
面白い見解だと言われたので、調子に乗って記事にしてみました。
●お題「男女間の友情は成り立つか」
hi9a: でも、無理に区別することを気にしなくてもいいんじゃないかなー、と思います。「友情」なり「愛情」なりは便宜的に言葉にしただけなのに、逆に言葉に縛られてる気がします。「文系」「理系」もまさにそのパターンっぽい。
「男女間の友情は成り立つか」。
この問いに、イエスかノーで答える必要は無いと考えています。
どんなにナイフを力いっぱいあてても、水は切れません。
ただ、例えばもし、友人からこの問いを受けたとき。
そのときに上のような旨を返すのは最悪でしょうね。
なぜなら、この返答は相手の問いかけを全否定している一面もあるからです。
相手の質問理由によっては、自分自身を否定されたと感じるかもしれません。
そう、理由です。
この場合に大事なのは、
この質問の枠に縛られてイエス・ノーで答えることではなく、
かといって、質問自体を一蹴するのでもなく、
この人はどうしてこんな問いに行きついたんだろう、と考えることではないでしょうかね。
話のネタ程度ならてきとーな返事でもいいでしょうが、
なにかひと騒動あったことを匂わせるようなら、それを引き出してあげて、受け止めてあげる。
質問の枠で必死に「男女の間柄論」を展開するよりは、よっぽど相手のためになるのではないでしょうか。
もちろん、質問の背景を探る大切さは、何も「男女間に〜」だけに当てはまる事ではありません。
ただ、僕としては、「男女間に〜」は特に相手の背景に気をつかってあげるべき問いだと思っています。
繰り返しになっちゃいますが、上で書いたとおり、この問いかけ自体には何の意味もないと考えているからです。
会話によって、つまり問う「個人」がいて初めて意味を帯びてくるものであって、
一般論のような扱い方をするのは、殻だけの卵を店頭に並べることに等しいと思いますけどね。

チクリときますよね。
「片想いがまぎれてる友情」のつぶやきを思い出して、この画像を選んでみました。
早く治るといいですね