February 06, 2012

日系人Eの思い出


随分とご無沙汰していました。
帰国してもう1年半が経ちますが、ブログは帰国1か月前の状態のまま…。
すみません、そのうち頑張って書きます。そのうち、ね。


今回はどうしても書いておきたいと思うことが起こったので書いてみます。

私たちは在米中、毎週Bethany Lutheran Churchに通っていました。
そこで親しくしてくださった教会唯一の日系アメリカ人ご夫婦のご主人Eが2012年1月30日に亡くなられた、と、先日の教会からのメールで知りました。

奥様のCと私は同じBell Choirに所属していたので、Performanceのある日曜日には早朝に車で迎えに来てもらうこともありました。
Cとご主人のEは幼い時に渡米した日系2世なので、日本語はほとんど使いません。でも、移民した両親のこと、暮らしぶり、毎日、現地の学校後に日本語学校に通っていた子供時代、結婚後にした菊栽培農家、第二次世界大戦中に過ごした収容所、子供の教育のために治安の悪い地域からPalo Altoに引っ越したこと、その後、大学に勤めたこと、なぜキリスト教なのか、などなど、さまざまな話をしてくださいました。

日系人と言えば、小さいときに見たNHKドラマ「山河燃ゆ」をうろ覚えしている程度の知識しかありませんでしたが、C一家とお話するようになってから興味を持ち、Palo Altoの仏教会で行われた「日系人の歴史展」に行ったり、冬のManzanar収容所を見に行ったりしました。
近所の人からも「昔はこのあたりにも日本人がたくさん住んでいた」などという話をされると興味を持って聞きました。
アメリカ人の持っている日本人のイメージは、「正直」「まじめ」「働き者」「頭がよい」…と、いいことずくめです。これらは戦前に移民してきた日本人や日系人を見て出来上がったイメージなのですが、お蔭で今の時代にひょっこり日本からやってきた私たちまでもが同じイメージを持ってもらえるので、初対面でも日本人というだけで信用されていると感じます。

その時代に生きていた日本人は、ただただ日々の生活に一生懸命で、精一杯、実直に暮らしていただけなのでしょう。小さな一個人が後世の人に影響を与えるなんて、想像もしなかったに違いありません。
でも彼らのおかげで、私たちは日本人として、多くの恩恵を受けています。彼ら一人一人が自分の人生を丁寧に生きてきたことで、私たちが恩恵を受けているのです。彼らに感謝すると同時に、自分の生を大切に生きることが自分にとってのみならず、後世の人にとっても大事なことなのだと気付かせてもらいました。

神戸に帰った今でも移民には関心があるので、近所の「海外移住と文化の交流センター」を見に行ったりします。
そんなきっかけをくださったのはE&Cご夫婦、それに息子さんのBです。海外に行くと日本を再発見する、とはよく言いますが、時代を超えた日本人の絆というものに気づかせてくださったのはこのご家族でした。
心より感謝しています。
菊を栽培していらしたので、菊の絵のついた和ろうそくを送ることにしました。

C and B, you are always in my prayer.
Rest in Peace, E.

ia94305 at 14:59|PermalinkComments(7)TrackBack(0)clip!

July 02, 2011

Preschoolの紹介


スタンフォードではすでに夏休みに入っていますね。

娘たちが通っていたMenlo ParkのLittlest Angels Preschoolでは、未就学児用のsummer campにまだ若干の空きがあるようです。philosophyもプログラムもしっかりしていて、遊びの中で学べ、頭を使う時間と体を使う時間のバランスがよく、娘たちはもちろん、私もとても気に入っていました。
ご興味のある方は連絡を取ってみてください。

Littlest Angels Preschool in Bethany Lutheran Church
1095 Cloud Avenue, Menlo Park, CA 94025
phone : (650) 854-5897

このpreschoolに関する過去記事を読みたい方はこちらへ。

March 22, 2011

Charity Bake Sale for Japan


今回の地震の寄付金集めとして、友人が有志でbake saleを行います。
お時間のある方は是非覗いてみてください。

日時:3月26日(土) 午前 9時 - 午後 1時
場所:(終了しましたので削除します)
売り上げの全てを日本赤十字へ寄付します。

内容:クッキー、ブラウニー、マフィン、スコーン、ケーキ、ファッジなど合計100点以上を販売予定。
雨天決行。雨の際はガレージ内に移動して販売します。

(連絡先やチラシを欲しい方はメールください。)

March 18, 2011

ベークセール/古本市(英語本)


3月18日(金)

今回の災害の寄付集めとして、Palo AltoのOhlone小学校で、ベークセール/古本市(英語本)が行われるそうです。お時間のある方は覗いてみてください。

場所:Ohlone Elementary School、MPルーム前
時間:3月22日(火) 放課後 2時半から
内容:ベークセール/ 古本市(英語本)


I-Centerで震災のためのfundraiseが行われます。


2011年3月18日(金)曇

ブログの更新が大変滞っており、申し訳ありません。

1週間前の3月11日、マグニチュード9.0の東北関東大地震が起こりました。それにともなう津波被害、予断を許さない原発事故、その他もろもろ。
被害にあわれた方々には心よりお見舞い申し上げ、一刻も早く安心できる生活に戻れるよう、お祈りしています。

日本国内ではもちろん、一人一人が少しでもできることを、と、ボランティアに足を運んだり、寄付したり、日常の節電・節ガソリンに心がけたり、と、被災者の方々に心を向け、日本の復興を目指して頑張っています。

また、海外の多くの国々からも沢山の人的・物的・金銭的支援を頂いています。
A子の通学していた学校では日本人が中心となってfundraiseをしてくださったそうです。続けてPalo Altoの街中でも募金活動を予定しているとのことでした。

Stanford大学のBechtel International Centerでも、3月19日(土)、fundraiseのためのダンスクラスが行われます。収益は全て日赤に寄付されるそうです。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。

詳細はこちらをご覧ください。
http://www.facebook.com/event.php?eid=199856233371382


以下はイベント開催のお知らせメールの抜粋です。
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This week we have a fundraiser for people suffered in Japan:
The classes and the social are dedicated to helping victims of disaster in Japan. I am sure you have friends who were directly affected by the disaster. Let's show people of Japan some love!

When:
Saturday, March 19 • 7:00pm - 10:30pm
Where:
Bechtel International Center, Assembly Room
What:
7:00-7:45pm and 7:45-8:30pm beginner and intermediate dance lesson (Bachata/Salsa/Merengue)
8:30-10:30pm Salsa, Bachata, Merengue social dancing with DJ KGB
Suggested minimum donations 2$. All proceeds will be donated to Japanese Red Cross.
Partner: not required!
All ages and levels are welcome!
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August 01, 2010

Obon Festival at Palo Alto in 2011


8月1日(日)晴れ

あれやこれやといろいろあってすっかり忘れていたのですが、今日になって
「今日はPalo Alto仏教会のお盆祭りだ!」
と思い出しました。A子のkindergartenの日系人のお友達Cが、来るといいよ、と誘ってくれていたのでした。
急遽、夕方から仏教会へ。もう浴衣も売ったりあげたりしてしまったので、普段着で行きました。

BonFestival2011-1

盆踊りには間に合いました。普段は駐車場として使われている場所にゲームや食べ物の屋台が出ています。中央に櫓が組んでありました。
すぐにCを見つけて一緒に盆踊りの輪の中へ。子供たちはなんだかよく分からないけれど見よう見まねで踊っていました。

最後には子供たちはご褒美にアイスクリームをいただきました。Cのおばあさんからは団扇をもらいました。Palo Alto仏教会には日系人のためのサマースクールがあるのですが、Cのおばあさんはその創設に関与した人の一人だそうです。

Stanford Judo Clubの先生の一人にも会いました。確かに色黒で髪も黒いですが、日系人だとは思っていなかったのでビックリ。実はお母さんが日本人で日本語もペラペラ、日本語の先生もしているそうです。娘さんに至ってはアジア人の血が混ざっているなんて言われても信じられないくらい色白で金髪なのです。不思議なものです。

BonFestival2011-2

こちら、お寺の中。日本のお寺の雰囲気とは全く違います。信者の人が座るところも長いすが並べてあって、形式としてはキリスト教の礼拝堂のよう。生活習慣からそうなったのでしょうか。そもそも畳を手配することが難しいのかもしれません。

アメリカ最後の夏にObon Festivalに行けて、そして何人かの知り合いの日系人に会えて、思い出深い日となりました。


ia94305 at 11:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!Palo Alto 

July 31, 2010

Farewell Party at N's House


7月31日(土)晴れ

I子のクラスメートの男の子Nが、帰国前にと自宅に招待してくれました。お誕生会などで何度か訪れたことのある、Los Altos Hillsにある豪邸です。本当は夫の帰国前にということだったのですが、どうしてもスケジュールが合わなかったため、子供たちと私だけ伺いました。

Farewell Party at N's house-2
子供たちはまずプール。Nは水泳を習っているそうで、上手に泳ぎます。水泳だけでなく、テニスと野球もやっていて、野球ではピッチャーだそうです。ピアノも習っています。
「男の子だからね、エネルギーを発散させないと体力あり余ってるのよ。でも成績が下がるようならやめさせるって言い渡してあるの。」
とはクロアチア人のお母さんのお話。ともにヨーロッパ人のご両親(お父さんはデンマーク出身)はアメリカの教育に満足していません。UC Berkleyで数学の先生をしているという長男のところへ週に一度、Nを通わせているそうです。両親とも科学者(現在はビジネスが主)でフルタイムで仕事しているのに子供にこれだけのことをさせるって、もちろんnanny(子守の人)はいるのですが、大変なことです。
「nannyを選ぶために何度も面接したのよ。」
と言うだけあって、Nのnanny Dはとてもいい人です。子供の健康上の理由で移住してきたブラジル人ですが、自身も2人の10代の子供の母親であることもあり、躾など、実の親のようにNに接しています。
nannyを雇っている人は大勢いますが、良し悪しはまちまち。私はたまにnannyさんに連れられた子供たちと一緒に遊ぶのでどういったnannyさんか分かりますが、実の親は分かっていない人もいるかもしれません。nannyの良し悪しは、英語が上手とかスペイン語が母語だとかいう問題ではなく、自分の子と長時間いる人なのだから、子育ての基本的なことの多くを任せるという面で評価しなければならない。でもそれは意外と、誰にでもできることではないようです。
その点、Dはとてもよいnannyさんで、私がそういうとNのお母さんも満足そうに頷いていました。

Farewell Party at N's house-1
Nのご両親の出会いはなんと日本! お互い科学者同士で、出張で日本に行った時に出会ったそうです。日本好きなN一家が用意してくれた昼食は、お寿司。半分は赤米で作ってあります。多少、アメリカンな味(見かけではなく味が)ではありましたが、プールサイドでNと一緒に食事できる、というだけでご馳走です。
日本での仕事(非常に有名な人のアドバイザー)もあるので3ヶ月に1度くらいは日本へ行くNのお父さん。日本のことを高く評価してくれていて、この日もスカンジナビアと日本の教育について比較しながら語ってくれました。

一つ、アメリカのよいところは、こんなに忙しいご両親でも子供の学校に頻繁に顔を出せることです。1年生のときはこのお父さんが週に一度、算数を受け持ってくれていましたし(彼が来られない日は算数が取りやめになってしまったのには呆れましたが)、今年度はお母さんもボランティアとして2週に一度くらい、顔を出しておられました。学校にマンパワーがなさ過ぎる、という要因もあるのではありますが、子供のためには仕事を休める、という社会的な意識は日本と大きく異なるところです。

I子はNに広い庭を案内してもらったり、部屋を見せてもらったり。I子だけを案内したいNに対して、A子は置いてけぼりにされないようにと必死になってNを探し回っていました。その様子がNのお母さんにとてもウケていました。

最後に記念写真を撮って帰宅。I子がとても仲良くしてもらったNのご一家といい時間を過ごせた日でした。


July 27, 2010

夫、本帰国


7月27日(火)晴れ

とうとう夫が帰国しました。
帰国前、仕事も忙しかったのに、引越しの手続き、準備、ほとんど仕上げてくれました。やることがばかりで、アメリカの生活を思い返したり名残惜しさを感じたりする時間もなかったのではないでしょうか。
研究室の同僚の日本人Sさんが、大きな自家用車で空港まで送ってくださいました。朝早くから本当にお世話になりました。
パスポートを持って飛行機に向かう夫を見ると、これからほぼ1ヶ月、夫のいない生活が始まるのだという寂しさを感じます。
私たちが夫よりも1ヶ月帰国を遅らせた理由は、子供たちのsummer schoolのため。こんな経験はもうないだろうから、申し込んだものはキャンセルせずに全て参加させてやろうと思ったからです。
というわけで、今後1ヶ月、やることがいっぱいです。
気合入れていきましょう!


July 25, 2010

Farewell Party at Professor's House


7月25日(日)晴れ

午後2時からは夫の研究室の皆さんによる送別会がありました。場所はMenlo Parkの教授宅。この夏、研究室を去るのは、夫ともう一人、Michigan時代からいらっしゃった韓国系のR。彼は去ると言っても、教授が新しく始めたVenture企業の立ち上げメンバーとして働く、ということのようです。企業就職ということになりますが、Rはもともと小児科医なので、その決断には少々驚きました。本人は乗り気だそうです。

LabFarewellParty-Tshirtこれ、写真が少々ボケていますが、夫の所属していた研究室のTシャツです。釣り好きの教授に合ったデザインをイタリア人の女性研究員が描きました。背面にはこの年に所属していたメンバーの名前がABC順で書かれています。

LabFarewellParty-1いつもどおり、教授が焼き係。ビーフ、チキン、魚、と、ガンガン焼いていきます。満面の笑みで。いつもありがとうございます!











LabFarewellParty-3私はお抹茶を点ててみました。と言ってもみんな歓談しているので、待っていても誰も飲みに来ません。端のほうで点てたお茶をプラスチックコップに移し変え(器がないので)、お菓子と一緒にI子が配って回る、という形式。

「全然、茶道じゃない!」
それはそうなのですが、ゼロよりは味わってもらえるだけでもいいんじゃないでしょうか? 興味を持ってくれた人も。特に教授の奥様は、台所仕事の手を止めて、お茶を点てるところを見に来てくださいました。

LabFarewellParty-2
大人たちの様子。

LabFarewellParty-4
子供たちの様子。いつもどおり、庭の端っこに基地を作って、その中で何やら秘密の遊びをしていました。

ここでも夫は挨拶。この研究室がStanfordに移ってくる1ヶ月前からここに来ていた夫は、研究施設の歴史をもっともよく知る人物でもあります。施設の歴史がよくまとまった挨拶でもあったので、教授の奥様から「下書きがあったら欲しい」と言われました。

この研究室を去る人は、StanfordのMemorial Churchの写真に寄せ書きを書いたものをもらえるのですが、夫へのプレゼントは、数名のサインが足りなかったため、教授ご夫妻が来年2月に日本に来られるときに持ってきてくださることになりました。

夫にとっては、内容、人、運、土地柄、全てにおいて恵まれた研究留学だったと思います。そして子供たちにとっても、多様性、自己肯定力、人との交流、肉親、というものを学ぶことができた、貴重な経験だったと思います。
「家族全員にとって有意義な時間にする」という渡米時の目標は、達成できたのではないか、と満足しています。

Farewell Party at Church


7月25日(日)晴れ

ChurchFarewellParty-1午前中はいつもの教会礼拝の後、教会にて送別会をしてもらいました。主催してくださったのは、我が家をこの教会に導いてくださったG & H夫妻(中国系アメリカ人)。数週間前からポスターを貼ってくださいました。

渡米当初まもなく出会ったGに、Preschoolを探している、と相談したところ、この教会と附属preschoolを紹介してもらいました。I子もA子もこのpreschoolに通い、家族全員ほぼ毎週、礼拝に参加。やや固い雰囲気があるといわれるルーテル派のBethany Lutheran Churchですが、キリスト教徒でない私たち一家をそのまま受け入れて下さいました。ここから私たちのアメリカ生活が始まったと言っても過言ではないくらい、生活に大きな位置を占め、物質的にも精神的にも支えてくれた、私たちの「居場所」でした。

ChurchFarewellParty-2

Hが挨拶し、Pastorが挨拶し、そして夫が挨拶しました。偶然にも夫の父親とGは同じ名前なので、その名前に絡めて笑いを取っていた夫。もともとユーモアのある人ではありますが、こんな話ができるのもアメリカ生活の成果かもしれない、と思いました。

夫にとっては今日が最後の教会出席の日。いいお別れ会をしてもらえました。