January 12, 2008

Gold Rush History Museum

12月28日(金)午後
Gold Rush History Museum
昼食後は、近くのGold Rush History Museumへ。これはThe Discovery Museums of Sacramentoの一つで、同じチケットで他のScience & Space CenterThe Challenger Learning Centerも入れるようでした。大人5ドル、子供3ドル。3歳以下無料。私たちが行った日はセンターのエレベーターが修理中で使えなかったため、大人も3ドルにしてくれました。とてもフレンドリーな博物館。(割り引いてくれたからそう思うのかもしれませんが。)

discovery mus.-bee「Gold Rush(ゴールドラッシュ)」というのは、どこかで金が発見されたときに、一攫千金を狙う人々がその土地へワッと押し寄せることを言いますが、狭義的には1848年ごろから起こったCalifornia Gold Rushを差します。
博物館の最初の展示は、このGold Rushという名前を広めた印刷屋、Sacramento Bee(1850年創業)の店内の様子で始まりました。店名にちなんで、クリスマスツリーにはミツバチが。


カリフォルニア州にとってゴールドラッシュはもの凄く大事な出来事です。
1846-1848年の間、メキシコとアメリカは米墨戦争Mexican-American War)をしていました。1848年、つまり、カリフォルニアがメキシコからアメリカへ引き渡された年、農場主John Sutter(ジョン・サッター)の使用人だったJames W. Marshall(ジェームズ・マーシャル)が、American River(アメリカン川)で砂金を見つけます。二人が秘密にしていた金の発見は瞬く間に噂になり、アメリカ中、いや、世界中から人が押し寄せたのでした。
1849年に来た人が多かったため、彼らは「49ers / forty-niners(フォーティーナイナーズ)」と呼ばれました。もちろん、金の採掘に来た人みんなが大金持ちになったわけはありません。稼ぎもよかった代わりに人口増加でインフレになり、ほとんどの人の生活はやっぱり苦しかったのだとか。

儲けたのはその周辺にいた人たち。例えば、採掘道具を独占販売したSamuel Brannan(サミュエル・ブラナン、ゴールドラッシュによる初めてのmillionaire(億万長者))、採掘物のための幌馬車やテントに用いるキャンバス帆布を打ったり、採掘作業に強いジーンズを帆布で作ったりしたLevi Strauss(リーバイ・ストラウス、現在のリーバイス社創業者)、輸送手段や金融サービスを提供したHenry Wells(ヘンリー・ウェルズ)とWilliam Fargo(ウィリアム・ファーゴ)(現在の金融機関Wells Fargo & Co.、カード会社American Express / Amex(アメリカンエキスプレス)の創設者)など。
こういった名の残る人たち以外にも、中国からやって来た労働者達に中国物資を販売した中国人も儲けたようです。

大陸横断鉄道First Transcontinental Railroad)も、Gold Rushの恩恵を蒙っています。構想自体はゴールドラッシュ以前からありましたが、カリフォルニアで金が出たことにより、東と西との間で人や物資の運送の需要が増えました。また、ゴールドラッシュでやって来た大勢の中国人たちが、鉄道建設の安い労働力として大きく貢献したと言います。

日本に関して言うと、当時日本はまだ鎖国中だったので、日本人49ersは残念ながらいないとのこと。
(ペリーの黒船来航は1853年だが、はっきりと鎖国が終ったのは1858年の日米就航通商条約のとき。)

無限にあると思われた金は大勢の人によってあっという間に採り尽くされてしまい、5年後には岩を割って探さなければならなかったほど。しかしながらこのゴールドラッシュによって大勢のヨーロッパ人がカリフォルニアに移住したお蔭で、ワインの知識のある彼らがカリフォルニアワイン(California wine)を造り始めました。カリフォルニアワインの中には今ではフランスワイン(French wine)を凌ぐほどの実力を持つものもあるといいます。このカリフォルニアワインも、言わばゴールドラッシュの産物。

このように、今あるカリフォルニアはゴールドラッシュ無しでは生まれてこなかったのです。
Gold Rush History Museumでは、この重要なゴールドラッシュに関しての資料が集められています。

discovery mus.-gold rush(写真は本物の金。「Fool's Gold」ではありません。)
本物の金も沢山展示してありましたが、私が注目したのは「Fool’s Gold(ばか者の金)」。これ、pyrite黄鉄鉱)のこと。つまり、私がYosemiteの川で「金を見つけた!」と喜んだ、アレです。でもこれだって金色の顔料として用いられたりして「金として」役に立っているんです。錬金術師達を惑わしたのも、この黄鉄鉱のよう。
金だと思ったのは私だけじゃないのね、という気持ちと、私ってやっぱりバカだったのね、という気持ち…。ちなみに、黄鉄鉱は、手に取ってみればすぐに金との区別はつきます。

この博物館には、他に、「California’s true gold(カリフォルニアの本物の金)」と称される農業についての展示もありました。金よりも地道に確実に収入を得られるもの、ということでしょうか。シリコンバレーとして名が知れる以前は、ここは農業が盛んだったといいますし、日本から渡米して農業に従事した人たちも多く、そのために柿やビワといった日本的な木も今でもよく見られます。

discovery mus.-Japanese campdiscovery mus.-flier to Japanese第二次世界大戦のときに在米日本人が収容された部屋の様子を再現したものもありました。そのときのチラシなども貼ってあり、I子には衝撃だったようです。


discovery mus.-school昔の学校の様子を再現しているコーナーもありました。子供達は設定があると勉強する気になるらしく、個人用黒板にチョークでアルファベットを書いていました。黒板が悪くてあまり書けなかったのですが。写真にすると猛勉強しているように見えますねえ。


まとめると、この博物館は、ゴールドラッシュを中心にはしていますが、その他にもカリフォルニアに関するものをゴチャゴチャと集めた場所のようでした。予習をしていけばもっと楽しかったと思いますが、我が家の場合、予定になかったけれど目に付いたから入ってみた、という状態だったので、実際に見ているときはあまりピンと来ませんでした。

お客さんは少なかったですが、発掘して見つかったものはガラスを張った床の下に展示してあったり、クイズがあったりクロスワードパズルがあったり、と、展示に工夫のある、いい博物館でした。
我が家にとって何よりもよかったのは、この博物館に来ることにより、今回の旅行のワイナリー(BenzigerViansa)、鉄道博物館などが、ゴールドラッシュを軸にした一つのストーリーとなったことでした。

The Discovery Museums of Sacramentoの残り二つの博物館を見学する時間は全くなかったのですが、もう少し子供達が大きくなったら、今度はこの三つの博物館を目当てにサクラメントまで行ってもいいな、と思いました。


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