葦原シリーズの続きを書きかけていたのですが、急遽ご報告したいことがあり、予定を変えました。

一つは、ブログを通じて知り合ったgnoharaさんが、BIRDER紙に寄稿されていることを、少し遅くなりましたがご報告します。

gnoharaさんは、最近の野鳥カマラマンの様々な問題につき、私のように感情でものを言うのでなく、一時に同じ場所に集結してしまうことの問題点を指摘し、その情報管理のあり方にまで冷静にその対策を考えておられる方です。関心のある方は 是非右カラム、「野原から」をクリックしてください。鳥インフルエンザに関する考察、写真は最近素晴らしい飛びものを撮られています。

で、BIRDER紙の方ですが、アルビノチョウゲンボウについて取りあげた記事が掲載されています。是非、ご一読を!
BIRDER

さてもう一つは、悲しくやりきれないご報告です。
先頃「ルリビタキの憂鬱」「続 ルリビタキの憂鬱」で餌付けによる問題点を指摘してまいりました。そして身近な例として、MFの、普段はカマラマンなんて絶対にといってよいほど来ない場所にオジロビタキが入り、それはそれは喜ばしいことだったのに、情報が広まった途端あっという間もなく餌付けされ、舞台設定され、ミルワームで丸々と太ったそのオジロビタキを撮ろうと、県内はもとより都内や県外からも多くのカメラマンがミルワーム持参で続々と集まり、私を大いに嘆き憤らせたのでした。

で、最近、第一発見者でもある方(keyさん)のブログを拝見していたら、驚くべき事実が報告されていて、私は愕然となり、暫くは空いた口が塞がらずに、出るべき言葉も出ないのでした。
「餌付けとの因果関係ははっきりとはしませんが、よかったらどうぞ」とご了解を得ましたので、そのkeyさんのブログをご紹介します。
keyさんは、ほぼ毎日M田圃(見沼田圃ですが)を自転車で周り、ブログにきちんと観察種などを記録されていて、観察者としてもとても立派な態度でフィールドに臨んでいる方です。であればこそ、普段ほとんど人がいかないような所にも目を配り、オジロビタキなども発見できもしたのです。

それではまず、こちらをご覧下さい。コメント欄に注目です。
http://blogs.yahoo.co.jp/kondol65/61646844.html

そうなんです。このオジロビタキが死んでしまったかまではハッキリとはしないのですが、同じ縄張りのジョウビタキ(このジョウビタキ♀は私も見ている。確かにカメラマンの足元をウロウロしていた)に攻撃されて足を負傷したのは間違いのない事実のようです。
最初にkeyさんがオジロビタキを発見したのは、このジョウビタキの縄張り外だったようです。それをカメラマンが、写真が撮りやすいところへ餌で誘導し、そこでジョウビの攻撃に遭ったということなのです。

ご承知のようにジョウビタキの雌は非常に攻撃性の強い鳥で、ジョウビの雄もルリビも必ず追い払っちゃいますね。♀同士のケンカをみたことがありますが、驚くなかれ1分以上も地上でもみ合ってました。それはそれは凄まじいもので、小鳥同士の小競り合いなんてものではなく、真剣なバトルでした。あれではどちらかが必ず負傷するはずです。

おぞましきは、そのカメラマンが負傷しているオジロビタキをなお餌で梅の辺りに誘導し、写真を撮ろうとしていた、というコメントの記述です。もし私がその場にいたら、絶対に殴りかかっていたでしょう。

こんなこと、あり得ます? 

すでにマナーだとかいう以前の問題です。あなたは人としてなっていない。人としてやってはいけないことを、バカなことになんの疑いもなく行っているのです。これは「猛省を促す」などの生易しいレベルではなく、もうあなたにカメラを持つ資格はないから、今すぐカメラをブン投げちゃいなさい。ブン投げちゃったところで私はあなたを絶対に許さない。あなたに小鳥一匹負傷させていい資格など絶対にないのだから。

もう、お分かりですよね。冷静に考えて、今回の悲劇的な結末に、餌付けが直接の原因になっているかどうかは証明もできませんが、人間が何もしなければ、鳥同士はちゃんと住み分ける術を心得ているはずですから、少なくともこういう結末にはなっていなかっただろうことは、容易に推測されるのです。

餌付けは、我々が思ってもみない影響を与えてしまうこともあるという、今回は実にいい教訓だったと知るべきではないでしょうか。自宅の庭にちょっとミカンを差して小鳥の様子を楽しむのとは次元が違うのです。自宅の庭のミカンは愛です。でも写真撮影のための餌付けは、これはエゴ以外のなにものでもありません。

ブログが暗くなるので、今日は長々と書きませんが、人間なんて決して偉くなんかないんですよ。いろんな進化の過程で大きな脳を獲得し、言語や武器や様々な能力を獲得し、短期間でいろんな文明を築いてきた、それはスゴイことだと認めるにしても、だから人間が他の生き物より優位に立っていい、偉いんだという理由には少しもならないんです。

むしろそんな思い込み、思い違いをしている人間こそ下劣で唾棄すべき存在だと思い知らなければなりません。かつて、まだ人間が狩猟民族であった頃、人間は今ほど知識はなかったけれど、獣を必要以上に獲ってはならない、獲物をとったらまず感謝の祈りを捧げて、それからいただくという謙虚さと知恵をもっていたのです。しかし次第に知識やらなにやらを獲得してゆく過程で、ついでに傲慢さまで獲得してしまった人間は「俺たちは生態系の頂点に君臨するのだ、知識と武器とでな」と宣言し、乱獲と殺戮という愚行を繰り返してきたことを、我々は歴史の教訓として知っているはずですよね。

そしてようやくエコだとか、生物多様性などの言葉が定着し始め、鳥も虫も植物も人間も、共生してこその地球、のような世界観が定着しつつあるところだと思うのです。

だからもう餌付けなんて発想はアナクロニズム(時代錯誤)もいいところなのです。もはや前時代の発想なのです。現代は、人間のエゴを具体的にどう抑えるか、というのが最大のテーマでしょう。二酸化炭素排出規制を具体的にどう推進してゆくかが、経済政策とあいまって最大のテーマでしょう。

そんなことに俺には関係ねーよ、って言うんでしょうね。関係なくないんです。少しは想像力を働かせてください。そうでなくても稀少なオジロビタキをあなたは一羽台無しにしてしまったのですよ。もしこれがトキやコウノトリだったらあなたはタダではすみませんね。日本中のマスコミに取り上げられることでしょう。あなたはもうまともな社会生活は送れません。

もう、やめましょう。どんなに私が憤慨したところで、このオジロビタキはもう永久に姿を見られないでしょうからね。

しかし、お願いです。今後、少なくとも鳥の撮影に臨むときは、人として“まっとう”に接してください。相手は生身の生き物であることを決して忘れないでください。相手に苦痛を与えてまで撮影にのめりこむのは、非人間的という言い方は少し滑稽ですから、非生き物的な所作なのです。

鳥はただの被写体ではありません。生き物です。人間と同じです。あなたの子どもと同じです。自分の子にできないことは、鳥に対してもやってはいけないのです。もう二度とこんな報告を聞きたくありませんし、私もこんな低次元な話にエネルギーを割くのはイヤなのです。

もう一度言います。鳥に対するときは“まっとう”な人間として“真っ当”に接してください。

写真は再掲載です。もう、この子はいません、恐らくこの世には…
ojirobitaki5004