野村水害_025
まず、野村の妹が昨日送って来たメールを転載しておきます。

>今日、野村小学校で追悼式がありました。お母さんが言うには、一般席に知った顔がほとんどなかったそうです。てっきり正午頃に、町内全体で黙祷の合図の放送があるかと思っていたけど、なんにも無しでした。そんなもんなんかな。

以上、転載終わり。

意外ですね。歩いてたら、知り合いに会うのが当たり前の狭い町ですよ。参加者の多くは役所関係者か若者だったそうです。平日の昼間だったら、仕事があるから、仕方無いよなと思いますが、日曜ですよ。どうなってるんですか。

てっきり、水位が最高潮になった朝7時過ぎに黙祷の合図は鳴らしてると思ってました。それすらしないんですか。弘法大師が来ても、誰も泊めてやらなかった飲んだくれの村の実態はこんなものです。多分、昔から何も変わってないんです。


「いだてん」は、後半の方が面白そうですね。あああ、足袋屋のオヤジがピエールなら、もっと面白かったような... あの当時の水泳日本勢が活躍出来たのは、白人の選手の多くが、有色人種と同じ水に入りたくないと出場を拒否したからです。今も、水泳で活躍する黒人選手はいませんよね。

陸上であれだけ強い黒人が、水泳で弱いはずがないんです。黒人は、白人と同じプールに入れてもらえないんですよ。今もなお、五輪は人種差別の祭典です。

日本人は、白くも黒くも無くて、日露戦争に勝利し、米国とガチに戦争やって世界中をビビらせ、歴史を変える技術や製品、創造物を幾つも作り出して来たから、今の地位があります。有色人種にして、一目置かれるようになり、白人も東洋人に対しては、表立った人種差別はしなくなりました。

一方、黒人は身体能力や直感的才能では優れていますが、地道に研究したり、努力する文化は余り持ってないので、なかなか地位が上がりません。軍事力、学術研究、創造分野でも強く無いと、水泳競技に参加することすら出来ないんですよ。

子供の頃は100年前は大昔で、1000年前は別次元だと思ってましたが、自分が50年近く生きてみて、100年前は一昔前、1000年前も何となく想像の範囲内になりました。人間の基本的特性は、そうは変わらないのです。 

追記
「いだてん」の劇中、ナイフで手を切って、生命線を延ばす演出がありましたが、確かに自分の生命線は年々短くなり、先がどんどん割れてます。 年取ってるんですから、短くなるのは、理に適ってますが、先が割れて行くのは意味不明です。