小泉毅被告(47)に対する検察側の論告要旨は以下の通り。

 ■事実関係

 小泉被告には元厚生事務次官、山口剛彦さん=当時(66)=夫妻への殺人と、元厚生事務次官の吉原健二さん(77)の妻、靖子さん(73)に対する殺人未遂、元社会保険庁長官の横尾和子さん(68)を狙った殺人予備、そして刃物10本を携帯した銃刀法違反の罪が成立する。

 小泉被告が「殺害相手は人ではなく無罪」と述べている点、弁護人が責任能力を争うことを表明した点を除けば争いはなく、この法廷で取り調べられた証拠によって証明は十分である。

 小泉被告の「人ではないから無罪」との主張が、殺人罪成立を妨げるようなものでない。この点について、小泉被告自身が、生物的、肉体的な意味で人間ではないというのではなく、動物の命を奪う者は心が邪悪であるという意味で「マモノ」と呼んでいるにすぎないことを語っている。単なる悪態の表現としてマモノに過ぎない。したがって、小泉被告の主張は、被害者をおとしめることによって自己の行為の正当性を唱えているにすぎず、殺人罪の成否にかかわるようなものではない。

 そこで、弁護人からなされている3つの法律上の主張、責任能力、自首、そして殺人未遂事件における中止未遂の主張について、検察官の意見を述べる。

 ■責任能力

 弁護側は、小泉被告が各犯行当時、妄想性障害に罹患(りかん)していた疑いがあり、心神喪失又は心神耗弱の状態であったと主張する。しかし、犯行態様や前後の行動、犯行時の記憶の具体性、被告の供述態度のいずれをとっても精神障害を疑わせるような事情は見当たらない。

 小泉被告はきわめて綿密に計画を立て、周到な準備をした上で合理的に犯行を進めており、犯行後に警察に出頭することまで計画するなど、自己の行為が犯罪に該当することの認識を有している。また、犯行時の記憶は具体的かつ一貫しており、幻覚や幻聴、あるいはそれに準ずるようなものも登場しない。供述態度も精神疾患を疑わせるような事情は存在しない。

 動機についても、検察官は了解可能と考えるが、本件の重大性にかんがみ、捜査段階に精神鑑定を依頼した。飼い犬のあだ討ちという動機は、一見、歴代厚生事務次官を殺害する動機としては些細(ささい)で、動機と犯行がかけ離れているように思えるが、小泉被告の中では、愛犬が狂犬病予防法によって殺処分されたに違いないと信じ、その恨みを引きずって、同法を所管する厚労省の官僚のトップである事務次官に復讐(ふくしゅう)しようと考えたので、小泉被告なりに筋は通っている。そこには妄想に相当するものはない。

 また横尾さんの命を狙った動機は、犬のあだ討ちとは関係がなく、「どうせ死刑なら腹の立つやつを殺してやろうと思った」と述べており、妄想に結びつくような事情はない。

 小泉被告の精神鑑定を行った獨協医大越谷病院の井原裕教授も「被告には思いこみが強い面はあるが、妄想には当たらない」と証言し、小泉被告には精神疾患は認められないと判断している。

 小泉被告が精神疾患に罹患していると認められず弁護人の主張には理由がない。

 ■自首について

 自首成立について検察官も争わない。だが、この事件は自首減刑をすべき事案ではない。刑法上、自首を減刑理由とするのは、刑事政策的な面と、自首によって非難の度合いが減少するという面があるが、小泉被告は出頭も犯行計画の一部に組み込んでいたので刑事政策的にも評価すべきでない。

 ■中止未遂について

 弁護側は吉原健二さんの妻、靖子さんへの殺人未遂事件を、中止未遂に当たると主張するが中止未遂ではない。本件では自己の意思によるとは認められず、中止行為も認められない。

 関係証拠から未遂に終わったのは、靖子さんが屋外に逃げ出したからである。小泉被告は、玄関で靖子さんの胸を5カ所刺し、尻もちをついた靖子さんの姿を見て「本当に(吉原さんの)妻なのか」と思って躊躇(ちゅうちょ)したが、靖子さんが逃げ出そうとすると、追撃して背中を刺している。小泉被告は、リビングの方から物音が聞こえたように思い、「元次官がいるかも」と気をとられ、靖子さんを取り逃がした。小泉被告はその場にいては捕まってしまうと考え逃走した。

 この事実経過から、小泉被告は、自己の意思で靖子さん殺害を取りやめたわけではなく、一瞬の迷いを生じて行動が遅れ、目当てである吉原元次官を殺害したいとの焦りから、靖子さんを取り逃がしたものである。

 小泉被告は法廷で、靖子さんが尻もちをついた間、自分は何もせずに立っていたように述べたが、その記憶は不鮮明で、靖子さんはほんの一瞬で立ち上がったことを証言している。

 一方、小泉被告は何ら中止行為をしていない。靖子さんは、胸に5つの刺し傷を負い、病院に搬送されたときは呼吸がほぼ停止状態で、非常に危険な状態だった。小泉被告は、靖子さんを死亡させるのに十分な傷を負わせてから逃げており、靖子さんが助かったのは適切な救急活動によるものである。

 それでも「中止した」と言うには、小泉被告が積極的に死の結果を防ぐための努力をしなければならないが、ただ逃走しただけである。したがって、本件が中止未遂に当たらない。

 ■情状

 山口夫妻の殺害態様は、宅配便を装い玄関のドアを開けさせ、応対した剛彦さんの胸を刺して殺害、様子を見に来た美知子さんの胸を刺して殺害したもの。

 剛彦さんは、胸に4カ所の刺し傷と、左腕がちぎれそうな切り傷、頭に切り傷を負い、胸の傷は大動脈や肝臓などを損傷している。小泉被告の残忍さ、執拗(しつよう)さ、強固な殺意がうかがわれる。

 美知子さんは、胸に深さが約18センチを超える2つの刺し傷を負い、心臓を直撃し肺を貫通している。これらの刺し傷からは、強固な殺意がうかがわれ。切り傷や背部の傷が見あたらないことから、無抵抗の被害者を何の躊躇もなく突き刺したものと認められる。

 一方、吉原靖子さんは、胸に5カ所の刺し傷を負っている。傷の数や傷が胸部に集中していることから強固な殺意がうかがわれる。

 これらの各犯行に使用した凶器は、刃の長さ約20センチの包丁である。小泉被告は多数そろえた刃物から、試し刺しをして包丁を選び、手製のつばや、柄に滑り止めの包帯を巻き付け、激しい攻撃に備えている。殺意の強固さは小泉被告自身も語っており、残忍極まりない凶悪な犯行態様である。

 ■結果の重大性

 小泉被告の犯行によって、全く落ち度のない2人の命が失われたほか、1人の生命が危険にさらされ、今も後遺症に苦しんでおり、結果はあまりに重大である。

 山口剛彦さんは、長年厚生省で勤務し、年金課長時代には、当時年金局長であった吉原健二さんとともに基礎年金制度の導入に取り組むなど、国のために身を粉にして働き、厚生事務次官を最後に退職した。その後も独立行政法人などで働き、一昨年4月から悠々自適の生活を送れるようになったばかりであった。

 山口美知子さんは、主婦として夫を支え、書道や旅行などの趣味を持ち、思いやりのある温和な人柄で家族を見守ってきた。2人の息子はすでに独立し、一昨年2月には2人目の孫が生まれ、夫も仕事を引退し、夫婦でのんびりした老後を送ろうとしていた。

 そうした矢先、美知子さんのガンが判明し、美知子さんは、半年間の闘病生活を送るが、剛彦さんの支えによって克服し、被害の4日前にはハイキングにも行けるようになった。落ち着いた生活を送ろうというときに、突如、命を奪われた2人の恐怖と無念さは察するに余りある。

 吉原靖子さんは、自宅玄関でいきなり訳も分からぬうちに刺された。出血量も多く危険な状態だった。今も重い後遺症を残し、精神的ショックも癒えず、未遂にとどまったとはいえ、結果は重大。夫の吉原健二さんは、妻が自分の身代わりになったとの思いから、今も自分を責め続けており、その苦痛も無視できない。

 また予備段階にとどまったが、横尾さんや厚生省、同省関係者も同様に不安な日々を送ったことも想像に難くない。=(下)に続く

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