oruri0834

森の公園の一角、今が盛りのハナダイコン(ムラサキハナナ)が群生していてなかなかきれいだ。その花の前に50cmほどの杭のような木があり、その上には桜の木。
直接は確認していないが、人の話によればその杭だか桜だかにミルワームが置かれ、朝から何度もそのミルワーム目当てのオオルリがやってきては、その杭を中心にぐるりと取り囲んだ多くの(70人くらいいただろうか)カメラマンたちの格好のモデルになってくれていて、みんなのアイドルになっている。

ちょうどそこを通りかかったので、そのカメラマン諸氏の表情を見ると、いつオオルリが出てきてもいいように非常に集中した、真剣な面持ちであると見てとれた。まあ、つまりは必死なのである。少し動いて人の前に出ようものなら、おい、人の前に出るな、と叱られていたりもする。
きっとオオルリが出てくれば、小砲・中砲・大砲のシャッターの連写音が盛大に森の中に響き渡ることだろう。

その音を聞きたくなくて、絶対に聞きたくなくて、私はそそくさとその場を離れた。…
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この森はここいらでは比較的有名な探鳥地なので、時季により県内外から多くのバーダーやカメラマンが訪れる。特に早春のレンジャク(今年は来なかったが)・春秋のヒタキ類、サンコウチョウなどが立ち寄るときにはかなりの混雑になる。昨年のフクロウの賑わい(私は行っていないが、他の方のブログで知った)はまだ記憶に新しい方も多いのでは。

同時に首都圏ではもはや当たり前になっている「餌付け」や「テープによろおびき寄せ」が行われ、簡単ではないはずの野鳥の撮影が、それこそいとも簡単に、実にコンビニエントにできてしまう。昨年はコマドリが餌付けられていたらしい。

7〜8年前ならば、オオルリ・キビタキのシーズンでも、今日はカメラマンが多いなと思っても、せいぜい15人前後だったと記憶しているが、ここ数年、野鳥カメラマンが非常に増え、土日ともなれば100人を越えることも珍しくない。

そして先輩カメラマンが、繰り返しになるが当たり前のように「餌付け」や「テープ」によるおびき出しの手法を目の前でやるものだから、ははぁ、野鳥の撮影はこうやってやれば効率よくできるんだなと後輩カメラマンは学習してしまうのだ。

さあ、本ブログを読んでいただいている皆さん、ここで想像してみて欲しい。

通常、樹木の高みで囀り、水浴びでもない限り地面近くには降りてこないオオルリを餌付けし、ハナダイコンの紫色をバックに地上50僂旅此△覆い靴呂修両紊虜の枝にとまる姿を、70人のカメラマンがぐるりと取り囲み、必死の形相でシャッター音を響かせる、そんな様子を。

どうしても合点がいかない、ないし不思議でならないのは、70人が70人とも、つまり誰一人としてその状況の不自然さを不審に思わないこと、餌付け個体を撮ることへの抵抗感を感じることなく夢中になっていること、さらにそれらの写真をブログやなにかで発表するのだろうこと、この写真は餌付けて撮れたのだと、恐らくはそれを見る誰しもが判断できてしまうだろうこと、あ、この人は餌付け撮影をなんとも思わないんだなと思われてしまうこと、いやむしろ開き直って「私は餌付けカメラマンなんです」と宣言しちゃってるのかも知れないことetc etc…。

あはは、ははは、はははは… もう笑うしかない。笑う以外にもはやコメントすら思いつかない。
ははは、ははは、これは喜劇だ。



昼過ぎ、誰もいない隣の森を探鳥する。鳥の声に耳を澄ませ、シジュウカラやアオジ、ツグミ、コゲラの声がかまびすしい中で、夏鳥の声を聞き分ける。
―チョビチョビ、グィー
あ、センダイムシクイ!
―ヒューイ、ヒューイ、スーヒーホ、ジェ
これはオオルリ!
―ピリーオ、トゥトゥルピ トゥトゥルピ トゥトゥルピ トゥトゥルピ
お、キビタキ!
kibitaki1175

鳥の声を聞き、鳥の影に気をつけていれば、今の時季ならば複数の夏鳥が入っているので鳥は見つけられるのだ。そうして探鳥し、今日の写真のようにほぼ証拠写真レベルばかり(オオルリは色が出ていないし、キビタキはアイキャッチがない)でも撮影できたことの喜びは何にも代え難い。だいたい野鳥の撮影なのだから、簡単ではないのに決まっている。撮影の良い条件がいつもいつもそろうわけがない。そうして苦労しながらも、たまに良い条件で撮れる、そのたまにがあるから嬉しいわけだ。

その苦労を厭い、探鳥もせず人の情報でばかり動き、餌付けやおびき寄せなどのコンビニエントな撮影をする、そのどこに喜びはあるのだろう。そのどこに鳥や自然への畏敬の念、愛情はあるのだろう。

それよりも何よりも、ミルワームを与えてしまうことによる鳥の健康被害や肥満、自ら餌さがしをしなくなる、ここで足止めをくらうことにより繁殖地への旅立ちが遅れるなどの「負の側面」に対し、いったいどう責任をとるのか。そういう負の側面を承知の上でやっていることなのか。もしそうならば、これは自然への冒涜に他ならず、間違っても野鳥カメラマンなどと己を呼んで欲しくはない。
oruri1029

私はこれまで何度も同様のことを訴えてきた。けれども上のような傾向は減るどころか増える一方のようだ。だからそういう現場を見たくなくて、この森にも、あるいは人が集まりそうな探鳥地にはほとんど行かないようにしてきた。

それでも今の季節、遠くからやってきたヒタキ類の、森に響く美しい囀りを聞きたくて出かけてみる。そして実際にその声を聞くと、ああ、今年も来てくれたんだね、という思いと同時に、自分もまた1年を経てその声を聞くことができたことの感慨を胸に抱く、そうしたくて出かけてみるのだが。…

私ごときが自分のブログで何かを言ってみたところで何かが変わる訳もなく、ただただココロを虚しくするだけだ。ただ、次のことだけは知っておいていただきたい。

鳥の撮影をしていると、通りすがりや散歩の方からよく話しかけられる。鳥や自然に詳しい方、そうでない方と色々だが、なにかの加減で「餌付けやおびき寄せ」の話になると、例外なく、100%、つまり全員がそれはおかしいですね、不自然ですね、そうして撮った写真には価値はないですね、と異口同音に仰るのだ。
つまりそれはちょっとおかしい、と思うのがどうやらコモンセンスのようなのだ。


予報では明日も晴れ。ということは明日もまた大勢のカメラマンに取り囲まれた“餌付けオオルリ”の喜劇は続くのだろう。

哀しい喜劇の前に、私は為す術がない。
ooruri1126