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 何事もやる前から評判になることを意図してはじめたことにろくなものはありません。
 私は「名曲」とか「名品」とか,そういう言い方が好きではありません。昔流行った音楽を特集する番組がよくあるのですが,そうした番組で司会をしている人がどの曲を取り上げても「名曲ですねえ」というのに嫌悪感を覚えます。そうやたらめたら「名曲」があってはたまりません。「もの」を特集する雑誌にやたらと「名品」とうたうのも広告を買わさせたようで好きになれません。大概,そういうものはブランド化されただけのもので「名品」とは程遠いものが多いのです。
 そうした虚像とは反対に,このNHKBSプレミアムで「密かに」はじまった「京都人の密かな愉しみ」という番組ほど,制作者の予想を超えて「密かに」多くの人に愛された番組もそうはないでしょう。予想を超えて評判がよかったために,その後,さまざまなダイジェスト版が何度も放送されたので,私も次第になにがなんだかわからなくなってきました。そこでおさらいをしておきましょう。

 ほとんど何の前触れもなく「密かに」第1話が放送されたのは2015年のお正月のことでした。予告もなくそれもお正月に放送されたので見逃した人も多かったのですが,それでも次第に話題になっていきました。このドラマなのかノンフィクションなのか,見ているほうには一度見たくらいでは制作意図すらよくわからなかった番組は,噛めば噛むほど味のでる,まさに巨匠の噺家の落語のような魅力にあふれていました。
 そして,続編「夏」が放送されたのがその年の夏でした。「夏」編の最後では続編があることが予告され,おそらくこのころからこの番組のこれからの構想ができあがっていったのでしょう。そしてまた,評判のよかった映画の続編がつまらないのと同様に,この2作目は少しだけ制作に苦労をしていたのが垣間見られました。「京都の夏は水」を取り上げたまではよかったのですが…。物足りなさが残りました。
 そして,翌2016年の早春になってやっと待ち焦がれた第3話「冬」が放送され,その年の秋には「月夜の告白」と続きました。「冬」では異国人がみた京都が取り上げられ番組に変化がありました。ケーキ屋さんまで登場して番組もまた,あんこから生クリーム化しました。そして,「京都の秋は月」とばかりに,話が天空にまで昇っていったのが「月夜の告白」でした。
 
 この番組が放送されたときにも書きましたが,こういう「ほんまもん」の番組を作ろうとすると,はじめのうちは手が込んでいるし思い入れがあるからよいものの,どうしても次第にもっとよいものを作ろうとする意志が空回りしはじめるから,少しでも手抜きがあるとかなりめだっちゃうのです。それは,「名」品をうたうような雑誌に登場するたいした「名」品でもないものと同じような危うさを秘めるのです。よって「月夜の告白」に出てきた月齢は微妙にいい加減かつ曖昧なものとなりました。しかし,もともと日本人の感性自体がそうしたいい加減かつ曖昧なものだから -それは日本語自体がいい加減かつ曖昧なものだから- それすら意識して作られたとするならばすごいことです。きっとそうです。私はそう確信します。
 そしていよいよ今回が最終章? らしいです。題して「桜散る」。こうして京の四季が出そろったところで,ついに番組も散ってしまうのです。それこそ「散り際のいさぎよさ」を自負する日本人にぴったりです。

 今回の物語,つまり,このお話の骨格をなす,われらの美しき常盤貴子さん扮する三八子さんのお話は二十四節気の「清明」からはじまります。三八子に老舗の重圧を背負わせるのを不憫に思っていた三八子さんの母は職人頭の茂さんにのれん分けの相談をします。一方では,ヒースローを追っかける「謎の女」エミリーがヒースローの出家に心をかき乱されています。さて,その結末はいかに…?
 日本の「よさ」は京都にこそあり,もし,日本に京都なければ,日本に住む魅力のほどんどは失われるだろうと私は思うのですが,そうした京都の真の「よさ」は「密やか」なればこその「よさ」なのす。それは,星空がきれいだからと日頃興味もないのに星空観測会に押しかけて懐中電灯を照らす輩がお呼びでないのと同様です。
 近頃の京都は世界中の観光地同様外国人観光客が大挙して押しかけてきていて,彼らは「おもてなし」とかいう表面上の偽善には感動すれど,日本人のもつ繊細かつ微妙なしかし「せこい」感性など理解できないから,京都には「密やかな愉しみ」のかけらもなくなりつつあるので,私の足は京都から遠のくばかりです。しかし,おそらくきっと,浅はかな私の及ばぬところで,実は,したたかな京都人はそんな輩とは一線を画して自分たちの生活を「密やかに愉しんで」いるに違いないのです。なにせ,さまざまな動乱を乗り越えた1千年の古都なのですからそんなことくらいではびくともしません。
 では,今回の「京都人の密かな愉しみ 桜散る」を,私もまた「密かに」「愉しむ」こととしましょうか。放送は土曜日です。 

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雪のお正月③-「京都人の密かな愉しみ」
京都・夏②-「京都人の密かな愉しみ 夏」
「京都人の密かな愉しみ」を探して②-雲龍院さん。
早春の京都①-「京都人の密かな愉しみ 冬」
君し来まさば-「京都人の密かな愉しみ 月夜の告白」①
待ち出づるかな-「京都人の密かな愉しみ 月夜の告白」②