2015年04月

2015年04月26日

あいの会の2015年度総会

4月25日(土)、あいの会の総会を開催しました。

2015あいの会0425総会001

あいの会は、まだまだ小さい集まりです。

しかし、あいの会という名前を出して、講演をさせてもらったり、
法務省を始めとする関係官庁などに話をする機会をいただいたり、
内閣府サイトに紹介ページまで設けていただいている身ですので、
会を運営するにあたり、当然すべきことは行っていく義務があります。

私たちは、被害者・被害者遺族の権利を訴えていく団体です。
だからこそ最低限の義務はきちんと果たしていきたいと考えます。

年1回の総会ということなので、お決まりの内容ではありますが、
会計の収支報告。
役員構成の確認。
前年度の活動報告と、本年度の活動方針。
・・・などなど、定番ですが、必要な取り決めを行いました。

そしてその後、報道への接し方についての、研修を実施しました。
必要に応じて、研修などで、必要な共有を行うことも大切です。

本年度も、縁あって接することのできたご遺族の支援を行いつつ、
昨年はやや弱かった反省もある関係官庁などへの働きかけを、
あらためて強化していきたいと思っています。

昨年度は、特に支援に力を入れることのできた1年でした。

私たちを見つけ、私たちに声をかけてきた被害者遺族に対しては、
できる限りの支援を行うことができたのではないかと思います。

支援と支え合いは、あいの会の大切にする中心となる課題です。

今年度も、最も大切にしていくテーマであることは変わりません。

同時に、法や行政の整備にも目を向けていかないといけません。

新法設立や被害者参加制度などの法整備が進んでいっても、
運用に問題を残せば、苦しむ被害者・被害者遺族は救われません。

本年度はここにも力を入れていきたいと思っています。

なお総会においても、冒頭挨拶で、代表の小沢より、
「困った時に困ったと言える会にしたい」
「アットホームな会でありたい」
と話をしました。

そして、閉会挨拶にあたって、顧問の元検事・依田様より、
「今の家族的雰囲気をこれからも大切にしていってほしい」
「できない時は他のメンバーが支え合い、甘えていいと思う。
 会のために皆がいるのではなく、皆のために会があるので、
 できる範囲で、一緒に考えて、一緒に悩む会であってほしい」
とのお言葉もありました。

確かにこれらは、あいの会が誇ることのできる寄り添い合い方です。
これからもそうしていきたいと思っています。

元々のあいの会を立ち上げた時の趣旨は、
「サークル感覚でお互い寄り添いあえる心の支えを作っていきたい」
ということでした。

そしてそのためのモットーは①笑顔、②思いやり、③共有、でした。

今年は設立3年目となりますが、会のメンバーの間では、
この最初の気持ちを、ゆるぎなく、変わらず、大切に抱いています。



i_nokai0708 at 06:08|PermalinkComments(0)定例会 | 想い

2015年04月24日

住協建設様での講演活動(2015.4.22)

4月22日(水)、住協建設様にお招きいただいて講演をしてきました。

小沢樹里と小沢恵生の2名で伺って、話をさせていただきました。

住協建設株式会社
http://www.jyukyo-cnst.com/

今回は、住協建設様の従業員の方や、その関連会社の方々も含め、
総勢約250人ほどの大勢の方に話を聞いていただきました。

聞く表情がみなとても熱心で、交通安全を徹底しようという気持ちが、
話しているこちらにも熱く伝わってくる雰囲気での講演となりました。

講演が終わった後も、多くの方が駆け寄って、声をかけていただき、
交通安全をあらためて誓いたいという話を聞くことができました。

嘘偽りのない、本心からの熱い言葉に接すると、
こちらの気持ちまで熱くなって、がんばろうという気持ちになります。

今回、多くの人から口々にかけられたのは、

「交通安全は当然、その上であらためて家族を大事にしようと思った」
「「いってらっしゃい」「おかえりなさい」という当たり前の声がけ。
 それがどれだけ大切かということをいろいろ考えてしまった」
「家族を大事にする気持ちが交通安全にもつながっていくと思った」
「会社でも、当たり前の声がけで連携を深めていきたい」

このような言葉の数々でした。

これまで色々なところから招かれ、講演活動をしてきましたが、
特に建設会社には交通安全に熱心なところが多いと感じています。

今回、講演の機会をいただいた住協建設様も、とても熱心でした。

講演をした私たちのほうが、むしろ感動をいただきました。

住協建設様のような会社が、全国にもっともっと増えれば、
交通による悲劇のない社会がもっと近づいてくると思いました。



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2015年04月23日

京都府亀岡市の無免許暴走車死傷事件から3年

3年前の本日、4月23日、京都府亀岡市で、
悪質な無免許暴走車による死傷事件がありました。

とても許しがたく、そして、とても悲しい事件でした。

しかしその後、ご遺族が懸命な闘いを続けてきた結果、
社会全体において、交通犯罪に対する強い意識づけがされました。

被害者・被害者遺族は、決して事件の日の苦しみだけで終わらず、
その後もずっと長く、苦しい1日1日が続いていくことになります。

この社会から交通犯罪をなくしていくということだけではなく、
被害者・被害者遺族にとって、さらに余計な苦しみを味わうことなく、
その先も続いていく人生が、少しでも必要な理解を周りから得られ、
あたたかい支援を受けられる日々であってほしいと願っています。

私たちあいの会でも、亀岡の事件のご遺族に会いに京都に行ったり、
東京に来ていただいて、講演をしていただいたことがあります。

あいの会とも親しく交流があり、痛みを分かち合える人たちです。

亀岡の事件は、多くの被害者・犠牲者を出した交通犯罪でしたが、
そのご遺族の一人ひとりが、それぞれの悲しみを抱えながら、
力を合わせて闘っていく姿を見て、力強さと勇気を感じました。

また同時にその過程での深い苦しさや大変さも強く感じました。

特に 亀岡の事件では、当時、報道が何も規制されることもなく、
その無遠慮で、暴力的とも言える報道のあり方も問題視されました。

ご遺族は、そんな報道による二次被害三次被害に苦しめられました。

この一連の報道をめぐるやり取りをあらためて振り返ると、
被害者・被害者遺族の人権が、とても軽く扱われていると感じます。

たった3年前のことであり、今は改善したと言い切ることはできません。

どうしたら被害者・被害者遺族が、報道による二次被害に遭わず、
逆に報道を通じて、社会から必要な理解を得られるようになるのか。

私たちあいの会としても、ともに考えていけるようにしたいと思います。

本日、京都でも追悼式典が開催されました。
これからも、ずっと、決して忘れられてはいけない事件です。

この事件で尊い命を奪われた犠牲者の方々の冥福をお祈りします。

関東交通犯罪遺族の会(あいの会)
代表 小沢樹里 および会員一同



i_nokai0708 at 23:51|PermalinkComments(0)交流 | 想い

2015年04月22日

犯罪被害者弁護フォーラムシンポジウムの報告(後編)

犯罪被害者弁護フォーラムシンポジウムの報告の続きです。

続いて2つめのテーマは「裁判員の死刑判決を破棄」 でした。

最近、裁判員裁判で死刑判決を出した殺人事件の控訴審で、
高裁が裁判員の判断を破棄する例が続いたことが、議論の発端です。

高裁判決では、裁判員による死刑判決を否定する理由を並べています。

特に今回の議論でも取り上げられたのは、まず「計画性」でした。

計画性と言うが、では手あたり次第殺しまくったほうがいいのか。

今回ご遺族がお話しされた話は、本当にひどい事件でした。

犯人は、強盗致傷で7年の実刑判決を受けて出所後、わずか2ヶ月間に、

住居侵入、強盗強姦未遂、強盗致傷、強盗強姦、監禁、窃盗、窃盗未遂、
強盗殺人、放火、死体損壊など多数の凶悪犯罪を次々と犯しました。
加害者は、言ってみれば、目の前に人がいれば、手当たり次第、
目の前の人に対して、襲い、金を奪い、強姦し、殺し、放火していたのです。

たくさんの被害者がいる犯行の流れの中で、尊い命が奪われたのです。

そんな加害者の凶悪な犯行に対し、計画性がなかったと言ってみたり、
計画性がないから刑を軽くすべきだなどと軽々しく述べること自体、
一般市民の健全な社会常識から大きくかけ離れているのではないか。

また「先例に照らして」と理由で出されることについても議論がされました。

「先例が、先例が」と言って、高裁は裁判員の出した死刑判決を破棄する。
しかしその「先例」なるものは、職業裁判官の出した何十年も前の先例です。

裁判員制度は何のために導入されたのか。

司法が国民感覚と離れてしまった反省から、専門家の知識と国民の感覚を融合し、
司法に対する国民の信頼を回復させるためだったはずです。

先例だって、これから裁判員が作っていくべきもののはずなのです。

「加害者の命は被害者の命の3倍重い」という発言も出ました。
これは3人殺さなければ、死刑は揺るがない現在の基準を揶揄したものです。

それがおかしいのは、一般的な目から見れば、明らかなはずです。
しかしその明らかな判断が、これまでの司法ではされてこなかった。
だからこその裁判員制度の導入だったはずです。

脱線した話になるかもしれませんが、
裁判員の死刑判決を破棄したその高裁判事についても話が出ました。

医者が医療過誤を犯したら、病院は記者会見を開いて大々的に釈明する。
裁判官だって、死刑に値する犯罪者を無期懲役にし、
出所後また人を殺したら、これは立派な医療過誤、いや殺人幇助である。

だからそんな者が、のほほんと勲章や年金をもらって悠々自適では困るし、
そうなったら、この判事には命をもって、自らの過ちを償ってほしい。

そんな話も、会場の方々から出て、拍手が起こっていました。

また懸念される最近の傾向として、裁判官が裁判員の意見を聞くのではなく、
裁判官の意見を裁判員に押し付けろ、説得しろという流れになっていることです。

これでは裁判員は、踏み込んで凶悪犯罪に厳罰を下す判断をしづらくなります。

しかし最後にコーディネーターの高橋弁護士からこんな話がありました。

3人いる裁判官のうち、1人が賛成すれば、裁判員の判断を通すことが可能だ。
だから、しっかりと一般市民の健全な常識を、冷静に訴えて欲しい。
それが裁判員に課せられた重大な職責のひとつではないか。

あいの会としても、裁判員制度が導入された初志に立ち返って、
国民の感覚に沿った司法の実現がされることを願っています。

密度の濃い議論が続き、あっという間に閉会となってしまいましたが、
今回の議論は、私たちとしても、糧にしていきたいと思っています。

2015あいの会0419VSフォーラム002



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2015年04月21日

犯罪被害者弁護フォーラムシンポジウムの報告(前編)

4月19日(日)、犯罪被害者弁護フォーラムのシンポジウムがありました。

2015あいの会0419VSフォーラム002

あいの会の顧問をしていただいている高橋正人弁護士が、
パネルディスカッションのコーディネーターを務められていました。

今回は、昨年の開催に続いて、第2回目のシンポジウムとなり、
「裁判員裁判の問題」が大テーマでの開催となりました。

被害者遺族2名の方と弁護士の方がご自身の経験を話された後、
パネルディスカッションという流れになりましたが、
今回、具体的に議論されたテーマは下記の2つとなります。

「遺体の写真を裁判員に見せない」
「裁判員の死刑判決を破棄」

まず1つめのテーマの「遺体の写真を裁判員に見せない」について。

遺体写真を証拠採用しない傾向がこの1年半で顕著になっています。
遺体写真を使わない代わりに、イラストで済ませようという傾向です。

「私の大切な人はこんな風に痛ましく殺されたんだよ!」

被害者遺族は、裁判官または裁判員に対して、そう訴えたいのに、
それがイラストでは伝わらないのではないかという議論です。

裁判所からは、議論すらさせてもらえない場合も多いようです。
「ダメなものはダメです。これは訴訟指揮です」
裁判官から問答無用にそう言われたという話も出ました。

なぜこんなことになっているのだろうと議論が重ねられました。

日弁連発行の『刑事弁護ビギナーズ』というテキストの言及もありました。

「遺体写真は使わせるな」
「法的関連性がないと主張せよ」
という内容が、被告側弁護人のノウハウとして書かれているそうです。

日弁連は「裁判員の感情を刺激する」という理由で、
遺体写真の証拠採用には反対の立場をとっています。

しかし裁判員の感情を刺激することがはたして悪いことなのか。
疑問です。

議論では、いわゆる永山基準が何度も繰り返し取り上げられましたが、
重罰を科す際には、犯行の執拗性と残虐性が問題視されます。

裁判員が遺体写真を見て、失神したとかPTSDになったというのなら、
扱っている事件がそれだけ残虐であるという証拠になるのではないか。

むごたらしい遺体は、それだけより重大な結果であるという証拠になる。
被害者の最後の苦悶の表情を見て、言い渡す刑を判断してほしい。

そういう声が多く上がりました。

ちなみに今回参考までに配布された遺体写真に代わるイラストはこれでした。
(個別の事件を扱った実例ではなく、あくまでサンプルとのこと)

2015あいの会0419VSフォーラム004

このイラストについて取り上げながら、
「こんなイラストから、どうやったら残虐だから死刑という判断が出るのか」
との憤りの声も上がりました。

確かにこうした医師がカルテに記載する模式図のようなイラストでは、
事件のむごたらしさや、被害者の無念や苦しみは伝わらないと考えます。

またこういう意見もありました。

人の命が奪われた犯罪の場合、死刑という判決が出れば、
遺族も一応、事件に一区切りをつけることができるかもしれない。

しかし遺体写真をきちんと見てもらった上で出された判決と、
そうでない判決では、遺族の受け入れには大きな差がある。

もし遺体写真が証拠採用されないままで、判決が出された場合、
「遺体写真を見なかったから、こんな軽い判決になったんだ」
という、司法に対する恨みと不信を、被害者遺族に残してしまう。

写真は、作為のない、ありのままの証拠だと考えます。
だから刑を判断する人には、ぜひ遺体写真を見てほしい。

そうした声が圧倒的な議論となりました。

私たちも同感と考えます。

※長くなるので、一旦記事をあらためます。



i_nokai0708 at 22:32|PermalinkComments(0)講演会 | 情報提供

2015年04月17日

【再告知】犯罪被害者支援弁護士フォーラム主宰シンポジウム(4月19日)の案内

日にちも迫ってきましたので、再告知いたします。

今週日曜日、犯罪被害者支援弁護士フォーラム主宰で、
「裁判員裁判の問題」をテーマにシンポジウムが開かれます。

犯罪被害者支援弁護士フォーラムHP
http://www.vs-forum.jp/proposal/545.html

交通犯罪とも関わる議論がされる予定です。
詳細はパンフレット画像をご確認ください。

テーマ:「裁判員裁判の問題」
 第1部:遺体写真の証拠制限
 第2部:裁判員裁判の死刑判決破棄

日 時:2015年4月19日(日)12:30~(12:00開場)

場 所:日比谷図書文化館大ホール
  ※会場HP:http://hibiyal.jp/hibiya/index.html 
  ※東京メトロ・霞ヶ関駅、都営三田線・内幸町駅より徒歩3分

入場無料でどなたでもご参加可能で、事前申込も不要です。

遺族や被害者だけでなく、被害者支援に取り組んでいる方、
また被害者支援に関心のある方は、ぜひご参加ください。

2015あいの会VSforum告知001



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