今度のワークショップを楽しみにしています。よろしくお願いします。
Posted by ひょうげん舎まるち at 2006年11月24日 01:40
おつかれさまです!
遅くなりましたが、「シラノ・ド・ベルジュラック」の感想ブログを集めた記事を作ったので、リンクとトラックバックをさせてもらいました。
いろんな感想が集まっているので、もしよろしければ見てみてくださいね。
Posted by トム(snail-house) at 2006年12月10日 17:23
トムさん、トラバとコメントをありがとうございました。
同じ芝居を見ても感じ方が違うものですよね。
でも、それが大事。それが文化というものでしょう。
お互いに少しでも「なるほど」と思えるところがあれば儲けもの、と言えるかもしれません。
これからもよろしく!
Posted by ひょうげん舎まるち at 2006年12月11日 01:15
「ひろしば」もやっと軌道に乗れそうだなと感じています。
これからもよろしくお願いします!
あ、遅くなりましたが、うちのページのリンクスペースに
リンクを貼らせてもらってもいいですか?
Posted by トム(snail-house) at 2006年12月11日 22:45
リンク、よろしくお願いします。
まるちのリンクスペースにも「ひろしば」さんを載せさせてもらっています。忙しくてブログの更新がしんどい時もありますが、気長に頑張りましょう!
Posted by ひょうげん舎まるち at 2006年12月11日 22:55