アラスカでオコジョに出合う

8月27日

ベアウォッチングツアー初日は、ひたすら歩いてクタクタになった。マリさんの万歩計は27000歩を示していたという。普段は5500歩を目標にしているから、今日1日で5日分歩いた計算になる。疲れるはずだ。

2日目は、初日とは違うルートを歩いて、クマを探した。
途中、流木のある開けた河原で休憩を取った。
ブリジッドは辺りを歩きまわり、ハリーは木陰で座っている。物静かで白いひげが学者然としたハリーは、何を考えているのだろう、といつも思う。

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川底には、繁殖行動を終えたサケの死骸が沈む


私たちもおやつを食べたり、ロイヤルと遊んで時間をつぶす。
と、赤毛のキツネが姿を現した。川沿いを歩いてきたのだろうか。狡猾そうな顔つきだ。おびえる様子もなく、軽い足取りを自慢するかのように、スタスタと近づいてくる。そして、興味なさげにこちらに一瞥を投げかけると、何ごともなかったように通り過ぎていった。

これほどまでに、野生動物は警戒心がないものなのか。散歩中に、「近所だけど言葉を交わしたことはない人とすれ違った」というような風情だ。ロイヤルもあまりのさりげなさに戸惑ったのか、「ワン」とも言わない。

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ヒョッコリ現れたキツネ


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すると今度は、私たちの背後の流木から、オコジョが現れてチョロチョロし始めた。流木の間から出たり入ったりした後、木の上のカメラの前で立ち止まった。レンズに映る自分の姿に興味を持ったのだろう。

以前、知り合いがコディアックの別のロッジが提供するベアウォッチングに参加した時も、「オコジョタイムがある」と言っていた。朝、流木に腰を下ろしてクマを待っていると、必ず、オコジョがチョロチョロするのだという。なるほど、オコジョは流木が好きなんだな。

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流木が好きなオコジョ(イタチかもしれない)


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カメラに興味津々


オコジョは、ハリーとブリジッドのロッジがある島にもいる。
ある日、ハリーが室内で論文を書いていると、窓の外からオコジョが興味津々でハリーを見つめていたという。

「本当に驚いた!」
ブリジッドはとてもうれしそうに、何度もこの話をした。
その出来事は、ハリーにとっても印象的なものだったようだ。彼は、何かの骨でオコジョを彫った。その作品はロッジのリビングに飾ってある。
ナゾの生き物に見えるが、オコジョだと言われると見えないこともない。

ちなみにブリジッドは、日本語の「オコジョ」の音が気に入ったらしく、何かにつけ「オコジョ、オコジョ」と言い、挙句の果てには覚えた日本語を駆使して一文を放った。

「サヨナラ、オコジョ」

チャーミングですね。

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ハクトウワシ


クマは鼻がきく。風上からクマを探したら、決して見つけることはできない。ここでは、太陽の動きや潮の満ち引きに加えて、風向きを考えながら行動しなければならない。

私たちはハリーとブリジッドについていくだけだが、彼らはそういうことを読みながら動いている。だから、草むらに身を潜めていると、クマはこちらに気づかず、数メートル先をのんびりと通り過ぎていくこともある。

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何度か見かけたメスのクマ


今回は、川辺の草むらにじっと黙って座ってクマを待っていた。すると突然、ドボーン!と大きな音が森に鳴り響いた。
驚いて音の方に目を向けると、昨日も見たメスグマが川に飛び込んだところだった。それも、私たちのすぐそばで。

クマは目があまりよくない。動くものやニオイには敏感だが、風下でじっと座っていた私たちにはまったく気づかなかったのだ。
それにしても、このメスは大きい。きっとサケを獲るのがうまいのだろう。

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これほど健康的に成長するクマは、どれぐらいの割合でいるのだろうか。
この日、森の近くで2頭のコグマを見つけた。こちらに気づいていないとは思うが、それでも辺りを警戒して、茂みから出てこようとはしない。

ブリジッドが言うには、このコグマたちは孤児だという。母グマは死んだのか、殺されたのか。
不憫だけれど、野生ではよくあることなのかもしれない。

この日は、2万歩も歩いた。
御年70歳のハリーは、今日も元気だった。

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アラスカでヒグマを見る

8月26日

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クマの足跡を見るだけでワクワクする


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キャンプサイト近く


1RIMG1326翌朝、8時過ぎにボートに荷物を積み込んで、キャンプ地に向かった。このところ、ロイヤルの定位置はボートの舳先らしい。「ボクが先導しなくては」という責任感をみなぎらせて、ボートの行く先を見据えている。
途中、ブリジッドは双眼鏡と持ち前の視力の良さで、遠くにいる動物を見つけては知らせてくれる。海面からラッコが顔を出し、ハクトウワシは木の枝に留まってみじろぎもしない。彼らが枝をうまく組み上げてつくった巣もあった。
山腹に点を打ったように見えるのは、マウンテンゴート。草むらで食事をしているシトカシカは、1920年代にアラスカ本土からコディアック群島に持ち込まれた。赤リスとマウンテンゴートは、1950年に本土からこの地にもたらされたという。
では、もともとコディアックにいた哺乳類は何なのか。
「オコジョでしょ、カワウソでしょ、クマ、ネズミ、コウモリ、それから、キツネとビーバーね」
ブリジッドが指を折って数えながら教えてくれた。



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仲良くじゃれ合う兄弟


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子連れのクマを何度か見かけた。このコグマも母グマと一緒だった


10P7A1081いつものキャンプ地に荷物を降ろし、早速、クマを探しに出かけた。石がゴロゴロ転がる海岸はいつもながら歩きにくい。歩きにくさを感じながら、数年前にこの辺りでアリュート族の石器を見つけたことを思い出す。
約3千年前、彼らは夏の間、アリューシャン列島からコディアック群島にやって来て集落をつくり、漁をしていたといわれている。幅の広い川のように陸の奥深くまで伸びる湾は入江のように穏やかで、漁をするには絶好の場所だったのだ。ゴロゴロの海岸も、自然の中を縦横無尽に駆け回ることを生業にしていた彼らには苦にならなかったに違いない。そこには、いにしえの人々の息遣いがひっそり横たわっていた。

海岸には泉もある。そこで水筒に水を汲むのがベアウォッチングツアーの恒例になっている。雨不足で枯れてやしないか、と心配だったが、水は岩の間から静かに湧き、浜辺の石を穿っていた。ただし、以前2カ所あったうちの1カ所はうんともすんとも言わないらしい。しかも、辺りには硫黄のような臭いが漂っている。ブリジッドが言うには、それは海藻が出すガスの臭いで、干潮時はそのガスが空気中に放出されるという。

海岸が切れる辺りから高台へ上がり、背丈ほどの草が生えた草むらを、水辺へ向かって歩いて行く。ハリーとブリジッドが「ウエストクリーク」と呼ぶ場所だ。先頭には、銃をかつぐハリーの背中、その向こうには、頂上が鋭くとがった見慣れた岩山がそびえ立つ。山頂に雪はない。日差しは強い。気温は27℃前後。川辺の草むらで休憩する頃には汗だくになって、Tシャツ1枚になった。クマも森の日陰で寝ているか、川に浸かって涼を取っていることだろう。
クマが食べ残したサケの腐った臭いが漂い、そこにたかるハエの羽音も耳障りだ。爽やかとはいいがたい原野の昼下がりだ。

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クマのそばで何かを期待する水鳥。
クマは、少なくともこの時期は水鳥を襲わないことが分かった


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流木の練習台で、飛ぶ訓練をするハクトウワシの幼鳥。
ずいぶん、上手に飛べるようになりました


アラスカ:野鳥とラッコに会う

8月25日

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コディアックトレックスのビーチとロイヤル


コディアックトレックスに到着後は、各自、母屋から離れた場所にあるゲストルームへ荷物を運び込んだ。ブリジッドが聞いた。

「念のため聞くけど、トイレの場所、使い方は分かるよね?」

もちろん、分かる。
トイレはゲストルームから小道を10メートルほど行った先にひとつ、その先に、もうひとつある。いずれもコンポストトイレだろう。
カナダのローズハーバーのコンポストトイレでは、用を足した後におがくずや木の葉を放り込んだが、ここではトウヒの香りの液体を二度ほど吹きかける。

手は、ゲストルームの軒下にある雨水を貯めたタンクから、水差しに汲んで洗う。タンクには、虫などが入らないよう網がおおざっぱにかけてあるが、なんせおおざっぱだから、虫もおかまいなしに侵入している。
石鹸は濡れないよう、白い貝殻がかぶせられている。こういうのを見ると、大自然の中での暮らしは荒々しいものではなく、むしろ穏やかで平和なものだとつくづく思う。

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ゲストルームからは入江が見える


10畳ほどのゲストルームは以前と変わらず、質素で小ぎれいだ。室内には、暖炉と薪、ベッド、小さなチェストが配され、窓辺には、貝殻とステンドグラス、ろうそくが置かれている。隣の部屋とは、寝息まで聞こえるほど薄い板一枚で仕切られている程度。しかし、気になるのはその薄さよりも、この板をどこからどうやって、町から離れたこの島に運んできたのか、ということだ。

部屋の窓から見る入江の風景も混ざりっけのない、大自然だ。以前と違うものがあるとしたら、雨不足で葉を落とした木立ちと、ハリーとブリジッド、そして私たちが年を取ったこと。そしてもうひとつ、いつもと違うことがある。ハリーは言う。

「今年はネズミが多いんだよ!」

母屋とゲストルームの間にあるラズベリー畑の斜面を、ネズミがチョロチョロしているらしい。
「夜は、それを狙ってフクロウが来るんだ。鳴き声が聞こえるよ、ホウ、ホウ、ってね」

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船はハリーとブリジッドの主な移動手段。キャンプ地へも船で行く


そんな話をしつつ、今日、キャンプに行くか、ロッジに泊まるかを決めることにした。
「ロッジなら、夕食はサーモンのBBQよ」と、キングサーモンと思しき2尾の大きなサケを三枚おろしにしたものを見せてくれた。もともと到着日からキャンプを希望していたが、4人の日本人は特大サイズのサーモンにおおいに心が揺れた。

それに、キャンプ地に向かうのは、潮が満ちる夕方以降だという。いずれにしろ、クマ観察は明日から、ということになる。ここではすべてに行動が、太陽の動きと潮の流れ、そして風向きによって決められる。
結局、4人の日本人はサケを取った。

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日本人を魅了したサケ料理


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ツグミの仲間と思われます。オリーブチャツグミかな?


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ロッジの林にいた小鳥たち。これはコガラかな


その後、ハリーに船を出してもらい、いつもの岩礁に連れて行ってもらった。8月はまだ、パフィンがいる。パフィンと呼ばれる水鳥は世界に3種類いるらしい。
この界隈で見られるのは、英名でTufted Puffinと呼ばれる種で、日本ではエトピリカと名付けられている。目の上に、黄色く長い眉毛が生えている種類だ。彼らは自慢の眉毛を常に後頭部になでつけ、オールバック風のヘアスタイルを保っている。
そのほかに、カモメやウミウもいれば、ラッコもいる。

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8月は、カモメのヒナも見られる


数年前、海水温の上昇により有害な毒を出す海藻が大発生し、米国西海岸からアラスカ半島沿岸でたくさんの海洋哺乳類が死んだと報告された。以前、訪れたホーマーという町の湾内でも、おびただしい数のラッコが死んだ。

今年の夏も、アラスカでは異常なほど気温が高い。ブリジッドが言うには、気温は平年に比べて10℃、海水温は7℃も高いという。

サケは過密な場所を嫌い、水温にも敏感だ。川は雨不足のせいで水が少なく、水温も高い。そのため、河口で水温が下がるのを待つサケもいる。しかし、子孫を残すべく、決死の覚悟で川を遡上したサケの中には、体が弱って背中に斑点ができているものもいた。
「ああなると、産卵前に死んでしまう」とハリーは言った。
アラスカは厳しい季節を迎えていた。

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不器用に飛び立つパフィン


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これもパフィン


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これはラッコ


アラスカ、アリュート島へ

8月25日

コディアックの朝は、湿っぽい。晴れた日も、外に出ると湿っぽい匂いがする。それは、カビのような土のような、決していい香りではないが、豊かな自然の匂いだと感じる。

同じ匂いを北海道の知床でも嗅いだ。沢のそばで車から降りた時、もわっと匂ったのだ。

ニオイの専門家でもある友人は、ニオイの元はバクテリアだという。きっと、知床にもコディアックと同じバクテリアが棲みついて、日がな黙々と木やら葉っぱやら生き物の死骸やらを分解しているのだろう。

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ウニは苦手だが、獲ったばかりのウニを割って食べるとすごくおいしい。
なぜ、日本で食べるウニはあんな味なのか。


そんな湿っぽいコディアックに滞在する時は、いつも同じホテルを利用する。ベストウエスターンという名のホテルだ。
初めて利用した時は、よくも悪くもない、という印象だったが、今回はよくなっていた。
何がいいのかというと、部屋が小ぎれいになった。朝食のビュッフェもよくなっていた。最初に泊まった時は、3種類程度のパンとコーヒー、シリアルぐらいだったが、今回は数種類のパン、マフィン、シリアル、フルーツジュースに加えて、ヨーグルト、リンゴなどのフルーツも用意されていた。
いったい、何があったんだ、ベストウエスターン!

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いつも泊まるベストウェスターン。釣り客が多く利用している。
チェックアウト時、大きな保冷箱を運び出すゲストを見かけた。たくさん釣れてよかったね。


その日の朝は、エアタクシー会社がホテルまで迎えに来てくれる段取りになっていた。ロビーで待っていると、ガラスのドア越しに見慣れた顔が…。おやおや、ブリジットじゃないか! 
ブリジッドは、これから向かうロッジ、コディアック・トレックスのオーナーで、クマ観察ツアーのガイドでもある。いつもニコニコ、とびっきりのホスピタリティで楽しませてくれる。

「父の具合が悪くて、シカゴに行って、今朝、帰ってきたところ。6時間もかかったわ」

疲れているだろうけど、ニコニコしている。

そうこうしているうちに、エアタクシー会社の迎えの車が到着。荷物を積んでから、ホテルで合流したアズさんとマリさんとともに車に乗り込み、コディアック空港へ向かった。そこから、約40分かけてロッジのあるアリュートアイランドへ飛んだ。

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エアタクシーから見た、コディアック市内の風景。


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コディアック群島の山の上を飛ぶと気づいたことがある。以前は雪が残っていたのに、今回はほとんど溶けている。
温暖化の影響は、極北であればあるほど大きい。いつもはキリッと澄んだ空気にすがすがしい気分になったものだが、今回は空気は生暖かく、空も靄がかかったようだ。
それは霞などという生ぬるいものではなく、コディアックの北東、キーナイ半島と呼ばれるエリアで森林火災が発生したせいだ。この日もまだ、燃え続けていて、その煙がコディアックまで流れてきているという。
途中、右手にアラスカ半島に広がるカトマイ国立公園が見えるはずだったが、それも煙にかすんでぼんやりとしていた。

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ラーセン湾に浮かぶ、アリュートアイランドにあるコディアック・トレックス。
太陽光発電もある建物は、オーナーのハリーが建てたと聞いている。


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新芽やベリーの季節には、クマが山頂までやって来ることもあるという。
クマが歩く道はベア・トレイルと呼ばれている。



3度目のコディアック

8月24日

6年ぶり、3度目のコディアックだ。コディアックは南西アラスカにある群島で、島の南東は太平洋、北西側はシェリコフ海峡を挟んで、ヒグマの王国、カトマイ国立公園を有するアラスカ半島がある。

アラスカへの旅行は、だいたいアンカレッジ国際空港(テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港)から始まる。ここから、小さなプロペラ機で移動するのだ。
アラスカの町々へ飛ぶ飛行機はいろいろあり、銀のウロコが光るリアルなサケの模様が描かれた機体もある。アメリカンジョークだろうか。
そのなかで、コディアック行きの飛行機はもっとも地味で一番小さい部類で、その印象は、まるでバス! 

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そんなちっぽけな飛行機にテロをしかけようとする人いない、とタカをくくっているのか、保安検査はない。席は4列シートで、ざっと60席ほど。座席は指定できないから、“早い者勝ち”。搭乗口に早く並べば、好きな席に座ることができる。もちろん、後ろの方に並んだからといって座れないことはないが、遅れたら規格外の大きな体格の人の隣に窮屈な思いをして座ることになりかねないから、早めに並ぶにこしたことはない。

コディアックへは、約60分で到着する。コディアック空港の建物は、とても小さい。近所の私鉄の駅舎よりもちっぽけで、空港らしい、にぎわいもない。なんだかとても遠くへ来たなぁ、という気分になる。ベルトコンベヤーに流される荷物も、なんだか薄汚れて疲れている。

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コディアック空港の建物。
アラスカには、滑走路が舗装されておらず、建物すらない空港もある。


しかし、このさびれた風情に、へき地に来た、と実感させられる。他の乗客もだいたい、似たような気持ちだろう。ハリウッド映画に出てきそうな大柄のアーリーアメリカン風の男たちは、ここに釣りをしにやって来る。明日は、タタミ一畳ほどの巨大なハリバットを釣ることだろう。

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車と一緒に並ぶエアタクシーの機体。


アラスカには、滑走路が舗装されておらず、建物すらない空港もある。
空港から外に出ると、そこにあるのは森と海と、エアタクシー会社のセスナ機格納庫だけだ。
エアタクシーとは文字通り、タクシーの飛行機版で、チャーターして利用する。一般的な大きさは、3〜5人乗り。アラスカでは、離島やへき地に人や物資を運ぶ際に使われている。水上飛行機もあれば、滑走路から離陸し、着水する水陸両用もある。砂浜での離着陸は、潮の干満のタイミングを見計らう。嵐の後は、流木を取り除いて砂浜をならしておく必要がある。

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明日はこのエアタクシーで、コディアック群島の西側、ユヤックベイに浮かぶアリュートアイランドへ飛ぶ。この小さな島に、自然観察ツアーを提供しているロッジ、コディアックトレックスがある。実に6年ぶり、3度目だ。最初に書いたけど。

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アラスカでは、着水できる機体が何かと便利。


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アラスカでは、長靴も何かと重宝する。


リサイタルはもうすぐ

空が白み始める朝4時過ぎ、一番鳥が鳴く。いつも聞こえてくるのは、ヒヨドリの声だ。

ヒ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒーヒーヒー!

音階は、「ミ、ミ、ド、ミ、ソ、ドードード!」だろうか。音感がないので何とも言えないが、だんだん音階を上げていき、興奮気味に歌い上げる。それを何度も繰り返す、朝っぱらから。その熱心さ、中高生の運動部の朝練さながらだ。

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日中は、気がつけばいつも、ヒヨドリが歌っている。そんなご近所シンガーを、我が家では「ヒヨちゃん」もしくは、「ヒー様」と呼んでいる。

最初は誰が歌っているのかわからなかった。ヒヨちゃんの鳴き声と言えば、「キエーッ、キエーッ」とが一般的だったからだ。
だから、この時期の歌を歌うような鳴き声は、平和で楽しい。

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その昔、万葉の人々はヒヨドリの美しい鳴き声を、しばしば歌にしたためたという。
「キエー」という鳴き声しか知らなかった頃は、「美しい鳴き声」というのに違和感があり、イソヒヨドリのことではなかろうか、と思ったが、今ならヒヨドリの歌声を詠みたくなった気持ちがよくわかる。愛嬌があり、一生懸命さも伝わってくる。

はて、何に一生懸命なのか。恋の季節でもないだろうに。
我が家の家族会議の結果、リサイタルがある、という答えに落ち着いた。
コンサートじゃなくて、リサイタル。ジャイアンか。

小雨の降る今も、相変わらず近くの林で同じ歌を歌っている。
その林が、来年の夏から開発されてマンションが建つことを、ヒヨちゃんは知っているのだろうか。

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ゾウの糞を追いかけて

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最初見た時はミーアキャットだと思った、ケープアラゲジリス。
陽射しが強い日中は、尻尾を日傘代わりに頭にかざす


まだ、温かい。遠くには行っていないはずだ。

刑事ドラマのようなセリフを、何度となくつぶやきそうになった。温かいのは、犯人が座っていたであろう椅子でもなく、飲んでいたであろうコーヒーのマグカップでもない。ゾウの糞だ。

実際に触ったわけではないが、轍に残されたゾウの糞は、見るからにフレッシュだった。たった今、ゾウの群れがボテボテと落としながら、ここを歩いていったのだ。

特殊部隊で過酷な経験を積んだ南西アフリカ(現ナミビア)生まれのA氏はある時、ゾウの糞を手でつかんで茶色がかった汁をギュッと絞り出して、こう言ったという。

「水がない時は、これを利用しろ。3回までは飲める」

では、4回飲んだらどうなるのか。

「腎臓がやられる」
もう一人のガイド、Y氏は教えてくれた。

そんなことを話ながら、ゾウの糞を追いかけるように車を走らせたが、肝心のゾウはいっこうに姿を現さない。のんびりしているように見えて、意外と歩くのが速いのだ。結局、その日は、ゾウの糞を眺めて一日が終わった。

キハシコサイチョウ
たまに「俺は人を殺したことがある」というような目つきをする、キハシコサイチョウ


明るいうちにキャンプサイトに到着すると、まずはテントを設営してからビールで喉を潤し、火を起こす。A氏が夕食の準備をし始めると、メンバーは順番にシャワーを浴びる。シャワーといっても、バケツの底にコックをつけただけの簡素な設備で、使える水はバケツの3分の1程度だ。
思い出したのは、自衛隊に入隊したAちゃんが話してくれた、乾燥地帯を想定した訓練での体験談だ。

「水は貴重だし、シャワー時間は短いから、とにかく早く済ませないといけなかった」
そこでAちゃんは、頭と体を石鹸やシャンプーで洗った後、歯磨きをし、最後に石鹸の泡を流すために頭から水を注び、その水を口で受ける、という技を身に付けたという。

とりあえず私も、その技を真似てシャワーを浴びる。石鹸やシャンプーの泡は完全にはすすげなかったが、炎天下のシャワーは気持ちよかった。

シャワー2
シャワー1
保護区内のキャンプサイトにあるシャワールーム。
朝晩は冷え込むので、昼間に浴びるのが正解だ


シャワールームのないキャンプサイトでは、車の影がシャワールームになる。桶を置いて水をため、ペットボトルの底を切り取った簡易の手桶で水をすくって頭から水を浴びる。決してきれいな水ではないが、それでもスッキリする。そして、自由をひとつ手に入れたような気になるのだ。

シャワーの後は焚き火の周りに集まって、インパラやスプリングボックの肉で作ったA氏お手製のサラミやジャーキーをつまみにビールを飲む。普段、ビーフジャーキーやサラミを食べないのでよくわからなかったが、インパラやスプリングボックの肉は野生的な臭みがあるらしい。

ハタオリドリの巣
ハタオリドリ
そこかしこで見かけた、ハタオリドリの巣。ハタオリドリの種類はアフリカにたくさんいるようだ


アフリカならではの味を楽しんでいると、日が暮れ始めた。ピンクと青のまろやかなグラデーションの空を眺めながら、フリースやダウンを一枚、また一枚、と着込んでいく。
焚き火の炎が小さくなり、置き火になったところで、A氏はようやく肉を焼き始める。炭火のような火でじっくり焼くことで、柔らかくジューシーに焼けるという。火を起こしてからゆうに3時間は経っていただろう。お腹はとうにすっからかんだが、夕食を待つ時間は原始的な体験のように思えた。

夜空には南十字星、マゼラン星雲もかすかに見える。地面に視線を移せば、そこかしこにサソリやヤモリたちが掘った穴が空いている。夜の砂漠に、ヤモリの鳴き声がのどかに響き渡った。

空

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水の乏しい砂漠でも、たくましく生きていました


すべての装備を知恵に置き換える

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道端の薮が視界を遮る。これは「アフリカのバラ」と呼ばれる植物で、
この時期、ところどころ白い花を咲かせていた


中央カラハリ保護区に入り、轍を頼りに車を走らせる。道の両脇にはアカシアやアフリカのバラと呼ばれる植物が茂って見通しは悪い。しかし、茂みが途切れると、今度は乾いた平原だけが地平線まで広がる風景を延々と見る羽目になる。まるで地球全体を平原が覆っているかのようだ。その広大さを目にすると、これが世界だ、と思えてくる。

インパラ
わずかな草を食むインパラの群れ


今でこそ、この広大な砂漠には車道が整備されているが、40年ほど前は、道も何もない原野だった。A氏はその大自然に、10代の頃から親しんできた。

A氏のルーツは、オランダとドイツにあると聞いた。当時、南西アフリカ(現ナミビア)と呼ばれていた国に移民した三世として生まれた。

両親は牛の肥育農家で、牛を売ることで生計を立てていた。A氏は16歳になると、近隣の国々に牛を売るために、十数頭の牛を連れてカラハリ砂漠を横断するようになった。道もなければ道路標識もない広大な砂漠を迷うことなく進むすべも、牛と自分の身を猛獣から守るすべも、この時身に付けた。

「ジュンコ、ここは僕が16歳の時に歩いた道だよ!」

周りには、アカシアの茂みと平原が広がるだけで、目印になるものは何もない。地図も持ち合わせていなかったが、A氏にはわかるのだ。

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360度、地平線。10代の頃は地平線を見ることを夢見ていたが、
中央カラハリに来て3日もすると、地平線に見飽きてしまった


その昔、ポリネシアの人々は星を読みながら大海原を航海し、ハワイへたどり着いたという。A氏もかつてのポリネシア人が持っていたような知恵を持っていた。

すべての装備を知恵に置き換える。

これは、冒険家の石川直樹氏の著書のタイトルにもなっているが、もとは、アウトドア用品メーカー、パタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナード氏の言葉だそうだ。まさに、この言葉を地で行くA氏だが、その背景には、10代でブッシュを肌で感じてきたこと、その時培った知恵とタフさを買われて入隊した特殊部隊で、過酷な自然、猛獣、そして敵と戦い、生き残ったという経験がある。

ホロホロ

ホロホロ先導隊
車道を好んで歩く、ホロホロチョウ。
車が来ると薮に入らずに、車を先導するように走る。飛べないのか?



「何メートル先に何の動物がいるのかは、ニオイでわかる」
車を走らせながらA氏は言い、口からフワッと煙を吐いた。
「特殊部隊で、アンゴラにパラシュートで降りた時、隣にいたヤツにもらったのがこのタバコだったんだ」

以来、同じ銘柄を40年余りも吸い続けているという。タバコを口にするたびに、タバコを教えてくれた彼を思い出すのだろう。
彼らがどんな過酷な任務を果たしたのかは、知らない。当時の経験を、彼の口からついに聞くことはなかった。

牛を連れてのカラハリ砂漠横断も特殊部隊も、遠い昔のおとぎ話か映画の世界のように思える。しかし、ほんの40年ほど前、アフリカはそういう世界だったのだ。

アカシア

アカシア2
アカシアのある夕景。
空気がきれいなので、夕焼けも朝焼けもきれいだった



セントラル・カラハリでキャンプ

初のアフリカの旅は、南アフリカの都市・ラステンバーグから陸路でボツワナへ入り、セントラル・カラハリ動物保護区を車で北上した後、東へ向かって南下し、南アのラステンバーグに帰るという行程だ。走行距離はざっと2000km。これを6泊7日でやってのける。自分で立てた計画ではないから、どんな旅になるのか想像もつかない。

旅の始まりは関西空港から。香港経由で南アのヨハネスブルグへ飛び、ラステンバーグへは車で約200km。この町に、今回、ガイドを務めてくれるA氏の家はある。
広い敷地には、母屋とゲストハウス、納屋、ニワトリ小屋があり、その周囲には広大な牧場があり、国立公園に放すために、インパラやスプリングボックなどを飼育している。

母屋の横にはすでに、2台のランドクルーザーと、食糧や水を積んだコンテナが1台、用意されていた。コンテナを曳く車両にはA氏と4人のゲストが乗り、もう1台の車両は日本から来た動物写真家のY氏が運転し、ゲスト1人が同乗する。そう告げられた。


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こちらのランドクルーザーは2人乗り。
後部には飲み物と冷蔵庫、各自の荷物が積んである。ちなみに写真のルーフテントは2人用だ



荷物を積み込み、出発の準備は整った。が、問題が発生した。私たちが利用する予定だったボツワナ側のイミグレーションがストライキで閉鎖されたため、そこから200kmほど離れた別のイミグレーションを利用しなければならなくなったのだ。

当初の行程でも時間がないというのに、遠回りをしなくてはならないとは前途多難の幕開けだ。しかも、道路はほとんど舗装されていない悪路。乾季の未舗装道路のドライブは劣悪で、前方を車が走っていようものなら、ホワイトアウトさながらの砂埃が舞い、3m先も見えやしない。
そんな道を、A氏ときたら窓全開で突っ走るものだから、砂埃が車内に舞い込み、喉がおかしくなってしまった。


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未舗装の道路はボツワナでは珍しくない。乾季は砂埃が舞い、雨季には泥がはねる


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グラウンドでサッカーを楽しむ子どもたち


口元をタオルで抑えつつ窓の外に見たのは、黒人居住区だ。トタンと板を組み合わせただけ、あるいはブロックを重ねただけの粗末で小さな小屋が並んでいた。
時々、学校らしき建物があり、通り沿いにパラソルを立てて箱を並べて、飲み物や野菜を売る人の姿もあった。


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乾季は、日中の気温は35℃前後にまで上がり、陽射しも強い。
動物も日中は木陰でじっとしていることが多いので、なかなかお目にかかれない


風景
カラカラに乾いた乾季の大地。
この地に生きる植物は、あと半年、この灼熱と乾きに耐えなくてはならない


道行く女性はみんなおしゃれで、黒い肌に白や濃い青の服が映えていた。日本では持つのが恥ずかしい白い日傘も、彼女らが差すとカッコいい。
少年は、黒い半ズボンに派手な色合いのチェックシャツ、足元はパテントのローファーといういでたちで、そのスタイルはサプールさながらだ。


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黒人居住区のショッピングモールあたり


さて、そんなドライブも夕暮れ前には無事終わり、予定通り、クッツェ動物保護区のゲート手前に到着。この日は、そこでキャンプをすることになった。

まずは、それぞれの車体とコンテナの上に取り付けられた、ルーフテントを設営する。その作業はとても簡単で、ファスナーを開けてはしごをおろせば、ほぼ完成だ。あとは、窓を開けるなりなんなりすれば、快適な空間に早変わりする。床面はクッションだから、マットは不要。シュラフだけで寝心地も快適だ。

ファスナーは開けるのは簡単だが閉めにくいので、収納作業の方が時間はかかったが、それでも今まで経験したテントの中で、もっとも設営・収納が簡単で、居心地もよかった。


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こちらのランドクルーザーは、A氏が運転。
後部に接続したコンテナには1週間分の食糧と水、たっぷりのビールが入っている



最初、この旅行で7泊のうち5泊がキャンプだと知った時は、体力的にキツイ、と不安だった。しかし、いざ、やってみると、むしろずっとキャンプしていたい、と思えたほどだ。

欧州の人々は、アフリカでサファリを満喫するために、さまざまな道具の開発に注力してきたという。その結果が、この快適さ。アメリカのアウトドアメーカーと比べものにならないほど使い勝手がいい。
アウトドアのアイテムは、アフリカで買うに限る。


boys
日本人が珍しいのか、白人のA氏が怖いのか。
車内にいても、じっとこちらを見られることが多かった。
フロントガラス越しに撮った現地の子どもたち


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ひと休みした場所で見つけたアリの巣。
どんな姿をしたアリなのか確かめることができなかった



ごめんね、ヒヨちゃん


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水浴びの後。ヒヨドリの場合、頭から水に突っ込み、1秒も浴びることなく水からあがる。
行水は、カラスのそれよりも速い


初夏のある日、庭のイロハモミジの茂みに、ヒヨドリが入っていくのが見えた。何か食べ物でも探しているのだろうと思っていたが、何度もやって来てはゴソゴソしている。ある時は、その茂みからヒョロリと飛び出した何かのツルの茎が、上に下にヒョコヒョコ動いていた。どうやらヒヨドリは、ここで巣作りを始めたようだ。

運のいいことに、巣はリビングの透明の窓越しに見える位置にあり、暗い室内の様子は外からはよく見えないらしい。薄手のカーテンをかけているので、派手に動かなければ彼らに気付かれることはない。ひとつ、どんな風に建築を進めているのか見ることにした。

ヒヨドリはとても器用だ。横にツルを編んではビニールロープを縦に渡す、といった具合に、くちばしと脚だけで、コロンとしたお椀型の巣をきれいにこしらえていくのだ。そしてときどき、丸いお腹を巣の内側に当てて、くるくるとまわりながら形を整える。かつての大工は、自らの腕の長さで尺を測ったそうだが、ヒヨドリも自分の体を大工道具に、丸く美しい巣を完成させた。名大工である。

大工のいないすきに、ちょっと内側をのぞかせてもらった。穴が空いた箇所には枯れ葉がそっと当てられており、ビニールロープは適度に毛羽立っている。居心地がよさそうだ。この大工はその辺にあるものだけで、こんな立派な巣を“建築”してしまうのだから、たいした腕前だ。

巣が完成してしばらくすると4個の卵が産み落とされ、2週間ほどすると、4羽のヒナが孵った。親鳥は、食欲旺盛なヒナの世話で大忙しだ。朝は明るいうちから、夕方は薄暗くなるまで、チョウやガ、ガガンボといった柔らかい虫を探して飛びまわっては、ヒナに与える。

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お腹すいたー!


柔らかい虫が尽きてしまうと、モミジの根元から這い出てきたカナブンを与えようとしたこともあった。ヒナは食べざかりとはいえ、カナブンはあまりにも硬すぎる。ヒナは口を大きく開けたまま、「食べれません!」とそっぽを向いて、ピーピー鳴いた。

親鳥は子育てに難しさを感じることもあったようだが、毎日、エサを探してはヒナに与え、ヒナがお尻を突き出して繭玉のような糞をひり出せば、それくわえて巣の外に出す、といった世話もした。人間で言えば、さしずめオムツ交換といったところだろうか。

そんなかいがいしい世話のおかげで、4羽のヒナはみな、平等にスクスクと育った。ヒヨドリのヒナは2週間ほどで巣立つ。「あと2〜3日かな」と楽しみにしていたある日、事件は起きた。

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ヒナは、日に日に大きくなっていく


夕方、帰宅すると、親鳥がいつになく「キエー!キエー!」と激しく鳴いていたのだ。庭を見ると、ノラ猫がうろついているのが見えた。巣に気付いたに違いない。何か策を講じなければ、ヒナは巣立ち前にノラにやられてしまう。そこで、ちょうど庭の中に生えていたアザミを巣のある木の根元に敷き詰めた。これでノラもトゲを嫌がって、巣に近づかないだろうと思ったのである。

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親鳥が去ると、とたんにおとなしくなる。
あまりに鳴くと危険であることを本能的に知っているのだろう


しかし翌朝、巣はバラバラに壊され、辺りにはロープや枯れ葉が散乱していた。ヒナの姿はどこにも見当たらない。そこへ、別の場所で夜を明かした親鳥がやってきた。壊れた巣を見て事態を察した彼らは「キエー!キエー!」と取り乱して鳴いた。いつになく、長く激しく鳴いた。しかし、ひとしきり鳴くと、納得したように黙りこみ、きびすを返して林の方へ飛んで行った。

野鳥に限らず、野生の動物は、いつも死と隣り合わせだ。わが子の死も決して珍しいことではない。そのたびに、このヒヨドリのように、少し熱い飲み物のように受け入れるのだ。

その夜、庭でノラが「ナーオ、ナーオ」と鳴く声がした。「お前か!お前がヒナを食べたのか!」といまいましく思い、窓を勢いよく開けて「しっ!」と追っ払うと、ノラは「ナァ〜オ!!」と厭世的に鳴いた。驚かされたことが気に食わなかったのだろう。その腹いせか、翌朝、庭にはノラの臭い糞が、ボテッと残されていた。

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冬、みかんの一房を丸飲みしようとして、涙目になるヒヨちゃん






プロフィール

Nishigaki Junko

日本在住。野生動物が好き。いつか、レインフォレストウルフを見たいなぁ。
fbf100@yahoo.co.jp

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