後は野となれPoohとなれ~今から、ひとりから~

たれプーさん♪の「適職・究極的生き方」備忘メモ

NHKラジオ第1 年末特番
「人工知能は社会をどう変えるのか~AI時代の幸福論~」
2017年12月31日 8:05-8:55(第1部)9:05-9:55(第2部)

世界で人工知能=AIの開発競争が激化するなか、人間の暮らしはどう変わるのか、社会は、そして人の心のありようはどうなっていくのか。日本を代表する3人の学者がその未来を探る。AI開発に欠かせない「深層学習とその応用」を研究する理化学研究所の上田修功さん、楽天でAI活用の先導的役割を果たしてきた森正弥さん。そして、ゴリラ研究で世界的に有名な京都大学総長・山極寿一さんが生物学的な視点から提言する。

上田修功(理化学研究所 革新知能統合研究センター副センター長)
森 正弥(楽天技術研究所代表)
山極壽一(京都大学総長 日本学術会議会長)

ディレクター:永野浩史(アジアドキュメンタリーセンター)
       http://adc-g.co.jp/

† 大晦日に放送されたラジオ番組で「らじる★らじる」の「聴き逃し」で視聴した。昨今「AI」という言葉を聞かない日はないほど普通に語られる時代に入った。それが余りにも急速でかつ生活に密着しているがゆえに誰もが関心を持たざるを得ない。加えてSFではロボットや人工知能の支配する未来の功罪について様々な視点で描いてきた実績がある。私もSFテレビドラマ「スタートレック」シリーズを、現代を知るためと近未来を想像する意味で興味深く見てきた。さて今回、番組制作したのがNHKでなく外注であることが調べていて分かった。もはやNHKは報道番組制作くらいしかせず、こうした大きな視点を持つ企画力がなくなってしまったのかという危惧を抱いた。番組では第2部において想像を逞しくさせる議論となったが、それは何かしらの恐れや不安を含んだ人間らしいものであった。このような雰囲気を人工知能が感じるのか、学ぶことができるのか、あるいは発見するのか、その点に分岐点があるのであろう。するともはや機械や道具から一つの生命体というステージに変化するはずであるとSFは描いている。

‡ 私の関心は「AI」のこれからの発展や研究にあるのではない。人間とは何かを知る上で、人工知能との対比をしたいという興味である。その点で、山極先生の人類学的な進化から見たものは大いに刺激を受けた。つまりヒトとは何かにおいて、身体と脳が重要なファクターであり、脳は外界に順応性が高いが、身体はヒトの生物的な欲望の源泉として簡単に変化できないということだ。長年、人間進化の過程を経てきたからである。例えば、意欲という働きを「AI」が内発的に持つことができるのか。「AI」は過去の膨大なデータを処理しブラックボックスの中で最適解を出すに違いない。そこに至る経緯はもはや人間には複雑すぎて理解できないだろう。それを信じて決断を下すことに何らかのためらいを感じるのが人間である。そして「AI」が絶対に不可能と結論付けたことであっても人間は生存のためには果敢に挑戦・工夫していく意欲がある。それが人間をヒトたらしめる。山極先生は冒頭で、近年国語において文脈を読めない子どもたちの調査結果から、脳は情報化社会に適応しすぎて機械的な思考、つまり単語や文に拘束されて全体が見通せないことに危惧を抱いていると語った。加えて「ゲノム編集」などバイオ技術の進展で、人為的にDNA操作をする時代、神の領域にすでに入った。海図なき航海の途上にあり前進し続けることが果たして良いのか、ヒトたるものは何かという疑問が続いてしまう。そして、生身のコミュニティをどう再構築するか、「AI」がアシスト可能だろうかと本質的な議論もあった。人間は「AI」に評価されても嬉しくないが他人からは評価されたいという。ヒトは社会的動物でもあるのだ。

参照
(社説)AI時代の人間 豊かな活用に道開くため(1/6朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/articles/DA3S13301519.html

 人工知能(AI)のセミナーやシンポジウムが花盛りだ。車の自動運転に代表される、AIがもたらす明るく快適な未来。その裏側で、人間の制御を超えて世界を根底から変えてしまう「シンギュラリティー(技術的特異点)」と呼ばれる事態が訪れるのではないか、という漠とした不安も広がる。技術は時として、予想をはるかに上回る速度で進む。AIもそんな段階に入ったのか。人間はAIにどう向き合うべきか。そして、これからの時代に備えた人づくりとは――。本格的に考えなければならない時期に来ている。・・・人間は計算力や記憶力でコンピューターに及ばない。それでも困らないのは、道具として使いこなせているからだ。AIについても本質は変わらない。大切なのは、AIをどう制御し、人間の幸せのために役立てるかを考え、その方向に社会を構築していくことだ。(抜粋)

参照② 個人ブログ「attracting section」
ラジオのメモ
http://beatset.hateblo.jp/entry/2017/12/31/184041

人間の価値を判断に置いてるのは自分の理解と近くて面白い。脳とAIのマッチングが起こりすぎて身体と脳のミスマッチが起こるのではないか、という話も。発達の話だ

最近の世の中は安全なプラットフォーム≠安心ですよね、なぜなら人が信頼できないから。ICT社会の到来により、人は他人よりも情報を信頼するようになっており、ひいては社会そのものの信頼度の低下を招いている。

「猿やゴリラを研究していると思うんですが、人は情報から脱出する事を考える必要性を感じます。機械に寄り添っても、機械が他律的な物である以上幸せにはなれない。」

「機械が透明だからです。人は自律的なもので、それは不透明なものの筈です。本来共有できないものを、寄り添い合うことによって共有する、それこそが幸福への可能性なんじゃないでしょうか」

不透明、身体性、判断。この三つは、多分2018年の私のキーワードになる。確実に

視点を変える

視点をずらすことで見えてくるものがある。人生においても、習慣化されたものの見方をずらすことで、見えてくるものがある。

小泉吉宏『ブとタのあいだ』69頁

† 著者はセザンヌやピカソの絵画を例にして視点を変えることで絵画の世界が大きく飛躍したことを取り上げている。そして、それを破っていくことがいかに困難なことであるかという。確かに、ものの見方とは、一つの思考パターンに置き換えていくことが人間にとっては楽であることの蓄積であろう。それが因習となって人の思考や生活パターンをがんじがらめにしている例は枚挙に暇がないだろう。

‡ そして著者は南極のタロ・ジロの逸話に触れて、それは人間の視点から見たものであり、捕食されるペンギンの立場からは違ったろうとする。その通りである。「アメリカ・ファースト」というトランプ大統領の視点からは、日本は気前よく幾らでもお金を払ってくれる現金自動支払い機、北朝鮮はテロ支援国家であろう。でも、受ける側の思いは全く異なる。その視点の変換の重要性を説くことも宗教の大きな働きであったろう。イエスは弱者の視点に徹底していたからこそ、新たな世界宗教の礎となった。

・びっくり!した。寺島実郎氏(日本総研会長)が指摘していたことだが、「技能オリンピック2017」で日本人の成績がガタ落ちしていた。よく報道されていた技能競技だが、この成績では大手マスコミが隠す理由も分かる。つまり日本のものづくりは確実に衰退していることになる。それが若手の能力に反映された格好だ。大切なことが確実に報道されなくなっている。

 技能五輪、中国が初めて1位(2017/10/20日経新聞デジタル)

 ➥各国の若者が職業技能を2年に1度競う「技能五輪国際大会(ワールド・スキルズ・コンペティション)」が14日から19日までアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで開かれた。獲得金メダル数は中国が15個と、2位のスイス(11個)、3位の韓国(8個)を引き離し、記録をさかのぼれる1962年以降で初めて首位に立った。日本は3個で9位に終わった。

20171231
(資料:中央職業能力開発協会)

 日本は「情報ネットワーク施工」「製造チームチャレンジ」「メカトロニクス」で金メダル(2017/10/20日刊工業新聞デジタル)


・ハイドン・エディションが再発売された。それも補強(150CD+1CD-ROM→160CD)されたようだ。この廉価CDボックスだが、廃盤となってからは中古価格が高騰した。このような企画ボックスはアニバーサリー・イヤー発売が多い。もしハイドンの全てを聴きたいと思う方は、このチャンスは見逃せない。
 
 私はハイドン愛好者ではなく、前回の時も購入すべきか逡巡し断念している。今回もまた同じことだろう。なぜなら、これだけ聴き通すことはまずない。持っているだけの満足はもう飽きた。人生の残りの時間を考えても選んで生きることが課題として迫ってくる。

 ハイドン・エディション(160CD)
 2009年の作曲者没後200周年にリリースされたCD150枚組ボックス『ハイドン・エディション』(廃盤)が、CD160枚組に増強されてリニューアル。レーベル:Brilliant Classics


・今年は世界的な動乱の年になるのか


・幼稚化はここまで進んでいる、国防・治安組織は年々体たらくに!

 ゲームに30万円、親に怒られる…巡査4日失踪(2017/12/14読売新聞デジタル)


・過去のブログ記事に運営会社から公開停止措置がとられた。2011年に発生した性犯罪事件の容疑者逮捕に関する日刊紙記事の全部引用である。逮捕事実のみで、彼が起訴されたかも定かではない。恐らくは執行猶予付き有罪くらいの微罪処分で済んだことと推測できる。個人的にもブログ記事を削除することはためらいはない。性犯罪報道については議論があり、ネット上で人名検索結果に反映させない目安は報道から5年程度経過したもので運営会社の判断に拠るところが大きい。彼も更生し社会復帰を果たそうとするならばネット上で自身の名前がずっと掲示されていることに苦痛を感じることは理解できる。一方で特に性犯罪加害者は再犯の恐れが高く出所後も警察にマークされ続けることは事実としてある。


・聴取予定番組

 NHKカルチャーラジオ 文学の世界 2018年1月~3月放送予定
 「詩と出会う 詩と生きる」  
 [講師] 若松英輔(批評家・随筆家)

 NHKラジオ第2 毎週木曜 午後8時30分/再放送 毎週木曜 午前10時
 ストリーミング放送は過去2ヶ月分まで、番組HPや「らじる★らじる」で聴取可能

 第1回  1月4日   詩を感じるには―岡倉天心と内なる詩人
 第2回  1月11日  かなしみの詩―中原中也が詠う「おもい」
 第3回  1月18日  和歌という「詩」―亡き人のための挽歌
 第4回  1月25日  俳句という「詩」―正岡子規が求めた言葉 
 第5回  2月1日   つながりの詩―吉野秀雄が感じた存在
 第6回  2月8日   「さびしみ」の詩―宮澤賢治が信じた世界    
 第7回  2月15日   心を見つめる詩―八木重吉が届けた声
 第8回  2月22日   「いのち」の詩―岩崎航がつかんだ人生の光
 第9回  3月1日   生きがいの詩―神谷美恵子が背負った生きる意味
 第10回  3月8日   語りえない詩―須賀敦子が描いた言葉の厚み
 第11回  3月15日  今を生きる詩―高村光太郎と柳宗悦のまなざし
 第12回  3月22日  言葉を贈る詩―リルケが見た「見えない世界」
 第13回  3月29日  自分だけの詩―大手拓次が刻んだ詩の扉

オトナの一休さん 第二十五則「後継者などいらん!」
2017年12月19日 午後10:45~午後10:50(5分) Eテレ

かねてから「自分の教えは誰にも継がない」と絶法宣言をしていた一休(声・板尾創路)だったが、新右衛門(声・山崎樹範)や弟子たちに後継者を問い詰められ、愛弟子・没倫(もつりん/声・鬼頭真也)の名を口にしてしまう。歓喜に沸く弟子たちだったが、没倫は「それは師匠の芝居だ!」と憤る。一休が「滅宗興宗(よく滅ぼすものがよく興す)」の言葉に込めたメッセージとは?一休と没倫の、知られざる師弟愛エピソード。

† 知らないうちに今年も制作されていたEテレ「オトナの一休さん」。5分番組であり番組表に埋もれてしまって発見までに時間を要した。Eテレは5分番組も多く、私などは多数のNHK子会社のために作らせているとしか思えない。ただ内容的には短時間であるゆえに密度の濃い作品もできるという効用もある。この一休さんをめぐる番組も、最後のテロップで「現存する文献を典拠としておりますが、セリフなどに創作が含まれます。」とかなり怪しくもある。それでもキラリと感じる部分があった。

‡ それは参照の部分(滅宗興宗の解説)で、それを表現するために、アニメーションではブランデーグラスを用いて、お酒が次々と移されていく様を描いた。師の教えを弟子が継ぐというイメージである。しかし、厳密に言えばそれはできないと一休は喝破したのである。これは真実であろう。エッセンスのほんの一部しか次に渡せないからこそ、十分に慎重に学ぶことが弟子の任務となろう。それでもどんどん遠くなるものに対して、自分自身が教えを生きることしかできないと悟ることにつながっていく。番組が終了間際に「ワシはワシ、お前はお前」と一休(声・板尾創路)は付け加えた。

参照
【台本】作:ふじきみつ彦

セリフ(一休)
 ワシの弟子となっても後は継げぬぞ。
 臨済宗の開祖臨済は、「滅宗興宗」の精神を貫いた。
 水を器から器へ移していっても、いつかは目減りして、しまいには無くなってしまう。
 それは禅も同じ。
 師匠の教えを形式的に受け継いでいっても何も残らん
 答えがない禅というものを自分自身で捉え、時には器を壊し、師匠よりもデカい器にブランデーを注ぎ、釈迦も達磨も乗り越えるぐらいのパンクな精神で修行に臨むべきだと、ワシは考えておる。


参考 番組のエピソードを書籍化、サウンドトラックも
NHKオトナの一休さん制作班『オトナの一休さん
20180111
単行本: 160ページ
出版社: KADOKAWA (2017/10/2)

オトナの一休さん オリジナル・サウンドトラック
音楽:大友良英、マレウレウ
CD (2016/12/21)
レーベル: ポニーキャニオン

通じない言葉

言葉というのは概念を伝える道具であって、約束事にしかすぎない。言葉はとても重要なものになっているけど、絶対的なものではないんだ。・・・イメージや概念が異なると言葉の意味を取り違える。哲学や宗教を語るとき、正しく伝わらないのはそのためだ。

小泉吉宏『ブとタのあいだ』60-61、64頁

† これは絶対的な人間の欠点となる。そのことを知っていた宗教の始祖たちは何もあえて残さなかったろう。一方で哲学はできるだけ厳密に定義することで伝えようとしている。いずれにしても、またこれを学び解釈する人たち、それを使う私たちもいかにいい加減なところで生きているかが分かるのではないだろうか。例えば、貿易英語なるものがあり通商のフォーマットに当てはめれば商取引は問題なくこなせる。これが文学作品の翻訳となれば様々な訳出が可能であり、翻訳者の感性に委ねられるところとなるだろう。

‡ 問題は宗教上の事柄である。同じ経典を信じていても細かな宗派に分裂していく。多くは考え方の違いに基づくものであろうが、それでも言語の問題は思っている以上に大きいのである。聖書の初期日本語翻訳で「愛」を「御大切」と表現していることは有名である。現在、新しい聖書翻訳が動いている。『聖書 聖書協会共同訳』(2018年末発刊予定)と『聖書 新改訳2017』(2017年10月発刊)である。翻訳には完璧はあり得ず、今後とも言葉をめぐっては右往左往していくはずだ。ただ大事なことは言葉が伝えようとしていることを自分自身がよくよく考え生きることに尽きる。

参照
鈴木範久『聖書の日本語』 ■著者からのメッセージ(岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/book/b261293.html

『聖書 聖書協会共同訳』(日本聖書協会)
http://www.bible.or.jp/know/know31.html

『聖書 新改訳2017』(いのちのことば社)
http://www.wlpm.or.jp/2017/wordpress/

・今年も始動


・電子ごみ!?、一瞬国連で作った書類データが未活用かと。これは電子情報端末のことで、短縮しすぎると分かりにくい例
 
 「電子ごみ」再利用20% 国連、16年廃棄4千万トン(2017/12/14中日新聞デジタル)

 ➥国連専門機関の国際電気通信連合(ITU)は13日、2016年に世界で廃棄されたコンピューターや携帯電話、家庭用電子機器などの「電子ごみ」は推計4470万トンで、このうち回収しリサイクルされたのは約20%にとどまるとの報告書を発表した。


・Amazonのマーケットプレイス中古本、軒並み配送料アップ!運送料アップの影響だろうか。


・分かっていても問題視しないニッポン。私大経営の安定化などという問題ではなく、少子化による国家的な規模縮小という無策のツケがあちこちで現出するだけのことだ。無理矢理に短大をつぶして四年制大学に昇格させた文科省だが、もともと目算が見当違いである。世界的にもニッポンの大学の学術水準が凋落し、予算縮小による影響が出ている。研究費獲得のために研究不正もあちこちで出てきた。誰も責任を取らず、最後には「一億総懺悔」と支配層は言いつのるであろう。低い民度に没落するニッポン、これぞニッポンさらばニッポン。

 私大112法人が経営難、21法人は破綻の恐れ(2017/12/31読売新聞デジタル)


・神社庁ってあるんだね。「神社本庁」地方組織。話題性は大事だろうが政治活動に関与せずにニッポン文化を伝えることが本旨だろう。末端は疲弊しているのが宗教界の現状。

 祭り、御朱印…「インスタ映え」発信 静岡県神社庁、効果じわり(2017/12/30静岡新聞)

 ➥静岡県内の各神社やそこで行われる祭りの紹介をしようと、静岡県神社庁が写真共有アプリ「インスタグラム」を使ったPRをしている。12月でアカウント開設1周年を迎えた。投稿された写真を見た人から、神社の所在地や行事の問い合わせが届くなどの効果が出ている。管理・投稿するのは県内各神社の神職約650人。それぞれの神社で開かれる行事や御朱印、干支(えと)の置物、季節感あふれる植物の写真を累計約百枚投稿している。

 各都道府県神社庁一覧(神社本庁)
 http://www.jinjahoncho.or.jp/introduction/jinjacho/


・郵便配達の不思議、今年は元旦に二回も配達があった。午前8時半(年賀)と午後3時半(一般)。そしてバイトの学生風じゃなくて通常のバイク配達人でした。

落語ディーパー!~東出・一之輔の噺(はなし)のはなし
2017年7月31日~8月28日 午後11:00~午後11:30 Eテレ
2018年1月2日(お正月一挙アンコールSP)午後11時35分~翌午前2時5分

第1夜「目黒のさんま」7月31日
第2夜「あたま山」8月7日
第3夜「お菊の皿」8月21日
第4夜「大工調べ」8月28日

今、若い世代で落語ブームが起きています。
300年以上の歴史がある落語、そもそもその魅力は何なのでしょうか? 7月31日(月)から4回にわたり放送される「落語ディーパー!~東出・一之輔の噺(はなし)のはなし」では、落語マニア・東出昌大さんと気鋭の真打・春風亭一之輔さんが名作落語を徹底分析します。彼らとともに、ディープなトークをするのは、落語研究会出身の雨宮萌果アナウンサー、柳家わさびさん、柳亭小痴楽さん、立川吉笑さん。そして柳家花緑さんがスペシャルゲストとして登場し、落語を披露してくれます。
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=11046

目黒のさんま×柳家わさび」(約20分)「あたま山×柳家花緑」(約19分)「お菊の皿×春風亭一之輔」(約21分)「大工調べ×柳亭小痴楽」(約28分)のフルバージョン動画を放送後、番組HPで公開します!〔期間限定〕

語り:福田 亨
ディレクター:河合希絵(1・2・4)、久保田集(3)
制作著作:NHK イースト・エンタテインメント http://www.east-ent.co.jp/

† 30分構成。イースト・エンタテインメントは他局の落語番組を手がけておりノウハウは十分なのであろう。落語はよく聞くので落語家という人たちに対する興味がある。この番組は、落語のディープなところを語る主旨で、落語そのものは番組HPで見てほしいという作りにしてある。これもネットと連動するという今風のあり方なのであろう。フルバージョン動画映像を見たが、やはり「真打ち」と「二つ目」の違いは大きい。NHKは『超入門!落語 THE MOVIE』という当て振り形式の番組も放送されており、その延長上にも位置づけられる。登場する落語家の人選、扱う落語の選別など、適当かどうかは正直分からない。演目も多く切り取り方はいくらでもありそうだ。

‡ 全国で約700人いる落語家であるが、マスコミに出ている人たちは思ったよりも少ない。「笑点」に出ている落語家が上手い人という大誤解があり、その点では罪作りである。実力派の人たちをじっくりと楽しむことが最善である。この点はネット動画を大いに見て欲しい。特に録音や録画が残されている昭和の名人たちの芸を見て、現代の落語家のあり様を考えることが必要であろう。私は落語ブームが起きているとは思わないが、落語ブームを起こそうとする動きはNHKに感じている。それでも生活感覚や生活様式が異なりなくなっていく現代に、落語というものが残るのかは疑問である。ちなみに大相撲の力士も約700人いて、十両以上は10%に過ぎない。落語家も活躍しているのは、その程度の割合なのであろう。今の落語家たちに芸があるのか、そこをディープに語るオトナの番組がもっとほしい。

言葉は万能じゃない

絵画は絵画そのものでしか表せない。音楽は音楽そのものでしか表せない。芸術体験ばかりか、日常の体験ですら言葉では正しく伝えることができないことを人は意識しているだろうか。・・・人は言葉を使って思考する。その言葉が万能ではないわけだから、思考も万能ではない。

小泉吉宏『ブとタのあいだ』54頁

† 音楽評論家に吉田秀和という方がいた。日本における音楽評論の第一人者である。彼が今でも他の音楽評論家と隔絶しているのは、音楽表現の美の微妙な部分を言葉で伝える術を持っていたからだ。凡庸な音楽評論家は音楽の形式に沿って小難しい理屈・知識を語ることしかできない。一方で、音楽の核心たる美について、その雰囲気を伝えることは至難の業なのだ。

‡ それと同じく、例えば掃除機をかけるだけでも、その人の個別的なものが表現されているはずである。それを外面的に描写しても何ら伝わるものがない。問題は、その言葉の限界性を知りつつも、たゆまない努力で表現方法を考えることだろう。生きることも大事なのは、自分がそれをそれとして分かっていることであり、一回生のことと感じることにある。

・2017年もお世話になりました。来年もどうぞ宜しく!


・身内の悪口や陰口ばかりのエンタメ番組に辟易!まっとうなのだ政治ネタ。

 ウーマン村本のエンタメ論 あの政治風刺ネタを語り倒す(12/23朝日新聞デジタル)
 https://www.asahi.com/articles/ASKDN6716KDNUCVL022.html


・政権に近づく人、政権に睨まれる人が鮮明になっている。ソフト独裁ニッポンの行く末は!?


・過去に高額な磁気布団セットを購入したことがある会社の倒産報道。もう35年以上前のことになる。当時はマルチ商法として、その後にレンタル商法に変わっていったのであろうか。知人から勧誘されて購入し、そちらには多額の金が入っていたことになる。返済に苦労した記憶が残っている。その会社がまだ生き延びていたこと、そして大物政治家らとの癒着も指摘されており、悪徳商法には十分な注意が必要であると感じる。磁気布団は健康に寄与したか、こればかりは検証不能である。
 
 ジャパンライフが事実上倒産 6千人契約(12/26中日新聞デジタル)


・気づいていなかった相続の積み残し案件が終了に、先祖も安堵か~


・年末になっても訃報が続く、サッチーも去っち~!

 作家の早坂暁氏が死去 「夢千代日記」脚本(12/17中日新聞デジタル)


・ベートーヴェンの第九、今年は聴くかな!?


・住所・名前の入り不要な手紙・DM類の整理、シュレッダーにかける(サイザンス~サイダンス)。


・逮捕時には極悪非道と、さんざんに報道し続けていた大手マスコミだったが、判決後はケロッと「さん」づけする。国家に対する反逆は許さないという姿勢に同調するだけのマスコミはいらないだろう。彼女が、どう事件を感じて反省し生きているのかを伝えることだろう。

 「オウム真理教 元信者の菊地直子さん 無罪確定へ 最高裁」(12/27NHK)

 「オウム真理教の元信者 菊地直子さんの無罪が確定」(2017/1/5NHK)

† 12/6最高裁のNHK受信料裁判判決、ついに国営放送!?にお墨付きを与えるような判断である。これには国民各層から異論・反論が多く出されており、当然のことである。私は以前ブログで紹介したように、BS放送のように地上波もスクランブルをかけるだけで解消されると考える。つまり見たい人は受信料を支払うという当然の理である。放送法にある「受信設備」だが、法律制定時と現在の環境は全く異なっている。NHKの考え方であれば、放送を受信できる機器ならばPC、スマホやカーナビ等を持っているだけで強制徴収となる。テレビを全く見なくても、でもである。理不尽だろう。そしてNHK職員の高給は取り沙汰されており受信料を下げる努力が見受けられない。視聴率に奔走する番組ばかりの編成にも疑問を感じざるを得ない。

‡ それにもまして政権寄りの姿勢で、公正中立と名ばかり報道機関になって久しいNHKに強制徴収されることに反発する国民は多いのではないだろうか。私も、そうした意見を持っており、ならば一層のことNHKは国営放送として再出発すればいいのではないだろうか。国営放送局があっても構わないし、堂々と政権の広報をすればいいのだ。NHKしか見ない視聴者は多く、信頼されているのだが、それを逆手にして政権に都合のよい情報しか流さないならばあってもなくても構わない。お手本にしている英BBCは政権との距離をとり客観的に伝える姿勢を堅持している。それがメディアの基本であろう。なぜNHKは見倣わないのであろうか。戦前・戦中に国策遂行に奔走した反省すら忘れたらしい。そしてまた同じ道を歩むのであろうか。

参照
NHK受信料 強制は時代に合うか(12/7中日新聞デジタル・社説)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017120702000110.html

 だが、ちょっと待ってほしい。民放がなかった時代はテレビを設置した時点で契約義務があるという規定は意味を持っていただろう。NHKの契約とテレビの設置は同義だったからだ。その時代の遺物のような規定をまだ存続させる意義は薄れていまいか。

 現代はもはやパソコンで、スマートフォンでも番組が見られる。カーナビでもテレビは映る。技術は進んだ。契約者だけに番組受信ができるよう特殊な信号を乗せるスクランブル放送も可能だ。このような放送技術を使えば、受信料を払った視聴者だけに番組を提供することもできる。

 公共放送とは何か、その存在意義についても、これまで以上に意識を深めてもらいたい。

 受信料拒否は、報道姿勢に疑問を持つ人もいるからでもあろう。権力とどう向き合うか。不偏不党とは政治から独立している意味である。権力をチェックする公共放送であってほしい。(抜粋)

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