2014年12月28日






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露天で段ボール箱の中にいくつも無造作に放り込まれている椀がありました。
その箱には 『どうぞお持ち帰りください』と書かれています。
それにつられていくつか手に取っている人から、
『どれがいいでしょうね?』と私に尋ねられました。なんとなく
『軽くて持ちやすいがいいかな!』とこたえたと思います。

山積みされ汚れた椀の中から一個選びその店主に許しを得て持ち帰りました。
数日後、汚れを落とされた椀を見ることになりました。

私が選んだわけでもないので、
まったくと言っていいほど元の姿に覚えはありません。
それを手にして少し驚きました。
それは、うすい記憶の中にあるものとは別もので、
手になじんで心地よい重さでした。
椀口当たりのまろやかなエッジ、漆の心地よい艶やかさ、
ほのかに柾目の木目が写っている加減の良さは、
どれも私にとっていつも椀にのぞんでいる事柄です。

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思わず今の新しい持ち主に
『この雰囲気をたもちながらふだん使いにより耐えられるようにします』
と言ってしまいました。
『では、おねがいします』
と言ったかどうか覚えていないほど、
もうその気になってしまっていました。

椀の状態は大きな傷みはなく、
漆の膜もそれほど劣化していないとみています。
そこで、直し方として二通りの方法をイメージしています。
ひとつは、「拭き漆」艶戻しつつ現状の漆膜の補強するものです。
ほかは、朱合い漆、溜漆など透明感のある漆を薄く塗ります。
いずれの方法の直しであっても、
この新たな持ち主の寿命より長く使えることになります。

ところで、この椀のつくられ方、素地素材の選択などについて気になることがあります。
それは、その2で


(10:07)

2014年09月30日

京都から出島そして欧州へ  その4

過日、京都近代美術館で開催されていた「うるしの近代」展の
最終日前日の講演会に参加してきました。
江戸時代京都で製作されていた輸出漆器の「写し」中塗り状態の
ものをその研究員にその会場で見ていただくことになっていました。

以下三枚は中塗り状態の写真です
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その出来栄えの印象はとても精緻に厳しく仕上がっています。
しかし、目標とする「重さ」「精緻さ」「高貴さ」から印象として
「重さ」に不満を持っています。
計ると21グラムでした。
そして、ちょっと厳しすぎる仕上がり感を持っていました。

講演会前の会場外のいすに研究員と隣り合って座ってそれを見ていただきました。
包みを開けて掌にのせられた瞬間の
とても悲しい残念な表情がその方のこの「写し」への印象をすべて表しています。

まだ見せる段階ではないとおもっていました。
しかし、見せてしまいました。
それはなぜかわかりません。
ひょっとしてこれとは違うという指摘を実感したかったのではないか?
それはその方から発せられる言葉のまえに表情で実感できました。
私たちへの期待からの表情と思うととてもうれしい気分となりました。

私たちも口惜しいところです。
すでにこのミッションに再挑戦することを決めていたので、
残念さ、ふがいなさと逆のうれしい気分になったのでしょう。
さて、このミッションは再出発です。

再度の木地つくり  その5へ















(08:18)

2014年09月18日

京都から出島そして欧州へ  その3

京都の漆器つくりのこの40年をそれ以前とくらべると
茶道具製作にかかわる職人が多かったのではないでしょうか?
大雑把に云えばほぼ茶道具つくりをしていたと云ってもよいと思っています。

また一方では、
京都の漆器にかかわる職人たち(木地、塗り、蒔絵、螺鈿、金工…)で
多くはなかったと思っていますが、
食器、家具、調度〈硯箱、文庫〉楽器、神具、仏具などの製作もしていました。

その製作物は特別なもので限られた人へのものつくりです。
規模はわかりませんが、
おそらくこれからもその製作は続くことと思っています。

いま「琳派」と言われているものは江戸時代京都の町で作られたものです。
それらは当時の公家や富裕な町衆のためへのものでした。
そして、現在「琳派」の意匠は普段の生活の中に生きています。
それに反して江戸時代欧州へ輸出されていた漆器は
「琳派」のようにいまに連なっているところを私は感じることができません。

それを実感できれば、
京都の漆器の新たな展開を生み出せるのではないかと思っています。
そんな思いをもできた木地を前にして塗師に聞いてもらっていました。

研究員から聞かせてもらった当時の輸出漆器の印象は
●軽い
●柔らかな印象
この二点です。

そして、早やくも木地ができて気付けば一年と5か月経ちました。

いま、こんな感じの中塗り状態であがってきました。
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それを近くその研究員に見せて感想を聞かせてもらいます。

私たちとしては製作をすることで見えてきたこともありますが、
それらを押し付けることはよくないと話し合っています。
まず、直に触れ見てきた人の印象を大事にしたいと思っています。

その感想は次へ その4

















(18:04)

2014年09月13日


その1で言っていた刺激とは「琳派」の漆器とは違った趣に挑戦してみることです。
それは鎖国の時代京都から輸出された漆器の「写し」です。

そのものを図録やガラス越しに見て感じること
●精緻な形つくり
●精緻な蒔絵
●高貴な雰囲気

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マリーアントワネット愛品140913-1a450aa


マリーアントワネット愛品140913-1a450a

(寸法はいずれも手のひらサイズです。とくにこの部分は45弌25个涼罎琉貮瑤任)

そんなことをイメージしながら木地つくりをしました。
まだまだ初期段階ですが、
これができたときの恰好です。

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ところで、
ある研究員にこの挑戦のことを話したことがあります。
そのとき当工房で作りためている「掌 漆の名品」の

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(こちらも手のひらサイズです)

蒔絵を描く前の姿(形が定まった状態=無地)を見せました。

この「琳派」の写し品をネタにして、
その方の感想を聞くことができました。

直に触れて直に見てきたものとして、
●これより軽い
●これより柔らかな印象
といったことがあるとのことでした。

そのことをふまえながら木地つくりをしています。
まだ確信はないです。しかし、
作り手とそれらを共有しながら前に進めることが大事だと思っています。

次は塗り作業です。
その3へ














(08:42)

2014年09月11日


光悦 宗達 光琳 乾山 が活躍していた時代の京都
彼らの時代と
そののち影響受けた人たちが作り出したものを
近年「琳派」と言っています。

「琳派」の漆器を作品で言えば、
舟橋蒔絵硯箱、子の日蒔絵棚、八橋蒔絵螺鈿硯箱・・・
あげれば数々あります。

舟橋140911


八橋140911


住之江140911

(これらは本歌です。東博、静嘉堂美術館 画像より)

そのときの時代日本は鎖国をしていましたが、
京都で作られた漆器が出島から結構な量を輸出されていたそうです。
それらは欧州の絶対君主たちに愛され、
マリーアントワネットが蒐集したものがあります。

それらの漆器と「琳派」の漆器を思い浮かべると
まったく違う個性から生み出されたものと一目で感じられます。
それらが同時代に京都の町で製作されていたことは、
京都は個性を尊重し多様性を許容する土地と思います。

もうながく当工房では琳派漆器作品の「写し」を作っています。
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(これは掌にのるサイズで当工房で製作しているものです)

そのことを長く続けているうちに私の京都の漆器感は
「琳派」に偏っているように最近思っています。

数年前マリーアントワネットの愛した香合の数々を拝見することができました。
それらが京都で製作して出島から大量に欧州へ輸出していたことを教わりました。
それらを見て教わって私は衝撃をうけました。

マリーアントワネット漆器140911-1b


マリーアントワネット漆器140911-3a

(京博 「蒔絵」図録より)

そのときから「琳派」に偏っている自分の感覚に
刺激を与えてみようと思っています。

そして、いまアントワネット愛品の「写し」を始めています。
ブログ上で工程を追っていきます。

その2へ















(17:51)