そんなわけで,十両の土俵入りから先は,席でじっくりと観戦です。とにかく今日来た目的は新横綱の土俵入りを見ることなのですが,うまく写真が写せるか,近づくにつれてだんだんと心配になってきました。
数場所前は,宇良関,石浦関と,十両に小兵の人気力士がいて見逃せなかったのですが,今は,幕内に上がりました。また,数年前は,横綱白鵬とほかの力士に力の差がありすぎたのと,有望そうな若手が目につかなったので,幕内はおもしろくなかったのですが,このところ,若手の台頭が目覚ましく,誰が対戦しても上位陣に勝てるかもしれないという可能性があって,幕内の取組が非常に面白くなりました。
いよいよ,幕内の土俵入りになりました。
私は,この日白鵬が休場したということを知りませんでした。周りにいた人のおしゃべりから,なんとなく休場? みたいな感じが伝わってきましたが,これまで白鵬は飽きるほど見てきたし,もともと好きじゃないので,別に休場しても見られなくてもどおってことありません。
ところで,白鵬の土俵入りですが,横綱になったはじめのころは今のような感じではなかったのです。その後,彼はどうやら敬愛する双葉山の土俵入りを研究したんです。で,昭和初期の横綱の土俵入りのような感じになった。つまり,3回目の四股を踏むときに手を上げない,しかもテンポも早くなったのです。それに文句を言ったファンがいるそうですが,そのファンは無知です。そして,それを記事にした記者は不勉強です。
横綱の土俵入りが確立したのは明治以降であって,しかも現在のようなおおらかでゆったりとしたものになったのは大鵬からですが,私が見た横綱の土俵入りで最もかっこいいと思ったのはなんといっても北の富士です。ほとんど映像が残っていないのが残念です。
雲竜型の北の富士と同時に横綱になった玉の海の不知火型の土俵入りもまた,現在の不知火型のふたりの横綱とは比べ物にならないほど美しい土俵入りでした。
稀勢の里の土俵入りは堂々としていて力強いです。昭和45年(1970年),大鵬,北の富士,玉の海3横綱のころの土俵入りを思い起こさせます。
稀勢の里は新横綱なのに,すでにもともと生まれながらの横綱のようです。やはり,横綱になるべくして生まれた逸材だったのです。しかし,もし,もっと若くして横綱になっていたら,きっと,現在ほどのフィーバーにはならなかったのかもしれません。それは,もう,みんなが見られないとあきらめかけていたときだからこそ,それが実現した今,夢にまで見た,とか,信じられない,という不思議な感覚になるからです。
私も,何度見ても,本当に稀勢の里の横綱土俵入りを見ることができるのが信じられないと感じるし,見るたびに涙が出てきます。
稀勢の里の横綱土俵入りがより素晴らしいのは,化粧まわしに品があることに加えて,太刀持ちの高安関と露払いの松鳳山関が横綱より若干背が低くしかも同じくらいの体格でともに浅黒く,非常にバランスがとれているということです。
私は,大阪場所は本場所初の土俵入りということで初日に見たかったのですが,初日は高安-松鳳山という取組があったので,露払いが松鳳山関でなく輝関だったから,初日に来なくてよかったと思いました。これもまたツイています。おそらく,高安関は名古屋場所では大関でしょうから,この3力士のそろった美しい土俵入りが見られるのもあとわずかです。
見にいくなら今です。