村上春樹さんの「女のいない男たち」という短編小説集を読みました。
 私は,村上春樹さんの小説は長編よりも短編の方が好きです。
 村上春樹さんは,本人いわく「平易で親しみやすい文章」を書くことを意識しているということで,これは、アメリカ作家のブローティガンとヴォネガットからの影響だということです。それに対して,作品のストーリーが難解だとされることに対しては,一辺倒の論理的な読解ではなく、「物語を楽しむ」ことがなによりも重要なことだという話です。私は,難解さというよりも,物語が好き勝手に展開してもそれがうまく終結しない,ということだと思うのですが,それこそが,人が生きているということを表しているのだと思います。人生など,安っぽいドラマのような結末があるものではないですからね。

 小説に描かれる「独特の無国籍さ」がなによりたまらないという人は多いと思うのですが -私もその一人です-,そうした独特の感覚が,あるときは夢を見ているような気分になり,また,別のあるときは日常を離れて知らない土地に旅に出ているような気分になったりする,そういった素敵な広がりを読者に与えるのでしょうね。
 ただし,私には,日本のある地方都市のそのまたある喫茶店や居酒屋が出てきたり,ちょっとしたポピュラーでないクラシック音楽がでてくることは,無国籍さというよりも,ある種の「ダサさ」に思えてしまうので,残念な気がしています。
 そのことは,村上春樹さんの責任ではなくて,私自身の問題なのですが…。
 というのは,えらそうにいうと,書かれているところに実際行ったことがあったり,あまりポピュラーでなクラシック音楽でもしっかり知っているからで,だから,私がそれらを読んでも無国籍な雰囲気にならないわけです。
 それよりも,むしろ,ポルトガルやニューヨークのそれもブルックリンあたりのうらぶれた下町(近頃のニューヨークはそんな雰囲気でなくなってしまったのですが…)の居酒屋でも舞台にしたほうが望ましいのです。そして,クラシック音楽よりも,ジャズやらブルースですね。
 まあ,それはそれとして,この短編小説は,全体として,大変楽しく読むことができました。

 初めの作品「ドライブ・マイ・カー」は,私には少しだめでした。
 主人公の家福という男は,もし,私の周りにいても友人にはできそうにないし,ドライバーのみさきという女性がヘビースモーカーというだけで,私には100%受けつけませんでした。小説全体がタバコくさくなってしまうのです。
 だから,これでは無国籍小説になりえません。
 もし,このみさきがタバコなぞ吸わずなにか特異な才能を隠し持った女性だったら,どんなに魅力的だったか,と残念に思ってしまいます。私は,映画とかテレビドラマでも,タバコを吸うシーンが出るだけでダメなんです。

 次の,「イエスタディ」は,私にはよかったです。
 栗谷えりかという女性が素敵です。齢をとっても楽しくおしゃべりで来そうです。一緒にお酒を飲んていても,いつも少し距離をおいてくれそうで安心できます。ついうっかりのめりこまないし…。
 しかし,こういう女性は,残念ながら,本当の恋愛を知らないで一生をおくるのです。それはこの女性にとれば不幸ですが。やはりこの小説でもそういう女性に描かれているでしょう。
 ただし,後に,コロラド州デンバーでえりかの恋人? だったアキくんが寿司寿司職人になる,という展開は,遠い手の届かないところ,というイメージなのでしょうが,私は,昨年の夏にデンバーの日本人街に行ったから,身近かすぎて,これも無国籍小説になりえないのが残念でした。読んでいても,サクラスクエアなんていうダサい名前のデンバーの生々しい景色が浮かんできてしまいましたもの…。

 以下は明日です。 

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